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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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第7話

「練って混ぜて、まぜるんば。混ぜて混ぜて、まぜるんば」

 おやつの時間。今日はどんなものを出してくれるのだろうかとわくわくしていたエアリスの前に出てきたのはいくつかの怪しげな粉と水に、魔女の扮装をした胡散臭い老婆であった。

「まぜればまぜれば、まぜるんば」

 ぽかんとしているエアリスの目の前で、妙な歌を歌いながら手際よく粉を水で溶いて混ぜ合わせ、練り上げていく老婆。練っていくうちにゲル状の微妙な何かが出来上がっていく。ところどころ妙な効果音が入っているところが、とことんまで怪しい。

「混ぜればおいしい、まぜるんば!」

 妙に気合の入った宣言とともに、混ざりきって完全にゲル状の何かになったそれを口に運ぶ。正直なところ、疑問と言うか突っ込みどころが多すぎて、どこから手をつけていいのか分からないのだ。そもそも、この目の前の老婆は何者なのか。今の寸劇に何か意味があるのか。第一、あの怪しい色合いの何かは、本当に食べて大丈夫なのか。

 疑問は山ほどあり、突っ込みたい事はいくらでもあるが、育ちが良くて基本的に大人しい性格のエアリスには、突っ込みを入れていいのかどうか、判断がつかなかった。

「何やってんのよ、あんた達……」

 困惑のあまりフリーズしていたエアリスを救ったのは、外出から戻ってきた真琴であった。おやつを用意してあると聞いて、折角だから御相伴にあずかろうと入ってきたら、丁度オババが練っている途中だったのである。因みに、昨夜からずっと真琴と一緒に行動しているレイナは、何とも言えない光景に反応を決めかねている。

「何って、まぜるんばやけど?」

 謎の効果音を入れていた宏が、しれっとそんな返事を返す。ちなみにまぜるんばとは、知育菓子と呼ばれる化学反応を利用した怪しげなお菓子のうち、彼らの世界で一番ポピュラーなものである。その食感はムースに近いもので、見た目ほど怪しいものではないのだが、謎の粉末を混ぜ合わせるというそのシステムから、とかく不信感をもたれがちな代物でもある。

「それは分かってんのよ。なんでまぜるんばなのよ? しかもわざわざ達也にそんな扮装させて」

「そんなもん、日本の伝統的な知育菓子やからに決まってるやん。やっぱり日本を知る上で、一度はこのネタを見とかなあかんで」

「答えになってない……」

 何をどうすればそれが回答だと認められると思ったのか、小一時間ほど問い詰めたくなる宏の答え。それを聞いて、思わず疲れたように椅子に座りこむ真琴。その真琴の前に、同じように怪しげな粉を並べていく宏。ちなみに言うまでもないが、達也がやっていたのは、まぜるんばのCMの扮装である。彼が扮していた老婆はまぜるん婆という名前があり、粉を混ぜて練るのが趣味というよく分からない設定が存在する。

「……何が悲しゅうて、ウルスでまぜるんばを食べなきゃいけないのよ……」

「溝口さん、そろそろ日本の食べモンが恋しい頃やろ?」

「真琴でいいって。って言うか、溝口って呼びすてにしたり、フルネームで呼んだり、虎大砲とか言ったりしたらマジですりつぶすからね」

 彼女は思春期の頃、とある格闘ゲームの復刻版が発売された事により、名前を散々からかわれた経験がある。その時のトラウマから、自分の名字とフルネームが嫌いだったりする。

「あと、まぜるんばは別に恋しくない。と言うか、こんな体に悪そうなもの、エルに食べさせようとしないの」

「誤解があるようやけど、体に悪いもんは一切入ってないで」

 真琴の突っ込みに反論した宏の言葉に、驚いたように視線を集中させる真琴と老婆こと達也。その態度に苦笑しながら、からくりを説明する宏。

「これな、牛乳の凝固反応を利用してるねん。で、今回はやらへんかったけど、色変わるバージョンのは、要するにリトマス紙の反応をつこてるんよ。天然の色素の中には酸性もしくはアルカリ性に反応して、リトマス紙みたいに色が変わる奴は珍しくないんやで」

「そうなのか?」

「うん。代表的なのが紫キャベツの色素やな。これなんか、教科書に出てくるほどメジャーやし。あと確か、アジサイの色なんかもそうや。あれは土壌が酸性かアルカリ性かで花、っちゅうか、がくの色が変わる。他に、なんやったかは忘れたけどなんかの果物の果汁をつこたゼリーに、レモンの果汁をたらして混ぜて色を変える、っちゅう食べ方をしとったで。そもそも、食材自体、必ずしも中性やないし」

「にしても、わざわざこんな微妙なものを苦労して再現しなくても……」

「ええやん。これぐらいの遊び心は、人生渡っていくのに必要やで」

 宏の言葉に、苦い顔をする真琴。宏の場合、と言うか、宏と春菜の場合、その遊び心とやらで無制限に脱線しそうな雰囲気があるのが問題なのだ。特に宏は関西人故か、女子の会話とはまた違った形で脱線するタイプである。その上、厄介な事にこの男、世界でも指折りの職人であり、物資面では完全にこいつに牛耳られている。幾分劣るとはいえ澪もトップクラスの生産能力を持ってはいるが、残念ながらこのヘタレの弟子である以上、こいつが暴走した時に止めてくれるとは思えない。

「……わわ、わわわ」

 反論する言葉に悩んでいた真琴の耳に、なんだか妙に感動したようなエアリスの声が届く。

「……エル、素直なのは美徳だけど、もうちょっと警戒しなさいよ」

 目をきらきらと輝かせて粉を練っているエアリスに、疲れたように突っ込みを入れる真琴。正直、突っ込みの手が足りない。と言うか、達也がボケの方に回ったのが、予想外だったのだ。昨日話し合いをした時には、すぐに脱線しかかる宏達に突っ込みを入れて修正する側に回っていたので、正直油断していた。普段はどちらかと言うと突っ込み側のエアリスも、宏達が作る食べ物が絡むとボケに回る傾向があるのが、頭が痛いところである。

「達也も、わざわざ悪乗りして付き合わないでよ」

「いや、オババだったらこれをやらにゃ、と言われてつい、な」

 達也の返答に、何度目か分からないため息を漏らす真琴。言われてみればこの男、ゲーム時代は気合の入ったロールプレイをやっていた人種だ。流石にこの種のネタをちらつかされれば、食いつかずにはいられないのだろう。

「何ぞ、えらい不本意そうやな」

「あんた達が気合入れて稼いでたのって、工房が欲しかったからでしょ?」

「せやで」

「なのに、折角手に入れた工房で、真っ先に作ったのがまぜるんばって、どうなのよ……」

「人生、そんな事もあるって」

 真琴と距離があるからか、やけに余裕たっぷりにのらりくらりとかわす宏。いっそ距離を詰めてやろうかと思うものの、この程度の事で、わざわざ相手の致命的な弱点をえぐるのも趣味が悪い。そもそも、レイナがそれをやらかしてからまだそんなに時間が経っていない。自分までやらかしてしまえば、何のためにレイナの寝床を引き受けたのか、分かったものではない。

 そういうところを見透かして悪ふざけをするあたり、割と余裕というべきか、やることがヘタレくさいというべきか。なんにせよ難儀な男ではある。

「もういいわ……。今日のところは、これで我慢するわよ……」

 そう言って、粉を混ぜ合わせる作業に入る真琴。戸惑いながらも教わった作業手順を踏み、面妖な反応を示す生地に唸るレイナ。練ってる最中に帰ってきた春菜と澪が、

「わあ、懐かしい!」

「ボク、これやった事無かったの」

 こんな感じでやたら楽しそうに粉を練り始めたのが、妙に疲れを増幅させる。何年かぶりに食べたまぜるんばの味は、正直微妙であった。







 宏達が奴隷商を捕まえた報酬に得たのは、メリザが持っていた大型の住居付き工房であった。正確には貰ったのではなく、賃料なしで貸してもらっているのである。なお、ファーレーンをはじめとしたほとんどの国において、現在奴隷の所持、及び売買は違法であるため、そっち方面の報奨金も貰っている。

 元々、三年ほど借り手がおらず、取り壊して別の建物にしようかと検討していた物件らしく、たまに無料で注文に応じていろいろ作ってくれればいい、と言う条件で、依頼の報酬として宏達に貸与してくれたのだ。たまに無料で仕事をする、という条件は宏たちの側から言い出したことで、どのぐらいまでの仕事を最大でどれぐらいの頻度で、というのも一応決まっている。

 なお、真っ先に出た注文が、等級外ヒーリングポーション二百本材料持ちで、だったのは、春菜がポーション調合の練習中だと知ってのことだろう。ぶっちゃけこの広さの工房だと、それだけあっても一カ月分の地代、その税金分ぐらいにしかならない。

 とはいえ、薬の販売ルートを持っているわけではない宏たちの場合、春菜が練習で作った等級外ポーションを、税金代わりに持っていかれてもまったく損はしない。薬の類はどこの国でも、特別な許可を得なければ売買出来ない。屋台で売るなどもってのほかで、冒険者も含む一般人は基本的に、販売許可を受けた商店か冒険者協会から以外は購入できない。例外的に、宏たちがクルトに毒消しを与えたケースや、自分で作った薬を使う場合などのように、個人間で自己責任で譲渡、使用をすることは黙認されている。

 仮にメリザから所有権を譲られた場合、税金分を自力で稼ぐ必要があるわけだが、冒険者協会が買取をしていない等級外ポーションの場合、結局メリザに買い取ってもらうことになるわけだから、二百本では足りないことになる。それに、今回改装は自分達でやるが、ある程度の保守管理はメリザが無料でやってくれることになっているため、その分を考えれば宏たちは十分に得をしている。メリザの側も、宏の規格外の製造能力をある程度利用できるのだから、家賃が入ってこないことぐらいは何の問題もない。

 なお、舞台裏では、お互いに相手の利益を大きくしようとするという、商人と冒険者の間では普通あってはいけない種類の駆け引きが行われていたことは、言うまでもない。

「僕の体は一つしかない訳やけど、まずどっから手をつけようか?」

 引っ越し作業や最低限必要な物の買い出しなどが終わり、全員が落ち着いたところで話を切り出す宏。因みに、今囲んでいるテーブルは、もともとこの工房の食堂に残っていた、大人数で食事ができる大きなものである。

「どこからって?」

「装備周りのための設備、具体的には溶鉱炉とか織機、作業台なんかを優先するか、それとも台所回りをはじめとした居住環境を充実させるか」

 宏の言葉に、考え込む春菜。他のメンバーも、悩ましそうな顔である。

「澪ちゃんは、どれぐらいできるの?」

「家具は十分なレベルで作れるけど、この規模の建物やと、増築とか改築とか言うのはちょっと厳しかったはずや。機材にしても、あんまり無茶は出来へん」

「大工は中級に入ったところ。どうにか掘っ建て小屋よりまし、程度の家を設計・建築できるくらい。道具作成は、溶鉱炉の改造とかは無理」

 宏と澪の返事に、ふむふむと頷く春菜。

「多分、台所を一番使うんは藤堂さんやと思うけど、システムキッチン的な感じの奴があった方がよくない?」

「システムキッチンまではいらないけど、流石に今まで使ってたものに比べれば、確かに不便だよね」

「ほな、まずはそこからやな。あと、水回りいじるんやったら、風呂の改装もやってしもた方がよさげ?」

 宏の質問に、女性陣が一斉に真剣な顔をする。風呂文化が結構発達しているファーレーンでは、入浴設備と言うのは結構重要な問題である。

「その顔やと、がっつりいじった方がよさそうやな。やっぱり、女の子が全員一回で入れるぐらいがええ?」

「大きいお風呂があるのは、いい事だよ」

「ほな、すぐにお湯を沸かせる設備もあった方がええな」

 そう言って、ざっと図面を起こす。十人ぐらい同時に入れるなかなか大きな浴槽に、十組程度の蛇口とシャワー。今ある風呂も貧弱と言う訳ではないが、こんな大きな風呂を作れるほどの面積は無かったはずである。

「これ、どうするの? 今のお風呂、こんなに広くないよね?」

「ボイラーを魔道具に置き換えるから、そのスペースも組み込めばどうにかなると思うで。まあ、脱衣所も拡張せなあかんから、多少中の間取りも変わるけど」

「大工事になりそうだが、大丈夫なのか?」

「まあ、三日ほどでどうにかするわ」

 三日で何とかできるんだ、と言う春菜のつぶやきに苦笑する宏。そのまま話を続ける。

「後は家具の類やけど、これは澪に丸投げな。当面は真琴さんとおっちゃん、兄貴、リーナはエルの護衛しながら交替で建材の買い出し。藤堂さんは僕か澪の手伝い。出来れば意見ちょうだい」

「了解。それはそれとして」

「ん?」

「真琴さんも澪ちゃんも名前呼びなのに、どうして私だけ藤堂さんのままなのかな?」

「下手に名前呼びで慣れてしもて、向こうに帰った時にその呼び方が出たら、いろいろまずそうな予感がするねん」

 宏の言葉に、思わずため息を漏らす春菜。心当たりがものすごくいっぱいある。が、ぶっちゃけると、ある意味手遅れだとも思う。向こうに帰るのに何年かかるのか、帰った時にどういう立場になっているのかは分からないが、仮にこっちに飛ばされた直後まで時間を巻き戻したところで、この記憶が残っているのなら、自分が馴れ馴れしい態度で接してしまうのは目に見えている。

 いろいろ器用で我慢強い春菜だが、事、人間関係においては、仲良くなった相手と喧嘩している訳でもないのに距離を取ってよそよそしく接する事が出来るほどには、自制心は強くない。必要以上に踏み込まず、物理的にも精神的にもあまりべたべたしないタイプの春菜ではあるが、実際のところ、結構寂しがり屋なのだ。TPOをわきまえる事ぐらいはするが、クラスメイトと裏でこそこそ付き合うなどと言う真似は、正直言って苦手である。女性恐怖症で目立つのが嫌な宏には悪いが、別に悪い事をしている訳ではないし、男女付き合いと言う訳でもないのだから、春菜としては堂々と友達付き合いをしたい。

 因みに澪の呼び方が名前を呼び捨てなのは、弟子を名字で呼ぶ微妙さに双方が耐えられなかったため、自然とそうなっただけで、特に他意は無い。そもそもゲーム中と違い、今現在は弟子といえど女と分かった以上、宏が澪と物理的に接触できる距離に近付く事はほぼない。

 達也を兄貴と呼んでいるのは、昨日一晩男同士の話をした結果、なんとなく兄貴と呼ぶ関係になっただけである。言うまでもなく、宏は性癖的にはノーマルなので、どっちかと言うと近所のお兄さんを兄貴と呼んでなついている感じである。

「それ、いろんな意味で手遅れだと思うし、なんか私だけ距離を取られてるようであんまりいい気分じゃないから、諦めて春菜って呼んでよ。私も宏君って呼ぶから」

「ハルナ様は先日、ヒロシ様をそう呼ばれていたような気がしますが……」

「あの時は勢いで」

 春菜とエアリスのやり取りを、怪訝な顔で聞いている宏。実際のところ、目の前でばっちり叫んでいるのだが、完全にグロッキーになっていたため、記憶が飛んでいるのである。

「で、それでいいかな、宏君?」

「……まあ、ええけど」

 その返事に、よし、と拳を握り締める春菜。

「で、ストロベリーな話は終わり?」

「いちゃつくのなら、他所でやってもらえないか?」

「いちゃつくとか、そんな度胸はあらへんで」

「今の、どこの成りたてカップルか、みたいな会話だったじゃない」

「藤堂さん、やなかった、春菜さんに言うてや」

 心底嫌そうな宏の言葉に、なんとなく生温い視線を向けてしまう一同。まかり間違ってこの男に惚れた女は、要らん苦労をたくさん背負いこみそうだ。女性恐怖症と言う特性と本人の性格に加え、不細工ではないが女性に受ける外見ではない事もあって、おそらく浮気は大丈夫だろうと言うのがせめてもの救いか。

「まあ、話を戻すとして、じゃ」

「今日はこの後、どう動くつもり?」

「僕は今まで使ってた機材で台所を仮改造するから、春菜さんと真琴さんか兄貴で適当に食材買い出ししてきて。おっちゃんとリーナさん、澪は建材その他の調達をできる範囲で。悪いけど、エルはここに居残り。あと、時間があったら風呂の撤去までやってまうから、今日は公衆浴場行ってきて」

「了解。買い出しはあたしが行くから、達也は残って」

「分かった」

 分担を決め、さっさと行動に出る。この日の夕食は大きな土鍋を使った、肉と野菜たっぷりの蒸し鍋であった。







「さて、ここで問題や」

「何?」

「蜘蛛の糸がな、そんなにぎょうさんは無いねん」

 宏の言葉に言いたい事を察し、ため息が漏れる春菜。

「それがどうかしたのか?」

「服がな、上下のセットを五枚か、よういって六枚しか作られへんねん」

「だから、それがどうかした、って、ああ、そう言う事か」

「うん。メンバー全員分は作られへん。元々フリーで動けてた真琴さんはともかく、エルにおっちゃんにリーナさんは、間に合わせの服でうろうろさせてるからなあ」

 宏の言葉に、思わず唸りそうになってしまう一同。元々、二人分しか考えていなかったのだ。一人三着ずつ、ある程度着回しができるようにバリエーションをつけて、と言う予定だったところに一気に五人も人が増えたのだから、予定が狂った宏が悩むのも仕方がない。

「とりあえず、カムフラージュもあるから、元々の予定通り、一着は僕と藤堂さん、やなくて春菜さんの作業着を作らせてもらうとして、他をどうするかやな」

「だとしたら、二着はそちらの二人に譲るとして、一着はエルに回してくれんか?」

「そんでええん?」

「儂らは着たきりすずめにも慣れておる。それに、主を差し置いて、儂らだけいいものを着る訳にも、な」

「部下にええ装備を回す、言う考え方もあるで?」

 宏の言葉に、苦笑しながら首を横に振るドーガ。いい装備、などと言っても所詮は服だ。確かに幾重にもエンチャントを施せば、下手な革鎧よりは強くなろうが、それでも金属鎧ほどの効果は見込めまい。ならば、元々服しか着れないエアリスに回すのが筋だろう。

「材料をもう一回取りに行ったりは出来ないの?」

「出来るで。ただ単に、行って集めて帰ってくるんに、三日ぐらいかかるだけの話やし」

「だったら、メンバーを分けて行けばいいんじゃない? 折角人員も充実したんだし、さ」

 真琴の指摘に少し考え込み、メンバーの反応をうかがう宏。どうやら、三日ぐらい宏が不在になる事について、現時点で問題がある人間はいないようだ。

「それで問題ないんやったら、風呂の改装が終わったら行ってくるわ。何ぼ何でもまだピアラノークも復活してへんやろうし、今回はそこまで戦闘能力は要らんやろう」

 宏の言葉に頷く一同。なお、この手のボスは、基本的に瘴気を大量に吸って突然変異した個体なので、いくら倒してもそのうち復活する。とは言え、流石にゲームと違い、一カ月や二カ月で復活する訳ではない。また、どういう訳か、一定範囲ごとに一種しか突然変異する種族はいないので、今から行けば、まだ巨大なだけの普通の虫しかいないだろう。

「じゃあ、誰が行く?」

「見張りの事も考えたら、最低でもペアで行くべきじゃろうな」

「ごめん、私ちょっとパス。あれはあまり触りたくない感じ」

「人足と火力、で考えるなら、俺と真琴が行くのがいいんじゃないか?」

「そんなところじゃろう」

 そんな感じで役割分担が決まり、風呂が完成した翌日に出発する事になったのだが、帰ってきた真琴いわく

「春菜が嫌がったの、よく分かったわ……」

 だそうな。







「ふう……」

 手足を伸ばせる広い風呂につかると、疲れとともにため息が外へ出ていく。日本にいた頃には考えられない贅沢に、いろいろ弛緩していくものを感じる真琴。宏達が改装が終わってすぐに糸集めに出てしまったため、実はこの風呂は、使われるのは今日が初めてだ。みんな遠慮して、一番風呂を待っていてくれたのである。

「やっぱり、広いお風呂はいい」

「こうして皆で入るのも、気持ちいいですわ」

 体を洗い終わった澪とエアリスが、仲よく湯船につかり、仲よく話を始める。聞くところによると、澪は現在十二歳だそうだが、こうして見ると背の低さや肉付きの悪さも手伝って、二つ年下のエアリスとは年齢が逆に見える。とは言え、生まれてこのかた、ブラジャーが無くても困った事がない真琴と比べれば、少なくとも乳房らしいものが存在する澪は、十分女らしい体型をしていると言える。因みに、十五歳のレイナはバストと言うより大胸筋、と言う体をしており、真琴とどちらが女性的かと言うのは微妙なところだ。

 澪はいろんな意味で小さいが、そういう自分だって身長は百五十八センチしかない。ファーレーンの女性は平均身長百七十センチほどなので、真琴はかなり背が低い扱いになる。現時点では、どうにかエアリスに身長で勝ってはいるが、追い抜かれるのも時間の問題だろう。現在かろうじて百四十センチ台半ばに届いた程度の澪に至っては、八歳か九歳に間違われてもおかしくないぐらいだ。

 もっとも、それを言い出せばファーレーンの男性は平均百八十センチはあるので、宏は普通にかなり小柄な方に入る。もっとも、男性は女性に比べてやたらばらつきが大きく、実際に一番多いのは百七十五センチぐらいの人たちだ。それゆえに、女性と違ってチビ扱いされるのは百六十センチ台半ばぐらいから下なので、宏の方は真琴や澪ほどは目立たない。まあ、宏の場合、持っている雰囲気やら何やらのおかげで、実際より小さく見られる傾向があるが。

 因みに、助け出した時に宏や春菜がエアリスの身長を大きい方向で勘違いしたのは、服装や髪形などの印象によるものが原因だ。実際には百五十センチ台に乗ったところなので、目の錯覚で十センチぐらい勘違いしていた事になる。

「そういやさ、澪。あんた無茶苦茶痩せてるけど、向こうではちゃんと食べてたの?」

「寝たきりだったから、全然」

「寝たきりって、何でよ?」

「事故で半身不随。しかも難病持ちだったから、もともとそれほどたくさんは食べられなかった。事故に遭う前から、一年の半分以上は病院だったし」

 悪い事を聞いたかな、と、何とも言えない雰囲気の中で反省する真琴。難病と言うのがどういう類の物かは分からないが、澪の口ぶりからするに、歩けなくなる種類の物ではないのだろう。

「でも、そんな生活だったのに、綺麗な髪してる。あたしはくせ毛で色も悪いから、こういう髪はものすごく羨ましい」

「入院中は、ほとんど手入れしてなかったから、ものすごく見苦しかったけどね。しかも、自力で寝返りうてないから、変な癖がいっぱいついてた」

 最初に変な話を振ってしまったため、どこまでも病院の話題から離れる事が出来ない。とは言え実際、澪の黒髪はとても美しい。もう少し、そう、あと五センチ、できれば十センチ背が伸びて、もう少し太って健康に見えるぐらいに肉がつけば、可憐な容姿と相まって、誰もが振り向く魅力的な女性になれるに違いない。

 と言うか、澪だけでなく、春菜もエアリスも方向性が違うだけで、甲乙つけがたい美しさを誇っている。純粋に綺麗、と言うのは春菜だが、エアリスはどこか神秘的な雰囲気を持っている。エアリスが後五年か六年すればこの二人、きっと一対の美術品のような美しさを見せてくれるに違いない。片や食に無暗やたらと情熱をささげる天然ボケ疑惑で、片や出されたものを何でも喜々として食べる食いしん坊系犬属性だが、見た目にはそういう内面は出てこない。

 こうやって見ると、自分一人だけ、容姿の面で特に誇るところがない、という事実が痛い。ついでに言うと、ゲームでも現実でも、料理は卵焼きぐらいしか作れないし、裁縫とかその手の家庭的なスキルも壊滅的だ。こちらに飛ばされてすぐにドーガに拾われなければ、達也達とは別の意味で、今頃ピンチだっただろう。

「~~~♪」

 不意に、鼻歌が聞こえてくる。どうやら春菜が、体を洗いながら歌っているらしい。たかが鼻歌ですらうっとりするほど魅力的で、思わず聞き惚れてしまう三人。

「春姉の歌、凄いよね」

「まあ、スキルがあるから、当然なんだろうけど、ね」

「それが、師匠によると、リアルでもそんなに変わらなかったんだって」

 鼻歌が途絶えたところで、ひそひそとそんな話をする真琴と澪。会話の内容が理解できず、きょとんとするエアリス。そもそも、スキルなんて概念もなければこういう種類のゲームも当然存在しない彼女達が、二人の会話を理解できる訳がないのだ。そんな事をやっていると、湯に髪がつからないようにまとめ上げ、タオルで前を隠した春菜が湯船に向かって歩いてきた。どうやらほぼ同時に体を洗い終わったらしく、レイナも一緒だ。

「ん~、あ~……」

 湯船につかって体を伸ばし、そんな気の抜けた声を出す春菜。その仕草を見て、次いで彼女の胸元、お湯にぷかりと浮かぶ見事な形をした立派な二つの山に目を向ける一同。この場にいる他の四人全員を足しても全く届かないほど圧倒的な存在感を持つそれは、同性である彼女達ですら目を離せない。

「ねえ、春菜」

「ん? 何?」

「もいでいい?」

「……いきなり物騒な事を言われた気がするけど、何をかな?」

 そう言いながらも、本能的に視線を感じていた胸元を両腕でかばう。が、腕の配置が悪かった事もあり、春菜の細い腕では完全に隠しきることなどできず、何とも言えない形にひしゃげた乳肉が、かえってその大きさを誇張する結果になってしまう。しかも、下手に隠して逃げようとするものだから、変な色気を発散してしまい、逆に周囲の人間の何かを刺激してしまう。

「……春姉」

「なんか、ものすごく視線が怖いんだけど、何かな?」

「もいでいい? と言うかむしろ、もぐべきだと思うんだけど」

「だから、何故に?」

「だって、それだけあったら、つついてパワーアップする人とか絶対出てくる」

「……個人的には、そういう人とは絶対お近づきになりたくないんだけど……」

 春菜がもっともな突っ込みを入れるが、単にとなりの芝生の青さにやきもちを焼いているだけの人間に、正論でいくら突っ込んだところで意味がない。珍しく春菜が突っ込み一辺倒になっているが、残念ながら、この場には味方がいない。

「やっぱり、もがなきゃ駄目ね」

「うん。もがないと、ビーム出して誰かにエネルギーを供給したりしかねない」

「それ、明らかに人類じゃなくなってると思うんだ……」

 そんな風に突っ込みながら、じりじりと後退する。青い瞳を向けて視線でエアリスに助けを求めるが、いつもは味方するエアリスも

「まあまあ、ハルナ様。多少もげたところで、十分なサイズが残りますわ」

「エルちゃんが敵に回った!?」

 流石に春菜のサイズには、思うところがあるらしい。にっこり笑いながら、そんな怖い事を言ってのける。更に、真琴とエアリスがちらりとレイナの方に視線を送り、微妙に戸惑った様子だったレイナが、どこか覚悟を決めた感じで話に乗っかって来る。

「そもそも、剣を振るうのにそのサイズは絶対邪魔だろう? だから、やはりここは姫様のお言葉に従って、その邪魔な脂肪をそぎ落としてはどうだ?」

「表現がますます物騒に!? って言うかリーナさん、姫様って呼ぶのはNGだよ!?」

 女扱いされるのを嫌がるくせに、実はきっちり気にしていたらしいレイナ。多分、気にしているから女扱いされるのが嫌なのだろう、とはなんとなく察しているが、突っ込んだところで話がこじれるだけなので、とりあえずスルーしておく。なお、春菜は、レイナが真琴やエアリスからアイコンタクトを受けて行動している事に気が付いていない。

「他に誰も聞いていないので、別に問題ありませんわ」

「春姉、話をそらそうとしない」

「と言うか、ちゃんと固定してるからそれほど邪魔になってないし、痛そうだからもぐのは却下!」

「足元に落ちた小銭とか、ベルトのあたりとか見えなくない? と言う訳でもごう」

 どうやら言っているうちにテンションが上がったらしい。どうあってももぐ、という結論に持ち込む一同に、本気で怯え始める春菜。

「人のをもごうとする前に、自分のが大きくなる手段を考えた方が、多分建設的だと思うな、私」

「正論ですわね」

「その正論が通じるのは、成長期が残っている姫様と澪ぐらいではないか?」

「あんたまだ十五でしょ? あたしなんて二十歳過ぎてんだから、そう簡単にでかくならないわよ……」

「と言うか、師匠なら何かいい薬とか作れるかも」

「その手があった!」

 なんだか、どこから突っ込むべきか悩ましい結論を出して、湯船から出ていく真琴とレイナ。とりあえず、当面の危機が去ったことに安堵のため息をつき、もう少し風呂を堪能する春菜。因みにこの時のやり取りはばっちり宏達に聞こえていたらしく

「勇ましく出てきたところを悪いけど、やせ薬と全身整形はともかく、バストサイズだけ局所的にいじるような薬とか道具は用意できへんで」

 濡れた体を拭くのもそこそこに、異様に手早く服を着て突撃したところで、宏に先手を打たれて切り捨てられる。

「聞こえてたの!?」

「と言うか、盗み聞きしてたのか!?」

「突貫工事で改装したもんやから、どっか構造が悪かったみたいでな。あんだけ大声で騒いどったら、こっちまで音が反響して聞こえてくんねん。多分どっかの隙間がこっちにつながっとるだけやろうから、明日チェックして塞いどくわ」

 と、こともなげに言ってのける宏。その言葉を聞いてドーガと達也の方を見ると、何とも言い難い、生温い視線が。

「師匠、全身整形って?」

 どうやら、結論が気になっていたらしい。真琴達ほど大雑把ではないにしろ、割と手抜き気味に風呂上りの処理をして出てきた澪が、クエスチョンマークを大量に浮かべて質問してくる。

「課金アイテムであったやろ? 外見を再設定できるやつ」

「あ~、言われてみればあったな、そんなの。俺は外見をいじる気が無かったから、その手の外装アイテムは全然気にしてなかった。って、作れるのか?」

「作れんで。っちゅうか、材料がえぐいだけで、地味に課金アイテムも全部作れるからなあ」

 男性陣からの生温かい視線で灰になっている二人を放置し、そんな事を言っているその他の人間。どうやら澪は騒いだのを無かった事にしたらしい。正確には、それほどの音量で騒いでいた訳では無かったので、聞こえていないのだろうとあたりをつけてしらばっくれたのだ。もちろん、宏の耳には全部聞こえている。

 因みに、フェアリーテイル・クロニクルの課金アイテムはほとんど趣味的なもので、ハードルこそ高いが全てゲーム内で自力入手可能だ。しかも、外装の変更に関してはある程度限定的ではあるが、申請すれば一年に一回は無料で可能だったりする。要するに、それで満足できなくてかつ、わざわざ高いハードルを乗り越えてゲーム内でゲットしようと言う根性の無い趣味人向けなのだ。安定した収益が望める、月額課金方式のゲームだからこそのやり方と言っていいだろう。

「ついでに言うと、多分エディター画面とか出てけえへんから、全身整形の画面で胸だけでかくするとかいう考えで行動するんもお勧めできへん」

「うん、そんな気はしてた」

 宏の言葉に、風呂から上がって束ねていた金髪を下ろしながら話を聞いていた春菜が、苦笑しながら頷く。多分、イメージした通りに外見を変える、とかその類の薬なのだろう。ならば、手本なしで使えば、まず間違いなく碌な事にならない。

「そう言えば、宏君。エルちゃん達の外見をいじってる薬とかアクセって、どういう感じなの?」

「あれは、僕が勝手に外見を設定した奴や。本人らの見た目をベースに、不自然にならへん程度に顔のパーツとか配色をいじって、そう見えるように外側に幻覚をかぶせてる、言う感じやな。せやから、体格とか体型とか髪の長さとか髪型とかは、中身と同じになるようにしてある。薬の方も同じや」

「なるほどね」

 つまり、体型にコンプレックスを抱えている人間には、全く役に立たない代物だ、と言う事である。

「世の中、ままならない物だよね」

「全くもって、その通りやな」

 解説に追い打ちをかけられた二人を見ながら、牛乳片手に宏とのんきに語り合う春菜であった。







「さてと。いい加減、持ってる情報のすり合わせ、しよっか? 私、合流前の真琴さんがどういう状況だったかとか、まだ聞いてないし」

「そうだな。正直、俺と澪は現状が良く分からんから、口を挟むに挟めない」

「兄貴達の冒険者登録も済んだし、拠点の改装も最低限は終わったし、ええ加減その手の話ができるぐらいには落ち着いたと思ってええよな?」

 その日の就寝前。ドーガ達に頼んで先に寝てもらって、日本人だけで状況のすり合わせをすることにした。

「その前に、ちょっといいかな?」

「澪ちゃん?」

「さっきのお風呂の一件、リーナさんとエルが微妙に不自然だったけど、真琴姉が一枚噛んでる?」

「ああ、あれ? 半分ぐらい本気だけど、半分ぐらいはいい加減見てらんない感じだった、ってとこかな?」

 見てられなかった、と言うのは、多分レイナの事であろう。いまだにどう接していいか分からない風情で、言われた事には従順に従うが、自分の要望とかをほとんど口にしない彼女に関して、どうにもまずいものを感じていたらしい。

「やらかした事を反省するのはいいけど、当人がもう気にしてない事を過剰に気にするのは、チームの空気が悪くなるだけだから、ちょっとお節介を焼かせてもらったわよ」

「あ~、御面倒をおかけします」

「いいっていいって。そう言うのは、第三者の年長者がすることだし。達也じゃ動きづらそうな内容だからあたしがやっただけ、ね?」

 突っ込み役だからか、春菜とは違う意味でよく見て動いている真琴に、自然と頭が下がる一同。今回の件については、一方の当事者である春菜では、動くに動けなかった部分である。

「ん? せやったら、さっきの乳を大きくする、言うのんも態とか?」

「あれは二人とも、百パーセント本気」

「さいですか……」

 どうやら、春菜の乳をもぎたい、と言うのも割と本気らしい。微妙に感謝して損した、という気分になる春菜。

「まあ、そこら辺は置いといて。情報のすり合わせはいいとして、まずはどこから始める? この国についてはあたしが多分一番詳しいだろうけど、全体的な事は多分そっちの方が詳しいわよ?」

「ん~、そだね。まずはいつ、こっちに飛ばされたか、ってところから確認しよっか?」

「了解。あたしは大体三カ月前ぐらい。春菜達は一月半ほど前よね?」

「正確には四十七日、かな?」

「俺達は今日で多分十日目、ってとこだ」

 来たタイミングは、結構バラバラだ。

「そう言えば、気になってたんだけど」

「ん?」

「何?」

「あたしがいなくなってから、向こうで騒ぎとか、起こってた?」

「特には無かったよね」

「公式で、文字化けメールでクライアントが強制終了する、言うアナウンスがあっただけや」

 宏と春菜の回答に、そんなもんだろうなあ、と、なんとなく気落ちしながらも納得する真琴。だが、そこに達也が爆弾を投下する。

「そう言えば、俺が飛ばされた日、ログインした段階ではヒロが接続してたぞ」

「は?」

「ちょっと待って。真琴さん、向こうでの飛ばされた日の日付、覚えてる?」

「確か、四月二十七日だったと思うけど……」

「私たちも、四月二十七日に飛ばされたんだ。接続中だったし、リアル時計の方は見てなかったから分からないけど、ゲーム内時間は十三時三十一分五十二秒だった」

 やたら細かい数字を上げる春菜に、思わず唖然とした視線を向ける一同。

「良く、そこまで細かい時間を覚えてるな……」

「私、一度見聞きしたものは、ほとんど忘れないの。それに、あの日はちょっとトラブルに巻き込まれて、待ち合わせの時間に遅刻しそうだったから、何回も時計を見てたしね。まあ、転送ゲートをくぐる直前の時間だから、飛ばされた正確な時間かは分からないんだけど」 

 春菜の言葉に頷く宏。何秒か、と言うところまでは覚えていないが、うっすら思い出した記憶では、確かに十三時三十二分ごろだった。

「あたしはさすがに覚えてないわ」

「俺達は確か、四十分は回って無かった気がするな」

「なるほど。だとしたら、四月二十七日に文字化けメールを受け取って、その処理をせずにゲートをくぐった、もしくは転移魔法や転送石を使った、って言うのがこっちに飛ばされた人の条件なんだろうね。で、その何分か、もしくは何秒かの誤差が、何カ月かの時差になった、ってところかな?」

 春菜の推測に、同意するしかない一同。

「となると、僕と春菜さんは、たまたま下一桁まで同じ時間に転移しようとした、言う事になるな」

「うん。その一点に関しては、ものすごく運が良かったと思ってる。一人で飛ばされてたら、最初の熊で死んでた可能性もあるし」

 熊、と言う単語に怪訝な顔をする三人。その様子を見て、ここに飛ばされた直後の事を説明する。

「俺達ほどじゃないにしても、二人とも結構厄介な状況だったんだな」

「まあ、逆に言うたら、あれがなかったら春菜さんと合流してへんかったかもしれへんから、それはそれで運が良かったかもしれへんで」

「あたしは、飛ばされてすぐにドルおじさんに保護されたから、生活って言う部分での苦労は少なかったわ」

「その代わり、戦闘でこき使われてる、と」

「他にできる事もないし、そこら辺は気にしてない。リアルみたいに引きこもるよりは、よっぽど健全だと思ってるし」

 きっぱり言い切った真琴を、戦闘能力的なものとは違う意味で、強いと思ってしまう宏と春菜。不意打ちができる範囲の蜘蛛とかはともかく、まともなモンスター相手に戦うのは、二人ともいまだに怖い。いくら戦闘能力に裏打ちされているとはいえ、それを克服して積極的に討伐任務をこなせる真琴は、やはり強い女性なのだろう。引きこもりとは言っているが、買い出しやら何やらの時の態度や対応から、そこらへんもこっちの生活で克服した模様だ。一カ月半共同生活をした春菜相手ですら、緊急事態や必要な状況、もしくは何かに集中している時以外で一定以内の距離に近付くと、いまだに普通に恐怖を感じる宏とは大違いである。

「とりあえず、あたしの三カ月は、特に語るような事は無いわ。名指しの依頼って形で、ドルおじさんやレイナを手伝っていろんな任務をこなしたり、エルの護衛兼話し相手をやってたり、ね。要するに、ゲームの冒険者、それも特定NPC専属の物と大差ないわけ。チュートリアル的な感じの事も、ずいぶんやらされたわ。おかげで引きこもり脱出の、いいリハビリになったわ」

「なるほどな。俺達は目が覚めた時にはもう捕まってて、後はお前らの知ってる通りだから、ヒロと春菜が一カ月半の間にやらかした事、ってやつを聞いた方がよさそうだな」

 達也に水を向けられ、とりあえず話せるだけ正確に話す。と言っても、大きなイベントと呼べるのは、ウルスに入って一番最初にこなした毒消し製作と、二週間ほど前のピアラノーク討伐およびエアリス達の救出ぐらいなものだ。カレーパンとアメリカンドッグの屋台をやっていたりとか、それが原因で蜘蛛の糸を集めに行って、結果としてピアラノークを討伐する羽目になっていたりとか、醤油だの味噌だの鰹節だの、果てはいつの間にやらたこ焼きソースやお好み焼きソースまで作っていたりと、突っ込みどころだけは大量にあるが、言ってしまえば日常系プレイヤーに近い行動原理で動いていたにすぎない。

「なあ、一ついいか?」

「何?」

「ヒロ、春菜。お前ら、本気で帰る気あったのか?」

「本気も本気、大真面目やで」

「拠点確保と食事の充実って、ここに居座る気満々に見えるんだが?」

「逆の話、どこから手ぇつけろ、と?」

 宏の言い分も分からなくは無いため、微妙に反論し辛い達也。だが、それでもこれだけは言える。

「拠点確保はまだしも、調味料や料理の開発にここまで力を入れる必要はさすがにねえよ!」

「甘いで、兄貴。そう言う事は、ここの一般的な食事を一週間続けてから言うてくれ」

「宏、あたしも流石にあんた達はやりすぎだと思うわ」

「じゃあ、真琴さんだけご飯は自前調達な」

「ごめん、あたしが悪かった」

 人間、胃袋をつかまれると弱い。宏の台詞に、瞬く間に降参する真琴。

「まあ、何にせよ、ヒロと澪がいれば、食料や薬の調達には困らねえし、春菜がいればまずい飯を食わされる心配は無い。ヒロの言い分じゃないが、事態は確実に長期戦になるんだから、考えてみれば確かにこの辺は重要だ」

「じゃあ、次に重要な事。あんた達はグランドクエスト、どこまでやってる?」

「僕と春菜さんは、一章終わらせたとこで止まってる」

「ボクも同じ」

「俺は、二章の後半だな」

 戦闘能力の確認も兼ねて、真琴がグランドクエストの進行状況を確認する。返ってきた答えは、一般的な狩り主体のプレイヤー平均か、それをやや下回るものだった。まあ、宏達は生産や生活を優先するスタイルだったので、無理もない話ではある。達也にしても、ロールプレイ主体の遊び方だっただろうし、そもそも魔法系がソロでクリアするには、第二章は少々厳しい。そもそも、中ボス戦やイベント戦闘が一章とは段違いに厳しく、移動範囲の広さもあって、第二章終了のプレイヤーは半数にも満たないのが現実である。

「なるほど。因みに、あたしは四章の中盤ぐらいで止まってるわ。武器素材のドロップが出なくてねえ」

 結構戦闘廃人だった事をカミングアウトする真琴。真琴のぼやきに反応し、真面目な顔を向ける宏。武器素材、と言う単語を聞いて、この男が黙っている訳がないのだ。

「因みに、何が手に入らんの?」

「ネメシスブラッドと神鋼。神鋼はそこそこの数集まったんだけど、ネメシスブラッドの方は全然」

「なんや。神鋼ってドロップでも出るんか。神鉄を掘って精製する以外に、入手経路ないと思っとった」

「ちょっと待て! 精製できるの!?」

「神鋼装備なんざ、腐るほど作っとるで」

 十分な距離を置きながら詰め寄ってくる真琴に、何を今更、と言う顔で返事を返す宏。世の廃人達がこの台詞を聞けば、暴動を起こすこと間違いなしだ。

「それが原因でシナリオが進んでない、言うんやったら、僕らに文句言うより先に、職人が引きこもりになる原因を作った連中を恨んでもらえへんか?」

「この問題がなくても、十分あいつらは恨まれてるわよ。そもそも、あの事件が無かったら、レベル6ポーションが普通に買える値段で出回ってたはずなのに……」

「レベル6どころか、レベル8が普通に出回っとったやろうなあ。なにせ、僕の倉庫だけでも、各種二万本ほど積み上がっとったし」

「……やっぱ、あいつらマジでいっぺん殺さなきゃいけないわね……」

 要らぬ情報を聞いて据わった目でつぶやく真琴を、苦笑しながら見守る宏。因みに、レベル6ポーションのゲーム内での相場は一本五十万クローネ。それ以下だと秒殺で買われてしまうのだ。神鋼はもっとひどく、一個頭が最低でも三百万。武器と防具を作るクエストで、一つ当たりに何十個単位で必要なものとしては破格と言ってもいい。職人が掘って精製すれば、ゲーム内で二日もかからず必要量が揃うものにこの値段である。職人を囲い込むためにMPKをはじめとした粘着妨害を行い、デマを流してゲームを続け辛くし、さらにどうやってか住所を突き止めてストーカー事件まで起こした犯人連中は、何をされても文句は言えないだろう。

 なお、事件そのものは、文字で書いてしまえば単純な事だ。一部のマナーの悪い廃人ギルドがいくつか、ぼちぼち高レベルのポーションや装備を作り始めた職人達に目をつけ、その中でも特にレベルの高い集団を囲い込もうとして断られて腹を立て、マナー的には限りなく黒に近いグレーの、かなりえげつないやり方で粘着妨害し始めた、と言うだけの話である。事が起こったきっかけは、まだいいところレベル4ポーションまでしか出回っていなかった頃、当時最高レベルだったポーション職人が、レベル5のポーションを売り出したことである。

 その事があちらこちらに飛び火し、とばっちりを受けて抗議した職人たちが悪役に仕立て上げられ、などと言う感じであっという間に事件が拡大し、一時はゲーム内で生産活動をすることすらはばらかれる空気になっていた。その空気に耐えられず、余りに妨害が激しくてゲームにならなかった事もあり、もうすぐ上級と言うところまで来ていたにもかかわらず職人をやめたプレイヤーも多く、それが現在職人が少ない直接の原因となっている。直接被害にあってやめたプレイヤーは一人だが、やる気をなくしてゲームを去った人も少なくない。この空気にさらされていなかった生産スキルなど、釣りとエンチャント、料理、そしてあまり存在を知られていなかった造船や土木、農業ぐらいなものである。

 ストーカー事件が起こるまでは、職人たちが受けていた嫌がらせが、運営が動くには決定的とまでは言えないレベルだった事もあり、対処のきっかけとなる証拠を押さえるのに運営サイドが手間取ってしまった事も、事態の深刻化に一役買ってしまっていた。この間、運営サイドが出来た事は、生産スキル使用者が外部の違反ツールを使用した形跡も、サーバーのデータやプログラムが不正に書き換えられた形跡も一切ない、というアナウンスをする事ぐらいだったのだ。

 イメージ低下でプレイヤーが減ることなど運営にとってもありがたくないため、事態の鎮静化のために総力をあげてはいたものの、マンパワー不足に加え驚くほど状況の進行が速く、件の廃人ギルドがデマを流して誹謗中傷を繰り返している証拠を押さえ、一斉アカウント削除に踏み切れた時には、もうストーカー被害が出てしまっていたのである。この事件は、彼の運営会社唯一にして最大の汚点とも言われている。

 因みに、ストーカー事件に関しては、最初の一人の住所ばれはある種の自爆であり、他の人の住所も運営から洩れたものではない、と言う事だけ記しておく。二人目以降は投稿型情報サイトに仕込まれていたワームやプレイ日記系のホームページから洩れたもので、事件の結果、職人連中が持っている情報がすべて秘匿されてしまう事になったのも、仕方が無いことだろう。

 これら一連の事件の結果として、新たに生産を始めようと言うプレイヤーは、せいぜい中級に差し掛かるかどうか、ぐらいまでの情報だけで、基本何のフォローも無しに修練を積む羽目になっている。メイキングマスタリーについての情報が記載される前に、この事件が起こったのも痛い。これも、職人プレイヤーの数がなかなか増えない一因となってしまっているのだ。

「と言うかさ、あんた多分サービス開始スタート組だろうけど、大丈夫だったの?」

「丁度事件起こったぐらいの頃は受験も佳境やったから、あんまり目立つ真似はしてへんかってん。せいぜい、NPCから築城とか船団製造クエストとか受けて放置しとった程度やけど、その手のクエの進行状況は、基本他のプレイヤーには流れへんから」

 最初の事件が起こったのは丁度中学三年の夏ごろ。宏の場合、地元から逃げるために必死になり始めたころであり、ゲームなどほとんど触っていなかった。その頃は中断が長かった事もあり、採集系とこの時上級をマスターした大工、そして当時放置進行真っ最中だった造船を除けば、職人としては平均より下、ぐらいの能力しかなかった。なお、宏が最初にマスターした一次生産以降のスキルは大工で、二番目が造船だったりする。

 なお、言うまでもないことながら、春菜が職人たちの数が急激に減った事情を詳しく知らなかった理由も、受験生でずっと休止していたからである。事件が一応の終息を見たのが同じ年の十月頃ゆえ、再開した頃には風化はしていないが話題にするのもはばかられる空気だったのだ。何かあったらしいと言う事は知っていたが、知人友人の態度から知れば気分が悪くなるだけだろうと考えて、終わった事だからとあえて調べなかったのである。

「そっか。それで、まだそういう話は聞く?」

「新しいところでは先月一人、上級に入ったばっかりの子が粘着されとった。感じから言うて、犯人は生産がらみの都市伝説信じとる古参みたいやったな。GMコールで始末したけど、名前と顔を変えて見事に引きこもりや。ぶっちゃけた話、それでケリはつくんやけど、鬱陶しいにもほどがあるからなあ。それに、最近のアホは限度を知らんから、リアルで殺人事件にでも発展したらヤバいし」

 返事を聞いて、顔をしかめる真琴。彼らがいまだに引きこもっている理由は、単純に安全が確保できたと判断出来る要素がないからである。警察にしろ運営にしろ、事が起こらなければ動けないのだから当然だ。単にゲーム内で粘着された程度では、よほどひどくない限りは運営も介入しにくい。当時犯人グループがばらまいた無駄に説得力がある嘘も完全に影響が無くなった訳ではない事もあり、余り堂々と行動するのは時期尚早と言うのが、現在の職人グループの認識である。

 上位のプレイヤー達で保護しようと言う話も無い訳では無かったが、事件当時は平均が中級程度だった事もあり、保護するには人数が多く、かといって標的にしやすいぐらいには人数が少なかったため、職人たちが自衛した方が速くて確実だ、と言う結論になってしまった。上位プレイヤー達の中にも、嘘に踊らされて職人たちと敵対する行動をとった人間が少なくなかった事も追い打ちとなっている。

 警察に検挙され、運営によって晒された連中が、もともとマナーの悪さについて誰もが知るところであったため、大多数の人間はもはや彼らがついた嘘など信じておらず、生産スキルや職人たちに対するネガティブな空気は、さすがに表面上は消えている。それでも、もう三年たっていると言うのに、職人プレイヤー=詐欺師、みたいな認識をしている古参も少なくない。そこからそういう認識を教え込まれて信じ込んでいる比較的新しいプレイヤーも少なからずいる。そう言った根っこの深い問題に対して古参が自衛した結果、新人さんがなんのフォローも無く自力で上級に到達した場合、余計に目立ってかえって狙われやすくなってしまったのは皮肉な話だ。

「まあ、そこら辺はどうでもええ。今は全く関係ない話やからな。とりあえず、スキル周りの確認したら、この後どう動くか決めた方がええやろう」

「そうだね。と言っても、情報収集のために、まずはエルちゃんが抱えてる問題を解決するところから、だろうけど」

 どうにも胸糞悪くなる話になりそうだったのを、宏と春菜が方向転換する。いまだに事情を詳しく知らない春菜だが、やはり深く関わる必要は無いだろう、と言う事であえて詳細は聞かない事にしたのである。

「真琴さんは多分、事情を全部知ってるとは思うけど、こういう事は本人から聞きたい。明日、とりあえずもう一遍質問してみるわ」

「了解。その辺は任せるわ。あと、達也達の装備はいいの?」

「兄貴の分は、今週中に溶鉱炉と金床用意して適当に作るわ。どうせ間に合わせやし、澪は自分で作った方が練習になってええやろ?」

「うん、そうする」

 こうして、ようやくまともな方向に進みそうな方針が決まる。翌日、宏と澪が間に合わせの一言で作り上げた杖と弓、短剣を見て、真琴がその理不尽さに思いっきりげんなりするのだが、それは別の話である。
職人が少ない理由については、そういう設定だと言うことで流してください。
後、ネトゲからストーカーに発展した事例としては
「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」
あたりがいろんな意味で有名です。実際にあった事件かどうかまでは知りませんが。
+注意+
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