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山羅くんの不幸
作:紫水晃



外伝その1 不幸の先駆者・前編


 

 自分のことを『僕』から『私』と呼称するようになって何年になるだろう。

 最初は友達も戸惑っていた。『お前、女になるつもりか? ……だったら俺と付き合ってくれ!』……これは特殊すぎる例だが、ほとんどは『まあいいんじゃない?』と苦笑していた。

 もちろん、変なことを言った友達には会う度に『消えろ』『ウザイ』『邪魔』とこれだけしか言わないようにして、距離を置いた。

 なぜ『私』と呼称するようになったのかは理由がある。

 それは、……昔は私のことを『私、兄さんのこと大好き!』と言ってくれていた妹の小雪こゆきが……小雪が……。


『俺ぁな! てめぇみたいな軟弱者が大嫌いなんだよクソ兄貴!』


 ……いつごろだろうか、自分のことを俺と呼称し、口汚い言葉を使うようになったのは。

 …………カムバァァック! 昔の妹よォォ!!

 私は涙を流してそう夜の街に叫んだことがある。……『うっせぇぞクソガキィ!!』『ごめんなさい! ……って小雪かよ!?』という一連の流れもあったが。

 それからだ。私が自分のことを『私』と呼称するようになったのは。そうすることで、昔の妹を思い出していたのだ。

 この『私』と呼称する理由。

 それを知っているのは私だけだ。

 私だけ、……のはずなのだが。


……………………………


 今現在、私は靴箱の前で固まっていた。

 今日は聖帝公立高等学校(後の聖帝第一学園)の入学式だ。結構早めに学校に着き、靴を脱いで上履きを穿かなければならないので、靴箱を開けたときだ。

「?」

 私はそこに白い封筒があることに気付いた。なんだろうと思い、封筒を見ると、宛先に私の名前があった。私は学校からかなと思い、封筒を開けると、中から手紙がでてきた。

 私はそれを読んだ。

[姓名・久住傑くずみスグル……身長・173……体重・62……趣味・読書……家族構成・父、母、妹……交友関係・女友達なし……初体験・なし……癖1・なにかを食べる前は必ず箸を舐める……癖2・なにかを飲む前は必ず匂いを香る……癖3・成人本を買う際は……]

 ナニコレ?

 私の持つ手紙が震える。

 癖13まできたところで今度は動向1〜8を詳細に書かれていた。それまではまだ体が震える程度だった。だが、次の一文で私は固まざるを得なかった。

[……自分を私と呼称する理由・実妹が俺と呼称し、口汚い言葉を連呼するので、そんな妹からの逃避から自らを私と呼称するようになった……]

 なぜ知ってる!?

 私は戦慄した。

 そして数分後、私はようやく固まっていた体を動かした。

 ビリ!

 手紙を半分に破ったのだ。

 ビリビリビリビリ…!

 それをまた半分、また半分とし、細切れにすると、それをゴミ箱へと捨てた。

 私が見なかったことにしようと作り物の笑顔を浮かべ、上履きを穿こうとしたときだった。

 ぽんぽん。

 私の肩を誰かに柔らかく叩かれたのだ。

 私は驚いて振り返り、

「…………ぅ……」

 そして、一瞬で心奪われた。

 漆黒の髪は腰まで届き、真新しい白の制服からもよくわかる大きな胸に思わず目が向き、すらりとした腰の細さに思わず目が向き、安産が約束されたような魅惑的なお尻に思わず目が向き、……ってどこを見てるんだ私は!

 どぎまぎしながら私は視線を顔へと向けると、清楚な、柔かな、温かな、その全てを感じさせる笑顔に、頭が真っ白になった。

 ……これが、一目惚れというやつか。

 私はぼんやりとした意識の中、そう思った。

 私がその神秘的な美しさに見惚れていると、彼女はメモ帳のようなものを取り出すと、そこにさらさらとなにかを書き始めた。

 やがて、彼女はメモ帳の用紙をこちらに向け、書いた文字を見せてきた。

 そこにはこう書かれていた。


[私の手紙、読んでもらえましたか?]


 ドクン、と、心臓が大きく跳ねた。そこで意識がはっきりと覚醒する。

 ……え、……ェ? テガミ? ……テガミって…もしかして。

 私はごくりと唾を飲み込んだ。つまり、さっきのテガミはカノじョが書いたとイうコとか?

「……な、…なんで………こんなことを…知っ…て……」

 私は乾いた口調で彼女に聞いた。

 彼女は笑顔のまま、メモ帳の次のページを開いた。


[私はあなたのことならなんでも知ってます]


 そのとき、私は彼女の笑顔をとても恐ろしく感じた。

 “無邪気だからこその悪意”を感じたのだ。

「……あ…えっと…………」

 私はじりじりと後退りすると、

「さ、……さよなら!」

 くるりと回転し、背を向けて駆け出した。

 まだ未知なる廊下をがむしゃらに走り、階段を昇ったり降りたりして逃げ、息が切れてきたところでちらりと後ろを見る。

 ……いない。

 どうやら追い掛けてこなかったようだ。それに安心して、はぁふぅと深呼吸してその場に立ち止まる。

 そこで、逃げてもなんの解決にならないんだよな、と気付く。どうせ同じ学校なのだから、また必ず会うはずだ。

 重い溜め息を吐き、私はきょろきょろと辺りを見回した。

 ここはどこだろう。

 自分の行く教室は確か1―Eだ。そこに生徒は集まり、それから体育館に行って入学式が始まるのだ。まだここのことを良く知りもしない私が、見取り図もなく自力で探すのは困難だ。

 仕方ない、人に聞こう、と前方から歩いてくる男子生徒に近付いた。

「すみま……」

 呼び掛けようとして、その男子生徒の顔を見て思わず口をつぐむ。

 無機質な表情だった。そこからはなんの感情の起伏も見当たらない。瞳からもなんの意思も感じられなかった。

「ミツケタゾ!」

 その口から機械的な声が聞こえた直後、前方の男子生徒が両手を前に突き出して、まるでゾンビのように向かってくる!

「ひぃ!?」

 私は情けない悲鳴を上げると、慌てて反対方向に逃げようとして、

「……ッ!?」

 後方からも男子生徒二名が両手を前に突き出して走ってくるのが見えた。

「「ミツケタゾ!」」

 私はパニックを起こしかけた。ヤ、ヤバイ、殺られる……!

 泣きそうになりながら私はどう打開するか考えた!

「そうだっ!」

 私は廊下の窓を開けると、そこから外に出たのだ。

 一階だったからの機転である。助かったと、私は校庭を走り、誰かに助けを求めようと人を探したわけなのだが……。

 ふと違和感を感じ、校庭の真ん中で立ち止まる。

「………へ?」

 複数……どころじゃない。何十人もの人が、校庭を囲むように……いや、私を囲むように向かって来るのだ……。

「…………そうか」

 私はそこでようやく気付いた。

 ……私は、死ぬんだ。

 涙が流れた。死んで、この人達と同じようになるんだ。そう思うと、涙が止まらなかった。

 まるでホラーのような話だが、私はそれを現実として受け止めようとしていた。

 嗚呼……私が死んだら残された家族は……妹は……………………泣いてくれると、願いたいなぁ。

「傑ぅ!!」

「!」

 そこで、一人の男が無機質集団(命名・私)の合間を縫ってこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。

 あれは……向井!?

 なぜ彼がここに、そう思う間もなく、彼は私の手を掴むと、『逃げるぞ!』と引っ張る。私は、なぜここに!? と叫びたかったが、グって堪え、手を離すと、一緒に走る。

 人の壁が薄いところを狙い、そこへ突っ込む、が。

「うわぁッ!」

 私は捕まってしまった。しかし、すぐに向井が『どけぃ!』と私の制服を掴んだまま離さない女子生徒を本気で蹴った。

 だが執念か、女子生徒は私の制服を離さない。私は蹴りの衝撃で制服のボタンが千切れていたので、私は制服を犠牲にする(脱ぐ)ことでこの危機を脱出した。

 そうして校門まで走っていく。それまでに今度は足を掴まれたが、靴と靴下を犠牲にしてまた逃げた。……いやに簡単に逃げられたが、そんなこと気にせずに逃げる。そんな余裕は全然なかった。まだまだ増えていく無機質集団。いったい何人いるんだ!

「傑!」

 校門まで来たところで、向井は立ち止まり、後方から追い掛けてくる無機質集団の前に立ち塞がる。

「先に……行け!」

 向井はそう言って、ヘヘヘと笑う。

「どうしてこうなっちまってるかさっき来たばかりでわからんが、理由なんてどうでもいい。俺がすべきことは、いつだってお前を守ることだけ。なぜなら!」

 ちらりと振り返り、彼は私を見てニヤリと親指を立てた。

「それが愛に生きる男の宿命だからな!」

 私も笑顔になると、グッと親指を立てた。

「『ウザイ』『邪魔』『消えろ』」

 下に向けて。

「ドチクショォオ!!」

 彼は向井武瑠むかいタケル。昔、私に告白してきた奴だ。

 だから私は向井が来たとき一言も発しなかった。なぜここに!? と叫ばなかった。なぜかって? 簡単だ。

 話したくもないからな!

 無機質集団へと涙を流しながら向かっていく彼を、私はなんの躊躇いなく置いて逃げ出すことにした。

 どうせなら殺しといてくれ。そんな暗いことを願いつつ。






(つづく)












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