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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ローレン編

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第7話

「……講義、でっか?」

「はい」

 宏に特別講義を頼むことが決定して三日後。ようやく学院内が落ち着いた事で手が空いた学院長が、朝のうちに訪問して宏に直接依頼に来ていた。アポイントは真琴を通じて、ちゃんと事前にとってある。

「唐突な上に無理なお願いですので、気を悪くなさるのも当然でしょう。ですので別に断っていただいてもまったく問題はございませんが……」

「いやいや、別に気ぃ悪うしたとかそういうんやないんで安心したってください」

 宏の一瞬の沈黙とその時の呆れたような表情に、大慌てで学院長が言葉を継ぐ。その言葉を聞いた宏の表情が苦笑に代わり、やんわりと学院長が頭を下げようとするのを止める。

「話聞いて、また露骨に潰しにかかってきたんやなあ、って考えとっただけなんで、別に講義の依頼を受ける事自体は問題あらしません。そろそろ何ぞ動きがあるやろう、っちゅうんは予想しとりましたし」

「そう、ですか」

「ライムが派手にやっとるみたいやし、動かへんとかありえへんでしょ?」

 苦笑しながらの宏の言葉に、頷く以外出来ない学院長。何処までも自分達の都合だけで振り回す羽目になる事に、内心忸怩たる思いである。

「で、まあ、講義するんはええとして、今日言うて明日、っちゅうんは無理でっせ」

「それは勿論です。こちらとしても、そんなに急には無理です」

「こっちが準備するにしても、分野と対象を決めてもらわんと、内容すら決められへんですし」

「そうですな。流石に、そこをすべてお任せするのは無責任でしょうな。ですが、こちらとしても、どの分野なら講義ができる、というのが分かりませんので、講義が可能な分野をまず教えていただけませんか?」

「錬金術、薬学、付与魔術は、やれっちゅうんやったら一級ポーションとかそのランクを作るレベルでも指導できまっせ。魔法学基礎とか数学、生物学あたりはまあ、恐らく中級程度っちゅうとこですわ。魔法学自体は、多分兄貴の方が濃い内容を教えられるはずでっせ」

「なるほど……」

 予想以上の回答に、表面上の冷静さを保つのが精いっぱいになる学院長。宏が嘘をついていない事は、学院長にも分かる。分かってしまう。

 ライムの理解力や知識の深さを考えれば、指導能力が十分である事も疑う余地はない。だが、これでは、ルーフェウス学院に通う意味などまったくないのではないか?

 そんな疑念がぬぐい切れず、どうしても内心でへこむのを止められない。

「まあ、あくまでも指導できる、っちゅうだけで、そのランクまで引っ張り上げるんは四級クラスを失敗せんで作れる人対象でも、五年から十年は見とかなあきませんけどね」

「それは、当然そうなるでしょうな」

「なんで、流石にそのレベルは断らせてもらいたいところですわ」

「こちらとしても、そこまでの無理を言うつもりはありません」

「逆に、アズマ工房やったらこんなんが作れんねんで~、ってパフォーマンスするだけやったら、九十分ひとコマぐらいの時間で十分やけど、それやとあんまり意味ないんちゃいますか?」

「ええ」

 学院の求める内容を察しているらしく、一つ一つ提示して内容の幅を詰めていく宏。その内容を聞きながら、ざっとした講義の骨子を固めていく学院長。

「そうですな。全ての技術を伝授しろ、というのは虫のいい話ですが、かといって単なるパフォーマンスで終わるのも趣旨を考えると意味が薄い。勝手な事を言いますが、上級の内容で今後の研究によってある程度形にできるような講義は可能ですか?」

「九十分四コマ、三日間ぐらいの集中講義でやればいけん事はないかな、っちゅうとこですわ。ただ、高等錬金術とか高等薬学とかは基本的に単独では成立せえへんなってきますんで、どっちやるにしてももう一方の内容と付与魔術は講義に出てきます。付与魔術は単独の講義もできますけど、薬学でも錬金術でも若干内容薄なる程度でかなり突っ込んだ話はするんで、あんまりおいしないかなあ、っちゅう感じです」

「なるほど。では、そうですな。まだ本決定ではありませんが、応用範囲の広そうな錬金術を主軸にお願いできますでしょうか?」

「分かりました。その前提で用意しときます」

 とりあえず、どうにか大雑把な講義の内容を決定できて胸をなでおろす学院長。それを見て、決まった内容をメモりながら次の決定事項に入る宏。

「で、講義するんはええんですけど、ちょっとこっちの都合で、あんまり大人数とかは避けてほしいんですわ。特に、女子が多いんはちょっと……」

「それは、女性には教えられない、というスタンスですか?」

「そうやないんは、弟子が基本みんな女性なん見たら分かりますやろ? 単に、僕が女性恐怖症で大人数の女性に耐える自信があらへんから出した条件です」

「は、はあ……」

「女性は入れても五人ぐらいまで。できるだけ攻撃的な言動をする人とか性格のきつい人とかは避けてほしいですわ。全体の人数もいいとこ二十人ぐらいまででお願いしたいんですけど、いけます?」

「募集要項に記載しておきましょう」

 新たな利権につながりそうな内容に頭を抱えつつ、無理を言う立場ゆえにはねのけることもできない学院長。さっくり教えられた宏の弱点も、利用できそうな事柄が特にないので嬉しくもなんともない。

「後は、日程ですけど……」

「そうですな。受講者の募集や会場の設定などを考えると、三日では短すぎます。かといって、皆様の都合を考えれば二週間も三週間も、というのも厳しい。ですので、今日から一週間後で設定しようかと思うのですがいかがでしょう?」

「まあ、こっちの都合からしたらそんなとこかなあ、っちゅう感じですけど、それで大丈夫なんですん?」

「募集人数が少なく、また内容の関係上、対象者は自動的に錬金術と薬学の上級を学んでいる人間に限定されますので、さほど問題はないでしょう」

「ほな、それで」

 講義の企画内容が無事に決定し、全身から力を抜く学院長。人数の少なさにやや不満が残るものの、学院の意識改革には十分であろう。

「とりあえず早めに資料作りますんで、受講者が決まったら事前資料渡したってくれますか?」

「はい、分かりました」

 宏に言われて、気楽に頷く学院長。翌日に用意された予習用の事前資料がそれだけでも十分に既存の研究にインパクトを与える内容で、それを見た教授連の中でかなりの大騒ぎになるのだが、宏にとっては知った事では無い事情であった。







「っちゅう訳で、一週間後にちょっと講義せにゃならんのよ」

 その日の晩、夕食を終え、和室で団欒中の事。宏から告げられた言葉に、微妙な沈黙が漂う。

「……まあ、学院に関しては、そろそろ本丸に切り込むタイミングだからちょうどいいんだけど、ね……」

「……また、露骨に潰しにかかってきたなあ……」

 宏が学院長に告げたのと、同じような感想を漏らす春菜と達也。正直、今更この程度のネタで潰される事はないのだが、下手にちゃんと対応して徹底的に恥をかかせると、こちらが悪役になりかねないのが面倒くさそうだ。

「てかさ、一週間後って、そろそろあんたの誕生日じゃなかったっけ?」

「ああ、せやな。忘れとったわ」

「なんか、それどころじゃなくなりそうなんだけど、大丈夫?」

「まあ、えらい誕生日プレゼント貰うたっちゅう事にして、適当に頑張るわ」

 宏の返事に、ため息をつく春菜と澪。真琴もタイミングの問題で当日はつぶれたが、その分高い店での前祝いと日付を後ろにずらして手をかけた本番のパーティで、ある程度のフォローはできた。が、今回は講義の準備が絡むため前祝いは難しく、後ろにずらすにしても講義の後の方が忙しくなる可能性があるので、迂闊に後ろにもずらせない。

 誕生日パーティなんてものは、ずらしたところで直近の休日がいいところである。行きつけのレストランの誕生日コース、などのような例外を除き、普通は前後二週間も三週間もの幅は取らない。

「何にしてもちょっとの間、講義で実際に使う資料の準備に手ぇ取られるから身動きとれんわ」

「そうか。ならまあ、誕生日関係は状況を見て判断するとして、それまでは俺の方はそろそろコピーした資料の整理と分析でもやっとくか。神獣がらみはまだ手つかずだが、それでも客人がらみだけでもいい加減結構な量になってるし、それに禁書庫は多分、全員で潜った方がよさそうだから俺一人で迂闊に触れねえしな」

「せやな。手ぇ止める事なって悪いんやけど……」

「気にすんな。元々図書館での調べものは俺一人でやる予定だったし、ため込んだ資料の分量から言っても、整理するのにちょうどいいタイミングだったしな」

 地味で地道な作業に加え、整理をしないと報告できる事も増えないため進捗はほとんど共有できていないが、達也の調査も結構進んでいるらしい。

「ただ、禁書庫の資料がないから、あんまり内容に期待すんなよ? あくまでそっちで調べる、その目安としての資料でしかないんだからな」

「十分よ」

 達也の注釈に、真琴が力強く断言する。変な言い方だが、元々知られざる大陸からの客人がらみは、元の世界に戻るための方法を探す、その調査の一環でしかない。なので、そんなにきっちりした資料は最初から必要ないのである。

「あたしの方は、ちょうど宏が講義する頃に講座が全部終わるのよねえ」

「そういえば、そうだよね。どんな感じ?」

「流石に学ぶ前と学んだ後では、魔法剣とか属性剣の効率が結構違うわね。取る手間に効果があってない気がしたからスルーしてたけど、マジックマスタリーの効能って意外と大きいわ」

「うん。まあ、持っててもスタミナ消費には影響しないし、元々魔法剣とか属性剣って魔力消費はさほど重くないから、私みたいに魔法剣とか属性剣を連打するタイプじゃない限りは、取らなくてもそんなに差は出ないんだけどね。魔法剣とか属性剣だと成長も遅いし、初級のうちは威力に対する補正も小さいし」

 真琴の確認に、春菜が注釈を入れる。

 春菜が注釈を入れたとおり、マジックマスタリーは近接物理がメインの人間だと、それほど価値のあるスキルではない。その割に、習得方法がNPCの中級以上の魔法使いに弟子入りするか、真琴のようにルーフェウス学院で学ぶか、全てのカテゴリー・属性の魔法を一種類ずつ熟練度マックスまで育てるかのいずれかという、メイキングマスタリーほどではないがなかなか習得に手間がかかるスキルなのだ。

 なので、真琴のような廃人タイプの近接物理は、大半がわざわざ習得する必要を感じていない。魔法をそろえる方は補助魔法がネックになるし、弟子入りやルーフェウス学院で学ぶのは拘束時間が長く、しかもちゃんと実際に勉強して割と意地の悪いペーパーテストを突破しなければいけないので、勉強嫌いな脳筋が多い近接物理には評判が悪いのである。

「それにしても、試験終わってないのに効果出てる感じなんだけど、いいのかしら?」

「私だって、新しいジャンルのものづくりが上手くなるたびに、前にやってたジャンルも何となく気持ち程度やりやすくなってるから、そういう部分はゲームの時とは違うって考えでいいんじゃないかな、って」

「春菜もそうなら、そういう事なんでしょうね」

 春菜の報告に、納得したような様子を見せる真琴。実際のところ、春菜がそのあたりの感覚に気がついたのは鍛冶が上達してからの事なので、恐らくはっきりとした影響が出るのが全ての生産スキルを鍛え上げた後なのだろう。

「ボート完成しとるみたいやし、春菜さんももう完璧なメイキングマスタリー身につけとる思うで」

「そうかな?」

「ボートもあの出来やったら普通に水に浮くはずやから、十分熟練度五十はいっとるはずや。なあ、澪?」

「うん」

 春菜に対して、宏と澪が太鼓判を押す。押された太鼓判に、ちょっと複雑な顔をする春菜。

「何や、不服そうやな?」

「不服って訳じゃないんだけど、できるようになってみるとなんか拍子抜けな感じがして」

「まあ、マスタリー系っちゅうんはそういうもんやと思うで」

 そう窘めつつも、春菜の不満も分からないではない宏。メイキングマスタリーは、習得までが苦労する割には習得した結果が地味なのだ。効果が色々な意味で絶大かつ切実なため必死になって習得するが、もともとが地味な生産スキルのこと、底上げされても実感がわきにくい。

 そもそも、基本攻撃をはじめとしたマスタリー系は、基礎がどれだけできているかを表すだけのスキルである。影響する範囲は広いものの、その効果はあくまで底上げでしかない。その地味さゆえに、軽視こそしないものの本腰入れて育てていない人間も少なくはない。

 今回の場合、その地味さに加えてステータス画面で確認ができないのも、春菜が拍子抜けする理由であろう。どうにも、達成感が湧かないのだ。

「とりあえず、こっからは春菜さんも作りたいもん作ったらええわ。メイキングマスタリーは成長早いスキルやから、取ってしもたら後はすぐやし」

「うん」

 何にしても、宏のお墨付きは出た。これでしばらくは本腰を入れて、本来の目的であった下着作りに没頭すればいいだろう。帰るまでに霊布での下着は無理っぽいが、とりあえず肌触りが良いスパイダーシルク製は何とか作れるはずである。

「で、話を戻すというか変えるとして、攻撃的な意味でライムちゃんにちょっかい出してるのって、どんな感じ?」

「特権階級よりの、それも使用人とかじゃなくて当主一族の人間とかに多いみたいね。教授は、生物学の教授がライムを、というかアズマ工房を敵視してる感じ」

「そっか。付与魔法で定説をひっくり返すような話があったって聞いたから、そっちの教授は敵に回ってると思ったんだけど……」

「付与魔法はむしろ、大喜びだったみたいよ。今まで、教授自身も含めて違和感があった人間は結構いるのに、その違和感がどこかが分からなくて、定説を否定するための証明ができてなかったって話だから。むしろ、毎回ファムとライムに、何かおかしなところはなかったか? って詰め寄ってるらしいわ」

 その話を聞いて、宏が怪訝な顔をする。ルーフェウス学院ほどのマンパワーがあれば、あんな初歩的な不整合を発見するぐらい簡単なはずなのだが。

「教授自身に違和感あったはずやのに、ちゃんと調べんかったんかい」

「調べたみたいよ。触媒と対象を、思いつく限りの組み合わせでがっつりと」

「それで分からんって、変な話やな」

「エンチャントに失敗したすりこ木、材料がローレンではあんまり使われて無いものだったんだって。しかも、用途が消耗品ばっかりで、わざわざエンチャントで耐久性を上げたりしなかったから、盲点になってたみたい」

「なるほどなあ。ほんで、ほぼ確実に失敗するから、それで何がおかしいかがようやく証明できた、っちゅう訳か」

「そういう事らしいわね」

 真琴の説明に納得する宏。確かに、あまり使われていない、それも消耗品にしか使わない素材に、強度を上げるエンチャントなんて普通はかけない。盲点になって当然である。

 こういう盲点は、学者であってもなかなか気がつきにくい。しかも、付与魔法の場合は対象と触媒と付与の組み合わせが膨大で、腕によっては上手くいかない組み合わせなんてものもある。どれがちゃんと検証されているかを確認するだけでも一仕事だ。

 他のジャンルについても、恐らくこういう問題はいくらでも転がっているのだろう。

「数学初級は中学一年程度の内容だし、魔法学初級は本当に初歩の初歩だから、むしろライムの質問は補足説明につなげやすくてありがたいって言ってたわね。歴史もこっちがそんなに詳しくない分野だから、素朴な疑問で結構厄介なところをえぐった以外は、そこまで波風立てるような質問は出てないらしいし」

「そっか。なのに、結構敵対派閥ができてるのも不思議な感じだよね」

「そうよね」

「あと、ライムに受けさせてる講座のジャンル考えると、こんな露骨に潰しにかかるような所にダメージ与えてる感じはしないんだけどねえ」

 状況を分析すると、どうにも不思議な話が浮き彫りになってくる。

 今現在受けている講座に関して、ライム達が質問を飛ばして致命傷になった事があるのは付与魔法と生物学、歴史の三科目。そのうち歴史に関しては、禁書庫の資料が絡む種類の疑問だったため、正確な歴史が伝わっていなくて学者の間でももめている、という逃げ口上が使えたので特に問題ない。他にもこまごまと答え辛い質問が飛んできているので、出来れば他の教授に振りたいと思ってはいても、潰しにかかるほど忌避している訳でもない。

 付与魔法は先に述べたとおり、むしろ致命傷になるような質問を求めているのでわざわざアズマ工房を潰しにかかる理由がなく、生物学の教授単独ではここまで事を荒立てるのは難しい印象である。

「更に不思議なのがね。フルート教授の話だと、対抗派閥の大半が直接関わりがない教授達で構成されてるって事かしら」

「本当に、変な話だよね」

 対抗派閥のトップとして君臨しているのが、講義としては錬金術初級の一つを担当するオルスター教授と、薬学初級の一つを担当するレスター教授。どちらも、現段階では日程の都合でアズマ工房からは人員が出ていない。故に、春菜と真琴には、対抗派閥に君臨する理由が分からない。

 もっとも、春菜と真琴にはピンとこなかっただけで、達也はなんとなく大体の裏事情を察している。達也が察した裏事情とは、学生の大半は、同じ日に三つか四つの講座を取っているのだから、ライム達と同じ授業を受けている学生の中には、錬金術初級や薬学初級を取っている人間が普通に混ざっている、という点だ。とは言え、察してはいてもそれでわざわざここまで露骨に潰しにかかる理由としては弱い気がする上、春菜達に告げた所で何が変わるでもないので口にはしないが。

 要するに、付与魔法初級の講義を受けた学生が、この二つの講義のときにファムやライムがぶつけた質問を担当の教授にぶつけているのである。しかも、授業レベルの比較のため違う教授が担当する同じ内容の講座を取っている学生は結構いる。そういう向上心あふれる学生からすれば、アズマ工房のメンバーが飛ばす妙に高度な質問は、弟子入りする教授を探す格好のテストとなる。

 その結果として、自身の今までの研究内容その他が否定される形になった連中が、アズマ工房を露骨に潰しにかかっているのである。半分ぐらいは無意味なプライドが原因ではあるが、もう半分は自分の研究内容が無駄になるとか関係なく、出所不明のアズマ工房が持ち込んだ内容を無条件で受け入れかねない状況ができつつある事に、学問の徒として危機感を抱いている事が理由だったりする。そのあたり、彼らの人間性を一概に否定しきれないのが面倒くさい話ではあろう。

「まあ、連中が具体的にどんないちゃもんをつけてくるかは分からねえが、別にそれで論破されたところで大した影響はないからいいんじゃないか?」

「そうだよね。そもそもの話、大体の理論だって経験則や実験結果を分析して、後付けであってそうな理屈をひねり出したものだしね。再現性が担保されて無いとかの例外を除いて、基本は実際に起こってる現象のほうが理論より上位に来るんだから、宏君を論破してもあまり意味ないしね」

「何で論破される前提なん?」

 論破されようがなにしようが問題ないと言いあう達也と春菜に、釈然としない顔で宏が質問する。

「いやだってさ。ああいうアカデミックな学校の教授なんて、大抵は理屈こねて論破するプロなんだよ? 職人である宏君とはジャンルが違うんだから、普通は勝てないと考えた方がいいよ」

「そうそう。それに、論破されたかどうかなんて、結構いい加減な判定で決めるからな。傍から見てても論破されたように見えてなくても、なんか論破された事になってるなんてよくある話だしな」

 こう、反論し辛い春菜と達也の回答に、まあそうかと納得する宏。そもそも、学生を筋道立ててぼこぼこにするのが教授の仕事だ。ちょっとした矛盾や不確定要素をつっついてとことんまで攻撃する事に慣れた人たちに、家庭教師レベルの事しかしていない宏が勝てる道理がない。

「それにしても、学院で授業受けるたびに思うんだけどさ」

 ひとしきり論破された後の対応で盛り上がった後、真琴が話を変えるために、思うところを口にする。

「消去法であたしが通ってるけど、本来だったら年齢的には澪が学校に通うべきよね?」

「まあ、そうだな」

 その一言で、真琴が言わんとしている事を察して澪に注目する一同。その空気を受けて、真琴が言葉を続ける。

「澪は、学校はどうなの?」

「通えるなら通いたいけど、ルーフェウス学院は嫌」

「どうして?」

「ああいうアカデミックな学校は、ちょっとまだ触りたくない」

 澪の宣言に、思わずふく一同。確かに、澪が通いたいであろう学校は、ああいう学業第一のピリピリしたものではなく、同年代が集まって休み時間にワイワイやる類の、青春を謳歌している感じがする学校なのだろう。受ける講義によってはそんな感じのものも結構あるのだが、それを探すのもまた面倒くさい。

 この後、こっちにもあると良い学校はどんなものかで盛り上がりながら、この日は更けていくのであった。







「先生、りろんどーりにやると、どうつうラインがおかしなことになるの」

 翌日、ファムと一緒に付与魔法の講義に出席していたライムが、例によって担当のエミール教授に工房で実験した結果をもとに質問攻撃を仕掛けていた。もはや恒例となっているため、この後講義を受ける予定のない学生が、それなりの数残っている。

「ふむ。申し訳ないが、実践してもらえないかな?」

「はーい」

 教授に促されて、ライムが実践して見せる。ファムの技量はルーフェウス学院の基準では中級になるため、こういうときはライムが実技をすることになる。

「ここがね、おかしいの」

「ほう、なるほど。確かに……」

 ライムが示した導通ラインを見て、思わず唸る教授。問題はないといえばないが、確かに理論と少々違う。

「残念ながら、長い事やっている私でも初見の現象なのだが、工房主殿は何とおっしゃってたのかな?」

 二人の師である宏の見解を、ライムでは無くファムに確認する教授。ライムが理解できていないと思っている訳ではなく、こういう質問にはファムの方が上手く説明できるからである。理由は単純で、語彙の問題だ。

「素材や触媒の品質のぶれが増幅されて出てるんじゃないか、って言ってた。あの理論式通りにやると、組み合わせと品質によっては外乱要因が入るかも、って」

「なるほど。ルーフェウス学院では可能な限り品質のブレが少ないものを使っているから、外乱要因が入ってこずに現象が発生しなかった訳か」

「親方も正しいとは断言できないって言ってたけど……」

「それを調べるのが、学問というものだ」

 ファムの補足に力強く断言してみせる教授。ファムとライムのおかげで色々と盲点が見つかり、研究すべき内容が増えて非常に充実しているようで、二人が初めて講義を受けた時と比べると、非常に生き生きとしている。いくつかの研究で停滞が打破できた事もあって、もう初老だというのに全盛期と同じぐらい人生が楽しいそうだ。

「他には何が?」

「あのね、あのね。メリルドットの葉をしょくばいに使ったエンチャントね、きょうかしょと親方のやり方が一緒なんだけど、ライムがやるとあのやり方じゃなくて別のやり方のほうがうまくいくの。どうしてかな?」

「どのようなやり方をするのかね?」

「んーとねえ……」

 教授の求めに応じ、教卓においてあった羽ペンに自動修復のエンチャントを施すライム。自動修復なのは単純に、メリルドットの葉を触媒に使うエンチャントの中では、一番あたりさわりのないものだからだ。

「ここをこうやってとおまわりさせて、こっちからこんな風につなぐと簡単につながるの。どうして?」

「ふむ。確かに効率は悪いが、ラインを繋ぐのはこう迂回させた方が太くてしっかりつながるか」

「親方は、通せるんだったらきょうかしょどおりのほうがこうのうは強くなる、って言ってた」

「ラインが伸びればどうしてもロスが増えるから、工房主殿の解説は正しい。が、確実に成功させたいのであれば、繋ぎやすいやり方でやるのも間違いじゃない。……そうだな。今後初級の講座では、このルートでラインを繋げる方法も一緒に教えるか」

 ライムのオリジナルのやり方を見て、そんな風に決める教授。エンチャントは初級のものでも、非常に繊細な魔力制御が必要となる。故に、効果を高める方法と同じぐらい成功しやすいやり方も重点的に研究されている。

 割と簡単にやって見せているが、ファムやライムの歳で実用品が作れるほど、エンチャントは簡単なものではない。一回ごとに要求される魔力の量や制御に使うスタミナまで考えれば、アズマ工房の最年少姉妹がどれだけおかしいかが分かろうものである。

「そうだ。今度工房主殿が特別講義を行ってくれるそうだが、その前に一度、私や魔法学の教授連などに軽く講義をしてもらえないかね?」

「それは、学院長を通して本人と交渉してほしいかな。あたし達はあくまで弟子で従業員だから、親方の行動に口挟めないし」

「そうか、残念だ」

「あ、でも、事前配布資料は渡す予定だって言ってたから、それをベースに頑張れば……」

 ファムが口にした事前配布資料という単語に、教授の顔つきが変わる。

「それは本当かね?」

「う、うん。明日までに完成させるって言ってたから……」

「そうか。そういえば、特別講義の対象はどの範囲だと聞いているかな?」

「錬金術と製薬をベースにした、六級のアイテムが安定して作れて五級に手が届きそうな人間、だって」

「だとすれば、錬金術か薬学の上級を学んでいる学生だけになるかな? 人数で言うならば最大でも三十人程度か」

 教授がはじき出した数を聞き、意外に少ないと感じるファム。アズマ工房のメンバーはみんな、成功率に目をつぶるなら六級のポーションやブーストアイテムの作成も可能だ。十回チャレンジして一個できるかどうかとはいえ、どこでつまずいているかも理解できている事を考えれば、百パーセント成功するようになるのも時間の問題である。

 ファム達がアズマ工房に雇われてからその領域に至るまでにおおよそ半年。それも師である宏や姉弟子である澪から直接指導を受けた期間は、通算で恐らく四か月には満たない。その程度でも今の領域に到達できるのだから、学業に専念しているルーフェウス学院の学生なら、もっと平均レベルが高くないとおかしい。少なくとも、ファムにはそう思える。

 ファムは気がついていない。普通、学生はおろか教授ですら、毎日大量の薬を作ったりエンチャントを使ったりすることはないのだ。それだけの作業に魔力も持たなければ、それほどの素材も確保できないからである。日ごろから安定して作成可能な限界ラインの薬やアイテムを大量に製造することが、技量を磨く上でどれほどのアドバンテージになるのか。ファムには結局ぴんとこないようだ。

「ふむ、意外そうな顔をしているが何か不思議な事でも?」

「世界最高の学院だから、上級の学生だったら五級ぐらい余裕だと思ってた」

「流石にそれは買いかぶりすぎだよ。そもそも、素材が潤沢にあって失敗しても問題がない環境なんて、ルーフェウス学院でも完全に実現できているわけではないのだからね?」

「ふ~ん? まあ、うちがいろいろ特殊なのは、一応理解してるつもりだけど」

 明らかに理解していない様子のファムに、苦笑を浮かべる教授。ルーフェウス学院で製薬や錬金術を学ぶ人数を考えれば、アズマ工房のように失敗してもいいからどんどん作れ、なんて方針で訓練なんてできる訳がない。アズマ工房がそれを可能にしているのは、全員自分で採取できること以上に、少人数だという事が効いているのである。

「それは置いとくとして、詳しいことは親方か学院長に聞いて。あたしは特別講義については概要しか聞いてないし、そもそもあたしたちは今回の範囲外だし」

 話が逸れた事でライムが退屈しはじめた事に気が付き、ファムが話題を変える。はっきり言って、宏から直接教えを受けられる立場のファムにとっては、特別講義の内容なんてどうでもいい。

「今日の内容も皆で実験してみて、次回までにまた疑問点を整理しておくよ」

「ああ。そうしてくれるとありがたい」

 ファムの言葉に頷く教授。一応立場の上では教授と教え子ではあるが、実質的には共同研究者と変わらないファムとライム。その存在に妙な力強さを感じる。

「じゃ、今日はこれで帰るね。ライム」

「は~い。先生、さようなら」

「ああ。気をつけて帰りたまえ」

 頭を一つ下げて帰宅のあいさつをするファムとライムに目を細めながら、お決まりの言葉を告げて送り出そうとする教授。いつもならこのまま工房に帰る二人だが……。

「ひよひよ、帰るよ」

「きゅっ」

「え? 教授に用事?」

「きゅっ!」

 ファム達が教授と話している間、邪魔しないように後方で我関せずを決め込んでいたひよひよが、珍しく教授の方にゆっくり飛んでいく。どうやら、話が一段落するのを待っていたようだ。

「きゅっ」

 教卓の上に着地すると、自身の翼をくちばしで軽くついばみ、産毛と大差ない感じの羽毛を一枚抜く。どうやら生えかわりのため抜けかけていたものらしく、無理に引っこ抜いたような音などは立てない。

 まだ産毛と大差ない羽毛で何故飛べるのか、なんて疑問は意味がない。なぜなら神獣という生き物は、どいつもこいつも見た目の生態系から明後日の方向に突っ走っている、いわばオクトガルと同じ謎生物分類なのだから。

「きゅっ」

 抜いた羽毛を教授の前に置き、一声鳴くとライムの頭上に戻るひよひよ。その様子に困惑する教授。残念ながら、ファムやライムのようには、ひよひよの言いたい事を理解できないようだ。むしろ、アズマ工房のメンバーが何故そこまで詳細に理解できているのか、その方が不思議である。

「教授にその羽根をプレゼントするんだって」

「ふむ? 確かひよひよ君は神獣の幼生体だったと記憶しているが、その羽根というのは地味にとんでもないものなのではないかね?」

「全体的な価値はよくわかんないけど、下手くそが使っても使いべりしない触媒なのは間違いないよ。ちょっと相性が極端で、できるエンチャントとできないエンチャントがはっきり分かれすぎる傾向はあるけど」

「ライムもふだんはこれで練習してるの~」

「それは……、また……」

 ファムの解説に絶句する教授。素人が使って使いべりしない触媒なんて、これまでの常識を完全に覆す代物だ。流石のファムも、触媒としてそれがどれだけとんでもないかは理解しているらしく、いきなり無造作にプレゼントしたひよひよにジト目を向けているが、当のひよひよは我関せずとライムの頭の上でうとうとしている。

 実はエンチャントの触媒は、触媒と言うだけあってエンチャントの作業そのものでは消耗しない。あくまでエンチャントを施したいものと術者の間でラインを繋ぐ、その補助をして反応を促進させるだけのものだからだ。故に、理論上は触媒なしでも恒久エンチャントは可能であり、歴史上の人物の中に数名、触媒なしでそれをなしたという伝説が伝わっている偉人がいる。

 では、なぜエンチャントをすれば触媒が消耗するのか。理由は簡単で、ラインを繋ぐときに突入電流のように発生する大魔力が、触媒にダメージを与えるからだ。付与魔法の腕前というのはエンチャントの効果やラインを繋ぐときの経路だけでなく、この突入魔力をいかに小さく抑えるかというのも含まれる。

 なので、宏がやると基本的に触媒は消耗しない。ただし、エンチャント作業では消耗していなくても、粉末状にしなければ使えない触媒や液体の触媒などは、作業中に飛散や蒸発でどうしても分量が減っていく。しかも、どう言う訳か触媒として使える素材はそういうものが多いため、いくら宏ならば消耗しないといっても、一回触媒を用意すれば無限にエンチャントができる訳ではない。

「凄い物は凄い物だけど、ひよひよ自身にとっては単なる抜け毛だから気にしなくてもいいと思う」

「きゅっ」

「そ、そうかね。では、ありがたく使わせてもらう事にしよう」

 ファムのフォローに同意したらしいひよひよの鳴き声。それを聞いて腹をくくった教授が、この唐突なプレゼントをありがたく受け取ることにする。

「じゃあ、今度こそ帰るね」

「先生、さようなら~」

「ああ。気をつけて帰るんだよ、本当に」

 一連のやり取りでファムとライムに集まった視線。憎々しげなものや欲望がたっぷり詰まったもの、羨ましそうなもの、新たな事実など関係なく可愛いものは可愛いと言わんばかりのものなど、さまざまな感情が混ざった視線をきっちり無視し、元気いっぱいに帰って行くファムとライム。

 その姿を心配そうに見守る教授。気分はすっかり孫を心配するお爺ちゃんであった。







「……これは……、……また……」

 宏の特別講義が決まってから二日後。宏が事前配布資料として提出したA3用紙二十枚ほどの資料は、ルーフェウス学院に激震をもたらした。

「……この内容が事実であれば、今までの研究の半分は根底から覆されますな……」

 錬金術の教授の一人が、資料に目を通しながら乾いた声で呟く。たかがA3用紙二十枚故に、宏からすれば内容は相当絞り込んである。その内容ですら、何人かの教授が首をくくりかねないものが含まれているのだ。

「……まずは、この内容が正しいかどうかの検証をせねばなりませんな」

「……ですが、我々の手持ちの設備や材料では、講義までに全ての内容を完璧に検証するのは不可能です」

 ご丁寧に、理論を確認するために必要なものまで記載された資料を睨みつけながら、呻くように言葉を絞り出すオルスター教授とレスター教授の反対派筆頭コンビ。そもそもいくつかのものは前提として、扱いの難しい熟成加速器が要求されている。この時点で、理論が間違っているのか熟成加速器の扱いを失敗したのかが分からなくなる。その調査をするなら必然的に試行回数が増えるため、たかが数日程度では検証どころか確認も終わらない可能性の方が高いぐらいだ。

 他にも素材の上位変換のように、ルーフェウス学院では机上の空論として切り捨てられた内容も含まれているのが頭が痛い。恐らく書いてある通りにやればある程度は可能なのだろうが、今までが机上の空論扱いだったのだ。検証し、新たな研究項目として研究者を育てるのに一年や二年では済まない。

 今までルーフェウス学院が保有していた技術とかけ離れ過ぎていて、後五日に満たない日数で検証できる事など何もない。残念ながら、今の彼らにできる事は、事前配布資料に従って作業をしてみて、確認できるものを確認する事ぐらいだろう。

「……ふむ、一つ救いの手を差し伸べるとしましょうか」

「救いの手、ですか?」

「ええ。三枚目後半から五枚目前半に記載されている付与関係は、幸いにも既にある程度の検証が済んでおります。講義が終わった後にファム君達と一緒にいろいろ実験していた事が、かなり役に立ったようですな」

「本当、ですか?」

「この状況で嘘などつきませんよ。その後に散発的に記載されている関連は、今現在私の研究室の研究テーマとして実験をしているところです。ただ、うちの研究室には薬学や錬金術に長けた人間がさほどおりませんから、かなり腰を据えて長期のテーマとして触らざるを得ない部分ですが」

 ファム達を受け持っている付与魔術の教授が、本当に救いの手を差し伸べる。

「一部とはいえ検証が済んでいる内容があるのはありがたい。ですが、この資料ではエミール教授が現在実験している内容を、事実として記載しているようですが……」

「今回の特別講義でそれが事実と証明されても、私が研究する意味はありますな。何しろ、彼の工房主殿はあくまで職人。細かな理論に関してはあまり興味をお持ちでない様子です。故に、この学院で研究して理論の裏付けを取る事は、この情報をもたらしてくれたアズマ工房を補佐するためにも必要な事でしょうし、そうする事で多少なりとも恩返しになりましょう」

 穏やかにこれからの事を語るエミール教授に、その場でいろいろさえずっていた他の教授達が沈黙する。結局、否定するにしても肯定するにしても、自分達でちゃんと検証しなければならない事は間違いないのだ。

 エミール教授がアズマ工房に対して肯定的なのは、単にある程度の検証が済んで事実認定しているからだろう。そして、研究者としての経歴が長い彼が、自身の専門分野のみとはいえ事実認定しているという事は、おそらく他の内容も例外を除きこの通りになると考えてよさそうだ。

「ふむ……。結局は、我々も腰を据えてやるしかない、という事ですか……」

「実際に起こっている現象を否定するのですから、ちゃんと根拠を用意するのが筋でしょう」

 エミール教授の言葉に苦笑するオルスター教授。既得権益をベースにアズマ工房に反発している事は否定しないが、それでも彼もまだ学問の徒である事をやめていなかったらしい。腹をくくって、エミール教授の挑発にあえて乗る事にする。

「そうですな。ではせいぜい、連中が見せる手品の種を暴いて見せましょう」

「期待しています」

 オルスター教授のふてぶてしい態度に、にやりと笑って挑発を重ねるエミール教授。宏という劇薬によって、ルーフェウス学院の改革は最後の一歩を踏み出し始めたのであった。
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