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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

エルフの森編後日談・こぼれ話

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こぼれ話 その2

1.ある日のライム

「ライム! 材料採りに行くよー!」

「はーい!」

 ある日の早朝。早春の遅めの日の出をようやく拝んだぐらいの時間帯。ファムは支度を終えたばかりの妹に声をかけていた。

 工房で保護されたぐらいに五歳になったライムだが、子供だからと言って遊んでばかりと言う訳ではない。難しい調合や製作関係は流石に体力的にも身体の成熟度的にも触らせてもらえないが、その分、計量や採取などの比較的単純な作業はたくさんこなしている。

 言うまでもない事だが、ファムやライムのように年齢一桁の子供が仕事をしている事は、この世界では珍しくない。子供が遊んでいられるのは豪商か貴族の家ぐらいなもので、オルテム村のエルフですら、五歳にもなれば子守や遊びも兼ねて、農作業の手伝いをさせるのは当たり前だったりする。現代日本人の感覚ではひどい話に聞こえそうだが、そもそもその日本でも、一般的な年齢一桁の子供がまったく仕事をせずに生活出来ていた時代など、実際にはまだそれほど長くはない。

「ファム、ライム。ついでに市場でスパイスを買ってくるのです」

「うん!」

「分かってるって」

「大丈夫だとは思うけど、気をつけてね」

 出発前にいつものやり取りを済ませ、元気よく東門に歩いていく二人。

「ファムちゃん、ライムちゃん、おはよう!」

「おはよう、ルミナ」

「おはよー!」

 いつものように採取組にいるメリザの娘・ルミナに朝の挨拶を返し、冒険者たちに混ざって子供の足で歩いて一時間ぐらいの採取ポイントへ移動する。

「おねーちゃん、ルミナちゃん、こっち!」

「あ、ちょっと、ライム!」

「一人で先に行っちゃ駄目だよ!」

 年上二人にたしなめられるも全く聞かず、一番よさげなポイントをさっさと陣取るライム。その様子を見て、外れを引いたらしいと肩を落とす他の採取組。暗黙の了解で、一ヶ所で採取するのは一つのグループとその護衛だと決まっている。別段破ったところで罰則はないのだが、初めての人間が知らずに破ったならともかく、意図的に無視するような連中は関係者から社会的な制裁を受ける。それゆえ、よほどの愚か者でもなければ、こういう暗黙のルールを破るような真似はしない。

「うわ、早生りのティムベリーがこんなに……」

「我が妹ながら、毎度こういうのをよく見つけるよね……」

 呆れと感心の入り混じった姉二人のコメントに、ドヤ顔でえっへんと言う感じで胸を張るライム。彼女はこういった近場で採れるレア素材の類をよく見つけるのだ。

 因みに、ティムベリーは基本的に初夏から夏にかけて熟する多年草の果物で、ベリーの名前の通りイチゴと同系統の果実である。普通なら三月半ばと言うこの時期に実をつける事はないのだが、どういう訳かごくまれに春まだ浅い時期に実をつける事がある。こういった季節外れのティムベリーは強い魔力を持ち、薬の材料として珍重されるほか、エンチャントの触媒や錬金術系の少々レベルの高いアイテムの素材としても使える。

「まあ、せっかく見つけたんだし、採れるだけとっちゃおう」

 引くほど大量に生っているティムベリーをせっせと摘み取り、籠を満載にしては鞄に移して工房に送る。ファムとルミナが頑張ってティムベリーを集めている間、今度はいつの間にか木の上に登り、質のいいドルクの葉をこれでもかと言うほど回収する。ドルクの葉は枝から落ちる寸前のものが一番品質がよく、必然的に一度の採取ではそれほどの量は取れない。そんな一番いいところを、枝から枝へ飛び移りながらどんどんと集めて行くライム。工房での食事が効いてか、五歳児とは思えない身体能力である。

「ライム! 危ないからそう言う真似するな!」

「はーい!」

 ファムに叱られて、素直に木の上から下りてくるライム。年相応にやんちゃだが、聞き分け自体はものすごく良かったりする。

「おねーちゃん、ここ!」

「こりゃまた立派なアスリンが……」

「根っこ掘り出すの、大仕事だよね~」

 ライムが指さした先には、普通のものより倍近い大きさの株のアスリンが、可憐な白い花をつけていた。これまた言うまでも無く、株が大きいほど根っこも太くて素材としての品質も良くなる。ファム達の力量なら、運を味方につければワンランク上の薬を作れるレベルの材料だ。

 その他にも七級と八級、どちらのポーションにも使えるちょっとレアな素材をあれこれ回収し、この日の素材調達を終える。採取能力全体で言えばテレスが断トツだが、レアものの発見率は僅差でライムが上回る。この日もそんなライムの特技が炸裂し、予定よりもいい材料がたくさん手に入ったアズマ工房であった。







「ファムちゃーん、ライムちゃーん、遊ぼー!」

 昼食も終わってややアンニュイな時間帯。丁度昼寝から目を覚ましたライムを、誰かがそんな風に呼んでいた。

「ファム、ライム、行ってくるのです」

「いい?」

「今日のノルマは終わってるんだし、友達と遊ぶのも大事よ?」

「了解。ライム、行こ」

「うん!」

 姉達の許可をもらい、誘ってくれた友達のところに軽やかな足取りで下りて行くファムとライム。そんな子供達を和んだ感じの視線で見守る年長者達。片親でスラム出身という悪条件の割に、二人とも今現在は実に健やかに育っている。二人とも勉強も仕事も一生懸命頑張っているため、ややもすると勉強嫌いの貴族の三男坊あたりよりも学識豊かな可能性すらある。

「ごめん、待った?」

「大丈夫」

 ルミナをはじめとした幾人かの子供達に頭を下げると、全く気にしていない様子でにこにこと上機嫌に答えを返してくれる。全員この一帯の子供達で、男女比はやや女子の方が優勢と言ったところか。彼女達も、現在工房の主戦力であるファムが必ずしも手が空いていない事を理解しているので、断られたところで気を悪くする事はない。そもそもみんな家の手伝いがあるため、このグループ全員が揃うこと自体が結構まれだったりする。

「で、何して遊ぶ? 鬼ごっこ? かくれんぼ?」

「ポメ栽培もできるよ~」

 笑顔で漢字交じりの物騒な遊びを提示するライムをスルーして、とりあえず工房主直伝のだるまさんが転んだで意見が一致する一同。因みにポメ栽培とは、温泉水を利用してヘタと胴体からポメを倍々ゲームで増やすというスリリングな遊びである。言うなれば、爆竹遊びと大差ない。もちろん、増やしたポメは後でスタッフが美味しくいただく事になる。

「じゃあ、最初はファムちゃんが鬼で」

「りょーかい」

 ざっと最初の取り決めをしてゲームを始める。当然と言えば当然だが、実のところだるまと言うのが何か、この場にいる子供達は誰一人知らない。そんなゲームであるから、彼の工房主は関西人らしく、最初はこのゲームを「坊さんが屁をこいた」で教えようとしていたが、真琴と達也の突っ込みにより未然に防がれるというどうでもいい余談があったりする。

「だるまさんが転んだ!」

「っ!」

「ケイン、アウト!」

「ちぇっ」

 ファムのフェイントに引っかかった男の子が、悔しそうにアウトコーナーに移動する。

「おねーちゃん、タッチ!」

「うへえ。またライムにやられた」

「えっへん」

 地味に知恵が回るライムにタッチされ、全滅させられずに終わるファム。姉妹対決の勝率は五分と五分。もっとも

「ライムちゃん、タッチ」

「やられちゃったー」

 所詮は子供の浅知恵なので、他の子供達相手でもそこまで優位と言える勝率でもないライムであった。







「えっと、だれもいないかな?」

 もうそろそろ夜中という時間帯。きょときょとと誰も見ていない事を確認したライムは、こそこそと中庭へ出て行く。

「こんばんはー」

 まるで寝起きドッキリのように小声で何かに声をかけると、その近辺が至近距離で無いと分からない程度にぼんやり光る。よく見ると、光の中央に小さな双葉が出ている。

「肥料、もってきたよ~」

 ライムの言葉に反応して、再び光る地面。その地面の言葉を解読し、指定通りに肥料をまいていくライム。宏謹製・生命の海(巨大芋虫のさなぎからとれた体液)を使った究極の肥料が、惜しげもなく地面に振舞われる。使う当てのない残り物とはいえ、なかなかに大胆な行動だ。

 ライムが何をしているのか。それ自体は、大した話ではない。かつていたずらして腐らせたソルマイセンをこっそりここに埋めたところ、見事に発芽してしまったために内緒で世話をしているのだ。

 普段はそう言う種類の悪戯は絶対しないライムだが、どういう訳かその日は皿に盛られたソルマイセンにものすごく好奇心がそそられ、いけないと分かっていながらつい指先でつついてしまったのである。その結果、見事に腐り始めたソルマイセンに大慌てし、パニックを起こしたままごく自然に中庭の割と日あたりのいい一角に埋めてしまったのだ。

 やってしまってから自分がやらかした事に気が付き後悔し、懺悔しようとしたもののきっかけをつかめず、そのままずるずると後ろに伸ばしているうちに宏達が旅に出てしまい、結局証拠を隠滅してしまった形になったのである。

 もっとも実のところ、ソルマイセンを置き去りにしていた宏はライムがやらかした事を知っていたが、本人が反省し後悔していることも知っているため、あえて突っ込みを入れない事にしたのだ。半分は彼自身の管理の不備の問題だと言う自覚があるのも、ライムに甘い理由である。

「お水、こんなかんじ?」

 ゾウさんのじょうろ(宏作)でちょろちょろと水をやると、嬉しそうに地面が光る。五分ほどでもういいよという感じに地面が光り、水やりも終わる。

「じゃあ、また明日もお水もってくるからね」

 ライムの言葉に再び嬉しそうに地面を光らせると、後はそのまま沈黙を保つソルマイセン。実のところ、誰も手を出していないだけで、ライムが中庭でこっそり何かを育てている事はみんな知っている。別に悪い事をしている訳でもないので、内緒で育てたいのであれば内緒で育てさせようという事で意見が一致し、大人達みんなでこっそり見守っているのである。

「うにゅう、眠い……」

 深夜というほど遅くはないものの、五歳児としてはかなり夜更かしに入る時間。流石に眠気に勝てなくなり、出来るだけ足音を経てずに戻った自室ですぐにぐっすり寝入る。

 それが、ライムの普段と大体変わらないある一日であった。







2.霊糸にまつわるエトセトラ

 ファーレーン三大公爵家の一つ、ランバルス家。その現当主であるオルトは、現在大層不機嫌であった。

 不機嫌だとは言っても、別段現王室に対して不満がある訳でも、国内で自分の扱いが悪い訳でもない。領地の運営も上々で、最近任された粛清貴族の所領の管理も上手く行っており、税率は国が定める物の半分程度だというのに税収自体は右肩上がり。はっきり言って、彼を取り巻く環境は順風満帆そのものである。

 なのになぜ不機嫌か。それは一つだけ、どうしてもうまくいかない事があるからである。

「……また失敗したのか?」

「はい。申し訳ありません……」

「まったく……。一体どうなっておるのだ……」

 現在彼の機嫌を損ねているのは何か。それは、カタリナの乱の事後処理で王室がかなりの量を確保した、霊糸という伝説の素材が原因である。

 といっても、別段霊糸を使って何か大それたことを考えている、という訳ではない。単純に、この手の品物を全てアズマ工房に依存することに危機感を覚え、自分達で加工できるようになった方がいいと一反ぐらい織れる量の糸を王室から譲り受けただけの話である。

 無論、アズマ工房に対する危機感だけでなく、やたらと王室と親しくなった宏達が気に食わないというのもある。折角の伝説の素材をいつまでたっても加工する様子を見せない宏に不信感を抱いた、というのもある。だが、最大の理由はやはり、アズマ工房への依存度がこれ以上高くならないよう、自分達の加工技術を高めておきたいと言う一点に尽きる。

 なので、あれこれ色々とやっているのだが……。

「ハンターツリー製の織機でも駄目だとはな……」

「これ以上となると、現状素材そのものの加工がほとんどできません」

「まったく、流石は伝説の素材と言うべきか……」

 布にするための織機、その製作段階で派手に躓いていた。何しろ、普通の織機に何の工夫も無く糸を通すと、通した瞬間にあちらこちらがスパスパ切れ、あっという間にばらばらになってしまうのだ。手触りが滑らかで、それ単体だと指を切ったりとかいった事は一切起こらないというのに、機材に通した途端にである。気難しいにもほどがある。

「糸の切断も、難航しております」

「魔鉄製のハサミでは、無理だったか?」

「厳しいとしか言えません」

 また、問題となっているのは機織りだけではない。それだけの強度を誇るが故に、ただ切断するだけでも、現状まともな方法では不可能なのだ。

「一度切るたびに、ハサミの刃が一枚やられます。このままでは、何本あっても足りません」

「そうか。何か手は?」

「正攻法で行くのであれば、もう一段強度の高い素材を使う事になるでしょう」

「正攻法で無い場合は?」

「殿下の持つ魔鉄製の剣を使って、フェルノーク卿かドーガ卿の技を持って切断する方法があります」

 恐ろしく洒落にならない事を言ってのける技術担当に、眉間のしわが深くなるランバルス公。後に宏が霊布を織った際、今の提案よりはかなり穏便にとはいえ似たようなやり方で切断しているのだが、さすがにそんなことまでは彼らは知る由もない。故に、深刻な顔をするしかないのだ。

「それに、仮に布を完成させたとしても、他にも問題がございます」

「どうやって縫うのか、だな?」

「はい。布だけあっても、それを縫って何らかの製品に仕立てなければ、現状と何ら変わりません」

「ハサミで切れぬとなると、魔鉄で縫い針を作ったところで布を突きぬけることは難しかろうな」

「現実には、ほぼ不可能であると予想されます」

 きつい予測を断言してのける技官に、ますます眉間のしわが深くなるランバルス公。大見得切って素材をもらいうけた以上、できませんでは済まされない。済まされないのだが……。

「……直接一足飛びに加工するのは難しいか」

「申し訳ございません」

「いや、お主を責めても始まらん。正直、我ら全員、伝説の素材というものを甘く見すぎた。この程度の障害は、本来予測してしかるべきだったな」

「ですが、不可能だった、では済まされません」

「無論だ。だから、まずは霊糸に近い特性を持つ糸を作り、それを布にするところからスタートしよう」

 今のままでは、何をどうしたところで歯が立たない。ならば、まずはそこに至る道筋を作るところから考えるべきだろう。

「特性が近いと言うと、何がある?」

「手触りという点ではスパイダーシルクが、強度という点では金属を糸にしたものが近いでしょう」

「金属、か。現在、どれぐらいの細さまで行ける?」

「木の葉の茎ほどが限界です」

「では、その糸を布として織る事が出来るところまで細くするところからスタートだな。それはそれで役に立つ技術だから、費用は惜しまん。存分に励め」

「かしこまりました」

 ランバルス公の命を受け、工法開発に乗り出す技官。結局彼らの代で霊糸の加工に成功する事はないのだが、この時の技術開発により高張力ワイヤーを開発。金属から一般的な素材までありとあらゆる繊維の加工技術を世界一のレベルまで高めることに成功し、彼らは後の世に近代繊維開発の祖として称えられる事になる。

 だが、それほど国に尽くし、レイオットの子供の代にまで頼られる事になるランバルス公だが、結局霊糸の加工が出来なかったことを恥と考え、最後まで功を誇ることなくその生涯を閉じるのは、ここだけの話である。







「やはり、無理か?」

「現状用意できる機材では、不可能と申し上げるしかありません」

 所変わってウルス城。他国から招聘した世界一と言われる機織りの名人の言葉に、特に落胆した様子も無く頷いて見せるレイオット。

「参考までに聞くが、お前はこの糸を紡ぐ事は出来るか?」

「……特化した機材があれば、どうにか可能だと申し上げるのが精一杯です」

「なるほど。伝説の素材だけに予想はしていたが、どうやらこいつは相当難儀な代物らしいな」

「申し訳ありません……」

「いや、単に確認したかっただけだ。別に結果がどうであれ、誰かを責めるつもりなど毛頭ない」

 恐縮しっぱなしの名人に、苦笑を浮かべながら寛容な言葉をかけるしかできないレイオット。そもそも、この糸を作る事が出来ない連中に加工できるのであれば、宏がとうの昔に服か何かを作り上げているはずである。その宏が加工出来ないと言っている以上、普通の連中に加工できる訳が無い。

 ついでにこの名人の名誉のために言っておくならば、彼は宏達を除けば普通に世界一の腕を持っている。ただ、持っている魔力が少なく、エンチャントの技量も無いために、霊糸をはじめとした特殊素材を扱う能力を持っていないだけである。普通のスパイダーシルクを作らせたなら、澪がエンチャントを使わずに作ったものとは互角程度の品物を作るだけの技量はある。

 そもそも、加工できる人間が普通に存在しているなら、伝説の素材などとは呼ばれないのだ。

「とはいえ、せっかく来てもらって、ただ不可能だと言う結論を聞くだけというのはあまりに勿体ない。折角だから、この城にいる職人たちに、少しばかり指導してやってくれんか?」

「それは問題ありませんが、この糸を作った人物に頼んだ方がよろしいのでは?」

「奴はいま、ウルスには居なくてな。それに、それなりの年を重ねているお前と違って、奴はどうやってそれだけの技を身につけたのかが分からんほど若い。どうにもこの城の連中に教えるには、その若さが邪魔をするのだ」

「なるほど……」

「しかも、奴はレベルが隔絶しすぎている。職人ではなくて宮廷魔導師に言え、というような要求を平気でする上にどの程度出来るかを図るのが苦手らしくてな。素人を最初から教えるならともかく、ある程度熟練の域に達した者を指導するのは、少々不向きなのだ」

 聞けば聞くほど不可解な人物像。レイオットから説明される宏の人物像に、本当にそいつは実在の人物なのかと疑わざるを得ない名人。実のところ、その説明は厳格に言えば間違っている。宏が一定以上の熟練者を指導するのに向いていないのは、レベルが隔絶しすぎているのも原因の一つではあるが、彼から見ればこの世界の熟練者は全体的に出来ることとできないことの振り分けがいびつすぎる上、そのやり方に慣れきってしまっているためにどう矯正していいか分からないのが一番の原因なのだ。

「まあ、とにかく、だ」

「はい」

「案内をつけるから、一度機織り場の方へ行ってくれ」

「かしこまりました」

 文官に案内されていった機織り場で、その機材と職人たちの技量の高さに舌を巻く名人。王家の正装や神官たちの衣装を作っているのだから技量が高いのも当然だが、霊糸がらみの話を聞いていて、大したことはないのではないかという先入観があったのである。

「見事な腕です」

「いや、やはりあなたには負けるようですよ」

 互いに一枚ずつ布を織り、その出来を互いに確認しあう。作られた布はどちらも、現在この世界では最高級といえる品質の生地だった。特に名人のものは手触りも丈夫さも色合いも麻で織った布だとは思えない出来である。

「これだけの腕を持っていても、霊糸は織れませんか……」

「残念ながら、機材が持ちません」

「その糸を作った奴も、それを言っていました」

「やはり、そこがネックですか」

 名人と布職人のトップとの会話を聞いていた女官が、ふと思いついたことを質問する。

「その糸が絹に近いものでしたら、生地を織るのではなく、レースを編めばどうでしょうか?」

 その女官の質問に、少しばかり考え込む技師達。糸を作るときは、糸巻きの芯を強化するだけでどうにかなったという。ならば、強靭な編み針を作ってレース編みの達人に依頼すれば、あるいは……。

「……問題は、そのレースを何に使うか、だな」

「服飾のことは専門とは言えませんが、よほどいいものにつけないと、レースに対して服のほうが格で大きく負けてしまうような気がします」

「難しいところですな」

「やはり、難しいですか……」

 あまりに難儀な素材に、ため息が漏れる一同。いっそ、その恐ろしい強度を利用して、レースを防具の裏地にするとかもありだろう。

「……なんにせよ、いろいろと研鑽が必要だということですな」

「ですね。お互いがんばりましょう」

 互いに激励しあい、また再び互いの最高傑作を披露しあうことを約束してこの日の交流を終える。その後一ヶ月もしないうちに実際に霊布の加工風景を見てしまい、霊糸を初めて手に取った時と同じように再び自信を木っ端微塵に砕かれそうになるとは、この時布職人達は想像すらしていなかったのであった。







 なお、宏がなぜレースを作らなかったかというと……。

「レース編みだと、ダメなの?」

「機材的にはそっちやったらいけるんやけど、使い道がなあ……」

「確かに、ぱっと思いつくといったらハンカチと下着ぐらいだよね」

「下着とか、お互いに勘弁願いたい話やろ? そもそも、男もんで総レースとか、想像するだけでサブいぼが出てきおるし」

 という、いろんな意味で切実な理由があったのはここだけの話である。







3.昭和の味

「わ、大きなイチゴ!」

「いい出来だべ」

 オルテム村では、最初のイチゴが収穫時期を迎えていた。

「今年は特に出来がいいだよ」

「でも、イチゴってこの時期だっけ?」

「この品種は、三月に採れるだ」

 一緒に収穫していたエルフの言葉に納得し、せっせとイチゴを摘み取って行く春菜。摘み取りながらも、見事な赤の大振りなイチゴを見ると、どうしても味が気になってしょうがない。

「食ってみるだか?」

「いいの?」

「摘み取ってすぐ食うのが、一番うめえべ」

 というエルフの勧めに従い、よく土を落としてかぶりつく。日本で出回っている品種に比べると随分味全体が控えめだが、それでもみずみずしい甘さと程よい酸味がバランスよく口の中に広がって行く。言うなれば、近年のかなり徹底的に品種改良されたものではなく、昭和の頃のこれから急激に発展していく頃のイチゴ、というところだろうか。

「美味しい!」

「そいつは良かっただ」

 更に二つ三つ食べて味を確認すると、摘み取り作業に戻りながらそのまま食べる以外の使い道を頭の中で模索する。聞いた感じ、村人全員どころか近隣の三種族にも行きわたらせてお釣りがくるぐらいの量を収穫できるようだが、それをただ何の工夫も無く食べるだけ、というのもなんとなく勿体ない気がする。

 とりあえずは練乳をかけるのが基本だろう。凍らせて食べるのもいい。ケーキなどに飾ると見た目が華やぐ。小豆があればイチゴ大福を作れるのだが、白餡との相性はどうだろうか。

 色々な食べ方が頭をよぎる。日本のものと違って甘さが控えめなので、色々と味付けに工夫をしなければならないだろうが、それはそれで腕の見せ所だ。そんな事を考えながら、手際よくイチゴを収穫して行き、半日後。

「色々と助かっただよ」

 春菜一人分の人手により、予定より早く収穫作業が終わる。

「邪魔になってないなら、よかったよ」

「これ、持って行くだ」

 そう言って、イチゴを山盛りに持った笊を二つ、春菜に押し付けるエルフ。

「えっ? こんなに?」

「んだ。今年は特に豊作だでな。他の種族に配ってもかなり余るだよ」

「でも……」

「何なら、こいつのうめえ食いかたさ教えてけれ」

 交換条件に出された言葉で、それならいいかと受け入れる春菜。調理方法の伝授による食生活の向上は、春菜的にも大歓迎である。

「じゃあ、ちょっといろいろ試してみるよ」

「足りねえなら言ってけれ。まだまだいくらでもあるだでな」

「はーい」

 エルフ達の期待のまなざしを受け、寝泊まりしている家へ戻る。時間的に、まだ宏はマンイーター対策の開発に熱中している頃合いだろう。ならば、彼が一度手を止める夕飯時までに、何か一品それっぽいものをでっち上げる、が目標だ。

「さて、何から行こうかな?」

 なんだかんだで料理が好きな春菜。新鮮なイチゴを手に、ウキウキしながら思い付くレシピをあれこれ脳内検索するのであった。







「ん~……」

 どうにもしっくりこない。そんな表情で簡単にできるイチゴのお菓子に視線を落とす。と言っても、作ったのはイチゴの練乳がけにシャーベット、カップケーキにクレープぐらいで、どれも試食用のショートポーションである。

「こう、何かありきたりというか、面白みが無いと言うか……」

 どれもまずい訳ではない。恐らくシンプルイズベストなエルフの村では、今まで作られた事のないタイプのお菓子ばかりだろう。だが、それだけだ。何というか、春菜の中ではこれじゃない感がぬぐえない。

 他に何かないか、必死になって頭をひねりながら、とりあえずジャムを煮込む準備をする。作業をしているうちに、ふと思考の片隅に浮かび上がったのがジャムパン。正確に言うと、その中に入っているジャム。もっと細かく指定するなら、非常に安いジャムパンのチープな、ゼラチンで固めてあるようなジャムである。

「昔どこかで、ゼラチンが入った安いジャムを使ったお菓子の話を聞いたような……」

 そこまでキーワードが揃えば、かなり高速でかつすさまじい精度で記憶がよみがえってくるのが藤堂春菜だ。今回も速やかに思い出したい事を思い出す。

「そうだ! お爺ちゃんの子供の頃の話だ!」

 そこからするすると思い出した、父方の祖父から聞いた昭和の頃によく見かけたおやつの話。イチゴの味自体がどちらかと言うと昔の品種に近いのであれば、それを再現すればしっくりくるのではないか?

「よし、試してみよう!」

 そうと決まれば早速実験。まず必要になるのは、ゼラチンの入ったチープなイチゴジャムとバタークリーム。カップケーキを作った時のタネを使って、ついでに薄く平べったい長方形のカステラも焼いておく。

「ジャムはこんなもんかな?」

 いい感じにチープで、そのくせ妙に癖になるジャムを作り上げ、冷やしてややかために仕上げる。ジャムの完成と同時に焼き上がったカステラをオーブンから取り出して冷まし、その間にバタークリームを仕上げる。仕上がったバタークリームをいい具合に冷めたカステラの表面に薄く塗って伸ばし、更にその上にジャムを重ねてこれまた薄く延ばす。

「これを巻けば完成かな?」

 そうやって作り上げたのは、スーパーなどではいつの間にやら生クリームがたっぷりのロールケーキに駆逐され、見かける機会が激減した昔懐かしのジャムロールであった。

「さて、どんな感じかな?」

 昔は一切れを個包装で売っている事が多かったそれを、やや薄めに切ってかじってみる。生クリームたっぷりのちょっと高級な味わいに慣れた舌にはチープに感じるものの、これまた妙に癖になる味わいである。

「お爺ちゃんが子供のころに食べてたのって、こんな味だったのかな?」

 食べた事が無いものなので、判断に困る春菜。多分、彼女の祖父ももはや味がぼやけていて、これを食べさせたところで正しい味かどうか判断するのは難しいだろう。何にしても、食べた事などないと断言できる割に妙に懐かしい味わいになんとなく満足した春菜は、折角だから晩御飯も昭和の味で攻めることにしたのであった。







「こらまた、漫画的な天丼だな」

「考えてみれば、エビ天が二匹だけのってる天丼って、意外と食べる機会ないわよね」

「基本、飲食店の天丼って、天ぷら定食の天ぷら全部盛っとるからなあ」

「地味に、こういう天丼って憧れ」

 春菜に出された、大きなエビ天だけが乗ったシンプルな天丼を前にして、そんな感想を言い合う一同。かつてエビが高級食材だった頃の天丼。養殖が盛んになったことに加えて円の価値が上がって安くエビが仕入れられるようになった事により一気に身近になり、それに伴いどこかの飲食店が天ぷらの種類と量を増やしたことから、いつの間にかやたらとにぎやかな天丼が主流になったのである。

「という訳で、昭和の味を再現してみました」

「なるほど。そう言えば、そのエビフライは何だ?」

「ちょっと衣が余ったから、色々小細工して遊んでみたの。これ作っても余ったから、ドーナツもどきも作ったんだ。形は輪っかじゃないけど」

「なんか、非常に嫌な予感がするんだが……」

 そう言いながら、エビフライをかじってみる達也。カラッと揚がった衣をサクッという音と同時に噛み破ると、中身は空洞。

「なんだこりゃ?」

「いわゆるエビのしっぽフライ。その空洞を再現するの、ものすごく苦労したよ」

「余計なところで手の込んだ真似して遊んでるわねえ……」

「っちゅうか、昔のエビのしっぽフライ、聞いた話からするとこんなにサクッとした衣やなくて、もっとふかっとかふにやっとかそう言う感じやったんやない?」

「あ、そうかも」

 次回はそこも踏まえて頑張ってみるよ、などと真顔で言う春菜に、処置なしという感じで肩をすくめて首を左右に振る真琴。元からこういう性格だったのか、宏との同居生活で感染したのか、春菜もネタに走る時は徹底的に走る傾向がある。もっとも、素でやっていることも多々あるから、宏同様元からボケ気質なのだろうが。

「で、春姉。胴体はどこに?」

「鍋の具かすりつぶして練り物の材料にしようと思って、分けて保存してる」

「鍋に入れるんだったら、頭としっぽも一緒にあった方がよくない?」

「茹でてから殻をむくの、面倒かと思って完全にばらしたよ」

 鍋や仕出しの幕の内などに入っているエビについて、大多数の人が思っているであろうことをしれっと言ってのける春菜。エビやカニのような食材は、殻の処理が常に問題になってくる。

「あ、そうそう。昭和の味として、ジャムロールって言うのかな? あれも作ってあるから」

 地味に食べた事が無いものを言われて、首をかしげながらも食事を済ます一同。エビ天だけの天丼というやつは、小細工が効かないだけに腕と素材がダイレクトにものを言うが、そこら辺は流石に春菜の作る料理。天丼にありがちな食べているうちに油が米と天ぷら両方に回り切って、などという問題も起こらず、シンプルだからこその味わいを最後まで保ちきる。

 そして、デザート。

「なんか、こういうチープな味わいって、妙に癒される時があるわよねえ」

「まあ、一回で何切れも欲しいっちゅう感じでもあらへんけど」

「春姉、グッジョブ」

「この安っぽさがたまらないな」

 なんだかんだと大好評のジャムロール。もっとも、この日作ったもので一番評判が良かったのは、衣のタネの余りを使ったドーナツもどきだったのは、ここだけの話である。
後日談1を掲載したあたりで完成したものの
推敲校正その他が間に合わずに後回しにした奴。
リクエストから二本、思いつきで一本書きました。
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