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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

フォーレ編

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第3話

「お待ちしておりました」

 ウルスのアズマ工房に戻ってすぐに、宏は入り口で待ち構えていたエアリスに声をかけられた。

「エル? って、そうか、アルフェミナ様か」

「はい。申し訳ないとは思いましたが、アルフェミナ様のご指示に従い、ある程度勝手に話を進めさせていただいております」

 エアリスを通じてアルフェミナが介入してくるあたり、どうやら今回の計画、神々にとっても非常に重要な要素をはらんでいるようだ。

「まあ、それはこっちも手間が省けるからかまへんっちゅうかむしろありがたいんやけど、どの程度進んどんの?」

「昨日の今日ですので、大したことは。せいぜいお父様とお兄様に話を通した上で、ミシェイラ女王とナザリア様に親書を送った程度です」

「いやいや、十分すぎるわ。っちゅうか、どうやって送ったんよ……」

「オクトガルの皆さんにお願いしました」

「あ~」

 エアリスの言葉に、納得の声を上げる宏。オクトガル達はこういうお使いが大好きだ。特に懐き切っているエアリスの頼みならば、どんな非常識な時間や回数でも楽しんでパシリをやってくれるだろう。

「それにしても、アルフェミナ様の姫巫女って、権力の類はあらへんねんやろ? こんな好き勝手してええん?」

「基本的に、アルフェミナ神殿内部の事以外に関しては、私が命令して何かをする、という事はできません。ですが、アルフェミナ様の姫巫女として国王陛下や王太子殿下、宰相閣下にお願いする事は出来ます。あくまでもお願いするだけであって、それをかなえてくださるかどうかは、実際に権力をふるい国家を運営する皆様の判断次第ですが、今回はアルフェミナ様直々のお言葉もあり、また皆様の実績もあって一足飛びに話が進みました」

「なるほどなあ」

 言われてみれば当たり前の話だが、たとえ権威だけで権力は持ち合わせていなかろうと、権力者とつながりがある以上はそれを利用しての頼み事は出来る。頼みを聞くかどうかはその時の状況によるだろうが、誰かに何かを頼むこと自体には権力は関係ない。

 それに、巫女という存在はそもそも、神の代弁者である。神の言葉が下りて来たなら、たとえ相手が権力者であろうと頭ごなしに命令する必要も出てくる。むしろそのために、ほとんどの神殿が日ごろは権力と距離を置いているのだ。

「とりあえず、大体の事は分かった。ちょっと手土産用意するから、待っとって」

「はい」

 大人しく食堂についてきたエアリスを待たせ、倉庫を漁って手土産に向いたものを探す宏。今回は基本的にダールに行く事になるので、時期的にも冷たいものの方がよさそうだ。という事で選んだのが、神殿に対しては春菜と澪がこだわりを持って作り上げた各種アイスクリーム。ダール王宮の方は冷たいヤギのミルクを注ぐ事で完成する冷たいスープの素三種ほど。一種類十食入りのお徳用サイズである。因みに、牛乳をはじめとした各種ミルク類に対応したスープももちろんある。

「とりあえず、こんなんでええんかな?」

「アイスクリームは分かるのですが、そちらの箱はどんなものでしょうか?」

「冷やしたミルクを注ぐと、冷たいスープが作れる魔法の粉や。ダールはヤギのミルクがメインやから、そっちに合わせた味付けになっとるで」

「冷たいミルクで、ですか?」

 宏の言葉に、好奇心に目を輝かせるエアリス。粉を湯に溶けばスープが出来る、というのはインスタント食品でさんざん見ているが、冷たいミルクでというのがポイントが高い。何しろ、今まで見て来た粉末スープの類は、冷たい水や冷めたお湯だとあまりちゃんと溶けなかったのだから。

「……王宮の方で実演するから、ここではちょっと我慢してんか」

「はい。分かりました」

 物凄く見たそうにうずうずしているエアリスをなだめ、とっととダール王宮に顔を出すために転送陣をくぐる。どれほどの手際の良さか、ダールの工房に着いて外に出た瞬間、王宮からの迎えの馬車が何処からともなく現れて宏とエアリスを拉致して行く。

「なあ、物凄い手際ええんやけど……」

「こちらの到着タイミングまで計算なされるのは、流石女王陛下とマグダレナ姉様です」

「っちゅうか、僕までこんなVIP待遇で大丈夫なんかいな……」

「むしろ、国賓待遇でないと駄目なのではないかと思います」

 迎えに来た馬車の立派さや即座に出された茶の品質。何処からどう見ても国賓待遇である。馬車の来たタイミングといい、エアリスはともかく自分までその待遇で大丈夫なのかと色々心配になる、ファーレーンやダールにとっての自身の重要性を全く自覚していない宏であった。







「ありがとうございました~」

 フォーレの首都・スティレン。春菜達は着いて早々に出店許可を取り、順調に売り上げを上げていた。達也は別行動で、街の様子やら最近の出来事やら近々ありそうなイベントやらの情報を集めて回っている。

「そっちの在庫、どんな感じ?」

「もうそろそろ終わりかな?」

「競合する店が結構あるってのに、よく売れるわねえ」

「そうだね」

 感心しているのかぼやいているのか微妙な感じの真琴の言葉に、何とも言い難い感じの微笑みとともに応える春菜。競合店舗と自分達の間に、味以外で一つだけ明確な違いがないではない。だが、それが理由だとはあまり考えたくはない。

「姉ちゃん、カンサイ風ってやつ一個くれ」

「は~い」

 注文を受け、手際よくホットドッグを作って差し出す春菜。所詮ファーストフードなので、ソーセージに火を通す以外に大して時間がかかるでもなく、そのソーセージも客足が途絶える時間があまりないためずっと火にかけ続けている。結果、注文を受けて三十秒かからずに完成品が出来る。

「二十ドーマになります」

「はいよ」

 御国柄か食料品全体がやや高めのフォーレだが、それでもたかがホットドッグにそんな凄い値段は付かない。為替相場や食料品価格で若干変動はあるものの、大振りのホットドッグ一本の相場は西部諸国の場合、日本円に直して大体二百円ぐらいでほぼ一致している。

「ありがとうございました~」

 春菜の良く通る声に見送られ、ホットドッグをかじりながら上機嫌で立ち去っていく客。その声に引き寄せられるように、新しい客がふらりとやってくる。ウルスやダールでのピークに比べればはるかにのんびりとしたペースだが、それでも十分な客足である。

「あっ」

「そろそろ終わり?」

「うん。ソーセージが残り十本」

「そっか」

 春菜の申告を受け、ソーセージの残りに数を合わせてパンに切れ目を入れたところで作業を止める真琴。今日の真琴はソーセージを挟めるようにパンに切れ目を入れたり、春菜が用意した材料を挟んでホットドッグを完成させたりといった、料理スキルがない、もしくは低くても味に影響が少ない作業を行っていた。キャベツの味付けやソーセージの焼き加減などを春菜がやっているため、それ以外の作業が多少いい加減でも、素材の味で十分フォローがきくのである。

「それにしても、最近あんた、あんまり駄々漏れじゃなくなってるわよね?」

 そのまま特に何のトラブルも無くホットドッグは完売し、屋台の片付けに入ったところで気軽な雑談として春菜に気になっていた事を聞く真琴。

「そうなの?」

「ええ。でも、冷めた訳じゃないどころか、前より熱量自体は増えてる感じだから、ちょっと不思議でね。何か心当たりは?」

「心当たり、か……」

 真琴に言われて、少し考え込む春菜。ダールの時と違い、駄々漏れになるぐらい宏と触れ合いたいという衝動が収まった事には、春菜自身も気が付いている。きっかけと理由があるとすれば……。

「邪神像の聖水に触っちゃった時、三日ほど隔離されて地底に行ってたよね?」

「ええ」

「あのときに暴れたら、ちょっとすっきりしたみたいな感じ。あれ以来、どっちかって言うと触れ合いたいって衝動よりも、どんなに時間がかかってもいいからもっと好きになって欲しい、って気持ちの方が強いから、持久戦かな、って」

「……ああ、スポォツで発散した、ってことね……」

「まあ、そうなるのかな?」

 春菜が話した理由を聞いて、何処となく呆れた表情を浮かべる真琴。よもや、イグレオスの主張通りになるとは思いもよらなかった。

「ま、それはなんとなく納得出来たからいいわ。それはそれとして、とりあえず達也がいなくて丁度いい機会だから、ちょっと聞いときたいんだけど」

 聞きたい事の一つ目を確認し、この際なので達也がいる場所では聞きづらい事を真剣な表情と声色で確認する事にする真琴。

「何?」

「前から気になってたんだけど、春菜、あんた日本に帰りたい?」

「えっ?」

「これは責めてるんじゃないんだけど、どうにもあんたと宏って、あんまり積極的に向こうに帰ろうとしてる気がしなくてさ」

 真琴の意外な方向からの鋭い質問に、思わず答えに詰まる春菜。ある意味、それが答えと言えば答えなのだが、この際だからちゃんと考えての返事を聞きたい。そんな考えのもと、更に追い込むように言葉を継ぐ真琴。

「あくまで冷静かつ客観的に考えたら、なんだけど、達也以外は基本的に日本に戻る理由ってそんなに無いのよね。住環境も食事も下手したらこっちの方がはるかにいいし、出来る事もこっちの方が一杯あるし」

「……まあ、そうだよね」

「人間関係に関しても、女性恐怖症で恐らくそこまでたくさん友達作ってない宏とか、病院で寝たきりやってて学校にもろくに通ってなくて確実に交流の幅が狭い澪とか、向こうに未練が残るほどの人間関係って両親とか家族ぐらいだと思う訳よ」

「……うん。多分だけど、間違いなくそうだと思う」

「で、あんたにしても、このまま日本に帰ったら、今までみたいに宏と一緒に生活する、ってのは難しくなる訳でしょ?」

「……」

 一度考えて、その後考えないようにしてきた話を次々と持ち出してくる真琴に、何も言えなくなって沈黙する春菜。日本に帰ってしまえば、精神的にはともかく立場的には今の関係から大きく後退することになる。それはそれで仕方がない事ではあるが、そうでなくても沢山のハンデを抱えた恋愛で、これ以上マイナス要素を抱えるのはかなり切ない。宏が日本に戻らないと言い出した場合、玉砕すらできずに無理やり恋を終わらせなければならなくなる可能性もある。

 だが、逆に言うと、春菜がこちらの世界にこだわる理由も、エアリス達との人間関係と宏に対する恋心だけしかない。日本にいる親兄弟や自分の関係者の事を考えると、自身の恋心に素直に準じて切り捨てるにはいろいろと無理があるのも事実だ。

「……正直なところ、私は日本にもこっちにも、多分そんなに未練はないんだと思う」

「そうなの?」

「うん。絶対に切りたくない人間関係がどっちにもあって、どっちの世界もそれなりに気に入ってるって事は、逆に言えばどっちにもそこまで未練はないんだろうなあ、って。でも」

「でも?」

「日本にいる人たちの事を考えると、どんな選択をするにしても、一度はちゃんと帰らないと駄目なんだ」

 今までと違って迷うそぶりも見せずに、やけにはっきりと言い切る春菜。どうにも、彼女もなかなかややこしい背景を抱えているらしい。

「……そこまではっきり言い切れる理由、聞いていい?」

「仮にこっちで暮らすことにしたとしても、一度は帰ってその事を報告しないと、色々と厄介な人が何人かいるんだ。いくつか確認しなきゃいけない事はあるんだけど、ね」

「厄介って、たとえば?」

「下手をすると、いろいろと壊しちゃいけない物を壊してこっちまで探しに来そうな人がいるから」

 淡い苦笑を浮かべながら物騒な事を言う春菜に、思わず沈黙してしまう真琴。そんな真琴に構わず、そのまま話を続ける春菜。

「実際のところね。ものすごく長引いたら、多分誰かが迎えには来るだろうな、って思ってるんだ」

「誰かって?」

「一番普通っぽいところで、VRシステムとかAIまで人間そっくりのアンドロイドとか手のひらサイズの常温核融合炉とか作った天才科学者のおばさん、というかお姉さんかな?」

「あ、その人知ってる。えっと、確か綾瀬天音って人だったわよね? その人と春菜との関係って、どうだっけ?」

「うちのお母さんの二歳上の従姉。おばさんって呼ぶのにちょっとためらうくらいには見た目が若いけど、私が赤ちゃんの頃からの付き合いだから、なんとなく自然にその呼び方が定着しちゃった感じ」

「毎度のことながら、あんたの向こうでの人間関係って、いろんな意味で豪快ね」

「私自身はそんなに特別でもないんだけどね」

 またしてもとんでもない人物が飛び出してくる春菜の人間関係。本人は歌と料理が上手い単なる天然ボケ疑惑の超美人だが、親が絡むと途端にワールドワイドで規格外になる。どうにも春菜自身、親が絡むその人間関係に、ある種のコンプレックスも含んだ複雑な感情を持っているようだが、所詮部外者でその関係者という奴を一人として直接知っている訳ではない真琴には、そんな気がする、以上の判断は出来ない。

 因みに、天才科学者・綾瀬天音は双子の女児の母でもあり、その双子は宏と春菜と同じ高校に通う、二学年下の後輩である。高校生の二児の母だというのに、下手をすると真琴と同い年か年下に見えるほど若々しい女性だが、中身は年相応の性格をしている。

「というか、いくら天才科学者って言っても、そんな簡単にホイホイ異世界に移動とかできるの?」

「表沙汰になってない発明品の数々を知っている身の上としては、何が出来ても驚く気は起こらない感じ。というか、そんな人が身内なのに、普通に公立高校に通って放課後寄り道とかして問題ない時点で察して」

「あ~、なるほど……」

 本人は家庭環境以外はぎりぎり普通の一般人のカテゴリーに入る春菜が、その家庭環境でSPに囲まれたり警備が厳重な学校に通ったりせずにごく普通に生活出来ている、という時点で、恐らくその綾瀬天音という女性がいろいろやらかしているのだろう。春菜の口ぶりからすると、それ以外にも噛んでいる人間はたくさんいそうだが。

「で、そこらへんのもろもろも併せて考えると、向こうの私達の状態っていくつか仮説が立てられるんだけど、今話す事でもないからそこは置いとくね。正直なところ、仮説が正しかろうがどうだろうが、今現時点での状況をどうにかするのに役に立つ話じゃないし、話すにしてもみんな揃った時に話した方がいいだろうし」

「了解」

 丁度片づけが終わったこともあり、春菜の提案に頷く真琴。春菜の仮説という奴が気になるのは確かだが、同じ話を何回もするのも面倒だ。

「で、私ばかり聞かれるのも不公平だし、この際だから聞きたいんだけど」

 とりあえず中央の市場の方に向かいながら、折角だからという事で反撃に出る春菜。フォーレの中央市場はファーレーンと違い、別に高級品ばかりを扱っている訳ではないので彼女達の目的にも沿うのである。

「あたしはどうなのか、って?」

「うん」

「まあ、あんたとか達也に比べたら非っ常にくだらない上にもうすでに手遅れっぽいんだけど、あたし的にはかなり切実な理由で帰りたいのよね」

「手遅れっぽいって?」

 割と切実そうな表情で、何処となく苦いものをにじませながら答える真琴に、思わず首をかしげる春菜。

「あ、一般人から見たら、本当にくだらない話よ」

「でも、真琴さんとしては物凄く困ってる事なんだよね?」

「そりゃあねえ」

「普通の人から見たらくだらなくて、本人にとってはものすごく切実な事で、今となっては手遅れっぽいって言うのが全然思い付かないんだけど……」

 本気で分かっていないらしい春菜を見て、育ちの違いという奴を痛感する真琴。それこそ今更手遅れではあるが、正直この娘を自分や澪のような手遅れと一緒に行動させていいのだろうかと、一瞬とはいえ思わず本気で悩んでしまう。

「押し入れの中身とかハードディスクの中身を処分したいのよ。あのへんの聖域には、あたしの趣味嗜好性癖ががっつり詰まった黒歴史の塊が眠ってるのよ?」

「黒歴史って……」

 真琴の余りに大げさな言葉に、何処となく呆れた様子の春菜。春菜とて年頃なのだから、そういう持っている事を知られると恥ずかしい写真や映像、本などに興味がない訳ではない。だが、あまりにワールドワイドに大物が出入りする家で育った都合上迂闊にそういうものに手を出せなかった事もあり、耳年増な部分がある割にはその手のものに関しては妙にクリーンな育ち方をしている。

 それゆえに、こっそり持っていたエロ本の類が親兄弟・異性の知り合いなどにばれた時の居心地の悪さや恥ずかしさというものとは無縁な生活を続けてきた春菜には、真琴の言葉がどれほど切実なのか、いまひとつピンと来ていない。

 余談ながら、春菜達の暮らしている時代、アニメなどが発祥の造語は割と一般に浸透し定着している。そのため、オタク趣味に関してはほぼ一般人の春菜でも、この手の単語のニュアンスや意味はなんとなくわかる。

「いくら腐女子が一大勢力として世間に認知されてるって言っても、BL趣味は未だに一般人からは白い目で見られるのよ?」

「そう言われても……」

 そっち方面の趣味はない春菜にとって、腐女子がおかれている環境など理解できるはずもない。故に、真琴の訴えを聞いてもピンとこない表情で困ったように返事をするしかない。

「てか、あんただって見られて困る本とか写真集とか、一冊ぐらいは持ってるんでしょ? 流石に十八禁指定は無いにしても、R指定が付くぐらいの奴は」

「友達に見せてもらった事はあるけど、持ってはいないよ」

「はあ? その歳でそれって、おかしくない?」

「興味がなかった訳でも欲しくなかった訳でもないんだけど、下手にそういうの持ってると、家探しした揚句にいろいろ面倒な話を持ってくる人が何人かいて、ね……」

「ああ、なるほど」

 春菜の家のように不特定多数の出入りがある環境では、アイドルの写真集とかそのレベルの、どんなに過激でも大人の世界から見ればまだまだ大人しいと言える内容のものでも、迂闊に手を出せないのだろう。しかも、親が芸能界でそれなり以上の地位を持っている事を考えると、二次元ならともかく三次元の男のグッズに手を出したら余計な勘繰りを受けかねない。その手の春菜の家特有の事情を察し、思わず苦笑を浮かべる。

 多分本人はお嬢様育ちだという自覚はないだろうし、親もそういう育て方をするつもりはさらさらなかっただろう。が、やはり環境が環境だけに、春菜はどうしても、本質的にはいいところのお嬢様なのだ。もはや慣れてしまってあまり意識していないが、ちょっとした仕草や歩く時の姿勢、食事の時の食べ方の美しさなどを考えれば、彼女がお嬢様でないなどとは口が裂けても言えない。時折言動の端々ににじむムッツリっぽさも、そういう環境で育って、あまり好みのタイプとか性的な好奇心とかをオープンにできなかったところが影響しているに違いない

「まあ、そういう理由だから、こっちに飛ばされた時の時差って奴に期待して、早く帰って誰かに発見される前に証拠を隠滅したいのよ」

「ふーん?」

「他人事みたいに言ってるけど、多分宏だってそういうのはあると思うわよ? あたしとか澪ほど深刻じゃないだけで」

「別に、男の人がエッチな本とか持ってるのって、そんなにおかしなことじゃないから大して気にはならないけど……」

「不潔、とか言わないの?」

「私自身がそういうのにまったく興味がない訳じゃないのに、そういうの持ってるからって人の事を非難するのは、流石にいろんな意味で違うよね?」

 春菜の潔すぎるほどの正論に少しばかり気圧され、思わず真顔で頷いてしまう真琴。自身の貞操観念はものすごく固いくせにそういう部分ではおおらかなあたり、なかなかのバランス感覚と言っていいのかもしれない。

「で、さっきちらっと澪ちゃんの話が出てきたけど、やっぱり澪ちゃんもそういう方向で帰りたいのかな?」

「そうだと思うわよ。あと、あの娘ほど骨の髄までオタク趣味に染まってると、ああいうのから完全に足を洗うのは厳しいと思うし」

「それもそういうもの?」

「たまに話をしてる感じ、結構そういう部分はあるわよ」

 この件に関しては、澪もなかなかに複雑な立場である。正直なところ、何の問題もない健康な体というのは何にも代えがたいありがたいものだ。自分の口で味わって食べられるというのがどれほど幸せなことか、こちらに来た当初は顔や口には出さないが、心の中ではずっとかみしめていた。

 だが、人間、その環境に慣れてくると欲とか煩悩とかが出てくるもので……。

「今は宏の事があるから押さえてるけど、そのうち何か機会があったら、リアルギャルゲーとか言って余計な事をして人様の恋愛事情をひっかきまわしかねないわよ」

「流石にそこまでは……」

「むしろそれぐらいだったらいいんだけど、オルテムのマンイーター退治の時に宏が作ったあれこれの試作品とかこっそり回収して確保してるから、リアルエロゲーとか言ってアルチェムとか地底エルフの子とかノーラとかを毒牙にかけそうで気が気じゃないところがあるわよ?」

「うわあ……」

 宏がマンイーター対策で作った試作品、そのあれこれを思い出してどん引きする春菜。人をくびり殺せるほどのパワーがある試作品は一つもなかったが、アルチェムを人にお見せ出来ない格好に縛りあげた奴のように、十八歳未満御断りの光景を作る事なら可能そうな試作品はいくつかある。宏はきっちり廃棄していたはずなので、この場合はむしろ澪の執念が一枚上手だったのだろう。

「ま、まあ、とりあえず、あまり歩きながらする話でもないし、達也さんと合流して市場冷やかしたら、早めに戻ってそれから続きを話そうよ、ね?」

「そうね。多分聞かれてもほとんどの人間には意味は分かんないだろうとは思うけど、確かに歩きながらする話でもないわね」

 だんだん年頃の女性が往来でするのはどうかという方向に話がずれてきたため、慌てて軌道修正をはかる春菜とそれに従う真琴。他に真面目な話も思い付かず、というよりするなら全員揃ってからした方がよさそうな話題しか思いつかなかったため、とりあえず無難にフォーレのファッションについて話を始める。

 今まで活動内容や組み合わせの問題で二人だけで行動することが少なかった春菜と真琴だが、別段仲が悪い訳でもなければここだけは我慢できないという不満がある訳でもない。なんだかんだで歳が近い事もあり、ファーレーンとダール、フォーレの三つの国のファッションの違いなどで大いに盛り上がりながら、達也と合流する前にさんざんあちらこちらの店を冷やかすのであった。







「面を上げよ」

 春菜達がスティレンの市場を冷やかしていた頃。ファーレーン王国の駐フォーレ大使であるアンドリュー・マイセンは、ファーレーン王から転送魔法で届けられた親書を手に、フォーレ王ゴウト八世の謁見を受けていた。

「さて、レグナス王からの親書、読ませてもらった」

「はっ」

 ヒューマン種でありながら二メートル近い身長と、オーガやジャイアントもかくやという鋼のような肉体を持つゴウト王の眼力に気圧されぬよう腹に力を入れつつ、かけられた言葉に従い一礼するアンドリュー。

「本当に可能なのであれば、我が国としては是非も無い事だ。が」

「懸念はよく分かります」

 フォーレ王の言葉に頷くアンドリュー。彼とて一緒に送りつけられたエレーナの懐剣を見ていなければ、ファーレーン王に考え直すように、物理的な意味で自身の首をかけて説得しようとしていただろう。それぐらい、現実味がない提案なのだ。

 もっとも、もう五年フォーレに滞在し、それゆえに鍛冶製品の目利きの腕を磨きあげた、優秀な付与魔術師としての側面も持つ彼だからこそ、エレーナの懐剣がどれほどとんでもないものなのかを見ただけで理解出来たのだが。

「我が主も、何も最初から全面的に協力することを求めてはおりません。現在、クレストケイブで試作型の溶鉱炉を作る話が進んでいるとの事ですので、そちらにちょっとした手助けを、それが叶わぬなら結果が出るまで黙認する事をお願いしたい、との事です」

「分かっておる。クレストケイブの事は、我が国にとって頭の痛い話だ。この話がうまくいけば、クレストケイブの坑道がダンジョンから元に戻らなくとも生産能力を落とさずに済むし、逆に元の鉱山として使えるようになったとしても、魔鉄鉱石やミスリル鉱石は最初から常に供給過剰で製品は供給が足りん。どちらに転んだところで我が国にとっては利益しかない。また、失敗したところで現時点ではたかが溶鉱炉一つ。国として関与したところで、さほど痛くはない出費だ」

 フォーレ王の言葉を肯定するように頷いて見せる財務大臣と技術大臣。そもそも、新型溶鉱炉の技術開発に関しては、新たな採掘機材とともに常に多額の予算を割いて研究開発しているものである。そこに他国の、というより知られざる大陸からの客人のものとはいえ新たな技術が入る事、それ自体は歓迎すべき事ではあれど忌避すべき事では一切ない。その結果がどうであれ、そこに投入した費用が無駄だと考える人間はここにはいない。

 なので、フォーレ王が問題視しているのはそこではない。

「儂が気にしているのは、アズマ工房が本当に信用できるのか、だ」

「我が主とダールのミシェイラ女王陛下が信用なさっている、という実績では足りませんか?」

「儂は偏屈者だからな。直接見ぬ限りは、そ奴らを信用できるかどうかなど判断できん」

 やはり一国の王だけあって、たとえ自国と同等レベルの大国、その王二人が認めたといっても、単なる評判だけで信用したりはしないらしい。

「別に新型の溶鉱炉を作るのは構わぬ。こちらに技術的なフィードバックをもたらしてくれるのであれば、もちろんありがたく受け取ろう。だが、それをもとにこちらの事にあれこれ口を挟まれてはかなわぬ」

「その心配はもっともですが、そのつもりがあるのであれば、彼らがバルドを仕留めた時点で、既に何らかのアクションを起こしているのではないかと考えます」

「儂は臆病者だからな。西の大国三つの中枢に食い込んで、誰も無視できぬほどの影響力を確保してから好き放題するのではないかという疑いがどうしても消せん」

「私も彼らと面識がある訳ではないので、流石にその疑念を払拭できるだけの根拠を示す事は出来ません。ですので、まずは溶鉱炉の試作の件、せめて黙認していただくよう、お願い申しあげます。また、結果がどうであれ、彼らに対して罪をかぶせるような真似をなさらぬよう、お願い申しあげます」

「分かっておる。我が国では溶鉱炉の技術開発、ならびに新型溶鉱炉の試作は常に奨励している。それを行ったのが異国のものだからと言って処罰するほど、儂もこの国の人間も恥知らずではない」

 フォーレ王の言葉に深く一礼するアンドリュー。恐らくこれが鉄の事ではなく、またクレストケイブの鉱山異界化がなければこうはいかなかっただろう。もっとも、そもそもクレストケイブの鉱山が異界化してダンジョンに化ける、などという事件が起こっていなければ宏がこの国で新型溶鉱炉をつくろうなどと考えるはずもなく、アンドリューがこの場でフォーレ王を説得する必要も無かったのだが。

「それにしても、もしうまくいけば、何年ぶりの革新的新技術となる?」

「十数年ぶり、というところでしょうか」

 王の疑問に答える技術大臣。残念ながらここ十数年は技術革新と呼べるほど目立った成果は上がっていないが、それでも製品の品質、精錬時間、一回で精錬できる量などはブレイクスルーが止まってからと比較して数割向上している。とはいえ、研究開発に投入した費用に対して、効果という観点ではかなり微妙な印象がぬぐえないのはどうしようもないことだろう。

「今回の件が上手く行ったとして、貴国にとってどのような利点がある?」

「魔鉄製品の供給量が増えれば、我が国が購入できる量も必然的に増えます。そうなれば大型モンスターの討伐による被害も減り、交易路の安全確保と食糧その他の増産に割ける余力が大きくなります。それは貴国にとっても大きな利点となりましょう」

「その増産した魔鉄装備で我が国が貴国に攻め入るとは考えんのか?」

「これは異な事を。我が国と貴国との間で戦など起こせば、増えた瘴気に誘われて大霊峰からドラゴンロードが飛んできます。たかが魔鉄製の防具ごときでドラゴンロードの爪やブレスを防げると考えるほど、陛下は楽観的ではございませんでしょう?」

「違いない、な。それに、我が国のメルクォードやダイテスと貴国のフェルノーク卿やドーガ卿がぶつかり合えば、それだけで互いの軍に致命的な被害が出かねん。我が国の一般兵の練度は三国一と自認しておるが、それでも一般兵が魔鉄の剣や槍を身につけた程度で、フェルノーク卿やドーガ卿に傷を与えられると考えるほど耄碌はしておらん」

 両国の英雄の存在を例に出し、争う意義のなさを漏らすフォーレ王。対軍攻撃とでも呼ぶべき種類の広範囲大火力攻撃を持つ、単独でワイバーンやケルベロスを普通に狩れるような英雄達。そんな英雄達が戦場で一切の加減も自重もせずにぶつかり合えば、その一撃の余波だけでも一般兵など戦闘不能になりかねない。

「何にせよ、現時点では国家として関与すべきかどうかの判断はつきかねる。まずは制度に従って補助金を出すことにするが、それ以上は様子見とさせていただこう」

「もちろん、それで問題ありません」

「では、レグナス王に今回の話し合いの内容を伝えてくれ。下がって良いぞ」

「はっ。失礼します」

 フォーレ王に促され、一礼して謁見の間を出ていくアンドリュー。おおよそファーレーン王の予想した通りの落とし所に落ち着いた事に内心で安堵しながら、これでこの国も連中に骨抜きにされるのか、などとちょっと物悲しいものを覚えなくもない。

 そのアンドリューが立ち去ったのを確認したところで、重い口を開くフォーレ王。

「さて、どう思う?」

「彼の工房に関してなら、さほど警戒する必要はないかと存じます。何しろ、わざわざしがらみにとらえられてまで我が国に食い込む利点がほとんどありません」

 宰相の断言に、眉を一つはね上げるフォーレ王。王にとっては、かなり意外な意見だったようだ。

「その根拠は?」

「聞くところによりますと、彼らは独力でワイバーンはおろかガルバレンジアをも仕留めるだけの戦闘能力と、それらの素材を活かしきった、我々ですら住んだ事がないような快適な住まいを作るだけの技術力を有しているとの事です。その二つが揃っているのであれば、わざわざ面倒な王侯貴族との付き合いなど考えず、南部大森林や大霊峰あたりの国の手の届かない場所に引きこもって生活する方が、はるかに自由気ままに暮らせます」

「それだけでは根拠としては薄いと思うが?」

「もう一つ根拠を示すならば、先ほどの大使殿も言った通り、ファーレーンが無事であるというものがあります。それだけの実力を持っていて、しかもカタリナ王女の反乱を鎮圧したという実績があるのです。その気があるなら表向きを取り繕いながら、実質的にファーレーンを乗っ取って甘い汁を吸っているでしょうな」

「ウルスでは随分と優遇されておると聞くが?」

「少々気に入った商人を優遇しているのと、それほど大きな違いはないと聞いております。むしろ、実績や国としての体面を考えるなら、それぐらいの優遇はしてしかるべきかと」

 宰相の断言に、思わず唸ってしまうフォーレ王。現実には優遇と呼べるのはせいぜい固定資産税の免除ぐらいなもので、アズマ工房から優先的に仕入れているものはほぼ全て、アズマ工房でしか扱っていないかアズマ工房のものが品質・性能において他の追随を許さないからかのどちらかの、気に入っているとか功績があるとかそう言った要素に関係なく普通はここで購入すると断言できる品物である。

 強いて優遇されていると見られてもおかしくない事を挙げるなら、ほぼフリーパスで簡単に城に出入りできる事と、持ちこんだ提案が他の商人より実現されやすいことも挙げられなくもない。が、そもそもファーレーン全体やウルス全体と言った大規模な範囲に影響が出る提案など、スラムの土壌改良事業と実験農場のみ。これもそもそもやらなければウルス全体が大混乱に陥りかねなかったため、恐らく宏達が持ちかけなくてもいずれ何らかの形で行われていたであろう種類のものである。

 宏達が早期に話を持ちこんだために実験農場になったが、そうでなければ伝染病の疑いにより隔離・処分の後区画全体を焼き払って封鎖という後味の悪い結末になっていた可能性が高い事を考えると、国として何一つ損はしていないし、宏達もそれほど金銭的・社会的な利益を得ている訳ではない。

 もっとも、国の金で好き放題色んな作物の栽培実験が出来るという、考えようによってはものすごく大きな利益を得ていると言えなくもないのだが。

「何十年か経って、今の頭が別の人間に変わったらどうなる?」

「そこまでは何とも。変わらぬ組織などありません故」

「ふむ……」

 フォーレ王の懸念を理解しつつも、現時点でそれを警戒してもどうにもならない事を告げるしかない宰相。数十年後となると、アズマ工房を上手く排除したところで、別の組織に国の中枢を乗っ取られている可能性もある。

「何らかの口実で一度直接会って、その人となりを確認して判断するしかありますまい」

「そうだな。それに、儂の死後に知られざる大陸からの客人に乗っ取られて好き放題されてしまうというのであれば、それはその時の王が無能だっただけの事。奴らに乗っ取られなくとも、いずれ滅んでいよう」

「そうですな」

「無論、余計な台頭を簡単に許すつもりはないがの」

 などと言っているフォーレ王を、頼もしそうに見上げる家臣たち。ある意味で骨抜きにされたファーレーンやダールの中枢メンバーがこの台詞を聞いていれば、おそらく生温かい笑みを浮かべながらあいまいに頷いていたであろう。

 なお、この時のフォーレ王の懸念は実のところ正しく、国を好き放題荒らされたり政治をめちゃくちゃにされたりすることこそ無かったものの、数百年後には西部三カ国どころか世界のほとんどの国がアズマ工房の生産・流通活動に一定以上の割合を依存してしまい、事実上世界を乗っ取られることになるのも、その時のアズマ工房関係者がその地位を利用して、ひたすら作りたいものを作り続けるというスタンスを守り続けるのもここだけの話である。







「ただいま」

「おかえり」

 色々済ませてクレストケイブの仮拠点に戻ってきたところで、どうやらアクアブレスの製作指導を済ませたらしい澪に出迎えられる春菜達三人。

「宏君は?」

「師匠はもうちょっと時間がかかりそうだって連絡があった」

「そっか」

 ダールの王宮で女王とマグダレナに捕まって色々とこまごまとした頼みごとを聞いていたとのことで、まだイグレオス神殿の方での話し合いが終わっていないらしい。

「で、どうせ師匠は明日も動けないみたいだし、教え子たちが作ったアクアブレスの性能試験したいんだけど、いい?」

「性能試験? どうやるんだ?」

「実際にダンジョンに潜って、毒ガス地帯を突破できるかどうかを確認する」

 澪のその申し出に、思わず黙り込んでしまう達也と真琴。春菜は年長者に判断を任せることにしたらしく、お茶の用意を始めている。

「とりあえず、それを俺達がやらにゃならん理由って奴を聞いていいか?」

「ボク達なら、毒ガス地帯の途中で効果が切れても対応する手段があるから」

「まあ、それは分からんでもないが……」

 澪にきっぱり言い切られて、思わず苦笑を漏らす達也。実際、鞄の中には、この手の状態異常に対応するためのアイテムが満載してある。装備にかかっている環境耐性まで考えれば、アクアブレスの効果の有無などほぼ影響してこない。

「その性能試験、あたし達に何かメリットはあるの?」

「そこはちゃんと交渉した。報酬もらえるのと、アズマ工房の関係者はダンジョン化してる間に限り、出入りおよび採掘を自由にしていいって」

「なるほどね。報酬って、どんなもの?」

「お金と、オリハルコン・アダマンタイト・ヒヒイロカネなんかのドワーフ達が持て余してる鉱石」

「そう来たか、やるわね」

 実にいろんな意味でピンポイントで狙っている感じが強い報酬に、思わずにやりと笑ってしまう真琴。魔鉄なら加工できる人間は結構いても、オリハルコン以上となるとここ三百年ほどは加工できるところまで腕を上げた人物はいないらしい。精錬にしても、同じぐらいの時期に最後の一人が技を伝授する前に事故死して以来、そもそも使っていた溶鉱炉を維持することすら出来ずに技術が途絶えてしまっているとのこと。

 元々産出量自体が少ない希少金属ゆえに大して困らなかったが、それでも三百年もあるとその微量の鉱石が積り積もって結構な量になっているそうで、そこらへんの加工技術の伝授に対する期待も込めて、報酬としてありったけ放出するとの事だ。

 もっとも、昔の鉱石なんぞすべて放出してしまったところで、ダンジョンでいくらでも回収できるのだからあまり関係ないのだが。

「防具は重さとか音の問題もあるからその辺の金属で作るとしてもあたしと宏の分だけになりそうだけど、武器は全員の分を派手に強化できそうね」

「ボク、オリハルコンは辛うじて扱えるけどアダマンタイトは成功率がゼロに近いし、ヒヒイロカネは特殊すぎて無理」

「丁度いい機会だから、練習してもいいんじゃない?」

「そこは師匠と相談」

 とりあえず、高級素材が手に入ると聞いてしまった以上はやらざるを得ない。どうせ暇なのだ。流石に宏がいない状態であまり奥まで行くと危険だが、比較的浅い場所にある毒ガス地帯を突破できるかどうかを調べるぐらいなら、それほど問題はないだろう。

 欲望を隠すことなく、というよりむしろ駄々漏れ状態で話を進めていく一同。恐らく高級料理を食わせてもらえる、程度ではここまでやる気を出しはしなかったに違いない。

「なら、明日はダンジョン探索だな」

「異議なし」

「私は達也さん達の判断に従うよ」

「だったら、決まりね」

 新装備、という単語に完全に欲望を刺激され、満場一致で実験台になることを決める一同。この時点で、自分が集めた噂の話をする事をきっちり忘れる達也。重要度も緊急度も低い話ではあったが、この時点で話し合っていれば恐らく別の形で関わっていたであろう案件を、完全に話し忘れてしまう。

「探索するんだったら、私の練習のために、ついでに壁もちょっと掘っていい?」

「いいんじゃない?」

「達也さん、真琴さん。奥の方って、何が出てくるの?」

「ジャイアントセンチピートとかそういうのが確認されてるな」

「まあ、ジャイアントって言っても、いいとこ一メートル半ぐらいなんだけどね」

 軽めとはいえダンジョン探索をすることが決まった事もあり、屋台の後に話してた内容について持ち出す切っ掛けを見つけられず、どうせ宏もいないから溶鉱炉の件が落ち着いてからでいいかと明日の準備のために打ち合わせに入る春菜。結局、宏がどの程度切実に帰りたいのか、その話が出来るのは随分と先になるのであった。
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