第9話 日登美の両親
諏訪グループの本社で有名なのは、見た目がビルではなく木造の『家』だということでしょう。確かそのことをテレビで聞いたような気がします。
そのため火災が起きたらよく燃えてしまうので、火災対策は万全で作業しているそうです。外部から火が侵入しないように周りに高い塀を建てていて、正面入り口からしか入れないようになっています。
「お、大きいなぁ……」
しかし、やはりお金持ちです。見た目は家ではありますが、大きさと広さは普通の一軒家の百倍以上はあるでしょう。
「存さんも、朝になると大きくなりますよ」
「…………なにが?」
日登美は僕が寝ている間になにをしているのでしょうか。今更ながらに気になり、同時に恐怖します。
「……ね、ねぇ、日登美。僕が寝ている間に、変なこととかしてないよね?」
最近、目が覚めると口元が濡れているのです。よだれだと……信じたいです。
「心外です!」
日登美は可愛らしく頬を膨らませました。
「私、変なことなんてしてません!」
「ご、ごめん!」
バカ! 僕のバカっ! 日登美を少しでも疑った自分が許せません!
「女装させた存さんを写真に撮ってネットに流出しただけです!」
「なにその新しすぎる嫌がらせ!? 充分変なことだよッ!?」
というかいつのまに女装を! さすがに目を覚ますと思うのですが………ま、まさか!
「秘技・殺苦死を使ったの!?」
あの技を使ったのなら絶対に気付かないという自信があります。
「殺苦死?」
朱雀の呆れたような声が聞こえました。
「お前、あの危険な技を使ったのか?」
「そうですけど」
「ちょ、ちょっと待って! 危険!? やっぱり副作用があるの!?」
「…………まあ、な」
ごほっ、ごほっ、と咳をして僕から視線を反らされました。
「や、やめてよそんな反応っ! 君がしたら余計に心配になるだろっ!」
「それから……」
僕のことを軽く流して、朱雀は輝閃さんに若干イライラを込めて言いました。
「さっさと扉を開けたらどうだ」
……………………………
扉を開けてから五分ほど歩いて、ようやく正面玄関に辿り着きました。
「どうしてこんなに離れてるの?」
「もし悪意ある外部の人間が放火や侵入等をしてきたら大変だからだ」
有名になると不審者が多く現れるそうです。高い塀はそれの対策でもあるわけですね。
「……あれ? でも、それならいっそビルを建てたほうが安心なんじゃ?」
「それだと地震が起きたら崩れるだろ。ここらは地震が多いからな」
「うむむ……。なかなか大変なんだね」
「危険を事前に予測するのも経営者の仕事の内だ。当然のことだろう」
「じゃあ僕が経営者になるのは絶対に無理だね。だって考えられないもん」
「ハハハ。やり始めると案外どうにかなるもんなんだよ」
「……へ?」
知らない男の人の声が聞こえたので辺りを見回すと、若い男性がこちらに歩いてくるのが見えました。僕と同じ高校生に見えます。そのすぐ隣にぴったりと寄り添う女性もいます。その幸せそうな笑顔を見ていると、僕の隣にいる日登美に似ているような気がしました。
「え、と……あのー…」
カップルでしょうか。でも、男性が困ったような嬉しいような複雑な苦笑しているのがとても印象的です。なぜでしょう。
「どうも初めまして。諏訪傑です。娘がいつもお世話になっています」
………………へ?
…………娘?
……それに諏訪傑ということは……。
「……ひ、日登美のお父さん!?」
つ、つまり……諏訪グループの社長さん!?
「って、えぇぇ!?」
わ、若すぎる! そしてもしかして! その隣にいるのが日登美のお母さん!?
「ふ、二人とも、お、お若いですね……」
恐縮してしまう僕。そして気付いてしまいます。どうやら自分は権力に屈するタイプだということに。
「ハハハ、ありがとう。以後お見知りおきを」
そう言うと握手を求めてきたので、僕はすぐにその手を握り返しました。し、しまった! 汗ばんだ手で握手してしまいました!
「別に構わないよ」
優しい笑顔でそう言ってくれたので安心です。
「お久しぶりです」
僕がホッとして手を離すと、次に朱雀が握手をしていました。
「……大きくなったな」
懐かしむように、日登美のお父さんは朱雀の頭を撫でました。まるで子供扱いです。どうやら二人は面識があるようですね。
「……お二人は相変わらずで」
朱雀はやんわりと離れると、一礼しました。
それにしても、日登美のお父さんは朱雀がメイド服を着ていることになんの疑問も抱かないのでしょうか。いや、あえて気付かないふりをしているのかな。
「ここでの立ち話もなんだ。いらっしゃい。歩きながら話そんんっ。………ちょ、今は……むぐっ」
日登美のお父さんが家の中へ案内しようと歩き出そうとしたところで、日登美のお母さんがキスをし……それからディープキスをしているようです。
「………………………」
「………………………」
僕と朱雀が居心地悪そうに視線をさ迷わせるのに対して、日登美と輝閃さんは静かに見ています。なぜ女性はこういうとき強いのでしょうか。いや、この二人が特別なのか。ってちょっと待って日登美サン? なぜ熱い眼差しで僕を見てくるの? しないからね!
「ま、待たせたね」
五分後、ようやく日登美のお父さんは赤面しながらも再び歩き始めました。僕と朱雀は苦笑しながら後に付いていきます。
家の扉を開け、中に入ると、外観は和風なのに中身は洋風でした。これが和洋折衷というのでしょうね。
「聖美の趣味でね」
物珍しげに視線を動かす僕に、諏訪さんのお父さんが苦笑しながら説明してくれました。
「聖美さん……?」
「ああ、妻の名前だよ。元来、口が聞けなくてね」
[諏訪聖美です。よろしく]
紙に書いた綺麗な文字で日登美のお母さんが見せてくれました。
[あなたのことは日登美からよく聞かされています。なんでも、一晩に五回もしたとか]
「はい!?」
僕は日登美にぎゅるんと向き直りました。
「君ハ本当ニ冗談ガ好キダネ……!」
「冗談ではありません」
「してないのに!?」
「女装を五回しました」
「そっちか! そっちなのか! って一晩で五回も女装させられたのか僕は!?」
「別段女顔というわけでもないのにな」
首を傾げる朱雀。
「……いや、そういう問題じゃないから」
肩を落として溜め息を吐く僕の側に、日登美のお父さんがやってきました。
「なあ、存くん。ちょっと二人きりで話さないかい?」
その申し出に僕は体を固くします。
「え……な、なにをでしょうかっ?」
「いや、なに。大したことではないんだが…………聖美、いいかな?」
少し離れてもいいかなと聞いています。
[今晩頑張ってくれますか?]
と日登美のお母さんは紙に書いた文字を見せてきました。
「…………わかった。熱い夜を約束しよう」
赤面して答えると、今度は日登美に聞きます。
「いいかな?」
「今晩頑張ってくれますか?」
「僕に聞かないでよ!」
僕も赤面して答えます。
「輝閃、先に広間に案内しておいてくれ」
「かしこまりました」
日登美のお父さんの命令に恭しく一礼すると、輝閃さん達は奥へと歩いていきました。
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