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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

フォーレ編

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第10話

 ついに武闘大会の予選が始まったその日、宏達は計画を実行するための品定めとして、総出でフォーレ大闘技場に繰り出していた。

「予選初日が終わったけど、どう思う?」

「まあ、優勝候補の連中は外すとして、第三試合のはどうだ?」

「あたしとしては、第五試合も捨てがたい感じだけど」

 人数を一気に絞るためのバトルロイヤル。同時進行で八戦ずつ四回行われた試合をざっと眺めていた一行が、口々に意見を言い合う。

 予選のバトルロイヤルは一試合十二人前後、全体で約百人一気に試合を行う。普通の闘技場では規模の面で不可能なやり方だが、フォーレの大闘技場は試合場の広さが一定範囲内で変更可能で、最大で騎兵を含む五百対五百の大規模戦闘が出来る。千年以上前の時代に、大工のエクストラスキルを持っていた人間が作っただけあって、大型モニターや試合場の規模設定機能など、オーバースペックにもほどがある機能が満載されている。

 ただし、これだけの機能があっても、客席の数だけはほぼ変更できず、せいぜい立見席を追加できる程度なのが運営側としては少々痛いところなのだが。

「第三試合と第五試合は、ちっと好みと違うからパスやなあ」

「好み、か。一応聞いておくが、ヒロはどんなのが好みだ?」

「まず最初に、今回の企画の趣旨として、っちゅう話やと念を押しといて、や」

「わざわざ念を押さんでも……」

「いやいや。ここで念押ししとかんと、真琴さんに余計な燃料注ぐ事になるやん」

 宏の台詞に妙にがっかりした様子を見せる真琴と、思いっきり納得してしまう達也、春菜、澪。真琴の態度が、宏の懸念を全力で肯定してしまっている。

「で、話を戻すとして、今回の企画から言うと、あんまりベテランっぽい人はちょっと美味しないかなあ、思うんよ」

「なんとなく分からなくもないけど、理由は?」

「見栄えが半分で、もう半分は、ベテランやったら僕みたいなのんにおもちゃにされんと、実力でちゃんとした装備ぐらいゲットせえや、っちゅう個人的な意見やな」

「納得できるような、ものすごくわがままなような……」

 宏が上げた理由に、何とも微妙な表情を浮かべる春菜。一見納得できなくもない意見だが、それを認めると宏の作る装備に完全に依存しているアズマ工房一行は立場がない。ものすごい勢いでブーメランとなって帰ってきて、全力で自分達の頭に突き刺さる。

「まあ、後半は冗談やとしても、総合的に見てそこそこ腕はあるけどチャンスにも装備にも恵まれてへん若手、っちゅうんが今回ネタとして美味しいんは事実やで。それに、ベテランやったらベテランらしく、自力でうちらとコネ作って、正面から報酬用意して正規の値段で手に入れて欲しいところやし。大体、優勝候補かて、全員何らかの形で自力でええ装備手に入れてんねんし」

「そこはまあ、認めなくもないけどね」

 宏の言葉を肯定する真琴。実際問題、優勝候補は全員モンスタードロップの強力な魔剣や、ドワーフの名工製の高性能装備を持ちこんでいる。

 大抵の英雄譚というやつは、宏が言うような素質はあるが実績はぱっとしない駆け出しや若手が、何らかの強力なアイテムを手に入れたり、素晴らしい人脈を得る事に成功したりして、それをきっかけに多少の挫折も経験しながら登りつめていくパターンだ。

 今回宏が押し付ける装備というのは、英雄譚のきっかけとなるのに十分な性能を持ち合わせている。なので、最初から十全に活かし切りそうなベテランでは無く、装備の性能に多少振り回されながらも一歩一歩ステップアップできる程度に未熟な方がいい。目指すところがそこであるが故に、素人には恩恵が薄い倍率系エンチャントを多用し、わざわざそのためにつけた隠し機能もある。

「とりあえず、うちらと大差ない感じの若い子で、街の外で仕事する程度の経験は積んでそうで、腕前的に本戦までは進めそうな長剣メインの子の目星はつけたから、あとはどんな人柄かやな」

「師匠、人柄も見るの?」

「ええ装備ゲットしたぐらいで無茶苦茶調子に乗って、無茶やらかして死んだり天狗になって周りと軋轢起こすようなんに渡したら、碌な事ならへんやん。多少調子に乗るぐらいはええけど、ちょっと痛い目見て反省も出来んようなんは論外やで」

「確かに……」

 宏の言い分に大いに納得し、そこにはこれ以上口を挟まない事にする澪。

「で、結局誰に目星つけたのよ?」

「第二試合と第十五試合と第三十一試合の勝者やな。第二十三試合の子も悪くはないんやけど、女の子っちゅうのは別の機会にやりたい感じやし」

「あたし的には、女の子が英雄になる、ってのも悪くないと思うけど? 第二十三試合の子だったら、将来が楽しみなぐらいには見栄えもよかったし」

「余計なフラグ立てそうやし、やっぱり今回は王道的に男の子に頑張ってほしいところやからな」

 真琴の気楽な言葉に、ちょっとした懸念と自分の好み、両方の面で否定的な見解を示す宏。余計なフラグを立てそうだ、という点については否定できなかった真琴は、苦笑しながら宏の言い分を支持する事に決める。

「了解、了解。で、どうやって人柄確認する?」

「まあ、問題はそこや。とりあえず兄貴と真琴さんで、上手い事接触できへんかな?」

「また、無茶ぶりするわね。ま、何とか頑張ってみるわ。達也もそれでいい?」

「おう」

 とりあえず今日この後の方針を大雑把に決めたところで、

「で、今日はそれでいいとして、明日以降はどうするんだ? 予選はまだあるんだが」

「確か、明日もういっぺんバトルロイヤルやるんやっけ?」

「おう。その後二回試合して十六人まで絞るらしいぞ」

「ほな、明日は明日で物色して、そこでまた適当に声かける人間決めよっか」

「了解」

 日程を確認し、サクサク方針を決める。恐らく最終選考に残るのは六人程度であろうが、渡す相手はたった一人だ。

「で、お前はこの後どうするんだ?」

「せやなあ。折角許可も取ったんやし、路地裏で怪しい露店やって在庫処分にいそしむわ」

「おう。春菜と澪は?」

「私達は、明後日からの屋台の申請を出してくるよ。まだぎりぎり枠は空いてるらしいから」

「ついでに仕入れ」

「OK。じゃあ、後でな」

 それぞれにやることを決め、さっさと行動に移す。どんな客引きをしたのか、次の日の昼ごろには、武器を扱う路地裏の怪しげな露店には、大量の不良品の中にかなりの掘り出し物があるという噂がごく一部の人間の間でひそやかに囁かれていたのであった。







「ここ、かな?」

 宏達がそんな風にスチャラカやっているころ、体調を完全に整えたレイニーは、エルザ神殿本殿につながる道を特定し、調査に入ろうとしていた。ダウンしてから潜入までに一週間近く経っているが、これに関しては経費を受け取った時に待ったがかかったためである。

(……明らかに、空気がおかしい……)

 五分ほど獣道手前の細道を歩いたところで、レイニーは空気の変化に敏感に気付く。恐らく暗殺者時代には馴染み過ぎて気が付かなかったであろう、何とも言えない殺伐とした空気。今朝呼び出しを受けて大使館に顔を出したときに、大使館経由でエアリスから渡された護符やら瘴気カウンターやらが、あからさまに異常な反応を示している。

 それ自体はいい。予想されていた事だからだ。問題なのは……

(おかしい。エアリス様からもらった道具がこれだけ反応してるのに、瘴気の漏れが少なすぎる)

 瘴気カウンターの数値を見ながら、自分の感覚との齟齬に眉をひそめるレイニー。瘴気カウンターの数値が正しいのであれば、そっち方面の感知は素人の彼女ですら、明らかに瘴気を感じなければおかしい。なのに、殺伐とした空気は感じられても、瘴気そのものは薄すぎてほとんど分からない。普通なら機材の方を疑いそうになるし、恐らく普通の神官などならば間違いなくそちらを疑うだろう。

 だが、恐らく素人さんや完全にそっちの世界に浸かりきった人間には分からないだろうが、両方の境界線上にいるレイニーにははっきりと分かるぐらいには、おかしな空気が漂っているのだ。ならば、疑うべきは機材では無く自分の感覚の方である。

(……多分、あのあたりから罠……)

 瘴気カウンターが激しく警告音を鳴らしたあたりを見据え、どうするべきかを思案する。連絡が取れなくなった人たちにしても、流石にこんな近場で行方不明にはなっていないだろう。だが、間違いなく何かはある。

(本命は多分もっと先だろうけど、その準備としてここで何かされてる可能性が高い)

 そこまではいい。いいのだが、その罠というやつ、非常に嫌な予感がする。手持ちの札では対処できないと、レイニーの勘が告げる。ならば、どんなものなのかだけ調べて引き返すのがセオリーだが、調べようとした時点で今の自分では恐らく戻れなくなる。なんとなくそれが分かって、立ちすくんでしまうレイニー。

(……これは、出直した方がいい……)

 五分ほどの葛藤の末、レイニーは完全に白旗を上げ、引き返そうと踵を返す。次の瞬間……。

「っ! やっぱり!!」

 周囲の樹が歪んだ踊りを踊り始め、地面が一気にぬかるみ、あちらこちらから大量の「手」が生えてくる。

「戻って報告しないと!!」

 ぬかるみに足を取られる前に高く飛び上がり、自分を捕まえようとした木の枝を蹴って離脱しながら、思わずそんな事を叫ぶ。枝をナイフで斬り払い、つかもうとしてきた「手」を斬り捨て、出来るだけ地面に足をつかないように必死に逃げる。何度か捕まりそうになり、正体不明の攻撃で防具が完全に破損し、下に着ていた服が何ヶ所か引き裂かれたあられもない格好になって、ようやく森から脱出する。

 単に逃げるだけで消耗したとは思えない疲労感。恐らく何度か捕まりかけた時に、生命エネルギーを吸収されたらしい。どうにか渡された道具を紛失する事だけは避けたが、このまま自分のアジトに戻るのはかなりきつい。それに、報告するならまずは宏達だろう。

(この格好であまり街中を堂々と歩くのはまずい……)

 その手の羞恥心は薄いレイニーだが、工作員、そして暗殺者としての本能が、あられもない格好で人の多いところを動き回るのはまずいと判断する。だが、それを誤魔化すためのマントなどは現在手元にない。ならば、選択肢は一つ。気配を完全に消して、人がまずうろ付かないルートを通って宏達の拠点に移動するのだ。幸いにして、宏達の拠点の方が場所としては近く、また郊外にあるため人がいないルートがいくつもある。

 報告すべき事を報告するため、そして愛しのハニーに再度助けを求めるため、レイニーは気配を消して、慎重に引き返すのであった。







「この状況で、まだあの企画続けるの?」

 完全にダウンしたレイニーをベッドに寝かせた後、今後の打ち合わせの席についた春菜が真っ先にそこを問う。

「確かに状況的に切羽詰まってんねんけど、ちょっと厄介な事があってな」

「厄介なこと?」

「恐らくやねんけど、神殿周りはエルとアルチェムがこっち来るまで、多分話が進まへんねん」

 宏が断言した言葉に、納得半分不満半分といった色を瞳に浮かべる春菜。澪も何処となく不満そうだ。逆に、達也と真琴は、今の中途半端な情報だけで突っ込んで行く事には反対らしく、エアリスとアルチェムが来るまで話が進まない、という台詞に何処となくほっとした様子を見せている。

「ダールで邪神の欠片が暴れとったり、クレストケイブの鉱山がダンジョンになったり、そういう派手な事が続いとるから、恐らく相手もそこまで余裕はないんやと思う。せやから急ぐべきは急ぐべきなんやけど、罠があるっちゅうんが分かっとるところに慌てて突っ込んで行くんは、それこそアホのする事や」

「それはそうだけど……」

「それに、レイニーの話やと、エルとアルチェムが向こうで色々準備しとるらしいし、わざわざ突っ込んで行ってそれ無駄にするんも間抜けやん」

「……」

 普段は暴走する側の宏に諭され、とりあえず今は不満を抑える事にする春菜。

「で、エルとアルチェムがこっちに来れるのって、いつぐらいの事だ?」

「それは聞いてみんと分からんけど、車の速度とか考えたら、早くて大会終わるか終わらんかぐらいちゃうか?」

「なるほどな」

 ウルスからフォーレまでの距離を考え、あっさり納得する達也。国境までは転送陣でショートカットするにしても、そこから三日程度はかかる。

「で、何ぞ春菜さんが妙に前のめりやけど、どないしたん?」

「そうね。らしくなく、今の段階で行動を起こさない事にやけに不満そうじゃない」

 宏と真琴に不思議そうに見られて、一旦頭を冷やすために深呼吸する春菜。どうにかこうにかクールダウンした後、思った事を正直に口にする。

「正直、レイニーさんの姿を見て頭に血が上ってた。そこまで情が移ってる相手だと思わなかったから、自分でもちょっとびっくり」

「ああ、なるほど、納得したわ。春菜さんやったら先週の事で情も移って当然やから、そこはしゃあないか」

「そうかな……」

 宏にそんな風に言われて、自分がここまで情が深い人間だったか、などとちらりと疑問に思う春菜。実際のところは本人に自覚が乏しいだけで、春菜は一度テリトリーに入れた相手に対しては、メンバーの誰よりも情が深い人間だ。レイニーのようにテリトリーの端っこに辛うじて出入りしているだけの人間でも、無意識のうちに多少は気にかける程度には情愛の人なのである。

 その分、デントリスみたいに絶対にテリトリーに入れたくない相手に対してはとかく厳しくなる部分はあるし、ゆるいように見えてテリトリーに入れるまではそれなりに厳しい審査をしてはいる。してはいるのだが、レイナの事例を見ても分かるように、単なる過ちでやらかした事に関しては、普通ならどんなに頑張っても敵対するしかないようなケースでもその後の行動次第では完全に許してしまう、ある種危なっかしい包容力と母性を見せる面がある。

 なので、今回のレイニーのケースは、春菜がその母性を暴走させてもある種仕方がないのだが、残念ながら当人は、自分はそこまで上等な人間ではない、などと自己評価しており、何処までもそういう自覚には乏しい。

「まあ、春菜さんがレイニーを自分の身内にカウントしたんはええとして、澪が不満そうなんは何でや?」

「今突っ込んで行けば、春姉に一昔前のテレビ放送されてない類の、指定なしかR指定ぐらいになってるアニメのヒロインに降りかかる展開が待ってるかと期待した」

「嫌な予感しかせえへんけど、具体的には?」

「ヒロイン=脱ぐ、の法則?」

 澪の女の子が口にするのはどうかと思われる台詞に、達也と真琴の視線が春菜の上半身、具体的には胸元あたりに集中する。集中した視線に怯み、反射的に胸元をかばうように自分の肩を抱く春菜。

「思わず一瞬納得しかけたが、身内のそういう種類の不幸を喜ぶのはどうかと思うぞ?」

「レイニーの受けた被害を見れば、普通の人間はそこを期待すると思う」

 微妙に否定し辛い意見を聞き、思わず頭を抱える達也。澪の教育に対して達也は特に責任を負っている訳ではないが、それでもここまで駄目な方向に突き抜けてしまうと、どうしても自分の至らなさを痛感してしまう。

「やたら説得力あって納得しそうになったけど、その展開を望むには重大な問題があるわよ」

「重大な問題?」

「一つは、春菜だけピンポイントで狙われる事はまずないんじゃないかって事」

「ボクと真琴姉は避ければいい」

「そう簡単に行くんだったら、春菜だって避けられるって。それにね、仮に春菜が捕まったとして、霊布の服の上にオリハルコン製のブレストプレートとベヒモス革の鎧パーツ身につけてて、そんなに簡単にレイニーみたいな状態になるのかしら?」

 真琴の斬新な切り口からの反論に、言葉に詰まる澪。普通の鉄製の防具なら余裕かもしれないが、今の自分達の防具はそんじょそこらの魔鉄装備よりはるかに防御力も耐久力も高い。この装備でヒロイン=脱ぐの法則が発動するようでは自分達の命が危険だし、装備がまともに仕事をすればお色気シーンなど発生する訳がない。

「……盲点だった……」

「いや、そこは普通に気が付きなさいよ」

 本気でがっくり来ている澪に対し、呆れたように突っ込みを入れる真琴。前から手遅れだとは思っていたが、最近特にその度合いが酷い。

 もっとも、真琴は決して人の事は言えないのだが。

「とまあ、とりあえず澪は論破した訳だけど、春菜」

「何?」

「そのポーズ、かえってエッチくさいから」

「えっ?」

 まだ胸元をかばったままの春菜に、ある面では澪と変わらないぐらい余計なアドバイスをする真琴。実際、春菜が自分の肩を抱くようなポーズをとると、隠しきれないその豊かな胸が強調されて、下手に堂々と胸を張っているより色っぽい。同性の真琴ですら、ややもすると変な気分になりそうである。

 元より普段は色気が皆無なのに妙なところでやたらと色香を発散する部分があった娘ではあるが、宏に対する恋心を自覚してから、その度合いがひどくなった気がする。女の子は恋をした瞬間から無意識に魔法を使う、とはよく言うが、ここまで極端なのも珍しいのではなかろうか。超一流の魔法使いに早変わりというにも、限度というものがある。

「まあ、とりあえずそれは置いとくとして、レイニーが瘴気に当てられて妙な事になってたらまずいって事も考えると、エル達が来るまで待つってのは丁度いいんじゃないかと思うわね」

 今突撃をかけるべきではない理由を色々並べ立て、行動を先送りしようとする真琴。二つも無視できない理由が並んでしまえば、突撃派だった春菜と澪も反対は出来ない。

「そういう訳やから、地道に色々準備しながら、外野として武闘大会楽しんどこうや」

「……分かった。エルちゃん達の準備が整うまでは、大人しく屋台をしておくよ」

 どうやら頭が冷えたらしく、納得した様子を見せて大人しく決定に従う春菜。レイニーの惨状も、結局は彼らのくだらない企画を中止させるには至らなかったのであった。







 予選三日目が終わったところで、七級冒険者のジョン・コートリーは自身の武器のとある問題に直面していた。

「本戦まで、もたないか……」

 拠点として借りている、それほど大きくはない部屋。その部屋のテーブルに乗せた己の武器をにらみながら、ジョンは渋い顔で唸った。今回の試合で、大きく刃が欠けてしまったのだ。最近ちょっと傷みが激しい感じだったため、少しでも買い替え費用に余裕を持たせようと慎重に扱っていたのだが、その努力もあまり意味はなかったようである。

 口減らしも兼ねて十三で冒険者資格を取ってから五年。雑用依頼をこなしながらギルドの戦闘訓練を地道にこなし、こつこつと金をためて揃えた自身の相棒。中古の二流品とはいえ、もう四年近く苦楽を共にしてきた長剣だが、どんなに手入れをきちっとしたところで、元が大した品ではない。三年に一度の大きな大会ともなれば、そんな剣が最後まで持つ訳がないのはある意味自明の理だと言えよう。

「だから、いい加減新しい剣を買えって言ったじゃない」

 それなりに整った顔に渋い表情を浮かべるジョンに負けず劣らず渋い顔で、パーティメンバーのヒーラー兼バッファー、アリサ・バーグマンが文句を言う。スレンダーながら必要十分なぐらいには出るべきところが出た体格と栗色の長い髪の、春菜や澪とはどうあがいても勝負にならないが、街を歩けば三人に一人は振り向かせられる程度の華やかな美人である。が、苦虫をまとめて大量にかみつぶしたような表情では、その魅力は半減すると言ってしまっていい。

 実際、彼女は恋人でもあるジョンの身を案じ、特に消耗が激しい長剣をもっといいものに買い替えろと再三言い続けてきた。防具の方はジョンの卓越した技巧により、駆け出しのころを除きほとんど敵からの攻撃を直撃させていないため、買い替えが必要なほど傷んではいない。

「いい剣は高いし、安い剣だったらこいつと変わらないんだよ……」

「装備ケチる冒険者なんて、長生きできないって言われてたでしょ?」

「分かっちゃいるんだけどな……」

 恐らく冒険者にとって一番の悩みどころであろう、装備の更新。ここをケチるようでは長生きは出来ないが、さりとて安い買い物でもない。何しろ、中古でも性能も程度もいい武器は下手をすれば新品よりも高いし、その安い新品ですら武器としてちゃんと機能する最低ラインのものが日本円で五万円、ファーレーンだと五十クローネ、フォーレだと五千ドーマはするのだ。

 これが、まともな武器を新品で買うとなると一気に跳ね上がり、標準的な性能の長剣で五万ドーマ、一流の品ともなると二十万ドーマで買えれば大儲けになる。企業で言うところの設備投資に当る支出だとはいえ、その日暮らしでちまちまと稼ぐ普通の冒険者にとっては、決して軽い負担ではない。

 ここまで破損した以上、買い替えないという選択肢はあり得ないが、逆にここまで破損した武器では下取りも難しい。こんなことならさっさと買い替えておくんだったと後悔しても後の祭り、中古にしろ新品にしろ決して安くない買い物を、前の装備の下取りという費用の負担軽減なしで一括払いでやらざるを得ない事に頭を抱えるジョン。

「とりあえず、ケイトが今あっちこっち回って掘り出し物探してるから、あいつが帰ってきたら買いに行くわよ」

「そういや戻ってないと思ったら、もう動いてたのか。だが、そんな簡単に掘り出し物なんて見つかるのか?」

「噂ってほどじゃないけど、不良品を大量に扱ってる怪しげな露店があって、その中に結構な数の掘り出し物があるって話を聞いたのよ」

「それを探してるのか?」

 ジョンの問いかけに頷くアリサ。ケイトとはケイト・オーエンスというフルネームの魔法使い兼シーフの少女で、純情そうな顔をしながらジョンともアリサともそういう関係を持ってしまった、ちょっとアレな性癖の人物である。彼らは外に出る依頼を受けやすくなる九級に昇格したころからパーティを組んでおり、他のメンバーの出入りはあれど、三人はずっと一緒に行動している。

 もっとも、二年ほど前に発覚し、それ以来こじらせ続けているケイトの夜の性癖は、アリサにとっては頭の痛い問題ではある。それ以外は良くも悪くもシーフとは思えないぐらい善良な娘で、正直他の人間を仲間に入れたいとは思えないぐらいには彼女の事が好きなのが、ある意味アリサにとっての泣き所であろう。

 なお、ジョンがアリサともケイトともそういう関係である事自体は、アリサもケイトもしょうがないと思っている。脳筋一歩手前のジョンが、本気で押し倒しに来た女を拒める訳がないのだ。少なくとも、夜中にそういうところに行って金を使うよりははるかにマシだ、とはアリサとケイトの共通意見である。

 実は三人ともファーレーン人で、フォーレとの国境近くの都市・ガーデイトの出身である。何故ガーデイトに居ないのかは単純で、どちらの国から見ても辺境にある上冬場は雪で閉ざされるガーデイトでは、仕事の絶対量が少ない上に繁忙期とそれ以外の差が大きすぎ、生活が苦しかったのだ。ウルスではなくスティレンだったのは単純にそっちの方が近かったからである。

「まあ、ケイトだったらそういうのを探すのは得意だからいいんだが……」

「交渉とか、あんたよりは頼りになるわよ? 単に陰謀とかに対処するのが苦手なだけだし」

「それが不安といえば不安なんだがな……」

「それもあんたよりマシよ」

 シーフとは思えないほど善良なだけに、ケイトはアズマ工房御一行と変わらないぐらい裏側に対する情報収集能力が低い。当人はシーフだと主張し続けているが、実際にはスカウトあたりの表現がしっくりくる。性癖的に考えても、その純情そうな顔に似合わない肉感的で起伏に富んだ肉体を上手く使えばいくらでも情報を集められそうなものだが、妙なところで潔癖な彼女はそういうのは嫌らしい。ジョンもアリサもあまり女体を使って情報を集める行為は良しとしたくないので、本人が嫌がっているのを幸いとそのままあやふやにしている。

 どっちにしても、元々ジョン達は三人ともそんな陰謀が絡むような仕事は手に負えない自覚もあり、ケイトの弱点の克服はなあなあのまま放置され、解決の目途は立っていない。

「ジョン、アリサ、戻ってる?」

「っと、噂をすれば、か」

 ケイトの話をしているうちに、当の本人が戻ってきたようだ。口調が明るいところを見ると、その露店を発見したのだろう。

「どうだったの?」

「ばっちり!」

 春菜にやや劣る程度の大きさの立派なバストを誇張するように胸を張りながら、明るい声で自慢げに言ってのけるケイト。その仕草に合わせて、緩やかにウェーブがかかったプラチナブロンドの髪が揺れる。純情で清楚な印象の綺麗な顔に浮かぶ喜びの色は、彼女の善良な人柄をこれでもかと強調している。恐らく見た目や雰囲気を言うなら、アリサとケイトは間違いなく役割分担が逆だと誰もが言うだろう。ファーレーン人としてはやや小柄な身長も、そのイメージを強くしている。

 良くも悪くも、実に対照的な二人。そんな二人とよろしくやっているジョンは、もてない連中からいつもがれても不思議ではないのだが、残念ながら昼も夜も基本的に主導権を握っているのは女性陣であり、彼女達がその気になれば、ジョンに拒否権は一切ない。

「値段はどんな感じだったんだ?」

「一見して、凄く胡散臭い安さだった。具体的には、平均一万ドーマ」

「……それ、大丈夫なのか?」

「物凄く分かり辛い偽装は掛けてあったけど、半分以上は平均より上だったと思う」

 偽装をかけてある、という言葉に、反射的に顔をしかめるジョンとアリサ。そんな真似をする店が、本当に信用できるのかと心配になって来る。

「偽装、なあ……」

「これ、わたしの個人的な意見だけど、多分あの露店やってる人、わたしたちみたいなのにチャンスくれてるんだと思う。でないと、わざわざ人よけの結界張ってまでそんな事はしないと思うし」

 一気に冷めた感じのジョンに対して、慌ててフォローの言葉を紡ぐケイト。一見して、店自体の雰囲気も店主も売っているものも確かに胡散臭かったが、手間をかけている割には明らかな不良品、という奴の割合が少なかった。掘り出し物を餌に不良在庫を一掃しようとするのであれば、もっと不良品は多くないと駄目だろう。

 もっとも、それ以前の問題として、不良品を在庫一掃処分したいのであれば、わざわざ人よけの結界を張ること自体がおかしいのだが。

「人よけの結界なあ……」

「こう、何とも言えない感じよね」

「多分大丈夫。大丈夫だから行こうよ、ジョン、アリサ」

 胡散臭い要素がたくさんある事は否定できないが、実際に見て来たケイトとしては、上手く説明こそできないがこれはものすごいチャンスなのでは、と思わざるを得ないのだ。それゆえに、ついつい一生懸命説得してしまう。

「まあ、ケイトがそういうんだったら……」

「買う買わないは、行くだけ行ってから決めればいいんだしね……」

 ケイトの熱意に押され、ついに重い腰を上げるジョンとアリサ。とりあえず念のため多めの軍資金を用意し、軽やかな足取りで先導するケイトの後についていく。

 シーフであるはずのケイトは、残念ながら最後まで自分を監視している人間の存在に気が付かなかった。







 とある路地裏。

『師匠、ターゲット一行がそっちに行った』

『了解や』

 澪からの連絡を受け、いそいそと商品構成を入れかえる宏。外れをつかんだ見る目のない男性客を見送ったところで連絡が入ったため、ある意味ちょうど良かったのである。もっとも、外れと言っても三級品よりは上で標準品よりは下、という程度のものであるため、値段を考えるとクレームを受けるほどでもないが。

 なお、宏は結界に引っかかった相手に合わせて、いちいち並べている商品を変えている。初心者に近いほど当りの比率が上がり、ベテランになればなるほど外れの比率が上がるのだ。今回の男は若手とはいえないぐらいだったため、大外れも含めて外れを七割程度にしていたせいか、見事に外れに引っかかったのである。

『そろそろ到着する』

『こっちでも確認した。商売開始やな』

 澪の報告と同時ぐらいに結界に引っかかった気配を見て、更に胡散臭さの濃度を上げにかかる宏。わざわざ胡散臭さが倍増するように怪しいおっさん風に外見を偽装し、声までそれに合わせて変更するあたり、実に手が込んでいる。今回は相手が本命の一人なので、商品構成は当たり百パーセントだ。この胡散臭さに惑わされず、さらにちょこっとだけ偽装を甘くした大あたりに気づく事が出来れば、彼らの勝利である。

「ここか、ケイト?」

「また、わざとらしいほど胡散臭いわね……」

 準備が終わって少ししたぐらいに、ターゲットにした若手冒険者が店の前に到着。言うまでも無く、ジョン達一行である。女を二人も引きつれていい身分だが、宏的にはむしろ大歓迎である。

 こういう兄ちゃんが肉食系女子を複数引き受けてくれれば、それだけ宏の方に害が及ぶ危険性が減る。肉食系は元々宏のようなタイプからすれば天敵もいいところだが、自分に男がいないときはその攻撃性が割り増しされる。幸いこの世界は全体的に一人が複数を囲う事に寛容なので、こういう兄ちゃんがたくさんの女を満足させてくれればくれるほど、宏のような生き物が当り散らされるリスクが下がるのだ。

「姉ちゃん、そっちの二人が自分の財布か?」

「うん、そう。というより、わたし達の彼に、どうしても新しい剣が必要になって」

「まあ、そろそろ来るころや思うて、とっておきも出しといたから、あんじょう選んだってや。どれも一つ一万ドーマや」

 武器の値段としては破格を通り越し、最低ラインすれすれを提示する宏。その値段に、更に胡散臭そうな表情を浮かべるジョン。アリサも余りいい顔はしない。

「単に眺めとるだけやったら分からんやろうし、手に取って確認してええで」

「呪われたりは、しないだろうな?」

「全部うちの弟子の作品やから、流石に呪いの魔剣作るような腕はあらへんわ」

 値段の理由の一端をあえて晒す事で、相手に納得させようとする宏。実際、その一言で一万ドーマという破格の値段にある程度理解を示したらしいジョンが、一本ぐらい当たりがあるかもしれないとかなり真剣に物色をし始める。

「弟子って事は、おじさんは鍛冶屋なの?」

「まあ、似たようなもんや」

 質問を飛ばしてきたケイトに対し、胡散臭い笑みを浮かべながら怪しい答えを返す宏。嘘は言っていないが真実にはかすりもしない所がいやらしい。

「ついでやからちょっとヒントや。一本だけ、この胡散臭いのが手ぇ入れて強化した奴あるで」

「……というかちょっと待て。おっさん、何者だ?」

 余計なヒントを宏が与えたところで、今回のメインターゲットであるジョンが、真剣を通り越して怖い顔で睨みつけてくる。

「何者って、何がや?」

「とぼけるな。ここにある剣、どれもエンチャントがかかってる。たかが一万ドーマで売るような代物じゃない」

「そら、エンチャントの一つもかけるで。それやっとかんと、うちの基準やと単なる三級品やし」

 三級品、という単語に眉をひそめるジョン。エンチャントなしでも普通の剣より質がいいのだ。これが三級品となると、スティレンで手に入る武器ですら、ほとんどがスクラップ同然という事になる。自分の頭が悪い自覚はあるジョンだが、流石にそれが分からないほど世間を知らない訳ではない。

「まあ、このおっさんが胡散臭あても、値段安いんやから自分らには問題ないやん」

「……釈然としないが、まあいいか……」

 納得できないものを感じつつも無理やり己を納得させ、更にいくつかの剣を手にとって観察する。置いてあった八本の長剣のうち四本目を手に取ったところで、顔つきが変わる。

「おっさん、こいつも値段は同じなのか?」

「同じやで」

「だったら、これにする」

 そう言ってジョンが掲げて見せたのは、宏のもくろみ通り、ディフェンダーソードという仮名を与えられた魔改造品であった。

「大当たりやな。兄ちゃんの眼力に敬意を表して、あと五千ほど出すんやったらちょっとしたおまけつけんで」

「おまけ? どんな?」

「魔力通すと怪我とスタミナを回復してくれる腕輪やな。いっぺん魔力通したると、十五秒ほど効果が続くで。おまけとしてちょっとした防御力強化と生命力強化の機能付きや」

「……五千で売るようなものじゃないわよ、それ……」

 おまけと聞いて口を挟んだアリサが、呆れたように突っ込みを入れる。断言してもいい。そのおまけ、転売すればそれだけで引退して遊んで暮らせるだけの値段が付く。

「どう使うんも勝手やけど、一応所有者固定の作業はするから、流石にすぐに転売とかはきついで?」

「……厚意で売って貰うものだから、そんな事はしないわよ」

「一瞬考えたやろ?」

 怪しい店主に見透かすように言われ、思わず真っ赤になって顔を伏せるアリサ。

「一万五千でいいんだな?」

「一万五千でええで」

 自分の浅ましさを指摘されて恥ずかしさにもだえるアリサを放置し、あっさり購入を決めるジョン。支払いを済ませて受け取り、軽く振って重心の位置などを確かめる。

「……この剣なら、大会でもいいところまで行けそうだ」

「ええこっちゃ。まあ、頑張り」

「ああ。で、ついでと言っては何だが……」

 そこで言葉を切り、自分の女達に視線を向け、考えていた事を切り出す男。

「この二人に向いた武器はないか? ここにある奴も悪くはないんだが、この剣を見てしまうともう少し贅沢を言いたくなってな……」

「せやな。その前に、兄ちゃんのその腰に下げた剣、見せてんか?」

「この古い奴か? 刃をやっちまった上に大したものじゃないぞ?」

 などといいながら、疑いもせずに店主に剣を渡すジョン。彼の中ではすでに、宏は胡散臭いだけで悪い人間では無いという認識に変わっているようだ。

「……なるほど、ようわかった」

「大した剣じゃないだろう?」

「少なくとも、兄ちゃんが自分の相棒を大事に使う人や、っちゅうんは分かったで」

 宏の言葉を聞き、妙に嬉しそうな表情を浮かべる女性二人。実際、ジョンの使っていた剣はとても丁寧に手入れされており、二十年ぐらい現役だった二流品とは思えないほど傷みが少ない。流石に古い上に現役時代が長すぎるためにどう頑張っても長くはもたなかっただろうが、仮にこの大会で無理をしていなければ、後二年ぐらいは使えなくも無い感じだった。使っていたのがジョンでなければ、とうの昔にへし折れていても不思議ではない。

 もっとも、実のところ、大会予選のバトルロイヤルを見た段階でそんな事は分かっていたのだが、やはり遠目で見るのと手にとって確認するのとは違う。こう言うのはちゃんと見て確認しておきたかったのだ。

「ちょっと待ってな。在庫チェックするわ」

 ジョンの「相棒」を返した後、そう言って袋の中をのぞく振りをしながら、宏はこっそり通信を開始する。既に使わなくなった中古品ではあるが、流石に独断で売っぱらうには抵抗があって確認を取りたかったのだ。

『春菜さん、兄貴』

『どうしたの?』

『何かあったのか?』

『ちょっと確認したいんやけど、ファーレーン居った頃に春菜さんが使うとった間に合わせのレイピアと、兄貴が使うとった間に合わせの杖、この兄ちゃんらに売ってもうてええ?』

 宏の唐突な問いかけに、通信の向こうで戸惑う空気が伝わってくる。何故それを手放す話になっているのかが理解できないようだ。

『いきなりの話だが、何でだ?』

『出来たら、仲間の分も何かええのんが欲しい、っちゅうてきてな。この兄ちゃんら個人的に気に入ったから、性能的に丁度ええあのへんの武器を売ったげたいんよ。どない?』

 宏の問いかけにすぐには答えず、しばらく沈黙する二人。どうやら裏でひそひそと相談しているらしい。

『俺の方は特に問題ねえぞ。別に思い入れがある訳じゃねえし』

『その人たちが大切に使ってくれるんだったら、私の方も異論はないかな。本当は手元に置いておきたいんだけど、使わないのに私が持ってるのは武器に対して失礼だし』

 二人の返事を聞き、それならばと結論を出す。

『了解。ほな、この将来有望そうな若者達に、ええ装備を手ごろな価格で売ったげる事にするわ。この兄ちゃんらやったら、絶対に粗末な扱いはせんやろうし』

 などといいながら、粗末な扱いという観点では自分達の方がひどいよな、とちらっと考えてしまう宏。自動修復があるとはいえ、宏達もちゃんと武器の手入れぐらいはしている。しているのだが、熟練度の低いエクストラスキルを使う機会があるため、どうしても致命的に荒っぽい扱いになりがちなのだ。その上、大事に使っているとか腕でカバーするとかではどうにもならない相手と戦うことも多く、これまた武器の消耗が激しくなる。

 進んで粗末な扱いをしている訳では無く、修理できるものは徹底的に修理して使っているのだが、武器を致命的な形で壊す回数というと、とてもものを作っている人間のチームとは思えないアズマ工房一行であった。

「中古やけど、丁度ええんがあったわ」

 春菜と達也から許可をもらい、ようやく探り当てたという演技をしながらレイピアと杖を取り出す宏。この時、こっそりバランス自動調整のエンチャントをかけておくことも忘れない。中古と聞いて一瞬顔をしかめ、だが宏が手にしている武器を見て目を見張るアリサ。

「そっちの栗毛の姉ちゃん、護身用はレイピアとか短剣の類やろ? で、そっちのプラチナブロンドの姉ちゃんは魔法メインやから、魔術師の杖がええやんな?」

「……これが中古って、持ち主どうしたのよ……?」

「もっとええ奴に切り替えたんよ。でも、それなりに思い入れあるから、ちゃんと大事に使うてくれそうな人に譲ったげてって釘刺されとってな」

 大事に使ってくれそうな、という言葉に背筋を正すアリサ。ジョンが見つけたものに比べれば幾分劣るが、このレイピアも十分以上にとんでもない代物なのは間違いない。エンチャントを抜いた品質ならば、むしろこちらの方が圧倒的に上である。普通なら考えるまでも無く、一生ものの武器だ。これから乗り換えたレイピアがどんなものか、想像するのも怖い。

「値段はどっちも一万ドーマでええわ。一応生半可な事で壊れんように作ったあるけど、無茶な使い方はせんといてや」

「分かってるわ。こんなとんでもない武器が壊れるような状況、間違いなくあたし達の手に余るもの」

「せやせや。冒険者は冒険するんが仕事や、っちゅうても、無茶とか無謀と冒険はちゃうからな」

 宏の言葉に、真剣な顔で頷くジョン達三人。そこらの新米なら、これだけの装備をここまで破格の値段で手に入れる幸運に見舞われれば、その時点で舞い上がって無謀な行動に出ていただろう。だが、ベテランとはとても言えないまでも、それなりに経験を積んだジョン達。装備が良くなっただけで無謀な行動に出るには、少々色々と辛酸をなめすぎた。慣れによる油断で命を落とす時期もどうにか乗り越え、冒険と無謀の区別がつく程度には実力もつけた今、宏に釘を刺されずとも装備の力に驕ったりはしない。

「ほな、兄ちゃんのその相棒に敬意を表して、最後のおまけや。ちょっとそいつ貰うで」

「……ああ」

 宏に言われ、名残を惜しみながら今までの相棒を宏に渡すジョン。アリサ達が購入した装備、その前の持ち主もこんな気持ちだったのかな、などとちらりと思う。

 実際には、達也は間に合わせの杖にはそんなに思い入れの類は無く、春菜も持ちかえた時はそこまで名残を惜しむような事はなかったのだが。

「さて、兄ちゃんの相棒の最後の仕事や」

 そう言って、欠けた所を軽く指で小突く宏。次の瞬間、そこから一気に亀裂が広がり、跡形も無く刀身が砕け散る。そして……。

「剣が……?」

「長い事大切に使われた武器はな、強力なエンチャントの触媒になるねん」

 宏の言葉に、呆然としながら新たな相棒に視線を向けるジョン。今ので偽装が完全に解け、自分の技量や経験年数に対して間違いなく過剰といえるその性能が余すことなく露わになる。

「あたし達のまで……」

「なんだか、武器の性能に振り回されそう……」

 同時に同じエンチャントをかけられたアリサとケイトの武器も、冗談が通じないほど底上げされている。特に魔法を使う際の補助具であるケイトの杖は、慣らしもせずに扱えば間違いなく性能に振り回されるだろう。

「ついでに使用者固定もすませといたから、それはもう自分らの武器や。最後のエンチャントは大事に使えば大事に使うほど強くなるから、そういう意味でも大事にしたりや」

「そんなのなくても、大事にするわよ」

「相棒を大事にするのは、冒険者として基本中の基本だろう?」

「わたし達、そこまで馬鹿じゃないつもりです」

 宏の言葉に、真剣な顔でそう宣言するジョン達。破格の値段で売って貰った、今の自分達には強すぎる武器。今は武器の格に完全に負けているが、いつか絶対にこれを持つにふさわしいと誰もが認める存在になる。そう心の中で誓い合う。

 そんなジョン達は、手始めにジョンがこの年の武闘大会を破竹の勢いで突破し、決勝戦で数段格上の相手にぎりぎりのところで勝利を収め、いくつもの困難を実力と武器の力とチームワークで乗り越えて、後にフォーレでも五指に入る冒険者として名を馳せる。その最初の一歩としてこの時の出来事は後々まで語られるのだが、そこには知られざる、とても後世には残せない裏話があった。それが何かというと……。

「物凄い儲かってしもたなあ……」

「トトカルチョで儲けてたら、値段抑えた意味ねえだろうが!!」

「流石に優勝するとは思わんかってん」

「てか、宏君。いくら賭けたの?」

「予選の間怪しい露店やって稼いだ売り上げ、全部やな」

「うわあ……」

 倍率的に大穴であったジョンに不良在庫一掃の売り上げ全部という大金を突っ込み、他のトトカルチョ参加者から大量の金を巻き上げるという八百長じみた行為であったのは、後の人には言えない歴史の裏側である。
武闘大会をテーマにしておきながら、試合の描写が一行もない件について。
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