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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

フォーレ編

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第2話

 クレストケイブの鉱山がダンジョン化して二週間。調査は難航していた。

「毒ガス地帯、三カ所目だって」

「これで、奥に行く道が全部つぶれてる訳か」

 ダンジョンマップに印を入れながら告げる真琴に、渋い顔でぼやく達也。鉱山や炭鉱などでありがちな、坑道内への毒ガス噴出。普通の鉱山と違い、異界化しているダンジョン内ではこの毒ガスは何をやっても排除できない。つまるところ、ガスマスクか何かがないと先に進めないのである。

「因みに、被害状況は?」

「今回のガストラップだと、三人死んでるわね」

「そうか……」

 あまりよろしくない報告に、眉をひそめて地図を睨みつける達也。毒ガス関係では全部で十二人、天然の落とし穴トラップで十人、崩落トラップで十五人、それ以外にもこまごまとした事でほぼ毎日出ている死人を合わせると、今回のダンジョン攻略で既に五十人を超える死者が出ている。

 新しくできた、もしくは発見された未知のダンジョンを攻略しているのだから、死人が出るのはどうしても避けられない。だが、それでもこの短期間で五十人と言うのは馬鹿に出来ない被害である。今後どうにかして鉱山として使う、と言う事を考えるなら、この死人の数はありがたくない、どころの騒ぎではない。

「ヒロはなんて言ってた?」

「このぐらいの毒ガスだったら、霊布の服にかけた環境耐性のエンチャントで普通に防げるって」

「つまり、俺達は奥に行けなくもない、って事か」

「そうなるわね」

 ある種予想通りの結論に、微妙に悩ましいものを感じる達也。正直なところ、自分達がガス地帯を強行突破して先を探索する、それ自体は別に問題はない。やれば派手に目立つだろうが、今更そんな事でひるむつもりは全くないので、それ自体は構わない。

 気になるのは、この尋常ではないほどの嵌められてる感だろう。

「なあ、真琴」

「何?」

「大丈夫だと思うか?」

「……あたしには何とも」

 達也の非常にアバウトな質問に、眉をひそめながら回答を保留する真琴。眉をひそめているのが、質問の意図を理解できなかったからではないのは言うまでも無い。

「正直、あのタワーゴーレム相手に勝ててオルテム村のダンジョンを全員無事に突破できたんだから、大抵の事は大丈夫だとは思うわ。ただ、達也が嫌な予感してるぐらいには、あたしも嫌な予感してんのよ」

「だよなあ……」

 真琴の得物がオリハルコン製の刀となり、更に真琴自身も身体強化としては最高性能の自己増幅エクストラスキルを得ている今、生半可なことではどうにもならない状況にはならない。オルテムのダンジョンの時に問題となった真琴と澪の属性攻撃が光しか使えないという弱点も、日ごろの訓練とイグレオスの祝福のおかげでほぼ克服しており、後の問題は罠に対する対処能力だけ。普通に考えれば、急造のダンジョンに潜るぐらいならそれほど心配はないはずなのに、どうにも不安がぬぐえない。

「とりあえず、どうするべきかは宏達が帰って来てから、皆で相談しましょ」

「だな。もしかしたら、他の連中が毒ガス地帯を突破できるようにする方向でヒロが動くかもしれない訳だし」

 二人だけでグダグダ話し合っていても埒が明かない。結局そういう結論に至った年長者二人は、現在可能そうな戦術などを話し合いながら他の三人の帰りを待つのであった。







「毒ガスの分析は終わりましたで」

「……早いな」

「まあ、最初から大体見当はついとったんで」

「流石はアズマ工房の主、と言ったところか」

 冒険者協会と鉱山組合の会合。頼まれた毒ガスの分析結果が出た事を告げた宏に、クレストケイブのそれぞれの組織の長が感心したように頷く。いつの間にやらフォーレにまでその名が轟いていたアズマ工房、その主という名声に望みをかけて宏に押し付けた仕事だが、宏が手を抜かずにきちっと結果を出してくれた事に対する安堵もあるようだ。

 言うまでも無い事だが、フォーレ冒険者協会のクレストケイブ支部長はヒューマン種だ。ドワーフに冒険者の取りまとめをさせるなど、まず間違いなくろくなことにならない。これは人種差別ではなく、れっきとした実績に基づく扱いである。当のドワーフがそれで納得している、と言うより積極的に他の種族に押し付けているのだから、問題になどなりようがない。

「それで、対応は可能かな?」

「それ自体はそない難しくはありません。初級の消耗品系増幅アイテム作れる錬金術師やったら、作り方教えたら簡単に作れる道具でいけます。ただ、問題がない訳やないんですよね」

「問題、と言うと?」

「一番簡単に作れる道具やと、使い捨ての消耗品やから時間制限が付くんを回避できん事。使うた時に目、鼻、口を覆う形の力場を作るんで、どないしても周りが見づらいとか息がしづらいとかそこらへんの問題が回避できん事、の二つの欠陥があるんですわ」

 その回答に、思わず黙り込むトップ二人。

「後はガスマスク作る手もありますけど、装備が固定される上に周りの見づらさとかは消耗品の方の比やあらへんですし」

「毒ガスに耐性をつけるようなものは?」

「残念ながらここらで手に入る薬草とかやと、ちょっと作れませんわ。作れたとしても一時的な効果しかあらへん上に完璧に防げるわけでもないんで、あんまり当てにはなりません」

「……そうか……」

 つまり、ガスマスクを作るか、使い捨ての消耗品に頼るしかないのだ。それ自体は問題ないのだが、どちらも行動に制約が付くのがいただけない。しかも、ガスマスクはポーション類の使用に大きな制限が付いてしまう。解毒剤などの服用しなければ効果がないものが使えなくなるのは、かなり厄介な問題だ。

 かといって、消耗品の方も持続時間によっては事実上使い物にならない可能性があり、また、毒ガス地帯で何かトラブルが発生した時に効果が切れたら、そこで終わりとなりかねない。それに、強制的にこの手のアイテムの効果を消し去るトラップなども普通に存在する事を考えると、いろんな意味で非常に不安である。

「……本当に、他に方法はないのか?」

「僕らの装備についてる耐環境のエンチャントが一番ええんですけど、最低でも五級っちゅうんは厳しいでっしゃろ?」

「まあ、そうじゃな」

 一番確実ながら、一番不可能な方法を提示されて苦笑する冒険者協会の支部長。それが出来たら、もしくはそんな装備を持っている冒険者が複数いるのであれば、そもそも毒ガス地帯ごときで困ったりはしない。

「付与は出来ないのか?」

「触媒がほぼ残ってへんので、後出来て一人か二人ですわ」

「……それでは意味がないな……」

 宏が提示した人数に、渋い顔をする長二人。なお、耐環境のエンチャントの触媒が残り少ない理由は簡単。新しい服や防具を作るたびに付与しているためである。耐性系のエンチャントは複数重なると若干だが効果が高くなることに加え、何らかの事情で他の装備が破損しても最低限の耐環境性が維持できるため、新しい服や防具には命綱となるこのエンチャントを必ず付与しているのだ。

「……その消耗品とやらに頼るしかないようだが、一回の使用でどれぐらいの時間持つ?」

「品質によりますけど、完全な効果が期待できるんは標準品で半日ぐらいやったと思います。ちょっと実験してみんと分からへんのんですけどね」

「実験、なあ……」

 確かに実験は必要だろう。だが、誰を使ってどう実験すればいいのかが悩ましい。わずか三十秒で昏倒し、長くても五分で死に至るような猛毒ガスを前に、普通の人間に人体実験を強要するのはいくらなんでも人道に反する。かといって、死刑が確定している犯罪者、なんてものがそんなにたくさんいる訳でもない。死刑判決を受ける犯罪者の人数が少ないのではない。死刑が確定している犯罪者なんて取り調べが終わったら即処刑するので、死刑判決を受けた状態で生きている犯罪者の数など普通に少なくなるのである。

「まあ、他の手段もなさそうだし、実験に関してはおいおい考えるしかないじゃろうて」

「そうだな」

 他に結論が出せる訳も無く、結局は宏からの技術提供を受けて消耗品での対策を進める事に決める長二人。目先の問題について結論を出したところで、ため息とともに一番大きな問題について話を進める。

「なあ、冒険者協会の。異界化した鉱山は、元通りに戻るのか?」

「それはボスを仕留めてみんことには分からん。正直治安維持と言う観点からは、街に直接つながる場所にダンジョンがあるなど許容できん話だが……」

「ふん。そちらの立場としては、街中にダンジョンがあるという状況でさえなければ、ダンジョンの存続そのものは利益が大きいじゃろうが、な」

「分かっている。いくら冒険者の仕事が増えてこちらの収入が大きくなろうと、クレストケイブの鉱山が鉱山として使えなくなるのはフォーレにとってもこの街にとっても大きなマイナスだ」

 クレストケイブの鉱山がダンジョンになってから二週間。各地から集まってきた冒険者のおかげで、確かに街は大きく賑わってはいる。彼らが落とす金、彼らがダンジョンで手に入れたものの売却益、彼らを目当てに来た商人達が落とす金。それらにより、今のクレストケイブは空前の好景気なのも間違いない。

 だが、それも三カ月分ほどの鉄鉱石の備蓄があるからの話だ。この備蓄が尽きた時点でまだ鉱山が使えないままだと、今のように好景気を維持できる保証はない。

「警備のコスト掛ければ、一応鉱山としては使えた思うんですけど……」

「確かに、時間経過で掘った部分が復活するから、枯渇を心配しなくていいという点においては以前より条件は良くなってはおるが、のう」

「あ~、やっぱり魔鉄とかの産出量が跳ね上がっとりますか」

「おう。鉄の産出量は、以前の半分以下よ。おかげで魔鉄もミスリルも派手にだぶついておっての」

 苦虫をかみつぶしたかのような鉱山組合の長の顔に、事の深刻さを察してしまう宏。ある程度予想していた事ではあるが、やはりクレストケイブの鉱山労働者だと、技量が高すぎてかえって鉄自体の産出量は減ってしまっているようだ。そして、魔鉄とミスリルは、フォーレの技術を持ってしてもそれほどたやすく加工は出来ない。

 魔鉄とミスリルの加工に関しては解決策はあるのだが、それを口にするのは少々リスクが大きくて悩ましいところである。

「せめてだぶついてる鉱石を精錬出来れば、加工の方は結構余力はあるんじゃが……」

「魔鉄とミスリルの精錬と言うのは、そんなに難しいのか?」

「大量の魔力がいる上に、火の加減が結構デリケートでの。その両立となるとかなり骨でなあ……」

「そうか……」

 魔鉄製品が高価になる理由、それは鉱石の精錬に問題があるからだ。

「せめて魔力だけでもどうにかなれば、最終的にフォーレ国内で流通している装備品の二割から三割は魔鉄に置き換える目途は立つんじゃが……」

「魔力だけでいけまっか?」

「何か案でもあるのか?」

「僕の一存ではちっと難しい話になるんやけど、手があるんはありますねん」

 ダールまでの権力と距離をおこうとした態度はどこへやら、あまりためらいを見せることなく手札を切り始める宏。来た事も無い国だというのにアズマ工房の事が知れ渡っている以上、自分達の持つ技術について秘匿してもあまり意味がないと腹をくくったらしい。

 もっとも、腹をくくることになった一番の理由は、間違いなくイグレオスから聞かされた話ではあるが。

「どんな手じゃ?」

「溶鉱炉と鍛冶場を地脈にそって配置して、そこから魔力を汲み上げるタイプの溶鉱炉と地脈の魔力を加工に使えるようにする結界を張った建物を用意したれば、魔力の問題は解決します」

「……確かに、アズマ殿の一存でどうこうできる解決策ではないのう」

「地脈が絡むから神殿の許可が要りますし、溶鉱炉作るんかてダール王家とイグレオス神殿の協力があらへんと材料の調達が厳しなりますし」

 あれこれ政治的な話を持ちかけてくる宏に、色々決めかねて唸るしかない組合長。

「ダール王家とイグレオス神殿の方は伝手があるんで、フォーレとしてある程度手土産用意してくれたら話つけてくるんはできます。ただ、こっちの神殿の方はいまのところ一切関係ないんで、僕の方から話回すにしてもファーレーンの姫巫女様とダールの巫女様を通してお願いするのが精一杯ですわ」

「どちらにしても、今日明日どうにかできる問題ではないのう」

「せやろう思いますわ。溶鉱炉にしたかて、十分な数作るっちゅうと何カ月かはかかりますし、地脈にそった土地の調達もそんなすぐにできる訳やありませんし」

 宏の魅力的ながらもすぐに実現できそうもない提案に、実現までのハードルを頭の中で計算しながら慎重に結論を出す。

「恐らく話を持ちかければすぐに決裁が下りるじゃろうが、陛下に頭を下げに行くには少々材料が足りん。アズマ殿、試験的に一つか二つ、その溶鉱炉と鍛冶場を作る事は出来んか?」

「それぐらいやったら、用地と神殿の問題さえ解決すれば、一カ所に材料で二日ほど、溶鉱炉で一日半ぐらい、建物が必要やったらそれで一日か二日、っちゅう所でいけますわ」

「ならば、神殿と土地は儂と冒険者協会ので話をつけてくるから、すぐに材料の方を進めておいてくれんか?」

「了解です」

 どうやら方針は決まったらしい。またしても冒険者としてではない方向で忙しくなるが、どうせいつもの事なので気になどしない宏。というより、冒険者らしい活動をしたことなどオルテムのダンジョンとダールの地下遺跡、それからさらわれたエアリス達を救出しに襲撃をかけた陽炎の塔ぐらいである。

 こうして、いつものように冒険者だとか知られざる大陸からの客人だとか一切関係ない形で、国の中枢にも影響が出てくる案件に関わることになる宏達であった。







 宏が冒険者協会及び鉱山組合の長と話し合いをしているその同時刻、春菜と澪は鉱山組合にある見習い用の共用溶鉱炉と鍛冶セットを借りて、ただひたすら精錬と鍛冶の練習をしていた。

「……また焼き割れが出てる……」

 練習で作った投擲用の小さなナイフ。その腹に入った大きなヒビを見て、がっくりと肩を落とす春菜。これで三連続で焼き入れを失敗した事になる。

「こんなにうまくいかない作業、初めてだよ……」

「春姉、こればかりは練習あるのみ」

「分かってるんだけど、流石に十本作って全滅はへこむよ……」

 鍛冶場の熱気に滴り落ちる汗をぬぐいながら、ままならない作業にため息をもらす春菜。精錬に失敗して焼きの入らない鉄を作った物が四本、鍛造途中で割れてしまったのが三本、そして焼きが入りすぎて割れてしまったのが三本である。

 今のところ春菜が使える状態で完成させた鍛冶製品は、宏に一から十まで指導を受けて作った二本目のナイフただ一つである。因みに、春菜の最初の作品は鍛造終了時の形が悪く、砥石で刃を作る時に失敗して切れない・刺さらないというナイフとしては終わっている品質のものになったため、作りなおしたのだ。後の製品はほとんどが矢じりと細工ものである。

「澪ちゃん、鍛冶ってこんなに難しいの?」

「熟練度五十までに誰の指導も受けずに五本完成品作れたら、かなり運がいいぐらい」

「うわあ……」

 澪の言葉に思わずうめく春菜。予想以上の難易度に、心が折れそうになる。

 最終的なきつさは似たようなものだが、初級だけに絞ると鍛冶のきつさは群を抜いている。理由は簡単で、あまり難しくない製品と言うのが存在しないのだ。矢じりですらさほど簡単に作らせてはもらえず、撃った時にまともに刺さるものを作るとなると成形の難易度の問題でナイフと大差ない、という鬼仕様だったりする。

 その上、いくら矢じりを上手く作れるようになったところで、それだけでは熟練度二十までしか上がらない。更に、熟練度二十ぐらいだとナイフの製造成功率は熟練度ゼロの時とほぼ同じぐらい。だったら、鍛冶に必要な要素を全て学べるナイフから訓練をスタートした方が最終的に成長が早いのである。

 もっとも、初級の間は失敗で上がる熟練度は少ない。ある程度作れるようになっていないとなぜ失敗したのかが分からないから、という事なのだろうが、成功率が低い作業で失敗したら得る物がほとんど無いという不毛さは、鍛冶屋を志した多くのプレイヤーの心をこれ以上ないぐらい見事にへし折りまくったものだ。失敗したら一切上がらないほかの生産スキルより優遇されているとはいえ、あっても無くても変わらないくらいなので何の慰めにもなっていない。

 ゲームとは物理法則を含めて様々なところが違うこの世界だが、どうやらこのあたりの要素はゲームの時と余り変わらないらしい。故にたかだか三本の失敗では、自分の鍛造や焼き入れの何が悪いのか、春菜にはかけらも分からない。

「失敗の理由、澪ちゃんには分かる?」

「分かるけど、口で説明しても多分理解できない」

「そっか……」

 澪の返事に、すっかり肩を落とす春菜。現実問題として、手作業で行う加工の類は、感覚的な要素が大きく影響してくる。それを口で説明されても、普通の人間はまず確実に理解できない。

「とりあえず、鍛造過程での割れは限界超えて伸ばそうとしてるからだから、そこは叩き方を注意するしかない」

「頭では分かるんだけど、限界超えてるかどうかが分からないんだよね」

「そこはもう、何本も叩くしかない」

「結局そこに行きつくよね」

「春姉の場合、まだ手本見せてそこから盗めって段階じゃない」

 この手の機械が介在しない伝統技法の場合、人の技を盗む、なんていうのは最低限、一人で一から十まで作業をこなせるようになってからでないと出来るものではない。何回も何回も失敗して、親方や先輩から何度も何度も叱られてへこみながら、地道に一つ一つ丁寧に作業をし続ける事で身につけるしかないのだ。

 その点、春菜はある意味恵まれている。彼女が作るものは料理以外、基本的に収入の当てにも消費アイテム補充の当てにもされていない。失敗したところで使うのは初級の素材で、大半は大して苦労せずに大量に集める事が出来る。資金面でも普段屋台や路上ライブなどで十分にチームに貢献している上、資金そのものにかなり余裕がある。そのおかげでどれだけ失敗作を積み上げようと誰かから文句を言われる事も無く、ただひたすら腕を磨くことにのみ専念できる。

 もっとも、そのある種のぬるま湯のような状況が、腕を磨くという点に関していい事なのかどうかは何とも言い難いところではあるが。

「とりあえず、もうちょっと頑張ってみるよ」

「春姉、頑張れ」

 気分を入れ替えて失敗作を溶鉱炉に放り込み、火の状態や温度計などをにらむ春菜。一向に腕が上がる兆しが感じられない鍛冶作業と違い、精錬作業はだんだんコツがつかめてきた。タイミングを見切って取り出したインゴットは、予定通りちゃんと焼きが入る組成になっているようだ。

「今度こそ、せめて焼き戻しまでは行きたい」

「頑張れ」

 澪の声援を受けて、気合を入れてインゴットを叩いて成型していく春菜。あまり進歩がないという本人の嘆きとは裏腹に、最初のころに比べると随分と手慣れた手つきでナイフの刃を作り上げていく。そして……。

「焼き割れは出なかった、けど……」

「ちょっと焼きの入りが甘いかも」

「焼きを入れ直すのは……」

「やめておいたほうがいい。やるんだったら焼きなまししてから」

「そっか。じゃあ、焼き戻しをやるよ」

 焼きなましとか、練習で作ったナイフにいちいちやるのは時間がかかりすぎる。どうせ作っても使わないのだから、まずは最後まで加工手順を踏んだ方がいいだろう。そう結論を出し、焼き戻しの作業のために炉の中にナイフを入れ、温度計を見ながら炉の温度を調整する春菜。

「それにしても春姉」

「何?」

「裁縫のためだけにそこまで一生懸命にならなくてもいいと思うんだけど……」

「いやだって、死活問題だし」

 焼き戻しのための温度管理にそれなりに集中しながら、澪の問いかけにそんな答えを返す春菜。宏なら徐冷も含めて数十秒で終わらせられる作業だが、春菜がやるとどうしても時間単位でかかる上、温度の制御をある程度自分でやらないといけないのでなかなか大変な作業である。

 とはいえ、澪とおしゃべりをするぐらいの余裕はあるので、このどうしても暇な時間はそちらで潰すことにする。

「死活問題?」

「うん」

「どんな?」

「色々あるけど、一番はやっぱり下着かな?」

 ドワーフばかりとはいえ男が多いこの環境を気にして、周りにあまり聞こえないようにやや声をひそめ、本当に切実な問題を口にする春菜。その間も温度計からは一切眼をそらさず、下がりすぎた温度を元に戻す操作をしているあたり、この程度の雑談ではそれほど意識がそれたりはしないのだろう。

「下着? 何で?」

「だって、可愛い下着とか自作しないと手に入らないし」

「特にブラ?」

「ん。日本でもそうだけど、いいデザインのブラって、Dカップぐらいまでしかない事が多いんだよね」

「それ自慢?」

 春菜の持てる者特有の悩みに、何処となくダークな表情になりながら突っ込みを入れる澪。最近ずいぶん成長してきたとはいえど、まだまだCカップは遠い。しかも背丈の方はほぼ成長が止まった風情で、最近は一ミリ単位で伸びたり縮んだりしている。恐らくこの誤差の範囲の変動の積み重ねがあったところで、高校に入る頃に百五十センチを超えることはないだろうと考えると、色々と切ないものを感じる。

「自慢と言うか、厳然たる事実?」

「その台詞、ボクと真琴姉とリーナさんとナザリアさんを敵に回してる」

「別に胸なんて大きくても小さくても、好きな人に対してアピールにならないんだったら、後は自分との折り合いだけの問題だとは思うけど」

 むしろそちらの方が切実ではないかと思う悩みを何処となく切なそうな声色で漏らしつつ、火を絞ってやや上がりすぎた感じの温度を調節する。結局のところ、ブラのデザインの問題にしたところで、最終的には好きな男に対するアピールの問題につながってくるのだが、春菜の場合はそれ以前に、今までなあなあでやってきたそこらへんの意識改革、その象徴的な意味合いが強い。

 要するに、恋する乙女なのだから、見えないところでもちゃんと臨戦態勢を整えておきたいというそれだけの話である。

「……いつも思うんだけど、春姉ずるい」

「何が?」

「だって、それだけおっきいのに、巨乳に似合わない服でも普通に着こなしてるし」

「そうかな? これでも色々苦労してるんだけど……」

 間違いなく巨乳カテゴリーに入るというのに、春菜は大抵何を着せても様になるように着こなす。胸が目立つと不格好になる種類の可愛らしいタイプの服を着せた時、恐ろしい事に晒などで胸を潰した訳でも腰に布を巻いて太くした訳でもないのに、どういう目の錯覚か巨乳だとはっきり分かる癖に、それがまったく不細工にはならなかったのだ。澪に言わせると、着やせして見える、などと言うちゃちなものではなく、もっと恐ろしいものの片鱗を感じた、という事になるだろう。真琴などはヒロイン現象とか身も蓋もない命名をしていたりする。

「何にしても、この件に関しては周りが敵だらけって気がするから、やっぱり自分の分は自分で作れるようになっておきたい」

「前科があるから反論できない……」

 春菜の胸のサイズにやきもちを焼いて、妙なデザインの下着を作って押し付けた事がある澪。その前科から春菜にそういう方面で警戒されても文句を言えない。

「とはいっても、結局自分で霊布の下着作りたかったら、せめて投げナイフぐらいちゃんとしたのが作れないと駄目なんだよね……」

 焼き戻しの最中のナイフを見ながら、先ほどとはまた違った理由で切なそうにぼやく春菜。今までの人生でここまで上達の兆しを感じ取れない作業は初めてだったらしく、どうにも自信喪失気味なようだ。

 結局焼き戻しが終わった投げナイフは微妙に成型に失敗したこともあって、バランスがちゃんと取れていなくて投げてもまっすぐ飛ばないという、少々悲しい出来になったのであった。







「結局、どういう話し合いになったの?」

 夕食時。茹であがった枝豆をテーブルに並べながら、春菜が確認を取る。ダールからウルスの工房に戻った時、オルテム村にも顔を出して確保しておいたもので、ついでに食べ方も指導してきた。無論、茹でる時にはその名の通り、枝についたまま鍋に突っ込んで茹でている。今頃はエルフ達もよく冷えたエールとともに堪能している頃だろう。

 テーブルには枝豆のほかにソーセージとチーズと生ハムの盛り合わせという、どう見ても酒のつまみですと宣言しているようなメニューが鎮座しており、その周りを埋めるようにキャベツと川魚の挟み漬けやジャーマンオムレツなど色々なものが配置されている。

 春菜が料理していることから分かるように、宏達一行は既に宿を引き払い、冒険者協会の紹介で仮拠点としてそこそこの広さのアパートを借りている。資金面では宿暮らしでもよかったのだが、やはり気がねなく料理できる環境が欲しいという点で未成年組の意見が一致した結果である。

「まず、鉱山ダンジョンの攻略に関しては、錬金術師かき集めてアクアブレスの作り方教える事で話がまとまったで」

「アクアブレスか。そういやあれ、水中での呼吸と視界の確保だけじゃなくて、毒ガスとか粉じんとかを防ぐ機能もあったな」

「まあ、視界ゆがんだりとかして一割ぐらい感覚値下がりおる、っちゅう欠陥もあるけどな」

 宏の指摘に微妙に苦笑しながら頷く達也と真琴。二人ともゲームの時には、散々世話になったアイテムである。なにしろ、宏が作っているようなノーペナルティで強力な耐環境性能を持つ装備なんてそうそう存在する訳もなく、かといって何らかの対策を打たなければ先に進めないダンジョンやクエストなどいくらでも転がっていた。それゆえ、この手の若干のペナルティと引き換えに一定時間特定の環境に対する完璧な耐性を得られる使い捨てアイテムは常に需要があり、冒険者的な活動をしていてこれらのアイテムにお世話になっていないプレイヤーはまずいないといっていい。

「そう言えば、あれってどれぐらい持ったかしら?」

「最低保障時間が六時間やな。後は技量によりけりやけど、最大でも二十四時間が限度や。あと、今見つかっとる毒ガス地帯ぐらいやったら十分無力化できるけど、もっときっつい毒ガスやとアクアブレスでは完全には無力化できん」

「奥の方にもっとやばいのがあったらアウト、って事か」

「せやな」

 真琴と達也の確認に、正確な仕様を告げる宏。自分達が使う訳ではないにしても、こう言った情報は正確に把握しておいた方が問題が少ない。

「で、アクアブレスの作り方の指導やねんけど、ちっと澪に頼みたいねん」

「……どうして?」

「別件でウルスとダールをはしごせんとあかん用事があってな。明日明後日明々後日ぐらいまではここにおらんねん」

「なるほど。どんな用事?」

「魔鉄の精製をやりやすくするために、溶鉱炉の試作する話になってんねん。どうもあのダンジョン、攻略しても元に戻るとは思えん感じやから、ずっとダンジョンのままっちゅう前提で手ぇ打っといたほうがええやろう、って事なってな」

 宏のその説明を聞き、なるほどと頷く一行。クレストケイブの鉱山がダンジョンのままとなると、どうしても鉄の生産量が落ちて魔鉄やミスリルの鉱石が派手にだぶつく。結果として大きく減少するであろう鉄製品の生産量は、その影響が下手をすれば世界規模にまたがる可能性もある。

 ならば、派手にだぶつくであろうものを消費し、鉄製品を置き換える事を考えるのが建設的な対応と言うものであろう。理屈の上ではそういうことになるが、それはそう簡単な話でもなく……。

「宏君、魔鉄製品とかそんなに生産量を増やすような真似して、大丈夫なの?」

 魔鉄製品という、軍事に直結する代物の生産量を増やすことに素直に懸念の言葉を漏らす春菜。国際情勢に関してはまだまだ完璧に把握しているとは言い難いが、そんな素人でも魔鉄装備の量産がもたらすインパクトがどれほど大きいかは想像がつく。

「前提条件として、少なくともファーレーンとダール相手にはある程度の量を割り当てんとあかん、っちゅうんはこの街の組合長レベルでも理解しとるで」

「まあ、片や溶鉱炉の材料供給を握ってて、片や食糧関係で大きく依存してるからなあ」

 春菜の懸念に対し、割と気楽にそんな言葉を返す宏と、大国三国の力関係を思い出して頷く達也。

 実際問題として、たとえ軍部の装備がすべて魔鉄製になったところで、フォーレとファーレーンがまともにぶつかれば待っている結果は痛み分け。そもそもファーレーンに対して大規模な行軍を行うには、フォーレの食糧生産能力は少なすぎる。最終的に兵站が破綻してフォーレが負け、ファーレーンも小さくない被害を受けて他所に食料を売る余力が無くなるという誰も得をしない結果になるのが目に見えている。

 また、フォーレがダールに喧嘩を売るにしても、まずはミダス連邦を全部制圧するという作業が必要になる点がネックである。ミダス連邦はダールの女王が面倒くさいから併合したくないと言い切って、国内の一部タカ派の言葉を受け流して不便に甘んじるような地域だ。フォーレの側にしても、ダールに喧嘩を売るためにこの地域に侵略して、いざ本命のダールと全面戦争というタイミングで背後を突かれてはたまったものではない。

 もっとも、それ以前の問題として、西部の大国三国はそもそも外征で大きくなった国は一つもないため、いまいち戦争で国土を大きくしようという考えが理解できない。ファーレーンは英雄の名声にすがってきた都市をまとめていくうちに気が付けば大国になった国だし、ダールはそもそも国土の環境的にまとまっていないとモンスターに対応することすら難しい。フォーレに至っては基本的に鉱山と酒以外に興味がなく、鉱山の開発と鉄の運搬ルートの整備を進めているうちにいつの間にか大国になっていただけである。

 そうでなくても国内のモンスター退治や突発的に発生するダンジョン対策に人手を食われているのに、わざわざ外征をするような余力は大国といえども、否、大国であるからこそ持ち合わせていないのである。

「第一、たかが一般兵の装備が魔鉄製に化けたところで、モンスター退治の被害が減る程度やで」

「そうね。この世界の戦争って、基本的に装備の質より化け物級が何人いるかが重要だしね」

 宏のコメントに真琴が同意する。こう言っては何だが、魔鉄製の防具で身を固めた一般兵が何人いようと、ユリウスやドーガ、レイナあたりの必殺技を食らえばひと山いくらという感じでやられてしまう。元々相手のHPの十倍以上のダメージを与えていたのがせいぜい良くて三倍程度まで抑えられるだけなのだから、結局オーバーキルなのは変わらない。

 攻撃面にしても同じで、一般兵が魔鉄製の武器を身につけたところで、せいぜい宏が鉄製の一般販売品の手斧を振り回した場合の火力とさほど大差ないか若干勝る程度。中級クラスの比較的倍率の高い攻撃スキルを使えばユリウスやレイナには若干ダメージが出るだろうが、ドーガ相手にはかすり傷一つつけられないであろう火力しかない。そもそもそれ以前に、戦争という状況でユリウスやレイナが普通の鉄製の装備である訳もないので、彼ら相手に装備強化のアドバンテージは存在しないだろうが。

 ゲームではプレイヤー同士の戦闘はあまり極端な差が付かないように色々補正がかかっていたため、たとえ宏相手にレベル十程度でほとんどスキルを持っていないキャラが戦闘を仕掛けても、全然ダメージが出ないなどという事はなかったし、真琴や達也の火力で一撃されても、急所に食らわなければそうそう即死はしなかった。だが、この世界ではそんな優しい仕様は存在していない。フォートレス発動中の宏には、たとえ真琴や達也、春菜の最大火力でもほとんどダメージは出ないし、テレスやアルチェムならどんな武器を使っても皮膚一枚切り裂けないだろう。

 この世界はある一定のラインを超えると、残酷なまでに個人の能力が影響してくるのである。

「まあ、どっちにしても、今回やるんはあくまでも試作と試運転や。個人で扱いきれる規模の炉しか作らんから、若干生産能力はあがるけど、それでも一パーセントは変わらんと思うで」

「それ以上は政治の話って訳ね」

「そうなるやろな」

 恐らく、国家間のパワーバランスを大きく変えるには至らないであろう。今までの考察の積み重ねから、そう判断する日本人一行。この考察はある意味では正しく、フォーレが魔鉄製品の生産を増やしたからと言って大国三カ国やミダス連邦の間で緊張が増す訳でもなければ西部諸国のパワーバランスが極端に崩れる訳でもない。だが、西部諸国だけで見ればそうでも、世界全体で見ればそこまで単純ではないどころか、すでに自分達の行いによってかなりの影響が出ている事を彼らが思い知るのは、ローレンの首都・ルーフェウスにある大図書館のトラブルを解決してからの事となる。

「まあ、そういう訳やから、明日から恐らく二日か三日ぐらいはあっちこっち回って話詰めてこなあかんから、その間春菜さんは兄貴らと適当になんかやっとって」

「了解。大体の予定も決まった事だし、ご飯食べよ?」

「せやな、いただきます」

 春菜に促されていただきますを宣言し、キャベツと川魚の挟み漬けに手を伸ばす宏。年長者二人は既に枝豆を片手に、自家製ビールに夢中である。

「枝豆最高!」

「やっぱ、ビールと枝豆は完璧だな!」

 良く冷えたビールに無農薬有機栽培のしっかりした味の枝豆。塩加減も完璧で、酒のみならずとも幸せな味わいだろう。

「明日、久しぶりに屋台やろうかな」

「何売るんだ?」

「ホットドッグ。折角美味しいソーセージがあるんだし、関西風のとオーソドックスなのとでちょっとやってみようかな、って」

「なるほど。確かにこの国のソーセージで作ったホットドッグは美味かった」

 春菜の回答に、昨日食べたホットドッグの味を思い出しながら頷く達也。オーソドックスな奴も美味かったが、関西風のキャベツにカレー粉で味をつけた奴も美味かった。あれならどちらも十分売り物になるだろう。

「……別にいいんだけどさ、やること無くなると屋台に走るの、そろそろどうにかならない?」

「もうそれが私達って事でいいと思うんだけど?」

「……澪、あんたも何か言いなさいよ」

「枝豆とビールって、そんなに最高?」

「最高だけど、あんたは後八年待ちなさい……」

 求めていたものにかすりもしないコメントをもらい、脱力しながら澪を窘める真琴。残念ながら、澪の外見や実年齢で堂々と飲酒できる国は、こちらの世界にもほぼ存在していない。

「とりあえず、チームがばらばらに行動してる時は、出来るだけ安全が確保できる事をやってた方がいいと思う」

「つまり、屋台に賛成って事?」

「食べ物屋台なんて、客を根こそぎやらない限りはトラブルにはならない」

 澪の指摘に小さくため息をつき、まあいいか、と割り切る事にする。実際のところ、屋台以外に何かやる事があるのか、と聞かれると、残念ながら思い付かないという問題もある。

「なんだったら春姉、達兄達と一緒にスティレンまで行ってきて、屋台のついでに転移ポイントを確保してきたら?」

「あ~、それもありかな」

「わざわざ首都まで走って屋台かよ……」

 澪の提案に感心しながら頷く春菜とげんなりした顔をする達也。確かにいずれスティレンには行く必要があるが、わざわざ屋台をやりに行くのはどうなのか。

「主都ならいろいろ変わったソーセージとかありそうだし、そういう意味でも行けるときに行っておきたいかな?」

「へいへい……」

「分かったわよ……」

 春菜のその一言に呆れながら、美味いソーセージは酒飲みとしても外せず、表向きはため息交じりに同意して見せる年長者二人。結局食欲も混ざった、というよりむしろ食欲こそ最優先にした考え方でスティレン行きが確定する、何処までもマイペースな連中であった。






 一方その頃、イグレオス神殿本殿では……。

「速達~、速達~」

「オクトガル急送で~す」

「お届けもの~、お届けもの~」

 ナザリアとイグレオスの元に、オクトガルが三匹ほど転移してきていた。

「宅配~、宅配~」

「時間指定配達~」

「指定無視で配送~」

「不在~、不在~」

「持ち帰り~、後日配達~」

「遺体遺棄~」

「言っている事がよく分からないのだが……」

 いつものようにフリーダムに連想ゲームを続けるオクトガルに対し、この謎生物の存在に慣れていないナザリアが苦笑しながら突っ込みを入れる。

「エルちゃんから手紙~」

「受領書にハンコ頂戴~」

「サインでもOK~」

 そう言って手紙と一緒にさしだしてきた受領書にサインをし、エアリスからの親書を受け取るナザリア。

「お届け確認~」

「受領書渡してくる~」

「私達は待機~」

 エアリスから頼まれた役目を終え、一匹がウルスに転移して戻る。残りの二匹は待機と言いながらナザリアとイグレオスの頭に鎮座している。ナザリアはともかくイグレオスに対してその行動はどうなのかと思わなくもないが、イグレオス本人は特に気にした様子を見せないのだから、特に問題はないのだろう。

「……なるほど、クレストケイブのダンジョン対策に、新型溶鉱炉を増設して魔鉄の精製量を増やすのか」

「うむ。実に正攻法でいい対策なのである」

「そうなのですか?」

「クレストケイブの鉱山は、おそらくもはやダンジョンから元には戻らぬ。アルフェミナからの連絡によると、邪神の手先どもが随分と頑張ったようでな。かなりの速さで異界化した空間が固定されてしまったらしい。ならば、今後魔鉄鉱石の生産量が跳ね上がるのだから、魔鉄製品の生産能力を強化するのが最も建設的な解決策であろう」

 神様同士の連絡網で得た情報をナザリアに教えつつ、この後自身に振られるであろう役割を考える。最終的にどう転ぶにしても、当面フォーレの溶鉱炉増設がらみでひどく忙しくなる事だけは間違いない。

「イグレオス様、明日エアリス殿が宏殿を伴ってこちらに顔を出すとの事です」

「ならば、早急に聖炎で焼いた耐熱レンガの増産体制を取る必要があるな」

「女王陛下には、この話は?」

「どうせあのしっかり者の姫巫女の事だ。吾輩が声をかけるまでも無くとうに話を通しておるだろうよ」

「となると、後は肝心のフォーレ王家がどう出るかだけですね」

「あやつらは鉄のことしか考えておらぬ。魔鉄の精製量が増やせるとなれば、損得計算をすっとばして話を進めようとするであろう」

 フォーレ王国の鉄へのこだわりは、身分の上下に関係なく国民全体に普遍的なものだ。他所の国には理解できないこの性質がバルドの暗躍を防いでいるのだが、同じぐらい同盟国との外交をややこしくしているのが厄介なところだろう。

「なんにしても、これで歴史が動くことになりそうである」

「動いた結果がこの世界にとって素晴らしいものであればよいのですが……」

 何やらワクテカしながらポージングを決めるイグレオスを見てため息をつき、とりあえずオクトガルに返事と手土産を持たせてウルスに送り返すナザリアであった。
魔女の宅急便ならぬタコの宅急便。
同じ二文字なのになぜここまで違う?
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