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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

エルフの森編後日談・こぼれ話

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後日談 その1

「よく考えたら、もうじき四月よねえ……」

「せやなあ。もうそろそろ、向こうやと花見のシーズンやなあ」

 ウルスは旧スラム地区の実験農場。それぞれの畑に大八車に満載した苗を運搬している最中に、思い付いたように真琴がつぶやく。そのつぶやきに同意し、この時期のイベントを思い起こす宏。なお、田植えにはまだ少々早い事から、稲の苗は用意していない。

「流石にウルスにゃ桜はあらへんし、今回は花見は無理やな」

「そうね。と言うか、そもそもこっちに桜ってあるの?」

「ゲームん時はどうやったか覚えてへん。まあ、近い品種から地道に改良は出来るんちゃうか?」

「やっぱりそっちに行くのね……」

 いつものように気の長い話をし始めた宏に、呆れたように突っ込みを入れる真琴。いくら宏といえど、花見が出来るほどの数の桜を用意し、この土地で定着させるには十年単位の時間がかかるだろう。正直、真琴としては、そこまで長い期間こちらに居るのはまっぴらごめんである。ウルスでの生活は気に入っているが、それとこれとは別問題だ。それに、そんな長い期間達也を嫁さんと引き離すのも問題である。

「それにしても、あのスラムがここまで様変わりするとはねえ」

「そらもう、頑張ったから」

「頑張った、ってレベルでもなさそうなところが凄いわよねえ」

 もはや元の面影などかけらも残っていないスラム地区を見渡して、呆れと感心の入り混じった口調で言葉を漏らす真琴。今彼らが歩いているあたりも、真琴が来た当初は異臭がする、とまではいかないまでも、決して清潔な場所ではなかった。それが今やゴミ一つ落ちていない手入れの行きとどいた畑の畔道に化けており、もはやスラムという名前とはかけ離れた姿になっている。

 ウルスのスラムは、世帯数が辛うじて四桁に届いていない程度の規模だった。衛生状態の悪さから入れ替わりが激しい事もあり、人口で言えば五千人のラインを行ったり来たりする程度。占有していた土地は小規模な農村の農地以外をひっくるめたぐらい、ほどの大きさではあるが、オルテム村の同様のスペースには全く届かない。面積はいわゆる小規模な農村に分類されるレイテ村のそれらより何割か大きいぐらいだが、ピーク時の人口は十倍近くスラムの方が多い、と言えば大体の規模は分かるだろうか。スラムである以上、住めなくなって放置されているスペースもあるので、それらのデッドスペースを足せばもう少し広くなる。

 その大きさの土地の土壌改良を行い、更に面積を拡張して畑にし、止めに元々の住民のために低層とはいえ集合住宅を何軒か完成させるという作業を、わずか三カ月程度で完了させてしまった事を、ただ頑張ったの一言で済ませるのはいかがなものか。真琴的にはそこのところを小一時間ほど問い詰めたい。特に、集合住宅を着工から一週間で全て完成させた点については。

「それにしても、もうすぐ一年か~」

「真琴さんは、六月ごろやっけ?」

「そそ。多分六月頭。あの頃は右も左も分からなかったし、暦がどうなのかもはっきり知らなかったから、正確な日付は分かんないんだけどね」

「それは僕らも同じやで。まあ、春菜さんやったら何日経ったとか覚えとるやろうから、こっちに飛ばされた正確な日付も分かるやろうけど」

「まあ、普通そうよね」

 宏の言葉に頷く真琴。何かにメモでもしていない限り、普通はカレンダーなしで何日日付が経過したかを覚えている事は難しい。実際のところ、春菜とて何日経ったかをカウントしている訳ではなく、毎日何があったかとどういう順序で起こったかを覚えているだけである。更に言うなら、春菜の記憶力と言うのはデータベースやインターネット検索などと同じようなもので、キーワードが無ければ覚えている事を思い出せない。平常心でない状況だと思い出すのに時間がかかったり、その場では思い出せなかったりすることも珍しくない。

「何にしても、まず確実にこっちに来てから二回目の誕生日を迎えることになりそうよ」

「真琴さんって、いつが誕生日なん?」

「六月十三日ね」

「飛ばされてきて割とすぐやねんなあ」

「そうね。因みにあんたは?」

「僕は七月二十七日やな。小学校の頃はクラスでお誕生日おめでとうがあるんやけど、夏休み中やから一回も言うてもらった事無かったわ。それに、飛ばされた時はもう八月なってるから、一回飛んどるし」

 なかなか不憫な話をしてのける宏に、微妙に反応に困る真琴。未だ達也ぐらいしか詳細を知らない中学時代の話以外にも、色々と地味に可哀想な経歴を持っている男である。

 なお、ここでこの世界の暦について簡単に説明しておくと、一カ月は奇数月が三十一日、偶数月が三十日で、十一月の三十一日はうるう年だけ存在する。一日は二十四時間で一時間は六十分、一秒の長さも大体同じだが、実は直径が地球より大きくて自転も速く、そのせいか重力も若干大きいのだが、こちらに飛ばされてきた地球人は皆、元の世界よりも身体能力が跳ね上がっているため、その違いに気がつく事はなかった。もっとも、もともと誤差の範囲に近いので、身体能力に関係なく気が付かなかった可能性は高いが。

 この世界では早くから高高度の空を飛んで長距離移動する人間が存在したため、自分達の住む大地が球体をしている事は大昔から知られていた。そのためか、時間関係は早くから今の形に落ち着いていたのだが、そこに至るまでのあれこれの苦労についてはここでは省く。

「そう言えば、達也とか澪は誕生日どうなのかしら?」

「聞いてへんから知らん。ただ、話題に出てへんっちゅう事は、一回目はもう過ぎとる可能性が高いで」

「そうね」

「過ぎてるって、何が?」

 苗をおろしながらの会話に、昼代わりのカレーパンを持ってきた春菜が食いつく。丁度いいので、今までの話題をそのまま春菜に振る事にする二人。

「いやな、もうすぐ四月やなあ、っちゅう話しとって」

「で、もうじき、あたしがこっちに来てから一年になるんだなあ、って」

「そっから、誕生日の話題になってん」

「そっか、なるほど。確かに達也さん達でももうじき半年だから、誕生日の一つや二つは、って、誕生日……? ……ああ~!」

 誕生日と言う単語に、突然素っ頓狂な声を上げる春菜。その様子に、思わず一歩引く二人。

「いきなりでかい声出して、どないしたんよ?」

「もうすぐ、私誕生日じゃない!」

「その歳で自分の誕生日忘れるって、どうなのよ?」

 春菜のあれで何な発言に、思わず微妙な表情で突っ込みを入れる真琴。

「因みにいつ?」

「四月一日」

「それって……」

「ん。後一日ずれてたら、学年が一個下だったんだよね」

 何かを察した真琴の言葉に、苦笑しながら答える春菜。当然春休みの最中なので、宏同様少なくとも学校でお誕生日おめでとうを言ってもらった事はない。小さい頃は微妙にコンプレックスだったが、流石に高校三年生にもなればどうでもいい事になってくる。それに、小学校の頃から鼻炎でいじめられっ子だった宏と違い、春菜は家族にもその関係者にもクラスメイトにもそれなりに派手に祝ってもらっているので、そこまで気にしていた訳でもない。

「それにしても、本来の暦通りだったら、そろそろセンター試験のための追い込みの時期だよね」

「せやなあ。まあ、戻ったところで出席日数があれやから、もう一年いかなあかんやろうし」

「だよね~」

「それで済むといいんだけどね」

 和気藹々とそんな話をしているが、宏と春菜は本来は受験生である。本当ならそもそも四月末の時点でのうのうとゲームをしていること自体がおかしいのだが、こちらに飛ばされるというトラブルが無ければ、二人ともきっちり休止するつもりだった。宏はここに飛ばされる直前に行く予定だったダンジョンで休止の予定だったし、春菜は本当に息抜きがてらゲーム内で軽くショッピングや観劇などを楽しむ程度のつもりだったのである。第一、春菜の学力と成績ならば、別段そこまでがっつり勉強しなくても普通に志望校に合格できる。

 それに実のところ、宏は大学受験にそれほどこだわっていない。正直なところ、落ちたらすんなり家業の金属加工工場を手伝うつもりでいる。何しろ、出入りする女性の数が極端に少なく、しかも外に出る必要もほとんど無いのだ。彼にとって、これほど素晴らしい環境はない。

 そもそも、自分の事情も噛んでいるとはいえ、折角取引先にひっついて関東にまで来たのだ。自分の代ぐらいまでは工場を維持しないと、引っ越し費用をはじめとしたあれこれが勿体ない気がする。中一ぐらいまでならともかく、今はむしろ工作機械で鋳物の塊をゴリゴリ削るのははっきり言って大好きだし、見知らぬ女性(と書いて天敵と読む)がうようよいる大学に行く気はあまりないのが今の宏である。流石にチャレンジもせずにと言うのは家族が許さないので、一応家から通える範囲で女性が少なそうな大学の、その中でも更に女性が少なそうな学部を受けるつもりはあるし、その大学も辛うじてとはいえ一応A判定はもぎ取っているのだが。

「何にしても、月変わってすぐが誕生日やったら、お祝いの一つぐらいはしよっか」

「そうね。折角話を聞いたんだし。ただ、プレゼントって言っても、ってのはあるんだけどね」

「別に、お祝いしてくれるだけで十分すぎるほどだけど……」

「こう言うんは、気持ちの問題やからなあ」

 誕生日と聞くと、何もプレゼントを用意しないというのも座りが悪いものである。特にそれが、そろそろ運命共同体として第二の家族のような立場になってきている相手となると、余計にそうだろう。

「まあ、帰って兄貴とか澪とも相談するわ」

「折角だから期待はしておくけど、こういう状況だし無理なら無理でいいんだよ?」

「そう言われると、むしろちゃんとしたものを何か用意しなきゃって気になるあたしは、ひねくれ者かしら?」

「せやなあ。ただ、一人一個はちっとハードル高いし荷物も増えるから、皆で一つ、でええ?」

「もちろん」

 どうやら、話はまとまったらしい。こうして、異世界で誕生日パーティと誕生日プレゼントと言う、実にハードルの高いミッションが始まったのであった。







「ハルナさんの誕生日、ですか」

「せやねん。で、プレゼントは工房全体で一個、それとは別にパーティをやろか、っちゅう話になってな」

 その日の夜。団欒の畳の間に一同を集めた宏が、会議の趣旨を説明する。当事者の春菜は、空気を読んで風呂と夕食の準備をしてくれている。アルチェムが妙に瞳を輝かせているのは、人を祝う事が好きだからか、パーティという口実で用意されるであろうご馳走が楽しみだからかは微妙なところである。

「プレゼントを一個に絞った理由はまあ、分かるわよね?」

「親方たち、これからまた長旅に戻るからだよね?」

「そそ。だからそんなにいっぱい物をもらっても、ってのがあるのよ」

「で、何がいいかっちゅう意見が欲しいて、集まって貰うたんよ」

 企画の趣旨を理解し、各々思い付くものを上げようとしたその機先を制して、真っ先に澪が口を開く。

「下着一式」

「却下」

 澪が口にしたそれは、当然のごとく達也に秒殺で却下される。

「達兄、どうして?」

「貰う方に気を使わせてどうすんだよ」

「え~?」

 秒殺で却下された上に駄目出しまでされて、思わずぶ―たれる澪。だが、

「そうですよね。作るのがヒロシさんだったら、ハルナさんすごく気にしそうです」

「確かに一瞬考えたのですが、親方が作らないのならば普段と同じ、親方が作ったら素直に喜べないのです」

「実際のところ、春菜って、そう言う無理を喜ぶタイプじゃないわよね」

「大体、男性に女ものの下着を作ってもらうのって、ちょっと抵抗がある気がします。親方がどうこう以前の部分で」

 達也以外からも駄目出しの嵐が吹き荒れ、澪の意見は完全に全否定される。

「とは言え、布がらみは悪くないんじゃない?」

「そうだな。丁度いいから確認したいんだが、イビルエントの木材で織機を作ったら、霊糸は加工できるのか?」

「出来ん事はないけど、連続で織れるんはせいぜい服一着分、自動修復に二十四時間以上おかんとすぐに壊れおんで」

「織れはするんだな?」

「織れはすんで。効率はごっつう悪いけど」

 宏の返事を聞いて、第一候補は決まる。

「もう一つ確認なのですが、織機を作るところからやって、当日までに間に合うのです?」

「そこはまあ、問題あらへん。ただなあ」

「ただ?」

「霊布の服なんざ最終的に全員分カスタマイズした奴作る訳やし、あんまり有難味あらへんのんちゃう?」

 宏の指摘に、思わず全員黙ってしまう。

「そうですね。むしろ小物の方がいいのかも」

 宏の指摘を吟味し、じっくり考えた上でぽつりとテレスが漏らす。その一言に対し、全員の視線が集中する。

「具体的にはどんな?」

「霊布で、って言うのはいいと思うんです。ただ、別に服じゃなくて、リボンとかその程度でいいんじゃないかな、って」

「ああ、なるほど」

「確かにかさばらないし、服に飾るもよし、髪を束ねるもよしで、色々使い道はあるわよね」

 テレスの提案を聞き、真剣に検討し始める一同。だが、その時点で結論は決まったも同然である。

「ほな、霊布のリボンでええか」

「だな。で、何か必要なものとか、あるか?」

「せやなあ。折角やから、ちょっと遠出して触媒の材料とか取ってきてくれへん?」

「具体的には?」

「アドネから大霊峰中腹付近まで上がったら、確か中ボスぐらいのモンスターが何種類か居ったはずやから、そいつら各一体ずつ仕留めて来て」

 いきなりえげつない事を言い出す宏に、思わず絶句する工房の職員達。だが、言われた方は割と平然とした態度で

「了解」

「そういや、あのへんいろいろ居たなあ。どれぐらいの強さか覚えてるか?」

「ワイバーンほど強くなかったと思う」

「なら、よっぽど集団で襲ってこない限りは楽勝だな」

 などとのんきな会話を続けている。

「まあ、プレゼントの方はそれでいいとして」

「次はあれね。料理」

「春姉に作らせるのは論外」

「言われんでも、僕と澪でやるつもりやで」

 状況的に、料理をするのは宏と澪以外にあり得ない。高レベルモンスターの肉を調理できるのは宏、春菜、澪の三人しかいない以上、他の選択肢などない。

「それはまあ、もう自動的にそうなるのでいいんですが」

「メニューは、決まってるのですか?」

「春菜さんの好みぐらいは把握しとるし、大体のところは当りつけとるよ」

 流石につきあいが長いだけあってか、なんだかんだ言って宏は春菜の事に詳しい。流石に異性が知っていると問題がある事柄については知らないものの、それ以外の事は一部の感情を除いて大体理解していると言っていい。

「だったら、全部ヒロに丸投げでいいよな?」

「投げてくれてかまへんで。その代わり職員の皆様方にゃ、モンスターが絡まへん食材の調達に走り回ってもらうけどな」

「そんな事でよければ喜んで」

「頼むわ」

 そんなこんなで、料理や会場の準備の方は、これと言ってもめることなくあっという間に割り振りが決定する。

「それにしても、前々から思ってたんだが」

「ん?」

「春菜って、生まれも育ちも関東圏なんだろう?」

「本人はそう言うとったなあ」

 達也が言いたい事が分からず、それがどうしたという表情を浮かべてしまう宏。

「なんか、あいつが作る料理って、味付けが関西風の薄味なのは何でなんだろうな、って思ってな」

「そう言えば、カレーもビーフカレーよね」

「うどんとかそばのダシも、色が薄い」

 他にも関東と関西で違いがある食文化について、春菜が関西よりである証拠を羅列していく一同。大体の証拠を並べ終わったところで、微妙に蚊帳の外だった宏に視線を戻して確認をとる。

「ヒロ、お前そこらへんの理由って知ってるか?」

「前にちょこっと聞いた事あるんやけど、父方の曽爺ちゃんの影響やって」

「曽お爺ちゃん?」

「何ぞ、その人が京都かどっかの一流料亭のオーナー兼板長やったらしくてな。春菜さんの爺ちゃんは二男やか三男やかで料理の道は進まへんかったみたいやねんけど、おとんが何故芸能人やっとる、っちゅうぐらいお爺ちゃんっ子で、元々の夢は本店の三代目板長やったっちゅう事や」

「なるほど。つまり、父親の味付けが関西風だから、あいつの料理も関西風になるってことか」

「らしいで」

 理由を聞いて、なんとなく納得してしまう達也と従業員一同。だが、微妙なところが気になるらしい真琴が、追加で突っ込みを入れてくる。

「それって、よくお母さんの方が受け入れたわよねえ。春菜のお母さんって、確かあのYukinaよね?」

「そう言うとったなあ。当然っちゃ当然やけど、会うた事無いから素はどんな人かとかよう知らんけどな」

「なんか、そういう人って味にうるさそうだけど?」

「あ~、その疑問は聞いた事あるで。あの人は味音痴やないけど、味のストライクゾーンがめっちゃ広いらしゅうてな。余程食えんほど不味くない限りは、出された物に文句言わんそうや。ただ、不味いの基準は一般とあんまり変わらんみたいやけど」

 春菜の母親で世界的な知名度と人気を持つ歌手、芸名『Yukina』こと藤堂雪菜は二児の母とは思えない若々しい女性で、大層な健啖家なのに太らない事でも有名だ。春菜やその妹と並ぶと姉妹にしか見えず、春菜同様割と長身で華奢だが出るべきところはものすごくはっきりと出ている体型をした超が付くほどの美女である。そんな華やかなプロフィールとは裏腹に、実のところその中身は愉快な人、という表現しか出来ず、春菜のボケ気質は間違い無く彼女の遺伝であろうという人物だ。もっとも、妙に苦労人なところは、その母親を含めた周りの人たちに揉まれて出来上がった性格ではあるが。

 因みに、春菜の母雪菜は中学ぐらいまでイギリスで育っているが、春菜から見て曽祖父に当る人が関西の料理を好んでいたため、文化交流の一環という名目で京都の料理人を連れて行っていた。そのため、雪菜自身も関西風の味付けで育っており、実のところ別段父親の影響だけで味付けが関西風と言う訳ではなかったりする。

 なお、イギリスで育ったためか、雪菜本人は料理に文句を言う事はほとんどない。春菜があれで何な食材でも果敢にチャレンジしたり、明らかに食えそうもない見た目の料理を出されても普通に手をつけたりするのは、そんな母親の教育の成果であろう。母親からすれば、コンサートで行った砂漠での選択肢に乏しい食生活や、生まれ育った国のティーフード以外は妙に雑なものが多い食文化などからすれば、大抵のものは許容範囲であるというだけの話なのかもしれないが。

「まあ、何にしても、や。僕の味付けと春菜さんの好みはそんなに離れてへんし、好きそうなもんでパーティ向けなんも分かるから、一品二品新作にチャレンジする以外は、基本無難なところ用意するわ」

「了解。じゃあ、明日から狩りに行くかね?」

「なんだったら、ちょっと遠くまで足伸ばして、ガルバレンジアもやってみる?」

「いいな、それ」

 物騒な相談を平気な顔で進める達也と真琴に、全力で引いた顔をする職員達。よく分かっていない顔をしているのは、ガルバレンジアと言う生き物を知らないアルチェムぐらいである。

 何しろ、ガルバレンジアはウルス周辺からフォーレとの国境付近までの一般人にとっては絶望の代名詞のような存在で、悪い事をした子供にいい聞かせるために引き合いに出すことも多い、正真正銘の大ボスなのだ。ウルスの騎士団なら、広い場所におびき出した上で五十人程度の規模でかかれば重傷者を出しながらもどうにか仕留められると言うレベルなのだが、少人数でとなるとユリウスとドーガにレイナが居ても、無傷で狩るには少々厳しい範囲である。ウルスからはかなり距離がある、それも大霊峰の中腹からやや山頂よりのあたりが主な生息域で、滅多に人の居住圏まで下りて来ないのが辛うじて救いというモンスターだ。

 だが、一通りソロでフィールドボスを仕留めた経験のある真琴に加え、素材のためにほとんどのフィールドボスを最小限の攻撃で仕留める事を強いられてきた達也が居るのだから、それほど問題になる訳ではない。しかも残念なことに、動物タイプのボスは普通にオキサイドサークルによる酸欠が通用する。ガルバレンジアも例外ではなく、オキサイドサークルの扱いに関しては熟練者の達也が居るという時点で、普通にカモにされてしまうのである。もっとも、熟練度MAXでかつスキルディレイと詠唱時間を知りつくした人間でないと、流石にガルバレンジアクラスは仕留められないのだが。

 言うまでもない話だが、これは決してユリウス達が真琴や達也に大きく劣っている事を示す訳ではない。達也に関してはジャンルが違いすぎるし、真琴にしても少人数で強いモンスターを狩るならともかく、大規模な戦場ではユリウスに一歩劣る。流石にレイナと比較すれば数段上だが、それでも相手の専門ジャンルで比較すれば、圧倒的に上と言う訳でもない。攻撃型タンクという役割になれば、絶望的な防御力を誇る宏ですらトータルではドーガの足元にも及ばない。

 ファーレーンの騎士で戦闘能力トップに位置するこの三人は、実際のところ生半可な廃人より強いのだ。ただ、ゲームの時には彼らが得意とするジャンルの戦闘があまりなく、また宏達の行動だと今後もそう言うジャンルに関わる機会は少なくなる事も考えると、ドーガ以外が専門分野で無双する可能性は低いと言わざるを得ない。

「とりあえず、僕は織機作るところからスタートやな」

「師匠、スペシャルなケーキをメインに、いい感じのスイーツ」

「言われんでも、最初から予定に入っとる」

 澪のリクエストを言うまでもないと宣言し、その場でちゃっちゃと図面を起こし始める宏。織機で霊布を作り始める時点でプレゼントの内容はばれそうだが、どうせ最初からサプライズなど諦めているのだ。それに、隠したいとなったら、絶好の作業場所が無い訳でもない。

「そろそろ入ってもいい?」

「話し合いは終わったから、別にいいぞ」

「じゃあ、お邪魔して」

 みかんを持って上がってきた春菜が、適当にちゃぶ台の真ん中に盛る。そろそろ在庫的に、このシーズンのみかんはこれで終わりだろう。いかに大容量の保管庫を持っているといっても、無限に貯蔵できる訳ではない。

「そう言えば、ついでだからちょっと確認しときたいんだけど、いいかしら?」

「何や?」

「春菜と宏の誕生日は分かったんだけど、達也と澪はいつなの? あと、他の子たちも一応教えて。因みにあたしは六月十三日で、宏は七月二十七日」

「あ~、そうだな。俺は十月十三日で、澪は九月八日だ」

 それを聞いて、春菜が微妙な顔をする。

「ん? どうした?」

「いやえっと、澪ちゃんの誕生日って……」

「ボクの誕生日?」

「多分、こっちに飛ばされてきた日なんじゃないかな、って」

「……そうなの?」

 澪の問いかけに、カレンダーを確認しながら微妙な顔で頷く。

「私達が飛ばされたのが八月一日でほぼ確定で、達也さん達と合流したのが九月十日。で、脱水症状とかの進み具合から、大体飛ばされて二日目ぐらいだったんだよね?」

「そんなもんやな、確か」

「だったら、多分そうだろうなあ、って」

 非常に微妙な情報を聞かされ、反応に困る一同。はっきり言って、誕生日プレゼントとしてはかなり嬉しくない。因みに合流して落ち着いた時点で日付が分かっていたのに、当の本人が誕生日について完全に忘れていた理由は簡単で、いまいち現実味が乏しかった上にあれこれ忙しくてそこを意識する余裕が無かったからだ。

「達也さんは達也さんで、思いっきりバルドとやりあった日だし」

「そういやそうだな」

 二人揃って、実に微妙な誕生日プレゼントをもらっている事になる。とはいえ、澪に関しては健康な体というプレゼントも一緒にもらっているのだから、達也よりはマシなのかもしれない。なお、達也が自分の誕生日を忘れていた理由は更に簡単で、社会人にもなったら、書類に生年月日を書くとき以外は基本的に誕生日など意識しないからである。

「僅差で一回飛ばされた宏とこの二人って、どっちがより不憫なのかしらね?」

 と言う真琴のコメントが、この話の結論であろう。なお、日本からこちらに飛ばされてくる過程で妙な時差が発生している事は、アルチェムも含むこの工房にいる人間には既に説明してある。なので、この件については誰も質問をしない。その後、他のメンバーの誕生日も大体出揃い、カレンダーにメモをして大体の予定を確定させる。

「まあ、何にしても、春菜さん終わったら、次は真琴さんやろうな」

「あたしの時のプレゼントは、お酒でいいわよ。同人誌とか無理だろうし」

「描いた奴の調達は無理にしても、描きたいんやったら紙とインクとトーンぐらいは作るで?」

「……すごく心がぐらついたけど、描く方は足を洗ったからやめとくわ。それに、そんなに落ち着いて描く余裕もないでしょうし」

 宏のコメントに、本当にかなり心がぐらついた様子を見せる真琴。流石に同人誌とやらが何かまでは教えていないため、意味不明な単語に説明を要求する表情を浮かべる職員達。無論、誰一人としてどんなものかを説明するつもりはない。

「ボクはギャルゲーがいい」

「流石にそれは無理や」

「俺は早く詩織に会いたい……」

「あと半年でケリつくとは思えんのが難儀やなあ……」

 同人誌と言う単語を聞いて調子に乗った澪のリクエストを一蹴し、嫁に会いたいという達也の切実な願いに難しい顔をするしかない宏。他のメンバーも、達也の本気で切実な願いには痛ましそうな表情を浮かべてしまう。

「まあ、とりあえず目先の事全部片付けるしかないよ」

「そうですよ。まずは目先のハルナさんの誕生日をちゃんと祝いましょう」

 場の空気を変えるために微妙に上ずった声で言い出した春菜のフォローを、何処となく無邪気な言い方で微妙に叩き潰すアルチェム。巨乳には天然が入った人間しかいないのか、などと呆れるしかない真琴であった。







「それで、わざわざこっちに来て作業しているのか」

「せやねん。それに、自分らに話通しとかんと、エルがすねるやろ?」

「まあ、それもそうだが……」

 ウルス城の作業場。わざわざ下加工を済ませたイビルエント材を持ち込んで組み立てている宏に、呆れたような口調で突っ込みを入れるマーク。たまたま重要案件が終わった直後で多少手が空いていたため、いきなり訪ねて来て作業場を借りたいと言い出した宏を引き受ける羽目になったのだ。なお、レイオットは現在各地の視察中で、夜になるまで戻ってこない。全ての貴族の領地に転移魔法一発で往復できるこの国の王族だからこその強行軍だ。

「で、念のために確認しておく。またとんでもないものを組み立てているようだが、何を作るんだ?」

「織機やねんから、布に決まっとるやん」

「いや、それは当然分かってるし、何を作るか予想はついてるんだが……」

「マー君、現実は直視せなあかんで」

 宏にあっさり言われ、思わずこめかみを押さえるマーク。どうやら予想が正しかったらしいと理解したところで、どうにも持病の頭痛が出てきた感じだ。

 因みに、この場には他にも何人か侍女や城付きの職人が居て作業しているが、公の場ではない事と宏達と王家の関係を知っていることから、宏とマークの気安いやり取りにも見て見ぬふりをしている。

「それにしても、ようやく釣り糸とかスモークん時の吊るし糸とか味をしみ込ませるときに縛るとか、それ以外の使い道で霊糸を使える訳やけど」

「伝説の素材を、そんな用途に使うなよ……」

「だって、腐るほど余っとんねんからちょっとは使わんと」

 宏の回答に思わず、これだから度を越した腕の職人は、などとぶつくさつぶやくマーク。とりあえずその認識については、凄腕の職人全体に対して失礼なのではないか、などと他人事のようにこれまた微妙に失礼な事を考えるマーク付きの侍女。この件に関しては突っ込むだけ無粋だと思っているからか、作業場の人たちは華麗にスルーしている。そんな彼らの思考を理解しながらもきっちり無視して、組み上がった折りたたみ機構付きの織機に洒落にならない魔力を放出する糸を通し始める。

「ヒロシ様!」

「おう、エルか」

 縦糸の配置を終え、シャトルに横糸を巻きつけ終えたところでエアリスが作業場に飛び込んでくる。その様子は、まるで尻尾を振って飼い主にじゃれつきに行く子犬のようだ。子犬と称するには歳の割にいろいろと発育が良すぎるが。

「ヒロシ様、ハルナ様のお誕生日が近いというのは本当ですか!?」

「ほんまやで。せやから、ちょっとプレゼントをな」

「私に何か出来る事はございますか!?」

「せやなあ……。これ完成したら、祝福でもかけたってくれるか?」

「喜んで!」

「私も協力しましょう」

 宏の提案に対して、エアリスだけでなくあろうことかアルフェミナまで食いついてくる。その様子に苦笑しながら、作業する手を止めずに宏が突っ込みを入れる。

「アルフェミナ様にゃ、むしろこまごまとした背景説明してもらうんが一番のプレゼントやと思うけどなあ」

「もうしばらくお待ちください。そこまでまとまった時間を作るのはなかなか難しくて」

「まあ、アランウェン様もアルフェミナ様は忙しいっちゅうとったから、そこは諦めて待っとくけどな」

「申し訳ありません」

 そう謝罪して、すっとエアリスの体から抜けていくアルフェミナ。こうやって隙間の時間を見つけてはエアリスの体に降りているアルフェミナだが、長くても五分程度だというのだから本当に忙しいらしい。とは言え、目の前でホイホイそう言う奇跡を見せられる方としては、心臓に悪いことこの上ない。いい加減慣れたマークやその侍女はともかく、工房で作業中の人たちは作業の手を止めて固まっている。

「それはそれとして、その布は何を作ってるんだ?」

「ん? 適当な幅に裁断して、リボンにする予定やけど?」

 白い無地の生地を織りながら、何でもなさそうに言ってのける宏。その回答にくらりと来るマークと侍女。加工工程で膨大な魔力を練り込み、たくさんの触媒を使い潰してさまざまな魔法を付与しながら織りあげられていく生地。それで作るのが単なるリボンと言うのは、マーク達でなくともめまいを覚えて当然である。因みに模様は、達也達が仕留めて帰ってくる予定の魔獣から色素を抜いて、春菜のイメージカラーである青と白のチェックに染める予定だ。

 普通ならチェック柄は糸を先に染めるものだが、達也達が材料を用意してくれるまで待っていると何かあったときに織りなおす時間が足りなくなることに加え、糸のときと織った後での染料ののりがどう違うかを確認したい、という理由もある。リボンなのにわざわざ普通サイズの生地を織るのも、道具のテストなどをついでに済ませてしまいたいからだ。

 しかも、ここではわざわざ口にはしないが、たかがリボンといえども一本縫うためには、魔鉄合金製の縫い針を十本以上準備しておかなければ縫えない。普通の鉄の縫い針では生地を貫通出来ないのだから当然である。使い捨てるのであれば五本で十分なのだが、流石にもったいないので多めに用意してある。材料はポールアックスとヘビーモールを作った時の端材で、いずれ使うだろうからとその時に一緒に作ったものだ。裁断用の刃物にしても、いくつか特別なものを用意してある。

「そう言えばヒロシ様」

「ん?」

「ちょっと前に、ウルスに出来たおそば屋さんに行ってきました!」

「お~。おっちゃん、とうとう開店したんか」

 エアリスの報告に、感心したように一つ頷く宏。屋台関係で仲良くなった人物で、足に怪我をして引退した元海の男である。元海の男と言う事で海藻類は簡単に入手するつてがあり、しかもそばを大層気に入っていたために、折角だからと作り方を仕込んだ人物だ。ついでに箸の使い方も教えてある。

「で、どないやった?」

「流石に本場のものには劣りますが、それなり以上には美味しかったです。ただ、お醤油はまだまだ高級品ですので、商売としては大丈夫なのか、と言うのは少々心配ではあります」

「醤油と味噌に関しては、増産のあてはあるで」

「本当ですか?」

 宏の言葉に、驚きの表情を見せる王宮の人々。熟成が必要な味噌と醤油は、醗酵の加減を見極めるのにコツが必要で、今のファーレーンの平均的な食品加工技術では少々難しい。アズマ工房以外での量産が進んでいないのも、現在そこら辺を試行錯誤している最中だからである。

「因みに、何処で増産するつもりだ?」

「エルフの村や。大豆の備蓄も結構あるみたいやったから、何人かに醤油と味噌の作り方仕込む予定やねん」

「エルフ?」

「テレスの故郷がな、物凄い規模の農村やってん。せやから、大豆の増産と味噌と醤油の作り方仕込んどこうかってな。向こうも醤油と味噌は欲しいみたいやし」

「そうなのですか」

 宏の言葉に、どことなく嬉しそうに反応するエアリス。今は貴重品の調味料が安くたくさん手に入るようになるのは、一人の和食好きとしても帝王学を学んでいる姫巫女としても嬉しい事である。

「農業……、エルフが農業……」

「味噌……、エルフが味噌……」

 宏が伝えるエルフ族の実態に、なかなかのショックを受けた様子を見せるマークと侍女。良くも悪くも偏見と言うものと縁遠いエアリスと違い、この二人はよくあるエルフ幻想を持っていたようだ。確かに、一般的なエルフの高貴で孤高と言うイメージと、泥臭い畑仕事や見た目は不可解なペースト状調味料とがつながらないのは不思議ではない。話を聞くとは無しに聞いていた他の人間も、流石に無反応ではいられなかったらしく方々からひそひそと幻想が崩れた事に対する会話が聞こえてくる。

「そう言えば、テレスさんの故郷では、どんな出来事があったのですか?」

「まあ、いろいろあったで」

 エアリスのリクエストに応えて、オルテム村であった事を話し始める宏。その内容に頭痛をこらえるのがやっとという様子のマーク。宏達がやる事にいちいち驚いていては身が持たないと知りつつも、結局エアリス以外は突っ込みを入れずに話を聞き終える事は出来ない王宮組であった。







「っちゅうわけで、や」

「わわっ」

 参加予定者全員が揃ったところで、大皿に華やかに盛りつけられたパーティ料理を運びこみながら、そんな風に声をかける宏。盛りつけられた料理を見て、嬉しそうに声を上げる春菜。

「春菜さんの十八歳の誕生祝いや。じゃんじゃん食べてたっぷり祝ったってや」

「はいっ!」

 美味しそうな料理に目を輝かせながら、これまた嬉しそうに答えるエアリス。少なくとも日本ではこれと言って特別な料理はないが、ファーレーンではまだまだ作られるようになって間もないものが多い。なお、残念ながら王宮組はエアリスとエレーナだけである。他の人間は忙しくて体があかなかったらしく、非常に残念そうにしながらもいくつか共同で祝いの品を用意するにとどまった。用意された祝いの品が、どれも何かの材料に使えと言わんばかりのものだったり市場流通的には高級な食材だったりするあたり、アズマ工房の人員をどう思っているのかがよく分かる話だろう。

「春菜さんは野菜料理も好きやから、野菜の比率をちょっと多めにしてみてんけど、どない?」

「うん、うん!」

 宏の言葉にそう答えて、季節の野菜のてんぷらに目移りしている様子を見せる春菜。そんな彼女に対して嬉しそうに微笑みかけながら、これまた季節の野菜を使った炊き合わせを配膳していく。大皿のポメの葉とワイバーン胸肉のドリアを四皿ほど取り分けやすい位置に配置し、メイン料理であるガルバレンジアのフィレステーキ和風ソース仕立てと本日のスープを全員に行きわたらせたところで、ある意味メインでもある誕生日ケーキを春菜の前にどどんと置く。

「うわあ、すごい……!」

「これは外せんやろう」

「当然」

 宏が用意したのは、備蓄してあった各種フルーツを味と見た目のバランスを崩さない範囲でこれでもかと配置し、二色の生地を使って「Happy Birthday」と表記されたビスケットをのせ、更にちゃんとろうそくを立てられるように配慮してある生クリームたっぷりの華やかなケーキだ。なお、カカオをまだ発見していないため、ビスケットの生地には食紅の類を使って色をつけてある。

「なんかもう、これだけでも幸せだよ……」

「そう言うてもらえるんはありがたいけど、これっちゅうて特別な料理はやってへんで?」

「でも、こんなに一杯用意するのは、大変だよね?」

「澪もおったから、さほどでもあらへん」

 何事もなかったかのようにさらっと言ってのける宏だが、料理する立場の春菜から見ればそんなはずはないと一発で分かる。どれもこれも見えないところで手が込んでおり、見た目ほど簡単な料理は一つとしてない。そうでなくても比較的高級食材に分類されるモンスターをふんだんに使っているのだ。楽しんで料理しているから気にはならないが、モンスター食材の調理はなかなか大変なのは身にしみている。

「ほな、本日のメインイベントの一つ、行ってみよか」

 そう言って宏が手を叩くと、一瞬で部屋の明かりが消え、全てのろうそくに火がつく。手品のようなやり方に目を丸くしている春菜をよそに、こっそり打ち合わせを済ませていた一同がハッピーバースデーの歌を歌う。歌い終わる頃には落ち着きを取り戻していた春菜が、十八本のろうそく全部を吹き消すと、割れんばかりの拍手が食堂を包む。

「もう一つのメインイベントは、ご飯終わってからにしよか」

「そうだね。冷めるともったいないし、それに私もう限界!」

 正直に食欲を見せる春菜に笑いがこぼれ、だが他の人間も実のところ大差なかったらしい。いただきますを済ませると、猛烈な勢いで料理を平らげ始める。

「この野菜のてんぷら、凄く美味しいんだけど何?」

「ルーコンっちゅうらしいで。普通は焼いて食べるっちゅうとったけど、てんぷらにしたら美味そうやったから」

 ハート形をした厚みのある小ぶりな葉っぱのてんぷらをかじりながら、感心したように頷く春菜。ちょうど今頃出回り始め、四月の末には終わってしまうという収穫時期の短い食材なので、宏達が見た事が無いのも不思議なことではない。天つゆにも塩にもその他の調味料にもあう癖の少ない野菜だ。

 他にもケンキャクザケとポメのマリネ、黄色いブロッコリーであるバーニャとリコピンたっぷりの赤いアスパラガスであるラッツォをメインとしたサラダ、キノコとオロー大根をはじめとした日本には存在しない具材のみで構成された野菜の炊き合わせ、日本にあるものに似ているがどこか違う野菜を中心にしたキッシュなど、一ひねりしたものが結構ある。

 なお、メイン以外での一番人気は、ロックボアの肉を生姜ベースのタレで味付けし、人参とラッツォを巻いて衣をつけて揚げたカツである。いわゆる人参とアスパラの豚肉巻きカツの亜種だ。いつの時代、どんな世界でもオーソドックスな料理は人気なのである。手が込んでいる分、モンスター食材であるコマオウエビを使った同じオーソドックス系料理の海老フライより評価が高いようだ。とは言え、それ以外の料理もそこまで人気が無いものはなく、野菜が嫌いでも不思議ではない年頃のライムですら全種類を一つ二つ食べている。

「このメインのお肉、食べた事が無いほど美味しいのだけど、一体何を仕留めてきたの?」

「ガルバレンジア」

「他の素材も美味しくいただきました」

「なるほどね」

 エレーナの問いかけにあっさりと答える狩り組一同と、これまた何でもなかったかのように納得してのけるエレーナ。王族といえども滅多に食べられるものではない強烈な美味を、とことんまで堪能する腹積もりらしい。

「エレーナ様、驚かないんですか?」

「今さらだもの」

 動じないエレーナの反応に、むしろテレスが驚いて質問を飛ばす。ノーラやファムも似たようなものだ。そんな彼女達に当たり前のことを、と言う感じで返事を返すと、後味を楽しんだ後軽く口直しに日本酒を口にし、どんな手段を使ったかまだアツアツのままのドリアを取り分けて食べる。なお、エアリスが驚いていない事に関しては、誰一人として不思議には思っていない。

「流石に王女さま方は貫録が違いますねえ」

「ノーラはガルバレンジアと聞いた時、いろんな意味で正気を疑ったのです」

「私も、初めて四級ポーションを見せられた時は、あなた達と変わらない反応を見せたものよ」

 他にもいろいろあった結果、何が料理されて出て来ても驚かなくなってしまったのだ。

「とりあえず、オクトガルがここにいなくて良かったよな」

「そうね。あいつらがいたらさぞうるさかっただろうし」

 そろそろ満足してきたのか、辛口で芳醇な米の味が広がりながらもさっぱりした後味の日本酒を飲みながら語り合う達也と真琴。その言葉にあの謎生物を知っている人間が全員、それこそアルチェムですら同意するように頷くのが救えない話である。

「オクトガル?」

「アランウェン様のペットと言うか眷族と言うか……」

「何というか、謎生物としか言いようがない生き物が居るんだよ」

 オクトガルを知らない一行を代表するように、ファムが不思議そうに聞き返す。それに対する年長組の返事に、何だそれはと言う顔をするファム。特に会話に口を挟まず、にこにこ笑いながら楽しそうに食事を続けていたレラも、この件については同様である。

「こう、直接見ないとわからないのよねえ」

「せやなあ」

「謎生物としか言えない」

「姿かたちはともかく、それ以外は口で説明するのはちょっと難しいよね」

 これまたテレスとアルチェムも同意せざるを得ない説明を続ける日本人達。結局この場ではそれ以上の説明はなかったが、後日予想外の形で工房の職員達と顔を合わせることになると言う事は、当然この時点では誰も想像すらしていない。

「さて、そろそろ料理も無くなったし、別腹のケーキとメインイベント行くで」

「待ってました!」

「ケーキ! ケーキ!」

 ケーキと言う単語に、女性陣が(それこそレラやライムまで)一斉に反応する。ウルスでも生クリームのお菓子はあるのだが、今回宏が用意したような、華やかで繊細で手の込んだケーキはまだほとんど存在しない。言うまでもなく、調理技術の問題である。今回諸般の事情で参加できなかったゴヴェジョンやフォレダンが居たら、その圧倒的なパワーにどん引きしていたに違いない。

「一番ええ所は当然春菜さんとして、後は年が若い順にええ所を分配、でかまへんよな?」

「もちろん」

「年長者は年少者に配慮するものよ。王族だからと言って、私やエアリスに気を使う必要はないわ」

「あの、私とアルチェムはこの場合不利なような……」

「エルフの宿命なのです。諦めるのです」

 宏の提案にワイワイと姦しく反応する女性陣。そんな様子に苦笑しながらも、出来るだけ不公平にならないように切り分けて分配して行く。

「で、メインイベントのプレゼントフォーユーや」

 全員に行きわたったところできっちりラッピングしてある包みを取り出し、春菜に渡す宏。中身をあらかじめ聞いている他のメンバーは、思ったより大きな包みが出てきた事に首をかしげる。袋のサイズが当然だと思っているのは、祝福儀礼をおこなったエアリスだけである。

「何だろう? あけていいよね?」

「もちろんや」

 宏に促され、何年かぶりにプレゼントと言う物に胸をときめかせながら包みをあける。中から出てきたのは大小三本のリボンと、サファイアがあしらわれた襟元に飾るのにちょうどいい感じのリボンブローチであった。どれも落ち着いた青と白のチェックがシックで、春菜の雰囲気にあったおしゃれな代物である。

 ブローチはドレス以外の正装にもワイバーンレザーアーマー着用時にも上手く合わせられる、なかなかに見事な一品だ。リボンの方もどんなに見る目が無い人間でも、使われている生地がとんでもないものだと分かるような妙な風格を放っている。魔力をある程度精密に感じ取ることが出来る者が見れば、それらが伝説のアーティファクトといい勝負が出来る品物である事を即座に見抜くであろう。もっとも、それと同時に、自分達では扱いきれないであろうことも悟るのだが。

「親方、あのブローチは聞いていないのですが?」

「王室ご一家からの内緒のプレゼントや。かなりええ品もんやったから、腕によりをかけてみてん」

「な、なんかすごく畏れ多いような……」

「うちらとファーレーンの王室の場合、今更非公式の場で畏れ多くもとか言う間柄でもあらへんやろ」

 宏の身も蓋もない意見に、思わず吹き出してしまうエレーナとエアリス。その様子を見て釣られて淡く微笑むと、プレゼントされたそれらを再び包みに入れると、それを大切そうにギュッと胸元に抱え込む。

「皆、ありがとう……」

 数が少ないからこそ、工房全体で知恵を絞って心をこめてくれた事が分かるプレゼント。それは、春菜にとって生涯でも指折りの忘れられないものになるのであった。
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