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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

エルフの森編後日談・こぼれ話

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こぼれ話 その1

1.エルフの森の住民たち

「流石にフォレストジャイアントの集落周辺だからか、これと言って問題はないわね」

「元々、強靭な種族だからな」

「おら達も、そうむざむざ村を襲わせたりはしねえべ」

 オルテム村から彼らの足で三十分ほどのところにあるフォレストジャイアントの集落。そこまでの道を見て、真琴と達也が感心したように言う。流石に平均身長三メートルの種族だけあって、自分達の村の防衛は完璧らしい。

「それにしても、あんな巨体がうろうろしてるのに、このあたりってほとんどそう言う獣道はないのよね」

「それ言い出したら、オルテム村だってあの規模の村があるとは思えないほど痕跡少ないしな」

「森に住む種族が森の中に分かりやすい痕跡さ残してたら、はっきり言って話にならねえだよ」

 身長三百二センチのフォレダンが、木々をほとんど揺らさずに進みながら突っ込みを入れる。その言わずもがなな指摘に苦笑しながら、ゴヴェジョンやフォレダンよりは派手に木々を揺らしながら歩を進める。普通ならモンスターに襲われやすかったり自分達の不意打ちの目を潰したりとあまりよろしくない行動なのだが、今回はエルフ以外の種族の集落と顔つなぎをするのがメインだ。あまり見事に移動音を消してしまうと、それはそれでよろしくない。

「そろそろだべ」

「んだんだ」

 ゴヴェジョンとフォレダンに言われ、自分の体が隠れるほど生い茂った茂みの隙間に目を向ける。果たしてそこには……

「……スケールは大きいけど、軒数は少ないのね」

「おら達はガタイがガタイだからな。元々勢力としては小せえだ。何処の集落も、どうにか世帯数が三桁ってところだべさ」

「んだども、エルフ達みてえに単身世帯や夫婦だけの世帯がメイン、って訳でもねえだがな」

 隙間から見える、人間基準だと二階建て程度の規模の平屋のログハウス。それが十数軒集中している様はなかなかにスケールが大きく、壮観ではある。が、規模の大きさに惑わされそうになるが、真琴の指摘通り確かに建物の数は少ない。

 フォレダンの集落にいるフォレストジャイアントは大体五百人ほど。フォレストジャイアントの寿命は人間と大して変わらず、繁殖能力はエルフ以上人間未満と言うところだとの事だ。食料事情もあって、大体増えもせず減りもせず、ぐらいで推移するらしい。たまに別の集落のフォレストジャイアントと見合いなどをしているため、過度に血が濃くなる事は避けられているそうである。

 因みにフォレダンは三十路に差し掛かろうかと言うところで、三年前に嫁が病気で逝っている。子供は上の子がそろそろ思春期と言ったところだとの事。普通ならこんなにホイホイ父親が外出しているとぐれそうなものだが、こんな小さな集落だとぐれるも何も無いのだろう。

「皆の衆、客人さ連れて来ただぞー!」

 フォレダンの一声で、わらわらとフォレストジャイアント達が方々から現れる。その数、おおよそ四百人と言ったところか。足を悪くしている年寄りや仕事で不在のものもいるのだから、妥当と言えば妥当だろう。

「ヒューマン種とは珍しいだな」

「アルチェムさの恩人だべ」

「しばらくオルテム村さ滞在するだから、念のために顔つなぎさ連れて来ただ」

「そかそか。ならば長居は出来ねえだな」

「んだ」

 妙に人懐っこく歓迎ムードで二人を取り囲むフォレストジャイアントの集団。敵意はないとはいえ、その迫力は中々のものだ。

「次はゴブリンのところだか?」

「そのつもりだべ」

「だったら、ちょうどいい具合に上がった酒さあるだ。一樽持っていけ。客人もいるか?」

「欲しい!」

 長らしきジャイアントの申し出に、一も二もなく飛び付く真琴。フォレストジャイアント仕様のなかなかにきつい酒をもらって、ほくほくした顔で旅立つ真琴と呆れ顔の達也であった。







「これはまた、すごい数ねえ」

「ゴブリンの力は数に負うところが大きいだ」

「同じ数だと、おら達はどうやってもエルフやジャイアントには勝てねえだよ」

 ゴブリン達の集落。こちらは建造物と呼べるものはほとんどなく、あちらこちらの穴倉やら木のうろやらで生活している。ゴヴェジョンいわく、ゴブリンは人口の増減や入れ替わりが激しいため、いちいち建物を作っていられないのだそうだ。それゆえに、家と呼べるのはゴヴェジョンをはじめとした重要な仕事をしている人間のものだけで、他の建物も倉庫ぐらいしかない。

 そんなゴブリンの集落だが、住んでいる数は面積に比して非常に多い。ざっと数えただけでフォレストジャイアントを超える数が出てきており、後から後から更にわらわら出てくる。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。

「長、長。フォレストジャイアントから新酒が届いてるだ」

「おお! それはありがてえ!」

 ゴヴェジョンの言葉に合わせて樽をおろすフォレダン。それを見て歓喜の声を上げる長。一樽、と言ってもフォレストジャイアント仕様の樽だ。ゴブリン達なら上手くやれば、一人一杯はありつける分量である。

「あっ、そうだ」

「どうしただ、お客人?」

「うろうろしてたスラッシュジャガー三頭ほど仕留めたんだけど、あれって食べれるの?」

「どいつも結構でかい個体だったから、なかなか食い出がある。食えるんだったら、一頭置いて行こうかと思ってるんだが?」

「それはまた、ありがてえ話だで。奴ら凶暴で凶悪だでな。儂らゴブリンだと、一頭仕留めるのに十五人は覚悟せんと厳しいだよ」

「だども、普通に食うには癖がつええだが、燻製にすればうめえべ」

 大歓迎と言った雰囲気のゴブリン達に頷くと、鞄の中から一番大きい奴を取り出す。その獲物のサイズに、ゴブリン達から歓声が上がる。

「ありがてえ、ありがてえ」

「長、長。おらたちからも何か渡すだよ」

「んだな。と言うても、今渡せるのはレットレルの果実酒とマルガ鳥の燻製卵ぐらいなもんだども……」

「それって、どんなもの?」

「レットレルは、二月ごろに取れる木の実だでな。山ブドウを更に濃い味にした感じの味だべ。酒も、普通にそんな感じさよ。マルガ鳥の燻製卵は、レットレルの酒によく合うだ」

「じゃあ、貰っていいんだったらそれで」

 酒とつまみと言う組み合わせに、迷うことなく頂戴することを決める真琴。腐女子的趣味が基本封印されているからか、酒に関する欲求がひどくなっている感じがする。もっともアル中と言う訳ではないようなので、酒で仲間を売ったりしそうな気配はいまのところ感じない。

「フェアリーのところさ行くなら、ついでに一樽ほど持っていってくんねえべか?」

「了解」

 長の言葉に気前良く頷くと、ゴブリンが三人がかりで持ち運ぶような、彼らの体格からすれば十分すぎるほど大きな樽を受け取って鞄につめる。

「後はフェアリーか」

「こっちのフェアリーだから、多分色々油断は出来ないんでしょうね」

 出発前にこそこそ話し合う達也と真琴。その言葉を聞くとはなしに聞いていたゴヴェジョンが、思わず苦笑を漏らした事はここだけの話である。







「余所もんが、何の用だべか?」

 身長六十センチほどの、蝶のような羽を背に持つおとぎ話に出てくる妖精のような姿をした男が、警戒心も露わに訛った口調で言う。それを見て、微妙に反応に困る真琴。達也の方はある程度予期していたらしく、これと言って動揺した様子は見せない。ついでに言えば二人とも、達也達からは見えない場所にたくさんのフェアリーが隠れている事にも気が付いている。

「この二人は、オルテム村の客人だで」

「アルチェムさ、助けてくれただよ」

「信用できるだか?」

 疑惑の目を向けるフェアリーに、これが普通の態度だよなあ、などと場違いな事を考える達也。フェアリーと言う種族は作品や伝承ごとにいろいろ違うが、警戒心が強いという特徴は珍しいものではない。もっとも、一般的にはエルフがそちら側なのだが……。

「アルチェム本人がそう言ってるだよ」

「脅して自演の可能性はねえか?」

「それはエルフの長老に失礼だべ」

 フェアリーとゴヴェジョンの会話を聞き流しながら、なんとなくあたりの気配を探ってみる真琴。理由は特になく、本当になんとなく気になっただけである。感覚の能力値は低いが、ゲームの頃から最前線で戦い続けた経験から、この手の勘がそこそこ効くのだ。

「ねえ、達也」

「どうした?」

「あれ、多分モンスターよ?」

 真琴がこっそり指さしたのは、普通の蔦の振りをして木に巻きついている草。門番的に使っているにしては位置がおかしい上に、数が少なすぎるのが気になる。宏か澪ならば見た瞬間にモンスターである事を看破しただろうが、真琴の感知能力では能動的に疑ってかからない限り、あの手の擬態系モンスターは見抜けない。

「どうする? 先に倒しちゃう?」

「そうだな。どんな感じのモンスターかは分からんが、やっちまった方が面倒は少ないだろうよ」

 いまだにもめてるゴヴェジョンとフェアリーを放置し、とりあえず怪しげな蔦の方に行く。いつの間にか割と近くまで移動していた蔦植物。予想通り接近した真琴に向かって伸びてきた蔦を鎌で切り払い、本体を切り捨てようとしたあたりで……

「何してるだ!?」

 隠れて監視していたフェアリーの女性が飛び出してくる。

「あっ! 馬鹿!」

 飛んでくるフェアリーに思わず叫んでしまう真琴。攻撃の手が止まった瞬間、狙い澄ましたように飛び込んできたフェアリーを捕食しようとする蔦。フェアリーを絡め取った瞬間に、真琴が鎌で蔦を切り落とす。

「危ないから下がってなさい!」

 無謀にもモンスターの前に飛び出したフェアリーを叱りつけ、本体らしき場所をさっくり切り落とす。一撃であっさり枯れた蔦植物を油断なく観察し、どうやら増殖する気配はないらしいと結論をつけたところで、一つ息を吐き出す。

「これ、あんた達の門番代わりって訳じゃないわよね?」

 真琴の問いかけに対し、首を左右に振るフェアリー男性。女性の方は流石に食われかかったショックからか、青ざめるを通り越して真っ白と言った方が正しいであろう顔色になっている。

「どうにも物騒だから、ちょっと周り草刈りしてきた方がいいかしら?」

「流石に、これ以上は勝手にやるのもまずいだろう」

「そうね。あんまり歓迎されてないし、変に勘繰られるのも嫌だしね」

 二人の言葉に、何とも言えない表情を浮かべるフェアリー達。そこへ

「何を騒いでるだ?」

 村の中から、何処となく立派な姿の男性フェアリーが現れる。感じからいって、どうやらフェアリー達の指導者階級らしい。

「ゴヴェジョンが、余所もんを連れてきたから追い返そうとしてただ」

「アルチェムさの恩人だべ。連れて来て何が悪いだ?」

「それが信用ならねえ、つってるだ」

「フォルト、やめるべ!」

 フォルトと呼ばれた対応役が、後から出てきた男性に一喝されて黙る。

「失礼した、お客人。我らは魔法以外の能力はゴブリンに大きく劣る弱い種族だでな。数もそれほど居らんで、どれだけ警戒しても警戒したりねえだ」

「まあ、それが普通だよなあ」

「エルフの対応が緩すぎるのよね、実際」

「ま、そういうことだ。普通は警戒するのが当たり前だから、別に気にしてねえよ」

 男性の謝罪に苦笑を浮かべながらも、とりあえず気にしてない事を告げる二人。その二人の言葉と態度に、どことなくほっとした様子を見せる男性。

「何で怪しげな余所もんに謝るだ、ゼオン!」

「失礼だといってるだろうが、フォルト!」

「だども!」

「何でもかんでも疑って、味方になってくれる可能性のある余所もんさ排除したら、最終的に困るのは我々だべ!」

 ファンタジーの、それもこう言った種族にありがちな会話を訛りのきつい口調で交わすゼオンとフォルト。文章に直せば比較的読みやすいが、実際のところはイントネーションがおかしいだけでなく妙なところで台詞が濁るため、聞き取りは意外と難しい。

「ありがちな会話だなあ」

「あの二人、いつもあんな感じ?」

「だべなあ」

「フォルトさ、わけえ癖に頭固くてなあ」

「だども、ゼオンさもあまり変わらねえだよ」

 だんだんヒートアップしてくる口げんかに、思わず呆れた視線を向ける余所者達。フォルトの方は相変わらずだが、ゼオンもだんだん言っている事が変わらなくなってくる。二人の違いを上げるなら、相手を認める認めないに関係なく受けた恩に感謝して見せるぐらいは必要だ、と言うゼオンの主張が、やや外向きに見える程度であろう。基本相手をとことんまで疑って受け入れないところからスタートする姿勢は大して変わらないし、少々恩を受けたところで相手を受け入れる気はないというところも同じである。

 この喧嘩を見ていて分かった事を上げるなら、立場的にゼオンとフォルトはそれほど大きな上下関係は存在しないだろう、という点だ。流石にきちっとした上下関係があるのであれば、いくらなんでもフォルトがこんな形で食ってかかる事は不可能だからである。

「客人の前であげな事言っちまっちゃあ無意味だべ」

「んだんだ」

 ゴヴェジョンとフォレダンの会話が、現状の不毛さと馬鹿馬鹿しさを物語っていると言えなくもない。

「なんかもう面倒になってきたし、ゴブリンの長から預かってきた酒を置いて、とっとと帰るか?」

「そうね。どうせそんなに深く関わらないでしょうし」

 などと話し合っていると、先ほどまで真っ白になっていたフェアリーの女性が、いつの間にか何処となく熱い視線でゼオンとフォルトを見つめている。

 どちらも美形ぞろいのフェアリーの中でも頭一つ抜けた男前である。同じ種族の女であれば、のぼせあがってもおかしなことではない。ないのだが、真琴のセンサーは、微妙にそう言う視線ではないと告げている。

「ねえ、ちょっといい?」

「なんだべ?」

「少し気になった事があるんだけど……」

「礼を言ってない事だか? 確かにおらはおめえに助けられただ。その事は感謝してやるが、おめえらを認める気はねえ」

 ちょっと気まずそうに、先ほどとは違う意味で顔を赤くしながら、言い訳がましくもじもじとそんな事を言ってのけるフェアリー女性。翻訳をするなら、「助けてなんて言ってないんだからね。でもありがとう」といったところか。言ってる事だけを見れば何様と言う感じだが、態度や口調などがすべて裏切っている。副音声が明らかに「ありがとう、ごめんなさい」と言っているのだから、オタに分類される達也と真琴としてはご馳走さま、と言いたい気分である。

 そんなツンデレいただきました、みたいな台詞に一瞬動きが止まってしまった真琴だが、とりあえず再起動して本題に入る事に。

「別にお礼はどうでもいいんだけど、ちょっとあんたの様子が、って言うか、あの二人を見てる視線が気になったのよ」

「なんか文句でもあるだか?」

「ないない」

 急に攻撃的になったフェアリー女性に対し、満面の笑みを浮かべながら手をパタパタ振って否定し、至近距離に近寄って他の人間には絶対聞きとれないであろう音量でささやく。

「ゼオンさんとフォルトさんだっけ? あんた、あの二人の組み合わせだと、どっちが相手を押し倒す展開が好み?」

「……!?」

「個人的には、ゼオンさんの方が強気攻めで、フォルトさんの方が強気受けかな、みたいな印象だけど」

「攻め? 受け?」

「あ~、流石に専門用語に分類されるか……」

 フェアリー女性の反応を見て少し反省し、次々に要らん事を吹き込み始める真琴。真琴の説明に顔をリンゴのごとく真っ赤に染めながらも、真剣な表情で説明に聞き入る女性。いつの間にか彼女以外にも三人、新たなフェアリー女性が話に加わっている。その様子に気を良くしながら、こっそり取り出した紙にサラサラっとフリーハンドとは思えないすさまじいレベルのイラストを描き始める真琴。無論、描いているのは全裸のゼオンとフォルトの絡みである。

「真琴、ちっと長に挨拶したら、そのまま帰るぞ」

「あ、うん、了解」

 いつの間にか大人数のフェアリー女性と何やら内輪の話に没頭しはじめた真琴。微妙に見え隠れする腐のオーラに気圧されて距離を取っていた達也が、とっとと話をつけて帰る段取りを進めたらしい。大方布教が終わったあたりで色々な事後処理も終わったようで、さあこれからディスカッションだと盛り上がり始めたところで現実に引き戻される。

「なあ、真琴……」

「何よ?」

「何話してたかは知らないが、変な事を吹き込んでんじゃないだろうな?」

「大丈夫大丈夫。単に交流を深めてただけだから」

 何の交流、と言うのは怖くて聞けなかった達也。この後のこの日の晩、彼はフェアリーの女性達がそっち方面の素質を持っているという事を聞かされてげんなりする事になるのだが、今の彼は知る由もなかった。







2.エアリス、そば屋に行く

「お父様、大神官様」

「どうしました、エアリス様?」

「今日は特に用事はなかったと思うが?」

「公式の用事ではありません。ただ、ちょっとわがままを言いに来ました」

 やたらと真剣な表情で話を切り出してきたエアリスに、思わず顔を見合わせる国王と大神官。エアリスがいいそうなわがままが、いまいち想像がつかなかったのだ。

「して、そのわがままとは?」

「近いうちに、お休みをいただきたいのです」

「それは構わんが、何故だ?」

「実は……」

 エアリスの説明を聞いて、思わず微妙な表情を浮かべてしまう国王と大神官。街に出たいというところまではある程度予想していたが、その理由が遊びたい盛りの年頃の娘とは思えないものだったのだ。

「そば屋、ですか……」

「そばぐらい、いつも食べているだろう?」

「自分で作って食べるものではなく、商売として作られている物を食べてみたいのです」

 真剣な顔で、やけに熱のこもった視線で主張するエアリス。その内容がそばでなければ実に立派な王族ぶりだと言えるところが、何とも言えず業が深い話である。

「正直、街で食事をするというのはあまり認められるものでもないのだが……」

「危険物であれば、アルフェミナ様が教えてくださいますわ、お父様」

「……信徒にはあまり聞かせられない理由ですな……」

 例によってあまりにも安い神託を披露するエアリスに、更に何とも言い難い顔になる大神官。危険を教えてくれるというのは姫巫女としての能力を誇示するのに格好のネタではあるのだが、その理由と言うのが街でそばを食べようとした、というのは流石にいろんな意味で株を大暴落させかねない。

「……大神官殿、却下する理由が思い付かんのだが、どう思う?」

「そうですなあ……。それにどうせ却下したところで、アズマ工房に出たその足でこっそり向かわれてしまってはどうにもなりませぬ。最近、地味に反抗期の気配もありますしな」

「……そうだな」

 却下する理由が思い付かなかった最大の原因が、アズマ工房に日ごろから出入りしている事にある。日によっては、工房職員達と一緒にそのまま市場などのそれほど治安の悪くない区画へ足を延ばすこともあるため、どうにも今更感がぬぐえないのだ。

 もっと言うならば宏達に保護されていた頃、単独でこそなかったが変装した状態で結構あっちこっちふらふら歩きまわってもいる。どうしても心配だというのなら、それこそドーガがフリーな日に合わせて許可を出し、一緒に行動させれば済む話でもある。

 ドーガに休みを使わせるのは、という意見もあろうが、これまた地味に今更の話でもある。何しろ、孫もそろそろ立派に育ってあまり一緒に遊ぶことも無くなった今、護衛名目でエアリスと街に繰り出すのは彼にとってひそかな楽しみでもあるのだ。言ってしまえば、孫に甘いお爺ちゃんポジションである。

「……そうだな。エルンストの休日が三日後。大神官殿、この日は何かあったか?」

「特にエアリス様を拘束せねばならぬ用事はございませんな」

「ならば、その日にするか」

「ありがとうございます!」

 目をきらきらと輝かせながら、礼儀正しく頭を下げて礼を述べるエアリス。目に見えない尻尾をぶんぶんと振り回しているのが丸わかりの態度である。そのままもう一度一礼して退出し、神殿へ戻る。

「どうせ、自分が作るそばの方が美味いに決まっておろうに……」

「まあ、よいではありませんか」

 退出したエアリスを見送った後、ぼそりと正直な感想を呟く国王とそれをなだめる大神官。そんなこんなで、エアリスは念願のそば屋に足を運ぶことになったのであった。







「ここですか……!」

「なかなかの風情ですな」

 三日後。予定通り休みをとったエアリスは、ファムに案内されて飲食店街のやや外れにあるそば屋に来ていた。店構えは木造平屋の何処となく風情がある建物で、少なくともファーレーンでは見かけない建築様式である。それもそのはずで、建物自体は出発前に宏が図面をでっち上げて店主に託したものであり、そば屋である以上彼が引いた図面が日本建築以外であるはずが無い。そのため、周囲から浮いているような溶け込んでいるような、不思議な景色になっていた。

「とりあえず、エル様、じー様」

「どうしました?」

「なんじゃ?」

「美味しいには美味しいけど、過度の期待は駄目だよ?」

「分かっていますわ」

 ファムの言葉にそう返事を返し、迷いのない足取りで暖簾をくぐる。

「いらっしゃい。三人かね?」

 そばを打っていた店主らしき男が、入ってきた三人にそんな風に声をかけてくる。

「ええ」

「おっ、ファムか。また来てくれたんだな」

「ああ、うん。ちょっとこっちの二人に頼まれて」

「なら、下手なもんは出せねえなあ」

 そう言いながら、手慣れた手つきでそばを打ち続ける。彼が打っているのはそば粉八のいわゆる二八そばと言う奴だ。店主の力量というか癖では、十割そばは上手く作れなかったらしい。とは言え、同じそば打ち職人のエアリスの目から見れば、この店主もなかなかの腕前は持っている。

「流石に商売をなさるだけの事はあります」

「ファムの関係者ってところで予想はしてたが、そば打ちが分かるって事はやっぱりお嬢さんもヒロシの関係者か?」

「ええ」

「って事は、ますます下手なものは出せねえなあ……」

 などと言いながらもそばを打ち終え、動きを止めることなく茹で始める。いい感じに茹で上がったそばをどんぶりに移し、仕込んであった温かいだし汁をたっぷりかけ、手早く刻んだネギを添える。

「まあ、ヒロシの関係者だったら、かけそばだよなあ」

 注文も受けずに用意するだけ用意し、言い訳がましくそんな事を言う店主。だが、三人とも普通にかけそばを頼むつもりだったので、当然文句はない。

「あいつらが作る物にゃまだまだ届かないから、あんまり期待はしてくれるなよ」

 予防線を張りながらも、だしが香るかけそばを三人に出す。出されたそれに迷わず箸を突っ込み、最初の一口をあまり音を立てずにすすり上げる。

「……なるほど」

「エルさま?」

「いえ、不十分なお醤油でずいぶんと美味しいおつゆを作っておられて、驚きました」

「やっぱり、醤油は分かっちまうかあ……」

 エアリスの指摘に、どことなくがっくりした様子を見せる店主。その様子に苦笑しながら、次の一口をすする。じっくり吟味した後、更に評価を続ける。

「少々小麦粉の引きが荒いような気がします。あと、少々水の回しが早いのではないでしょうか?」

「小麦粉は、ちっといいのが手に入らなかったんだ。水回しは注意はしてるんだが、なかなか安定しねえんだよ」

 精進あるのみだな、と自嘲気味に呟く店主に、ほんのり笑顔を浮かべて言葉を続けるエアリス。

「ですが、今までヒロシ様以外のおそばを食べた中では、一番美味しいですよ。さすがにご商売をなされるだけの事はあります」

「大将、前食べたときより美味しくなってるよ。自信持ちなよ」

「……ありがとうよ」

 エアリスとファムのフォローに、小さく笑みを浮かべる店主。話をしているうちに、いつの間にか数人の客が入っている。

「あら?」

「客が増えてきましたな」

「このお店、結構繁盛してるんだよね。天ぷらとか珍しいものがあるし」

「では、あまり長居をしても申し訳ありませんね」

「いや、ゆっくりしていってくれればいい。あいつの関係者なら、ちょっといろいろと試してほしいものもあるしな」

 そう言って、さっと天ぷらを揚げて盛り付ける。そのほかにもそばがきとそば雑炊を少しずつ用意して三人の前に出す。

「ご馳走するから、向こうが終わったらちっと感想を聞かせてくれ」

「ありがとうございます」

 とりあえず伸びる前にかけそばを食べきり、そば雑炊とそばがきに口をつける。そばがきに関しては、麺として食べる方法を宏が持ち込むまでは、むしろこういった食べ方のほうが主流であった。なので、それ自体は珍しいものではない。違いがあるとすれば、ダシを使った繊細な味付けをしていることぐらいだろう。

「こういう食べ方をこの味付けで食べるのもいいよね」

「美味しいですよね」

「これを食べると、そばが雑穀であることを思い出すのう」

 そば雑炊をすすりながらしみじみと語るドーガに、そういえばそうだよなあ、みたいな顔をする少女二人。最後に天ぷらを食して感想を述べ合う。

「やっぱり、揚げ物は揚げたてがいいよね」

「からっと揚がっていて、美味しいです」

 割とべた褒めに見える店主の料理だが、なんだかんだで細かいところで結構きっついダメだしをもらうのであった。
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