第22話・不幸な毎日【金曜日編】 スキダカラ
僕が日登美と一緒に暮らし始めてから、いろいろなことがありました。
……あ、回想はしませんよ? 涙が止まらなくなりますから。
昨日の夜になって日登美もようやく一緒に風呂に入ってこようとしなくなり、夕食を準備したら『私も食べます?』と言わなくなり、僕と一緒に寝ようと部屋の鍵をピッキングしようとしなくなりました。日々の努力の賜物です。
「ふぁー……ぁ……」
僕は大きな欠伸をすると、布団の中でごろごろしました。今日は金曜日、最終日です。
「存さーん、開けてください」
日登美の声の後に、トントンと扉を叩く音が聞こえます。
……ああ、学園に行きたくないなぁ。しかしそういうわけにもいきません。不登校をする人の気持ちをしみじみ感じながら仕方なしに起き上がると、扉の鍵を外し、開きました。
すると、エプロン姿の日登美がお辞儀してきました。
「存さん、おはようございます」
「おはようございます」
「今日はどんなプレイにします?」
「とりあえず朝食にしようかな」
問題発言は適当に流すことが大切だということを僕は学びました。人は成長する生き物です。
「もう、存さんったら」
それでも彼女は嬉しいらしく、にこにこしています。
その笑顔を見ていると、ここ最近の僕は笑っていないことに気付きました。それに学園での友達がいまだにできていません。……これは危ないのではないでしょうか?
……でもいいもん。僕には朱雀がいるから。
僕はグスリと泣きながら癒しを求めるべく朱雀の携帯へと電話を掛けました。迷惑かも知れませんが、僕にはいま癒しが必要なのです。
ピ、ポ、パ、ポ………トゥルルルル………………ガチャ。
『……もしもし』
「あ、朱雀? 僕だけど、」
『死ねよ』
ブツッ……ツー……ツー……。
「………………………」
ピポパポ………トゥルルルル…………ガチャ。
「え、と……す、朱雀……? ……グスッ、……僕達、……親友だよね……?」
『死ねよ』
ブツッ……ツー……ツー……。
「………………………」
ピポハポ! トゥルルルル……ガチャ。
「ソノ声ハ泉水ダナ?」
『死ね……、あ、バレた?』
「バレるに決まってるだろッ! 電話越しでしかも低い声だったからあやうく騙されるところだったけどっ、朱雀がそんなひどい言葉を言うはずがない! ってかなんで君が朱雀の携帯の番号で出るんだよ!」
『私があんたの携帯をいろいろいじくったから』
「い、いつの間に!?」
『じっくり拝見させてもらったわよ。お宝画像・お姉さ――』
ブツッ。
僕は最後まで聞かずに切り、電源も切りました。……まさか僕の厳選お宝画像・お姉さんシリーズが泉水に見られていたとは……。
「存さん、早く食べないと遅刻しますよ?」
椅子に座って真っ白に燃え尽きかけている僕を、日登美が不思議そうに見ていました。
……………………………
「おっす、来たわよ」
「え、もう昼休み? もう早退ルート?」
「なに言ってんの?」
昼休みになり、いつものようにやって来た泉水が怪訝な顔でそう言いました。今日も弁当持参です。
「……だって、いつの間にか昼だし、泉水が登場したら高確率で早退ルートに突入するから……」
「へぇ。……じゃあ人生からも早退させてやる!」
「死亡ルート突入!?」
釘バットを振り回す泉水の攻撃を全て紙一重で避けていく僕。
「……二人共、本当に仲がよろしいですね」
「……羨ましいなぁ」
と、のほほんとした声が聞こえます。日登美とユーちゃんでした。
「代わってあげようかッ!?」
真上を通過した死を避け、追撃をバックステップで避け、そう叫びます。
ちなみに、いつの間にかクラスメートのみんなは端の方で僕と泉水の死闘を猛獣と奴隷の一方的な殺し合いを見るような目で眺めているので、思う存分泉水は暴れられるのです。
「存ぅ…………戦闘中にお喋りたぁいい度胸だなぁ……?」
泉水がゆらりと殺気を立ち登らせます。
「私相手にそんな余裕とは、ナメられたもんね……」
すると、泉水は釘バットを異空間にしまいました。
「……な!?」
と同時に、泉水は異空間からある物を取り出しました。その形状を見て、僕は絶句します。こ、これは……!!
「唯我独尊!?」
破壊三大神器が一つ、『魔剣・唯我独尊』。魔剣といいながら竹刀なのですが、甘く見てはいけません。一度振れば数メートル先のものを両断する剣技・真空破斬を可能にするのです。
本来は二刀流の武器で、二組で一対のなのですが、もう一つの『聖剣・天上天下』はその昔、朱雀との激闘で折られたそうです。
「……覚悟はいい?」
ゆらりと唯我独尊を構える泉水。
……僕は覚悟を決めました。
「……わかった」
僕はその場に座り込むと、目を瞑ったのです。
「……え。……ど、どういうつもり?」
泉水のうろたえるような声に、僕はどっしりと座り込んだまま答えます。
「好きにしろ、ってことだよ。煮るなり焼くなり殴るなり斬るなりすればいい」
はっきりと言います。でも、体は震えていますので潔くはないです。
「な、なんでよ!」
泉水の慌てたような声に風を切る音。直後に破壊音に悲鳴が轟きました。……どうやら泉水が唯我独尊をぶんぶん振り、それにより発生した真空破に机や窓が破壊されクラスメート達が悲鳴を上げて逃げ惑っているようです。目を開けたら地獄絵図でした。
「向かってきなさいよっ! いつもいつも逃げてばかりでなんで反撃しないのよっ!」
言われた通り、僕は今まで泉水になにをされても逃げるだけで反撃などしたことありません。
そりゃあ、カッとなって戦いを挑んだことも何度かありますが、いつもなにかでうやむやになったり気を変えて逃げ出したりしてました。
「……決まってるだろ」
だってそうでしょう?
「女の子に、手を出すことなんてできないよ」
……つまりは、そんな理由でした。
どんなに暴力的で我が道突き進む傍若無人の悪魔だとしても、泉水は女の子なのです。
「………そ、……それだけの、理由で……」
泉水がわなわなと体を震わせます。
「そ、そんな……」
日登美もなぜかわなわなと震えます。
「だからなのですね! 私に手を出さないのはっ!? 男にしか手を出せないなんて……!」
「意味の捉え方がおかしすぎる!? そういう意味じゃないから! それに僕は男に手を出さないよ!」
「え、そうなの……?」
そんな残念そうな呟きが耳に入り、視線を向けると、ユーちゃんがいました。……僕が『え、そうなの……?』の気分でした。まさか割に多いと聞くそういうのに興味のある人……?
「そ、それにさ、それだけの理由じゃないよ!」
落ち着いたところで視線を戻して、わなわなと震えながらうつ向いている泉水に僕は言いました。
「――僕、泉水のことが好きだから!」
……………、
………………………、
…………、
…………………………………………………………………………………………………………あれ?
なぜか、僕のさっきの一言でこの場の空気が……固まったような……。
カタン。
なにかが落ちたような音。
それは泉水が唯我独尊を落とした音でした。
「……………………」
放心状態に陥っている泉水。僕は恐る恐る口を開きます。
「い、泉水……?」
すると、
「……ぅ……………?」
カァァと泉水の顔が劇的に真っ赤に染まりました。
「ぇ………? ぁ……………?」
言葉にならない呟きを発しつつよろよろとふらつき、壁にぶつかると、そのままずりずりと座り込みました。……パンツ丸見えです。今日は……く、黒ですか。
「あ、あぁあぁぁ……!」
泉水がぶるぶると震わせながら僕に人指し指を向けてきます。
「あああああんたなななに言って……!」
真っ赤な顔、震える体、怒ったような口調。それらを自分なりにまとめてみて、僕は気付きました。
――泉水がかなり激怒している、と。
「ぼ、僕なにかひどいこと言った!?」
僕は愕然とします。いつもいつも理由なく泉水を怒らせている僕ですが、ここまでひどく怒らせたことはありませんでした。
「ひ、ひどいです……」
そこに日登美の声が耳に入りました。そ、そんな……日登美にまで怒らせるようなことを僕は……!?
「私という者がいながら……。それもこんな公衆の面前で……こ、告白なんて!」
はらはらと涙を流しながら日登美はその場に座り込みました。……パンツ丸見えです。今日は……あ、あれ? ……も、モザイク!? どんな下着だよ!
しかし、さっきの日登美の言葉に気になることがあります。
僕が、泉水に、……コクハク?
僕はさっき自分の言ったことを反芻しました。
――僕、泉水のことが好きだから!
好きだから、好きだからすきだからスキダカラスキダカラスキダカラスキダカラスキダカラススキヤキスキダカラ……(エコー)
………………ぁ。
「ち、違うよ!?」
僕は泉水と同じような顔になると、そう叫びました。
「す、好きだというのは、それは昔からの幼馴染みだから好きだというわけでして決して深い意味合いもなくワタクシのような下践で卑しい輩が泉水様のような高貴で麗しゅう女神様にそんな大それた感情を抱くほうが世の中の理からしておかしいことでありそれはまあ可愛いということはこの僕も確かに思いますがそれとこれとはっていうかさっきの好きだカラスすき焼き好きだからってなんだよ……」
と、必死に日登美に言い訳する僕の背中に、
バン!
と痛い衝撃。
「痛い!?」
バッ、と振り向くと、そこには泉水がいました。
「い、泉水?」
まだ赤く、どこか無理しているような笑顔を浮かべていますが、はっきりとした口調で言います。
「そんなことわかりきってるのよ。勘違いなんてしてないんだから。あ、もう昼休み終わるから私は戻るから。じゃあね諏訪さんにユーちゃん」
あははと渇いたような笑い声をして教室を出ていこうとします。
「………存」
しかし出ようとする直前、泉水はぽつりと、そう呟きました。
「な、なに?」
顔はここからだとドアで隠れて見えませんでしたが、僕が聞くと、少しか細い声で泉水は言いました。
「……今度の日曜のこと、忘れないでね」
そう言って泉水は出ていきました。そして、
「今度の日曜?」
日登美がやはり聞いてきました。
「……あ、うん。明後日の日曜に服を買うって契約を……」
「明後日!?」
僕の言葉をユーちゃんが遮ります。
「え、ど、どうしたの?」
「……明後日は、私とのデートの日だよ……?」
えぇ!? 僕は驚愕します。明後日だったの!?
「そ、そんな!」
今度は日登美です。次はなに!?
「明後日の日曜日は……私を一日中ベッドから離さないという約束、」
「してないから!」
という僕の必死の遮りもむなしく、僕は肩を掴まれました。
「ヤ・マ・ラ・キュン?」
後ろを泣きながら振り向くと、血の涙どころか吐血している男子生徒達がそこにいました。なんかデジャヴがします。
「三股トハイイ度胸ダネ?」
「それとも、ま、まさか……三人供部屋に連れこむ気かぁ!?」
「ゆ、夢の4P黄金フラグ……」
「ゆ、許せねぇ……」
「こいつはっ、再びっ、俺の心を裏切ったっ!!」
いい感じに震えるぞビート! 燃え尽きるほどヒート! してる彼等を見て、これから起こるであろう壮絶な鬼(を絶対殺してやる)ごっこを予感しながら、僕は冷静にこう思いました。
……やっぱりこうなるんだね。
(おわり) |