第16話 ユーフォー襲来?
〜そして翌日〜
諸々の事情で起床から見学までを省かせてもらうとして(だって長くなるもん)、決闘の時間まであと五分になりました。
「なんかワープした気分だね」
「なにを言っているんだ?」
ボクシングと同じリングの上で、朱雀は変なことを言う僕を怪訝な顔で見てきました。僕は苦笑して、それから聞きます。
「決闘ってやっぱり殴り合いをするの?」
「普通はな。だが、俺は一瞬で終わらせることができる」
くだらないことに時間を掛けたくないのでな。そう言って欠伸しました。余裕ですね。それに実に晴れやかな表情をしているのは気のせいではないでしょう。彼は普通に黒のタキシードを着ていました。
それにしても結構な人数が集まっています。日登美は当然僕の隣にいて、諏訪夫婦と輝閃さんは解説席に座っています。昨日の『特別区』の皆さんもいるのですが、僕の記憶では会っていない作業服を着た人が六人いました。その人達だけ向こう側にいるので、人数はわかりやすいです。
「なんであの人達だけ向こう側なのかな?」
僕が日登美に聞くと、
「とても危険なことですが、良い機会ですから証明させようということらしいです。幸い、武器を持っていないようですので」
と、よくわからない返答をもらいました。
「?」
僕は首を傾げました。
「待たせたな!」
そこで戦神さんがやってきました。腕時計を見ると、時刻は13時ぴったりです。
それと同時に実況アナウンサーを志願した輝閃さんがマイクを持ちました。
《赤コーナー。残虐非道冷酷無比の女殺し〈復讐者〉です。一人では飽きたらず五人の美女をモノにした女たらし。ロリ・ツンデレ・天然・外人・無口キャラを集め、次はいかなるキャラを引き込むのか。彼のトレードマーク、メイド服をはぎ捨て、挑戦者を待ち構えます》
「あとで殴る」
朱雀は新たな覚悟を決めるような口調でそう言いました。
《青コーナー。見た目はバカ。頭脳もバカ。その名は〈戦神〉と書いてバカと読むバカの入場です》
「なんじゃそりゃあ!」
怒声を上げながらリングに入る戦神さん。
《両者、相手に一言あればどうぞ》
まずは戦神さんが口を開きました。
「首を洗って待ってたか復讐者?」
「お前こそ全身を入念に洗ってきたのだろうな? 触れると思っただけでも生理的嫌悪で吐き気がしそうなのだからそれぐらいはしておいてくれよ」
「……絶対殴り殺してやる」
「自分をか? 異常者だな」
「てめぇをだよッ!」
《まだ始まっていませんよ戦神。抑えなさい。では復讐者からは一言ありますか?》
「そうだな……。では質問させてくれ。戦神よ、お前は恥ずかしくないのか?」
「……なにがだよ」
「生きていて」
「ぶッ殺す!!」
そこで、カァン! と鳴り、決闘が始まります。
あれだけ煽っていながらお互いすぐに飛び出すわけではなく、じりじりと間合いを取って様子見しています。
と、そこで朱雀が“いま思い出したかのように”口を開きました。
「そういえば負けを認めるのはどうするんだったか?」
「ハンッ! 『まいった』だよ!」
カンカンカンカンカーンッ!
《勝者、復讐者です》
……はい?
「「なにぃぃ!?」」
あっけない結末に、僕と戦神さんが同時に叫びました。
他の皆さんは『やっぱりな』『こうなると思ってたわ』『賭けをしなくて正解だったな』『ま、どうせ復讐者の勝ちだろうけど』と納得した雰囲気でした。
「どーいうことだ!?」
戦神さんがリング上から輝閃さんに詰め寄ります。
「どう、と言われてもな」
代わりに朱雀が口を開きます。
「お前が言ったことだぞ。……明日の13時。『特別区』トレーニングルームにて決闘。武器は自由。時間制限なし。相手が『まいった』と宣言したら勝ちだ。ぜってぇ言わねぇけどな……そう言ったはずだ」
凄い。全部覚えています。
「お前が言ったことだ。まさか忘れたわけではあるまい。……それにしても、自分で絶対言わないと言いながら言うとは、本当に愚かだな」
嘲笑う朱雀。……なるほど。朱雀は最初からこれを狙っていたわけなのですね。余裕だった理由がわかりました。
「…………うぐ…ぐぅ……」
でもやっぱり、
「納得できるかァッ!!」
戦神さんは激怒しました。
「……………」
やれやれと朱雀は首を振ると、仕方ないと言わんばかりに口を開きました。
「……ふむ。なら、望み通りにしてやろうか。ではルールを変更するとしよう。『相手が気絶すれば勝ち』でどうだ?」
途端に、戦神さんの怒りは嘘のように収まりました。
「上等だ」
単純ですね。
「では、改めて始め…………ん?」
朱雀が上を見上げ、ゆっくりと首が左右に動き、なにか見てはいけないものを見てしまったような苦渋の表情になると、うーむ、と唸り、ちらりとまた右上を見上げます。
「……少し疑問なんだが」
戸惑ったような表情を見せ、朱雀は言いました。
「……なぜ、ユーフォーとやらがいるんだ?」
「「「なにぃぃ!?」」」
誰もが例外なく朱雀の目線の先をバッと見ます。その瞬間、ゴキッ、と鈍い音が聞こえました。
僕が目線を戻すと、突っ伏して倒れる戦神さんと、それを見下ろす朱雀がいました。
「え、と……ユーフォーは?」
戦神さんのことよりもそれだけが気になりました。
「嘘に決まってるだろう」
「「「えぇー!?」」」
驚きと落胆の声が響きます。見たかったなぁ。
「当然だろうが。そもそも、こんな室内になぜユーフォーがいるんだ」
「……じゃあ、さっきの無駄に演技力のある行動は伏線?」
「無論だ」
…………そりゃあさ、『あ、ユーフォーだ!』よりかは騙されやすいと思うけどさ。卑怯じゃない?
「存、いま卑怯じゃないかと思ったろ」
図星を突かれ、ギクリとします。
「卑怯ではないぞ。立派な戦術の一つだ」
どこかで聞いたことのあるような台詞です。
「それにこれは、お前から教わったことだぞ」
「へ?」
僕は首を傾げます。
「覚えてないのか? 中学一年生の春、上級生にからまれたときだ」
……あぁ。うっすら思い出してきました。
僕と朱雀が歩いていると、不良らしき人達がたむろしていて、側を通るときに『金くれよ』と話かけてきたのです。……朱雀が『殺ろうか?』と違う意味合いの言葉を使ったとき、僕はこんな行動をしたのです。
『……ち、ちょっと待って…………って、うぁあ…ぁ……ユ、ユーフォーだぁぁ!!』
僕の迫真の演技に、不良達はおろか朱雀までも騙されていました。『どこにユーフォーが?』『見えないよ!』『お前にしか見えないのか? ……良い病院でも紹介しようか?』『しなくていいよ!』と朱雀を引っ張って逃げた記憶がある。
「あのときのことを少しアレンジしたんだ。どうだ?」
「……君がすると真実味がありすぎるからやめてよ」
はぁ、と溜め息を吐いて、ちらりと戦神さんを見ます。
「……気絶してるの?」
「うむ。こいつの負けだ」
「でも、起きたら怒らないかな」
「怒るだろうな。だが、戦っている最中によそ見をしたこいつが悪い。このまま眠ってもらおうか……」
だが、と朱雀は鋭い目をしました。
「そろそろ『本番』だ。起きてもらおうか」
……本番?
「お二方と、存は後ろの方に行ってくれ」
席を立って言われた通りに離れていく諏訪夫婦。僕もよくわかりませんが一緒に付いていきます。
「……なにかあるんですか?」
僕が傑さんに聞くと、
「うん。最強コンビを見せてあげようと思ってね。危険だけど、復讐者が『危険の内にも入らんから大丈夫だろう』とお許しが出たんだ」
「……だから、なにがあるんですか?」
「仕事だよ」
傑さんはにやりとしました。そこで『特別区』の皆さんが僕と諏訪夫婦を囲むように立ちます。
「起きろ」
ドンと朱雀が戦神さんに蹴りを入れますが、起きません。
「起きろ戦神」
少し強めに蹴ります。しかし起きない。
「起きろ〈能無し〉」
「能無しじゃねぇ!」
条件反射並の速度で戦神さんが起きました。
「……ハッ、俺はなぜ倒れて?」
「そこにいる男が後ろから殴ったんだ」
「なにぃ!?」
真顔で嘘を吐く朱雀。そしてまんまと騙される戦神さん。とばっちりを受けた作業服の男Aは『えぇ!?』とうろたえています。
「……って」
戦神さんがなにか思い出したように牙を剥きました。
「スパイの奴らじゃねぇか。こんにゃろう……邪魔しやがって!」
………………スッパイ? ……え? ス、
「スパイ!?」
僕が驚きの声を上げると同時に、作業服を着た六人が一斉に走り出しました。リングを迂回するようにして、隅にある扉に向かっていきます。
「愚かな」
朱雀は六人に向かって跳躍すると、左足を軸に駒のように回転しました。こ、これは……!
「竜巻旋風脚!?」
某格闘ゲームの技を使いました。それで男A・Bが撃沈。
「負けられるか! 波動拳!」
戦神さんもこれまた某格闘ゲームの技の名前です。しかし、波動拳と言いながら蹴っています。……男C、撃沈。
「今度は殴ると蹴るの違いがわからなくなったか。産まれたときからやり直すんだな」
「うっせぇ! おい、左!」
戦神さんが叫ぶと同時に朱雀が頭を下げます。すると後ろからの蹴りを避けることができました。朱雀は回し蹴りを後ろにいる男Dの頭部に喰らわせると、ゆっくりと倒れようとした男Dの頭部を右手で掴みます。
「足払いだ」
「わぁってるよ!」
戦神さんが相手をしていた男Eの足を蹴りで払いました。ダウンさせたところに、朱雀が右手で掴んでいる男Dの頭を、男Eに向かって落とします。
ゴチン!
これで二人仲良く大の字になりました。
ものの十数秒の格闘……というか喧嘩を見て、僕はただ呆然とするばかりです。
それは最後に残った男Fも同じで、戦意喪失した様子で呆然としていましたが、朱雀が蹴り飛ばしました。
壁際に追い詰められる男F。朱雀は問いました。
「どこの会社からのスパイだ?」
「………………」
しかし、男Fは口を開きません。
「……ふむ」
朱雀はおもむろに近付いていくと、足を男Fの股間にドンと置きました。
「……ぅ」
この場にいるほとんどの男性が痛そうな顔をしました。女性はそんな男性達を不思議そうに見ています。
「どうして痛そうな顔をするんですか?」
日登美が聞いてきました。
「……男というのはね、見ただけでわかり合える痛覚があるんだ」
僕のその言葉に、男性陣は重く頷きました。
そんな僕達をよそに、朱雀は再び口を開きます。
「スパイをしにきたからには、それなりの覚悟があるだろう。そして、絶対に口を割らないという男のプライドがあるだろう。……では、そこで再び問おう」
朱雀は足に力を込め、二択を迫りました。
「男のプライドを捨てるか、それとも、男を捨てるか。二つに、一つだ」
……男Fは泣いてしまいました。
(つづく) |