外伝その1 不幸の先駆者・後編
外に出たのはいいが、どこに行けばいいのか。
「あ、そうだ! とりあえず警察に……」
そこでグッドタイミング! 目の前に巡回中の警察官がいた。
「あの、すみま……」
と、そこで違和感を感じた。その警察官の表情は……無機質だったのだ。
「うわ……」
慌てて逃げようとしたが、無言で銃口をこちらに向けられた。……絶望的だった。
「クツヲヌゲ」
……え、なに?
「クツヲヌゲ」
そんなことを言われた。私は言われた通り恐る恐る靴を脱ぐと、
「フクヲヌゲ」
こ、今度は服? 私は言われた通りに脱いだ。……え、シャツもですか? 私はシャツも一緒に脱ぐ。
するとまた警察官は言った。
「ゼンブヌゲ」
えぇ!? 最初からそう言えよ! ってか無理!
「ゼンブヌゲ」
絶対無理だ。もし力に屈し、脱いでしまったら……私の中でなにかが終わりそうだ。そしてそれにより、なにかが目覚めてしまったら……犯罪者の、仲間入りだ。
どうすればいい。どうすれば……! 打開策を考える。相手は銃。こちらは丸腰。距離は七メートルぐらい。周りに人はいるが、銃口を向けられている僕を遠巻きに見ているだけ。ただ、女性からは好奇な視線を感じる。なんの役にも立たない。
「わかった…」
僕は観念した表情をすると、ズボンを脱ごうとして、
「こ、こっちは見るなよ! 恥ずかしいんだからさ!」
そう言うと、律儀にも後ろを向いてくれた。
よし!
相手がバカでよかった。私はそろりと逃げ出すことにした。狭い路地に隠れるように逃げ込む。
「助かったぁ……」
私はホッと息を吐く。それから私は狭い路地を歩き出した。
とりあえず警察署に行くことにしよう。どうやら全ての人が洗脳(?)されているわけではなさそうだ。いるとしても、さすがに警察署全ての人が洗脳されてはいないだろう。
私はそう楽観的に考えると、周囲を注意しながら歩き出した。
「うわっ…!」
そしてすぐになにかと目が合い、私は飛び上がった。
「…………あ、なんだ猫か……」
塀の上の猫と目が合っただけのようだ。
しかし、……猫の表情がどことなく無機質に見えるのは気のせいだろうか?
そう思って見ていると、猫の口が動いた。
「ミ…ツ…ケ…タ…ゾ」
喋ったぁァ!?
私は腰を抜かしそうになった。もうホラーの世界だった。
私はなんとか逃げ出そうと足に力を込め、走り出そうとした。
すると前方から足音が!
「……!」
そこにいる人物を見て私は驚愕した。
「……ミツケタゾ」
さきほど無機質集団へと向かっていった向井がそこにいたのだ。変わり果てたその姿を見て、私は思わず呟いていた。
「……『ウザイ』」
本心だった。
「ミツケタゾ!」
なんとなく目元に光るものが見えたが気のせいだろう。迫ってくる向井を私は躊躇いなく、
「『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』『邪魔』ァァッ!!」
空手で鍛えた鉄拳で計二十発ほど殴った。今なら私はスター・プ○チナすらも超える! 喰らえ! ザ・ワールド(世界)! ……使えるわけないが、ここは気分の問題だ。
「『消えろ』……」
ぐったりと倒れる向井に決めセリフを吐き、私は彼を踏み越えて走り出した。
「……アイ…シテ…ル…」
そんな声が聞こえたので、顔を二回ほど踏みつけて。
……君がッ、死ぬまで、殴るのをやめないッ! という気持ちでやったほうがよかったかな。
そう真剣に考えながら私は走り出した。
ここにいるのは危険だ。狭いから挟み撃ちにされたら絶体絶命だろう。人通りの多い道にいれば、さすがに無茶なことをしてこないはずだ。
そう考え、この路地から抜け出そうとしたわけなのだが、いざ出ようとしたところで、誰かが前に立ち塞がった。
「……!?」
黒いタキシードを着た男だった。西洋風の顔立ち、グラサンを掛け、左目辺りの大きな傷が目立っている。
「……な、なにかのエージェントですか?」
思わず聞いてしまった。すると、その男は私に向かってきた!
「……!?」
一瞬だった。一瞬で背中に回られると、
「なっ……!?」
ズボンを下げられた!?
「……すまんね。〈主君〉の頼みなんだ」
なにかを言っていたが、パニック状態である私は聞こえていなかった。
背中を蹴られ、私は無様に倒れる。その際にズボンを脱いでしまった。
「ほら、逃げな。さもなければ……」
懐に手をやり、口を歪ませた。
「殺すぜ?」
私は逃げ出した。
……パンツ一丁で。
…………人通りの多い道に向かって。
「キャアァァ!!」
悲鳴が木霊する。
「変態だァ!!」
怒号が響く。
「どこの恥晒しだ!」
憤慨する叫びが聞こえる。
「ママァ! あそこに変な人がいるよ!」
「よく見ておきなさい。あれがダメな大人の見本よ!」
嫌悪する視線を感じる。
……もう、私は堕ちるところまで堕ちてしまった。
そして底の方まで堕ちてしまった私は、……モウ涙シカ落チナイ。
どれぐらい走っただろうか。それと同時に、どれぐらいの人に見られただろうか。
当初の目的であった警察署には行くことができなくなった。行ったらその場で逮捕だろう。これからは警察からも逃げなければならないのか? ……もう終わりだ。私は二度と、外を歩けないだろう。
後ろからはいつのまにか無機質集団が何十人も集まっていて、追い掛けてくる。人に見られたくないためにまた狭い路地へと入ったわけだが……行き止まりだ。
潮時だった。
私は壁際に追い詰められた。だが恐怖はない。殺すなら殺せ。好きにしろ。
観念したところで、何十人もの無機質集団の中から一人の少女が歩み出てきた。
「あっ……」
靴箱で出会ったあの少女であった。……今思えば、彼女と会ってから全てはおかしくなったのだ。
彼女はメモ帳を取り出すと、私に見せてきた。そこにはこう書かれていた。
[変質者として捕まるか。私と付き合うか、どちらがいいですか?]
ほとんど……いや、完璧脅迫だった。
「も、もしかして……全てはこのために……」
仕組まれたことだったのか?
私は怒りを通り越して呆れてしまった。ただ、これだけのために、これだけの人を洗脳したのか?
「ハハ…ハ……」
もう苦笑しかできなかった。
なぜこんな美少女が私と付き合うためにこんなことをしたのかわからない。……だが、やはり私も雄だ。どこに付き合えばいいのかわからないが、相手は美少女。どこでもいい。苦笑いを浮かべたまま、私は答えた。
「……あなたと付き合わせてください」
その直後だった。
テンッテテーンッ!
あの、ドッキリが成功したときのような効果音が流れたのだ。
「………え?」
私はぽかんとする。その私の前に、彼女は私に看板を見せてきた。
[ドッキリ大成功?]
「いや、聞かれても……」
私はずるずると壁伝いに座り込んだ。……なんだ、ドッキリかよ。もうテンションガタ落ちだった。まさかこの無機質集団は仕掛人?
「……凄い演技だね……。このなにも感じさせない表情の作り方……」
死体役にぴったりだ。
しかし、なぜだろう。みんな無機質の顔をやめずにいる。私がそう疑問に思ってると、彼女がなにか慌てたようにさらさらとメモ帳に書いた。
[d仝・仝b]
……わぉ、なんとなく顔に見える。あのちび○子ちゃんにでてくる人に似てるような似てないような……。でも、ちび○子ってあまり隠してないな。
そのメモ帳を見た瞬間、無機質集団の顔に次々と感情というのが見えてきました。……催眠術?
「……あ、終わったんだ」
そんな夢心地のような声を発すると、みんなふらふらとした足取りで去っていく。
「………はぁ」
私も帰ろう。なんのために私にこんなドッキリを仕掛けたのかはわからないが、心身共に疲れ果てた。帰って寝たい。
よっこらせと立ち上がると、自分がいまパンツ一丁だということを思い出す。
「あ、服……」
すると、私に少女が近付いてきた。彼女は私にメモ帳を見せた。
[では、行きましょうか]
そうして私の腕を組んできた。胸の感触にドキッとしながらも、
「どこに?」
と聞く。そうするとさらさらとメモ帳になにかを書きだす。ここで気付いた。彼女は口が聞けないらしい。
[もちろん私の家です]
え? は? 私はわけがわからずハテナマークばかりを浮かべる。そんな私に、彼女はまたメモ帳を見せてきた。
[付き合ってくれると、言いましたよね?]
……どうやらこれはドッキリではないようだ。疲れてるが、まあいいや。約束だし。どこへなりとも行くとしよう。……でも、パンツ一丁なんだけど……。
…………そうして私は彼女の家に行ったわけだが、……そこからは十八歳どころか二十五歳未満禁止なので割愛する。
……………………………
あれから十数年。
昔も今も変わらず彼女は私の側にいる。……私の妹は、今でも口汚いが。
(どうしたんですか? 私を見てにやにやして)
私の視線に気付いた聖美が口をぱくぱくと開く。今の私は口の動きだけでなにを喋っているのかわかる。
(夜にはまだ早いですよ?)
「ハハハ、そんなこと考えてないよ」
頬を赤らめて恥じらう聖美を見て私は苦笑を浮かべた。これでも一応笑顔のわけだが、度重なる苦労のせいで苦笑グセになってしまったようだ。
「今日の存くんを見てたら、昔の自分を思い出してね」
先程寝室へと向かった山羅存くんのことを思い浮かべる。
(ものすごい笑顔になっていますよ)
「え、本当に?」
いかんいかんと頬を触る。いつのまにか苦笑から笑顔に変わっていたようだ。人の不幸をこんなにも喜ぶとは、私も黒くなったものだ。
(優しそうな人でしたね。実際に会って、日登美が惚れるのもよくわかりました)
「そうだね。誠実そうだし。……もっと不幸になってほしいなぁ」
(え?)
「いや、なんでもない」
思わず本音がでる。私は苦笑した。
「……でも、不幸だからこそわかる幸せというのもあるからね」
彼は気付くだろうか。不幸を感じる。それが幸せの証拠だということに。
「……私達も寝るとしようか」
(はい)
ぎゅっと私の手を握り締めてくる。
(今夜は熱い夜にしてくれるのですよね?)
……ハハ…ハ…。どうやら約束を覚えているようだ。
私達が寝室へと向かう途中だった。ふてくされたような顔の娘とすれ違った。
「あれ、日登美。どうかしたのかい?」
私が聞くと、頬を膨らませて答えた。
「追い出されたんです」
「……そうか。まあ、焦らずゆっくりね」
無理矢理入ろうとして追い出されたのだろうと推測する。あの少年は奥手そうだしね。
(日登美ちゃん)
聖美が日登美に近付くと、にこりとした。慰めるかと思いきや、違うようだ。
(妹、欲しくない?)
「七人目ですか? もう今更遠慮することないでしょう」
私もいつか…。そうぶつぶつ言いながら日登美は自分の寝室へと向かっていく。
「……私達も行こうか」
(はい)
頑張れと心の中で娘を応援しつつ、私達も寝室へと向かう。今日は熱い夜になりそうだ。
……そこから先も、十八歳どころか二十五歳未満禁止なのでこれにて終了しよう。
…………ああ、そうだ。なぜ私に聖美が付き合ってくれと迫ってきた理由を話していなかったな。
それは、……存くんと似てるので、そのうち語られることになるだろう。
(おわり) |