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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ダール編

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プロローグ

「お好み焼き二本とたこ焼き一皿で千百セネカです」

「ほらよ」

「毎度ありがとうございます、またのおこしを」

 ダール王国の首都・ダール。初日の昼過ぎに到着した宏達は、冒険者協会へのあいさつや商業ギルドへの屋台申請などを早々に済ませ、翌日にはもう屋台で商売を始めていた。この日屋台で売っているのは、お好み焼き串とたこ焼き、鯛焼きである。屋台は宏がワンボックスに組み込んだ余計な変形ギミックを利用している。ワンボックスがモーフィング変形で屋台に化けるシーンは、いくら非常識な宏の技術力を知っていても、流石に全力で引いたのだが。

 因みに、ファーレーンとダールでは通貨が違い、ファーレーンの一チロルはダールの通貨・セネカに直すと十セネカになる。また、ファーレーンのクローネに当たる通貨は無く、一クローネは千セネカになる。言葉については、ダールでは普通にファーレーン語が通じる上、ダール語はファーレーン語と近いのでそれほど困る事はない。この事情はファーレーンと北側で国土が接している鉄の国・フォーレでも同様である。

 実のところ、ゲームの時は全部クローネで買い物ができた半面、ファーレーン語が通じる相手が少なかった。こんなところでも、この世界がゲームとは直接関係が無い証拠が出て来てしまっている。

「……ねえ、春菜……」

「何、真琴さん?」

「何であたし達、屋台やってるの?」

「在庫整理と貨幣獲得のため?」

 春菜の何ともすっとぼけた回答に、眉間のしわを深くする真琴。その間も鯛焼きを焼く手を止めないのは、ある種のプロ意識だろうか。

 因みに言うまでもない事だが、現在宏と達也は別行動である。滞在期間が読めないため、拠点を探しまわっているのだ。別行動だと分かっているのに時折春菜が宏を探すような素振りを見せるが、客が来ている間は普通に対応している。一時期宏と一緒にいるときは挙動不審だった春菜だが、ワンボックスで長距離を走っているうちに慣れたか、最近は昔のように割と自然な態度を取れるようになってきている。

「別に、活動資金は十分あるわよね?」

「今のところ、特に問題はないかな?」

「食料は、普通に狩りをすれば十分賄えるわよね?」

「それ以前に食材は在庫がたっぷりあるから、当分は調達自体考えなくてもいけるかも」

「だったら、屋台で稼ぐ必要ないじゃない」

 真琴の苦情を鼻歌交じりに聞き流し、五本のお好み焼き串を焼きあげる春菜。無駄にレベルの高い鼻歌で流され、ますます眉間のしわを深くしつつも焼き上がった鯛焼きをショーケースに並べて行く真琴。その隣では、無表情ながらどこか楽しそうにたこ焼きを回し続ける澪の姿が。

 元々屋台を始めた理由は、宏と春菜二人では冒険者としての仕事で工房を買う資金を蓄えるのが難しかったからだ。工房も入手し、戦力的にも討伐任務で大きな利益を上げられるところまで整った現状、わざわざ拘束時間が長い屋台にこだわる理由は特にない。

「冷静になって考えてみると、あたし達のやってる事って、ものすごくシュールじゃない?」

「何処が?」

「だって、わざわざファンタジーの世界の、それも人の住んでる土地の半分ぐらいが赤道直下の国でたこ焼きとか鯛焼きとか売ってるのよ? 物凄く微妙な絵面じゃない」

「ゲーム的中世ヨーロッパ風の街並みを背景にカレーパンと串カツ売るのも、絵面としては大して変わらないと思うけど?」

 春菜の無情な切り返しに、鯛焼き器に生地を流し込みながらがっくり肩を落とす真琴。そんな愚痴を言っているはしから、噂を聞きつけたらしい子供達が、百セネカ銅貨を差し出しながらきらきらした目で真琴を見上げてくる。ダール人の特徴である淡い褐色の肌が、なかなかにチャーミングだ。

「何味がいいの?」

 これは相手をしないと駄目か、と内心でぼやきつつ、数が同数になるように白餡とカスタードクリームを入れて行く。カカオもしくはその代替品が見つかっておらず、小豆もまだ発見していないため、この屋台で提供している鯛焼きは白餡とカスタードだけだ。そのうち抹茶クリームも開発しようか、などと春菜と宏が話し合っているのはここだけの話である。

「中身が白いの~!」

「カスタードクリーム!」

「両方~!」

 子供達が口々に告げてくるのに合わせ、ショーケースから手早く鯛焼きを取り出してお金と交換していく。下手に素手で触って腹でも壊されたら嫌なので、絶対直接は触らない真琴。そんな気遣いを知ってか知らずか、今にもよだれをたらしそうな顔で鯛焼きを受け取る子供達。

「ちゃんと手を洗ってから食べんのよ。それと、熱いから気をつけなさいよ」

「は~い」

 真琴の言葉に律儀に頷き、水魔法でその場で手を洗ってからかぶりつく子供達。ショーケースで保温された、まだ餡子がアツアツの鯛焼きをはふはふ言いながら美味しそうに食べるのは、心がなごむ光景である。もっとも

「俺にも一匹。中身が白い奴」

「私はカスタードクリームかな?」

 そんな子供達につられて注文してくる大人のおかげで、なごんでいる暇は全くないのだが。

「それにしても、この暑い街で、こんな熱いメニューがよく売れるわよね……」

「珍しいからじゃないかな? あと、この気候だから、粉ものでもない限りはちゃんと火を通したものじゃないと怖い、って言うのはあるかも」

「この街の屋台、熱いメニューが多い」

 ショーケースが品切れになり、必死になって新しい鯛焼きを焼きながらの真琴の言葉に、そんなコメントを告げてくる春菜と澪。子供達のおかげで鯛焼きがよく売れているが、お好み焼き串やたこ焼きもかなりの勢いで売れている。赤道からそれなりに北の方にある首都ダールは、気候で言うならかなり熱帯寄りの亜熱帯に属する。西側は海になっているが、ウルスと違ってこっちは正真正銘、ごく普通に港町である。

「これだけ暑いんだから、いっそ、かき氷かアイスキャンディーでもやる?」

 亜熱帯の気候で鉄板作業をさせられた事で、いい感じで湧いた頭で考えた事を無責任に口走る真琴。その間も他の二人同様、鯛焼きを焼く作業の手は止まらない。いくら着ている服に気温調整のエンチャントが乗っていても、やはり暑いのは暑い。どうにも思考が茹った感じになるのは仕方が無いだろう。

「あ~、すごくよく売れそう」

「多分過労死するレベル」

 春菜の何処となく乾いた口調に、澪が物騒な台詞で相槌を打つ。澪の台詞は誇張でも何でもない。冷房程度ならともかく、氷を作るような魔道具は基本的に魔力コストが非常に大きく、商売で使われる事は滅多にない。単純に熱を出すだけの魔道具に比べると、どうにも効率が悪いのだ。なので、アイスクリームやジェラートの類は割と高級品で、アイスキャンディーのような庶民的なものはそもそも存在していない。ちなみに領土内に寒帯の土地があるファーレーンやフォーレなどは、冬の間に大量に作った氷を腐敗防止の倉庫で保存し、夏場に切り売りするやり方で魔道具なしで氷を普通に確保している。

 そんな珍しいものを亜熱帯であるダールで、それも庶民が買える値段で売りに出した日には、生産ラインを作っても足りないほど売れる事請け合いである。

「よっぽど生産性を上げないと、昼まで持たないかもね」

「それこそ、ジュースと串を突っ込んで起動したら瞬間冷凍するぐらいでないと無理、って?」

「そんな感じ。ついでに言えば、一回の作業で百本単位で作らないと」

 春菜の言葉に、うへえ、という表情を浮かべる真琴。どんな構造の機材になるかまでは知らないが、どうせ取り出しは手作業になる。毎日毎日機材からアイスキャンディーを取り出す作業と言うのは、シュールを通り越して心が摩耗しそうだ。何というか、作業に面白さが無い。

「と言うか、そもそも屋台やる必要自体ないわよね……」

「あ、そこに戻るんだ」

「そりゃ、戻るわよ……」

 そろそろ生地が乏しくなってきた事を確認しつつ、微妙に疲れをにじませた真琴が話を蒸し返す。冒険者協会で仕事を引き受ければ、短い拘束時間で一回数十万セネカは簡単に稼げるというのに、何が悲しゅうてスキル修練にもならない作業でちまちま子供から百セネカ単位で小遣いを巻きあげねばならないのか。そんな真琴の心境を知ってか知らずか、鯛焼きは飛ぶように売れて行く。

「あっ……」

 順調に売れて行くうちに、ついに鯛焼きの中身が底をつく。それ自体は問題ないのだが……。

「あっちゃ~、しまった」

「どうしたの?」

「中身ないのに、生地入れちゃってる」

「あらら」

 三組ある鯛焼き器のうち一組六匹分だけ、餡もクリームも入っていないかった。ほぼ素人の真琴が、分量の目測を誤ったのである。

「……よし」

 少し考え込んだ末、食材バッグに手を突っ込んで何かを取り出す真琴。ミスに気がついたところで加熱を停止してあるため、まだ小細工をする余裕はある。状態維持の機能があるため、加工を止めると再開するまでその状態を維持するのだ。

「……真琴さん、人の事言えないぐらいチャレンジャーな事しようとしてるよね」

「死なばもろともよ!」

 呆れたような春菜のコメントに、開き直って吠える真琴。彼女は六つのうち三つにカレーパン用のカレーを、残りの三つに用途が決まっていないチーズを入れたのだ。

「てな訳で味見するから、あんた達も付き合いなさい」

「は~い」

「真琴姉。チーズはともかく、カレーは無謀だと思う」

「分かっててやってるから安心なさい」

「安心できない」

 結局、チーズはともかくカレーはお菓子用に甘めに味付けされた鯛焼きの皮とは著しくミスマッチで、食べられないほど不味くはないにしても流石に売り物にはならないのであった。







 ここで、彼らがいるダールという国について、多少説明をしておこう。

 ダール王国はファーレーンの南東に位置する大国家で、おもに熱帯系の気候風土を持つ国である。その事は、首都のダールが亜熱帯の気候である事からも想像がつくであろう。ファーレーンとダールは隣国ではあるが、実のところ互いの領土で地続きになっている場所はない。陸路で移動できるのは南部大街道と大森林の迂回路のみ、その道も橋がかかっているから徒歩や馬車で移動できるだけである。

 ファーレーンとダールの位置関係は、ちょうど地球のヨーロッパとアフリカ大陸の関係とほぼ同じだ。違いがあるとすれば、地中海のような陸地に取り囲まれた海が存在しない事と、砂漠の面積が狭く、それなりに内陸に至るまで緑地帯が広がっていることだろう。二つの大河によって、この大陸は隣接する他の大陸とは完全に切り離されている。ダール王国はこの大陸をほぼすべて掌握しているといっていい。その国土の大半が自治区の、ある種連合国家のような体制ではあるが、国土面積だけで言うならば世界最大の国家だと言える。

 この国に住む民族は、地球で言うところの南米や東南アジアよりやや薄めの褐色の肌と北欧系の顔立ちが特徴の、何処となくエキゾチックな印象の人々である。この特徴はヒューマン種だけでなく、土着の異種族も同様であり、南部大森林地帯でも南側の熱帯雨林、それもシャルネ川を越えた先に住むエルフ族などは、見事にダール系の特徴を有している。首都から遠く離れた辺境の地は異種族・異民族の自治区になっており、そのあたりには黒色系の人種も暮らしている。

 ダール王国の最大の特徴は、首都から馬車で一日ちょっとで端っこに到着する位置にある灼熱砂漠と、そのど真ん中にそびえたつ陽炎の塔の存在であろう。灼熱砂漠は外周部はともかく、中心部は最低でも五級以上の冒険者しか依頼などでの立ち入りは許されていない難所である。大サソリや大ムカデなどの砂漠と聞けば即座に連想するような生き物以外にも、砂鮫や巨大蟻地獄、バジリスク、デザートクラブなど危険度が高いモンスターが目白押しの、正真正銘の危険地帯なのだ。もっとも、立ち入りを禁止しているといっても見張りを立てている訳ではないので、要はそこで行方不明になっても捜索や救援の類は一切しないと言うだけの話ではあるが。

 その分、灼熱砂漠で得られる素材はどれもなかなかのものであり、特に砂漠の砂はガラスや煉瓦、陶器の素材としては世界で指折りの品質を誇る。また、岩石砂漠のあたりで採れる石材もいいものが多く、多大な苦労を重ねて採掘された石材は、この国の王城や砦を難攻不落の要塞に仕立て上げている。

 隣国でありながら異なる大陸だからか、文化・芸術の面ではファーレーンとはかなり違うダール。唯一にして最大の弱点は、絶望的ではないにせよ、食糧自給率が高いとは言えないところである。少々の不作で国民を飢えさせる事はないが、何かあった時にはすぐに飢饉と隣り合わせになるという、ファーレーンにはない弱みを抱えている。そのため、食糧の重要な輸入先であるファーレーンには、へりくだる必要はないにしても迂闊な真似は絶対にできない。

 別の大陸でありながら、西方と中央、東方の文化が入り混じった芸術の国・ダール。その地で宏達は、新たな活動を開始しようとしていた。







「それで、いい物件は見つかったの?」

 夕食の席。丸一日別行動していた宏と達也に、目的は達成できたのかを問いかける春菜。

「補修工事を自分でやるって条件で、半分廃墟みたいになってる一軒家を格安で借りる契約は取ってきたぞ」

「半分廃墟って、どの程度やばそうな感じ? 流石に歩くたびに床が抜けそうとか、そのレベルの廃墟は格安でも勘弁してほしいわよ?」

「まあ、一日あったら普通に住める程度には修理できるで」

 砂麦のエールを飲みながらの真琴の言葉に、砂麦のパンにスパイシーで汁気が少ないシチューを浸していた宏があっさり答える。ちなみに砂麦はダールの主要作物である、砂漠ですら育つ乾燥と高温に強い麦だ。収穫量は小麦に引けを取らず、畑を休ませる頻度が八年に一度と小麦より連作障害にも強いのだが、パンにするとぱさぱさでそのくせ黒パンよりも固いという微妙な食感になるのが難点である。

「で、格安ってどれぐらい?」

「一カ月で一万セネカ。工房にもできる規模としては、格安だろう?」

「因みに、平均的な賃料ってどんな感じ?」

「ダールは土地建物が安いからな。一人部屋ぐらいのもので月五千セネカぐらいだ。一軒家で三万ぐらいだったか?」

 まともな宿が月単位の契約で一人二万セネカぐらいと考えると、確かに安い。もっとも、宿は食事が料金に含まれ、事前に申告する必要はあるが、食べなかった分は返金があるのがこの国のスタンダードだ。その他に毎朝シーツを交換してくれたりといったサービスも料金に含まれているのだから、宿が本当に割高だとは一概には言い切れない。もっとも、月単位で契約しないのであれば、間違いなく宿の方が高いのだが。

「とりあえず、その物件が格安だってのは分かったわ。他はどんな感じだったの?」

「後は一気に値段が飛んで、月三十万セネカとかになってきたから除外した」

「まあ、いわゆる店舗とか事業用の建物になってきおるからなあ。高いんはしゃあないで」

「別に、そこまでの規模は要らないんじゃないかな?」

「工房までは要らんとは思ったんやけど、三万とか五万程度で借りられる部屋とか家って、この人数で住んだら作業スペースが怪しい物件が多くてなあ」

 ファーレーンに飛ばされた直後ぐらいの時期は、作れるものもそれほど多くなく、使う機材も知れていたからあの狭い部屋でどうにか作業のやりくりが出来ていたのだ。人数も作る物の種類も使う道具も材料も増えた今となっては、同じスペースで作業と日常生活のやりくりをするのは不可能である。

「何にしても、明日補修工事するから兄貴と真琴さんは適当に依頼でもこなしてきとって」

「了解。いい加減、ランクも上げとかないとね」

「砂漠に入るのに大手を振って突入できるようになっとかねえと、いろいろ面倒が多そうだしな」

 真琴と達也の言葉に、真面目な顔で一つ頷く宏達。ファーレーンではいくつか国の依頼をこなした事にして昇格してはいるが、それでも宏、春菜、澪の三人はそれまでの実績不足がたたり、いまだ八級である。達也と真琴は練習で行った護衛任務の結果昇格条件を満たし、試験を受けて六級にはなっているが、それでも灼熱砂漠に入るにはまだ足りない。

 ランクを上げるのは急務とまでは言わないが、今後の事を考えるなら五級程度まではあげておいても損はしないだろう。そう考えると、今日はちんたら屋台で商売をしていたのは失敗だったのではないか。そんな考えが真琴の頭をよぎる。なにしろ、ランクはそのまま使わせてもらえるといっても、ファーレーンとダールの冒険者協会は別組織だ。ファーレーンでの実績は、全く考慮されない訳ではないにしてもあまり役には立たなくなる。

「それにしても、どっから手ぇつけるべきやろうなあ」

「ちょっと、この国に対して情報が少なすぎるしね」

「せやねんなあ。情報が少ないから、下手な動きは出来へん」

「伝手が乏しいから、情報収集も難しい」

 澪の指摘に、少しばかり考え込むことになる一行。ファーレーンでは特に意識しなかった、と言うより意識する余裕もないまま宮廷でのごたごたに巻き込まれたのだが、このチームは裏側の情報収集手段に欠けている。ファーレーンの時は怪我の功名的に、王家やその関係者を通じてどうしても必要な情報は回してもらえるようにはなったが、そもそも知り合いがいないダールでは無理な話である。

 今後の事を考えるなら、図書館や冒険者協会、噂などで手に入る情報だけに頼るのは難しい。だが、暗部に手を出して無事に切り抜けられるだけの交渉力と自衛手段を持ち合わせている人材はいない。しいて言うなら春菜なら出来なくもなさそうだが、正直なところそんなリスクの高い汚れ仕事を押し付けるのは、いろんな意味で抵抗がある人選だ。

 冒険者としてのランクや生活基盤よりも先に、まず情報収集手段の確保が最優先。その意見を否定するメンバーは一人もいない。だが、では具体的にどうやるのか、となると全くアイデアが出てこないのが現状である。

「とりあえず、今は噂話の収集に全力投球」

「だね。後で一曲歌って色々聞いてみようかな?」

「そこは任せる」

 決めかねているようで、それなりに方針自体は決める日本人一行。分かりやすいところから手をつけるのは、基本と言えば基本だろう。

「それにしても、この国の料理は辛いなあ……」

「南国やから、スパイシーなんはしゃあないんちゃうか?」

「それは分かるんだが……」

 方針が決まったところで、やたらがっつりスパイスが効いた羊肉の味を微妙な顔をしながら、周囲に聞こえないように小声でそう評する達也。ダールの料理はスパイスをこれでもかというほどたくさん使った料理が多い。どちらかと言えば寄生虫を気にする感じで発達したファーレーンと違い、食中毒対策が基本だというところだろう。

 流石に暴力的に辛いだけという味ではないものの、宏達が作る比較的薄味でしっかりした味付けに慣れた舌には、少々刺激が強すぎる味なのは確かだ。気候風土が絡む問題ゆえにこの一点だけで文句を言う気はないが、先行きが不安になる話ではある。

「個人的には、もうちょっと辛さ控えめの方が酒に合うと思うんだがなあ」

「引越したら、その味付けで作ってみようか?」

「頼む」

 春菜の提案に一つ頭を下げると、出された物を残すのは駄目だとひいひい言いながら痺れる辛さの羊肉と根菜の焼き物を平らげる。エビと玉ねぎのシチューも、やけに酸味が効いて後に引く感じである。どれもこれもまずい訳ではないのだが、日本人の味覚からすると少々惜しい感じに仕上がっている。

「何ぞ、いっちゃん最初にやらなあかんのって、料理の開発と微調整のような気がしてきたわ」

「あ~、そうかもね」

 宏の言葉に同意する春菜。宏も春菜も、別に出された料理に全く不満はない。郷に入りては郷に従え、ではないが、別に文句を言うほどひどい味付けではないからだ。だが、達也の言う事も理解できるため、日本人好みにアレンジするのはありだろうとは考えている。

「あたし的には、これぐらい辛いのも平気ではあるんだけどね」

「好みで言うと?」

「やっぱり、もうちょっと素材の味が分かる辛さの方がいいわね。慣れてくればともかく、今の時点じゃどれも辛すぎて同じ味に感じるし」

 やはり、真琴も極端な味付けが苦手な日本人だったらしい。現時点ではこの国の料理の辛さはちょっと、と言うのが本音のようだ。

「澪はよく平気だな」

「これはこれで」

 料理するからか感覚値が高いからか、宏達同様過度にスパイスが効いた料理をそれなりに美味しそうに食べる澪。彼女の舌には、真琴や達也では分からなかった味の違いがはっきり感じられている。

「にしても、隣接しとる割に、ファーレーンとはえらい味付けが違うもんやなあ」

「本当にね」

 別にこの国の料理に否定的ではないとはいえ、宏のコメントには流石に同意せざるを得ない春菜と澪。達也と真琴は、もとより否定する理由が無い。

 この国で自分達の料理が受け入れられるのか、そこはかとなく不安になってきた宏達であった。







 宏達が夕食にあれこれコメントしていたその頃。

「……ドジ踏んだ……」

 一週間ほど早くにダールに到着していたレイニーは、あれこれやばそうな相手に追い回されていた。レイオットの指示に従い幾人かのダール貴族について探っていたところ、厄介そうなのに目をつけられたのだ。どうにか自然に振り切ろうと色々小細工したものの、土地勘が無い事もあって上手く逃げ切れず、少し人通りの少ない場所に入った途端に問答無用で斬りかかられたのだ。

「何処に逃げた?」

「最後に見たのは向こうだ」

「そうか。念のために二手に別れるぞ」

「了解」

 レイニーと大差ないほど薄い気配で音も立てずに動き回る男達。黒ずくめの集団とかいうのであれば怪しさ大爆発だが、残念ながら雑踏に紛れ込まれれば識別が出来ない程度には普通の格好をしている。もっとも、レイニーも一枚脱げば完全に雑踏に紛れ込めるような特徴のない服装をしているのだが。

 男達が二手に分かれたのを確認したところで、あえて来た道を逆行するレイニー。土地勘が無い場所で下手に動きまわれば、追いつめられるのは避けられない。ならば、少しでも道が分かる場所に逃げた方が生存確率は上がるだろう。最悪、切り札の特殊転送石でセーフハウスその一かその二まで逃げればいい。

 そんな感じで逃亡を続けること三十分。妙に高層建築が多く、そのくせほとんど人の気配がしない廃墟のような区画を逃げながら、罠と障害物を駆使してちょっとずつちょっとずつ数を減らし、どうにか逃げ延びる算段を立てられたところで……。

「何処のネズミかは知らないが、なかなかの腕だ」

 レイニーの見立てで一番厄介そうな男に追いつかれる。一対一で勝負するなら、勝てなくはない程度の力量。ただし、こちらは散々動き回ってそれなりに消耗しているのに対し、相手はそれほど体力を使ってはいない。他にも追手がいる事を考えると、なかなかに絶望的な状況である。

「その腕は惜しいが、残念ながら生きて返す訳にはいかん。何を探っていたかは知らないが、我々に見つかるようなミスをしでかした事を後悔することだな」

「……」

 獲物の前で舌舐めずりは三流のする事。思わずそんなコメントが頭をよぎるが、それを言って挑発になるほど相手は弱くないだろう。虎の子の特殊転送石を起動させる隙を窺いながらも、とりあえずそれ以外の手札を頭の中で並べて行く。この場合、先に相手から手を出してきたのだから、レイニーが反撃して仕留めてしまってもそれ自体は特に問題はない。問題があるとすれば、探っていたいずれかの相手に自分の存在が確実に割れている事であり、今回の件で大体の戦闘能力が割り出されてしまう可能性が高い事である。

 何にしても、正当防衛である事を補強するために、先手必勝の戦術はあえて封印する。キリングドールとして身体の髄までしみ込んだ戦闘技法のうち、最も偶然だと言い逃れが効きそうなやり方を選び、相手をひっかけるために壁に背をつけてあえて隙を作る。

「今更そんな小細工をしたところで、お前がどこかの組織に所属するそれなり以上の腕の工作員である事は割れている。仮にここで俺を殺したところで、我々の仲間がこの街で貴様を少しでも見かければ、問答無用で切り捨てに行くだけだ」

「……」

 言われずとも分かっている事を口走る男に、実はこいつは頭が悪いのではないだろうかとひそかに値踏みするレイニー。それを踏まえたうえで、自分が見た目は年端もいかない少女である事まで利用して相手をはめる算段を立てているのだ。それに正直なところ、この男以外は一対一が一対四ぐらいになっても負けることなどあり得ない。その一番の腕ききがこの程度の思考ならば、それほど危機的状況と言う事にもなるまい。

「ふむ、あきらめんのか。往生際の悪い」

 いまだにグダグダいいながら、ようやくレイニーの誘いに乗ることにしたらしい男。男が動いた瞬間、微妙な位置にあった崩れかけの壁に特殊な打法で衝撃を加え、更に足元に踏みこみの時にできたくぼみと言い訳が効く範囲のへこみを無詠唱の魔法で作って微妙にバランスを崩させる。ついでに言えば、じわじわと位置を変え続けて、相手の目測を誤らせる程度の小細工は済ませてある。

 結果、いくつかの自覚が難しい要因が重なって微妙にバランスを崩した男は、攻撃を見事に回避された結果として、レイニーが背中を預けていた壁を思いっきり斬りつける羽目になる。その時の衝撃が止めとなり、男の頭上から大量のがれきが降り注いでくる。回避しようと足に力を入れたところで、彼女が仕込んでいたもう一つの罠が発動し、足を取られて逃げ遅れる。

 男は、結局自身に何が起こったかを理解しないまま、崩れ落ちてきたがれきが頭に直撃、二度と目を覚ますことなく眠りにつくのであった。凝った事をしている割には、宏達相手だとどれ一つ通用しないところが笑えない事実である。

「獲物を前に舌舐めずりは、三下のすること」

 やはり頭が悪い、などと死人に対してひどい事を考えながらそんなコメントを残し、追いつきつつある他の追手にあえて突っ込んで行くように路地から飛び出す。待ち受けていた追手その二とその三に小細工を仕掛けて距離を稼いだところで、新たな異変に気がつくレイニー。

「やけに騒がしいと思えば、こんな可憐な子猫がやんちゃをしていたとはね」

 ヴィジュアル系バンドが着こんでいるようなゴシック衣装にマントを羽織り、レイピアと羽根帽子を常備したマスカレイド装着の男が、建物の屋根からそんな言葉をかけて来たのだ。男性にしては声が高めで、妙に澄んだ声色をしているのが印象的である。声だけを聞くと、男女どちらだといわれても納得しそうだ。

 見た感じ、年の頃は二十代半ばか、どれだけ上で見ても後半に差し掛かったところだろう。ダール人の特徴である淡い褐色の肌に彫りの深い顔立ち、ダールでは珍しいブロンドの髪が特徴的な、おそらく美男子と言っていい人物である。

「アルヴァンか!?」

 いきなり声をかけられて動きが止まったレイニー。その彼女に襲いかかろうとしていた男達が、屋根の上にいる男性を見て悲鳴を上げる。

「アルヴァン?」

 男の悲鳴を聞き、思わず小首をかしげるレイニー。その幼子がするような妙に可愛らしい仕草はアルヴァン的には大ヒットだったらしいが、残念ながらレイニーは悪い意味で宏一筋だ。他の誰がどんな感情を持とうと、欠片も気にかけるつもりはない。もっと言うならば、宏とやる事をやれる関係になれれば、その当の宏自身の気持ちすら割とどうでもいいという、澪とはまた違った意味で筋金入りの駄目人間がレイニー・ムーンである。

 故に、彼女がその名前を聞いた時、この何か勘違いしてそうな服装の男は有名人らしい、などと言うずれた感想を持つ以上の反応は全くなかった。諜報員としてそれでいいのか、と問い詰められそうな事実である。

「さて、醜い男達には退場いただくとして、子猫ちゃんはどんなやんちゃをしていたのか、じっくり聞かせていただくとしよう」

「別に、大したことはしていない」

 なんとなく変態臭が漂うアルヴァンの台詞に対して、事実であるが故に非常に残念な回答を返すレイニー。実際、レイニーは集めた噂をもとに、一般人でも思いつきそうなちょっと突っ込んだ質問をして回っていたにすぎない。それもそんなに目立つやり方でやっていた訳でもなく、たまたま周囲の確認が甘かった時にこいつらがいただけだったのだ。レイニーがドジを踏んだというのは、下手に撒こうとせずに適当に買い物でもして偽装すればよかったというだけの話である。

「まあ、何にしても彼らにはある疑惑がかかっていてね。その動かぬ証拠と言うやつを押さえた事だし、堂々と成敗させてもらう事にしよう」

 そんな事をあっさり言いきって追手の二人を斬り捨て、更に合流してきた四人を瞬く間に仕留めて見せる。もっとも

「ふむ、流石の逃げ足、と言うところか」

 アルヴァンが六人を仕留めている間に、レイニーの姿は影も形もなくなっていたのだが。

「さて、サブリーダー格が残っている事だし、最後の仕上げと行くか」

 合流してきた残りのグループを無力化し、真琴あたりが喜びそうなやり口で背後関係を吐かせてからこの日の最後の仕上げに移るアルヴァン。次の日、義賊にあれこれ暴きたてられたとある貴族が、どういう訳か女王の手にあったお家取りつぶし確定レベルの違法行為の証拠書類をもとに、一族郎党一人残さず斬首刑にされたのはここだけの話である。
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