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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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第6話

「おはようございます……?」

「ん、おはようさん」

 エアリス達が目を覚ました翌日の早朝。まだ日が昇ってすぐぐらいの時刻。長く眠っていたためか、いつもよりも早く目が覚めてしまったエアリスは、すでに起きて何やら作業をしている宏の姿に驚きながら、おずおずとあいさつをする。

「ヒロシ様、お体の方は大丈夫ですか?」

「それは僕が自分らにする質問やと思うけどなあ」

 エアリスの言葉に苦笑しながらも、作業する手を止めない宏。昨夜の状況があまりにも痛々しかったため、正直まともに接してもらえるかどうかそのものが心配だったエアリスだが、宏の様子を見る限りでは、すでに昨夜の事は過去の事として整理されているようである。正直、驚くほど強靭な精神だ。

「昨日は本当に申し訳ありませんでした」

「気にせんでもええで。エアリスさんが悪い訳やあらへんし、昨日の状況って、客観的に見て誤解されてもしゃあないしな」

「ですが……」

「正直、早いとこ忘れたいから、申し訳ない思ってくれるんやったら、これ以上蒸し返すんはやめてくれる?」

 宏の言葉に申し訳なさそうな顔のまま頷き、とりあえず今はこれ以上相手の傷口をえぐらないように注意する。

「あの、ハルナ様は?」

 気持ちを切り替え、次に気になった事を質問する。昨日の晩、春菜はここで眠っていたはずなのだが、その姿がどこにも見当たらない。

「朝市に仕入れしに行っとる。基本的にかなりの量を買うから、普段は大体二人で行くんやけど、今日はちょっと作っとかなあかんもんがあるからな。悪いとは思ったけど、ちょっと一人で行ってもらってんねん」

「そうですか。その、作らなければいけない物って、それですか?」

「そうやで」

「どのような物なのでしょうか?」

 春菜に力仕事を任せてまで、わざわざ今作らなければいけない物。一体どんな物なのかが気になって、思わず質問が口から洩れる。

「外見をごまかす道具。三人とも、そこそこ顔は売れてるんやろ?」

「……そうですね。私はともかく、あの二人はそうなりますね」

「一応、協会の方からも、自分らの面倒見てるっちゅうんは隠しといてくれって言われとるから、とりあえず外見ぐらいは誤魔化しとこうか、ってな」

「……御迷惑をおかけします」

「乗りかかった船やから、気にせんでもええで。起きたからいうてほっぽり出すんも気分悪いしな」

 昨日あんな事があったと言うのに、気のいい返事を返してくる宏。その態度に、却って申し訳なさが募る。なんだかんだいって、自分と話をするときに身構えているところが、本当に申し訳ない。正直、追い出してくれたほうがどれほど気が楽か、などと自分本位なことを考えてしまう。

「そう言えば、ドーガ卿とレイナの姿も見えませんが、どこにいるかご存知ですか?」

「ドーガのおっちゃんは、何ぞ昨日貸しとった部屋で誰かと連絡取っとる。レイナさんは同じ部屋で、昨日の件で罰みたいなもんをくらっとる」

「そ、そうですか……」

 微妙に引いた感じの宏の言葉に、いったい何をやっているのだろうかと疑問に思いながらも頷くエアリス。宏の引きっぷりは、明らかに女性恐怖症のそれとは違う。そんなこんなを話しているうちに、入口の扉が開いて、誰かが入ってくる。

「ただいま」

「お帰り。ご苦労さん」

「いろいろよさげな食材があったから、予定外の物も仕入れてきたよ」

「了解。折角醤油と鰹節があるんやし、後で一緒によさげな和食系のメニュー考えよか」

 宏の言葉に頷き、屋台の仕込みに必要なものだけを鞄から取り出す。それを見て、テーブルの上を片づけて掃除する宏。

「アクセの方は出来たの?」

「拘ろう、思えばまだまだ手は入れられるんやけどな。まあ、見栄えを気にせなあかんもんでもないから、別にこれでええんちゃうか。最悪、内服薬も作ってあるし」

 そう言って、現状の作品を見せる宏。確かに日ごろ宏が作っているものと比較すれば手抜きではあるが、普通に完成品として扱っても問題ない程度の出来だ。後は、どこまで手を入れるかではあるが、見える場所につけて歩く必要がある訳でもない以上は、そこまで精巧に仕上げる必要もあるまい。

「朝ごはん、どうする?」

「仕込みついでに、屋台のやつでええんちゃう? みんな気になっとるみたいやし」

「了解」

 そこで話を終え、さっくりテーブルの上を片づけて調理用の機材を取り出し、手際よく仕込みを始める。とは言え、カレーパンのカレーは毎日煮込みながら継ぎ足しているし、生地も昨日の朝に仕込んだ在庫が十分にある。ぶっちゃけ、今朝の仕込みに関しては、今後仕込みの時間が取れなくなる可能性を考えた上での保険のようなものである。腐敗防止のエンチャントは、こういうとき便利だ。

 昨日のことで、宏と春菜との間にまで亀裂が生じていたら、と心配していたエアリスは、自然に宏がプレッシャーを受けないように距離をとりつつ、ごく普通に会話をしている二人の様子にほっとする。一カ月程度とはいえ、女性恐怖症の男と共同生活してトラブルを起こさなかったと言う実績は、昨日のことぐらいは跳ね除けられる程度の絆を結んでいたようだ。

「申し訳ないのだが、昨日の沙汰をいただきたいので、勝手な頼みだが、食事の準備は後にしていただいてよろしいか?」

 朝食の準備に入ろうとしたところで、レイナを伴い部屋から出てきたドーガが割り込む。後ろに従ったレイナの表情は、申し訳なさと後悔で彩られており、昨日の猪武者振りはどこにも見受けられない。

「出来たら、蒸し返さんといて欲しいんやけど……」

「そういう、ご飯が不味くなる話は正直したくないんだけど……」

「だが、このまま朝食を済ませてしまえば、おそらくそのあたりはなあなあになってしまうじゃろう? 一応罰を与えておいたが、それでよしとするには、ちいとばかし昨日のことは問題が大きすぎる」

 あえてなあなあで済まそうとしたことを見抜かれ、思わずため息を漏らす宏と春菜。正直なところ、二人とも人一人を断罪するのが重い、と思ってしまう程度には日本人だ。一時の感情で徹底的にやってしまって、後にいろいろ引きずるのは勘弁願いたい。自分たちの要望であまり厳しい罰を与えて、逆に恨みを買って八つ当たりでもされれば目も当てられない。温い罰だと侮られるかもしれないが、どうせこちらは身軽な冒険者の身。次調子に乗ってやらかせば、そのとき容赦なく切り捨てればいいのだ。

 ぶっちゃけた話、宏からすれば、少なくとも反省の色が見え、本気で悔いている様子のレイナは、中学時代の連中と比較すれば相当ましな部類に入る。世の中には、やらかすだけやらかした上で追い討ちをかけるような連中も珍しくない中、ドーガから制裁を受けたとはいえ、逆恨みすることなく自分の非を認めているだけ、まだ救いようがある。世の中、こういう状況で逆切れする人間など、珍しくもない。

 そして、春菜の方は、被害者の宏がすでに気にしていないことをわざわざ穿り返して、自分の感情だけで追い討ちをかけるような趣味はない。感情のままに何かを言う権利は、被害者にだけあるのだ。関係者とはいえ、第三者が感情論で口を挟むと、碌なことにはならない。納得いかない部分がないわけではないが、一度次はないといって矛を収めた以上、自分から蒸し返すのは自身のルールに反する。

「わしらだけで裁定を済ませればいい話、と言えばそれまでかもしれんが、身内をかばっていい加減な始末をしたと思われては問題じゃ。それに、被害者も交えてきちっとけじめをつけんことには、いつまでも余計なことが燻りかねん。身勝手な言い分だと分かってはおるが、どうかしばし付き合って欲しい」

「……けじめをつけないと、話が進まない、か」

「そういうことじゃ」

 申し訳なさそうに、だが譲るつもりはないドーガの様子を見て、ため息交じりにうなずく二人。

「さて、常日頃から頭に血が上りやすい傾向があるとはいえ、普段なら姫様の命を聞かずにああも暴走するほど無能でもない。そのお前が、なぜ命令違反を繰り返し、思い込みだけであそこまで突っ走ったのだ?」

「完全に私情が原因です。騎士失格どころか、人としてすら最低である事を十分に自覚しております」

「私情、と言うが、単に男が嫌いと言うだけでああも突っ走るような人間を任命するほど、騎士と言う地位は安くはないつもりじゃ。言い辛かろうが、詳しく話せ」

 ドーガの言葉に一つ頭を下げ、宏と春菜に向かってもう一度頭を下げるレイナ。そして、自分の中で理由を整理し、可能な限り正確に伝えようとない頭を絞って言葉を選ぶ。

「事情としては簡単で、かつ非常に情けない話です。例の事件が起こる直前に、マズラックの私兵どもとくだらないトラブルがありまして、そのことを引きずっていたところにあの事件です。目が覚めたときに無力感で冷静さを欠き、そこに姫様が泣いている姿を見せ付けられたため、まったく抑えが利かなくなりました」

 そのときのことを思い出して頭に血が上りそうになり、必死になって冷静さを取りつくろった結果、表情に反して過度に淡々とした口調になる。

「ふむ。まあ、私兵どもとのトラブル、というのがどういうものかは大体予想が付くから置いておこう。だが、それが理由と言うにはちと弱いぞ」

「これまた申し訳ない話ですが、マズラックの私兵を束ねる男が、その……」

 どうにも言いづらそうに口ごもり、だが誤魔化すことも出来ないと思い、思い切って口を開く。なお、マズラックの私兵、というのは要するに、マズラック伯爵と言う人物の私設騎士団のことだ。私設とはいえ一応公式に認められている存在ゆえ、王城への出入りも許可は受けている。それなりに長い歴史を誇る集団だが、ここ二代ほどは領主とセットで堕落し、いまや私兵扱いである。

「本当に申し訳ない話ですが、その男が、ヒロシ殿とよく似ておりまして……」

「……ふむ。言われてみれば確かに、人柄その他はともかく、顔立ちや雰囲気には、多少近いものがあるのう。普通なら見間違えるほどではないが、頭に血が上っている状況では同じ顔だと判断しても無理は無いか」

 レイナの言い分を、一定の範囲で認めるドーガ。レイナが話題に上げている男は実際のところ、彼女が言うようなことを平気でやらかしかねない人種だ。それと勘違いしたのであれば、性格上突っ走るのも無理はない。しかも、レイナ相手に散々いろいろやらかした相手であり、彼女の神経を逆なですると言う点ではこの上なく適任と言える男だったのである。ちなみに、ドーガたちがうまく隔離していたため、エアリスはその男のことを一切知らない。

 要するに、双方にとって運がなかったのである。

「あの下劣な男が姫様を泣かせたのかと思い、一気に頭に血が上って……」

「もうええ」

 悔しさと申し訳なさが綯い交ぜになった難しい表情で、血を吐くような口調でそこまでを告げる。その言葉をさえぎり、それ以上聞く必要はない、と首を左右に振る宏。

「じゃが、間近で見ればまったくの別人だとすぐ気が付こうが……、頭に血が上っている人間には、言うだけ無駄か」

 情けないのう、と言う言葉に、更に身を縮こまらせるレイナ。

「まあ、人間、どうしても相性悪い相手もおるし、視野狭窄なんざ、起こすときはどうやっても起こすしなあ」

「フォローは結構。いかに成人して間もないとはいえ、その程度のことで状況判断を狂わせるような騎士など、百害あって一利なし」

 ドーガの厳しい言葉に、当然とばかりにうなずくレイナ。今までの話を聞く限り、多分彼女は猪突猛進型の癖に潔癖すぎるのだろう。だから、一度こうと決めたらなかなか軌道修正が出来ないのだ。

「なあ、一つ聞いてええ?」

「何かな?」

「成人して間もない、っちゅうてるけど、レイナさんって幾つなん?」

「四カ月ほど前に十五になったところだ。その様子では姫様の年齢も勘違いしておろうからついでに教えておく。姫様は十歳じゃ」

 エアリスとレイナの実年齢を聞いて驚くとともに、ある意味納得もする。二十過ぎだと思っていたからどうしようもない人物と言う印象があったが、自分たちより年下となると話は別だ。十五歳など、日本で言えば中学三年生。確かに日本人よりは相当しっかりしているが、やはり大人とまでは言えない。この感じでは、エアリスの指示に散々反抗したのも、若さと猪突猛進的な性格が手伝って、引くに引けなくなっただけなのだろう。一国の騎士としてそれはどうなのか、とは思わなくもないが、そこはもう、エアリスとドーガに任せるしかない。

 エアリスにしても、しっかりした受け答えと見た目の印象でかなり上に見ていたが、実年齢を聞いてよく観察してみると、確かにそれぐらいの年齢かもしれない。昨日はそこまで気にしていなかったが、助けたときの印象に比べて、背丈もかなり小さい。それでも百五十センチ代半ばぐらいはあるのだから、年齢から考えれば発育がいい、というのは変わらないのだが。

「まあ、話は大体分かったわ。何ちゅうか、昨日のことは起こるべくして起こった感じやな」

「うん。納得できるかどうかはともかく、避けようがなかったのはよく分かったよ」

 話を聞き終え、そう結論を出す日本人二人。春菜のほうにはどうしてもしっくり来ない部分があるようだが、プレッシャーを与える原因になりたくないという自分勝手な理由で判断を微妙に日和ったと言う負い目があるので、強く言う気はない。

「じゃが、それで済ませるつもりもなければ、そういうわけにもいかんと思うておる」

「そこらへんは、僕らはノータッチや。人事的な話はそっちが勝手にやって」

 宏の言葉に一つうなずき、エアリスのほうを見るドーガ。

「残念ながら、私には一切の裁量権がありません。希望を言うことぐらいは許されますが、私がいちいち口を挟むより、ドーガ卿が判断するべきでしょう」

「分かりました。ですが、残念ながら現状、解雇をしても意味が無い。当面は今日の罰を続けるとして、正式な沙汰は本来の立場に無事戻れたら、と言うことにさせていただきたい。勝手なことを言っておる自覚はあるが、残念ながら、反逆者扱いされていてもおかしくない現状では、実効性のある処分を行うことが出来ぬ。それに、人員の面でも、援護を得られるかどうかが不透明ゆえ、個人的な伝手で切れる手札だけでどうにかせねばならん。その状況で、愚かとはいえ十分な戦力を持つこやつを手放すのは難しい。必ず処分は行うので、今はこれで納得してくだされ」

「まあ、そうやろうなあ」

「とりあえず、次からはちゃんと二人が手綱を握って、本人も暴走をしないように努力してくれればいいから」

 春菜の言葉に、真剣な顔でうなずく主従三人。更に再びレイナが地面に頭を擦り付けんばかりの謝罪をすることで、この話は終わりとなった。

「まあ、そこら辺は置いといて。そもそもなんで捕まっとったんか、事情説明してもらってええ?」

 ようやく昨日の後始末が、最低限のラインとはいえ一応のけりが付き、微妙に弛緩した空気が再び引き締まる。どうやら宏達の方も、厄介事に関わる覚悟を決めたらしい。異世界に飛ばされて一カ月と少し。高校生二人は、初めて大規模なクエストに挑戦する事になったのであった。







「……すまんが、さすがにまだ全てを話していいかどうか、判断が出来ておらぬ。本来なら助けられた身の上である以上、全てを話すべきなのじゃが、軽々しく口に出来ん事柄もある。折角協力を申し出ていただきながら勝手な事を言うが、もうしばし、時間をくれんか?」

「やろうなあ、と思うわ」

「断わっておくが、お主らが敵だとは、思っておらんぞ?」

「それはそれで、ちょっとばかし油断しすぎとちゃう?」

「三日もあったのだ。敵であるなら、どうとでもできただろう?」

 ドーガの言葉に、思わず苦笑してしまう宏と春菜。確かに、三日あればどうとでもできる。そして、どうとでもされた後ではどうにもならない。

「それに、こういってはなんだがの。お主らに騙されて裏切られるようでは、終わりじゃろうて」

「うわ、なにその説得力」

 ヘタレオーラ全開の宏と、警戒心は十分なくせに性格的にはお人よしが服を着て歩いているような人種の春菜。こいつらに裏切られるようでは、確かに終わりだろう。何しろこいつらときたら、ここ一カ月ほどの経験があるおかげで、辛うじて自分の命と言う面では十分に警戒している様子はうかがえるが、それ以外については恐ろしく平和ボケしている。エアリスの魔法を解除してのけたことだけでも、自分達がどれほど警戒されるか、と言う部分を全く理解していない。このダイニングに転がっている家具や道具類を自作した、と言う言葉が持つ意味を分かっていれば、自分達の目の前で魔道具など作ったりはしないだろう。

 ドーガが二人を全面的に信用できないのは、むしろそこらへんの無防備さによる面が大きい。価値観の違い、と言えばそれまでなのだろうが、それで済ますには問題が大きいにもほどがある。話の感じでは、どうにかこの手の物を売って生計を立てる、などと言う迂闊な真似はしていないようだが、自作の道具で屋台をやっているのでは、あまり変わらない気がしなくもない。

「まあ、それならそれで、今後の方針を先決めとこか」

「そうだね。まず、エアリスさん達は、一応正体を隠しておかなきゃいけないんだよね?」

「そうなりますね」

「じゃあ、偽名を用意しておいた方がいいよね」

 春菜の言葉に頷くドーガとエアリス。レイナだけが、どこか不満そうである。

「さて、どんな名前がいいかな?」

「あんまり本名から離れてると、呼ばれた時に反応できへんから……。そうやな、エアリスさんは、エル、でどない?」

「可愛い名前ですね。それでいきましょう」

「ほんなら、それで。おっちゃんはどうするかな?」

「昔使った名前でよければ、ドジソンと言うのがあるが?」

「何のためにそんな偽名を用意しとったんかは、あえて聞かん事にするわ」

 宏のなんとなく引いたような突っ込みに、思わず噴き出すドーガ。ぶっちゃけた話、彼ほど実力を持っていると、妙な仕事を押し付けられる事もあるのだ。その時、本名でやるのはいろいろまずいため、こういう珍妙な偽名を使う必要があったのである。

「まあ、どこでどうバレるか分かったもんやないし、再利用はやめて、ドル、辺りにしとこか」

「そうじゃな。ならば、わしは今からドルじゃ」

「なんだか、私の名前と響きが似ていますね」

「御嫌でしたかの?」

「いいえ。まるであなたの孫になったようで、それはそれで楽しいですわ」

 喜々として偽名を名乗る二人に、思わず眉をひそめるレイナ。その様子に気がつきながらも、あえて無視して話を進める一同。

「んじゃ、後はレイナさんやけど、何ぞ案は?」

「響きが近いんだったら、リーナでいいんじゃない?」

「と言う事やけど、どない?」

「……偽りの名を名乗ること自体、気が進まないが……」

「状況が状況や。諦めて」

 宏の言葉に、不承不承うなずくレイナ。その様子に、一抹の不安を抱かなくもない一同。彼女の反応で、一つだけ方針を固める。

「ほな、これからの事やけど、エルは基本的におっちゃんか藤堂さんと一緒に行動する事。基本的に、リーナは絶対にエルと二人で一緒、いうんはあかんで」

 早速偽名で呼び捨てる宏に、眉をひそめるのも一瞬の事。さらっととんでもない事を言われて思わず頭に血が上る。

「何故だ!?」

「だって自分、絶対人前でエルの事、姫様って呼ぶやろう?」

 宏の指摘に、思わず返答に詰まるレイナ。自分で言うのもなんだが、間違いなくそう言う失敗をやらかす自信がある。

「んでま、今日これからの事やけど」

「今日は、私が仕事に出るよ。交渉事も結構いろいろあるし」

 宏をここに残していくことに対する葛藤を微妙にのぞかせながら、それでも当初の予定通りに春菜は仕事に出て行くことを決める。心配は心配だが、二人ともこの狭い部屋にいても意味がない。宏を外に出すほうがいいか、とも考えたが、不特定多数の中に昨日のような人種が混ざっていれば、それこそ目も当てられない。リスク比較するのなら、ドーガと言うブレーキ役がいるこちらに宏を置いておくほうがまだましだろう。

「頼むわ。僕はここで、作れるもんいろいろ用意しとく。何かあったら、カードで連絡よろしく」

「分かってる」

「朝と昼はどないする?」

「用意して行くと遅くなるから、出先で適当に食べる」

 宏の質問に返事を返すと、レイピアと荷物を持って、さっさと部屋を出ていく。その姿を見送った後、朝食のためにあれこれ準備を始める。それなりに好評だったカレーパンでの食事を終えると、手待ちを埋めるためにいろいろ作るための準備を始める。

「何を始めるのかな?」

「まあ、いろいろ、な」

 そういいながら、よく分からない作業を続けている。感じから言って、日用品の類らしい。

「こちらに来てから、そう言う事ばかり研究しているのか?」

「ほんまはもっと優先せなあかん事もあるんやけど、機材の用意やら場所の確保やら材料の問題で、そっち方面はちょっと手待ちやねん。で、時間無駄にするんもあれやし、優先せなあかん事柄もどうせ長丁場になるやろうから、ある意味切実な食事周りとか肌のトラブル対策とか、そっちをいろいろ研究してる訳や」

「ふむ。優先せねばならん事、と言うやつを聞いてもいいか?」

「国に帰る方法を探さなあかんねん。どうせ自分ら、僕らがどういう立場か、そろそろ分かっとんやろ?」

「知られざる大陸からの客人、ですよね?」

 エアリスの言葉に、一つ頷く宏。丁度いい機会なので、聞きたかった事を聞く事に。

「お二人は、こちらに来て一カ月ほどになるのですよね?」

「うん」

「国の保護を受けないのは、どうしてですか?」

「これは藤堂さんも同意見やってんけど、なんちゅうか、厄介事のにおいがしてな」

 案の定やろ? と言う宏の言葉に、否定できずにうつむいてしまうエアリス。その様子に苦笑しながら、とりあえずカレーパンの準備に入る。

「とりあえず、今回に関してはよしと言う事にしといてや。僕らがフリーやったから、自分らの救助に成功したんやし」

「そうですね。ただ、そもそものきっかけが、このカレーパンの調理に問題があったから、と言うのが微妙に釈然としない部分はありますが……」

「どういう事かの?」

「ん? ああ。このカレーパンな、作る過程で服に染みがつきやすくてなあ。これがまた、ものすごい頑固な汚れで、洗ってもそう簡単に落ちへんから、糸集めて汚れに強い服作ろうか、って話になって、手に入れやすい蜘蛛の糸を回収しに行っとってん」

 何度聞いてもあれな理由に、思わず微妙な顔をしてしまうドーガとレイナ。普通なら、作業用の服を買えばいいだけの話に聞こえるが、どうせこのヘタレ男の事だ。作った方が安くいいものが作れる、とかそんな余計な事を考えたのだろう。ファーレーンに限らず、大抵の場合自作が基本、と言う面もあってか、確かに服と言うのは買うと高い。が、蜘蛛の糸と言う事は絹なのだから、その作った糸を売って作業服を買えば、普通に十着は買えるのではないか、と思うのは気のせいか。

「まあ、考えてみたら、仕込みする時とか屋台でパン揚げる時とかに着るんに、わざわざ蜘蛛のシルクをつこた服作るとか、ものすごい贅沢な話ではあるけどなあ」

「……それで、服は用意出来たのか?」

「いんや。織機を作らなあかんけど、ここやとちっと狭いから、まだ織機の材料集めたところで止まっとる」

 材料は集めたのか、と突っ込みそうになって、突っ込むと負けたような気分になり口を噤むドーガ。多彩な能力を無駄遣いしている風情が強いこの二人について、どうにも先行き不安なものを感じるエアリス達であった。







 物事と言うのは、進み始めると猛烈な勢いで話が進んでしまう事が多い。その法則にもれず、今現在面倒事の真っただ中だと言うのに、外で仕事中だった春菜が、さらに別口の厄介事を持ち込んできた。

『東君、聞こえる?』

『どないしたん?』

『メリザさんのところでトラブル発生。多分私一人の手に負えないから、手を借りたいんだけど大丈夫そう?』

『ちっとおっちゃんに話してみるわ』

 春菜の口調にただならぬものを感じ、表情を引き締める。ちくわを焼いていた作業を止め、焼き上がったものをどけてからドーガの方に向き直る。なお、メリザというのは依頼で知り合いになった商人で、ほとんどが雑用任務だが、最近いろいろ贔屓にしてもらっている。

「おっちゃん、ちっとええかな?」

「なにかな?」

「ちょっと藤堂さんがな、出先でトラブルに巻き込まれたらしいねん。一人で手に負えへん可能性が高い、ちゅう話やから、ちょい出かけたいけどええ?」

「儂らの事なら気にせんでもええぞ。飯も食わせてもらったし、留守番が出来んほど耄碌しておるわけでもない」

「ほな、悪いけどここで大人しくしとってな。果物とかは勝手に食べとってええから」

 そういい置いて、いろいろ道具類が入った鞄と手斧を持って部屋を飛び出していく宏。因みに昼食は事態がどう動くか分からないため、カレー風味のキャベツが入った関西風ホットドッグで済ませている。言うまでもなく、自家製のソーセージとケチャップが大好評だった。

『どこで合流する?』

『東門でお願い。一度門の外に出ないといけないから』

『了解』

 春菜の誘導に従い、錬金術で作った使い捨ての増幅アイテムを大量に使い潰し、一気に東門に向けて駆け抜ける。春菜の口調では、あまりまごまごしている余裕はなさそうだし、運河や乗り合い馬車を使うにしても、ちょうどいいものがあるとは限らない。しかも、日本じゃあるまいし、あの手の乗り物は定時運行などしていない。転移ゲートは中央広場まで出ないと使えないため、どっちが早いかは微妙なところだ。ならば、余計なコストをかけないのは、冒険者としての基本である。

 出来るだけ早く移動するために、裏道を駆使して走る。裏道を走るのは、対角に移動した方が距離が短くて済む、と言う分かりやすい理由以外にも、大通りは人が多く、こんなスピードで走るのは危険だと言うのもある。

「藤堂さん!」

「東君、早かったね」

「そらまあ、全速力で来たから」

 そう言って、重ね掛けが効く種類の移動速度増幅アイテムを取り出して見せる。それを見て、納得したように一つ頷く春菜。宏のスタミナなら、運河を使って二十分はかかる距離でも、普通に最後までトップスピードを維持できるだろう。ネックとなる冒険者としては遅い足は、増幅アイテムで十分フォローできる。ついでに言えば、冒険者としては足が遅いだけで、一般人と比べれば倍以上は速い。

「で、何があったん?」

「薬草を取りに行ったルミナちゃんが、戻ってきてないんだって」

「出ていったんはいつ?」

「今朝早くに、だって。冒険者や他の子たちと一緒に出て、トラブルがあって逃げて来て、戻ってきたら何人か居なかったそうなの」

「そら拙いな。居らんのは何人?」

「分かってるのは三人。全部女の子」

 外に出る手続きをしながら、必要な情報を交換する。因みにファーレーンでは、商店の子供などが薬草や木の実などを取りに出るのは、それほど珍しい事ではない。薬の材料や日持ちする食材などは冒険者協会が常に採集依頼を出しているが、余程急ぎの場合か遠出しないと手に入らない物でもない限り、基本的に協会から買うと質の割に高くつくため、普通はその手の依頼をこなす冒険者たちと一緒に採りに行くのだ。複数の街を股にかけるような商会でもない限り、かなり規模の大きな店の子供でも、結構普通に採集には出る。

 なお、この時、採集依頼をこなす冒険者は大抵の場合、駆け出しよりは経験を積んだ人物が多い。と言うより、全くの駆け出しは、職員のテストに合格するまで、あまり外に出る依頼を回してもらえないのである。つまり、こういう時一緒に行く冒険者と言うのは、基本的にそれなりの戦闘能力を持ち、ある程度目配りがきく人間なのだ。今回も、採集関係でそれなりに実績を積んだ冒険者たちだった。

 つまり、そのレベルの冒険者でも手に負えないトラブルが発生した、と言う事である。

「因みに、トラブルって?」

「もう少し山の方にいる、ちょっと強めのモンスターが出てきたんだって」

「また、きな臭い話やな」

「うん。最近、あまりよろしくない噂も聞いてるし」

「子供の行方不明が増えてる、言うんはアンさんから聞いてる。今回も、その絡みかもしれへんな」

 春菜が先回りして聞いてあった、冒険者がモンスターと殴り合いをする羽目になった場所に向かいながら、いろいろ意見交換を進める。宏達の他にも何人か、メリザがひいきにしている冒険者が捜索に出ている。こういう依頼は報酬が無いも同然になる事も珍しくないが、嫌がって受けないと言う冒険者はあまりいない。むしろ、ひいきにしてもらっている相手の緊急事態の場合、進んで報酬なしで動く冒険者の方が多いぐらいだ。

 因みに宏達も何度か、ルミナと一緒に採集をしており、質のいい素材を取ってくるからという理由で、メリザにはかなりひいきにしてもらっている。最近では、協会の買取値よりもメリザに卸した方が高く売れるため、もっぱら討伐系の仕事で集めた素材はこちらに売っている。その関係で直接名指しで依頼を受けた事も結構あり、それなり以上には親しい相手である。

 なお、この二人が一番多く受けている仕事は、道具の修理・改造、店の補修と言った技術のいる雑用系で、戦闘能力と言う点に関しては、装備のせいもあってあまりあてにはされていない。今回も、普通の冒険者より目端が利くから、ぐらいの理由で話を持ちかけられたのだ。何しろ、状況的に人手は一人でも多く欲しい。

「……藤堂さん」

 交戦場所まであと半分、と言うところで、唐突に立ち止まった宏が春菜を呼ぶ。

「どうしたの?」

「あそこ、不自然に乱れとる」

 宏が指さした先を、眉をひそめながら観察する春菜。確かに茂みが少々乱れてはいるが、言われてみればそんな気がしなくもない、と言う程度だ。気のせいと言われればそれでかたづくかもしれない、と言うレベルである。

「不自然、なのかな?」

「少なくとも、僕の目にはそう映る」

 スキル構成と能力値の差か、こういう事についての目利きは、宏の方が大幅に優れている。とは言え、自分達だけで単独行動をとるのはまずい。何人か冒険者を呼ぶ事にする。

「気になる場所って、ここか?」

「うん。ちょっと不自然に見えるねん」

「……当り、かもな」

 分類上はシーフやスカウトと呼ばれるタイプの、追跡や罠の発見・解除、カギ開けなど戦闘には絡まないが、冒険者をする上で重要になる能力を重点的に鍛えている青年が、険しい顔で答える。

「まじかよ?」

「足跡が残ってる。それも、割と新しい奴だ。ついでに言うと、わざわざ偽装してる」

 そのせいで却って不自然になってるんだがな、と言うシーフの言葉に、一同の表情が硬くなる。

「もしかして、結構やばいんじゃないか?」

「ああ。だが、下手に全員で行っても、行方不明の子供を人質に取られかねない。それに、空振りになる可能性もある。こっちは俺とこいつらでちょっと調べてくるから、お前らは念のために、他の場所も調べてくれ」

「そいつらで大丈夫か?」

「ああ。確かハルナは補助魔法が使えるし、採集をメインにやってるからか、こいつら結構気配を消すのが上手い。それに場合によっちゃ奇襲をかける事になる。下手に鎧を着てるよりは、これぐらい軽装の方が悟られにくい」

 シーフの言葉に、思わず苦笑する宏と春菜。確かに無駄な戦闘を避けるために、好戦的なモンスターの後ろを気配を消して物音をたてずに移動することが多い二人は、カギ開けや罠の解除が出来ないのが不思議なぐらい、気配を消すのが上手かったりする。しかも二人とも、と言うよりフェアリーテイル・クロニクルのプレイヤーキャラは大抵、クエストで必要になるため遮音結界も覚えている。こういった隠密活動には、ことのほか適性が高かったりするのだ。

「とりあえず遮音結界を張って移動するけど、人が増えると見つかりやすくなるから、少人数の方がありがたいのは確か。何かあった時、連絡は取れるんでしょ?」

「ああ。居場所の伝達手段もある」

「だったら、三人で行こう。火力も防御力も、とりあえずどうにかは出来るから。ちょっと嫌な予感がするし、あまりまごついてるのは多分まずいよ」

 髪をさっさとまとめた春菜の言葉に、真剣な顔で頷く他の冒険者たち。方針が決まったらとっとと動くのが鉄則、とばかりに分担を割り当てて散っていく。

「『透明化』があるけど、どないする?」

「それ、お互いに見えるの?」

「見せたい相手にだけ、自分の姿が見えるようにできる。ただ、余りモンのやっすい素材つこてるから、効果時間はお察しや」

「だったら、予想通りだった時まで取っておこう」

「了解」

「他に何かある?」

「鞄ごとありったけ持って来とるから、数はともかく種類はいろいろあるで。移動しながらざっと説明するわ」

 宏の言葉に頷く春菜とシーフ。今までの一カ月、ただ料理と調味料の研究しかしていない訳ではない。ウルス近郊で手に入るもので、なにが作れるのかは一通り確認してあるし、作れるものはそれなりの在庫を用意してあるのだ。とにかく嫌な予感しかしない現状、使える物の確認にそれほど時間をかけるのは、多分拙い。三人は仮パーティを組み、出来るだけ音をたてないように打ち合わせをしながら、迅速に足跡を追いかけていくのであった。







 香月達也かづきたつや水橋澪みずはしみおは、ついていなかった。何しろ、フェアリーテイル・クロニクルを遊んでいたら突然画面をエラーが覆い尽くし、気が付いたら縛り上げられていたのだから。

「参ったもんだな、こりゃ」

「まいった」

 手かせ足かせをつけられ、方々からさらってきたと思われる人たちと一緒に牢屋に放り込まれた二人は、投げやりに現状について、ほとんど出ていないと言っていい程度の声量で話し合っていた。長い事水も与えられていないため、声がかすれている。

「達兄、これってお約束のあれかな?」

「お約束のあれだろうなあ」

「そうなると、達兄が殺されずに済んだのは、むしろラッキー?」

「嫌な事言うなよ、お前……」

 澪の言葉に、げんなりした表情を隠そうともしない達也。自分でも思っていた事をはっきり言葉にされてしまい、かなりへこんでしまう。

 達也も澪も、自分達がフェアリーテイル・クロニクルもしくはそれに酷似した世界に来ている事を察している。そう考えるに至った理由はいろいろあるが、一番大きいのは脱出できないかとあれこれやっている時に、達也が魔法を使えた事だ。

「で、だ。この状況があれだとして、どうにかできる当てはあるか?」

「スキルは使えそうだけど、素手じゃ無理。達兄は?」

「魔法は使えたが、連中に直接当てるとかぞっとしない話だからなあ」

「だよね」

 達也の言葉に、ため息しか出ない澪。そもそも、攻撃魔法なんてものをこんなところで使ったら、周りの人たちがどうなるか分かったものではない。

「それにしても、いろいろ複雑な気分」

「ん?」

「さっき連れて行かれた女の人、多分……」

「あ~、そうだろうなあ」

 考えれば考えるほど胸糞悪くなる話に、己の無力を痛感して俯くしかない二人。先ほど、自分達をここに放り込んだ人相の悪い連中が、十代後半と思われる、ものすごく可愛い訳でも美人な訳でもないが、比較的豊満な肢体をした女の子を連れだして行った。この中で一番可愛い女性でも綺麗な女性でもないところを見ると、彼女はそう言う扱いを受けても商品価値が下がらない、と判断されているのだろう。

「ボクが選ばれなかったのって、肉がついてないから、だよね?」

「だろうなあ」

 そう言いながら、再びこの従妹の姿を観察する。何度見ても、ベッドで点滴を受けていた時と変わらない外見だ。介助してもらえば辛うじて、多少は口を使って物を食べる事が出来たためか、一応胸元にはわずかながら女性らしい膨らみが見て取れるが、半身不随ゆえ寝たきりなので、その体には筋肉も脂肪もほとんどついていない。普通に整った可愛い顔はしているが、これだけ痩せていると、さすがに魅力的と言うのは結構難しいものがある。寝たきり故に髪もそれほどちゃんと手入れはされておらず、伸びるにまかせてぼさぼさになっている。

 名簿だけの話とはいえ、今年中学に進学したばかりという年を考えれば、体が治ってちゃんと食べれば、背丈や胸に関してはまだまだ育つ可能性は十分にある。あるのだが、当人は割と諦めているのも知っている。流石に、事故と難病のダブルパンチとくれば、気休めを言うのもむなしい。

「もし健康だったら、どうなってたのかな?」

「あんまり考えるな。考えたところで、碌な結論にならないぞ」

「うん。でも、おなか減ったね……」

「もう、二日は何も食ってないからなあ……」

 自分達を捕まえた連中には、どうやら食事を与えると言う発想は無いらしい。商品を飢えさせるとかどうなんだ、と思わなくもないが、どうせこいつらの事だ。食ったら出すから掃除が面倒くさい、とか、すぐに売るんだから餌代がもったいない、とかそういうレベルの発想だろう。死んだところで、すぐに新しい商品を補充できる、という考えもありそうだ。

 二人はまだ二日だが、その前から閉じ込められている人間も居る。はっきり言って、他の人間は騒ぐ元気どころか、体を動かすエネルギーすら枯渇している感じである。普通、人間が全く飲まず食わずで耐えられるのが七十二時間程度、と言う事実を考えれば、身動きが取れないほど消耗していて当然である。元気なのは、さっき連れて来られてここに閉じ込められた、三人の女の子ぐらいだ。

「どうやらまだ生きているようだな、ウジ虫ども」

 空腹を感じて口を閉ざし、せめて食料だけでも強奪出来ないかと物騒な事を考えていると、親玉らしい強面のおっさんが、サドッ気たっぷりの表情で牢屋の中に声をかけてきた。無論、誰も反応などしない。長くいる人間は生命維持に精いっぱいで、まともな反応など返せるわけがない。新しく連れて来られた女の子たちは、この異様な雰囲気とおっさんの凶悪な気配に飲まれ、怯えて震えながら縮こまっている。

「お前らの新しい飼い主の方々をこれから呼んでくる。が、流石に全員は飼えんから、売れ残りは処分する。死にたくなかったら、せいぜい気にいられるように頑張るんだな」

 そう言って、何人か手下を連れて出ていく親玉らしい男。牢屋から出ていく時、最後の一人がわざわざ希望を砕くようなセリフを残していく。

「そうそう。間違っても脱走とか考えんじゃねえぞ。ここは森の中だから、周りはモンスターがうじゃうじゃいる。それに、腕利きを何人か残していくから、丸腰のウジ虫どもがどうこうできると思わねえことだ。ま、どうせそんな元気もないだろうがね」

 その言葉を聞いて、こいつらが食事を与えなかった最後の理由に気がつく。仮にこちらに戦闘能力があったところで、飲まず食わずで二日も三日も放置されれば、戦うことなどできはしないだろう。

「まいったね……」

「ん……」

 男たちが出て行った先を見つめながら、力なく囁き合う二人。正直なところ、真っ先にとまでは言わないが、自分達は高確率で処分される側に回るだろう。せめて多少でも食べていれば、一矢報いるための体力や気力もわこうものだが、この状況では流石に無理だ。人間、飲まず食わずと言うのがここまで精神力を削るとは思いもよらなかった。

「こんなひもじい夢は願い下げだが、後はこれが夢だったという落ちに期待するしかねえか……」

「……ん?」

「どうした?」

 何かを感じ取ったらしい澪の反応に、怪訝な顔をして質問をぶつける達也。だが、その質問に澪が返事を返す前に、二人にとって聞き覚えのある声が、呆れたような怒りをこらえるような口調で声をかけてきた。

「全く、ここまで予想通りとか、勘弁してほしいなあ」

 明らかに何度も聞いた声。二人とも、その声の主にはいろいろ世話になっている。もっとも、澪はともかく達也の場合、同じぐらいいろいろ面倒を見ているため、どちらかと言えばギブアンドテイク、と言う間柄ではある。声が聞こえてきた位置を考えると、もう姿は見えていないといけないのに、どう見ても誰も居ない。

「……もしかして、ヒロか?」

「……師匠?」

「ん? その呼び名を知ってる、ちゅう事は、プレイヤーの人?」

 その台詞とともに、ヘタレそうな青年の姿が現れる。髪と瞳の色が違ったり、身長が記憶より若干高かったりはするが、まぎれもなくその姿は生産廃人のヒロである。隣には、金髪に青い瞳の、ものすごく綺麗でグラマーな女性が、それなりの距離を置いて立っている。

(もしかしたら、助かるかもしれないな)

 ヒロの事はよく知っている。防具らしい防具は身につけていないが、たかが盗賊ぐらいで怪我をするほど、軟弱な肉体はしていない。もっとも、そもそも達也達にしても、最初から縛られているという最悪の条件だったからこうなっただけで、連中からは何の脅威も感じていない。人質なしでかつ人間相手に攻撃する事を割り切っていれば、最初に持っていたらしいナイフ一本でも、余裕で勝てる自信がある。

「東君、そういう話は一旦後回し。まずはこの人たちをどうするか、考えよう」

 となりにいる女性の声に頷き、辺りを見渡すヒロ。どうやら、女性の方もそれなり以上のレベルはあるらしい。助かるかもしれない、が、助かる、という確信に変わるのを感じながら、二人の邪魔をしないように、とりあえず黙っておくことにする達也と澪であった。







「東君、そういう話は一旦後回し。まずはこの人たちをどうするか、考えよう」

 人質の中にいる誰かと、後でも間に合う種類の情報交換をしそうな雰囲気の宏を、とりあえず釘をさして牽制する春菜。この人数をあの規模の集団から救助するのは、かなりあれこれ準備が必要なはずである。まずはそっちの段取りを優先しないと、後で後悔することになる。

「とは言うても、全員連れて逃げるんは、今のこっちの人数では明らかに無理があるで。転送石一個で運べる人数でもあらへんし、三つしかないから何人か荷物扱いしても、半分ぐらいしか連れ出されへん」

「ジェイドさんが救援を呼んでくれたみたいだから、それまでこっちで時間を稼ぐしかないと思う」

「となると、籠城できるように準備せなあかんな」

 そう言って、辺りを見渡して鞄を漁り始める宏。準備、などと言っても、罠を仕掛けるような能力は持っていない。なお、ジェイドというのは、一緒に行動していた別パーティの盗賊である。現在別行動で、他に人質はいないか、戦力はどんなものか、などを調べて回っている。

「師匠、ここから出してくれたら、罠はボクが仕掛ける」

「さよか。ほな、とりあえずここを開けやんとなあ」

 鍵開けは出来へんねんけどなあ、などとぼやきながら、牢の扉をどうにかできないか観察をしていると、春菜が声をかけてくる。

「念のために遮音結界を維持したまま消音結界を張ってくれたら、私が鍵を切り落とすよ」

「了解。任すわ」

 春菜の提案に頷き、言われた通りに消音結界を張る宏。魔力の流れから結界の準備が終わったのを確認すると、気合一閃、正確に鍵を切り落とす春菜。なお、遮音結界は、特定の範囲から音が漏れないようにするもので、消音結界は一定範囲内の音を消すものである。どちらも操作できる音の大きさが力量に左右されるので、今回は念のために両方を重ねて張ったのである。

「ちょっとじっとしててな」

 牢をあけ、フェアリーテイル・クロニクルのプレイヤーらしい二人の手かせと足かせを斧で叩き壊す。プレイヤーであるならプレイヤーキャラの能力を持っている確率が高い。冒険者向けのスキル構成でなくても、基本攻撃スキルは必ず持っているし、パラメーターは確実に一般人より高い。上手くいけば戦力になるし、そうでなくても自衛ぐらいはできるはずだ。そもそも、こちらには見覚えは無いが、向こうはこちらの事を知っている。ならば間違いなく冒険者よりのスキル構成だから、自衛ぐらいはしてくれるはず。

 そう期待しての行動だが、その期待は微妙に裏切られる。

「うう……、立ち上がれない……」

「腹ペコが足に来てるな、おい……」

 その言葉に、周囲を観察しなおす。言われてみれば、こういう牢屋にありがちな排せつ物のにおいが、ここではあまりしない。多分、水も食糧もほとんど与えられていないのだろう。もっと言うなら、暴行を加えられた跡が見受けられる人間もいる。もっとも、そういう道具がないでもないのだが。

「捕まってから、何も食わせてもらえてないんだよ……」

「ごめん、師匠……。本気で足腰が立たない……」

 空腹による貧血でまともに立ち上がれない様子の二人にため息をつき、鞄の中からとりあえず水とパンを取り出して差し出す。因みに、立ち上がれない主な理由は確かに空腹と脱水症状だが、長い間同じ姿勢で居たことによる筋肉の硬直と足の痺れも、体を動かせない原因についてかなりの割合を占めているのはここだけの話だ。

「他の人のご飯は、もう少し待って。今手元にある分やと、全員に回らへん」

「その代わり、食べた以上は働いてね」

 そう言いながら、とりあえず水だけはありったけ取り出す二人。見た感じ、脱水症状がひどい人間も少なくなかったからだ。鞄から出てきた樽とコップを見て、目を丸くする人質たち。流石にこんなものを鞄に入れて持ち歩く人間は、そんなに多くは無い。

「さて、そっちの二人は、何が出来るん?」

「そうだな。お前さんがヒロなら、俺はオババと名乗れば大体のところは分かるんじゃないか?」

「ボクはミック」

「……オババにミックって、マジかい」

 自己紹介を聞いて唖然とし、思わずうめくように呟く宏。女の子のほうが師匠師匠と呼んでいたから、自称も含めて三人いる弟子のうち一人がネナベだったのだろう、と言うのは分かったのだが、よりにもよって一番でかくてイケメンで、そのくせ男くさい外見のキャラがネナベだったとは予想外だった。逆に、オババは最初からネカマだとは思っていた。思っていたが、中の人がこんな色男だとは想像もできなかった。何しろ、ゲーム内では自称のとおり魔法使いの老婆と言う外見で、しかもかなり気合の入ったロールプレイをやっていたのだから。

「まあ、ええわ。ミックや、言うんやったら、確かに罠は何とかなるな。そろそろ動けそうか?」

 とりあえず、状況を考えてとっとと気分を入れ替える。

「……ごめん、まだちょっときつい」

「確か、依頼で作ったポーションのあまりがあったはずやけど、それでいける?」

「分からん。何分、いろいろ初めての状況だからな」

 達也の言葉に、それもそうかとうなずいて、とりあえず保管してあったあまりもののポーション類を渡す。それを受け取って一気に飲み干し、体の状態を確認する二人。

「何とか動けそう」

「自信はないが、やるだけやってみるか……」

 その言葉にうなずくと、とりあえずありあわせのもので罠やバリケードを準備していく。作業の最中に、入り口と奥から人の足音が聞こえてくる。もっとも、感覚の能力値がかなり高い宏と澪にしか聞こえていないのだが。

「誰か来た。ミックとオババは中に入って待機しとって。足音の数から言うて、入り口から来る人間の方が多いみたいやから、藤堂さんは奥お願い」

「了解」

 さっくり役割分担を決めて、初めての対人戦に備える二人。二人が構えると同時に、凄まじい音を立てて洞窟の奥の壁が崩れる。崩れた先には、オーガかトロールと呼んだ方がいいほどの体格をした、スキンヘッドの筋肉の塊が。手にはこん棒と、ぼろぼろになって気絶しているジェイドを持っている。ジェイドをそこら辺に投げ捨てたスキンヘッドは、春菜の姿を見るとにやりと獰猛な笑みを浮かべ、威嚇するようにこん棒を振り回す。その威嚇を受けて、通路ではなく壁から現れると言う予想外の登場に唖然としていた二人が、気を取り直して戦闘態勢に入る。

「藤堂さん!」

「大丈夫、任せて!」

 明らかにボス級だと思われる相手を見て、いつものように前衛として抑え込もうとする宏を制する春菜。正直、このタイプは春菜にとって、最もやりやすい相手だ。

「せやな。こっちを空けるんはまずそうや」

 通路を下ってきた人数を見て、舌打ち交じりに呟き、いつものように震えながら盗賊一味と相対する。こうして、予想外のスタートで、二人の初めての対人戦は幕を開けたのであった。







 振り下ろされたこん棒を受け流し、カウンターであえて浅めに切りつける。鋼のような筋肉を持つスキンヘッドにとっては、正直かすり傷でしかない程度のダメージではあるが、少なくとも魔法剣などを使わなくとも、普通にダメージが通ると言う事は確定した。もう一つ言うなら、宏のように見ている目の前で傷が治る、と言うほどの回復力も無いようだ。その情報をもとに、相手の攻撃一撃に対して、二回攻撃を入れて体力を削りに入る春菜。

 獣のような唸り声とともに、轟音を立てて振り回されるこん棒は、普通の人間が食らえば一撃でミンチになるだろう。だが、かなりの大振りなだけに、見切るのはそれほど難しくない。気絶しているジェイドがいるため、避ける方向を気をつけなければいけないが、逆に言えばそれだけの話である。

「はっ! てい!」

 こん棒を持つ腕を二度、浅く切り裂く。あまり深く切ると、筋肉によって固定されかねない。なので、突きも表面をかすめるようにするのが基本だ。それに、下手な攻撃をして、殺してしまうのは正直避けたい。持久戦になる可能性が高いので、下手に大技を使うのもNGである。

 右からの振り下ろし。軽いステップで回避。胸板とわき腹を刻む。水平方向へのスイングをくぐりぬけ、さっき切った場所をもう一度、正確に切りつける。左腕のパンチ。腕を切るようにして逸らす。そのまま三度斬りつけて相手の懐から脱出する。華麗に、可憐に、舞うように相手を翻弄し、少しずつダメージを蓄積させていく。

 スキンヘッドにとっては、吹けば飛ぶような小娘の予想以上の抵抗が面白くないらしい。獣のごとく吠えながら、力いっぱいこん棒を振り下ろし、あっさり春菜に受け流されて悔しげに唸る。当てれば即座にへし折れるはずのレイピアが、何度打ち合っても手ごたえなく流される。パワー馬鹿の攻撃と侮れぬほど鋭い一撃は、だが春菜の体をかすめる事すらしない。

 春菜の技量が無ければ、たとえ宏特製のレイピアといえども、せいぜい三度目の受け流しで折られていたであろう。たとえ春菜の技量でも、並の武器ならとうの昔に折れていた事は疑う余地が無い。スキンヘッドは、その程度の実力は持ち合わせている。たとえ騎士といえども、それなりの実力が無ければ、普通に返り討ちにあいかねないぐらいには、この大男は強い。

 ただ今回の場合、相手が悪かった。

(そろそろ調整した方がよさそう)

 何度目かのヒットアンドアウェイの後、あえて大きく距離を取り、全体の位置関係を再度確認する。位置関係を冷静に判断し、手早く誘導先を決める。逃げ回りながらの攻撃ゆえに、地味に微妙な位置に追い込まれつつある。が、とりあえずジェイドに流れ弾が飛ぶ心配はなくなった。あとは、足場が悪くなってきている現在の交戦位置から、牢屋の正面ぐらいまで誘導すれば、細かい事を気にせずに戦闘を続行できる。無論、牢屋を背にするのはまずい。相手の攻撃が空振りし、地面を叩いた時に飛び散る瓦礫は、至近距離なら十分ダメージを受ける威力があるのだ。

 入り口方面で何度か、魔法が発動した時特有の魔力の流れを感じているが、宏を信用して無理やり頭をクールダウンする。最悪、オババとミックがある程度の支援はするだろう、という読みもあるし、こっちが下手を打てばそれこそ宏に余計な負担をかける。こういう時は焦らず、自分の役割をしっかり果たすのが、パーティ全体に対する最大の支援になる。

「ふん!」

「甘い!」

 馬鹿の一つ覚えのような振り下ろしを綺麗に受け流し、相手が自分を見失うように誘導する。そのまま流れるように背後に回って、特殊攻撃スキル・ブレイクヒットを放つ。相手の姿勢を大きく崩す事を目的とした、スマッシュの亜種ともいえる攻撃を受け、前のめりにつんのめるスキンヘッド。予定通り丁度いい位置に下がった頭に、横からスマッシュを叩き込んで吹っ飛ばす。

 一見便利に見えるブレイクヒットだが、余程大型の相手でもなければほぼ確実にダウンが取れるスマッシュと違い、適当に入れたところで、良くて一瞬動きを止める程度の性能しか持ち合わせていない。相手の姿勢を確実に崩そうと思うのなら、それなりにダメージを与えた上で、タイミングを合わせて叩き込まないと効果が出ない。このタイミングを合わせて、と言うのが意外と難しく、スマッシュやその発展スキルで普通にダウンを取れる事もあって、使い手はそれほど多くない。

 だが、スマッシュ以上に出が早く、ほとんど動いていないようなモーションでも効果を出せる技であるため、使いこなせれば極めて効果的な、プレイヤーの技量がもろに出る技であり、人型や獣型を相手にするとき、春菜が好んで使う技の一つだ。ピアラノーク戦で使わなかったのは、昆虫系や甲殻類との戦闘経験が乏しかった事が大きい。特に蜘蛛のような重心が低く、安定した足回りを持った相手に対しては、どういう入れ方をすれば崩せるのかが分からないので、いかな春菜といえども効果的な使用は難しい。宏と言う前衛がいる以上、わざわざ無理してソロでやるような真似をする必要が無かった、と言う事もあって、普通に攻撃スキルに絞ったのである。

「シャドウセイバー!」

 HPよりもスタミナとMPを大きく削る類の、闇属性の魔法剣で切りつける。特殊効果としてスタン、混乱、恐怖、バインドと言う四種類の状態異常が付与される、搦め手から攻めるタイプに御用達の上級魔法剣だ。言うまでもなく、昆虫系のボス属性には、バインド以外はほぼ通用しない上、バインドも効果が薄い。

「とりあえず、念のためにもう一発」

 白目をむいて倒れたスキンヘッドに、似たような種類の特殊攻撃を、念のためにもう一発叩きこむ春菜。ビクン、と痙攣した後、完全に動かなくなるスキンヘッド。一応生存を確認した後、鞄の中に入っているワイヤーで縛り上げる。何でそんなものを持ち歩いているのか、と言うと、荷台に木材を固定したり、てこの原理を応用して物をつりさげるのに使ったり、大工仕事の時に仮固定をしたりと、雑用任務で地味に使い道が多いからだったりする。因みに、宏の指導を受けて春菜が作り、エンチャントまで施したものだ。

「これでよし、と」

 絶対動けない状態になっている事を確認し、宏の支援に向かおうとして、入り口から濃厚な血の臭いが漂ってきている事に気がつく。

「東君!?」

「大丈夫や、僕の血やあらへん!」

 例によって震えながら斧を振るいつつ、震える声で春菜に返事を返す。見ると、入り口付近に矢で胸を貫かれた盗賊らしき男の死体と、その胸元から流れ出した大量の血だまりが。

 それ以外でも、宏の足元はなかなかごちゃごちゃした状態になっている。何しろ、ナイフだの矢だの石ころだのが大量に転がり、へし折られた剣の切っ先が散乱し、背中に大量に矢が刺さり全身が焼け焦げた死体(これは五体満足だ)が倒れている。宏が通せんぼしている通路の奥を見ると、吹っ飛ばされて白目をむいているのが一人と、吹っ飛ばされた時に巻き込まれたらしいのが三人、完全に足止めするような形で倒れており、そのうちの一人は、首があらぬ方向に向いている。

(……もしかして!?)

 状況から察するに、多分矢が刺さっている死体以外は、宏が殺してしまったのだろう。正確には、弾き飛ばした拍子に首の骨を折ったか、当りどころが悪くて死んでしまった、と言ったところか。状況が状況だけに、宏が人を殺した、と言う事に対してはこれと言ってショックを受けたりはしないが、昨日の今日だ。その事が後に響かないか、と言う事は心配である。何にしても、少しでも彼の負担を減らさないと、と考えて移動しようとしたとき、宏がそれを制する。

「こんでええ!」

「でも!」

「大丈夫! 援軍が来た!」

「正解!」

 見知らぬ女性の声が響き、それと同時に断末魔の叫びが二つ上がる。その混乱に乗じて、ボスと思わしきえらそうな男と、奴隷商だと思われる太った男をスマッシュでふっ飛ばし、顎の先を大剣の柄で殴って気絶させる。

「はい、お疲れ」

「遅くなって済まない」

 生き残りを全員捕縛した、いろんな意味ですらりとした体型の、まあ普通と言っていい容姿の女性がねぎらいの声をかけてくる。顔立ちや髪と瞳の色を見るに、どうやら日本人らしい。多分、彼女もプレイヤーなのだろう。後ろからは、驚いた事に姿を変えたレイナも出てくる。

「お疲れさん、助かったわ」

「別に、あたしがこなくても、あと五分もあればあっちの彼女と二人で制圧してたっしょ?」

「本当に、遅くなってしまって申し訳ない」

「いや、来てくれてほんまに助かった。おかげで、藤堂さんが人殺しするリスクは避けられたから、な」

 宏の言葉に、神妙な顔で頷く二人。どうやら、彼女達も春菜にはあまり人殺しをしてほしくないらしい。レイナからすれば、昨日の今日だから、宏にも人殺しなどして欲しくなかったところであり、それだけでも悔いても悔やみきれない。

「しかし、なんちゅうかなあ……」

 青い顔のまま、どうにか震えを押さえた宏が、複雑な感情とともに言葉を吐き出す。

「何よ?」

「多分、モンスター仕留めたり解体したりするんにためらいが無いんと同じ理由なんやろうけど、人殺したことに、まったくショックが無いことが、正直言うてものすごいショックや……」

「あ~、あたしだけじゃないんだ、それ……」

「お姉さんも、そうなん?」

「うん。まあ、日本じゃないんだし、悪い事してたやつらに攻撃されて抵抗しただけなんだから、誰もアンタを責めたりしないわよ」

 軽く一つうなずくと、気休めみたいな言葉をかけながら宏の方に近寄ってくる女性。反射的に距離をとる宏。その様子を見て、不機嫌そうに眉をひそめる。

「ちょっと、何よ?」

「あ~、申し訳ない。僕な、正直に言うて、女の人がものすごい怖いねん」

 その言葉に、なんともいえない顔でため息を漏らす女性。

「リーナに聞いてたけど、相当ねえ。エア、じゃなかった、エルの護衛って観点ではすごく不安になる回答、ありがとう」

「は? その名前が出てくるっていうことは……?」

「あたしは溝口真琴。七級冒険者でドルおじさんの手札の一枚。よろしくね」

 そういってにっこり笑いかけてくる真琴に対し、どう反応するか、と微妙に悩ましい態度をとってしまう宏と春菜であった。なお、この後ウルスに戻った春菜が風呂を済ませた後、残り時間で何事もなかったかのようにカレーパン屋台を開始したことに対し、真琴があきれたような顔で

「道中あんだけあのヘタレのことを心配してたくせに、平然とカレーパンを売ってるんじゃない!」

 と突っ込んだのは、また別の話である。
今はこれが精一杯。
と言うか、これ以上は作風的に無理です。

後、きれいに落ちてしまったのでここで言い訳と言うかフォロー。

ラスト春菜さんが普通だったのは、宏の様子を観察した上で、普段どおりのままでいるのが一番いいと判断したからです。
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