プロローグ・1 不幸との出会い
ダンスパーティ。
そんなものが入学式にあるということを僕が知ったのは、それが始まる三十分前でした。
どうやら親睦の意味もあるらしいのですが、見ず知らずの人といきなり踊れと言われても困ります。事前に渡されていたパンフレットをよく見ていなかった僕も悪いですが、総数千ページもあったらそりゃあ読む気もなくしますよ。
「面倒だなぁ」
僕は山羅存。
この春、聖帝第一学園高等部に入学することになりました。
この学園は小・中・高とエスカレーター式なのですが、『来る者拒まず、去る者追わず』という校風のようなものがあるので、いつでも入学・退学は可能なのです。数少ない僕と同じ趣味を持つ先輩から、この学園はイベントが多く、お祭りのような場所だと聞いたので、数少ない女友達と一緒に受験し、見事合格することができました。
しかし、広い。
小・中・高等部の生徒達が入場門で入り混じっていて結構人がたくさんいるのに、まったく窮屈さを感じさせません。まあ、入場門だけで五十メートルほど広さをとっていたら当然でしょうけど。
その入場門の前のいたるところに『今日ダンスパーティがあるよ!』『あはは、嘘だよ』『それが嘘だ』『どちらかが嘘を吐いているのかな?』『いや、両方嘘だという可能性もあるよ?』『そもそもダンスパーティなんてないんじゃないかな?』『さあ、君は“なに”を信じる?』と、なぜか人間の猜疑心を刺激するような看板が多くあり、僕はここで十分ほど立ち尽していましたが、今さっき入場門前で交通の注意を呼び掛けている先生に聞いてダンスパーティは本当にあると分かり、その会場である体育館の前へと着いたところです。
案の定、そこも軽く一万人は入るんじゃないかと思うほど広すぎで、国が無駄遣いしていることを回間見たような気がします。
「はぁ〜……」
欝です。ダンスは踊れないし相手もいない。……一緒に入学した女友達はいろんな意味で論外だし。コミュニケーション能力に致命的な欠乏のある僕は一人寂しくロボットダンスを踊るほかありません。
肩を落としていざ体育館の中へ入ろうとしたときでした。そんな可哀想な僕の前に、一人の女の子が姿を現したのは。
おっとりとした清浄な雰囲気に、自然とこちらも穏やかな気持ちになりそうな人でした。僕の前を通り過ぎようとして、ふわりと体をこちらに向けてきたのです。その豊かな胸に思わず目が向いてしまう自分を恥じながらも、男の性だからと自分で自分をフォローします。
「あの、すみません」
鈴の音が鳴るような綺麗な声を掛けられ、僕はそこでようやく視線を胸から顔へと移行しました。
僕は思わず、可愛いなぁと感心するほどの整った顔立ちに、さらりとした長髪、穏やかな瞳、温かい笑みを浮かべている彼女を見て、美少女って本当にいたんだ、と今まで出会ってきた女性達に失礼なコメントをだします。
「な、なんですか?」
こんな可愛い子が僕になんの用だろうとドキマギしながら尋ねると、彼女は僕の目の前に片手を差し出し、言ったのです。
「私と踊ってくれませんか?」
その突然の申し出に、僕は固まり、そして思わず言ってしまいました。
「嫌です!」
それも大声で。少し周りの人達の視線を感じます。
「どうしてですか?」
女の子はおっとりとした雰囲気を保ったまま不思議そうに理由を聞いてきました。
「だって、君のこと知らないし」
簡潔な答えを返します。……って、しまったァッ! せっかくのダンスの相手を得られるチャンスを、僕の本能が否定しろと叫んだからつい否定してしまいました。後悔します。
「私は知ってますよ」
「へ?」
そんな彼女の言葉に首を傾げる僕に、彼女は笑顔で言いました。
「山羅存。十五歳。趣味は切手集め。小学二年生のころ遠足先で迷子になり警察に捜索された。中学三年生のころ初めてバレンタインチョコを貰う。相手は男だった。イタズラではなく真剣だったため、本気で悩んでだした答えは『ドブに捨てる』……その想いと共に。好きなタイプはなし。誰でもいいわけではないけれど、もし告白されたら付き合ってみようかなと曖昧」
「…………………………………………………………………………えっ…と……………………………………………………………………」
僕は引きました。なんで知ってるの?
「……まだ、ダメですか? でしたら、初めてエ、エッチな本を買ったのは――」
「わー! わー!」
僕は必死に大声を上げました。体育館前にいる他の人達に聞かれそうだったからです。
「あなたはいったいなんなんですか!?」
僕は我慢できず悲鳴を上げました。
すると。
「……私と踊ってくれますか?」
再び、手を差し出されました。……ほとんど脅迫です。
「はい。……喜んで」
肩を落としながらも、僕はその手を握りました。
「……へ?」
しかし手を握った瞬間、ヵチャリという軽い音が聞こえました。
視線を落としてよく見ると、その音の正体は、よく刑事ドラマでトホホな犯人が捕まるときにしているものでした。
『ザ・手錠! 〜もうお前を離さない〜』
「えぇ!? なんで手錠が!? ってゆーかさっき僕の脳裏に閃いたサブタイトルはなに!?」
自分の身に突然起きた出来事に僕の頭が反乱軍を結成してしまったようです。くそぅ、援護兵はまだか!
「どうしたのですか?」
「そこ、不思議そうに言わない!」
この手錠をかけた張本人に向かってビシリと指を差します。
……勢い余って知らない人の目に突き刺してしまいました。
「あ! すみま……」
しかし謝ろうにも、黒い服を着ている怪しい人達が『どけどけぇ! 生贄……もとい怪我人の運搬だァ!』と連れ去ってしまいました。なんなんでしょうかさっきの人達は。背中に[サバト][黒魔術]という縫い目を見るところによると、どうやら関わり合いになってはならない人種の人達ようです。
「……って、ハッ!」
そこで僕は我に返りました。いろいろあって手錠のことがさもなかったかのようになりそうでした。
「この手錠はなに!?」
気を取り直して僕は手錠を指差し追求します。
「手錠です」
普通に言われました!
「なぜこんなものを!?」
「特性のオリハルコン鉱石で作りました」
「そんなの聞いてないよ!」
僕は頭を抱えます。
「あ」
すると彼女はポンと手を叩くと、右腕を上げ、ニッコリと言いました。
「私も付けてます」
「そんなの聞いてもないよ!」
なんの慰めにもなりません。そりゃあ手錠を掛け合うのはムサイ男よりかは女の方がいいです。それも可愛い子の方がいいです! ……すみません。本音がでました。
「これだともう離れられませんね」
彼女は嬉しそうに手錠の鎖を引っ張りました。僕は冗談じゃないと叫びます。
「離れられないんでしょ!?」
そうだ鍵は! と彼女に詰め寄る前に、彼女は……純金でしょうか……黄金に輝く鍵を手に持ち、見せてくれました。
「おお……そ、それを」
「はい♪」
彼女は頷くと、僕の目の前でグニャリと……折りましたァッ!?
「なにやってんノー!?」
思わずなにやってんのとノーが合体します!
彼女は折れた鍵を後ろに放りながら、笑顔でその理由を教えてくれました。
「純金だからです」
「……もういいよ……」
そこでようやく僕は気付きます。彼女がちょっとおかしいことに。さっきの後悔とはまた違った後悔が僕を襲います。
「……いやよくないよ!?」
時間差ツッコミという高度な技を披露しつつ叫びます。鍵が折れたらどうやってこれを外すの!?
「あの、そろそろダンスパーティが始まりますよ?」
彼女が体育館の扉を見てそんなことをほざきます。
「それどころじゃないですよね!?」
僕が騒いでる間に新入生達はもうとっくに体育館の中に入っています。つまり僕達だけが入ってない、と思います。(さっきの怪しい人達と知らない人を除いたら)
「早く入りましょう」
彼女が僕を急かしてきます。
「駄目だって!」
僕は必死に抵抗します。こんなのを見られたらどちらかが加害者で被害者なんです! 手錠をかけた犯人は僕にされそうなんです! そういうプレイなんだろうと脅されるんです! やめてくださいお巡りさん! 僕はそんなプレイより緊……ハッ! 僕はなにを取り乱して!?
「入りますよ」
僕が危ない妄想に入ってる間に、彼女は僕を引っ張って体育館の扉を開けようとしていました。
「ちょ、待っ――」
一歩遅く、扉は開け放たれてしまいました。
(つづく) |