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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ダール編

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第1話

「さて、どれからやる?」

「まずは慣らしも兼ねて、近場の簡単な討伐系ね」

「了解」

 真琴の意見に従い、ダール近辺で済む簡単な討伐依頼を漁る達也。正直なところ、ダールに来るまでの道中では新しい武器の慣らしは全くできていない。何しろ、ワンボックスの慣性制御系バリアで安全圏に弾き飛ばして終わりだったため、わざわざ戦闘する必要が無かったのだ。

 とりあえず都市の近くにいるモンスターは普通に雑魚ばかりだが、新しい装備の性能に慣れていない現状で下手に強いものとやりあうのは危険だ。特に真琴はもう何年も使っていない刀に転向する事も考えると、いきなりフィールドボス級と喧嘩するのは怖い。白兵戦というのは同じでも、武器の特性や間合い、スキルの性質など何もかもが大剣と刀とでは大きく違うのだからあまり無茶は出来ない。

「ジャイアントホッパー退治とグラススネークの駆除があるが、これでいいか?」

「そうね。妥当なところじゃない?」

 達也が持ってきた依頼をざっと見て、特に異を唱えることなく頷く真琴。ジャイアントホッパーとは人間サイズのトノサマバッタ、グラススネークはサイズこそ普通ながらポイズンウルフと同様の死に至る毒を持つ蛇である。グラススネークの方は群れで襲いかかってくる事もあり、巣を発見したら迅速な駆除を求められるモンスターでもある。

 ダールはいわゆるサバンナのようなステップの端の方に存在する街だ。故に、ファーレーンとは種類が違えど基本的には草原にいそうなモンスターが多く存在する。とは言え、暑い地域の生き物だからか、ファーレーンに比べるときつい毒を持っているものが多い。ジャイアントホッパーはファーレーンにも存在するが、この地域の奴は普通に毒を持ち、ファーレーンよりやや気性が荒い。それゆえに、ファーレーンでは見かけない討伐依頼があったりするのである。ゲームの時でもモンスターレベルや基本性能は大差ないのだが、毒持ちが多いことや状態異常攻撃を良く食らう事から、ウルス周辺よりはランクが上の地域として扱われていた。

「これとこれを受けたいんだが」

「分かりました。確認事項はございますか?」

「そうね……。グラススネークは何匹いるの?」

「発見されているのは中規模の巣が一つですね」

 真琴の質問に簡単に応え、手続きを進める受付の男性。カードに記載されたランクを見て、少し眉をひそめる。

「お二人のランクに対して、この依頼は少々難易度が低すぎるかと思いますが、本当によろしいのですか?」

 受付の言葉に内心苦笑する二人。実際のところ、普通この程度の依頼はせいぜい八級程度の冒険者が受けるものであり、報酬も基本的に高くない。

「ああ。武器を新調したばかりでな。ちょっとした慣らしをしたいんだ」

「それに、ダールに来たばかりで、このあたりのモンスターがどんなもんかが分かんないから、それも確認しときたいしね」

「なるほど、分かりました。どちらもお二人の力量からすれば大した相手ではありませんが、それでも毒を持っていますので十分ご注意を」

「了解。ありがと」

 受付から注意を受け、そのまま出現地帯だというあたりにさっさと出て行く。武器はともかく防具は新調していないが、並のプレートメイルより物理防御力が高いワイバーンレザーアーマーをぶち抜けるようなモンスターは、このあたりにはいない。もっとも、そんなモンスターが跋扈するような場所に、わざわざ首都を作るような国はそうそうなかろうが。

「さて、今回は討伐証明部位だけでいいか」

「買い取り表見た感じ、これといって高く売れるようなものも無かったし、それでいいと思うわ」

「だったら、サクサク行くか」

 真琴の言葉に頷き、本当にサクサク進める達也。慣らしとして倒すには少々弱すぎる感じはあったが、それでも多少癖をつかむぐらいの事は出来た二人であった。







「土台はほとんど傷んでへんから、まずは外回り埋めてこか」

 左官道具にセメントを軽く盛り、春菜と澪に渡しながら宏が告げる。このセメントはオルテム村へ行く前からずっとこまごまと続いていた建築関係の作業に合わせて、宏が大量に作った在庫の残りである。魔法やら何やらがたっぷり詰まっているため、もとの世界に存在しているセメントよりはるかに高性能だが、比較基準を持たない彼らはそんな事は全く知らない。

 彼らが確保した工房は、建物としてはダールで一般的な、大きめの石を組み合わせてセメントで固定したものである。ところどころに補強のために鉄の梁のようなものは通っているが、基本は石を積み上げただけのものである。建物の規模を考えると不安が募る構造だが、このあたりは地震はほとんど起こらず、起こってもせいぜい数百年に一度、大きくて震度三ぐらいのものしか発生しないらしい。

「本当に今日中に終わるの?」

「最悪、外回りと寝床ぐらいは何とかするつもりや」

 大きさと傷み具合が予想よりはるかに上だった建物を不安そうに観察する春菜に軽い口調で答え、二人では手に負えそうにないヤバ目の亀裂にいろいろ細工をして埋めていく。

 流石に借りるだけなので、自動修復や防御関係は簡単に解除できるように仕込んでおかなければいけない。かといって、いくら簡単に解除できねばいけないといっても、誰でも解除できるようでも困る。そこらへんのさじ加減はなかなか大変だが、そんな事は今更なので特に問題視している様子は見せない宏。

「そう言えば、このあたりは水は結構いい値段してたよね」

 割と早い段階で外壁を終えて水回りの補修をしている宏を見て、宿の水の値段を思い出す春菜。ファーレーンはほぼすべての地域で水はタダ同然の値段だったが、ダールはそこまで水資源が豊富な国ではないらしい。魔道具などを駆使して飲める水を確保しているため、とりあえずほとんどの地域では水不足にあえぐところまではいっていないが、ファーレーンのようにそのまま、もしくは軽く煮沸する程度で飲めるようになる水源はダールには少ない。これは鉄の国と呼ばれるフォーレも似たようなものである。もっとも、元々水源が少ないダールと、単に水のミネラルが多すぎて飲めないだけのフォーレとでは、ちょっとばかり意味合いが変わってくるのだが。

 大霊峰と南部大森林、そして定期的なモンスターの大進攻が無ければ、ダールもフォーレも水資源と食糧庫となりうる土地を求めて、ファーレーンと何度も戦争を行っていただろう。バルドの手によって起こされたような内部分裂も他の国からの横やりでもっと頻繁に繰り返されていたはずだし、先の反乱もこの情勢でなければ、あんなやり方でわざと誘発させるような真似は出来なかった。

 定期的にモンスターが大進攻を起こすような土地を恵まれていると言っていいかはともかく、食料も水もよその国との戦争も心配しなくていいという点では、ファーレーンはどこの国よりも恵まれていると言えるだろう。

「僕は日本とファーレーンしか知らんけど、普通は水がタダ同然の国って珍しいんちゃうん?」

「珍しいのは珍しいけど、その中ではダールは割と高い方かな、って」

「内陸部に砂漠があるから、しょうがない」

 澪のコメントが、ダールの国内事情の一端を表していると言えなくもない。ダールの国内の少なくない割合が基本的に乾燥地帯で、分かりやすい水源はあまりない。首都のダールにしたって、農業や生活用水に使うにはともかく、濾過も煮沸もせずにそのまま飲める水はほとんど無く、井戸水だけでは賄いきれない水需要を海水を淡水化する事でどうにかまかなっているようなものだ。

 そんな事情を抱えながら、ダールはファーレーンと並んで、いや、ファーレーン以上に冒険者が集まる国ではある。理由は単純、陽炎の塔があるからだ。ここら辺はゲームの時も同じで、春菜がここを拠点にしていたのも、陽炎の塔での装備集めをやっているうちに居着いてしまったからである。装備そのものは、結局半分そろえたところで挫折してオークションで購入したのだが。

 もっとも、その陽炎の塔の存在故に、ぎりぎりのやりくりで浮かせた飲料水を外部に大量に運び出さなければならないのだから、色々と痛しかゆしである。飲み水が必要なのは塔に向かう冒険者だけでなく、塔を管理するために作られた小規模な街の住人や、そこに物資を運び込む商人たち、果ては砂漠近くにある宿場町などもなのだ。ダールが首都でそれなりに多数の水源を抱えているにも関わらず、何処の国よりも水の値段が高い理由も、そこら辺にあるのだろう。

「それで、ここのお水はどうするの?」

「そらもう、ファーレーンと同じレベルで使えるように、普通に魔道具で合成するつもりやで。そのために水道管とか通したんやし」

「なんか、すごく贅沢してる気分になるよね」

 ファーレーンで一番安い酒の倍近い値段だったダールの水。ファーレーンの安酒が冗談みたいに安い、というのもあるが、それでも並の酒と比較してもやや高いのは事実だ。いかに魔道具と起動のための魔力というコストを支払っていると言っても、そんな高価なものをじゃぶじゃぶと使えるというのは贅沢どころの騒ぎではない。

「水だけは、ちゃんとしたもんを確保できるようにしとかんとあかんしな」

「まあ、それは分かるけど、別にそんなにじゃぶじゃぶと使えるほど確保する必要はないんじゃないかなって」

「別に飲み水とか洗いもんだけの話やあらへん。ポーションとか口に入れるもん以外でも、物作りには綺麗な水が必須やで」

「そうなの?」

「春姉、それ結構常識」

「まあ、春菜さんにゃまだピンとけえへんか」

 今のところまだまだ素材の品質の差が影響するほどの腕前になっていない春菜には分からない事だが、綺麗な水というのは色々な作業で重要になってくる。これはゲームの製造だけに限らず、現実での工業製品についても言えることである。特にハイテクがらみは汚染されていない水が重要になるものも多く、水資源の汚染がそう言う面でも問題になっている国は少なくない。

 もっとも、どこでどう噛んでくるかが分かりやすい農作物や料理などと違って、工業製品と綺麗な水の関わり合いがいまいちピンとこないのは、しょうがない事かもしれないが。

「で、今思ったんだけど」

「ん?」

「鍛冶とかしないんだったら、この広さの工房は要らなかったんじゃないかな?」

「どうやろうな」

 かなり真剣な顔で亀裂を埋めていた春菜のコメントに、少しばかり考え込む宏。実際のところ、ポーションとちょっとした消耗品ぐらいなら、普通の部屋で十分は十分だろう。実際、ファーレーンでも最初の頃は三畳二部屋と四畳半かせいぜい六畳ぐらいのダイニングキッチンで色々な作業をしていたのだから、一時的な拠点にするのに工房など必要ないのは事実だ。ただし

「確かに消耗品補充するだけやったら、こんな広い物件はいらんねんけど、な。そろそろ霊布ぐらいは織っとかんとまずいかも、思うたらちっと他の物件は手狭な気がしてん」

「あ~……」

 作る必要があるのは、何も消耗品だけではない。特にダールはレンガや石材が素材のメインである。そういったものを加工するとなると、物によりけりとはいえどうしてもある程度のスペースは必要になってくる。それに、割と長い間の課題となっている霊布の作成となると、織機を置くのに必要な空間だけでもなかなかのものだ。結局それなりの広さが必要となるのであれば、大してコストが変わらないなら安い物件を修理して使うのが一番、という結論になるのである。

「でも、ファーレーン以外で長期滞在するたびに、こんな感じで工房を確保するの?」

「状況によりけりやで。今回はここらで手に入る素材との兼ね合いっちゅう面もあったから、わざわざ安い物件探して工房確保したけど、ローレンあたりやと大掛かりな設備で加工するようなもんも手に入らへんし、流石にこの規模の工房はいらんと思う」

「なるほどね」

 納得できる回答を聞き、再び作業に戻る春菜。それほど長い時間ではないとはいえ、手を止めて駄弁っていた間に澪があらかた終わらせてしまったため、そのまま内部の作業に移る。宏の作業に関しては、春菜と話をする直前に全て終わっていたため、それほど影響はなかったらしい。

「師匠、外は全部終わった」

「ほな、春菜さんと分担して内壁全部チェックして回って。僕は天井と床を全部埋めてまうから」

「了解」

 宏の指示に従い、床の傷みが比較的軽いあたりからスタートする。流石に崩れるような傷み方はしていないが、どうしても足元がお留守になりやすい事を考えると、宏の作業が終わるまでは床の状態がいいところからやって回った方が無難である。

「とりあえず目標は、昼飯ここで作れるように、っちゅうとこで」

「分かったよ」

「頑張る」

 結果を言うならば、この日の昼食はこの工房で作る事は出来たが、作業自体がやや遅れたために食べたのは割と遅くなってからであった。







「急いで帰らなきゃ……!」

 ダール南地区。炎の神イグレオスを祀るイグレオス神殿・ダール分殿に勤める神官見習いの少女が、メインストリートから一本外れた裏通りを走っていた。裏通りと言っても普通に店舗が立ち並ぶ表通りとさほど変わらない商業通りで、走ったからといって誰かにぶつかるほど人の数が多くはないが、それでも下手な村の広場よりは人通りが多い道だ。別段迷い込んだら無事では済まないような、治安の悪い場所ではない。そもそも、まだ昼を少し回った程度の時間帯であり、この時間帯に十代前半の女の子が一人で道を走ったところで、余程運が悪くない限り命にかかわるようなトラブルに巻き込まれるほど、ダール全域の治安は悪くはない。

 そう、余程運が悪くなければ、である。どれほど治安のいい場所であっても、絶対に事件に巻き込まれないと断言する事は出来ない。事件というやつは起こるときは起こるし、命にかかわるトラブルなど、それこそどれほど安全だと思われる状況でも不意打ちで発生するものである。そういう意味では、彼女は実に運が悪かった。

 日ごろから神殿の用事や個人的な買い物などでこの一帯の店を利用している彼女は、それゆえに慣れも手伝って全く警戒せずに神殿へ急いでいた。別段さぼっていた訳でも何でもなく、ついでに頼まれた仕事が多かった事と普段より寄付してもらった物品が多くなった事が重なり、帰る予定の時間を大幅に踏み倒してしまったのだ。理由が理由だけに叱られたりはしないだろうが、それでも遅れたことには変わりない。そんな焦りから、少々注意力が散漫になっていた事は否めない。

 そのため

「きゃっ!」

 足元がおろそかになっており、それに全く気がつかなかった。

「いたたたた……」

 何かに足を取られて転び、痛みにうめく少女。比較的露出の少ない神官衣のおかげで肘と膝を軽くぶつけた程度の怪我で済んだが、それでも痛いものは痛い。運よく預かった物資をぶちまけたりはしなかったが、転倒した本人には何の慰めにもならない。

「一体何に躓いたんだろう……」

 痛みが引くまでの間、自分が転ぶ原因となった何かを確認する少女。自分が躓いたであろうそれを見て、思わず顔を引きつらせる。

「えっ? 何で?」

 少女の視線の先には、岩でできた立派な手があった。いくら注意力が散漫になっていたといえど、こんなものを見落とす訳が無い。第一、こんなものがあったら、他の人が全く反応しないことなどあり得ない。つまり、その手は突然生えてきた、ということになる。

「な、何でこんなものが……」

 顔を引きつらせながら、本能に根ざした恐怖に負け、慌てて立ち上がろうとする少女。だが……

「えっ?」

 立ち上がろうとした瞬間、彼女の両腕と両足を何かがつかむ。突然力一杯引っ張られる形になり、たやすくバランスを崩して再び地面に転がる少女。

「えっ? えっ?」

 何故自分が捕まっているのか分からず、思わず周囲を見渡す。大きな違和感。

「な、何で誰もいないの!?」

 そう。転倒する直前まで多数の人がいた通りは、いつの間にか無人になっていたのだ。目に入る景色は先ほどと変わらぬ、石造りの建物が並ぶごく普通の商店街。なのに、商店の中も含めて、誰一人いない。

「誰か! 誰か助けて!!」

 岩の手をどうにか引きはがそうともがきながら、必死になって声を張り上げる少女。だが、万力のように強い力で彼女を捕らえる岩の手は少女の筋力ではびくともせず、助けを呼ぶ声は人間はおろか虫の気配すらしないこの空間にむなしく響き渡る。そして

「きゃあ!?」

 ひとしきり無駄な抵抗を繰り返して疲れ果てた少女を、多数の手が吊り上げる。どう転んでも碌でもない結末しか待っていないであろう状況に、無駄だと分かりつつも再び必死になって抵抗を始める少女。そんな少女をあざ笑うように、多数の岩の手は彼女を高く持ち上げ……。

 一向に帰ってこない事を心配した神官たちによって、消息が途絶えた場所から更に二筋ほど離れた道で無残な姿になった彼女が発見されたのは、翌日の朝の事であった。







「イグレオス神殿の見習いの子が、変死してたんだって」

「また、物騒な話やなあ」

 宏達がその噂話を耳にしたのは、事件の二日後であった。正確には、あちらこちらで路上ライブをやっていた春菜が噂を拾ってきたのである。

「しかし、神殿関係者に手を出すとか、なかなか命知らずだよな」

「まあ、堅気やない連中には恨まれとるかもしれへんけどなあ」

 普通なら街中では起こり得ないような事件。その内容に何とも言い難い顔でコメントするしかない達也と宏。この世界の神殿というのは、権威はあれど権力が無い組織だ。権威を盾に何かを強要したところで、それが妥当なものでなければ誰も言う事を聞いてくれないのが、この世界の神殿の立場である。神殿内での権力闘争なども無い訳ではないが、性質としてはファンクラブの闘争に近いものがある。それゆえに道を誤ればすぐにその地位を追われてしまうため、案外内部での腐敗は少ない。何しろ、場合によっては神自身が直接裁定を下すのだから、金だの根回しだのでどうにかなるものでもない。エアリスが姫巫女なのに神殿での立場が弱かったのも細かな原因はいろいろあれど、突き詰めれば人気が無かったからの一言に尽きる。

 システム上腐敗し辛い事に加え、神殿は土地の浄化や魔物よけの結界の維持など、国や街を維持するために必要な作業を無償で行っている。そんな組織だから、普通堅気の人間は神殿に敵対的な行動などとる訳が無い。無論、神殿関係者も完璧な人間ではない以上、個人間でトラブルを起こす事は普通にあるし、法を犯した人間の断罪を神殿が代行する事も多いため、逆恨みの類も少なくはない。だが、それでも、変死させられるほど恨まれることはまずない。神殿の機能が無くなって得をする人間など、社会生活を送っている限りはいない。それこそ犯罪者ですら、神殿が無くなって得することなど無いのである。

 故に、見習いが変死する、などという事件を起こした犯罪者がただで済む事はあり得ない。達也のコメントは、それを指してのものである。

「それで、どうする?」

「春姉、どうするって何が?」

「私達、一応神殿に用事があるよね?」

「今回の件は部外者やから、少なくとも僕は自分から積極的に関わるつもりはあらへんで」

「まあ、それが妥当でしょうね」

 神殿が絡む以上、どうせ無関係ではいられない。それは分かってはいるのだが、かといって信頼関係が存在しない相手のために、自分からどんな危険があるか分からないような厄介事に首を突っ込むのは避けたい。神殿側もメンツとかプライドとかそういったものがあるのだから、巻き込まれて成り行きで共闘したとかそういうケースでもない限り、何処の馬の骨とも分からない冒険者を頼ることなどしないだろう。

「で、今日はどうする?」

「当分は冒険者らしくって方針だから、私は地理の把握も兼ねてまずは雑務系の仕事をこなせるだけ、って思ってる」

「あたしと達也は、例によって慣らしのための討伐系ね」

「じゃあ、ボクもそっちに」

「ほな、採取依頼行ってくるわ」

「いや、ちっと今は単独行動は物騒だから、ヒロは春菜と一緒に仕事しとけ」

「せやな、了解や」

 そんな感じでその日の予定はあっさり決まる。宏と春菜の組み合わせ、というところでまた何かろくでもない事に巻き込まれそうだ、などと考える達也と真琴。その予想を裏切り、本格的な活動開始の初日はそれなりに穏便に仕事を終えることが出来るのであった。







 翌日。

「どれする?」

「これなんかいいんじゃないかな?」

「屋根の塗り直しの手伝い、か。確かに手ごろは手ごろやな」

 見ると、作業するのはとある貴族の別宅。作業員が二人ほど、不注意で足を滑らせて転落し、人手が足りなくなったため緊急依頼となったらしい。高所作業が絡む可能性がある割に報酬は安い仕事だが、とにかく急ぎで人員を確保するためにありとあらゆる伝手で人員募集をかけているという事情から、何人来るか分からないため固定給は安く抑えざるを得ないのだろう。

 屋根塗り自体は熟練の技がある程度必要だから、多分臨時雇いの人足の出番はない。彼らに求められるのは機材を屋根まで運んだり、道具を洗ったりといった雑用の類だろう。怪我人が出て作業が遅れたため、職人にそれをやらせる余裕が無くなったらしい。それゆえ仕事はいくらでもあり、多少人数が多くなっても遊ぶ人間は出てこない状況のようだ。

 いわゆる派遣業者という側面も持つ冒険者協会は、期限が短い場合はこの手の依頼を新人に強制的にやらせたりもする。少なくともゴミ拾いや草むしりよりは報酬がいいし、外に出る仕事よりは安全だからだ。今回もその例に漏れず、まだまだなり立てです、という感じの新人が何人か送り込まれている。

「因みに、兄貴らは?」

「昨日よりちっとランク上げて、ストーンアントやってくるわ」

「それって、真琴さんの慣らしに使えるの?」

「今日は範囲攻撃の練習だから、ちょうどいいのよ」

「数も多いから、慣らしにならんってほど早く終わる事もないだろうしな」

 達也と真琴の評価に納得し、各々仕事の手続きに行く。今回は澪も宏達と一緒に行動するつもりらしく、達也達は二人組で依頼を受領する。

 因みにストーンアントは、その名の通り石のような外骨格を持つアリである。アリゆえに雑食で何でも食べ、この手の地域に住むアリの例に漏れず、人間だろうが肉食獣だろうがドラゴンだろうが関係なく襲いかかる獰猛な種である。平均的な大きさは大体五十~七十センチだが、大きいものでは一メートルを超える物も普通にいる。働きアリの群れは平均して大体十匹前後。外骨格の硬さからナイフやレイピア、サーベルのような速度主体の武器は、普通の品質のものはほとんど役に立たない。そういった諸々から、討伐依頼を受ける目安は七級のバランスが取れた、もしくは火力寄りの構成の五人程度のパーティとなっている。

 その評価から分かるように、達也と真琴の慣らしやランクアップには丁度いい相手と言える。今回は陽炎の塔への補給ルート上にやや大きめの群れが出没するようになったとの事なので、場合によっては巣を探し出して駆除する依頼が出てくる可能性もある。流石にそのレベルになると、いくら真琴のレベルが宏の四倍を超えるといっても、達也と二人で完遂できるような依頼ではなくなるのだが。

「まあ、とりあえず気ぃつけて行って来てや」

「分かってるって。転送石もあるんだし、無理はしねえよ」

 宏の言葉に軽く手を上げ、大通りを砂漠方面に向かって歩いていく二人。なんとなくそれを見送った後、人足をやるために高級住宅地の方へ足を向ける宏達。

「流石に、この一帯は綺麗な建物が多いよね」

「石造りの美学やな」

「師匠、どれぐらいで作れる?」

「中級は必須やけど、カンストまではいらんと思う。折り返してれば行けるやろう」

 宏の言葉に、微妙に残念そうな表情を浮かべる澪。とりあえず大工は中級には届いているが、自分では作れそうにないと言う判断の裏付けが出来てしまったのだ。

「私はそもそも、このレベルを作れるようになる気も起こらないし」

「まあ、春菜さんはジャンルが違うからなあ」

「それもあるけど、こういう建物に住みたいって言ったら、宏君が作ってくれるでしょ?」

「そら身内やねんし、材料の調達手伝うてくれるんやったら、いくらでも建てるで」

 何を当たり前な事を、と言わんばかりの宏に、内心でそうだろうなあ、と呟く春菜。正直なところ、下着などが絡む裁縫以外、生産関係は宏に全部丸投げで全く問題ない。というか、生産ジャンキーの宏的に、むしろ丸投げはご褒美なのだ。とは言え、六級ぐらいまでの低ランクのポーションのように、宏的には目をつぶっていても失敗しないようなものはときめきが薄いらしく、他の人間の修練のために割と積極的に仕事を振ってはいるが。

「とりあえず、貴族の持ち家の補修を受け持つんやし、今回の棟梁もそれなり以上の腕を持っとるはずや。色々勉強になると思うから、二人ともよう見ときや」

「分かった」

「了解」

 宏の指示に頷く二人。もっとも、宏ほどではないだけで生産にそれなり以上の情熱を注いでいる澪はともかく、大工を極める気が全くない春菜はそれほどの熱意を持って技を盗みに行く気はないのだが。

「師匠こそ、勝手にちょっかい出して棟梁より熟練の技とか見せないように」

「注意はするけど、確約は出来んで」

 澪の注意に、どうにも自信なさげに返す宏。別に全体的に特に問題が無いのであればわざわざ手を出すつもりはないのだが、放置すると厄介なトラブルを発生させそうな事があったら、流石に見過ごせる自信はない。

「いや本当に、そこは注意してよ、宏君」

 春菜が不安そうにさらに釘をさすが、内心ではどうにもあきらめ気味である。流石に何度もこういうフラグをスルー出来る訳もなく、作業現場ではそれなりのトラブルに巻き込まれるのだが、この時の彼女達は知る由も無かった。







「真琴、そっちはどうだ?」

「問題なし。本当によく斬れる刀だわ。そっちは?」

「危うくやりすぎるところだったが、ようやく加減がつかめてきた」

 二方向から襲ってきたストーンアントの群れを殲滅し、互いの様子を確認しあう二人。ストーンアントは確かに強いモンスターだが、達也のような魔法主体の後衛タイプでも、範囲攻撃を持っていてレベルが百を超えていれば、特別な装備なしでもソロで一グループぐらいは始末できる相手である。もっとも、前衛後衛関係なく、特別な装備なしのキャラがソロで狩れる相手と言うと、よほどのプレイヤースキルの持ち主でもない限りはこのあたりが上限になってくるのだが。

「それにしても、前から思ってたんだが職人製造の装備はどれもこれもトンでもねえなあ」

「まったくね。この刀も大剣も、確かに純粋なスペックじゃ煉獄の武器には三枚ぐらい落ちるんだけど、特殊機能とか扱いやすさまで含めたらいい勝負だし」

「俺は向こうでもちょくちょくヒロから装備を融通してもらってたんだが、性能が凄すぎて下手に使えなかったんだよなあ」

「そういえば、その杖の多重起動だっけ? その機能にえらく驚いてたみたいだけど、向こうにいたときはそういうのはなかったの?」

「後で聞いたんだが、俺が頼んだときはちょうどいい素材がなくて、別の方向で同等ぐらいに強力そうなのを適当に作ってたんだと。考えてみりゃ、こっちに飛ばされる直前にもらった神鋼製の杖とかむちゃくちゃなスペックだったんだから、これぐらいで驚く理由はねえんだよなあ……」

「……怖いから、どんなものだったか聞くのはやめておくわ」

「そうしたほうがいい」

 重装より物理防御が高いローブや与えたダメージをHPとMPに変換する杖、受けた魔法ダメージをHP回復に回す指輪など、これでゲームバランスをちゃんと取れているのだろうかと心配になる装備品の数々を思い出し、思わず遠い目になる達也。状態異常耐性に関しては少々甘い感じだったが、そこら辺はスキルで割と簡単に上がるからエンチャント枠を他に回している、というのが正解なのだろう。つくづくゲームバランスが心配になる。

 もちろん、これらの装備もいろいろ限界はある。魔法ダメージを受けると回復する、と言っても上級魔法は防げないし、重装より物理防御が高いと言っても、同等ランクの素材で作ったものには当然負けている。だが、それでも世に出ればそれだけでいろんなバランスが崩れる物ばかりなのは間違いなく、自重しない職人というのがいかに性質が悪いかがよく分かる。

 もっとも、自重という言葉を投げ捨てただけで生産関係でここまで極まったものを作るのは、日本人ぐらいなのかもしれないのだが。

「しかし、数が多いな」

「これやらないと、報酬が入らないからしょうがないんだけど、面倒くさいわよね~」

「そういや、こいつらって何かに使えるのか?」

「あたしに聞かないでよ」

 解体の度に行われる会話を、ここでも繰り返す達也と真琴。討伐証明部位は頭だが、足は買い取りがあったはず、などとうろ覚えの記憶を頭の中で反復しながら順調にばらしていく。こちらに来る前に宏がなにも言っていないのだから、多分他の部位は大した素材にはならないのだろう、などとの結論で分かる範囲だけ確保しておく。

「全部で五十匹か」

「切れ間なく襲ってきたし、案外近場に巣があるのかもしれないわね」

「そうだな。こいつは帰って報告する必要がありそうだ」

 ストーンアントの巣は、存在そのものが致命的なレベルの危険物である。町や村の近くにないのであればともかく、街道を徒歩で三時間という程度の位置にあるのであれば、多少犠牲を出してでも可能な限り速やかに駆除する必要がある。

「宏達がいるんだったら、このまま探して潰すんだけどねえ」

「流石に、俺達二人だと手に余る。今日はこのまま引き上げるぞ」

「了解」

 達也の言葉に従い、残骸を適当に処理して立ち去ろうとする真琴。巣が近くにあるのなら、早めに立ち去らねば新手に絡まれる可能性がある。正直なところ、それはそれで面倒だから巣を潰しに行きたいところだが、宏ならともかく達也達だと絶対に途中で息切れして数に押し切られる。せめて向こうにいた時の装備がすべて手元にあれば、単身で巣の殲滅ぐらいは余裕で出来るのだが。

「ん?」

 街道に戻りかけたところで、真琴が何かに気づく。

「どうした?」

「なんか、向こうの方から地響きと悲鳴が聞こえてきたんだけど……」

「……土煙が上がってるな」

「なんか、思ったより近いわね」

「俺らだけの時にこのパターンは、地味に珍しいよな」

「そうねえ」

 などとのんきな会話をしながらも、足は真琴が声を拾った方に向けている。これは別にお人よし根性だけでの行動ではない。状況的に自分達にも何らかのトラブルとして降りかかって来る可能性が高いため、それならば助けられるものは助けた方がいいだろうという判断があったのだ。宏達と違い、達也も真琴も手助けすることによる明確なメリット、もしくは手助けしなければ受けるであろう明確なデメリットが無ければ、それほど積極的にトラブルに首を突っ込みたい性質ではない。

「ロックワームの群れか」

「まったく、どうなってんのかしら」

 土煙のおかげで距離感がつかめなかったが、意外と近場で行われていたその戦闘シーンを二人が確認したのは、状況が発生してから二分程度の事であった。群れ、というだけあって、先ほどのストーンアントとどっこいどっこい、つまりは五十を超える数がいる。はっきり言って、障害物も何もない場所でやりあいたい相手でも数でもない。そもそも、ロックワームはこれほどの群れを作る生き物ではない。

 そんな生き物の群れに、行商人の持ち物らしい馬車と、神殿の紋章が入った立派な馬車が襲撃を受けている。護衛らしい騎士と冒険者のグループが迎撃にあたっているが、ロックワームは六級程度の冒険者が数人がかりで一体を仕留める前提のモンスターである。胴周りが二メートル、全長が十メートル近くあるミミズの群れなど、宏やドーガのような例外を除けば、正面からぶつかり合って無傷で押さえきれるはずが無い。しかも、ロックワームはその名が示す通り、表皮が岩でできている。岩のように硬いのではなく、文字通り岩でできているのだ。普通の武器を普通に使っていては、決してダメージなど通らない。

「とにかく、助けるぞ!」

「分かってる!」

 正直、こんなものをたった二人で正面から相手取るような真似はしたくない。彼らを助けた上である程度盾になってもらい、出来るだけ少ない負担で仕留めるのが一番だ。

「ワイドヒール!」

「虚空閃!」

 まずは怪我人の治療を優先した達也と、戦闘不能になり止めを刺されかけていた冒険者を救助するためワームを切り捨てる真琴。そこから一気に戦闘の流れが変わる。

「手助けするわ!」

「助かる!」

 突然現れた援軍の申し出を、迷うことなく受け入れる隊長らしき人物。状況的に、プライドがどうとかとても言えないようだ。

「オキサイドサークル!」

 味方にできるだけ被害を出さず、かつ展開が速くて効果が大きい、という理由から、迷うことなくオキサイドサークルを多重起動する達也。ロックワームといえども酸素なしでは生存できないため、当然酸欠攻撃は通用する。

「七割は押さえた!」

「了解!」

 達也の報告を聞き、酸欠で動きが鈍くなったロックワームを踏み台にし、後ろの方で渋滞を起こしているワームをターゲットに大技を叩き込む。

「光破斬・一閃!」

 そのまま斬りつけては、いかに魔鉄製の刀といえども有効なダメージなど与えられない。なので、光属性の大技、それも一直線とはいえ広範囲を切り裂く必殺技に派生させて、十匹程度のワームを一刀両断する。このまま連続でやればあっという間にケリがつきそうだが、初っ端に使った防御無視技の虚空閃がコスト的に意外と重く、また光破斬系列は一度出したら十二秒のクールタイムが存在する。いかにコストが四分の一になるといっても、真琴も達也も宏のように常時スキルを撃ち続けられるようなスタミナもMPも持ち合わせていない。故に

「光王剣・円陣!」

 コスト的にもう一段上の技を、全周囲を薙ぎ払うタイプのバージョンで発動させて残りを半減させ、即座に離脱する真琴。真琴がゲーム中で身につけた流派は、基本的に一つの技がいくつかの形態に派生する構成になっている。光破斬も光王剣もこの流派の技としては普通の派生のし方をするため、消耗や武器への負荷、威力などの違いを無視すれば同じ使い方が出来る。

 これが普通の刀であれば、ロックワーム相手にこれだけ荒い使い方をすれば一発で破損するが、そこは流石に中級素材を使い一流の職人が鍛え、しかもガチガチにエンチャントを施した代物。多少消耗した様子は見せるが、それでもガタが来たり切れ味が鈍ったと言うところまでは行かず、まだまだ血を吸い足りないといわんばかりに物騒な輝きを宿している。本来ならもう一撃行きたいところだが、相手の位置を上手くコントロールしないと効率が悪い技しか残っていない。なので、もう一撃を入れるとすれば

「スマッシュホライズン!」

 相手の位置を強引に誘導するためのスマッシュ系になる。今回は相手を一ヶ所に固めるため、水平方向へのふっとばしに特化した物を放つ。これで、打ち漏らしのうち迂回して馬車に向かおうとしていた奴が別の一匹を巻き込んで飛んでいき、残りの集団とひと塊りになる。

「オキサイドサークル!」

 そこに、多重起動で範囲を拡大したオキサイドサークルが飛び、残りすべてを陣の中にとらえる。

「終わったな」

「お疲れ様」

 達也と真琴が獅子奮迅の活躍をしている間に、騎士達も最初に相手をしていたワームを仕留め終わったようだ。特に描写はしていないが、達也が多重起動で彼らの傷を治し、致命的な攻撃をバリアで防ぎ、足止めの魔法を発動して手数を減らし、と、至れり尽くせりのサポートをしていたのは言うまでもない。

「助かった、ありがとう」

「あのままだったら、俺達も巻き込まれそうだったから、気にしなくていい。こっちも、あんた達に協力しなきゃヤバかったしな」

「とてもそうは見えんが」

「武器がいいからそう見えるだけで、あの数を二人で相手取れるほど強くはねえよ」

 いまいち信用してもらえていない事に気がつきながらも、とりあえず釘をさすようにそう告げる達也。実際、彼らが足止めをしていなければ最初のオキサイドサークルが間に合うかどうかは微妙なラインで、そこをミスれば後は重量と数の暴力で挽き潰される以外の未来はない。

 また、宏特製の刀だからこそここまで粘れたが、普通の鉄で普通の職人が作ったものだと、下手をすれば二発目の光破斬の段階で砕けていた可能性がある。実際、宏が作った刀ですら、光王剣を使った段階で多少の消耗は起こっていた。もう二発ぐらい大技を叩き込んでいれば、壊れはしないまでも自動修復で間に合うかどうかは微妙なラインであろう。

「それにしても、これ全部は流石に持って帰れねえよなあ……」

「倉庫も、そこまでの余裕はなかったわよねえ……」

「討伐証明部位だけでは駄目なのか?」

「仲間内に腕のいい職人がいるから、持って帰れば何かに使えるんじゃないかって思ってるんだが……」

 とは言え、どれほど考えても無理なものは無理だ。しぶしぶあきらめて、とりあえず入りそうな分として三匹程度、酸欠で仕留めたものを鞄に突っ込む二人。

「……すごくたくさん入る鞄なのですね」

「まあ、元々凄まじく容積を拡張してある上に、さっき言った職人が色々と細工してるからな」

 鈴の音のような美しい女性の声に反射的に応え、一拍置いてから思わず首をかしげる。恐る恐る声がした方を振り返ると

「先ほどは、本当にありがとうございました」

 顔を赤くして目を輝かせ、しっかりがっちり達也をロックオンした十代後半から二十代前半ぐらいの女性が立っていた。ダール人の特徴である淡い褐色の肌に、ダール人にはやや珍しい青い瞳と金の髪を持った美女である。

『なあ、真琴……』

『あんたがこのパターンに引っかかるなんて、本当に珍しいわよね』

『……ありがたくねえ……』

 真琴の断言に思わず心の底からそうつぶやき、ため息交じりに女性の言葉を待つ。

「私はイグレオス神殿所属・ダール分殿で司祭をさせていただいています、プリムラ・ノートンと申します。お二人に是非お礼をしたいのですが、お名前を教えていただいてよろしいでしょうか?」

 案の定という感じの言葉を聞き、自分達が厄介事に巻き込まれる引き金を引くとは思わなかったとため息をつきながら、素直に自分達の名前やら何やらを告げる二人。達也にとっては実にありがたくない一連のイベントが、ここで幕を開けたのであった。







 なお、余談ながら、後から説明をするのが面倒だと言うこととどうせ関わりあいになるだろうからと宏達を回収しに行った達也と真琴は、

「……なんだ、このカオスは?」

 工事現場で新米冒険者達に妙に懐かれている春菜と澪に、自身も懐かれながら完全スルーして目を輝かせながら山積みになった石を仕分けしている宏と、それをどことなく潤んだ瞳で見つめている神官風の少女というなんともコメントに困る光景に遭遇する。

「ちょっと、いろいろあったんだよ」

「いろいろ、なあ」

「というか、そっちもいろいろあったみたいだけど?」

「まあ、いろいろあったんだよ」

 何処となく疲れをにじませての春菜の言葉に、同じく疲れをにじませて答える達也。結局のところ、平穏無事なファンタジーライフとは無縁な一行であった。
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