第19話・不幸な毎日【火曜日編】 心を強く
火曜日。
今日の放課後から部活が始まります。
それと同時に…。
「♪」
僕の目の前で日登美が上機嫌に歩いています。弛みきったその表情は、表すなら“にへら”でしょうか。僕はげんなりと肩を落としてそんな日登美に付いていっています。
「嬉しそうだね……」
力ない声で僕がそう言うと、日登美がくるりとこちらに振り向きました。一緒にその手に持った紙に書かれた文字が、僕の視界に入ってきます。
[山ラ部]
……つまり、そういうことです。
今日は部活が始まるのと同時に、部活の申請を受け付ける日でもあるのです。日登美は朝のHR前に山ラ部を申請するために職員室に行くところなのです。そのあと顧問と規定人数を集めるらしいです。
「存さん、わくわくしませんか? 部活を創るというのは」
日登美はにへらからにっこりに変えてそう言いました。
「……そうだね。わくわくしすぎて涙が出そうだよ」
本当に創るつもりなんだなぁ……と僕は諦めモードです。溜め息と共にうなだれました。
「あれ? 泉水さんではないですか?」
日登美のその声にがばっと顔を上げます。
「ん? 諏訪さんじゃない。おはよう」
職員室の前で泉水が腕を組んでいました。日登美を見て笑顔になり、僕を見て、
「えー…、存もいるんだ」
「なんでそんな嫌そうな顔をするんだよ! それはこっちがするべき顔だごめんなさい許して僕が悪かったです殺さないでまだ生きたいんです……」
僕は床に額をこすりつけるように土下座します。大上段に構えられた釘バットに死の恐怖を感じたからです。
「……諏訪さん、こんな情けない男のどこがいいの?」
泉水は無様に命乞いをする僕を見て呆れています。
日登美はにこりとして言いました。
「下半身です」
「卑猥なことを言わないでよ!」
僕はバッと体を起こします。
「冗談ですよ。もちろん全てですから」
そう言って僕の腕を組んできました。柔らかな胸の谷間に挟まれ、至るところからの男子の視線にも挟まれます。
「………………」
その様子をつまらなそうに見ていた泉水が、日登美の持っている紙を見て意外そうに聞いてきました。
「諏訪さんも部活を申請するの?」
何部? と紙に書かれた文字を見て驚きを露にしました。
「え、山ラ部!?」
まじまじと日登美と紙を交互に見ます。
「諏訪さん……こいつになにかされたの?」
疑いの眼差しで僕を見てきます。
「なにかされたいのですけれど……、なにもされてないです」
少し不満そうに僕を見てきました。だけど褒めてほしい。僕は数々の誘惑に堪えてきたのだから……!
「それにしても奇遇ね……。私も山ラ部を創るつもりなのよ」
「そうなのですか? 泉水さんも山ラ部を?」
「そうよ。でも驚いたわね。諏訪さんも存を殺したいと思ってたなんて」
「え? 泉水さんも私と存さんがラブラブしているところを見るために創ろうとしているのですよね?」
「は? そんな特殊な部活なんて創るつもりなんてないわよ」
君のも特殊だけどね。僕は口に出さずにツッコミます。
「え? あの……山羅存とラブラ部を創るつもりなんですよね?」
「は? 山羅存をぶっ殺したい奴に無料でマーダラーライセンス発行部でしょ?」
まさに正反対。そこでようやく二人は自分達の会話が食い違っていたことに気付きました。
「……どうやら、お互い違う道にいるようね」
「そのようですね」
「ってか泉水!! ホントに創るつもりなのか!?」
僕はそう叫びながら手を伸ばすと泉水が持っていていた紙を掴み取り、バックステップして後ろに下がりました。
「……どういうつもり?」
泉水が静かな口調で言いました。そこからにじみ出る殺気に僕はがくがく震えながら答えます。
「い、生きるために」
そう。と泉水は溜め息を吐くと、慈愛に満ちた笑顔を浮かべました。
「今この場で私に撲殺されるのと、屋上から飛び降り自殺するのと、どっちがいい?」
「究極の選択!? どっちも嫌だよ!」
「じゃあ間を取って…………撲殺して埋めましょう」
「ぜんっぜん間じゃなーい!?」
僕は逃げ出しました。
「うふふふふ、待ちなさーい」
慈愛の笑みを浮かべたまま泉水が追い掛けてきます。僕が笑顔でここが夕暮れの浜辺ならロマンもあるでしょうが、……いやどっちみち、笑顔で釘バットを持って走る姿は狂気以外なにものでもないか。
「ひ、日登美!」
僕は助けを求めるべく視線を向けると、日登美は頷きました。
「わかりました。朝のHRが始まるまでに手続きはしておきます」
「ぜんっぜんわかってないっ!」
僕はこうして朝のHRを欠席し、一時限目の終わりまで逃げ続けることになりました。
……………………………
最終手段(なんでも奢りますから!)で、なんとか泉水から逃げ切った僕。今度の日曜に洋服を買うという契約を交し、僕は散財を約束されましたが、これもまた生きるためです。
教室の前で溜め息を吐きます。もう一時限目も終わり頃で完全に遅刻です。どう謝ろうかと考えながら僕がドアを開けると、素敵な文字が視界に飛び込んできました。
【題材・山羅存の死亡に伴う地球温暖化の抑止効果とは?】
「なにこの因果理論の題材は!? 答えは『変わらない』だよ! ……じゃなくて!」
僕はバンッと黒板を叩きました。
「誰だ! こんな人の人権を無視した題材を考えたのは!」
すると大半の生徒が手を上げ、
「俺だ!」
「私よ!」
「私だわ!」
「俺だよ!」
「俺だって!」
「えぇ!? なんでみんな先を争うように自己主張するの!? やめてくれよ! もうわかったからさ!」
本当は先生だということをわかっていながらついノリであんなことを言ってしまった僕が悪いのです。
「先生! どういうことですか…ってあんたかよ!」
「先生にそんな口の聞き方は感心せんなー」
僕のクラスの担任の飯島佑樹先生でした。
「あなたは数学の教師でしょ!」
「数学の教師が社会の勉強を教えてはいけないという法律があるのか?」
「え……あ、ありませんけど……」
「なら口答えするな!」
「す、すみません! ……って、あ、あれ? でも、数学は数学、社会は社会で教師は専門の資格を取らないといけないじゃ……」
「これにて授業は終わる」
「きりーつ」
「はぐらかされた!?」
そこでちょうどチャイムが鳴りました。
山ラー部をーよろしくーねー…………諏訪日登美でした。
「チャイムじゃなくて放送じゃん!?」
ってかなにをしてるんだあの人は!
「「「よっしゃあああ!」」」
と、そこでクラス中から大歓声が。
「え、なになになに!? どうしたのみんなっ?」
中には涙を流して喜んでいる人もいます。
「説明しよう」
飯島先生が口を開きました。
「山羅と諏訪が来るのが遅いから『まさか……まだベッドの中か?』『よし、火をつけに行こう』『待て、諏訪さんも焼かれちまう』『案ずるな。山羅だけにガソリンぶっかけて火ぃつけるだけだ』『なら安心だな』『殺っちまえ』『アリバイは任せろ』『俺らと一緒に授業を受けていたことにするから』『先生も協力してくれるよな?』『もちろん(断言)』『じゃあ行ってくる』『ああ、そして逝かせて殺れ』『我々は君を英雄として讃えるよ』となってね」
……よく覚えていますね。
「俺もさすがにヤバいなーと思って授業を変えたときにちょうどお前が来て、さっきの放送だ。誤解が解けたわけだ。良かったな」
「……それにしては断言してましたね」
「なにがだ?」
「……なんでもないです」
この先生も敵なんだなと改めて確認しつつ、僕はふらふらと教室を出ました。
「どこへ行く山羅?」
「……早退します」
これからこの学園で過ごしていくためにはもう少し心の準備が必要のようです。まずはこのクラスに馴染むためには……、
「……心を強くしないといけないみたいなので……帰ります」
「……そうか。今日の授業は全て出席扱いしてやるから、明日からまた頑張れよ」
……理解ある先生で嬉しいです。
僕はそのまま家に帰ると、
【問・泉水が一人クラスにいるのと、あのクラスにいるのとどっちがいい?】
【答・もちろんあのクラス!】
と自問自答を即答し、すぐに憂いをなくしました。
(おわり) |