プロローグ・3 不幸との出会い
散々でした。
諏訪さんに手を(手錠を?)引かれ、ダンスを始めようとしましたが、
「おっと」ドン!
「悪いね」ドカ!
「邪魔だ」バキッ!
「死ねよ!」ビュン!
「うわぁあ! 誰!? 僕に殺気を込めたダーツの矢を投げたのは!?」
と男子達の妨害が多く、このままでは体がぼろぼろになりそうです。
諏訪さんはそんなことを気にせず、僕を振り回して踊り続けました。楽しそうなその顔を見ていると、なぜか悪魔を連想させられました。
「楽しかったですね」
満足げな表情をする諏訪さんに、僕も爽やかな笑顔を返します。
「うん、楽しかったよ。死と隣り合わせの戦場にいる人が辛くも生き延びたときの心情が良く分かる貴重な体験だったね」
「まあ」
クスクスと彼女は楽しそうに笑います。僕の言葉が冗談だと思ったようです。……冗談ジャナインダヨ?
しかしどうしよう。いま僕達は廊下を歩いているのですが、彼女と僕のクラスは違うのです。ダンスパーティが終わってすぐにクラス分けがあって、僕はB組、彼女はD組に振り分けられたので、この手錠をなんとかしなければそれぞれのクラスに行けないのです。
「ねぇ諏訪さん。この手錠って……」
「はい。至近距離で爆弾が破裂しても傷一つ付きません」
そんなことを聞くつもりはなかったのですが、どうやらこのオリハルコン製の手錠はどうやっても外れないことを理解しました。……でも、オリハルコンって架空の素材じゃ……?
「って、あ、あれ?」
気が付けば僕達はB組教室前に来ていました。
「君って……D組だよね? なんとかして手錠を外さないと行け……」
「B組です」
「え? だ、だってさっき、」
「B組です」
「で、でも、」
「B組です」
「だ、」
「B組です」
有無も言わせません。
僕は溜め息を吐きながらガラガラと教室の引き戸を開けました。
【山羅を抹殺せよ】
そんな素敵な文字が視界に飛び込んできました。
「なにコレ!?」
僕は驚愕して叫びます。
すると僕の声に呼応するようにクラスの中にいる生徒全員が一斉に僕を睨んできました。
「来たか、変態……!」
「警察官プレイも大概にしろよこの野郎……!」
「ひ、ひひひひぃ! こ、殺シて殺ル! コロしてやがァああ!」
「誰かぁ! 松元を抑えろ!」
「ヒシャーー!」
「ダ、ダメだァ! ぐぁーッ!」
「吉田ーッ! チクショウ! 救護班はまだかァ!」
そして一部の暴走する男子の怒号が響きます。僕はこの学園いますぐ出ていってやろうかなぁと本気で考えました。
「……とりあえず、座ろうか」
僕は教壇前の空いている席に座り、諏訪さんは僕のすぐ横に椅子を置き、座りました。……後ろの席にいる人の『シャーペンで人を殺せるか否か。試してみようかな』という声にびくびくしながらも。
「えー、みんな集まったようなので自己紹介でもしましょうか」
と、教壇にいるB組の担任らしき男性が手を叩きながら言いました。
「ちょっと待ってください」
すると隣の席の眼鏡を掛けた真面目そうに見える女の子が手を挙げて制しました。ちらちらと僕達の方を見てきます。もしかして、本来D組に行くはずの諏訪さんがいることに気付いたのかな?
「山羅存の抹殺が先です」
「なんてこと言うの!?」
僕は悲鳴を上げました。どうやらクラスの皆がなによりも優先したいのは自己紹介よりも僕の抹殺を遂行することのようです。このままでは僕の未来がない! ……僕は立ち上がりました。
「みんな聞いて! この手錠はこの諏訪さんが勝手に付けたんだ! しかも外そうにも鍵は純金製だから簡単に折れちゃって……! それにあの伝説のオリハルコン製だから壊すこともできない! だから僕にはなんの非もない! 非があるとしたらそれはこの腐れた世の中だ!」
「じゃ、出席をとる。阿倍ー」
「はい」
「ちょっと待って!? スルーしないでよ! ……って、あ、あれ?」
そこで、僕一人だけが席を立って熱弁していることに気が付きました。さっきまで騒いでいたはずの男子達が『こいつなに騒いでんだ?』という冷めた目で見てきます。
「…………座りなさい」
「…………はい」
その優しい声に泣きそうになりながらも、僕は静かに席に座り直しました。諏訪さんが『これを飲んで落ち着いてください』と手渡されたコップを持ち、ちびちびと中身を飲みます。甘酸っぱいレモンの味がしました。
「ほいじゃ、続けるぞー。井手――」
何人かの名前が呼ばていき、諏訪さんはこの組ではないのでスルーされ、やがて僕の名字が呼ばれます。
「山羅ー」
「はい!」
「ちょっと待って!? なんで諏訪さんが僕の代わりに返事するの!?」
張り切って返事しようとしてたのに!
「私も山羅です」
「君は諏訪でしょ!?」
「夫婦です」
「まだ許嫁でしょ!?」
「もうキスしました」
「してないよ!?」
「あれほど昨日……」
「もういいよ!」
僕は憤然として話を切り上げました。
「……いやよくないよ!?」
時間差ツッコミ再びです。このままでは僕が諏訪さんを激しく求めたという既成事実ができそうです。
「山羅ー。先生、高校生がそんなことするのは感心せんなー」
「誤解です!」
「五階でヤったのか?」
「どこの五階だよ!」
僕がそう怒鳴ると、
「裏の二番町の通りに……」
「諏訪さん君はナニを言おうとしているのかな!?」
諏訪さんがナニカを答えようとしていたので慌てて口を塞ぎます。
「あ、その反応はやっぱり!」
「やっぱりってなんだよ! 僕はただ、このでまかせばかりを吐きだす口を塞いだだけだ!」
「はいはい。そういうことにしといてやるから静かにしろ。後の人の出席の確認ができないだろ」
なんとも納得しがたい言い方です。僕は更になにかを言おうとして……。
「あ、れ……?」
一瞬、視界がぐらつきました。そしてお腹も痛くなってきました。どうやら、ストレスで体に変調が兆しているみたいです。
――ああ、確かにお祭りのような場所だよチクショウめ。
僕はこの学校に入学した理由を恨みながら、静かに意識を失いました。
薄れ行く意識の中、僕が最後に思っていたのは、ストレスで気絶なんてするのか? という疑問でした。
……………………………
目を開けると、そこは僕の部屋でした。
「なんで!?」
僕はガバッと起き上がりました。どうやら布団の上で寝ていたようです。辺りに目を向けると見慣れたものばかりで、自分の部屋だということがすぐに分かります。
「ハッ、まさか…………夢オチ?」
僕はそう口に出し……笑いました。
「そ、そーだよね! あんなことが起こりうるなんてあるわけないし。よかったー、はははは。でも、妙にリアルな夢だったなぁ」
「なにがですか?」
「いやー、僕の許嫁っていう人が……って、え!?」
僕はギギギと、まるで錆びれた機械が動くように、首を声がした方に動かしました。
「おはようございます♪」
そこに先程の悪夢(諏訪さん)がいました。
「な ん で だ ー ー ッ !」
僕の絶叫が、家中に木霊しました。
――こうして、僕の不幸は入学と同時に始まったのです。
(おわり) |