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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ローレン編

92/216

プロローグ

「あれがルーフェウスかな? 綺麗な街だよね」

 河の向こう岸にルーフェウスの街並が見えた瞬間、春菜が感嘆の声を上げる。世界最大の淡水湖・ルーデル湖とそこから流れ出る河に寄り添うようにたたずむ街は、何処となく品があって美しかった。

「流石に賢者の国の首都だけあって、かなり綺麗にしてるみたいね」

 運転席の真琴も、同じように感心する。河の向かい側から見えるものだけかもしれないが、優美で手入れの行き届いた建物がいくつも整然と並んでいるのが見える。

 スティレンを出て五日、国境を超えローレンに入って二日半。山を迂回し草原と穀倉地帯を抜け、一行はついにローレンの中心とも言える地域に到着した。

「ウルスも綺麗な街だったけど、ルーフェウスはちょっと上品な感じかな?」

「ウルスは区画によって、ものすごく差があったものね」

 春菜の感想に、真琴が思った事をそのまま口にする。真琴の言うように、ウルスは王城や上流階級が住む区画と、中産階級の住む区画、港湾区、冒険者の出入りが多い区画、それ以外の区画でかなり街並みや雰囲気が違った。共通しているのは、総じて活気があることで、上品で静かに見える上流階級の居住区ですら、上品で静かながらも活気を感じさせていた。

 とはいえ、ウルスに比べれば活気がないだけで、ルーフェウスが沈鬱な空気を纏っているかと言うとそんな事は無い。ウルスのようなパワーこそ感じさせないが、学者と若い学生が多い分、知的な熱量を持った穏やかな活力は街の隅から隅まで行きわたっている。そこに冷たさは無いが、自然と襟を正したくなる空気ではある。

「あの橋を渡って向こうの街道と合流したら、街に入る審査みたいね」

 真琴が示した橋に注目する一同。シャルネ河にかかっていたものほどではないがかなり立派な橋は、結構大きな船でも通れるように橋げたの間隔が広く取られており、河を使った輸送量の多さをうかがわせるには十分だ。もっとも、橋自体の規模もかなりのものなので、橋の交通量も負けず劣らずなのだろう。ピークである早朝や夕方からずれているのに、それなりの数の馬や馬車が通っているのが、その推測を裏付けている。

 橋がすぐにルーフェウスの入り口につながっていないのは、単に利便性とコストの問題だろう。急ぎの品を運ぶ馬車などは、いちいち街に入るための審査を受けて中を突っ切って、なんてやってられない。ルーフェウスをスルーするような人はそれほど多くはないが、それでも急ぎの品を陸路で運ぶ馬車は無視できるほど少なくも無い。

 コスト面にしても、ルーフェウスに直接橋を繋ぐ場合、今の位置より急激に川幅が広くなるあたりにかけることになり、また湖との兼ね合いも出て来て色々とややこしい。その分、橋の建設や維持管理だけでなく、運用面でも余計な手間とコストがかかる。別に街道とつながる入り口で合流させても特に問題がないのだから、掛けやすく管理もしやすい場所に橋を持ってくるのはある意味当然だろう。

「そう言えば、橋のこっち側には街とかあらへんねんなあ」

「単純に旨みが少ないからじゃないか?」

「どうなんやろうな。橋かけた時とか、普通にこっち側にも街かなんか作ってそうな感じやねんけどなあ……」

 達也の意見に首をかしげる宏。これについては単純に、モンスターの大規模侵攻が頻発した時期にこちら側の住民がルーフェウスに避難し、そのまま移住してしまったのが原因である。だが、こんなローカルな歴史はルーフェウスでならともかく、他所の地域で調べるのは難しい。しかも、こちら側の街がそういう経緯で滅んだのが千年以上前で、すでに街があった痕跡すら消えているのだから、宏達に分かるはずもない。

「師匠、その疑問は街の人に聞けばすぐ分かると思う」

「せやな。誰か知ってるやろ」

「それよりも、賢者の国の首都なんだから、美味しいものがあるはず」

「澪はいつもそれやな……」

「新しい場所につくたびに、郷土料理の味が気に入らなくて魔改造してる師匠達には言われたくない」

 飯の話が多い澪に対して突っ込みを入れた宏が、厳しい反論でバッサリ切り捨てられる。実際、宏と春菜は、澪の食い意地に何か言う資格は無い。

「世界最大の湖って言ってたが、この規模だと海と大差ねえなあ……」

「実際、一メートルオーバーの魚とかも普通に獲れるらしいよ。湖での漁業も、重要な産業なんだって」

 橋を渡り始めた所で湖の規模に感心していた達也に、春菜がそんな補足を入れる。どうやら、今回は事前に色々調べてたらしい。大図書館と賢者の学園以外の情報はそこまで調べていなかった達也が、なるほどと頷く。

 余談ながら、ルーデル湖の大きさは約五十万平方キロメートル。あちらこちらから大河が流れ込み、また海に向かって流れ出ているため淡水湖だが、仮にこれが淡水湖でなく、ダルジャンが湖と言い切っていなければ普通にルーデル海と呼ばれていたであろう。

「そう言えば、このあたりは塩ってどうしてるんだ?」

「馬で二日ぐらいのところに、結構大きな塩湖があるんだって。あと、その近くは岩塩も取れるから、この一帯は塩には困って無いって言ってたよ」

 人間が生きていく上で欠かせない塩。場合によっては戦略物資にもなるそれに関しては、何処の国も結構色々と調達方法を持っているらしい。

「そろそろ入門審査だな」

 街や湖、周辺地域について感想を言っているうちに、とうとう街に入るための列の最後尾に追いつく。もっとも、どこの街でも大抵そうだが、余程妙なものを持ちこもうとしない限りは、入るための税金を支払うだけなのだが。

「ようこそ、ルーフェウスへ」

 ついに宏達の番になり、担当らしいにこやかな女性の門番に愛想良く声をかけられる。他の列を担当している門番も、全体的ににこにこと愛想がいい。恐らく国の内外から来訪者が多く、出入りも頻繁にあるからであろう。このあたりは、ウルスも似たようなものである。

 ダールやフォーレの門番は、首都でもここまで愛想良く対応してくれなかった。ただし、横柄な訳ではなく、単純にしゃくし定規という感じであって、ミダス連邦の各都市のように横柄で横暴な門番が仕切っている街などまずなかったのだが。

「冒険者の方ですか?」

「ええ。ランクはそんなに高くは無いんですけどね」

「ゴーレム馬車なのに、ランクは高くないんですか?」

「仲間の自作なんですよ」

 愛想のいい女性の質問に答えながら、全員降りて冒険者カードを提出する。提出された冒険者カードを見て一瞬目を見張るも、すぐに平常に戻り偽造チェックを済ませて返却する女性。

「はい。確認しました。どうぞお通りください」

 カードを返却してあっさり通行許可をだす女性に、怪訝な顔をする日本人一行。ダールやフォーレは、荷物のチェックはちゃんとしていた。

「荷物のチェックはいいんですか?」

「アズマ工房の皆様ならば、特に問題ないですよ」

「……もしかして、ここにもその名前が?」

「最近良く聞くようになりましたし、こちらもいろいろ事情があるようでして」

 門番のその言葉に、色々とピンと来るものがある宏達。どうも、この国の上層部も色々と画策している節がある。

「恐らく近いうちに皆様に連絡が来るはずですので、早いうちに、出来れば今日中に滞在場所を冒険者協会か役所に連絡していただけれればと思います」

「あ、分かりました」

 頭を下げながらそう言ってくる女性に、反射的に頷いてそう答える真琴。

「本当なら詳しい話をするべきなのでしょうけど、私もただの門番ですので、上からは皆様を確認したらこの連絡をして速やかに通すようにとしか言われておりませんで……」

「いえいえ。今の説明で十分ですよ」

 恐縮する女性に、むしろ自分が申し訳ない気持ちになった真琴が、笑顔で気にしないように伝える。実際、連絡が来る、という一言で大体の事は理解出来たのだから。

「それで、ルーフェウスは初めてなんですけど、お勧めの宿ってあります? 食事が美味しいところなら嬉しいんですけど」

「そうですね。中央広場近くの賢者の鐘亭がお勧めですね。ルーフェウスが出来たころから続いている数少ない由緒正しい宿です。少々値段は張りますが、その分ランクの割に警備がしっかりしていますし、居心地が良くて食事も美味しいと評判ですよ」

「賢者の鐘亭、ですね。外観に特徴とか、あります?」

「その名の通り、宿の屋上に鐘楼があります。割と目立つ場所に建っていますので、すぐ分かると思いますよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 門番の女性から情報を聞きだし、ワンボックスに戻る真琴。

「宿の情報、聞いてきたから。今からそっちに行くけど、いいわよね?」

「ああ。サンキュー」

 先に戻っていたメンバーにそう声をかけ、ワンボックスを発進させる真琴。真琴の質問に達也が代表で答え、そのまま宿へ向かう。スティレンの時とは違い、今回は割とスムーズに当面の宿を確保できた一行であった。







 ここで、ローレンについて多少補足説明をしておこう。

 知の国と呼ばれているローレンは、首都・ルーフェウスにあるルーフェウス学院と大図書館、そして知の神・ダルジャンの神殿を中心に発展した国である。ルーフェウスにも一応行政の中心としての王城は存在するが、ルーフェウス学院の方が建造物としては古く、知名度も高いためいまいち影が薄い。

 ルーフェウスの政治体制は公王制とでも言うべきもので、行政の長であり国の頂点に立つ国王を議会での選挙で選んで決定している。流石にそれほど頻繁に国王に変わられては政治が混乱するため、新たな国王が選ばれるのは先代が崩御した時か、退位を宣言した時、著しく不適格だと判断されたときだけである。選出対象も学園を立ち上げた賢者の末裔である六つの公王家から、王家の継承権のある人間を対象に年齢などを加味して候補者を引っ張り出していく。

 議会は公王家も含む貴族達から選ばれた議員で構成される貴族院と、身分問わず民からの選挙で選ばれた議員で構成される衆議院で構成されている。国王を決定する権限を持っていると書くと、議会が凄まじく力を持っているように聞こえるが、実際のところは彼らが国王に対して持っている優位性は選定に関するもののみである。国王のリコールなど余程でないとできないし、実際の実務はなんだかんだと言って、ずっとそれに携わっている国王に勝てる訳がないからだ。それに、議会を解散させる権限は国王が持っている。

 とは言え、議会を無視して好き勝手やると、その余程でなければできはしないリコールが成立してしまうため、お互いにそれほど相手に対して無茶は出来ない。もっとも、それ以上に彼らは、自らの国が知の国と呼ばれ、首都ルーフェウスが世界で最も権威と実力を持つ学院を有している、という事実に縛られている。そのことに誇りを持たず、自身の利益ばかりを追い求め、議論もまともにできない人間がこの国で議員や王になる事はあり得ない。また、理想ばかりを追い求め、現実とのすり合わせも碌にできない頭でっかちな人間は、英知の国であるからこそ軽蔑されてしまう。

 政治もまともにできない国が、自国の学院の素晴らしさをどれほど力説したところで、誰も信用しないだろう。知の国だと名乗って傲慢にしていては、誰も知性など認めてはくれない。

 結局のところ、自分達の国が何によって成立しているかを上から下まで全員が知りつくしているが故に、あまり無様な真似は出来ないのが、ローレンの長所であると同時に限界なのかもしれない。

 己が国に対する誇りとそのよって立つ基盤に対する自負、そして知の神・ダルジャンという物差し。それにより紙一重のところで完全な腐敗を免れている、それが今のローレンという国である。







「聞いた通り、居心地のよさそうな宿ね」

「せやな。なんちゅうか、ものすごく落ち着いた空気があるわ」

 賢者の鐘亭に対する真琴の感想に、宏が同意する。歴史を感じさせる落ち着いたたたずまいは、日本の古い旅館に通じる居心地のいい空気を醸し出していた。

「ねえ、春菜。宿代っていくらだった?」

「朝晩が付いて一人一泊二十五クローネ。確かにちょっと高いけど、長期逗留が出来ないほどでも無い、かな?」

「五級の平均収入なら、一回の依頼で一カ月ぐらいは泊まれるぐらいか」

 春菜の答えを聞き、ざっとどんなものかを頭の中で計算する真琴。なお、ローレンの通貨はファーレーンと同じ。これは、ファーレーン建国後に建国王の仲間であった賢者が学院を作ったためで、ファーレーンからあれこれ支援を受けた結果、そのまま通貨も同一になってしまったのである。

 なお、ローレンの基本通貨はクローネとチロルではあるが、距離が近いフォーレのドーマ通貨は特に両替せずとも使える。レートがほぼ同じだというのが強みだろう。

「ルーフェウスは鴨とか雉の料理と淡水魚の料理が名物なんだって。あと、大草原で獲れるニドレードって言う大きなシカのモンスターが、この地域の高級食材だって言ってた」

「ニドレードか。聞き覚えがないが、真琴は?」

「あたしも。ポメとかと同じで、ゲームじゃいなかったモンスターなんじゃないの?」

「お前や春菜が知らないんだったら、そうなんだろうな」

 春菜が持ち込んだ情報をもとに、そんな推測を立てる達也と真琴。これまで知らないモンスターは大抵よく分からない生き物だったが、今回は割合まともそうである。

「とはいえ、少なくとも今日明日、余裕を見て明後日ぐらいまでは狩りに行くのは厳しいか」

「そうね。何か、連絡が来るって言ってたし」

「行き違いになると面倒だしな」

 門番から聞いた話を思い出し、小さくため息をつく達也と真琴。これまで滞在した国や地域では、大抵最終的には王家や行政の中枢とそれなりに深く関わってきた。現時点では接点が少ないフォーレ王国にしても、地味に王家からはかなり気に入られてる節があり、今後関わりを断ち切ることは不可能だろう。

 それらを考えると、行政組織が接触に来ること自体は、ある程度覚悟は決まっている。覚悟は決まっているのだが、流石に到着してすぐ接触を求められることになるのは想定外であった。

「とりあえず、チェックインも済ませたことだし、冒険者協会と役所に届け出を出して来ようかと思うんだけど」

「そうだな。どうせ全員明日には手続きを済ませておく必要があるし、早いに越した事は無いな」

 春菜の提案に頷く達也。狩りなどに行くのは厳しいにしても、流石に今日すぐに接触があるとも思えない。

「達兄、春姉。手続きに行くのはいいとして、昼ごはんどうする?」

「協会あたりで、美味い店を聞くか」

 澪の問いかけに、とりあえず無難な提案をする達也。ここで食べていく選択肢もあるが、流石に昼食には早い。

「役所と協会の場所は、分かる?」

「うん。ちゃんと確認しておいたよ」

 真琴に聞かれ、春菜が問題ない事を告げる。恋愛脳になっていてたまにとんでもない大ポカをやらかすが、基本的に春菜はこういうことにはそつがない。今回も、聞いておきたい事は大体確認を済ませてくれているようだ。

「大通り沿いにあるから、ここからはそんなに遠くないみたい。役所とは反対方向になるから、両方で用事を済ませれば、ちょうどお昼ぐらいになると思う」

「せやったら、飯食うたあとにそのまま観光するんもありちゃうか?」

「そうだね。ついでに、拠点にする物件の目星もつけちゃおうよ」

「それもありやな。三日ほどは今の宿から動けんにしても、物件探ししたらあかんっちゅう訳やないし」

 トントン拍子に初日の予定が決まって行く。長期滞在のための拠点探しもこれで五回目ともなると、いい加減手慣れてくるようだ。

「で、昼はそれでええとして、夜中どないしたもんやろう」

 日中の予定が決まったところで、唐突に夜の話を始める宏。

「夜中って何よ?」

 微妙に嫌な予感がした真琴が、宏を問い詰めに入る。

「いやな。ちょっと鉢植農業はまずいかなあ、思ったんやけど」

「そう言うのは、拠点に移ってからにしなさい」

「やんなあ……」

 宏の言葉を即座に切り捨てる真琴。流石に、宿の中で作物が突然変異を起こした日には目も当てられない。

「材料あるし、スケープドールでも作っとくか? いや、それよりも春菜さんのために、そろそろベヒ革のマントをちょっとこだわってみるか……」

「……ねえ、宏。何もせずにおとなしくするって選択肢は?」

「何も作らへんかったら、暇でしゃあないやん」

 宏のつぶやきに突っ込んだ真琴は、返ってきた言葉に思わずめまいを覚えそうになる。今まで碌でもない物を作り続けた理由の大半が、単なる暇つぶしなのは勘弁願いたい。

「せや、やろう思って忘れとった事があるやん」

「忘れてた事?」

 何かを唐突に思い出した宏に、首をかしげながら確認する春菜。突っ込み役の真琴が余りの理由に戦闘不能になっているため、代理で質問をしたのだ。

「いやな。そろそろコーラとか恋しなってきたから、使えそうな材料もあるし頑張って再現したろうかなあ、って」

「あ~。そう言えば飲み物関係はお酒以外、あんまり手をつけてなかったよね」

「せやろ?」

 宏が出した物品に、地味に納得する一同。酒は日本酒から焼酎、ドライビールまで、日本で好んで飲まれていたものの再現は随分進んでいるが、清涼飲料水はそれほど触っていないのだ。

 何故清涼飲料水はさほど開発に力を入れていなかったか。理由は簡単で、美味しい果物がいくらでも安く手に入るため、それで作ったフレッシュジュースでなんとなく満足していたからである。

「で、コーラって、どっち? コ○? ペ○シ?」

「まずは両方やな。他にもメッ○ールにドクター○ッパーあたりは鉄板やろう」

「罰ゲームに、温いのを飲ませるんだっけ?」

「せやで」

 宏と春菜の会話に、思わずげんなりした顔をしてしまう達也と真琴。妙な飲み物も好む澪だけが、表面上は平常運転である。

「とりあえず、まずそこから行くのはやめないか?」

「何で、定番やん」

「いや、定番だからこそ、と言うべきか……」

「せやったら、不味いと評判のあれこれから優先しよか?」

「せんでいい……」

 達也の突っ込みに、とことんまで碌でもない事を言い続ける宏。これはしばらくは、あれで何な飲み物を試飲し続けることになるかもしれない。

「師匠、達兄。とりあえず、早く行こう」

「……そうだな」

「夜の事は夜に考えるわ」

 澪に催促され、話を切り上げる宏と達也。ようやく部屋を出た一行は三十分ほどで冒険者協会と役所での用件を済ませ、ルーフェウスの美しい街並みを限界いっぱい堪能しきるのであった。

 なお、昼食はお勧めの店で雉肉のパイとルーデル湖の魚のグリルを味わい、評判通りの味に大変満足していた事をここに記しておく。







 ルーフェウス学院の貴賓室。

「アズマ工房一行が到着したとの連絡が入りました」

「そうか。ファーレーンから聞いた予定通りだな」

 ローレン王と学院長がさまざまな打ち合わせをしているところへ、待ち望んでいた連絡が来た。時間で言うなら、宏達が賢者の鐘亭に到着した頃である。

「ファーレーンの国王陛下やダールの女王陛下などからお話を伺った時には半信半疑でしたが、本当に到着するとは……」

「まあ、良いではないか学院長殿。その前提で進めていた準備が役に立ったのだから」

 予定通りではあるが予想外だった報告に、少々複雑な表情を浮かべつつそんな会話をする王と学院長。

「それで、宿泊先は決まっているのか?」

「まだ連絡は届いておりませんが、門番は賢者の鐘亭を紹介したとの事です。また、落ち着き先が決まったら、すぐに役所か冒険者協会に届けてほしいと頼んだそうです」

「そうか。彼らが頼みを聞いてくれたのであれば、遅くとも明日中には我々の元に連絡が来るだろう」

 連絡係の言葉を聞き、頷きながらそう独り言をつぶやく国王。

「連絡、ご苦労だった。下がっていいぞ」

 王の言葉に一つ頭を下げ、礼儀正しく退室していく連絡係。それを見送った後、小さくため息をつく国王と学院長。

「可能な限り手土産を用意したが、彼らは我々の頼みを聞き入れてくれるだろうか……」

「何ともいえぬところでしょうな」

 国王の妙に弱気な発言に、こちらも微妙に弱気な返事をする学院長。即位してまだ三年目、実質的に王としての権限を使えるようになってまだ数カ月の若い国王だけに、自身のあれこれにまだまだ自信を持ち切れていない様が見え隠れしている。

 もっとも、今回の件に関しては、それを窘めるべき学院長もかなり弱気である。何しろ、行動原理がいまいちよくわからない集団だ。ローレンの今後のためにも実績がなくて苦しんでいるこの国王のためにも絶対に関係を結んでおきたいが、そのための餌として準備したものが十分かどうにも確信を持てないのである。

「それにしても、学院長とフルート教授が今回の計画に賛成するとは思わなかったな」

「ルーフェウス学院も、ここ百年ほどは研究の停滞が目についておりますからな。しかも、直近の五年は新たな研究成果として発表できるものが何もないとあっては、何らかの荒療治は必要になってきましょう」

「その結果、自分達の研究が全否定される可能性があっても、か?」

「根拠があってのそれを恐れるような研究者など、研究者として失格です」

 若き王の言葉に、厳しい表情でそう言い切る学院長。世の中、どう頑張ったところで絶対無駄になる研究は出てくる。何一つ役に立たずに終わった研究など、枚挙に暇がない。その無駄を恐れるようでは、新たな成果を上げる事は出来ないのだ。

 むしろ研究というものは、失敗して何ぼ、無駄を出して何ぼである。

「こちらはそれでいいとして、彼らが我々の頼みを引き受けて、こちらが用意した以外のメリットがあるのかな?」

「何とも言えませんな。彼らの目当てが大図書館である事は分かっておりますが、大図書館を利用する権利は万人に与えられております。それ以外については、下手をすれば彼らの方が優れている可能性があります」

「むしろ、それぐらいの前提でいた方が無難かもしれないな」

「本当に、頭の痛い話ではありますが」

「願わくば、我々の頼みを聞き入れて学院に誰かを通わせる事で、彼らにもなにがしかメリットがあればいいのだが……」

 国王の願いに頷く学院長。いまだに学術研究及び教育に関しては世界最高を維持しているルーフェウス学院だが、残念ながら現在退潮傾向がはっきりと出ている。そこに明らかにオーバーテクノロジーといえる技術を持つ集団から人が入ってきても、得るものがないかもしれない。

 そんなローレンだけが得をするような、一方的な関係では続かない。

「何にしても、早めに接触するに越した事はありませんぞ」

「ああ。今日到着して今日というのはあまりに礼を失するが、かといって会いたいから滞在先を教えてくれと言っておいて一週間も二週間も放置するのも失礼だし、そもそも手土産の意味が無くなりかねない」

 たかが民間の工房主に会うだけで、過剰な気の使いようを見せる国王。だが、確固たる権力基盤を持っているとは言い難い、どころかむしろまともな権力基盤を持っていないと言い切れる彼にとって、西部三カ国が取りあいをしている組織のトップと接触するのは、それだけ神経質になる必要があるのだ。

 もっとも、即位して三年目の王がまともな権力基盤を持っていないことなど、ローレンでは珍しい事ではない。何しろ、ローレンの公王選は、候補者が基本的に政治にかかわった事の無い人間ばかりになるのが普通だ。しかも、選挙で選ぶという建前上、先代が在任中に色々仕込んだり、権力基盤の移譲を進めたりといった事がほぼ不可能なのだから、むしろまともな権力基盤を持っているのは、高確率で特定の勢力・派閥と癒着していると言ってしまえる。

 その権力基盤と経験のなさを補うために、元老院や長老会議といった影響力はあるが政治の一線から退いた年寄り達が後ろ盾となり、二年ほど国王としての権力を制限する代わりに政治のイロハから何から何まで実地で仕込むシステムになっている。

 この期間に起こった不都合や問題に関して王の責任は問われない代わり、目覚ましい成果を出しても実績とはカウントしてもらえないため、現王のように見習い期間が終わったばかりの人間は、通過儀礼として実績がない事を理由になかなか言う事を聞かない家臣たちをまとめるのに苦労することになる。

 そんな彼にとって、凄まじい影響力を持つアズマ工房との交渉は、どれほど下準備をしたところで自信を持って挑めるようなものではない。それと同時に、実績のなさによって色々な問題に手こずらされ、もはや王としてやっていく自信を完全にへし折られかけている彼にとって、目に見える明確な実績となるアズマ工房との協力関係の構築は、是が非でも成し遂げたい事柄なのだ。

 三つの国を巡っているうちに、いつの間にやら非常に影響力を持つ組織になってしまったアズマ工房。その認識が無いのは当の工房に所属している人間だけだったりする。

「とりあえず、明日だな。朝食が終わったぐらいの時間を見計らって、使者を送ろう」

「それが無難でしょうな」

「使者の人選もしっかりしておかねばな。間違っても高圧的に出るような愚か者を送り込む訳にはいかん」

 何処までも腰が低い国王に、思わず内心で苦笑する学院長。そのまま昼食の時間まで、明日の事も含むあれこれの打ち合わせは続くのであった。







「ハニー達が到着した模様」

『そうか。ローレンの状況は?』

「事前に聞いていた通り。ダールと違って、貴族達も議員達も大人しい感じ」

『一応知の国を名乗っているプライドはあるようだからな』

 レイニーの報告を、特にこれといった感想を抱く様子も無く聞き流すレイオット。残念ながら、現段階では特筆すべき内容が何一つない。

『学院は?』

「噂レベルだけど、学院長を頂点にした改革派が保守派を無視して強硬策で改革を進めようとしているらしい」

『あそこの内部抗争も、結構長いからな。いい加減そろそろ、なにがしかの動きは出て来て当然か』

「あと、バルドとかが活動してる形跡は無し」

『ローレンは、フォーレとは違う意味でバルドが動きにくい国だからな』

 レイオットの言葉に、首をかしげるレイニー。バルドが動きにくい理由がピンとこなかったのだ。

『ローレンは、上から下まで個人の利益誘導のための賄賂や接待の類、いわゆる袖の下を病的に嫌うからな。あることない事吹き込んでろくでもない事を囁くにも、最初の接点を持つのが非常に難しい』

「それ、社交とかは無いの?」

『そういう場では、金銭や権益が絡む話は一切しないのがルールだ。それに、ファーレーンやダールの社交界と違って、パーティなんかで悪口や噂話を囁き合って誰かを貶めるようなやり方をすると、そいつの方が軽蔑されて排除される。相手を非難するには、客観的かつ決定的な証拠を求められる、実に面倒な国柄だ』

「そのあたりに関する交渉は、どうやってるの?」

『普通に堂々と会議をやっているらしい。無論、表ざたに出来ない種類の秘密会議なんてものもあるだろうがな。あと、あくまで嫌うのは袖の下だから、外交のための接待や贈り物、国や地域の利益を得る目的で、特定の個人や組織を招き入れるために、待遇面の優遇や贈り物をするのはそれほど反発は無い。トラブルに対する謝罪や恩を受けた時の感謝のための手土産なんかの、いわゆる礼儀に関するものも特に問題視はされない。要は、理由を公開した上で公序良俗に反しない内容を堂々と行う分には文句を言われない』

 レイオットの説明を聞き、非常にめんどうくさそうな顔をするレイニー。道理で、いまいち情報が集まりにくい訳である。

 無論、人間である以上、噂話や悪口を一切言わない訳ではない。後ろ暗い金の動きが無いことなどあり得ない。だが、それを社交界や議会などの公の場に持ち込むことを恥とする文化なのだ。

 まあ、その分、酒場などの私的な空間では、悪口や流言飛語のオンパレードだったり、口止めのために金出したり奢ったりするのが日常茶飯事だったりするのだが。

「ハニー達も、ちょっと勝手が違って苦労するかも?」

『まあ、あいつらの場合、利益誘導というよりやりたいようにやった結果が双方にとって莫大な利益を生んでいる訳だから、特に問題になることもなさそうではあるがな』

「何にしても、面倒くさそうな国」

『他所の国の人間から見れば、故郷以外はどこの国も面倒くさく感じるだろうよ』

 レイオットの妙に説得力のある言葉に、今まで自分が活動してきた国を思い出して納得するレイニー。確かに、どこの国もファーレーンに比べて面倒くさかった。

『何にしても、ローレン王家とルーフェウス学院が連中に接触するのだから、そちらも色々騒がしくなるだろう。引き続き、情報収集と連中のサポートを頼む』

「了解」

 レイオットの命令に頷き、定時連絡を終えるレイニー。まともに学院で何かをしているところを想像できない、などと考えつつ、どう言う形で何処に潜り込むべきかを検討する。

 宏達のルーフェウスでの初日は、そんな嵐の前の静けさのような形で過ぎ去っていくのであった。
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