第11話 その頃の二人
そこはとある街の一角。
どこにもありそうなありふれた普通の一軒家の前に、……どこにもいそうにない怪しい格好をした一人の不審者がいた。
その不審者が佇むその一軒家の表札には『山羅』という文字。
「…………き、来ちゃった……」
グラサンにマスク、帽子を被った不審者…………失敬、変装した今人気絶頂のアイドル・田茂百合がそこにいた。
今日は休み。……とはいっても学校だけであって、アイドルである彼女は今日も仕事がある。ではなぜ彼女がここにいるのかというと、つまり抜け出してきたのである。
もちろん彼女に罪悪感はない。ただ山羅くんに会いたいがための行動だ。責めるべきは、彼女を夢中にさせている山羅くんの方だろう。
「……っ…………!」
呼び鈴を鳴らそうとしてやめ、鳴らそうとしてやめ、を繰り返してもう何度目だろうか。それは恥ずかしくて押せないのではなく、怖くて押せないのだ。
……もし諏訪さんが出てきたらどうしよう。
先日、宣戦布告をした相手を思い出す。昨日は勢いでああ言ってしまったので、どんな顔をして会えばいいのかわからないでいるのだ。
そのときである。
「あんた……なにしてるの?」
びくりとして百合は慌てて振り返った。そこには呆れた表情を浮かべた破壊神……もとい、泉水桐花が立っていた。
「……あっ…は、ハナちゃんかぁ……。びっくりしたぁ」
「私がびっくりしたわよっ。不審者がいるから軽く肋骨全部折ろうと思って来たらユーちゃんなんだから」
なんとも不穏な台詞をさらりと言いながら百合に近付いていく。
「なにしてるの?」
「……え…と、……た、タモくんに会いに」
もじもじとしながら百合は答えた。顔は見えないがおそらく赤面しているだろうと泉水は容易に想像できた。
あんな奴のどこがいいのかしら。自分のことは棚に上げて泉水はそう思った。
先日、久しぶりの再会を果たした二人は、実は放課後にまた会っている。そこでいろいろ積もる話をしている中で、百合の気持ちをなんとなく知った泉水は微妙な気持ちであった。
ちなみにだが、泉水はその帰りに追い詰められている山羅くんを助けたのでした。
「……それで、存はいるの?」
「ま、まだ呼び鈴鳴らしてないの……」
「なにしてんのよ……」
軽く溜め息を吐くと、消極的な彼女の代わりに、ピンポーン、と呼び鈴を鳴らした。
「…………」
「…………」
「………………?」
誰も来る気配がない。ということは……、
「ふ、二人で仲良くベッドの上で……」
「いや。普通にいないんじゃないの?」
なにやらショックを受けている百合の肩をポンと叩く。
「それに存がそんなことするほどの根性ないし」
それにはかなりの自信がある。……いやな信頼のされ方だな山羅くん。
「で、でも諏訪さんが迫ったら……」
「……ああ」
それはありえるかも。あいつ押しに弱いし。
「よし。扉を叩き壊すわよ」
はぁぁ……、と気合いを込める泉水。
「ちょ、ちょっと待って!」
百合が慌てて扉の前に立ち塞がった。
「ダメだよ壊したりしちゃ! それに器物破損で犯罪だよ!」
「……じゃあどうするのよ」
すねたようにそっぽを向く泉水。百合はしばし考えた。
「…………ピッキングとか?」
どっちもどっちだった。
「それも犯罪じゃない」
「でも壊してないから証拠もないし。なにも盗んだりしないから完全犯罪だよ」
「……どっちみち犯罪じゃない」
どちらにしても不法侵入です。
「やっぱりいないのかなぁ……」
泉水がなんの気のなしにドアノブを捻る。
「って、あれ?」
なんの抵抗もなく扉がギィと開いた。
「無用心ね……」
泉水が呆れていると、百合が半開きの扉の間から中へと入っていった。
「ちょ、ちょっと!」
泉水もさすがに慌てて百合の腕を掴む。
「人気アイドルが犯罪を犯そうとするんじゃないわよ!」
「バレなきゃいいの!」
なるほど道理だ。ってオイ。
「それもそうね」
そうそう。ってこっちもオイ。
「いたらいたで存も文句はないでしょ」
というか言わせないのだが。
こうして二人は罪悪感など欠片もなく、山羅くんの家に侵入した。
……………………………
中は暗く、やはり人の気配もない。
「やりたい放題ね」
にやりと泉水が笑う。なんて女だ。山羅くんがいたらそう憤慨しただろう。そして殴られていただろう。
「タモくんの部屋はどこかな?」
一階は私室らしき部屋は見当たらないので、二階へと続く階段を見ながら百合が呟いた。
「二階の奥の部屋だったわよ」
最後に存の家に来たのが中二の夏休みで、それ以来変わってないのなら奥の部屋のはず。
「というか、存の部屋に行ってなにするつもり?」
泉水のその問いに、百合はぎくりと肩を震わせる。
「お、男の人の部屋ってどうなってるのかなぁ…なんて……」
わかりやすいなぁ。泉水はハァと溜め息を吐いた。
「…………昨日、存に聞いたけど、エロ本持ってるらしいわよ」
ピタッ。階段を上っていた百合の動きが止まる。
「へ…へぇ……そうなんですかぁ。男の子ですもんねぇ……」
「やっぱり興味津々?」
「……………うん」
もうわかっているらしいので素直に認める百合。そして開き直ったかのように目的を告げる。
「タモくんがどんな子が好みなのか知りたいの!」
それをエロ本から参考にするのはちょっと違うような気がする。
「ふーん……」
関心なさそうにしているが、実は泉水も興味津々だった。……見掛けによらず無理矢理系だろうか。でも、あいつに無理矢理されるのも……。
泉水が変な思考を始めたのと同時に、百合もまた思考を始めていた。……も、もし無理矢理系だったら……私も無理矢理されるの? そ、それはそれで……と悶々とする。
「もし……幼馴染みにツンデレ系のがあったら、……あら、……どうしようかしら?」
「アイドルを無理矢理……とか、二人きりのときに無理矢理……とか」
二人は思い思いに耽っている。特に百合にはそういう願望があるようだ。
そうして二人は奥の部屋の扉の前へ。百合が扉を開き、先に中に入る。それに泉水が続く。
「……なにしてんの?」
ベッドの上で仰向けになっている百合を見て呆れる。いつのまにかグラサンとマスクを外していた。
「タモくんの匂いがするよぉ……」
幸せそうに目を瞑る百合。……寝るなよ。
「ゴミ箱の中身は……。うーん……丸まったティッシュがないわね」
こちらもなにを探しているのだろうか。この二人、似たり寄ったりである。
「……あっ!」
「どうしたの?」
タンスを物色していた泉水が百合の叫びに振り向く。……もう空き巣にしか見えない。
百合の手には本が握られていた。
「こ、この下にあったの!」
「ベッドの下か……定番ね」
ちょっぴりドキドキする。さて、山羅くんの好みは……。
「……『いけないお姉さん』……『お姉さんが手伝ってあげる』……『お姉さんの性教育』……なにこれ? お姉さん系ばっかりじゃん」
「……もしかしてお姉さん系がタイプ?」
百合はショックを受けた。お姉さん系なら諏訪さんだ。ま、負けた……。それに胸も大きい人のが多い。自分の胸を見て、日登美の胸を思い出す。……完敗です。
「つまり諏訪さんは完璧ストライクゾーンじゃん」
泉水もこれには参った。しかもお姉さん系の本しかないのである。それはつまり、お姉さん系にしか興味がないということ。
「あのバカ……少しは他のジャンルにも手を出しなさいよ!」
「まったくだよ!」
二人は勝手に憤って怒ります。山羅くんにとってはいい迷惑です。
「しらけたわ。エロ本を机の上に綺麗に並べて、母親が部屋を勝手に掃除をしていたら偶然見つけて『あの子も男の子なのねぇ……』と我が子が改めて雄なのだと認識しながらそこに置いたんだなと思春期の男の子には精神的に辛いものがある状態にしよう」
「そうだね。私も手伝うよ」
二人は机の上に綺麗に並べ……ようとして、ごくりと唾を飲み込んだ。
自分達が知ってるのは表紙だけ。……中身はどうなっているのだろう。
二人は知らず知らずの内に顔を見合わせた。
「……ア…、アハハハ……ハ……」
「……ハハハ、アハハ…ハ………」
乾いた笑い声を上げ、そして二人は、同時に無言でページを開いた。
その日、二人はちょっぴり大人になったという。
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