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山羅くんの不幸
作:紫水晃



第12話 ないことないこと


 



 想像してください。

 扉がいきなり開き、人が泣きながら『君は僕の大親友だよ!』と駆け寄ってくるところを。

 ……不気味です。でも、だからと言ったって。

「殴ることないじゃないか!」

「いや、……つい、な」

 僕はまだ痛む頬を擦りながら涙目で抗議します。

「つい、で殴らないでよ!」

 逃げるという選択肢だってあるじゃないか! ……あ、いやでも、そっちは精神的に痛いかも。……いいやッ! 殴られるほうが物理的にも精神的にも両方痛い!

「僕達、親友でしょ!?」

「そう思ってはいたんだが……」

「え? なにその曖昧な態度? さっきので友情崩壊しちゃった!?」

 僕は自分がどれだけのことをしてしまったのかを理解します。

「……ご、ごめん! 僕、もう二度と泣きながら近付かないから!」

 ってかそんなに気持ち悪かった!?

「違う。まさか自分でも殴るとは思わなかったんだ」

 なにやら悩んでいる朱雀。そこに傑さんが笑いながら肩に手を置きました。

「簡単なことだよ。『気安くなった』ということさ。君が存くんに対して虚を纏う必要がなくなったから、今まで無意識的に一線を引いていたのがなくなったんだろう」

 そう言われ、僕も軽くこづられたような痛みだったことを思い出します。涙目だったのは、その直前まで泣いていたからです。

「いきなりそう変わるものか?」

「人間というのはそういう生き物だよ。君がいきなり女装趣味になったように」

「………………………」

 朱雀が傑さんに弁解を始めました。でも傑さんは笑って優しい目を向けるだけです。……優しさは時として痛いのです。

 僕がその様子を苦笑しながら見ていると、ふと違和感を感じてキョロキョロと周りを見渡します。

 すると隅の方で小さくなっている人影が見えました。僕はそこに近付きます。

「……日登美、どうかしたの?」

 いつもすぐ隣にいる彼女がいないと、なんとなく物足りない気持ちになるのです。……汚染されちゃったかなぁ。

「いえ……その……」

 珍しくはっきりとしない態度に、僕は怪訝になります。どうしたのでしょうか? まさかとは思いますが……。

「気にしてるの?」

 僕を騙してきたことを気にしているのでしょうか? ……あ、いや、普通は気にしないといけないことなんですけど。

 図星らしく、僕の言葉に日登美はしゅんとなり、うなだれました。

「い、いいよいいよっ! 僕、気に…………するけどさ、別に怒ってなんかないから! むしろ感謝してる! 朱雀に会わせてくれてありがとう!」

 僕は精一杯なだめます。
「……本当ですか?」

 ぐはァッ! 上目使いですか!? そんなことをしなくても許すのに、奥技を喰らってしまいました。

「本当本当!」

「……それでは、学園中に存さんの趣味が『切手集め……は表の趣味で実際は切手の裏を舐めて体に張り付けることに無情の悦びを感じる』というないことないことを話したことも許してくれますか?」

「なにぃ!? なにその特殊な趣味はッ…………クッ、………う、ッ…うん………許す……よ…………っ」

 激昂しかけて無理矢理耐えます。せめて、あることないことにしてほしかった……!

「……存さんの特技が『諏訪日登美限定で服の上から下着の色を透視できる』と噂を広めたことも?」

「んなッ…………ク……………うぐ…ぅ……うん……許しちゃうっ!」

 もうヤケクソです。まさか先程の上目使いはこのためか……!

「それから、勝手にですけど……」

「まだあるの!?」

「……私がどうしようもなくあなたを愛していることも、……許してくれますか?」

 あぐ…っ………、な、なんでしょうこれは。新種の状態異常魔法でしょうか。僕は状態異常・羞恥で顔を赤くします。この効果は状態異常・怒りを受け付けないみたいです。怒りなど吹っ飛びました。ってかよくそんな言葉を言えますね。

「……う、うん。それは別に……」

 それからしばらくの間、会話がなくなります。

 ちょっと甘ーい雰囲気が僕達を覆い、包み込んできます。朱雀と傑さんが『このバカップル』という目をして僕達の様子を見ていることに気付かず、二人の世界に浸ります。

「仲が良くて羨ましいですね」

[全くです]

 そこに輝閃さんと日登美のお母さんが来て、二人の世界は終わりを迎えます。日登美が若干ムッとしたようで、可愛らしく頬を膨らませました。

[ごめんなさいね。もういいかなと思って様子を見に来たのよ]

 日登美のお母さんが微笑を浮かべて、日登美をなだめました。

[すーくんとの話は終わったの?]

 すーくんとは朱雀のことでしょうか。朱雀を見ると、ムスッとした表情で見返してきました。

「はい。あとで拷問することになりました」

「おい」

 そんなの聞いてないぞと朱雀が睨みます。

 これでようやくみんなが広間に集まりました。これからどうするのでしょう。

「それじゃあ奥の扉を開けて進もう。歩きながら説明するから」

 奥の扉を開け、傑さんが話をします。

 簡単に説明すると、ここは四つの区画に分けられています。今、僕達が歩いているところは『居住区』で、住み込みで働く人達の部屋が用意されています。そして先へ行くと『作業区』があり、そこで社員は働くのです。そこの見学は明日にするそうなので、次の『特別区』に行くことになりました。

「特別区ってどんなところなの?」

 僕は歩きながら朱雀に尋ねました。

「そうだな……。…………、まあ、行けばわかる」

 少し考え、断念したようです。

「この『居住区』から直接『特別区』に行くためにはこれに乗らないといけない。輝閃、鍵を開けてくれ」

「かしこまりました」

 傑さんの前にエレベーターのようなものがありました。一つ違うところは、上下に動くだけではなく、左右にも動くということだそうです。

「特別区か……」

 なにやら難しい顔をする朱雀。

「朱雀、ど……」

 どうしたの? と聞こうとして僕は未だに名を呼んでないことに気付きました。自分でも不思議なのですが、なぜ下の名をこう無意識的に呼ぼうとしないのでしょうか。

「え、と……翔影、どうしたの?」

 しかし、ものすごく苦笑されました。

「いや、できれば今まで通り朱雀と呼んでほしい」

「え、どうして?」

「実はと言うと、朱雀翔影は偽名なんだ」

「えぇ!?」

「本名は……あまり聞きたくないのでな。それに、お前だと朱雀と呼ばれる方がしっくりくる」

 構いませんが、どうして本名は嫌なのでしょう。

「ものすごく笑える名前なんですよ」

「黙れ」

 日登美が笑い、諏訪夫妻も微笑します。うう……気になるなぁ。

「私は朱雀様と呼ぶより女たらしと呼びたいです」

「なにが言いたい」

 輝閃さんをじとりと睨みます。

「それから……」

 そして、呆れた表情に変わると輝閃さんに言いました。

「さっさと鍵を開けたらどうだ」



……………………………



 やはり気になります。

 もちろん朱雀の本名も気になりますが、未だに日登美が僕の隣に来ようとしないのが気になります。どうやらまだ気にしてるようです。

 今はエレベーターに乗って移動中なのですが、日登美は一人で隅の方で佇んでいます。僕は頬を掻くと、彼女に近付きました。

「……ね、ねぇ、日登美」

 僕は顔が熱くなるのを感じながらも、彼女の前に手を差し出します。

「手、……繋ごうか?」

 その申し出に余程驚いたのか、目を丸くして僕を見てきました。

 だけどすぐに喜色に彩られた笑顔になり、

「はい!」

 ……腕を組まれました。

「………………まあ、いいけど」

 どうやら彼女の中で『手を繋く』→『腕を組む』に変換されたようです。……う、胸の感触が。

[私達もしましょう]

 そんな僕達を見てか、日登美のお母さんと傑さんも腕を組みました。

「……なんだ」

 いつのまにか輝閃さんが側に近付いてきたので、朱雀が怪訝な顔で聞きます。

「この流れだと、私達もするべきだと」

「断る」

 即答です。輝閃さんはちょっとガッカリした表情をしました。

「……同じメイド仲間ですし」

「誰がメイドだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「……わかった。わかったよ。わかったから……スカートを捲ろうとするなっ」

 なぜかスカートを捲ろうとする輝閃さんの手を払いつつ、朱雀から腕を組みました。

「いやらしいですね」

「お前から求めたんだろうが」

「胸を触っています」

「お前が押し付けてくるからだろうが」

「もう『特別区』に着いています」

「なら開けろよ」

 ……なんかこの二人を見ていると、なぜか僕と日登美に重なりました。朱雀も苦労しているんだな……。

 輝閃さんが操作し、エレベーターの扉が開きます。僕達は『特別区』へと一歩踏み出しました。






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