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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ダール編後日談・こぼれ話

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こぼれ話 その2

1.ウルスとオルテム村

 近頃のオルテム村は、醤油蔵と味噌蔵を確認するところから始まる。

「どんなもんだべ?」

「味噌は促成蔵のが三樽、醤油は二樽ぐれえ売りもんになりそうだべ」

「んだば、行商さ行ってくるだ」

 蔵の番をしているエルフの回答を聞き、売り物になる味噌や醤油の樽を背負うフォレストジャイアント達。高さ二メートル近い大きな樽を平然と背負って行くその姿は、なかなかに壮観である。

 本来ならまだまだ本格的に売り物になるような醤油や味噌が出来る時間は経っていないのだが、そこは宏特製の熟成加速のかかった促成蔵。管理をまだ勉強中のエルフ達がやっているために、それほど質のいいものは出来ないが、駄目にならないように色々とエンチャントをいじってあるために、それでも日本人が納得するであろう最低ラインは超える品質のものが三日程度で仕上がるのだ。もっとも、このエンチャントの影響でどうやってもそれ以上の品質にはならないのだが。

「本醸造の方はまだだか?」

「あっちは後三月はかかるべ」

 本来の手順に従って仕込まれ、熟成加速を行わずに作られている醤油と味噌について、そんな風にやり取りを済ませるフォレダンと蔵番。本醸造の方で作られる味噌は、大豆だけでなく麦や米で作ったものもある。

「あっちが出来れば、もっと高く売れるだよ」

「そんなに欲張ってもしゃあねえべ。醤油と味噌があるだけで十分幸せだでな」

「んだ、ちげえねえ。そう言えば、ポン酢もそろそろだか?」

「量産はもうちょいかかるべ。そもそも、材料がそこまでたくさんねえだ」

「んだか。まあ、当面はおら達が鍋に使うぐれえあればいいだな」

 フォレダンの言葉に同意するように頷くと、蔵の扉を閉める蔵番。仕込みの時の力仕事はともかく、それ以外に関しては蔵番をはじめとした幾人かの仕事であり、フォレストジャイアント達に出番はない。

「んだば、またたくさん仕入れてくるだ」

「任せただ」

 そう挨拶を済ませ、樽を背負ったままウルスの工房へ次々に転移するフォレストジャイアント達。ウルスの食文化に少なくない影響を与えているオルテム村からの行商は、今日もこんな風にのんきにスタートするのであった。







「トラッタさ居るか?」

 朝日が昇る直前のウルス港。運河を渡る渡し船、その始発便に乗って漁港の方まで来たフォレストジャイアント一行は、漁港の元締めをしている漁師を呼び出す。

「おう、フォレダンか。丁度いいところに来たな」

「味噌と醤油は足りてるだか?」

「全然足りてねえよ。後、明日もこっちに来るなら、できれば米も持ってきてくれ」

「分かっただ。三俵ぐらいでいいだか?」

「もう一声、ってとこだな。後、味噌と醤油はその樽一個置いてってくれ」

 なかなかに剛毅な事を言う元締めのトラッタに、特に顔色を変えることなく一つ頷くフォレダン。近頃のウルス港では、漁師達が船の上で米の飯と味噌汁を食べるようになっていた。かつて宏によって昆布からダシの取り方を教わり、味噌汁と言うものの存在を教わったことがきっかけである。本格的に食うようになったのは、宏がフォレダン達を紹介した時に、米の炊き方と魚定食の作り方を教えた時からだ。

 この海域の昆布はヒドラ昆布と呼ばれるやたらめったら成長が早くて生命力の強い昆布で、ある一定の大きさを超えると千切れて海面を漂い、船の舵や漁具に絡まって悪さをするために、漁師達には大層嫌われていた海藻の一つであった。

 繁殖力が強くて悪さばかりするくせに、売り物には一切ならなかったこの昆布、宏達がせっせと昆布ダシを使った料理を広めてくれたおかげで最近では急激に需要が増え、売り物になるからと回収するようになってからは事故も減って、しかも自分達の食卓も豊かになってといい事ずくめである。

 このヒドラ昆布のうち、売り物として使いにくいものをダシ用に処理したものを船に積み込めば、後は味噌と醤油と塩と米を持って行くことにより、獲れたての魚で美味い朝飯が食えるのだ。更に、朝の仕入れに来た連中に対しても、競りには出せない外れの魚を使った朝定食を出しているが、これにも味噌と醤油、そして米を使う。流石に毎日一樽とまではいかないが、その消費量はなかなかのものなのだ。最近では定食の噂を聞きつけ、これだけを目当てに来る客すらいる始末。味噌も醤油も米も、いくらあっても足りない。

「よし、これが代金だ。で、今日はどうする?」

「いつものように、まずは昆布百キロ。後、今日はどんな魚があるだか?」

「お勧めは、ガリョービカだな。今が旬の魚だ。醤油で煮つけにするとうまい。大漁だったから、お前らの村に行きわたる程度はあがってるぞ」

「んだば、そいつを三千人分、それとダシに使えそうな小魚も五百ぐらい頼むだ。アズマ工房に運んでくれれば助かるだよ」

「了解。今日の相場だと一人前五チロルってところだから、百五十クローネだな。小魚と昆布は大負けに負けて五十クローネってところか」

 豪快な買い付け量を言い放つフォレダンに、特に驚くことなく了解を告げるトラッタ。そのうち味噌も値下がりするだろうから、と、質で劣る促成味噌の方ならばと言う条件で相当値下げしているため、割と色々負けても現時点では総合的に漁港の利益の方が大きい。元々漁師達はそこまで味にうるさい連中でもないため、品質に劣るといっても日本人が納得するレベルの味噌ならば、文句を言う筋合はない。

 なお、この樽一つ分の味噌と醤油、今のアズマ工房の最高品質のレートだと、とても漁港の稼ぎで買える値段ではない。フォレダン達が持ち込む格安品でも、今朝の取引ではフォレダン達が大幅に黒字になる値段だ。それでも、量が量だけに朝定食やら何やらでちょっとずつ利益を上乗せして行けば、普通に利益が出るのである。そもそも、朝定食のおかげで売り物にならない魚をものによっては普通に売るよりいい値段で売れるのだから、漁港としても美味しいなどと言う言葉では言い表せない。

 もう一つ補足しておくと、フォレダン達が買い付けた魚がたった三千人分なのは、オルテム村の全員が買ってきた魚を食べる訳ではない事に加え、大抵一匹を数人で分け合って食べるためである。特にフェアリーの場合、魚一匹で四人から六人食べられるのだから、五十もあれば集落の全員が魚にありつける。

 周辺のゴブリンやフォレストジャイアントなどを合わせて、総人口が一万人にやや届かないオルテム村。村と言うには巨大な集落だけあって、やはり食の好みも結構ばらばらなのである。

「さて、今日も朝飯食ってくか?」

 トラッタの誘いに頷くと、フォレストジャイアント一行は漁港の朝定食をがっつり食べて引き上げていくのであった。







「味噌と醤油は要らねえべか?」

 商業ギルドで許可証をもらい、東地区にある飲食店街の裏側を声をかけて回る。

「味噌、この石と同じ重さで」

「醤油、この瓶に一杯お願い」

 声をかけると、次々に注文が入る。漁港を中心に広がった味噌と醤油の使い方だが、本格的にその良さが広まったのは、実のところスラム地区の土壌改良事業の時である。冬場の作業中に振舞われた豚汁が、味噌汁と言う物の良さを一般階級に広めてしまったのだ。醤油の方は日によって振舞われる事があったそばがきのダシ、それの影響が大きい。

「あんた達が売りに来てくれて助かるよ」

「まだまだウルス産の醤油や味噌は高級品か質がいまいちかのどっちかだからなあ」

「こっちもおめさ達に買ってもらえて助かってるだよ。オルテム村は森のど真ん中だで、食いもんも色々種類がすくねえでな」

「んだんだ。特にダシが鳥ガラときのこのダシしかねえでな。やっぱり海がないのは厳しいだ」

 飲食店の店主たちと駄弁りながら、てきぱきと量って売りつけ、代金を受け取っていくフォレストジャイアント達。現時点では、彼らの行商は互いにWIN-WINの関係を作っているようだ。

 味噌も醤油も製法を隠していないどころか初期段階である程度あちらこちらに指導をしているため、そのうちもっと安くなるだろうとはいえ、今現在では需要に供給が全然追い付いていない。アズマ工房が作る質のいい味噌や醤油は全て王宮や高級レストランなどに流れてしまっているため、彼らが持ってくる最低限の品質が確保された安い味噌や醤油は非常にありがたい。やはり、料理の幅が広がる新しい調味料は、使えるのと使えないのとでは大きな違いが出てくる。

「商売の方は、どうだべ?」

「今のところ、あんた達の売ってくれる調味料使った新メニューが好評で、それなりに上手い事は行ってるな」

「問題は、調味料の効果なんて今だけって事かしらねえ」

「それはおら達には何とも言えねえだよ」

「オルテムの野菜とか持ってくるのもありだども、下手なもの持ってくると、ウルス近くの農家に恨まれちまうだでなあ」

 地味にシビアな事を言うフォレストジャイアント達。オルテム村で作っている農産物は、かなりの割合でウルス周辺の農家と競合する。現時点で競合せず、恐らく今後も一定の需要があるだろうと予測されるのは米と一部モンスター食材ぐらいなものであり、それ以外の農産物を下手に大規模に持ち込むと、黙認してもらっている商売が続けられなくなる可能性もある。

 実際には、ウルスの人口や周辺の農業規模を考えるなら、フォレダン達が売りさばくぐらいの農作物が入ってきたところで、周辺の農家や行商に来る商人達の商売を圧迫する恐れはほとんどない。だが、それはそれとして、やはり彼らのような目立つ集団が余計なものを売り始めれば、どうしてもよくは思われないものである。

 いくら分量的に問題なかろうと、いくら需要があろうと、求められるままに売ればいい訳ではないところが、商売と言うものの難しいところである。

「まあ、そりゃわかっちゃあいるんだがなあ」

「今が好調なだけに、ちょっと不安になるのよねえ」

「今までほとんど流通に乗って無い作物とか、そっち方面なら問題はないと思うんだが……」

 生活がかかっているだけに、飲食店の店主たちも色々と必死である。新しい調味料なんてすぐに当たり前になる以上、他にいろいろとできる事を模索しておく必要があるのだ。

「流通に乗ってねえ作物っちゅうたら、分かるのはラース麦ぐれえだで」

「ラース麦?」

「漁港あたりで米っちゅう名前で定食に使ってるだ」

「……なんだ、あるんじゃないか」

 どんなものかを理解した店主たちが、期待に満ちた目をフォレダン達に向けてくる。その様子に苦笑しながら、どれだけの量を持ちこむかを頭の中で計算するフォレダン。漁港に必要な分にプラスしてここら一帯に配る試供品、それから調理できる人員。流石に、この場で彼の一存で決めるのは無理だろう。

「……ちっと帰って相談してみるだ。おめえらも料理の仕方も分かんねえ作物さ持ち込まれても困るだでな?」

「ああ、そうだな」

「あんまし、期待しねえで待っててけれ」

 そう言い置いて、樽に半分ほど残った味噌をかついでその場を立ち去る。醤油はすでに売り切れだ。

 フォレダン達はこの日、最後の商売のために、東地区の市場へ向かうのであった。







「おっ、今日も売りに来たのか?」

「んだ。だども、醤油は売り切れちまっただが」

 いつも軒先を借りている商売人に声をかけ、樽に三分の一ほど残った味噌を売りに入る。とはいえ、この時点でこの日の目的はほぼ達しているため、そこまで気合を入れて売る訳ではない。

 フォレダン達が味噌や醤油を売り歩いている理由は海産物、特に昆布と煮干し用の小魚が欲しいからであり、元々そこまでがっついて商売をする必要はないのだ。本来なら漁港とだけ取引すれば事足りるところを、わざわざあちらこちらに足を延ばして売り歩いている理由はただ一つ。宏達に頼まれているからである。

 アズマ工房的には、自分達の作る味噌と醤油が中央市場の高級品店に流れている都合上、できれば東西南北四つの区画にある市場と飲食店全てにオルテム村からの味噌を届けておきたい。だが、残念ながらオルテム村もまだそこまでの生産量は稼げておらず、村で使う分を引けば一日に何樽かが売りに回せる程度。なので、宏達とも比較的縁が深い東地区をメインに販路を広げている。

「おじちゃん、お味噌ちょうだ~い」

「どれぐれえほしいだ?」

「このお金で買えるぐらい」

「分かっただ」

 ライムと変わらないぐらいの年の子供が、容器と一緒に十チロル銅貨を二枚差し出してくる。それを受け取って、ちょっとだけ分量をサービスして盛りつけてやる。

「ほら、気ぃつけて持って帰るだよ」

「おじちゃんありがとう~!」

 よく味噌を買いに来る少女を見送ると、それを皮きりに次々と客が訪れる。行商を始めてからそれほど経ってはいないが、すでにフォレストジャイアントが味噌と醤油を売る姿はこの地域に溶け込んでいるようだ。

「三十チロル分、頂戴」

「この入れ物すり切り一杯。いくら?」

「今日は味噌の樽だけ? 醤油は?」

 たくさんの客から次々と飛んでくる注文や質問に対応しつつ、樽に少しだけ残った味噌をこそいで盛りつけ、終わりを宣言するフォレダン。

「今日はもう品切れだべ」

「すまねえだなあ」

「あらら」

「残念。明日も来るのよね?」

「そのつもりだべ」

「だったら、明日はちょっとだけ取っておいてくれると嬉しいんだけど」

 売り切れを聞き、残念そうにそうコメントして去っていく客達。まだまだ出物が少ないだけあって、品切れに対して怒って詰め寄るような客はいない。

「さて、おらたちもちょっくら買い物してくるだ。の前に、いつものおくれ」

「おう、毎度」

 場所代替わりに炒ったナッツやアーモンドなどを買って、ポリポリ齧りながら片づけを済ませるフォレダン。そのまま、空になった樽を背負ってのんびりと立ち去る。こうして、この日のウルスでの商売は終わったのであった。







「今日の成果はこんなもんだべ」

「この魚、どうやって食うだ?」

「塩焼きにして醤油かけて食うか、煮物にして食うとうめえだ」

「この猪肉、薄く切って味噌漬けにしてみるだか?」

「それもよさそうだべ」

 昼下がりのオルテム村。フォレダン達が大量に買い込んできた食材を前に、各地区の代表者がワイワイと品定めをする。流石に全員集まってとなると収拾がつかなくなるため、まずはどの地区に何をどれだけ割り当てるかを代表たちの間で決めるのだ。

「うちは魚五百ってところだべな」

「うちは魚三百とそっちの肉をブロックで三つ」

「その果物、ちっと研究してみるだ。食う分以外に百ほどおくれ」

 ダシのための昆布と小魚を人数に合わせて均等に割り振った後、話し合いがまとまったらしく次々と要求が出そろう。その要求に従って台車に食材を積み込み、各地区へどんどん運びこんで行く。

「そう言えばフォレダンさ、ちょっといいか?」

「なんだべ?」

「こう言うの、向こうで見た事あっか?」

 フォレダンを呼びとめたエルフが、緑色のペーストを絡めた餅を見せてくる。

「……胡桃餅か? 餅がねえから、見た事はねえな。そう言えば、そのペーストも見てねえだよ」

「折角だから、売りもんにならねえか?」

「明日、ちょっくら持ち込んでみるだ」

「分かった。五百食ぐれえ、作っておくだ」

 このオルテム村特産の胡桃餅は結構な売れ行きを見せ、ウルスにまた新たな食文化を持ちこむことになるのだが、胡桃の質の問題か米がオルテム産以外も出回りだしても、胡桃餅と言えばオルテム産が一番という評判はいつまでも衰えることなく定着する。

 こんな感じで、自分達が結構のっぴきならない影響を与えている自覚なしに、オルテム村はウルスの食文化の向上に貢献し続けるのであった。







2.ある日のウルス城

 近頃のウルス城は、大層平和であった。

「エレーナちゃん、おはよ~」

「はい、おはよう」

 朝食の席、朝一番にエレーナのもとにオクトガルが現れる。エミルラッドの後遺症でどうにも動作が鈍い彼女にとって、身分も動作の鈍さも気にしないオクトガル達は、暇つぶしには絶好の相手である。

「エレーナちゃん、元気~?」

「まあまあ、と言ったところかしら」

「ご飯食べてる~?」

「見ての通り、今日はこれからよ」

 そう言って侍女に目を向けるエレーナ。視線の先には、朝食を乗せたカート。朝はそれほど食べられないエレーナ専用にあつらえられた、今のところ他では味わえない朝食である。その正体はと言うと、

「お茶の匂い~」

「お米の匂い~」

「お粥~? お粥~?」

「今朝は茶粥みたいね」

 茶粥。西日本、それも和歌山と奈良、及び大阪の南部と京都の一部で主に食べられている粥である。ほうじ茶を煮だして炊く粥はあっさりさっぱりしており、冷めても美味しく頂ける上に胃腸にも優しい、調子が悪い人にお勧めの料理である。

 問題は、オルテム村のおかげである程度手に入りやすくなったとはいえまだまだ米は流通量が極端に少なく、現状ではアズマ工房にコネがある人間か漁港、もしくは王宮ぐらいでしか食べる事が出来ない料理だという点であろう。主に費用ではなく入手する機会の問題で。

「あなた達も食べる?」

「今日はいらな~い」

「エネルギー満タ~ン」

「余ったら味見だけする~」

「そう」

 今までの経緯から食い意地が張っているイメージが強いオクトガルだが、その生態的な特徴から、エネルギーが満タンだとそれほど食べたがらない。昨日料理長の新作をたくさん試食したからか、今日はそれほど欲しくないらしい。別に茶粥が嫌いだからという訳ではないのは、過去に何度か出た時に一緒に食べているという事実が証明している。というより、余程でない限りオクトガルは食べ物に好き嫌いを言わない。

「飲み物はどう?」

「お茶ちょうだ~い」

「ほうじ茶ラブ~」

「だ、そうよ」

 エレーナに促され、オクトガルのリクエストに応えてほうじ茶を入れる侍女。その表情にわずかに苦笑が浮かんでいるのは御愛嬌、と言ったところだろうか。

「ご馳走様でした」

 お椀に軽く盛られた茶粥、その最後のひと匙を食べ終え、満足そうなため息と共に食後のあいさつを済ませるエレーナ。今朝もやはり朝食をきっちり食べるのはきついらしく、食べたのは普通サイズのお椀に六割ほどの量の茶粥と炒り卵が少し、後は塩味を足すための漬物を二切れほどと言う小食ぶりである。

 なお、漬物も宏達からいろいろ教わって作ったもので、今日出されたのは糠漬けだ。

「もう終わり? もう終わり?」

「しんどいの? しんどいの?」

「もともと、朝はどうにも調子が出ないのよ」

「後で食べる? 後で食べる?」

「お昼はそれなりにちゃんと食べるから、安心なさい」

 朝ご飯を一緒に食べるたびに起こるやり取りを笑顔で済ませ、オクトガルの頭を軽くなでてやるエレーナ。なお、残った茶粥やおかずは、勿体ないからというエレーナの命令で肉体労働系の部署の誰かが美味しくいただいている。捨てるなんて無駄な事は、基本的にこの城で行われる事はまずない。

「それで、今日はどうするの?」

「もう少ししたら、マー君で遊んでくる~」

「あまり仕事の邪魔をしては駄目よ?」

「大丈夫~、空気はちゃんと読む~」

 そう言って、勝手に二杯目のほうじ茶を入れて飲み始めるオクトガル達。信用ならない言葉ではあるが、邪魔をしてはまずいときはちゃんと大人しくしているのだから、本当にそれなりに空気は読んでいるのである。

「そろそろ遊んでくる~」

「ほどほどにね」

 しばらくお茶を飲みながら雑談した後、そう宣言してエレーナの頭や膝から飛び立つオクトガル達。それを見送って軽く伸びをすると、リハビリの一環としての散歩に出かける事にするエレーナ。途中でマークの悲鳴が聞こえてくるが

「……平和ね」

 いつもの事でどうせ大した悪戯はされていないため、その一言であっさり受け流すエレーナであった。







 その日の昼前。国王の執務室。

「陳情がらみは、こんなものか。レイオット、そちらはどうだ?」

「私のところも、今日の時点ではこんなところだ。最近は表立っても裏からも、これといって我々が動かなければならないほど大きな問題は聞こえてこない。実に平和だな」

「カタリナ達が居なくなった途端にこれとは、正直違う意味で頭が痛いが……」

 最近のファーレーンの、あまりにも穏やかな状況。為政者としてはありがたい事だが、それが外部の人間を無理やり巻き込んで内憂を片づけた結果、と言うのは、本来自力で解決しなければなかった身の上としては色々と痛い部分である。

「頭が痛いと言えば、そろそろお前とエレーナの結婚についても考えねばならん」

「姉上の嫁ぎ先は、確かに頭が痛い問題だな」

「内部のごたごたで、すっかり都合のいい相手が埋まってしまったな……」

 もう二十歳になったエレーナは、一般的には行き遅れと呼ばれる最後のラインに差し掛かっている。エアリスの立場が不安定だった上にカタリナが盛大にやらかした結果完璧に時期を逃し、年齢的にも身分的にも丁度いい相手と言うのがほとんど全て埋まってしまっているのである。

「エレーナちゃん、行き遅れ~?」

「可能性が否定できんところが悩ましいな……」

「レイっち生涯独身~?」

「こちらとしてはそれでも構わんが、立場上そうはいかんのがな」

 唐突に表れたオクトガルの言葉を軽く受け流し、エレーナを託しても大丈夫そうな相手をリストアップしていく国王とレイオット。

「国外は基本的に全滅だな」

「ああ。いくら姉上が年齢的に行き遅れ寸前、その上毒殺未遂の影響で後遺症を抱えているといっても、流石に我が国の直系の王女を四十も五十も回ったおっさんの側室に入れる訳にはいかない。それに、現状で姉上を受け入れそうな王室は、どこも女の扱いが怪しい」

「王太子妃と言うのも無理がある。現在残っている未婚の王太子、もしくは王太子の長男は、一番上の年で七歳。いくら我々は若い時期が長いと言っても、流石に十三も離れるのはな」

「マグダレナ姉上ですら、向こうの都合に合わせて色々と無理を重ねての結婚だったからな。しかも、向こうの王太子は当時十三歳、結婚すること自体には特に問題がない年齢だった。エレーナ姉上の場合とは色々と違う。」

 現状を分析しながら、頭を抱える国王とレイオット。国外の王室関係は、残念ながら今更エレーナが割り込む隙間はない。

「かといって、他国の貴族に嫁ぐ、と言うのも避けたいところだ。下手を打つと、その国のパワーバランスを崩壊させかねん」

 公爵位を与えられた王弟殿下に嫁いだ傍系のマリア王女ですら、マルクトのパワーバランスをかなり派手に変えてしまっている。ファーレーンの王太子の姉でしかも直系であるエレーナが迂闊に他国の伯爵だの侯爵だのに嫁いだ日には、その国の内部事情がどう転がるか分かったものではない。

「政略結婚~」

「仮面夫婦~」

「家庭内別居~」

「保険金殺人~」

「遺体遺棄~」

「保険金と言うのがよく分からないが、流石に洒落で済まない内容なのは分かるから、あまり物騒な事を言うな」

 色々聞いていたオクトガルの危険極まりない連想ゲームを鋭く叩き潰してから、とりあえず国外は全てバツをつける国王。わざわざエアリスにお告げを頼まなくても、考えるまでもなくろくなことにならない相手ばかりである。

「ユリウスちゃんとか、どう~?」

「お似合い~、お似合い~」

「美男美女~」

「ユリウスか……」

「考えなくはないのだが……」

 レイオットの武力面での懐刀であるユリウス。単騎でワイバーンを倒せるだけの実力者であり、骨の髄までファーレーンと言う国に忠誠を誓う硬骨の騎士。年齢的なものも含めて、人物面だけで言うならこれ以上ない人選なのだが……。

「フェルノーク家の地位が、な」

「低いの? 低いの?」

「低い、とまでは言わんが、姉上を嫁がせるには、な」

「上げられない? 上げられない?」

「……何かもう一つ、功績があればちょうどいいのだが……」

 本来なら、カタリナの乱での功績と事後処理の絡みで、フェルノーク家は伯爵から侯爵に格上げする予定だったのだ。だが、ユリウスの父で現当主であるフェルノーク伯がそんな火事場泥棒のような真似は嫌だとこれを固辞し、色々もめた末に領地を一時的に預かる、という形で無理やり褒賞として土地を押し付けるだけで終わってしまったのである。

「いっそ、フェルノーク家をユリウスの弟につがせて、ユリウスをとりあえず一代限りの公爵としてしまう手もない訳ではないが……」

「アウロスか。悪くはないが、兄と比べるといささか凡庸ではあるな。父上、ユリウスが領主に向いているかどうかはともかく、フェルノーク伯が首を縦に振る可能性はかなり低いと思うぞ。優秀な長男を取り上げられることになるからな」

 なかなか、全てが丸く収まる解決策はないらしい。古い国の伝統やら慣習やらは、そう簡単に無視する事も出来ないものだ。

「エレーナちゃん、大変?」

「なかなか、難儀な状況ではあるな。まあ、最悪、フェルノーク伯を権力を背景に力技で説得する事になるかも知れんが」

 結局、もっといい条件の相手が見つからないときは、強権に訴えることも辞さない覚悟を決める国王。ならば最初から、という意見もあるだろうが、カタリナの乱の後始末で強権による解決をやりまくっている手前、この程度の問題であまり無茶はしたくないのだ。

 実のところ、問題になるのはパワーバランスだけなので、政治に口出ししなくてエレーナに不自由させないだけの甲斐性があるなら、別段平民でも全く問題はなかったりする。なかったりするのだが、そいつが大丈夫であるという証明が難しい上に、ファーレーンの王族ともなると平民でいい男などというものと接点を持つ機会などそうはない。しかも、国の内外の王族・貴族を納得させる手間が貴族に嫁がせる場合の数倍かかるため、現時点では選択肢になりようがないのだ。

 例外としては達也か宏という選択肢も無くはないが、いくら貴族達を説得しやすいからといって、嫁命の達也や女性恐怖症の宏にエレーナを押し付けるなどという不義理はしたくない。それに、宏に関してはエアリスが振り向いてもらうために日々努力している、という事情もある。なので、事実上こちらの選択肢も成立しない。

「レイっちのお嫁さんは~?」

 どうやらエレーナの結婚相手に関しては結論が出たらしいと判断し、レイオットに矛先を向けるオクトガル。その言葉に一つ鼻を鳴らし、この際だからと常々思っている事をぶちまける事にするレイオット。

「私の嫁など、立場をわきまえて政治に口を挟まなければ誰でも構わん。理想を言うならハルナやマコトのような性格の女ならばありがたいが、王侯貴族の娘に多くを求めても無駄だからな。政治に余計な口を挟まないのであれば、他所に男を作って孕んだところで気にせんよ」

「レイオット、それはあまりにも身も蓋もないぞ」

「父上、今適齢期で嫁ぎ先が決まっていない上流階級の女を見て私の意見を否定できるのなら、その実例を連れて来てもらおうか?」

「……」

 結婚相手を探すのが面倒なことになっているのは、何もエレーナだけではないらしい。そんな国王達の様子を不思議そうに見守りながら、とりあえず勝手にお茶を入れて飲み始めるオクトガル。

 エレーナの条件は、レイオットにもそのまま当てはまる。そもそも建国王からして王妃はスラム出身の平民だったし、直近では五代前の王妃が職人街出身である。種族に関しても別にヒューマン種でなければいけない理由も特になく、八代目の王妃はエルフ族だった事は有名な話だ。そして、大国であると同時に食料輸出国であるファーレーン相手にその事について文句を言える国も無く、国同士の結びつきを強めるだけなら国王以外の政略結婚でも最低限の効果はあるため、最初二年ほどは嫌みを言われても、それ以上ごちゃごちゃ言われる事もまずない。

 結局のところ、レイオットにしろエレーナにしろ、王族・貴族にこだわっているのは平民との接点が少なく、これはという相手に心当たりがないからにすぎない。諸般の事情で宏達を除外せざるを得ず、そうなると面倒を背負ってまで庶民や異種族から探そうという気も起こらなくなり、自動的に王族か貴族との政略結婚という選択肢しかなくなるのである。

「……まあ、年齢差を気にしないのであれば、あと五年ほど待てば有望そうな姫君も居なくはない。できれば二十歳までに王太子妃は決まっていた方がいいのだが……」

「下手な女で妥協するぐらいなら、待っていた方がいいだろう。何処からも断られて国内でもてあまされているような姫君なんぞこの国の王太子妃に持ってきた日には、諸外国からのいい笑いものだからな」

「まったく、お前のその女嫌いも本気で筋金入りだな……」

「誰かれ構わず嫌っている訳ではない。単に、権力に近いところにいる女ほど、私の嫌いなタイプが多いだけだ」

 国王とレイオットのやり取りを観察しつつ勝手に秘蔵のせんべいを探り当てて一枚拝借しようとし、さりげなくレイオットに阻止されるオクトガル達。レイオットの嫁問題の話を振っておきながら、実に自由なものである。

「そろそろ他のところで遊んでくる~」

「ああ。いつもの事だが、ここで見聞きした事は他言無用だからな」

「分かってる~」

「秘密秘密~」

「秘密の○ッコにお任せ~」

 いまいち信用ならない態度でそう請け負うと、その場から忽然と消えるオクトガル。これでも謎生物なりの信義はあるらしく、今まで秘密だと釘を刺された内容を漏らした事は一度もなかったりする。その事は、他の貴族の秘密を聞き出そうとした時に頑として口を割らなかった経験があるため、レイオット達もちゃんと認識している。

「いつもの事だが、言うだけ言って出て行ったな」

「父上、あれらに何を期待しているのだ?」

「たまに鋭い事を言うから、それを、か?」

 などと緩い会話を続けていると、訓練所からレイナの怒声が。広いこの城のかなり離れた場所にある訓練所から声が聞こえてくるあたり、よほどの事をして怒らせたらしい。

「平和だな」

「ああ、平和だ」

 今日もウルスは平和だった。
隙間の少なさと忙しさから来るスランプで、この章のこぼれ話はボリューム少なめになって申し訳ありません。

本文中にちらっとでてきたウルスの中央市場についてちょっと補足。
ウルスの中央市場は、市場といいつつほぼ百貨店や複合店舗、高級ブランド品・珍品の類を扱う店で埋まっているため、ウルス住民ですら一度も足を運んだことがない人間のほうが多い場所です。
別段貧乏人とか階級が低い人間とかみすぼらしい服装の人間を排除しているわけではないのですが、単純にそういう人間が買うようなものがほとんどないので誰も行かない、と。一般人はグラム一万円の和牛を買う金で一ヶ月の食費をまかなうよね、という事です。
そういう場所なので作中では宏達が一切興味を示さず、結果としてファーレーン編では全く出番がなく触れる機会がぜんぜんありませんでした。
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