挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

5/223

第4話

「うわあ……」

 目の前のかなり嫌な光景に、思わず春菜はうめいてしまう。

「東君、これはちょっと……」

「大丈夫。あいつらは見た目とちごてさほど攻撃性はないから、巣に引っかからん限りは襲ってけえへん」

「いや、そこが問題じゃなくて……」

 宏の言葉に一応突っ込みを入れ、もう一度目の前の光景を嫌そうに見つめる。

「うわあ……」

「あ、藤堂さん。あんまりそっち行ったら、巣に引っかかって反応しおるで」

「え? 本当? どこに?」

「あのへん」

「うわ、危ない……」

 すぐ近くにあった巣にビビって、そそくさとその場を離れる春菜。そして、再び状況を確認し、思わず絶句する。

「うわあ……」

「ん? どないしたん?」

 先ほどまでの、目の前で起こっていた事に対してどん引きしてのうめき声とは声色が違う事に気がついてか、怪訝そうに聞いてくる宏。

「目が合っちゃった……」

「大丈夫や。そいつらは視覚で攻撃対象を決めるタイプやあらへん」

「攻撃されるされない以前に、ぶっちゃけ洒落にならないほど気持ち悪いんだけど……」

「そう言われてもなあ……」

「蜘蛛って、大きくなるとここまで気色悪いんだ……」

 春菜の言葉をきっちりスルーして、武器兼伐採用具の手斧を握る宏。その顔は明らかに、いかにして素材を効率よく集めるか、その障害をどうやって効率よく排除するか、それしか考えていない顔だ。ぶっちゃけ、春菜の気分など知った事ではない、ということだろう。

 そんな二人の目の前では、今まさに巨大なスズメバチが蜘蛛の巣に引っ掛かり、捕食するための繭に閉じ込められているところであった。そう、彼らは今、人ほどのサイズがある巨大蜘蛛の群棲地帯に来ているのである。初日にバーサークベアと遭遇したところから、さらに冒険者の足で半日ほど茂みを突破したあたりだ。

「……どうしてこうなった……」

 あまりにあれで何な状況に、思わず遠い目をしながら過去を振り返る春菜であった。







 事の発端は二日前の晩、春菜が発した言葉であった。

「もう少し、服が欲しいかも」

「服かあ……」

「うん。一着ね、カレーとか油の染みが取れなくなってきちゃって……」

「そうやなあ。店の作業用に一着買うて来る?」

「それでもいいんだけど、売上考えるとちょっともったいないかも、って」

 ポイズンウルフ騒動から一カ月。そろそろ彼らも生活基盤がしっかりしてきた。

 一番大きな変化は、2DKとは名ばかりと言う広さの、ウルスでは最低ランクと言える小さな部屋を借りた事であろう。流石に、ずっと宿暮らしはコストパフォーマンスが悪い。それに、宿の部屋で調味料の開発というのは、いろいろ空しいものがある。何しろ、完成させても使い道が無いのだから、いまいちやる気がでない。宿で使ってもらうにしても、まだまだそこまでの量は作れない。そんな、割と本道からずれた理由もあって、早々に小さな部屋を借りる事に落ち着いたのである。

 他には、資金調達の一環として、依頼の空き時間に屋台を始めた。メインの売り物はカレーパンとアメリカンドッグ。作りすぎたカレー粉の処分と、新しい調味料の普及活動も兼ねている。たまに依頼で外に出た時に仕留めた野牛などの肉を、串カツとしてからっと揚げて売ることもあり、醸造に成功したとんかつソースとトマトケチャップが大活躍している。カレーパンは一個三十五チロルとかなり吹っかけ気味な値段だが、最近では定番商品としてとてもよく売れており、だんだん本業が冒険者なのか屋台なのかが分からなくなりつつある。

「せやなあ。店の売り上げは最高で丸一日やった日の百クローネやもんなあ」

「材料費とか屋台の登録料とか引くと、せいぜい利益は平均五十クローネだもんねえ」

 それでも、冒険者としての仕事の合間にやっている屋台の売り上げとしては、かなり上出来な方であろう。普通なら、丸一日やっても、よくて七十クローネ程度の売り上げが普通である。街に来て最初の二日間で稼いだ二万クローネという金額が、どれほど破格の収入かがよく分かる。

 二人の屋台が盛況になっている理由の一つに、これまで無かった衣をつけて油で揚げる、という調理方法を取っている事がある。揚げる、という概念が全くなかった訳ではないのだが、長い間液状の食用油が貴重品であり、食材全体がつかるほどたっぷり油を使って調理できるほど液体の調理油が手に入りやすくなったのは、ここ数年のことだ。これはファーレーンだけでなく、この世界全体で言えることであり、どこの国でも調理用の油と言えば、一般的には獣脂やバターのような、いわゆる脂の事を指す。なお、ラードのようなタイプの脂も存在するが、これもまた最近まで生産量が少なかったため、揚げ物の発達を助けることにはならなかった。

 二人が始めたことで、当然真似しようとする料理人や屋台も相当数いるのだが、これまで揚げ物と言うのは貴族の食卓でも滅多に見る事が無かったものだ。故に中華鍋に近い種類の底の深いフライパンをはじめとした、揚げ物に向いた調理器具もほとんど開発されていない。一度耳目を集めればそのうち一般的になるだろうとは言えど、一般家庭にまで調理方法が浸透するにはまだまだ時間がかかりそうだ。とは言え、美味いものを食いたいと言う人間の欲求は、時代も世界も超える。半年もすれば揚げ物も、一般家庭の定番料理として十分に普及するだろう。

 因みに、蒸し料理に至っては、そもそもファーレーンには概念自体がまだ存在せず、辛うじて鉄の国・フォーレで具の無い蒸しパンを作って食べるようになったところだ。そのフォーレでも、屋台で使えるような蒸し器はない。その事を知った宏と春菜は、もう少し寒くなったら肉まんでも屋台で売ってみようか、などと話していたりする。

「それで話を戻すけど、東君、服は作れるんでしょ?」

「そらまあ、問題なく作れるけど」

「汚れに強い服とか、出来ない?」

「出来るで。服に汚れ防止のエンチャントをかければええだけやから」

「そんな便利なものがあるんだ……」

 あっさりとそんな便利な事を言ってのける宏に、心底感心したように唸る春菜。

「まあ、完成品にかけるのはちょっとやりにくいんやけどな。それに、ゲームではそんなに人気のあるエンチャントでもなかったみたいやし」

「そりゃ、貴重なエンチャント枠を一つ食いつぶすんだし、しょうがないよ」

「確か、NPCにやらせた場合、三個ぐらいが限界やったっけ?」

「それぐらい。最初からエンチャントが付いてる場合は、それは数に入らないみたいだから、そう言う装備は凄く人気があったよ。プレイヤーがやると違うの?」

「単純に成功率だけの問題やけど、その気になったら、ごっつ複雑な奴を五つぐらいまでは行けたはずやで。多分、一個に同時につけられる数には、特に上限はないと思う」

「そうなんだ」

「まあ、無駄に難易度上がる上に装備の破損確率も跳ね上がるから、初級エンチャントならともかく、上級エンチャントはやって三つぐらいまでやなあ。やろう思えば、五個か六個ぐらいまでは現実的な成功率で出来るけど」

 宏の言葉に感心しつつ、気になった事を聞く。

「ドロップ装備みたいに、最初からエンチャントがついたものって作れるの?」

「作れる、言うか、藤堂さんのレイピアがまさにそれやねんけど?」

「へっ?」

「あれのやり方は簡単で、要するに素材の時点と加工の時点で付与をやればええねん。それ作った時は、高位精製のやり方として、魔力を使った品質向上法をやりながら、ついでに素材そのものに自動修復のエンチャントをかけといてん。で、炉から取り出した時点で耐久性向上をつけて、加工しながら属性攻撃適性(全)とパリィ強化+75%を練り込んだんがそいつや」

「属性攻撃適性(全)にパリィ強化+75%って、無茶苦茶高価なエンチャントじゃない!」

「レイピアやから、どうせ後でつけるやろう思ってな。材質の問題で、加工段階での付与をそれ以上練り込むんはきつかったから、基礎攻撃力向上とか能力値ボーナスとかは乗っけてへん」

 思わず十分すぎる、と突っ込みを入れそうになる春菜。基礎スペックの時点でレア装備であるスターライトを超えていると言うのに、初期エンチャント四つとかどんな廃装備だと、春菜でなくても突っ込むだろう。

「それにしても、気になるんだけど……」

「何?」

「どうして、製造段階でかけたエンチャントは、後でエンチャントをかける時に干渉しないの?」

「上級を教えてくれたNPCの話やとな、詳しい理屈は知らへんけど、エンチャントがかかった素材を加工すると、エンチャントやなくて材質が持つ特性に化けるらしいわ。だから、あれはエンチャントがついてるんやなくて、固有能力を持ってる、言うんが正しいねんて」

 逆に言うと、普通の方法では特性を消す事は出来ないため、こういう武器を溶かして再利用するのは難しいのだが、それも一応やり方はあるらしい。とはいえ、滅多にやる機会がある事ではないようだが。

「でまあ、話を戻して、汚れ防止のエンチャントやけど」

「うん」

「服にかけるより、布地か糸にかけた方がかかりやすいねんわ。同じ理屈なんが、自動修復と破損防止あたりやな」

「ってことは?」

「いっそ、糸の材料から集めた方が、後々コストかからへんで」

 またこのパターンか、と思いつつも、非常に魅力的な提案である事は認める春菜。着たきりすずめになる危険性も無くはないが、どうせそれほどたくさんの服は持ち歩けない。ならば、丈夫で長持ちし、汚れの心配が無いものを持ち歩けるだけ確保するのが最善だろう。現状、服の傷みの問題で材料を取りにいけず、鎧を用意できないのも、冒険者としての仕事をあまりこなせない理由の一つである。

 それに、宏には悪いが、職人なんて材料が無ければただの人だ。宏の場合、完成品が高性能すぎるため、材料があっても迂闊に作らせる訳に行かない。そして、冒険者として見た宏は、能力値は極端に高いが所有するスキルが足を引っ張っており、どうやってもただの壁にしかなり得ない。ゲーム中ではという注釈は付くが、冒険者の平均を見るのであれば彼はただの人以下である。屋台にしても、宏の料理スキルは三ツ星レストラン級ではあるが、春菜に比べるとはっきり差が分かるレベルで劣るし、そもそも致命的なレベルの女性恐怖症があるため、売り子もまともに出来ない。こうして見ると、地味に使えない男だ。

 もっとも、屋台やキッチンで使う器具は全部彼が作ったものであり、一般に出回っているものはおろか、元の世界にある調理器具よりも使いやすかったりするあたりは、さすがは道具製作のエクストラスキル保有者、といったところか。あっちこっちを駆け回って集めた廃材を利用して、低コストに抑えてあるのもポイントが高い。春菜だけだったらもっとたくさんのお金を使って、もっと使いにくい調理器具を手に入れる羽目になっていたであろう。

 準備段階では役に立つが、実行段階では使い物にならない男。それが現状の東宏だ。流石に、春菜はそんなひどい事は考えていないが、それが客観的に見た現実である。

「因みに、どの程度のエンチャントがかけられるの?」

「せやなあ。温度調整、自動修復、汚れ防止、サイズ自動調整、あせも・ただれ防止、耐熱、耐酸、耐久向上なんかはいけるかな。あと、衣料品はエンチャント一つごとに少しずつ防御力補正がつくから、ええ素材使って素材段階からたくさんエンチャントかけたら、防御力向上系をかけんでも、下手な鎧より防御力高くなったりするで」

 宏が上げたエンチャントを聞いて、表情が変わる春菜。どうやら、補足説明は耳に入っていないらしい。

「あせも防止? それ、下着にはかけられる?」

「いけるけど、下着作りに関しては、致命的な問題があるねん」

「……何?」

「下着には、何でかサイズ自動調整がかけられへんねん」

「あ~……」

 確かに致命的だ。少なくとも、宏が作業する上では大問題であろう。

「今回は諦めるか……」

「そうしてくれると、助かるわ。一応、服の方にはかけとくけど」

「それはお願い。しかし、サイズ自動調整か……」

「ん?」

「ゲームの頃は、ドロップ防具についてたらメガクラスのレアだったんだよね」

 春菜の言葉に、微妙に怪訝な顔をする宏。

「サイズ自動調整なんざ、普通にどんな防具にもかかるやろ?」

「かかるけどさ、エンチャント枠を一個食いつぶすじゃない」

「それやったら、普通にサイズ調整してもろたらええやん」

「ドロップ防具って、NPCが扱えない事が多いんだよ?」

「そうなん?」

「うん」

 余計なところでリアルなフェアリーテイル・クロニクルでは、武器はバランスを取りなおさなければ、防具はサイズを調整しなおさなければ使い物にならない。武器の方は少々自身が使いやすいバランスと違っても装備出来ない訳ではないため、何とかごまかしごまかし使っている人間も多いが、防具に関してはそうはいかない。一番装備条件が緩いローブや衣服でも、身長や体型にある程度の制限範囲があり、大きいものを身につけるとかなりアレな見た目になる上に派手にペナルティがつき、小さいものはそもそも着られない。

 これが皮鎧や金属鎧になると、本人の体型にきっちり合わせて調整し直してもらわないと、そもそも装備すること自体が出来ない上、一度調整してしまうと他の人間が身につける場合は再度調整し直す必要が出てくる。その上、調整の仕方によっては不可逆になるものもあるため、普通にサイズ調整をするのは結構なリスクが伴う。

 しかも、ドロップ装備を扱えるNPCは限られており、特に上級ダンジョンで手に入る装備は低ランクの精錬強化以外はまず不可能だったりと制限が強く、意外と融通がきかないのだ。上級装備生産までたどり着いているプレイヤーなら、煉獄と呼ばれる最上級のダンジョンで手に入る最強クラスの装備であろうが余裕で調整できるが、残念ながら彼らは引きこもっていて、一般プレイヤーの前には出てこない。結果的に、レアドロップの防具は、装備するためにサイズ自動調整と自動修復のエンチャントが必須になってしまっているのである。

 一部の廃人ギルドは割と早い段階から生産の重要性に気付き、必死になって職人メンバーを育ててはいるが、メイキングマスタリーをはじめとした大事な情報をほとんど知らないため、中々難航しているらしい。また、ポーション中毒の問題もあり、スタミナポーションがぶ飲みによる素材収集や加工もそうそうできない事も、新人の職人を育てる上で随分足かせになっている。特にマナポーションとスタミナポーションは中毒性が強い上、ポーション類は基本的に全て回復量が固定値なので、序盤のスタミナ消耗頻度でがぶ飲みしていると、あっという間に中毒を起こすのだ。そうでなければ、とうの昔に新人の誰かが上級を極めているだろう。

「まあ、それは置いといて、や。材料をどうするかやな」

「心当たりは?」

「まず、植物系はアウト。このあたりには麻の群生地はなかったと思うし、綿はいま花がついてるかどうか分からへん。動物系も、羊とウサギはやめといた方がええやろうな」

「その理由は?」

「野生の羊はこの辺にはおらへんし、服一着分の糸集めよう思ったら、このあたりのウサギを狩り尽くす羽目になるで」

 納得できる理由に、思わず唸ってしまう春菜。こうして見ると、服一着作るのも、中世では大変である。

「じゃあ、どうするの?」

「せやな。一般人にはお勧めできへんけど、蜘蛛の糸を使う、いう手はあるで」

「蜘蛛?」

「うん。スパイダーシルク、言うてな」

 宏の言葉に納得する。確かに絹は虫の糸だ。普通は蚕を使うが、蜘蛛の糸でも作れなくはない、というのは聞いた事がある。

「でも、蜘蛛の糸って、集めるの大変じゃない?」

「そこは当てがあるから安心して。ただ、ある程度以上強い冒険者がおらんと出来へん手段やから、一般人には本気でお勧めできへんねんけどな」

「なんか、ものすごく嫌な予感がするけど、ある程度以上って、具体的にはどのぐらい?」

「もしもの事を考えるんやったら、バーサークベアをタイマンで秒殺出来るぐらいが望ましい、っちゅうとこや」

 予想よりはかなり低いハードルだが、簡単に言っていい内容でもない。春菜なら問題ないが、ランディやクルトでは微妙なラインだろう。宏の場合、ダメージソースに問題があるため、死にはしないが秒殺となると厳しい。ちゃんとした武器を用意していればともかく、採集用も兼ねた鎌や斧ではたぶん無理だと考えていい。

「……大体予想は出来るけど、もしもの時って、一体何?」

「フィールドボスの大蜘蛛・ピアラノークが居るんやけど、こいつが普通にバーサークベアの倍は強い上に、毒こそ持ってへんけど面倒な特殊能力もあるから、熊秒殺出来るぐらいでないと厳しいねん。まあ、自然治癒以外での回復はせえへんし、時間かければ普通に倒せるんやけどな」

「……言われなくても分かってるんだけど、一応確認しておくね。どこに行くの?」

「バーサークベアの居る森の奥の方にな、ジャイアントスパイダーの群生地があるねん。昆虫系のMOBの宝庫やから、ついでに薬の材料と珍味の類も集めよか」

「昆虫系って、本気で嫌な予感しかしない……」

 子供の頃ならともかく、十七にもなって虫が好きな日本人の女の子はそうはいない。八分の三がイギリス人とはいえ、春菜もそこら辺は変わらない。蜘蛛やムカデの類でも直視できないほど苦手ではないものの、好き好んでデカイ虫など見に行きたくはない。

「まあ、わざわざ見に行きたいもんでもないしなあ。嫌やったら市販の糸を買い込んで、布織るところからやるけど」

「……でも、絹なんだよね?」

「うん。それも普通より数倍丈夫な奴やで」

「……たまには、冒険者らしい活動も必要だよね?」

 結局、物欲に負けて蜘蛛の群生地に行く事にする春菜。途中で確実に一泊する必要が出てくるから、などと言われて野営道具も揃えたのだが、まあ大丈夫だろうというポジティブシンキングが甘かった事は、冒頭での現地の生命の営みを直視した時に思い知らされるのであった。







「それで、どうやって糸を集めるの?」

「それはな」

 春菜の問いかけに、こそこそと蜘蛛の巣に引っかからない範囲に移動して、手頃な石を投げつけて巨大なバッタを追い立てる宏。嫌な予感を感じた春菜が突っ込みを入れる前に、バッタを蜘蛛の巣に誘導する。見事に巣に引っ掛かり、もがいて絡まって身動きが取れなくなったバッタを、巣の主である大蜘蛛が繭玉に加工する。

「とまあ、こうやってたくさん繭玉を作ってな」

 巣を張り直している蜘蛛を放置し、別の蜘蛛の巣にカマキリを引っ掛ける。そうやって次々と虫を巣に誘導して繭玉を作って行き、その数が二十を超えたあたりで行動を変える。

「十分な数が揃ったら、蜘蛛を排除して糸を紡ぐねん」

「うわあ……」

 流石というかなんというか、実にえげつない。人間らしい汚いやり口だ。

「ついでに、閉じ込められて窒息死した連中を解体していろいろ剥ぎ取れば、お金になって一石二鳥やで」

「汚い。さすが職人、やり口が汚い」

「生きていくのに、綺麗事は通用せえへんのや」

 そんな事をうそぶきながら、容赦なく蜘蛛を始末していく宏。伐採用の斧とはいえ、幾重にもエンチャントを施されたそれは、蜘蛛の外殻を卵でも割るかの如くあっさりと叩き割る。こんな調子で仕留めて行って、蜘蛛を全滅させたりしないのか、と心配してしまうほどのペースで始末していくが、流石に群生地だけあって、数えるのも嫌気がさすほど居る。大して問題はなさそうだ。

「さて、先に始末した蜘蛛をばらそうか」

「先にそっちなの?」

「繭の中身が生きとったら、面倒やん。どうせ基本的な死因は窒息死か圧死やねんから、ちょっと時間置いた方が確実やで」

 虫系は結構タフやからな、という宏の言葉に頷き、始末した蜘蛛を解体する。時折よく分からない部位を取り出して妙な処理をしているが、何かの素材になるのだろう。大方の解体を終えたあたりで、とりあえず邪魔になるので素材だけより分けて鞄に突っ込む。触媒が少々痛い出費にはなったが、事前に容量拡大と重量軽減、腐敗防止のエンチャントを付与してあるので、結構な分量を詰め込んでもまだ余裕がある。

「さて、そろそろ本命行こうか」

「流石に、そこからは私、手伝えることないよね」

「せやなあ。流石に携帯用の機材で糸を紡ぐんは、藤堂さんの技量では厳しいやろうなあ」

「そもそも、私紡織は取ってないんだ。次の機会までに、頑張って覚えるよ」

「了解。また今度教えるから、ファーラビットの毛で練習しよか」

「お願い」

 やはり、何事も出来ないよりは出来た方がいい。なんだかんだと手伝っているので、最近採取系と製薬は多少技量が上がっているが、せいぜいその類の依頼が選択肢に入るようになった程度だ。独力では練習用ポーションが辛うじて作れる程度、それもちゃんとポーションとしての効力を持つのは、よくて三割というレベルである。

 宏も経験した道なので、春菜がサボる形になっても気にしない。そもそも役割分担が違うので、文句を言うのは野暮である。第一、宏一人ではまともに売り子もできなかったのだから、春菜に何かを言える立場ではない。

「とりあえず、適当に薬の材料を集めてくるね」

「ピアラノークがおるかもしれへんから、気つけてや」

「うん。蜘蛛の巣に引っかからないようにすれば大丈夫だよね?」

「いや、ピアラノークは普通のアクティブと同じや。巣も索敵に使いおるけど、温度とかにおいとか視覚でも判断して襲って来よる。仕留めた獲物を繭玉に閉じ込める以外は、基本的に普通の肉食系アクティブと同じ行動原理で動くと思ってええで」

 面倒くさい解説を受け、うへえ、という顔をしてしまう。

「詳しいけど、やり合ったことあるの?」

「三回ぐらいかな? 正直、そこまで強くはないけど、倒すとなると普通のダンジョンボスより面倒くさいで。行動原理はあのへんと変わらんくせに、動きとか蜘蛛のそれやから」

「……もしかして、蜘蛛のそれってことは、空を飛んだりとかする?」

「糸をつこてな。正直、場所が場所やから、三次元的に動いて襲ってくると思ってええで。ワイヤーアクションをする高さ一メートル、全長五メートルの蜘蛛とか言うふざけた生き物や」

 つくづく面倒くさい話を聞かされ、思わずうんざりした顔をしてしまう。バーサークベアと違って、このあたりは初心者はおろか、中級以上のプレイヤーでもわざわざ来る機会のない場所である。そのため、初心者殺しのフィールドボスという扱いにはなっていないが、ウルスに割と近い土地に、そんな面倒なモンスターが集中しているのはどういうことか。

「まあ、そういうわけやから、注意してな。藤堂さんやったら、普通に勝てるとは思うけど」

「うん」

 流石に、そんな化け物とまともにやり合いたくはない。

「とはいえ、こういう話をしてると遭遇するのが、世の定めってやつだったりするんだよね……」

 春菜のつぶやきに、苦笑をもって答える宏。これだけ話をして影も形も無いようでは、物語として失格だ。池を覗き込みながら、押すなよ、絶対に押すなよ、と言っている芸人の背中を押さないのと同じレベルで駄目駄目である。お約束というのを分かっていない。

「……やっぱり、ああいう話はするもんじゃないよね……」

 物語のお約束というやつは、今回もしっかり発動したらしい。いくつか薬の素材になる葉っぱや草を集めたところで、巨大な繭をたくさん抱え込んだ、大きな巣。その中心に鎮座する、地べたを這いまわっている状態ですら、春菜と大差ない高さを持つ巨大蜘蛛。そいつとばっちり、目があってしまった。

『東君、東君』

『出た?』

『うん。目があっちゃった』

『すぐそっち行くわ』

 冒険者カードの通信機能を使って業務連絡を終え、ピアラノークを宏が来る方に誘導する。他の蜘蛛を刺激しないように、ルート選定も慎重にしなければいけない。春菜は、慎重に後退を始めた。







 ピアラノークは強かった。

「藤堂さん、そっち行ったで!」

「了解!」

 空を舞う巨大な蜘蛛。その異様な光景に気を取られることなく、着地地点に魔法で罠を仕掛けて飛び退く。相手が着地した瞬間、大きな火柱が立ち、ボス蜘蛛をこんがり焼きあげる。

 ぎちぎちと音を立てながら、全身で怒りを表現して突っ込んでくる蜘蛛を、サイドステップで紙一重で回避し、宏のお株を奪うようにスマッシュではね飛ばす。バランスを崩されながらも、糸を飛ばして動きを封じようとするピアラノーク。そこに割り込んでさらにスマッシュを叩き込み、相手の行動を完全に潰す宏。

「今のうちに追撃や!」

「了解!」

 再び相手を牽制する役を宏に譲り、飛び道具タイプの光の魔法剣・オーラバードを飛ばして叩き込む。出の速さが売りの、比較的攻撃力には劣る初級魔法剣だが、春菜自身の技量とレイピアの性能、そして何より付加された特性「属性攻撃適性(全)」による増幅が合わさり、ピアラノークの外殻を貫通するだけの威力は十分に発揮する。

「往生せいやあ!!」

 震える腕を押さえながら、ピアラノークの顔面に、全力で斧を叩き込む宏。スキルの類は持っていないが、伐採や採掘、鍛冶、木工などの補正により筋力が高い彼は、基礎攻撃力だけは春菜の倍近いスペックを持っている。攻撃速度が遅い上に攻撃技が無いため、単位時間当たりのダメージ量では圧倒的に劣るものの、それでもボスに手傷を負わせられる程度の火力はある。この世界の冒険者の平均からすれば、十分以上に攻撃力があると言っていいのだ。

 とはいえ、基礎攻撃力がいくら高くても、攻撃スキルによる爆発力が無いため、スキル構成が戦闘向けの冒険者に比べると、どうしても見劣りする。結局、冒険者としては並以下なのは変わらない。今の攻撃も、蜘蛛の殻をぶち抜く事は出来たが、春菜の攻撃に比べるとその効果は見劣りする。ダメージよりもむしろ、牙を潰して噛みつけなくした事の方が重要なぐらいだ。

「もう一丁!」

 怒りの声を上げて前足を振り下ろそうとしたピアラノークを、スマッシュで吹っ飛ばしてひっくり返す。

「藤堂さん!」

「ブラッディ・フラッシュ!」

 宏の掛け声に合わせ、気合の乗った掛け声とともに、レイピア系の中級連撃で蜘蛛の腹を切り裂く。さらに続けて、炎の中級魔法剣・フレイムダンスで、先の連撃で切り裂いた傷を正確になぞり、内臓を燃やす。苦悶の声を上げながらもがき、前足を春菜に向かって力一杯叩きつけるピアラノークだが、正確な剣さばきで綺麗に受け流され、ダメージを与えることはできない。

「これなら、もう一撃いける!」

 今の受け流しで姿勢を崩され、体勢を立て直しきれなかったピアラノークに向かって踏み込み、光の魔法剣・セイントブレイドを大きく振りかぶる。この時、春菜は一つ失念していた。

 相手は蜘蛛であり、足以外にも移動手段を持っている事を。

「藤堂さん、それはまずい!」

 宏の声は一歩遅く、ブロックした前足を切り落としたところで、剣を振り抜いた態勢で大蜘蛛のぶちかましを受けてしまう。蜘蛛は、糸を木にくくりつけ、その力で大きく飛び上がったのだ。

「きゃあ!」

 可愛らしい悲鳴をあげて、大きく弾き飛ばされる春菜。とっさにレイピアで受け流したたため直撃は避けたが、完全に地べたに転がされてしまう。

 そのまま、七本になってしまった足で春菜を抑え込もうとするピアラノーク。ここで捕まってしまえば、あとは容赦なく繭に閉じ込められることになるだろう。下手に抵抗すれば、全身の骨を砕かれかねない。そうなってしまえばおしまいである。

「させるかい!」

 飛びかかろうとした蜘蛛の胴体、先ほど春菜が切り裂いて燃やした腹と胸の継ぎ目のあたりに斧を叩き込み、正確に大蜘蛛を吹っ飛ばす。

 自身の手数が少ない自覚がある宏は、とにかく防御と時間稼ぎに徹することで腹を決めていた。春菜が体勢を立て直し、自分の身を守れる状態になるまでは、下手な真似は出来ない。ここを抜かれてしまえば終わりなのだ。

「こいやあ!」

 足の震えを必死に押さえながら、注意を引くために腹の底から大声を上げる。正直な話、先ほどまでのジャイアントスパイダーと違い、こいつを相手にするのはとても怖い。サイズによる威圧感もさることながら、とにかく手数が多く、しかも一発一発が痛い。食らったところで打ち身にもならないとはいえ、痛いものは痛いのだ。

「東君!」

「藤堂さん、大丈夫か!?」

「うん!」

 数発の攻撃をブロックし、足の一本に反撃を叩き込んだところで、ようやく体勢を立て直せたらしい春菜が声をかけてくる。

「東君。この蜘蛛って、レア素材は?」

 春菜が攻撃しやすいようにスマッシュでひっくり返していると、彼女からそんな質問が。

「一応腹のところにあるけど、そんなに気にせんでもええで」

「お腹ってことは、足を全部切り落として、頭を落とせば素材回収はいい感じ?」

「まあ、そうなるわな」

 宏の言葉に頷くと、マナポーションとスタミナポーションを立て続けに飲み干し、レイピアを立てて魔力を通し始める。

「大技行くから、もうちょっとだけ時間を稼いで」

「……了解や」

 春菜の気迫に押され一つ頷くと、起き上がって突撃してくるピアラノークをすくい上げるような斧の一撃でひるませ、先ほど切りつけてダメージを与えた前足を全力の一撃で切り落とす。これで後は、この巨大蜘蛛には糸と体当たり、締め付けぐらいしか攻撃手段はない。

 それでも、果敢に宏を、春菜を押しつぶそうと迫ってくるピアラノーク。そのあくまでも諦めない執念に内心で引きながらも、死にたくはないので必死になって応戦する。糸を飛ばして飛び上がろうとしたところを見切り、とっさにナイフを抜いて切断する。大方浮き上がっていた大蜘蛛の体がバランスを崩し、背中から無様に落ちる。

「東君、準備完了!」

「分かった! 無茶はせんといてや!」

「大丈夫!」

 宏の言葉に元気よく返事を返すと、並列処理を行っていた魔法を同時に発動させる。複数の春菜が出現し、起き上がろうとしていたピアラノークの足元が派手に崩れる。

「行くよ! エレメンタルダンス!」

 春菜達の声がハモり、時間差をつけて次々とピアラノークに飛びかかっていく。一人目が炎の魔法剣で一本目の足を切り落とし、二人目が氷の魔法剣で傷口を凍結させる。三人目が風の刃を振るい、四人目が大地の牙で足をへし折る。そうやって次々に魔法剣で蜘蛛を切り裂いていき、全ての足を切り落としたところで全員が重なり、一人になる。

「フィニッシュ!」

 全ての属性を重ね合わせると言う無茶を実現した刃が、ピアラノークの腹を付け根で綺麗に二つに切断する。流石にここまでされると、いかなジャイアントスパイダーの王といえども、その命を維持する事は出来ない。一分ほど痙攣し、切り落とされた足の付け根がうごめいていたが、ほどなく力を失い動きを止める。

「あ~、疲れた~……」

「大丈夫なん?」

「……大丈夫大丈夫……」

 そう言いながらその場にへたりこみ、指一本動かせません、という態度で適当な木の幹にもたれかかる春菜。上級魔法剣・エレメンタルダンス。無属性以外の相手には百パーセント弱点属性を突くことができ、さらに耐性のある属性攻撃でも減衰なしでダメージが通る事もあり、攻撃系エクストラスキルを除けば、単体相手には最強の攻撃力を持つと言われているスキルではあるが、いろいろと欠点があって使い手はそう多くない。

 第一の欠点として、習得条件が厳しく、煩雑である事。最低でも百五十の敏捷が必要で、全ての属性の初級魔法剣二種と中級魔法剣一種をマスターしたうえで、さらに一種類ずつ熟練度五十以上の物を習得し、その上で中級の無属性連撃スキルを二種と分身系魔法もしくはスキルを一種、熟練度七十五以上にしていることが要求されるのだ。スキル自体はレイピアでなくても発動できるのだが、武器によってはレイピアの専用スキルを避けて条件を満たすのが難しいため、事実上使い手はレイピアがメインのキャラになってくるのである。

 第二の欠点として、発動前に必ず分身を出しておかなければならず、その動作がスキルに含まれていないというものがある。そのため、どうしても攻撃までにワンテンポかツーテンポ余計な間が開き、パーティプレイで相手の体勢が崩れた時、即座にこの大技を叩き込むと言うやり方が少々厳しくなる。

 そして、最後にして最大の欠点が、MPとスタミナの消耗が半端ではない事だ。出した分身が使う魔法剣、そのコストをすべて本体が支払うためか、そうでなくても事前準備で消費しているMPもしくはスタミナを、根こそぎ持って行く勢いで消耗してしまう。初期の採集ではないが、並のスタミナの持ち主では、一発撃ったら五分は休憩しないと動けなくなると言うリスキーな技なのである。トップクラスの廃人でもスタミナとMPの問題で、一回の戦闘で三発は撃てないと言う、まさに切り札のような技だ。

「あれ、ものすごくスタミナとか食うんだ……」

「あ~、そんな感じの技やなあ、確かに……」

「でも、最近東君のお手伝いしてるからかな? MPもスタミナも全快じゃなかったのに、前よりは撃った後が楽になってる」

「そうかもしれへんなあ」

 だるそうな春菜の近く、女性恐怖症が悪さをしないぎりぎりの距離に立ち、一応周りを警戒しながら彼女の回復を待つ。ピアラノークほどではないが、攻撃的な虫は結構居るのだ。

「……せっかくだし、そろそろ解体しよっか……」

「もう大丈夫なん?」

「まだだるいけど、ジャイアントマンティスぐらいなら普通にあしらえるよ」

「さよか」

 春菜の申し出に一つ頷くと、とりあえず特にこれと言ったものが無い足の解体を頼む事にする。胴体周りはいろいろと薬やら触媒やらに使えるものがあり、それなりに知識が無いと回収できない部位が多いのだ。

「とりあえず、胴体の方は終わったから、先こいつの巣の繭を糸にしてくるわ」

「了解。足が終わったらそっちに行くよ」

「頼むわ。あの繭、何ぞあんまりええ予感はせえへんし」

 宏の言葉に頷くと、三本目の足を解体しに行く。派手に切り飛ばしたためにあちらこちらに分散しているため、探すだけでも一苦労である。単なるキチン質とは一味違う外殻に加え、足の肉も死後硬直でかたくなっており、宏特製の切れ味鋭いナイフでなければ、まともに解体など出来なかったであろう。

 春菜がすべての足の解体を終えたところで、宏の呼ぶ声が聞こえる。売り物になる素材を回収して鞄につめた春菜は、宏がいるはずであるピアラノークの巣へ急ぐのであった。







「どうしたの?」

「予想通り、厄介事や」

 そう言って、一つ目の繭の中から出てきたという、プラチナブロンドの髪の少女を示す。年のころは十一、二歳ぐらいか。傾向として発育がいいファーレーン人の例に漏れず、春菜より若干低い程度の身長はあるようだ。上品で手の込んだ、明らかに高級品と分かるドレスを着ており、彼女がそれなり以上の財産と身分を持つ家の出身である事は疑いようがない。ほとんど呼吸をしていないため、膨らみ始めて少ししたぐらいの胸は、ほぼ上下していない。

「……なるほど。まだ生きてるの?」

「この子はな。まあ、生きてる、いうても、いわゆる仮死状態ってやつやけど」

 宏の言葉に一つ頷くと、分かる範囲で状態を確認する。確かに、消えかかってはいるが、生命エネルギー自体は途絶えていない。何やらよく分からない種類の魔力がヴェールとなって包み込んでおり、これが彼女を守っていたのだと考えられる。多分この魔力を解除すれば、少女は仮死状態から復活するであろうと思われるが、残念ながら春菜の解除系魔法では、触媒なしではこのクラスの複雑な特殊魔法を解除するのは厳しい。これが支援を専門にしているプレイヤーならどうとでもなるのだが……。

「触媒が手元にないから、私の技量じゃ、この場で生き返らせるのは無理」

「僕の方も同じや。こういうのをチャラに出来るアイテムは作れるけど、材料はともかく、機材が今の手持ちやと心もとない」

「材料はあるの?」

「ここらの昆虫系ので、ある程度代用できる」

 宏の言葉に一つ頷く。

「ウルスに帰れば、機材はどうにかなるの?」

「手持ちやとたらんけど、協会で売ってるやつでいけるで」

「そっか。じゃあ、今回はもう引き上げる?」

「いや。他の繭にも生存者がおるかもしれへん。ただ、ここでばらして、何人も生存者がおったらいろいろまずいから、向こうの繭と一緒に野営地まで運んで、夜通しで全部糸にしてまおうかと思っとる」

「了解。じゃあ、この子を野営地まで運べばいいんだよね?」

「頼むわ。僕は繭を回収できるだけ回収してくるから」

 宏の言葉に頷くと、鞄を腕からぶら下げ、少女を背負って群生地を出る。ここに来る途中にあった、割と開けた池のほとり。野生の動物は結構いるが、全体的に攻撃性の低いものばかりが生息する一帯。宏特製の結界具を置き、ちゃんと火を熾しておけば襲われる心配はまずないと言う、理想的な野営地である。

「なんか、きな臭くなってきたなあ……」

 背負った少女の服装に意識を向け、思わずつぶやく春菜。嫌な予感がひしひしとする。正直なところ、宏ではないが、ピアラノークが抱え込んでいた繭には、ぶっちゃけ最初からいい予感はしなかった。

「貴族とかその類の噂、どんなのがあったかな?」

 屋台の売り子や歌姫をやりながら集めた噂話、それをいろいろと思い出しながら、ひたすら野営地を目指す。アルザス公爵とパウエル侯爵が対立してる、とか、王太子とその上の妾腹の兄、それから三つ下の弟が水面下で継承権争いをしてるとか、それがたたってか皇太子には浮いた話が一切ないとか、今の王家は正室の子供が三人、側室の子供が五人いて、現在王妃が懐妊していていろいろきな臭いとか、そう言う話はいくつか思い出したものの、子供の人数と性別以外はどれも噂止まりで裏が取れているものではない。

 もしかしたら自分達に関わりが出来るかもしれない噂として、王太子の姉に当たる第二王女が病に伏せっており、治療できる薬が無くて衰弱してきているらしい、という話を聞いた事はあるが、流石に今回の状況に直接かかわりがあるとも思えない。正室の子である第五王女とこの少女の年格好は近いが、仮に第二王女の治療に使う薬の材料がこのあたりにあったとしても、順位が低いとはいえわざわざ継承権を持っている王女様が、こんなところに直接危険を冒してくるとも思えない。

「詳細は、本人を起こして聞くしかないか……」

 情報が足りなすぎて、推測すらできない。こんな年端のいかない子供の生存を忌々しく思う気はないが、状況が状況だけに手放しで喜べないのが悔しい。

(まったく。もし何かの陰謀でこの子がこんなことになってたんだったら、黒幕はタダじゃ済まさないんだから……)

 どうあっても関わり合いになる事を避けられないなら、ポジティブに相手をしばくことを考えた方がいいだろう。どうせこのパターンは、十中八九何かの陰謀劇に巻き込まれるのだ。ならば、せいぜい自分達を巻き込んだ事を後悔させてやろう。そう決意して、春菜は歩く速度を速めるのであった。







「全部で三人か……」

「ピアラノークに捕食されて、八人中三人も生きとったんやったら運がええ方やで」

 生存者の少なさに沈んだ顔を見せる春菜に対し、これまたため息交じりに答えるしかない宏。亡くなった人間の内訳は、戦士風の男性が三人に文官風の男性が一人、侍女らしき女性が一人である。正直、全員生きているとは最初から思っていなかったが、実際に死体を見てしまうと多少は気落ちしてしまう。 

「本当に八人だけ?」

「分からんけど、繭があったんはこんだけやった」

 ピアラノークが抱え込んでいた繭。その中から出てきた八人のうち、仮死状態で生きていたのは、最初の少女を含めて三人だけだった。残りの二人の生存者は、見た目二十歳前後の女性と、壮年の男性であった。どちらもがっちりした金属鎧を身にまとっている。

「ちょっと、不可解な事があるよね」

「あ、藤堂さんも?」

 どうしようもないことについて、いちいち気落ちしていても仕方がない。助けられなかったのは事実だが、この場合はむしろ、助かったこと自体が奇跡の領域である。あまり責任を感じても無意味だろう。そう割り切ることにして、気分を変えるために気になったことを話し合う。

「助かった二人って、明らかに騎士だよね?」

「装備の質とか筋肉の付き方とかから考えて、金で位を買ったとかそういう人種やなさそうや」

「この人たちが、ピアラノークに一方的にやられたりするのかな?」

 春菜の問いかけに、渋い顔をして首をひねる宏。実際に立ち会ってみなければ実力など分からないが、装備がまるでない自分達でも何とかなったのだから、実力で騎士になった人間ならどうにかできそうな気がする。

「罠にかけられた、っちゅうのがありそうなところやけどなあ」

「たとえば?」

「前衛の連中って、状態異常魔法に対する抵抗力は結構低い事が多いからなあ。この人らも、麻痺とかバインドとか食らったら、一方的に捕食される可能性はある」

「そっか。それなら特に抵抗した痕跡もなく捕まっててもおかしくないか……」

「そもそも、ここにおること自体が自分の意志やない可能性もあるな」

 そう言って、すでに息を引き取っている侍女らしい女性と文官らしい男性に目を向ける。どちらも、間違ってもこんな場所に来るような人材ではない。

「まあ、考えても仕方が無いよ」

「そうやな」

「それで、どうやって帰る?」

「それが問題や。亡くなった人については、運ぶにしてもここで処理するにしても、形見と身元を証明するもんだけ回収して、浄化したうえで埋葬するしかないとして、や」

「生きてるこの三人を、どうやって運ぶか、だよね?」

 春菜の言葉に頷く。

「まあ、手が無い訳でもない」

「どんな?」

「ピアラノークの巣で、食われた冒険者のものらしい荷物があってな。ほとんど魔力が切れかかっとるけど、転送石が二つほど残っとってん」

「それを使って?」

「魔力を充填したれば、とりあえず亡くなった人も一緒にウルスには戻れると思うで」

 そう言って、残りの虫を閉じ込めた繭を糸に変え始める。余計なことを考えないための、ある種の現実逃避ではあるが、生産スキルによって鍛え上げられた、すでに人間の領域を超えた精神力パラメーターも、この切り替えに一役買っているのは間違いないであろう。

「虫は解体しておけばいい?」

「スズメバチだけ置いといて。あれは薬の材料になるから」

 方針を決めると、あっさり平常運転に戻ってしまう宏。その様子に苦笑しながら、自身も気分を切り替えるために、言われた通り中身の虫を解体し始める春菜であった。
これが王道だと信じている

6/8 指摘を受けたので、ラードについてちょっと追記しました
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ