第7話 日登美の実家へ
「存さん、私の家に来ませんか?」
「え? …………入ったら最後、二度と出られないわけじゃないのなら……行くよ」
「そうですか。……残念です」
「なんで諦めるのかな!?」
どうも。山羅存です。ご覧の通り、生きています。
昨日、暴徒と化した男子生徒達から辛くも逃げ出した僕はこうして自宅にいるわけなのですが、どう助かったのかというと。
――回想――
五時間に渡る逃走。
駆け引きに、交渉に、人間との騙し、騙されの無限連鎖。
不信と不審が混じり合い、信じられる者は自分ただ一人。
敵は男子生徒(推定二百人)という難解なミッション。
それをクリアするために全知能を駆使するも、彼らは僕を遥かに越えていた。
暗殺者もかくやという複雑な罠、人海戦術、心理トリック。
最後は落とし穴という子供じみた、しかし確実なトラップで捕まり、心身共に疲弊した僕は、殺されるぐらいなら自ら死を選ぶ、と舌を噛もうとしたとき、
『一人、これで助けてやってくれない?』
と、ひょっこりと姿を現した泉水がお金を渡したら彼らはすんなり帰ってくれました。
だけど僕は胸中、複雑な気分でした。
…………………僕って一円の価値なんですね。
――回想終了――
「それで、いきなりなんなの?」
日登美が作ってくれた朝食を食べながら尋ねます。
「今日はお休みなので、私のお父様が存さんを連れて実家へ来なさいと連絡してきたのです」
「え、お父さん?」
諏訪さん……じゃなくて……ひ、日登美……慣れないなぁ……のお父さん?
「はい。八時までに連れて来ないとこの家を爆破するとのことです」
「なにぃっ!?」
僕は急いで時計を見ました。
七時半です。
「今すぐ行こう! さあ行こう! 家は何処に!?」
「アメリカです」
「バッドエーンド!」
僕は頭を抱えて座り込みました。なんだよソレ! 絶対に間に合わないに決まってるじゃないか!
「安心してください。お父様は冗談が好きなので冗談ですよ」
「え、ホントに!?」
「冗談です」
「その冗談が一番凶悪だよ!? 君は僕に希望と絶望のどちらを与えたいんだ!?」
「もちろん希望です」
どうやらアメリカだということが冗談のようです。……つまり、爆破は冗談ではないと。
それにしても、日登美のお父さんか……。どんな人なんだろう。まあ、爆破すると言う人だから普通じゃないんだろうけど。
今更ながらに、僕は日登美のことをよく知らないことに気付きます。というか、知ろうとしませんでした。……無理矢理ですけど、仮にも一緒に暮らしている相手です。少しは知っておくべきだと思いました。
そういえば、日登美は僕と同じで学園の新入生なのです。だというのに、初日では結構有名でした。……もしかして有名人?
「先程迎えに来てもらうよう電話しましたので、もうそろそろ来る頃だと……」
そこでピンポーンと呼び鈴が鳴りました。
「来たようですね」
「え、もう来たの!?」
まだなにも準備していなかった僕は慌てて身支度に取り掛かります。日登美はのんびりとしていますが、もう準備はできているのでしょうか。
「ねぇ、日登美はもう準備できてるの?」
「はい。メイドプレイの準備は完璧です」
「ナニを準備をしてるんだ君は!? そっちじゃないから!」
「え? 猫耳プレイの方だったのですか?」
「そっちでもないから!? 出掛ける準備だよ!」
そうしてすぐに身支度を整えて、僕は日登美と一緒に玄関に向かいました。
そして僕が玄関の扉を開けようとしたときです。
「あ、存さん」
「なに?」
「死なないでくださいね」
「……なんで!?」
僕は扉を開ける勇気のない臆病者になりました。日登美の後ろに隠れます。
「どうしたのですか?」
「君が恐ろしいことを言うからでしょ!?」
「本当に存さんは私がいないとダメですね」
「……君がいるからダメになるんだけどね」
僕の小声は、彼女が扉を開ける音と女性の声に紛れて届きませんでした。
「山羅様、日登美様。お迎えに参りました」
扉が開き、そこにいた人は……、
「……メイド?」
メイド服を着た男性でした。
「…………え? なにっ? 男性!?」
僕は驚愕して目の前の光景を見ます。しかも、彼は僕のよく知る人でもありました。
「朱雀!?」
小学生の頃からの友達。朱雀翔影が、メイド服を着ていたのです。
「き、君になにが……」
この一ヶ月の間になにが。少なくとも彼には女装の趣味がなかった…………はず。いや、人間というのは誰もが本来の自分を隠して生きる生き物。彼にもそれがあっただけのこと……、
「………………………」
と、そこまで考えていたところで、朱雀に肩を掴まれました。
「……罰ゲームだ」
絞り出すような声。なにかを堪えるようにふるふる震えています。
「一日中着てないといけないんだ……」
信じてくれるよな? いや、信じろ。……目がそう言っています。
「うん、……信じる。信じるから……」
僕はどこまでも優しい目で彼を見ます。
「おい、如月。お前もなにか言ってくれないか?」
すると朱雀は後ろを振り返るとそう言いました。
そこにもメイド服を着た……こちらはちゃんと女性ですね……がいました。
「私が朱雀様の家に着いた時点では既にその姿でしたが?」
「……お前、一部始終見ていただろう」
無駄だと悟ったのか、それとも開き直ったのか、僕の肩から力なく手を離すと、一つ溜め息を吐いてから冷たさを感じさせる声で再会の言葉を発します。
「久しぶりだな、存」
「うん、久しぶり」
メイド服がなんとも言えませんでしたが。
そして僕はもう一人のメイド服を着た女性を改めて見ます。
「うわぁ…………」
まだ若いメイドさんですが、なにか貫禄を感じます。そこに圧倒されますが、容姿にも圧倒されました。美人です。大人のお姉さんです。
「存さん。いくらお姉さんがお好きでも、本のように簡単にあのような関係にはなりませんよ」
「そんなことわかってるよっ! ってかそんなこと考えてないからっ!」
そしてなぜ内容をっ、と聞こうと思いましたがやめました。……読んだのだろうなぁ。
「ではなぜボウっとしてるのです?」
「それはメイドさんが珍しいからで……」
「珍しい? 昨日あれほどご奉仕プレイしたのにですか?」
「なにそのプレイ!? やってないから!」
そんな僕達を見て朱雀はなにを思ったのか。
「お前ら……付き合ってるんだよな?」
と聞いてきました。
「そう見えるかも知れないけど、違うから!」
その僕の言葉に、彼は目を丸くしました。……珍しい。驚いています。
「……俺は付き合っていると聞いたのだが」
「誰に!? それは誤報だと思うよ!」
すると彼は睨み付けるような目をしました。……メイド服で怖さは半減していますが。
えぇ!? なんで睨むの!? と思いましたが、どうやら僕に向けているわけではないようです。では、誰に……?
「…………なるほどね」
しばらくして口を開くと、
「相変わらずだな」
呆れたように言って、背を向けて高そうな車……リムジンかな……に向かって歩き出しました。
「私達も乗りましょう」
日登美に引っ張られ、僕も朱雀の後を追って歩き出しました。少し遅れて女性のメイドさんも付いてきます。
……なにが、相変わらずなんだろう?
僕はそのことを、車に乗るまでの数メートルの距離の間、考えていました。
……………家に鍵をするのを忘れて。
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