『秋』と聞いて思い浮かぶことは何だろうか?
食欲の秋、読書の秋、運動の秋…様々なものが秋を表す。
そんなことを考えて、秋といえば『月』と答える人が今、米花シティビル屋上に佇んでいる。
屋上から東都の夜景を、そして、頭上で淡い光を放っている『月』を眺めている。
今宵は、中秋の名月と呼ばれる日。
別に普段と違うことは無いのに、不思議なことにその日の満月は綺麗に見える。
『秋といえば月』と考えた人は、おそらくそう思っているのだろう。
その人の格好は、明らかにおかしい姿。
白のシルクハットに、マント、スーツ。青いシャツと赤いネクタイ。
右目には四葉のクローバーの飾りのついたモノクルがついている。
その男の名は怪盗1412号、通称、怪盗キッド。
“平成のアルセーヌ・ルパン”や“月下の奇術師”などの様々な異名を取っているが。
ポケットに手を入れて、バランスを取りながらフェンスの上に立っており、時折吹く風でネクタイとマントがたなびく。
おもむろに手をポケットから取り出し、指を鳴らす。
すると、何も無い空間から鳩が出てきて、辺りを飛び回る。
その他、花吹雪を出したり、それを集めて花束になったりと、誰に見せるでもなくマジックを続けていく。
冷涼で研ぎ澄まされた気配。怪盗キッド特有のそれが、マジックを続けていくうちに少し薄くなってきたかと思われた次の瞬間、背後から突然拍手が聞こえてきた。
「うまいもんだなぁ、キッド」
と声がかかる。その突如現れた見知った気配に驚くことも無く、優雅に振り返り胸に手を当てつつ
「お褒めに預かり光栄ですよ、名探偵」
そして、綺麗な礼。
「しかし、気配を消して現れるのは、少々気になりますがね?」
と、頭を上げてクセのある笑みを浮かべて言う。
「気配を消すのは、オレの勝手だ」
「それはそうですけど…」
と苦笑し、ふと思う。
「名探偵…今宵は、なぜここに?」
「ん? あぁ…警部に呼ばれて事件が解決した帰りに、白いのが見えたんで、寄っただけだよ」
「し、白いのって…。すごい言い草ですね」
「間違ってはいないだろ?」
「いや、そうなんですけど、もう少し言い方ってものが…」
「それこそオレの勝手だ。で? お前はなんでこんな所にいるんだ? 予告はまだ先だろ?」
「おや、ご存知で? さすが名探偵ですね。そのご様子だと、私のところに来てくれるのですか? 当日は」
「目暮警部から連絡が無かったらな。その時は手加減しねぇぜ? …って、話をそらすな!」
「クス。ここに来た理由、でしたっけ? …名探偵は『秋』と聞いて何を思い浮かべますか?」
「読書」
「あぁ、あなたはそうでしょうね。とはいっても、名探偵の場合は年中そうじゃないですか」
「う、うっせー」
頬を赤くした探偵の様子は、満月の光だけで十分に怪盗から見えていた。
それを見て、いっそうクスクス笑いが増えた怪盗を責めてはいけないだろう。
「そ、それが何の関係があるんだよ!?」
「私はですね、『月』だと思ったんです。なので、今宵、私の名前の1つである“月下の奇術師”を表したくなったんですよ」
「………」
「名探偵?」
「満足、したのか?」
「えぇ。もともと人に見せるためにやっていたわけではなかったのですが、思わぬ観客が来てくれて、さらに最高の褒め言葉をいただきましたしね」
「あっそ」
「あ、あっそ…。まぁいいです。現場でお会いできるのを期待して待っていますので。それでは、今宵はこれにて失礼」
と一礼して、次に後ろへ倒れるようにして落ちた。
「あ!!」
と思わず声を上げて駆け寄って下を見ると、白いハンググライダーが東都のビルの間を飛んでいくところが見えた。
「ふぅ…」
とフェンスをつかんだまましゃがみこむ。
探偵がここに寄った理由…。確かに、警部からの呼び出しがあったその帰りというのは間違ってはいない。
しかし、ビルの屋上というものは、見上げていなければ見えない高さ。
つまり、探偵は空を見上げていたということ。
「言えるかよ、バーロ…。オレも月を見てて、あの白い姿を思い浮かべてたなんてさ」
探偵が事件現場の帰りに、ふと月を見上げて思い出したのは、あの白いキザな怪盗の姿。
こんな月光の下で手品をやったら“月下の奇術師”の完成だな、と笑っていた。
なので、見つけた時は本当に驚いた。急いで階段を昇り、見つけた姿は自分が思い描いて笑っていた姿。
だが実際は、想像以上に幻想的で、次々と生み出される手品に思わず見入ってしまっていた。
「それにしても」
と帰りながら1人呟く。
「まさか、アイツも同じこと考えてるなんてな。探偵と怪盗が同じこと考えるなっての!」
と微笑を浮かべる。
頭上に輝く満月は、満足そうな笑みを浮かべ空中を飛んでいる白い姿の怪盗と、微笑を浮かべ地上を歩く1人の探偵を巡り合わせる一つのきっかけ。
きっかけは、やがて2人だけの1つの約束へと変わる。
“中秋の名月には、月下の奇術師が現れる”
あなたは、『秋』と聞いて何を思い浮かべる?
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