プロローグ・2 不幸との出会い
『……で、あるからし、』
その瞬間、偉そうな人(多分校長先生です)の口上が止まります。そして約二千はいるという学園の全生徒の視線が僕と彼女に集中しました。
「最高のタイミングですね」
「最ッ低なタイミングだよ!?」
もう入学式が始まっているので、小から高までの学生達と先生達の様々な奇異な視線に晒され、僕は居心地の悪さを感じます。よかったです。もし快感を感じたら、新たな自分を発見することになっていました。
「……おい、あの子、諏訪日登美じゃねえ?」
静かになった体育館に誰かの呟きが響きました。と同時に、僕は彼女の名前を知らないことに気付き、改めて彼女を、諏訪さんを見ました。
「……ほ、ホントだ」
「か、可愛ぃ」
「美人だ……」
「おお俺、あの子のために死ねるよ」
「なら死ね」
「今すぐ死ね」
「隣にいる馬鹿面は誰だ?」
「彼氏? なわけないか」
「あれ、…………手錠、してるぞ?」
「な、なに!?」
「白昼堂々……しかも入学式真っ最中で警察官プレイだとォ!?」
なにやら男子達の声に殺気が含み始めてきます。小声だった囁きが、今では怒号となり、周りへとざわめきが広がっていきます。
それに比べ、女子達はなんとも静かです。それだけならいいのですが、嘲む瞳が僕に向けられているのでとても痛いです。
「……って、僕が全部悪いのかよっ!?」
誰もが揃いも揃って『この変態がぁ』のオーラを僕に向けています。……小等部の子達まで! みんな聞いてよ! 誤解だ! 僕は変態じゃ…………ない! ああ、言い切れない自分が恨めしい! だってそうでしょう!? 男は生まれたときからすでに変態なんです!
『あー…、そこの君達、もうすぐダンスが始まるから早くきなさい』
校長先生らしき人がバツが悪そうに注意します。……あ、あれ? 校長先生の視線が僕に向いています。なんで僕だけ見るの? そんな哀れむような目で僕を見ないで!
「行きましょう」
諏訪さんが手錠を引っ張って苦悶に悶える僕を動かします。僕はこけないように慌ててついていきます。
体育館の中はやはり広く、右側から小等部、中等部、高等部と分かれていました。一番前に陣取っているのは中等部から高等部へと変わった新入生達でしょうか。誰もが制服が真新しく感じます。真ん中は新入生を通すため赤い絨毯が敷かれていて、僕と諏訪さんはそこを注目されまくりで歩きました。
その間、
「変態」
「羨ましいねぇ、ケッ」
「いつもあんなプレイを……」
「あの子の綺麗な体にあいつの汚れた体が……」
「……殺るか?」
「違う。消すんだ」
「存在そのものをな」
と聞こえてきます。嗚呼、一歩歩くごとに明日の朝日を迎えることが困難になっていきます……。
「って、あれ?」
新入生達がいる場所をも通りすぎ、僕と諏訪さんが壇上へと上がっていくのに気付きました。
「ちょ、ちょっ……」
止まろうにも、すでに階段を登っているので急停止は危険です。冷や汗を流しながら仕方なく後に続きます。
そうして登りきり、困惑している校長先生からマイクを奪うように受けとると、彼女は高らかと宣言しました。
『私達は、夫婦です』
……………。
………………………?
………………え?
僕の思考は真っ白になりました。彼女がなにを言ったのか理解するのに十数秒かかりました。
「えぇえ!?」
そうして理解した直後、僕の口から驚きの悲鳴が飛びだしました。それは体育館内にいる人達も同じで、叫びはしなかったですが、みんなあんぐりと口を大きく開いています。
『早すぎる結婚でまだまだ未熟者の私達ですが、どうかこれから歩む未来と、私達二人と……そして、お腹の中にいる小さな命を祝福してください』
諏訪さんはそう言ってゆっくりと辞儀しました。
僕はそんなところではありません。
「えぇっ!? 僕、お父さんっ!?」
僕はいつの間にかできた僕達の子に大驚きです。い、いつの間に僕達の子が……! ま、まさか、この手錠には子を授かるという特殊機能が!?
「って違ーう!」
子供の名前を考えていたのを中断して僕は叫びます。ちなみにですが、男の子なら志雄。女の子なら汐。いい名前です。ああ、もう産まれる前から親馬鹿に。
「……ぬぅおおオオォォっっッ!!」
僕は危険状態に陥りかけていた思考を一新させるため、自分で自分をゴツンと殴ります。
荒い息を吐きながら僕は諏訪さんに向き直りました。
「僕達いつ結婚したの!?」
体育館内に僕の声が響きます。僕の叫びに同意するように、全校生徒がうんうんと頷きました。こんなときだけ味方にならないでください。
「二十年前です」
「僕達産まれてないよね!?」
「許嫁なんです」
「だ、誰が決めたの!?」
「私達です」
「だから僕達産まれてないよね!?」
「冗談です。私達の親です」
衝撃の事実です!
「そ、そんな……それじゃあ君はそれに仕方なく承諾してるの?」
そうです。そんな理由がなければこんな可愛い人が僕に踊ってくださいとも、ましてや夫婦なんて言いだしません。
「じゃ、じゃあ、後にでもうちの親と話し合う! この話はなかったことに」
「そんな……」
すると諏訪さんは初めてニコニコとした表情を曇らせ、涙を溜めた目で僕を見ます。
「え、な、なに!?」
僕は戸惑います。女の子を泣かしちゃったよ僕!?
そして諏訪さんはしくしくとこう言いました。
「昨日、あれほど私の体を激しく求めてきたのに……」
爆弾発言投下! 市民は急遽撤退してください。騒然となる日本。日本という国が泣き叫ぶ声を聞きながら、ホームレスのおじいさんが赤く染まる街を眺め、静かに呟きました。
「……神は、我々になにを与えようというのか」
…………ハッ! 僕は今までなにを!? なぜかホームレスのおじいさんとなった僕は、日本が終わりゆく姿を静かに見ていたような気がします。
「僕達、今日会ったばかりだよね!?」
改めてツッコミをします。
「下に降りましょう」
スルーされました!
そして壇上を降りる途中、なにやら音楽が聞こえてきました。
「あ、ダンスが始まります!」
諏訪さんの顔が綻びました。そんなにもダンスを踊れるのが嬉しいのでしょうか。
「で、でも、僕、踊れないよ?」
自分でも弱々しいと思う言い訳が口からでます。
「――大丈夫」
すると彼女は、僕に振り返ると眩しいほどの笑顔を向けてきました。
「お姉ちゃんが、ついてるから」
……本当なら、お姉ちゃんじゃないでしょ、とツッコンでいました。
でも、なぜか、そんな彼女の笑顔に、懐かしさを感じたのです。
「……今度は姉弟プレイかよ」
チッ、という舌打ちにさっきまでの心地よい懐かしさが粉々になりました。
「……まあ」
彼女の横顔を見てると、どうでもよくはなりませんでしたが、仕方ない、という気持ちが芽生えてきました。
「だけどさ……」
しかし、これだけは譲れません。
「……この手錠は、どうなるの?」
僕の呟きは、彼女にも、他のみんなにも届くことはありませんでした。
そして手錠で繋がれていただけの二人が、そこで初めて手と手で繋がりました。
「それでは、踊りましょう」
スカートの裾を軽く摘み、優雅にお辞儀する諏訪さん。僕もそれにつられてお辞儀を返します。
「こ、こちらこそ」
すると、ゆったりとしたテンポの曲が流れてきました。
ダンスパーティが、始まります。
(つづく) |