第20話・不幸な毎日【水曜日編】 山あり谷あり
人生は山あり谷ありといいます。
そしてどうやら僕は、山道を歩こうとしたところでグランドキャニオン(世界一の谷)に落ちてしまったようです。そして未だに落下し続けているみたいです。どこまで落ち続けるのでしょうか。
難点なのが、降りているのではなく落ちているので、底まできたら潰れて死んでしまう運命なのです。この運命に抗うにはあれしかありません。さあ、舞空術の修得をしないと。
「清々しい顔をしていますね?」
笑顔で僕の背中を押して谷底へと突き落とした張本人が僕の顔を覗き込んできました。
「うん。悟りを開いたからね」
大僧上レベルまでに至った僕の心は、そう簡単に折れはしないという自負があります。
しかし……。
「……あ、存さん!」
学園の校門前で日登美がなにかを思い出したように声を上げると、僕の顔を再び覗き込んできました。
にっこりとします。
「今日から山ラ部が始まりますので来てくださいね?」
……早くも心がくじけそうでした。
……………………………
以下は、山ラ部に関する書類と、僕のツッコミです。
入部員数・427人。
(マジで!?)
備考・山羅存と同じクラスメート全員入部。
(なんで!?)
大半の入部の動機は[山羅を殺したいから]
(マジかよ!?)
『顧問』・校長先生。
(なぜあなたが!?)
『部長』・泉水桐花。
(なにぃ!?)
『副部長』・泉水桐花。
(意味ないじゃん!?)
『山羅係』・諏訪日登美。
(山羅係ってなに!?)
『 』・山羅存。
(なにこの空白!?)
ネッシーってヨッシーのパクり?
(関係ないじゃん!?)
我輩は『 』である。
(誰だよ!?)
部活内容・山羅存を…………{文字が潰されている}…………らしい。
(三百文字以上ある文章が全てマジックで潰されてるのも気になるけど! 最後のらしいってなんだよ!)
デジモンってポケモンのパクり?
(これ絶対さっきと同じ人が書いてる!)
我輩は……なんである?
(知らないよ!)
最後に……
山羅存から一言。
「ひざまずけ下僕共」
(こんなこと言ってないよ!?)
……ぜぇはぁ…ぜぇはぁ……い、以上、僕のツッコミでした。
……………………………
「なんだよこれ!」
僕は日登美から渡されたプリントから顔を上げて声を荒げました。
「山ラ部の部活運用規定の書類です」
日登美が答えます。
「そんなことわかってるよ! ……わかりたくないけど! それからこのマジックで文章消したの誰!? 肝心なところが見えないんですけど!」
「泉水さんです」
「やはり奴か!」
「随分な言い方ね?」
「い、泉水様!?」
すぐ後ろからの声に飛び上がります。僕はすぐに日登美の背中に回りました。ってかなぜいつも昼休みになると来るんですか!?
「……その反応、マジむかつくんだけど」
泉水様が三大破壊神器が一つ【釘バット】をゆらりと異空間から抜き取ります。どこに隠し持ってるかわかりません。
「お、お許しください泉水様!」
僕はバッと土下座します。もう僕のプライドは存在しません。
「なにプレイですか?」
「プレイじゃないよ!」
日登美がまた変なことを言うので条件反射的にツッコミます。
「SM、女王様……どっちですか?」
「だから違うって!」
「……××?」
「そんなこと言っちゃダメ!」
僕は慌てて日登美の口を手で塞ぎます。僕の顔は真っ赤です。ふと見ると泉水も真っ赤でした。あ……言った本人も真っ赤になってます。
………って、ハッ!
僕はなにをしているのでしょうか。せっかく心を強くしたのにこれではなんの意味もありません。
「……フッ、泉水」
僕は髪を掻き上げる仕草をすると、堂々と泉水と向き直りました。
「昨日までの僕とは思うなよ?」
「ふーん…」
よいしょと泉水は釘バットを振り上げます。
「すみませんでした!」
僕は再び土下座しました。……心を強くしても、本当になんの意味もありませんでした。
「このクズはほっといて。諏訪さん、また17人ほど山ラ部に入部してきたわよ」
「これで427(死にな)から444人ですね」
不吉だなぁオイ!?
「そうね。あの存の“演説”でどんどん入ってくるわ」
……はい?
「昨日の放課後に放送を使って高等部の皆さんを体育館に集めて正解でした」
日登美がガッツポーズをします。
「え、と……泉水様? 少しよろしいでしょうか?」
僕は泉水様を見上げて聞きました。
「なに?」
「僕の、演説…って……なんでしょうか?」
まったく身に覚えがないんですけど。
「これよ」
と、泉水は異空間からラジカセ(古ッ!)を取り出しました。
「あんたの名演説が収まったカセットが入ってるのよ。これを聞いて人がどんでん入ってくるんだから大したもんだわ。喜びなさい」
感心したように僕を見てきます。喜びたいところですが、僕は演説をした覚えがないので気味が悪く感じます。僕は恐る恐るラジカセのボタンを押しました。
……僕の声が聞こえてきます。
《…………えー、本日はお日柄も悪く、天気は我々を見放すかのように荒れ狂い、不況や飢餓に耐えきれず苦しむ下々の人達はいかがお過ごしでしょうか? 私こと山羅存は、我が妻・日登美と子作りしたあとフォアグラを食べているところです。ハハハ、自慢じゃないですよ。私には自慢にもならないことですからね。
……さて、今回は私の演説を聞きに来た人達に一言皮肉を言わずにはいられません。
勉強しろ愚民。
はぁ……この一言で終わりたいですが、君達愚民の耳では暗号に聞こえるようなので仕方なく話をすることにします。私の演説を理解できる脳を持つ人などいないと断言できますが、仕方なく話をします。
山ラ部とは……と、その前に、人間とはなんなのかを先に話しましょう。
まあ、簡単です。
私は優秀な人間。
君達はクズ。
分かりやすいですね。
では終わります。
まだ二分も過ぎていませんし山ラ部のことを話していませんが、君達愚民の感覚では一年も聞いたような感じでしょう。そんな君達と違って私はこの一分一秒が貴重なのだよ。君達に割く時間などありはしないのだ。なのでこれで終わりだ。光栄だと思え。私の声が聞こえただけでもな。
それでは愚かなクズ共、これで演説は終わりです。理解できないとは思いますが最後に言っておきます。ここから見ると君達、ジャガイモではなくゴミに見えるよ。
ハハッ、見ろっ! 人がゴミのようだ! そう思わないか日登美?
……………ブツン》
「なんだこれはァァーーッ!?」
聞き終えて数瞬後、僕は絶叫しました。僕の声ですがあきらかに僕ではない暴言の数々。こんなの聞いたら僕でも『こいつ殺してやる』なんて思わずに『人間が考えられる全ての拷問を与え、苦しませながら殺してやる』って残酷的なことを思っちゃうよ!
「グッジョブね」
「グッジョブです」
日登美と泉水が親指を立てました。
「なんだよグッジョブって! それから日登美! 下に向けるのは違うから!」
親指を下に向けて笑ってる日登美を見ていると……キサマ、ワザトダナ?
「ここで『ウザイ』『邪魔』『消えろ』と言えば完璧らしいですよ」
知らないよそんなこと。ってかそれイジメじゃない?
僕がげんなりしていると、教室のドアが開く音がしました。すると、クラスにいる男子生徒達が『おぉ!』と歓声を上げたので僕は振り返りました。
「久しぶりだね!」
天下のアイドルのユーちゃんでした。彼女から放たれているきらびやかなオーラに男子生徒は暴動寸前です。
……なぜ暴動寸前で止まっているかというと。
ユーちゃんが僕に向かって歩いてくると、浪狽する僕の手を掴んできたからです。
「……タモくん。私、お姉さんになるから」
………………は? 意味不明のその台詞に僕の思考は遮断されます。
「でも、一年ほど待ってね。私、いろいろなところ……特に胸……を成長させるから!」
グッと拳を握り締めます。……すみません、話が見えないのですが。それは他のみんなもそうで、ぽかんとしています。
混乱する僕に気付かず更に続けるユーちゃん。
「それから私、山ラ部に入ることにしたんだけど」
それは知ってます。僕のクラスからは全員入部しているようなので。
「理由はね、タモくんのことをもっと知りたいからなの。そして私のことをもっと知ってもらいたいから…………迷惑かな?」
瞳をうるうると潤ませて上目使いに見てくるユーちゃん。いや、迷惑ではないですけど、……お願いですから天下のアイドルがこんなに人が(男子生徒……それに泉水が)いるところでそんなことを言わないでください。
「だからタモくん……」
なにが、だから、なのかよくわかりませんでしたが、ユーちゃんは熱心にこう言ったのです。
「今度の日曜にデートしようよ。いろいろなお話したいから」
ピキッ。
なにかが固まる音がしました。
「……二人きりで」
ビキッ。
固まったなにかにヒビが入ったような音がしました。
「……そして最後は私の家で」
ガシャン。
固まったなにかにヒビが入って砕け散ったような音がしました。
聞きようによっては爆弾発言の数々を耳にして黙っているような人はこのクラスにはいません。……そして、このクラスには今!
「……決めたわ」
ほら♪ 泉水がなにか言おうとしてるよ!
「今日の部活は……鬼(殺し)ごっこよ!」
「「「イエッサー!」」」
「なにがイエッサーだよ! それに僕には見えたぞ! 鬼とごっこの間にある殺意の塊を! それに今は昼休み……、」
「山ラ部に休みなんてないわ!」
なんだよそれ!
「……って、ちょ、ちょっと待ってよ!」
じりじりと僕を窓際に追い詰めてくる暴徒達。ま、まさか……僕を突き落とすつもりか!?
「……クッ!」
僕は窓を全開にすると窓枠に足を掛け、皆に向かって叫びます。
「それ以上近付いてみろ! 本当に落ちてやるからな!」
「「「うぉぉおぉ!!」」」
「うわぁ我先にと近付いてくる!?」
どちくしょうと思いながら僕は“飛び下りました”。
スタッ。
軽い着地音。
……1―Bは一階です。
「「「待てやコルァ!!」」」
暴徒達が一斉に追い掛けてきます。……あの日の再来です。
……人生は山あり谷ありといいます。
そしてどうやら僕は、グランドキャニオンに地震が起きて穴が開き奈落となったそこにずっと落ち続けているみたいです。
……早く舞空術の習得をしないと(涙)!
(おわり) |