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第5話

「おはよう、マコト」


「おはよう、ケイ」


「今日からだった?」


「ええ」


 開店当日。講義を受けに登校した真琴に対し、親しくなったクラスメイトが声をかける。ケイという名の赤毛のヒューマン種女性で、貴族の家で使用人をしている人物だ。わざわざ短期コースで学校に魔法学を学びに来ている理由は単純で、雇い主からの命令である。彼女のように雇い主に命じられ、ローテーションを組んで魔法学の基礎だけを学びに来る人間は結構多い。


「クリームパンと焼きそばパンのことがあるから、うちの料理長から偵察して来い、って言われてるのよね」


「多分、可もなく不可もなくって感じの味のルーフェウス料理がメインになるはずよ?」


「それでもいいの。可もなく不可もなくって言うのが、一番幅が広いんだし」


 真琴の指摘に、分かってないな、という顔でケイが反論する。


「で、実際のところ、どう?」


「まあ、基本的に大量に手早く提供することを考えた料理ばかりだから、味付けをルーフェウスに合わせてるだけで、何処の国でも食べられそうなものばかりって感じね。雇ってる人が短時間で一気に作れるようにレシピ組んでるらしいから、あたし達がいつも食べてるような凄く美味しい料理って訳にもいかないみたいだし」


「そっか。まあ、それでも、ここの学食の悪意すら感じるあの料理よりははるかにましだとは思うけど」


「あれと比較すれば塩漬け肉そのままかじる食べ方でも勝負できるから、比較基準としてはかなり不適当じゃない?」


 真琴の突っ込みに、苦笑がこぼれるケイ。ここまでひどければ普通嘆願書の十や二十は余裕で届くはずなのに、どう言う訳か学院長や運営会議には一通も届かないそうだ。その時点でいろいろ胡散臭いのだが、誰かが握りつぶしているという証拠が掴めず、学院長や教授連の意見だけでは権力の乱用扱いされて改革に踏み切れないらしい。


 普通ならとうに誰も入らなくなっているような学食だが、学生寮で生活している学生の人数が七割近くを占めるため、周辺に飲食店どころか食料品店すら高級食材の店しか存在しない環境では学食に頼らないという選択肢は難しい。そう言った理由から完全に足元を見られ、料理人達が好き放題する事を許してしまっている。


 もっとも、そんな悪事が続く訳もなく、最近では購買で売られ始めた各種惣菜パンのおかげで、客足はかつての五分の二にまで低下している。五分の二も残っているのは、単純に購買での勝負に敗れ、惣菜パンを入手できない人間がそっちに流れているからである。


「何にしても、ちゃんとしたメニューの手ごろな値段の食堂ができるのはいろんな意味でありがたいよ。私たちみたいにお昼準備して通える人間ばかりじゃないし、私たちだって毎日確実にお昼作って貰える訳じゃないし」


「本当にね。あ、そうだ、忘れてた」


「何?」


「新作の製本が終わったから、持っていって」


「わあ! 待ってました!!」


 真琴の一言に歓声を上げ、耽美な男性二人が見つめ合っている表紙の本を嬉しそうに受け取るケイ。内容は真琴基準で中級者向けだそうで、ここまで踏み込めばほぼ手遅れだとのことである。今から実技の時間でライムがいないからこそ、クラスメイトに配布できる本だ。


「もう新作出来たんだ」


「後であたしにも読ませて」


「マコト、そう言うのばかり描いてないで、『春菜ちゃん、頑張る』の続きも描いてよ」


 真琴の用意した漫画に、わらわらと集まってくるクラスメイト。


「春菜ちゃんとアズマ工房の方は明日続き持ってくるから、もうちょっと待って」


「本当? 約束よ?」


「ええ。今日こっちだったのは、製本の都合だから」


 それぞれに別の表紙の本を渡しながら告げた真琴の言い訳に、若干疑わしそうな視線が集中する。現実問題として製本の都合なのは事実ではあるが、単にページ数と残ってる紙の量を秤にかけて、十部作る場合三作いけるからという理由で趣味の本を優先したのだから、微妙に有罪っぽいのだが。


「そうそう、折角だから今日開店のうちの店に食べに行って、後で正直な感想教えてよ」


「もちろん」


「容赦なく行かせてもらうから、覚悟してね」


「覚悟するのは、あたしじゃなくてうちの料理担当と従業員の皆様だけどね」


 などと和気藹々と授業開始まで駄弁る短期クラスの面々であった。








 同じ時間帯、大図書館。


「お待ちしておりました」


「今日はサーシャさんが担当なのか?」


「いえ。アズマ工房の代表者が来られるとダルジャン様からうかがって、担当のものにお願いして代わっていただいたのです」


 今日から図書館でダンジョン攻略となった宏の前に、ダルジャンの巫女・サーシャが姿を現して達也とあいさつを交わす。


「初めまして。ダルジャン様の巫女と大図書館の司書を兼任させていただいています、サーシャと申します。よろしくお願いします」


「これはご丁寧にどうも。東宏言います。よろしゅうに」


 自己紹介をするサーシャにつられ、おずおずと頭を下げる宏。そんな宏を見るサーシャの視線が、なんとなく妖しい。


「……あの、僕の顔に何ぞついとりますか?」


「いえ。こんな形で私の理想とする容姿の方に出会えるなんて、不思議だと思いまして」


「へっ?」


 何処となくうっとりと言い放ったサーシャの言葉に、思わず凍りつく宏と達也。ものを作っているところや敵の前に立ちはだかり攻撃をその身で受け止め続けているところを見て女が惚れた例はあっても、容姿で一目ぼれというのは初めての経験である。


「……何っちゅうか、サーシャさんの好みって悪趣味ですねんなあ……」


「私相手に言葉遣いに気を使う必要はございませんわ。どうぞ、サーシャと呼び捨てて普段通りの言葉遣いで接してください」


「いやいやいや!」


 こう、妙に熱に浮かされたようなサーシャの言葉に、思わず全力で引きながら首を必死に左右に振る宏。


「で、サーシャさん。こいつの見た目の何処がいいか、教えてもらっても?」


「別にかまいませんが、お仲間なのに分からないのですか?」


「正直なところ、見た目に魅力がないとは思ってないが、あなたのような若い女性向けの魅力とは質が違うって認識だったからな。今までこいつに惚れた女は複数いるが、全員見た目じゃなくて中身にほれ込んだから、あながちこの認識も間違いじゃないと思ってるんだが」


 達也の言葉に、苦笑しながら同意する宏。自分の顔が間違ってもイケメンに分類される事は無いと自覚しているので、達也のこの評価にもとくに思うところは無い。


 実際のところ、宏は確かに初対面の女性にハンサムだイケメンだと評価される事はまずない容姿だが、では全然魅力がないのかと言うとそんな事はない。少なくとも見る人に不快感を与えるような容姿では無く、腕のいいカメラマンとスタイリストがつけば、メイクなどで補正しなくても普通にさわやかな好人物として写真を撮ることが出来る程度には整っている。


 つまり、何着ても妙にダサいという弱点以外に、特に女性に忌避される要素は無いのが宏の容姿なのだ。恐らく、もう少し似合う服の種類があれば、一目ぼれは無理でも見た目だけで生存権を否定する女性が出てくるような事にはならなかったであろう。そのぐらい普通の容姿なのだ。


「力強いその眉や意外とシャープなあごのラインと柔和な表情とのコントラストが特に好みですが、ストイックなまでに鍛え上げられたそのお身体や浮ついたおしゃれが似合わないその雰囲気も素敵です」


 サーシャの言葉を直訳すると、顔は単純にパーツが好みで、それ以外はおしゃれな服装をするとダサいのがいい、ということになる。おしゃれするとダサいのが好みな点は、作業服が板についている事を評価している春菜やエアリス、アルチェムなどともある意味共通する要素だろう。


「……褒められとんのか貶されとんのか判断に困るなあ……」


「まあ、チャラチャラした服が板についてる男は嫌い、って女も年代が上がれば結構いるし、イケメンよりフツメンの方がいいって女もいない訳じゃないからなあ……」


 サーシャの評価し辛い好みに、微妙な顔をしながら囁き合う宏と達也。とは言え、達也の側としては、サーシャの好みも分からない範囲ではない。


 男女ともに共通する話ではあるが、年齢が上がり経験が増してくると、パートナーとしての好みに容姿が占めるウェイトは下がってくる。そして、誰もが認めるいい男、いい女というのは、割と年齢に関係なく容姿にあまり重きを置かない傾向がある。


 もっとも、そういう人物が選ぶ中身が魅力的な人物というのは、不思議と彼もしくは彼女と付き合っていくうちに容姿も魅力的になって行く、もしくは最初から普通に容姿も魅力的な事が少なくないのだが。


 まだ春菜と同年代か少々上程度であるサーシャの好みと考えると意外なラインではあるが、それなりに社会に出て揉まれてきた達也からすれば、普段の姿でも宏の魅力を理解できる女というのは結構ポイントが高い。


「まあ、サーシャさんはアピールタイムが欲しいだろうが、そう言うのは仕事で示してもらった方がいいだろうし、さっさと始めよう」


「せやなあ」


「そうですね。ここはひとつ、できる女として頑張る事にいたします」


 達也の言葉に、やけに気合を入れるサーシャ。初対面の時の印象を覆すその姿に、最初からそうしてほしかったと内心で思いつつも、賢明にも黙っている達也。


「そう言えば、本日から皆様が食堂の営業を開始なさると伺いましたが」


「せやで。今頃春菜さんは仕込みの指導で忙しいんちゃうかな?」


「そうですか。あのあたりに手ごろな値段のまともな食堂ができることは、大変喜ばしい事です。どこかの身勝手な愚か者のせいで、まともな店はともかく手ごろな店というのが全滅していますし」


 サーシャの言葉に、顔を見合わせる宏と達也。


「サーシャさん、学院周りの食堂の少なさ、何ぞ理由知ってはるん?」


「はい。恐らく全て把握していると言っていいでしょう。ですが、私のような立場の人間が請われてもいないのにその事を口にすると、色々と問題があるのです。ですので、いろいろと思うところはありますが、神殿は当面は沈黙を保つ方針です」


「さよか」


「それはそれとして、ヒロシ殿。私の名前は呼び捨てでお願いします」


「こだわるなあ……」


 食堂戦争に関して、意外なところに手掛かりがある事を知る宏と達也。


「まあ、いろいろ思うところはあるけど、今回は横置いといて、まずは資料漁りやな」


「そうだな」


「頑張って早く皆様の望む資料を集めきって、デートも兼ねて新しい食堂に食べに行きたいものです」


「デートとか物騒な話せんといてえや。そもそも、あそこはそう言うのに向いた店ちゃうで」


 微妙にポイントのずれた会話をしながら、特別書庫に踏み込む三人。資料漁りは、新たな展開を迎えるのであった。








「ハルナさん、食材の納入を断られました!」


「あ~、早速始まったかあ……」


 仕事時間開始後のアズマ工房食堂部門。アズマ食堂の屋号がついたその店は、朝一で持ってきてもらえるはずだった食材の納品を断られることからスタートという、かなり幸先の悪い出だしで初日はスタートする羽目になった。


 無論、食材の納入に関しては、ごく普通に嫌がらせの類である。春菜達はその事実まではつかんでいないが、可能性としては普通に考慮してあった。


「まあ、今日使う分ぐらいは昨日のうちに普通に調達してあるし、最悪いくつかの野菜を置き換えればオルテム村からすぐに調達できるから、そんなに焦る必要は無いよ」


 そう言って、倉庫の中から今日の分どころか一週間分は余裕でありそうな量の食材を取り出して見せる春菜。アズマ食堂の食糧庫は、腐敗防止のエンチャントを施し、限界まで容量を拡張した大型コンテナだ。一日三百食換算でなら、満タンまで詰めれば一年分は食材を確保できる容量がある。


 言うまでもないが、普通の飲食店の食糧庫はそこまで馬鹿げた容量は無い。せいぜいが三日分程度が一般的な容量である。


「明日からの仕入れはまたその時考えるとして、まずは今日の仕込みをがっつりやっちゃおうよ」


「そ、そうですね……」


 まるで予想していましたと言わんばかりの、というより間違いなく予想していたであろう春菜の対応に引きながら、一つ頷く料理長以下従業員一同。


 もっとも、仕込みを開始すると言っても、春菜は一切手を出さない。今回の彼女はあくまで立ち上げの責任者であり、トラブル対応のための人員だ。そのため、指導はしても何かを作る事は一切しない。


「その鳥肉は、もう少し小さめに切って大きさをそろえて」


「はい」


「調味料の順番が逆順になってるよ」


「あ、すみません!」


 料理長がどこかから連れてきた見習い達に、春菜が丁寧に指導していく。基本的な調理手順は叩きこめたが、細かい所はまだまだという感じである。


「春菜ちゃ~ん」


「お手伝い~」


「援軍~」


「遺体遺棄~」


 そんな感じで一生懸命調理しているところに、オクトガルが数匹乱入してくる。


「あ、いらっしゃい。ちょっと店の掃除状態、確認して来てくれるかな?」


「は~い」


「行ってくる~」


 春菜の指示を受け、一斉に店の中を飛び回るオクトガル達。


「テーブル全部OK~」


「椅子は清潔~」


「天井問題なし~」


「床綺麗~」


「窓ピカピカ~」


「店の周りは大丈夫~」


「遺体遺棄~」


 小姑式高速チェックを済ませ、すぐに報告に戻ってくるオクトガル達。特に投げたり落としたりするものがないのに、わざわざ遺体遺棄を言う奴がいるのは御愛嬌だろう。


「はい、ありがとう。後三十分で営業開始だから、その時はまた手伝ってね」


「りょうか~い、りょうか~い」


「頑張るの~」


「お仕事楽しい~」


「遺体遺棄~」


 春菜の言葉に元気よく返事を返し、店の中で勝手に細かなレイアウト調整などをしながら暇つぶしをするオクトガル達。そんな彼らに対して色々質問したそうにしながらも、仕込みが忙しすぎてそれどころでは無い従業員一同。


「さて、今日のところは野菜だけかな?」


 今のところこれと言って大きな嫌がらせがない事に対し、そんな感想を漏らす春菜。実際、店の防衛システムにもオクトガルの探知システムにも、そう言う事をやらかしそうな奴は引っかかっていない。


「そろそろ営業開始時間かな?」


「春菜ちゃん、お客さん来てるの~」


「了解。このお店の初陣だから、気合入れていこう! 営業開始!」


「はい!!」


 オクトガルの報告を聞き、店を開ける指示を出す春菜。入り口の鍵を外した瞬間に、既に待機していた気の早い客が十人ほど、店の中になだれ込んでくる。ほとんどが学生だが、三人ほど講師や事務員だと思われる人間も混ざっている。


「お客さん第一号~」


「おめでとう~」


「でも特に特典なし~」


 入って来た学生の客にそんなどうでもいい事を言いながら、支払いとトレーの受け取りをするための場所に案内していくオクトガル。


「いらっしゃいませ。本日のメニューはこちらになります。全て単品は二十五チロル、パンとサラダのついたセットが三十チロル、大盛りはプラス五チロルで量を減らせば五チロル安くなります」


「メニューの指定はここで?」


「いえ、受け取りカウンターでお願いします。セットおよび分量変更の方はチケットをお渡ししますので、それを係にお渡しください」


 会計の言葉に頷き、セットメニュー大盛りを頼む最初の客。それを皮切りに、どんどんと支払いを済ませてセットメニューのチケットを受け取って行く客達。


「どれもうまそうだな」


「決めた。俺はポトフにする」


「じゃあ、俺はビーフシチューだな」


「ブイヤベース」


 食欲をそそる香りに辛抱たまらず、口々に注文を出して料理を受け取る。普通の二食分近くある大盛りセットに感激しつつ、一番目立つ具に口をつける。一瞬動きが止まり、そのまま黙ってがつがつと勢いよく平らげていく。


 その様子を隠れて見ていた春菜が、小さく安堵のため息をついて厨房に戻る。


「……久しぶりだな。学校ある日にまともな昼飯食ったの……」


「……どうってことない味だけど、普通に美味いな……」


「……いや、ここよりうまい店はそんなにないぞ……」


 かなりのボリュームがある料理を完全に平らげ、サービスのお茶を飲んで落ち着いた学生達がそんな事を言い合う。


「この値段でこの量でこの味だったら、文句は言えないな」


「昼だけってのが惜しい」


「でも、楽しみができたと考えれば」


「昼飯が楽しみになる日が来るとはなあ」


 先発隊として乗り込んだ学生達が、食器を返却しながら満足そうにコメントし、オクトガルに見送られて帰って行く。時間差で来たグループもおおむね満足そうな顔で出て行き、評判を聞こうと待っていた友人達に太鼓判を押していく。


「お客さんはみんな満足したみたいだから、多分ピークタイムは忙しくなると思う」


 オクトガルが中継していた学生達の会話を聞いて、そんな予想を告げる春菜。その春菜の言葉に頷くと、追加の仕込みに入る料理長。


 アズマ食堂の初日は、ピークタイムに行列ができるほどの繁盛ぶりになるのであった。








「まずいな……」


「ええ、まずいですね……」


 アズマ食堂の営業開始から一週間後。誰も足を運ばなくなった学食の厨房隅で、事務局長と料理長が不景気な顔で囁き合っていた。現時点で行っている比較的足がつきにくい妨害が、どれもいまいち不発気味なのである。


 厨房の中では暇そうな料理人達が、これまた大層不景気な顔でだらけている。こんな状況だから料理の腕を磨いたり新作を試したりという、そういった前向きな方向に考える人間はいないらしい。


「農家の連中は誰も食材を売っていないらしいが……」


「どうも、独自のルートを持っているようでして……」


 まず最初に行った食材納入に対する妨害。これは完全に失敗したと判断していいだろう。アズマ食堂は手を変え品を変え方々から食材を調達しているらしく、毎日きっちりと時間一杯営業している。終わりごろに行けば品切れのメニューも出ているが、まったく何も食べられないという事態は今のところ発生していない。これを失敗と言わずして、何を失敗といえばいいのか?


「中で妨害しようとしても、どう言う訳かあのタコもどきに見つかって追い出されるらしいし……」


「あのなりでも神の眷族だそうですから、そう言う気配には敏感なのかもしれませんね」


「しかも、追い出された連中はもれなく再起不能になってるって話だしなあ……」


「相当屈辱的なやり方で追い出されたみたいですからねえ」


 外部から虫を持ちこみ、料理に入っていたといちゃもんをつける古典的なやり方をやろうとしたところ、初めにやった時は持ち込もうとした虫が結界にはじかれて排除され、実行不能であった。それならばと作りものを用意したところ、今度は何度チャレンジしても取り出したタイミングでオクトガルに見つかって、屈辱的なポーズで強制退去処分を食らった揚句とことんまでいじられるという救いのない扱いを受け、送り込んだチンピラが次々と心を折られる羽目に。


 やり方が古典的だから予想されるのは仕方がないにしても、ここまできっちり対策を取られると色々とやるせないものはある。


「噂を流すのも失敗したし、こうなったら、店の外で騒ぎを起こすか?」


「リスクは高いですが、それしかないでしょうね」


 とうとう最後の手段に言及した料理長に、ため息交じりに同調する事務局長。食材の納入妨害など、続けられて一カ月が限度。そこから先は店からも農家からも毎日入っているであろう被害の訴えが無視できなくなり、まず間違いなく官憲や商業ギルドが動く。


 普通なら一週間も続けば動くのだが、たとえ腐敗に対して潔癖なローレンであっても、まったく汚職なしなどあり得ない。彼らもそう言うやり方で上手く鼻薬を嗅がせ、先手を打って色々と手を回して引き延ばしているのだ。その引き延ばしの限度が、一カ月なのである。


 今までは大抵、半月も納品妨害をしていれば自然と客足が落ち、それ以上はせいぜい虫を使ったいちゃもんと悪い噂程度で勝手に客足が離れ、それ以上は何もしなくても自然と倒産していた。悪質なところで前日に仕込んでいたものに傷んだ食材を混ぜて食中毒を発生させたケースもあったが、そこまでやったのは一度か二度ぐらいである。


 そう言った不祥事とセットで悪評が流れる上、場合によっては普通に行政処分で営業停止に追い込まれるのだから、いかに噂だけで判断する事を嫌うローレン人といえどもまったく噂を信じないのは無理だ。


 だが今回は食材の納品妨害が効果がなく、それ以外の嫌がらせも店舗自体に仕掛けられたあれこれに阻まれて不可能。当然のごとく、噂を信じる人間などいるはずもなく、一カ月以内にけりをつけるのは難しい状況だ。


「とりあえず、内容は任す。あの男に頼んでおいてくれ」


「ええ、分かっています」


 最後の最後で少しだけ慎重に言葉を選び、方針を決める料理長と事務局長。身内しかいないと油断していた彼らは、その一部始終を観察し、記録していた存在がいる事に最後まで気がつかなかった。








「多分、明日動く」


「ようやく、商取引って奴をとことんまで虚仮にしてくれてる連中に鉄槌を下せる訳か……」


 その日の夜。商業ギルドにて、レイニーが商業ギルドのギルドマスターに報告を持ちこんでいた。


「すぐに一網打尽は無理」


「分かってる。この国の司法システムは、ファーレーンの悪いところだけ似てしまっている上に、ここ十何年かの裁判官は特に原理主義的に潔癖だからな。だが……」


 釘を刺してくるレイニーに頷きつつ、獰猛な笑みを浮かべたギルドマスターは眼光鋭く虚空を睨みつけながら吐き捨てる。


「それでもまったくおとがめなしにするには無理がある程度には、こっちにも証拠が集まってる。商業ギルドの沽券にも関わってくる案件だから、地獄の果てまででも追い詰めて罪を償わせてやるさ」


 どうやら、余程色々たまっていたらしい。やらかした連中に同情したくなるほどの殺気を放つギルドマスターに、レイニーが淡々と追加情報をもたらす。


「盗賊ギルドの方も、すでに動いてる」


「ほう? あいつらが動くぐらいだから、よほどやらかしてるんだろうな」


「無許可、未登録で相当やらかしてる。ギルドの縄張りでも何件も事件を起こしてる」


「そうか、なるほどな」


 盗賊ギルドが動いている、との報告に、実に上機嫌な顔をするギルドマスター。チンピラのガス抜き以外では滅多に動かない盗賊ギルドが、もうすでに動いている。その情報の意味を知っていれば、被害を受けている側が喜ばない理由がない。


 何処の国でもそうだが、ある程度大規模な街で大規模な商売をする場合、どうしてもその街の盗賊ギルドと最低限の付き合いをする必要が出てくる。そのためルーフェウスでも、盗賊ギルドと商業ギルドは互いに不可侵条約を結び、仲が良くもないが悪くもない、という距離感を保っている。


 人が増えれば、揉め事や犯罪はどうしても増える。それら全てが、合法的な手段だけで解決できる訳ではない。逆に、相手が非合法的な手段で自分に有利になる形の解決をもくろんでくる事もある。それらのトラブルから身を守るためにも、盗賊ギルドと完全に縁を切る訳にはいかない。


 なので、こう言った黒いつながりを許容できない人間が多いローレンですら、必要悪としての盗賊ギルドの存在と、各組織が盗賊ギルドと不可侵条約を結ぶことについては黙認している。調子に乗って目に余る行動に出れば排斥運動も起こるが、そうでなければチンピラの類を管理・制御する組織が無くなるのは、知の国を名乗っているこの国ですら困る人間の方が多いのだ。


 それを理解しているからこそ、盗賊ギルドは滅多に動かないのである。


「盗賊ギルドに所属もしないでこんな事やってて、むしろよく今まで無事だった」


「無所属だったのか? それはまた、いい度胸をしてるな」


「だから、盗賊ギルドもしばらくは迂闊に手を出せなかった、らしい」


「それはまた、おかしな話だが……」


「派手になったのが最近で、それまではせいぜい性質の悪い一般市民程度だった、との事」


 レイニーに告げられた理由を聞き、なんとなく納得するギルドマスター。確かにそれでは、この国の場合大層動きにくかっただろう。盗賊ギルドの存在が許されているのは、堅気の人間に手を出さないからだ。


「今回の件で、堅気といえなくなる。堂々と動ける」


「そうか。ならば、実行犯連中は盗賊ギルドに任せて、不正をやらかしてる学院の事務局長と料理長は、こちらで徹底的にやらせてもらおう」


「持ちこんだ証拠ぐらいでは、この国で有罪にするのは難しかったはず」


「数が問題だからな。ここ何年か、ちょっとばかりあの地域の廃業件数が目に余る状況だったんで俺の方で独自に調査を進めておいたらまあ、出るわ出るわでな。この件が片付いたら、ついでに内部の掃除も済ませる予定だ」


「もしかして、いいきっかけだった?」


「そんな訳あるか。本来なら、最初の一軒が廃業に追い込まれる前に手を打っておかなければいけなかった。それが無理だったとしても、さっさと内部調査を済ませて、愚か者を排除しなければいけなかった。廃業までの流れを表面的に確認して、調査を怠った結果がこれだ。ここまで被害を拡大してしまった事もその片棒をよりにもよってこの商業ギルドが担いだことも、真っ当に商売してた被害者には何一つ申し開きできない」


 険しい顔で、被害に遭ったいくつもの飲食店について言及するギルドマスター。宏達のおかげで内部の不正、腐敗は一掃できると言っても、ここに至るまでに何軒もの飲食店が廃業に追い込まれ、生活を破綻させられている。証拠が集まらずに手が出せなかったのは事実だが、被害を受けた側には何の関係もない事情だ。特に、命を絶たざるを得ないところまで追い込まれてしまった被害者には。


 一部地域だけの事とはいえ、ルーフェウスの商業ギルドの評価はこの数年で大きく落ち、かなり信頼を失っている。あこぎな商売をするものが肥え太り、真っ当に商いを続けてきた人間が悪評をなすりつけられて全てを失っていくのを、手をこまねいて見ているどころか一部の人間がそれに手を貸していたのだから、信頼を失うのも当然である。


 信頼回復には、恐らく十年単位の時間を覚悟するべきだろう。内部の人間が自ら信頼を踏みにじったのだから、当然である。事実に基づく悪評なのだから、甘んじて受け入れて努力するしかない。


「何にしても、まずはやらかした連中を全部血祭りにあげて、内外の商売に関するどんな小さな不正も見逃さないように徹底的に調査をするしかないな。私はおろか、次の代のギルドマスターですら回復し終わるかどうか難しいところだが、やるしかない。私の不始末のつけを後のものに押し付けてしまうのは本当に申し訳ない事だが……」


 非常に生真面目な事を言ってのけるギルドマスターを見て、やはりこの男もローレン人か、などとこっそり頭の片隅で考えるレイニー。


「とりあえず、引き続き色々調査する。何かそちらに重要な情報があったら連絡する」


「分かった。頼む。大した礼もできず心苦しいが……」


「上司の命令だから、気にしない。これも給料のうち」


 どうにもすまなそうなギルドマスターに軽く手を上げると、そのまま部屋からすっと消えるレイニー。それを見送ったギルドマスターが、苦い顔でつぶやく。


「こちらも、諜報周りを強化しないとな……」


 恐らく内情が筒抜けである事をかみしめつつ、当座の自身の仕事を始めるギルドマスターであった。








「……雑な尾行」


 商業ギルドを出てしばらく後。感じた五つほどの気配についてそう断じるレイニー。今回は一般人の振りをしていたダールの時と違い、あえて中途半端に気配を消している。あからさまに罠を張っていますというその気配の消し方は、レイニーが同じ立場なら余程の理由、もしくは準備か勝算がない限りは誘いに乗らないと断言できる。それに不用心にホイホイ引っかかっているのだ。この時点で、相手の程度が知れよう。


 しかも、尾行の仕方がまた、傍で見ている人間の十人中九人が、誰かの後をつけようとしていると断言するほどへたくそなのである。こういう誘いに乗る場合、位置を悟らせないようにしつつ対象にだけ自分が後をつけていると認識させ、相手に自分の実力を誇示してプレッシャーをかけるのが常套手段だ。相手の方もこちらの位置を特定して見せてプレッシャーをかけたり、尾行をまく振りをしたりと駆け引きを行うものだが、レイニーの相手にはそう言うそぶりは一切ない。


 つまり、どう評価しても、頭の足りない素人の行動なのだ。


(ちょっと揺さぶる)


 雑な尾行とはいえ、折角相手が食いついてきたのだから、少し遊んで揺さぶってみよう。そう考えて、あからさまに不審な挙動を取って裏路地に入って行く。ちゃんとついてきた事を確認したところで、相棒となったバイクを展開して人気のない裏路地を一気に加速する。


(この速度についてくるとなると……)


 一気に時速六十キロほどまで加速したというのに、ザルな尾行をしている気配は距離が開くでもなく詰まるでもない。この世界では、オーバーアクセラレート発動時のような一部例外を除き、ゴーレム馬車でもなければ出せない速度である。この時点で、連中がまっとうな人型生物でない事は確定である。


 できるだけ人のいない方に誘導しながら、少しでも相手の情報を探るレイニー。こんな速度で動ける時点で大体の相手の正体は推測しているが、確証がないので確認しておきたいのだ。


(そろそろいい感じ)


 うまい具合に追い詰められた振りができそうな路地を見つけ、迷わずそこに飛び込むレイニー。釣られて飛び込んできた一団の姿をサイドミラーで確認し、内心でにやりと笑う。


「邪神教団、確認」


 サイドミラーに映っていたのは、悪魔系モンスターと融合した男の集団であった。地面を走るのではなく皮膜の羽で飛んでいる。スピードの秘密はそれだったらしい。うち一人は、アズマ食堂にちょっかいを出そうとしていた連中を統括していた。


「こそこそ我々を嗅ぎまわっているネズミには、死んでもらおう」


 何のひねりも面白みもない発言と同時に、魔力弾をばら撒いてくる男達。それを器用にかいくぐり、袋小路に突っ込んで行くレイニー。壁がどんどん迫ってくる。


「絶望して血迷ったか!」


 既にどうやっても止まれない速度で壁に突っ込んだレイニーをあざ笑いながら、更に魔力弾をばらまく男達。そんな男達をさっくり無視し、バイクの前輪を持ち上げてウィリーで壁にぶつかっていく。


 宏特製の大型バイクが、前輪が壁に接触した瞬間に大きく弾き返されてバランスを失いそうになる。そのバランスを器用に立て直してターンし、更に魔導拳銃をバイクから取り出して弾丸を大量に撃ちだし、男達を牽制する。


 そのあり得ない動きと大量の高威力弾に怯んだ男達に、速度を一切緩めずに拳銃を格納、レイニー用に調整されたナイフを腰の後ろにさした鞘から抜き、魔力を注いで特殊機能を展開する。すれ違いざまに投げるようなモーションでナイフを四度振ると、男達の喉に次々とナイフが深く刺さって行く。


「なっ!?」


 瞬く間に四人が仕留められた事に色を失う男。そんな男に特にリアクションを見せず、ナイフを仕舞いながら隣の建物の壁を利用して三次元的な挙動をバイクにさせるレイニー。仕留めるだけなら全員一瞬で仕留められるのだが、それでは情報源が足りない。一人ぐらいはちゃんと生きたままとらえなければ勿体ない。


「とりもち弾、発射」


「ま、待て!」


 壁を利用して加速し、飛行オプションの力を借りることなく空を舞っていたレイニーの、容赦のない追撃。それに慌てて何かを言おうとしたところで、男に口と鼻を塞がない形でとりもち弾が着弾する。


「硬化剤、発射」


「だから待てと言って……!」


 男の戯言を無視し、後輪から地面に着地。方向転換と同時に硬化剤を叩き込んでとりもちを固定するレイニー。


「デバフネット、発射」


「くっ!? 逃げられん!」


「封縛結界、展開」


「くそ、はかったな!」


「簀巻きロープ」


 バイクのミサイルランチャーから次々と発射される特殊弾頭に、完全に行動能力を奪われてしまう男。第二形態のバルドですらほぼ完全に動けなくなるのだから、たかが下っ端の教団員に抵抗できるものではない。


「……華麗なバイクアクションするには、相手がしょぼい……」


 あっという間にけりがついた事に対し、不満を述べるレイニー。折角の飛行機能もスピードもまったく活かせていない。正直生身だと五秒でけりがつけられ、バイクアクションするためにもうちょっと引き延ばそうにも、弱すぎてこれが限度である。


「とりあえず持って帰って、後は適当に尋問でも拷問でも」


「拷問とは、野蛮な事だな」


「専門家に丸投げだから、本当にするかどうかなんて知らない」


 男の、お前が言うなと突っ込まれそうな発言に淡々と告げて、簀巻きを麻袋に詰め込むレイニー。バイクに荷物を積むなら、これで一応中身を保護して固定した方がいい。その作業の途中、レイニーの背後を取るように何か現れる。


「邪魔」


 レイニーの作業を邪魔すべく後ろから襲いかかってきた悪魔系モンスターを、更に後ろを取って急所に一撃入れて仕留める。


「ハニーにお土産もできたし、撤収」


 悪魔系モンスターの死骸を男と一緒に麻袋に詰め、バイクの後部にロープで固定しながら呟くレイニー。収穫としては微妙かもしれないが、無いよりマシだろう。


 翌朝、レイニーによって持ちこまれた悪魔系モンスターの死骸はいくつかの臓器を回収された後、残った肉や皮は尋問用の料理に加工されて提供されるのであった。








「邪神教団、か……」


「どうやら、何処の組織にも数名、信者が紛れ込んでいたようです」


「それは、由々しき事態だな……」


 レイニーが捕まえた男から引き出された情報に、顔をしかめる国王。王宮にもいた信者は、神官たちの浄化で確認を取った上で少しずつ排除している最中だ。一気にやると色々厄介な問題が出てくるため、腰を据えてやるしかないのである。


 だが、彼らによってもたらされた影響を考えると、かなり由々しき事態なのは間違いない。これ以上何かあっては困るので、出来るだけ早く全て排除してしまいたいところである。


「それで、どのような状況だ?」


「不幸中の幸いと言いましょうか、せいぜい商業ギルドと一部の警備隊以外は、上司からの命令に従うしかない最下級の人員にしかいなかったとの事です」


「商業ギルド、だと?」


「はい。数年前からひどくなっていた学院周辺の連続廃業は、その者達が絡んでいたと思われます」


「つまり、握りつぶせる立場に邪神教団の人間が食いこんでいた、という事か」


 国王の問いかけに、深刻な顔で宰相が頷く。


「最初から邪神教団だったのか、それとも途中で取りこまれたのか、それは分かりません。ですが、彼らの目的は組織の私物化ではなく、不正を行う事で公的機関の信用を落とし、国民に動揺を与えて猜疑心を膨らませる事にあったようです」


「また気の長いやり方だが、我が国に関してはそれしか方法がなかった、というところか」


「そのようですね。ファーレーンであったように、利益供与や無責任な噂で中枢を乗っ取ったり振り回したりするのは、わが国では絶対に不可能とは言いませんがかなり難しいですし」


 国王の言葉に、宰相が同意する。レイオットが面倒くさいというだけあって、ローレンの社交界や政治中枢はそのあたりに対してとことんまで拒絶反応が強い。世間話として受けた被害や今現在困っている事についてぽろっと漏らしただけでも、内容によっては誹謗中傷だと総攻撃を受ける事があるぐらいだから、本当に筋金入りである。


「学院の事務局長は?」


「あれはどうやら、欲に負けたただの愚か者だったようですね。邪神教団とは例の一連の事件まで、一切関わりが無かったようです」


「処分はどうなっている?」


「まだ、ですね。後少しだけ容疑が欲しいところです」


「なるほど、つまり泳がせている、と」


「はい。恐らく、事がここまで進むと、焦って何か大きなことを起こすはずですから」


 そう言って、せっせと生ごみをぶちまけている男達と、そこに混ざっている学院事務局員および学食の料理人の映像を見せる宰相。恐らく、この現場を押さえた段階で官憲を呼び、現行犯逮捕すればすぐに芋づる式に色々捕まえられるのだろうが、残念ながら、官憲を連れてきたときにはすでに作業を終え、撤収していたらしい。


 再生されている作業の手際を見ている感じ、恐らく待ち伏せしておかなければ捕まえるのは難しいだろう。その程度には手慣れている。それに、生ゴミをぶちまけた程度では大した罪には問えない。


「まったく、普通の国ならこれだけでも十分罪に問えるのだろうが……」


「我が国もファーレーンも、潔癖すぎるのも問題だという事でしょうな」


 宰相の言葉に、渋い顔をしながら頷く国王。若い国王には、ここまであからさまな真似をしておいて、大した罪に問えない現行の法体系が理解できないらしい。特にここ十何年かは、間違った方に潔癖な判決が多いから余計にである。


 ただ、理解できないと言っても、拙速に変えれば弊害が大きい事が分かる程度には頭が回るため、今はどこから変更すべきかを探るにとどめている。


 とはいえ、ウォルディスおよびその周辺国家の情勢が急速にきな臭くなっている現状、合理的な理由を持って出した王の命令を議会の一部議員が無視して好き勝手しても、高確率で王が責任を問われるだけで無視した人間はまったくのおとがめなしにされる法解釈やら何やらはできるだけ早くどうにかしなければまずいだろう。


 そのためにも、自身に死刑判決が出るほど議会の命令無視が続く前に、何らかの明確な実績が欲しい。上手くいけば、今回の件はその突破口にできるかもしれない。


「何にしても、私の諜報能力ももう少し鍛えねばな。先代が鍛えた諜報部隊も私に忠誠を誓ってくれている訳ではないし、恐らく、レイオット殿がよこした彼女ほど効率よくは動けない」


 あっさりレイニーに侵入を許し、その事を告げてもまったく恥じる様子がなく、情報収集も辛うじて最低限と呼べる程度しかしてくれない諜報部隊に思いを巡らせながら、ため息交じりにぼやく。恐らく誰からも価値がないと思われているからレイニーぐらいしか出入りしないだけで、実際のところローレン内部の情報は、王自身が一度も口にも態度にも出していない事以外は周辺国家すべてに筒抜けであろう。


 正直、トップとして恥ずかしいどころの騒ぎでは無い状況なのだが、もはやそれを恥じる時期は通りすぎている。自国の諜報部隊は王に忠誠を誓いたくないという理由で国益を損ねる無能集団、という前提で行動するしかない。


「ええ。その代わり、大規模な情報収集となると、所詮個人である彼女よりは優れた働きを見せますが……」


「欲張りなのかもしれないが、諜報に限らず何事においても、突出した個人の力と強力な組織力、両方の要素を備えておきたい」


「一朝一夕には難しいでしょうが、手は考えておきましょう」


 レイオット個人の手駒であるレイニーを、心底うらやましく思う国王と宰相。そのレイニーが今、お土産の対価として貰った宏の使用済みタオルを手に、その変態性を最大限に発揮してクンカクンカハアハアしている事は知る由もないのであった。

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