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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

エルフの森編

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第9話

 身体が腰のあたりまで泥に埋まり、流石に悲観的な思考で頭が埋め尽くされたところで、唐突に体が浮き上がり始める。

「えっ?」

「宙づり、宙づり~」

「回収、回収~」

 戸惑いの声を上げる春菜に応えるかのように、能天気な緩い声が色々と連想ゲームのように好き放題喋りはじめる。

「キャッチャ~、キャッチャ~」

「UFO、UFO~」

「あぶだくしょ~ん」

「地上の男に~」

「飽きた寝る~」

「何でその手の単語とかネタとか知ってるのって言うか、かなり微妙な改変をしてるのはなぜ?」

 春菜の突っ込みを完全スルーして、楽しそうにふよふよと浮かびながら連想ゲームを続けるオクトガル達。みると、他の三人も合体したオクトガルに救出され、結構な高さをゆっくり移動している。

「キャッチャ~、キャッチャ~」

「救出救出~」

「アーム緩い~」

「一個救出三千円~」

「人形原価○円~」

「生々しい事言うなよ、っつうか、何で日本の通貨単位とか知ってるんだよ!」

 喋れば喋るほど、色々な疑問を生み出してく謎生物・オクトガル。もしかしたら、アランウェンがそういう性格なのかもしれないと、アルフェミナの事で微妙に揺らいでいた神様への敬意が、更に揺らいでいく一同。

「ぼろ儲け~」

「やりすぎて客こない~」

「破算倒産~」

「遺体遺棄~」

「その流れで何で遺体遺棄すんのよ!」

 突っ込んだら負けだと思いつつ、どうしてもスルー出来ずに突っ込んでしまう真琴。どうやら遺体遺棄という物騒な単語を気に入っているらしく、事あるごとに使いたがる。

「宙づり宙づり~」

「運搬運搬~」

「あぶり焼き、あぶり焼き~」

「解体解体~」

「遺体遺棄~」

「遺棄するんだったら、最初からあぶり焼きにするなよ……」

 出来るだけ我慢しようとしているのだが、この能天気な声にはどうしても突っ込みたくなる達也。これが彼女(?)達の策略だとしたら、実に恐ろしい事だ。

「おっぱいおっぱい~」

「ひゃん!」

「大きいのが至高~。小さいのは未来への希望~」

「おっぱいに貴賎なし~」

「おっぱいおっぱい~」

「おっぱいよりも、君が好き~」

 ただ運んでいるだけに飽きたのか、とうとう運搬中の春菜に余計なちょっかいを出し始めるオクトガル達。何故か不思議と苦しくないとはいえ、不自由な体勢で運ばれている春菜には抵抗の余地はない。性別以前に生き物として別カテゴリーだから辛うじて許されるセクハラ攻撃に、必死になって耐え続ける羽目になる。

 そして、その手の攻撃は伝染するものだ。

「偽乳~、偽乳~」

「詐胸~、詐胸~」

「エアーD~」

「パット追加~」

「やかましい!」

 多分、プライド的な意味では一番ダメージが大きかったのは真琴であろう。わざわざ胸部にいろんな詰め物を勝手に詰められ、無理やり見た目だけはDカップぐらいに見えるようにされた揚句にさも自分が進んでやりました、見たいな言われ方をしたのだから。

 確かに真琴は、貧乳とすら呼んでもらえない、えぐれていないから辛うじてセーフと自分を慰めるしかない胸について非常に気にしている。気にはしているが、だからこそパットを仕込んだりありもしない肉を寄せてあげて誤魔化そうという真似を避けてきた。何というかこう、何かに負けた気が非常にするからである。

 それをこんな風にいじられて、ダメージが無い訳が無いのだ。口うるさく抗議するものの、文句を言えば言うほど喜んで面白がって好き放題いじり始めるのだから、たまったものではない。あまりに好き放題やられて疲れ果て、涙目になりながらだんだん口数が減っていくのが哀れである。

 もっとも、達也以外は似たり寄ったりな状況だ。春菜は早々に文句を言うこと自体諦めてされるがままになっているし、澪は澪で乱暴にされると痛いからと注文をつけるだけで、それ以外は黙って屈辱に耐え続けている。そのせいか、真琴に比べてその攻撃は比較的おとなしい。

「俺に対しては、えらく大人しいじゃないか」

「男の子にセクハラは危険~」

「生々しいの~」

「いじっても楽しくな~い」

「柔らかい方が好き~」

「そうか……」

 オクトガル達の言葉に、なんとなく妙な説得力を感じる。確かに、この状況で股間の逸物を撫でまわされても困るのは事実だし、かといってそれ以外で分かりやすいセクハラポイントも特にない。男のごつごつした尻を撫でても楽しくない、というのもなんとなく分かる。そういったもろもろを理解した達也が、心の中で自分が男である事を本気で感謝したのも無理もないだろう。

「それにしても、ヒロ達は大丈夫か?」

「戦闘してる音は微妙に聞こえてくるけど……」

「気配はまだしっかりしてる……」

 達也の疑問に対し、何処となくぐったりしながら春菜と澪が情報を告げる。無駄な抵抗をあきらめたため真琴よりはマシだといえど、やはりオクトガルのセクハラ攻撃は疲れるのだろう。

「もっとスピードは、って言うのは贅沢だろうしなあ」

「私達~、汎用型~」

「荷物運ぶとこれが限界~」

「だよなあ……」

 オクトガルの飛行速度は、それほど速くない。なんとなく普通にやっても攻撃が当らない印象はあるが、それは速度によるものよりも、反応の良さとつかみどころのない動きに寄るところが大きいだろう。

 基本的にそれほどスピードが速い訳でもないところに、人体という結構な重量物を抱え込んでいるのだ。そもそも運んでもらえるだけでもありがたい。太ってはいないといっても一番軽い澪ですら四十キロはあるところに、全員それなりに重量のある装備を身にまとっている。日本人女性の平均的な身長体重の真琴も大剣装備と言う都合上、装備重量が軽い達也とトータルではどっこいぐらいの重さがある。この場にはいない宏に至っては、行軍中は全体が金属でできているポールアックスとジャイアントモールをぶら下げているため、普通に百キロの大台を超えている。宏は例外としても、一番軽い澪ですら総重量で言えば五十キロを超えているとなると、オクトガルがそれほどのスピードで運搬できなくても当然の話である。

「転移してっていうのは、……駄目だよね。出てきたところを狙い撃ちされるかも」

「集中砲火~」

「ハチの巣、ハチの巣~」

「遺体遺棄~」

「今回ばかりはそのネタ洒落にならないからやめて……」

 相も変わらず隙あらば遺体遺棄という単語につなげたがるオクトガル達を、疲れたような顔で窘める春菜。今回は本当に冗談では済まない。

「結局は、大人しくしておくしかないって事だな」

「みたいだね……」

「足元があれだから、しょうがない」

 滔々と流れる毒液の川を示し、諦めをにじませて澪が告げる。その言葉に何一つ反論の余地が無く、なんとなく無言になる一行。

「どんぶらこ~、どんぶらこ~」

「ぷかぷか、ぷかぷか~」

「クラ○ボ~ン」

「カプカプ笑ってる~」

 そんな空気を全く読まずに、マイペースに適当な事を言いながら一行を運搬するオクトガル。桃太郎からなぜか明治から昭和初期に多数の童話や詩を発表した文豪のネタになっているが、こいつらの言動に慣れてきたせいかそういう気分になれないからか、誰も突っ込みを入れない。いい加減飽きたからか、セクハラ攻撃は止まっている。

「……そう言えば」

「何何~?」

「どうしたの~?」

 春菜がぽつりとつぶやいた言葉に、一斉に食いつくオクトガル達。会話が成立するようで成立しない連中ではあるが、基本的に人懐っこくておしゃべりが好きなのだ。

「えっと、ここのボスってイビルエントって言ってたよね?」

「言ってた~」

「間違いな~い」

「名前から察するに、エントが瘴気に侵されて変質した生き物だと思うんだけど」

「せいか~い」

「正解者に千点~」

 春菜の言葉に、妙に嬉しそうに飛び回りながら口々に連想ゲームを続ける。連想ゲームを続ける連中をとりあえず無視し、核心となる質問を口にする春菜。

「イビルエントが動かないって言ってたよね?」

「動かない~」

「位置固定~」

「攻撃は遠距離~」

「エントは普通に自分の足で動き回ってたと思うけど、イビルエントは違うの?」

 エントは、数千年生きた樹木が周囲の魔力などを取り込み続けて、森の精霊と呼んでいいところまで自身を昇華させた存在である。その姿は本来樹人とでも呼ぶのが正しいものであるため、根が変化した二本の足で自由に動き回り、腕として使える枝で器用にいろいろな事をこなす。ただし、生まれるまでに数千年かかる事と、同じ時間をかけても必ずしも進化する訳ではないことから、一種族として扱えるほどの数はいない。ついでに言うと、似たような姿の種族であるトレントとは全く関係が無い。

 それが瘴気を吸ってモンスター化したのであれば、やはり自身の足で自由自在に動き回りそうなものだが、少なくともここのボスをやっているイビルエントは違うらしい。

「瘴気吸収、変質~」

「異界化~」

「ダンジョン発生~」

「同化~」

「ダンジョンと一体化~」

「えっとつまり、ダンジョンと一体化したから、身動きできなくなったって事?」

 聞き返した春菜に、正解~、と能天気な返事が返ってくる。そのままねじれ国会だの合意を一方的に反故だの責任転嫁だの脱官僚は政治家の思いつきだの偏向報道だの、妙にブラックなネタを連想ゲームで続ける。そんなどこぞの国の一時の与野党を思い出させるネタをきっちりスルーし、思いのほか重要な情報を頭の中で整理する。

 この情報でほぼ確定したと言えるのが、イビルエントを仕留めればダンジョンが消滅するということだ。もはや場が固定されている蜃気楼の塔や煉獄などと違い、今回のダンジョンは突発的に発生したものだ。瘴気の量も大したことが無く、固定ダンジョンになるまで早く見積もっても五百年ぐらいかかるはずで、核となっているイビルエントが居なくなれば、少なくとも現状のダンジョンを維持する事は出来なくなるはずだ。

 もっとも、それが即、異界化の解除につながるかというと何とも言えないところである。ゲームのイベントでは色々な理屈でボスを倒せばダンジョンが無くなって異界化が解除される事が多かったが、こちらでもそうとは限らない。こればっかりは、やってみないと分からないのだ。

 だが、ダンジョンと一体化しているという事は、相手のリソースが膨大なものになっているという事でもある。最低ラインで見積もっても、普通のダンジョンボスのように大技の空撃ちを何回もさせるやり方でガス欠になる事はないと予想される。そう考えると、宏の攻撃能力では、永久に勝負がつかない可能性すらある。

「最後に念のために確認するけど、イビルエントを倒せば、このダンジョンは崩壊する?」

「するする~」

「異界化も無くなる~」

「イビルエント、瘴気固定中~」

「居なくなると拡散~」

 オクトガル達が、春菜の予測を全て肯定する。この時点で、急いで宏のもとに駆けつけるべき理由が増えた訳だが、足元が毒液の濁流で足場になりそうな場所が一切ない現状ではいかんともしがたい。

「宏君とアルチェムさん、私達が合流するまで無事だったらいいんだけど……」

「まだ気配は健在」

「うん。それは分かってる。分かってるんだけど……」

 心配なものは、心配だ。特に、相手が動かないというのがまずい。宏は飛び道具をほとんど持っていない。かといって、アルチェムの弓は樹木とは相性が悪い。取り巻きの種類と配置によっては、アルチェムのカバーで精いっぱいで攻撃に移れない可能性がある。しかも、相手はダンジョンと一体化している存在だ。この場も含めて、ダンジョン全域が相手のテリトリーである以上、取り巻きが無節操に増えたり、本来攻撃範囲ではない場所から攻撃が出てきたりしてもおかしくないのである。

「ボスルームは、まだか?」

「陸地まであと十分~」

「妨害注意~」

「無抵抗非暴力~」

 達也の質問に、大体正確なところを教えてくれるオクトガル。相変わらず連想ゲームのキーワードがよく分からないが、重要な質問に対してはちゃんとした回答を返してくれるのは助かる。内容によっては、こちらの予想を超えるだけの濃い情報を教えてくれるあたりが心憎い。

「注意注意~」

「危険危険~」

「ピッチャービビってる~」

 浮遊状態になってから五分後。またもオクトガル達が変な単語を混ぜながら騒ぎだす。その言葉を問いただすより早く、ダンジョンの壁が破裂するように大量の枝を伸ばしてきた。







「ヒロシさん!?」

「大丈夫や!」

 腹を貫いた太い根を切り落とし、強引に引っこ抜きながらアルチェムに向かって叫ぶ。見た目に派手な怪我ではあるが、実際のダメージは大したことはない。

 そもそも、耐久の数値が高いという事は、内臓や眼球のような本来弱点となりうる重要器官も頑丈だという事である。もちろん、宏とて首を切り落とされたり頭を潰されたりすれば一撃で死ぬのは言うまでもない。だが、この手の大抵の動物にとって共通する弱点は、その破壊の難易度は耐久力によって激変する。宏がアサシンに襲われた時、彼女が首を切っても薄皮一枚まともに切り裂く事が出来なかったのがいい見本である。

 無論、これにも例外は普通に存在する。一番有名なところでは特定の種類のドラゴンが持つ逆鱗で、ここはどれほど耐久値が高かろうと、普通の生き物の皮膚程度の強さしかもたない。その種類のドラゴンは、ここを深く貫かれると一撃で即死する。また、角が脆くて折られると極端に弱体化する、尻尾の付け根が弱くて切り落とされると動けなくなる、などのそれだけでは即死にはつながらないが致命的な弱点、というものを持っている生き物もそれほど珍しい訳ではない。が、幸いにして、人間に分類できる生き物は、生命体としてはごく普通の性質を持っているため、この手のどれほど強くなっても脆いまま、という部位は存在しない。

 精神力によって克服できない精神的な弱点、というカテゴリーに至っては、一定以上の知性と個性を持つ種族なら実例を上げていくと枚挙にいとまがないレベルである。宏の女性恐怖症もこのカテゴリーに入るが、この場合物理的に頑丈な相手だと殺すのが難しい事は変わらないのが、難点と言えば難点である。

 何にしても、イビルエントの攻撃は確かに宏にダメージを与えることには成功したが、彼の生命力と防御力からすれば、命の危機には程遠い。程遠いのだが、見た目にはそんな事が分からない程度には重傷なのは事実である。

「その傷で大丈夫だって言われても!」

「痛いのは痛いけど、大して効いてへんのは事実や」

 アルチェムの悲鳴のような言葉に何処となく淡々とした口調で反論し、そのままマイナーヒールを三回発動させて完治させる宏。正直なところ、放置していても一分ぐらいでほぼふさがる程度の傷なのだが、同じような攻撃が連続してくると流石にじりじりと削られていく。

 イビルエントが行った攻撃のからくりは簡単だ。この手のボスクラスが多用する、防具及び補助魔法、使い捨てアイテムによる防御力を完全に無効化する類の攻撃を食らっただけの話である。感触からいって、滅多にない耐久値による防御力を一定割合無効化するタイプの機能も含まれていた模様だ。相手の今までの攻撃力と今のダメージから予測するに、生身の防御力を25%程度無視されたと言ったところだろう。それを、フォートレスの効果がちょうど切れたタイミングで食らってしまったため、予想外に大きなダメージを受けたのである。

 普通なら相当なコストが必要な攻撃だが、どっしりと根を張っている今回のボスの場合、コストパフォーマンスの悪い大技を連射させてガス欠を狙う、というのは厳しそうな雰囲気がある。下手をすれば地脈からエネルギーを直接引き出している可能性もあり、そうなると相手のスタミナは無限大という事になる。

「あれを出してきた、っちゅうことはや」

 次の動きを見定めるために、ポールアックスを構え直して腰を低くし、慎重に相手の方へにじり寄っていく。無論、フォートレスの掛け直しとアウトフェースの重ね掛けも忘れない。

「ようするに……」

 根っこがうなり、同じようにアルチェムに向かって攻撃が飛んでいく。その一撃を見切って、一発は斧で切り払い、もう一発は体で止める。今度は皮膚の表面で止まったところを見ると、フォートレスをはじめとした自己増幅系スキルの、生身の防御力を増幅する部分は無視できないようだ。今回はフォートレスの増幅量が相手の無効化量を大きく上回っているため、さっきのようなダメージは出せなかったらしい。

 因みに、先ほどのダメージを数値で表すなら、宏の最大HPの2%強と言ったところである。レベル差のおかげで大体同じ程度のHPを持つ真琴の場合、同じ一撃をくらえば三割近く持って行かれる事を考えると、宏の防御力がどれほど極端なものかがよく分かる。

 言うまでもないが、アルチェムが同じ攻撃を食らえばひとたまりもなく、達也や春菜も瀕死一歩手前ぐらいのダメージは受ける。瀕死一歩手前で済むのは二人ともそれなりに最大HP自体は高いからである。もう一つ補足するなら、この攻撃に対してまともに防御力が残るのは宏ぐらいで、25%も生身の防御力を削られてしまえば真琴と春菜達との差はほとんど無くなってしまう。

 今まで使ってこなかったこんな大技を連続で飛ばしてくるという事は、結論は一つしかない。

「こいつ、焦っとんで!」

「えっ?」

 宏の言葉に、思わず耳を疑う。今までの状況で、相手が焦るような要素が思い付かない。

「焦るって、どうして?」

「簡単な話や。多分、援軍が意外と近くまで来とるんやろう」

「援軍って、ハルナさん達ですか?」

「他におらんやろう」

 アルチェムに当りそうな攻撃を丁寧に叩き落とし、現状を分析してのける宏。流石に気配を確認する余裕はないので、春菜達が目と鼻の先まで来ている事は知らないが、戦闘が始まってから相当な時間が経過している事は分かる。いい加減、真琴達か春菜達のどちらかが到着しかかっていてもおかしくはない。

「せやから、援軍が来るまで凌ぎきるか、相手との距離を詰め切れたらこっちの勝ちや!」

 そう言って一歩を踏み出すと、慌てて複数の枝と根っこが宏を貫こうとする。その態度が彼の推測を裏付ける結果となっているが、分かっていてもやめられないのだろう。

「体の方はどない?」

「全快ではありませんけど、戦闘するぐらいは問題ありません」

「ほな、反撃開始と行こか」

 危なげない足取りで立ち上がったアルチェムを見て、そう声をかける宏。宏の言葉に頷くと、宏に作ってもらった弓を引き絞るアルチェム。樹木系のモンスターには相性が悪い武器だが、ノーダメージではない。

「他所見せんと、こっち見ろや!」

 アルチェム狙いなどという余計な真似をさせないため、何度目かのアウトフェースを気合を乗せて発動させる。一連の攻防で宏以外を狙うのは無駄だと悟ってか、アルチェムに向かって伸ばしていた根っこや枝を再び宏に集中させるモンスター達。その攻撃を受けてなお、前に出ようとじりじりと進んで行く宏。

「まだまだや!」

 密度の濃い攻撃を全てブロックし、体で止め、斧で叩き落としながら、駄目押しのアウトフェースを乗せて宏が吼える。今更こいつらの通常攻撃など、何発受けても撫でられているのと変わらない。殺意の高いダンジョンを作り上げたイビルエントといえども、所詮分かりやすく直接的なやり方で攻撃してきているだけだ。人間達がたまに見せる本物の濃厚な悪意と比べれば、まだまだぬるいと言わざるを得ない。

 本当に性質の悪いやり方というのは、自らは直接的には一切手を下さずに、誰一人悪い事をしていないのに自滅を避けられないところに追い込むものだ。些細な事を誇張して伝えて周囲に悪意を持たせ、社会的に孤立させてじわじわとやる悪辣な手段としての典型ですら、本質的には手ぬるい。そういう意味では、今回のダンジョンは自滅を誘うところにすら到達していないのだから、性質が悪いと言っても知れている。

 性根が腐ったとしか表現できない人間の被害に遭った経験がある宏からすれば、イビルエントが見せる程度の悪意など大したものではない。基本的に気が弱くてヘタレでビビりな臆病者だが、実際のところ物理的な痛みに対してはそれほどの恐怖心は持っていない。彼が怖いのは何をされるか分からない、どれほどのダメージが来るか分からない、という、傷の深さが予想しきれない事に対してだ。普通そんな組み合わせをしない材料が入ったチョコレートと言う、一見大したことがなさそうな物で死の淵を彷徨い、その後被害者だというのに追い打ちで社会的に不必要な制裁を受けた身の上としては、未知の被害を過大に想定しがちになるのは仕方が無いことだろう。

 そういう意味では、既にその姿を完全に晒し、大体の最大火力とそれによって受けるであろう被害が想定できるイビルエントなど、恐怖の対象にはなり得ない。現状怖い事があるとすれば、預かったアルチェムに何か致命的な事が起こって、言い訳の効かない状態でエルフ達から悪意をぶつけられることだ。悪意ならまだいい。彼らがぶつけどころのない怒りを飲みこんで、やりきれない表情で自分達を見るような状況になるのは、多分何より堪える。

 だから、たとえ心臓をぶち抜かれても、これ以上アルチェムにはかすり傷一つつけさせる訳にはいかない。そのためにも、イレギュラーを起こさないよう、とっとと目の前にいる材木を切り倒してしまわねばならない。

「バスターショット!」

 本体を叩いても効果が薄いと自覚しているアルチェムが、取り巻きのハンターツリーに吹っ飛ばし系の射撃を入れる。相性の悪い弓で自力移動不可能な樹木系モンスターを倒す場合、相手の射程範囲外からノックバック系や吹っ飛ばし系の射撃を繰り返して、根元からへし折るのが定石だ。

「範囲攻撃は無駄やで!」

 刃となった木の葉が降り注ぐという範囲攻撃を、宏がアラウンドガードで潰す。分散するタイプの攻撃だけあって、多分アルチェムにあたっても露出部分にちょっと痛い切り傷ができる程度だとは思うが、状態異常や特殊攻撃に対して極端に耐性が高い宏だと、即座に無効化してしまうためにどんな小細工を仕込んであるかが判断できない。故に、弱そうだと判断出来る攻撃でも潰しておくにこした事はない。

 宏のこの判断は正しかった。今の攻撃は、麻痺と混乱を起こす毒が仕込まれていた。仮にアルチェムが食らった場合、しびれた体で宏に向かってバスターショットを撃ち込むという、現状では洒落にならない種類の行動をとっていたであろう。そこから先は、明らかに碌でもない未来へ一直線だ。

「もう一発です! バスターショット!」

 軽いノックバック作用のある弓技を叩き込んだ後、もう一度本命の吹っ飛ばし射撃を撃ち込む。追い打ちでノックバック系を二種撃ちこんだ後、クールダウンが終わったバスターショットを発射する。ここまでの連続射撃により、ついにハンターツリーが一本倒れる。

「やった!」

「まだ居るから、油断は出来んで!」

 取り巻きを減らすことに成功し、喜びの声を上げるアルチェムに釘をさす宏。一本へし折った事によって攻撃の密度は減ったが、その分おかしな挙動をすることが増えた。これは、絶対に何か違う手口を考えている。

 そんな宏の思考を肯定するように、枝と蔦が大量に伸びて、宏を絡め取る。宏を仕留めるのは簡単ではないと理解した樹木達が、行動を封じるために吊るし上げようとしたのだ。

「ヘヴィウェイトや! 持ち上げられるもんなら持ち上げてみい!」

 宏が対バルド戦の後で身につけた小技を発動して見せる。自重の軽さによるノックバック・吹っ飛ばし攻撃への耐性の低さ。それをカバーするために、一時的に自身の総重量を十倍以上にはね上げるスキルだ。当時と違ってヘビーモールも一緒に背負っている宏がこれを使うと、熟練度が低い現状でも一トンを超える重量になる。ハンターツリー一本で平均重量九十キロのドワーフを持ち上げられないのだから、ハンターツリー六本プラスイビルエントでも、軽く浮かせるのが精いっぱいなのは当然であろう。

 持ち上げようとして失敗し、膠着状態に陥ったところでその馬鹿力で枝を引きちぎる。一回の攻撃で出せる最大火力と言う点でこそ、一般的な火力型の七級冒険者にすら一歩か二歩譲る宏ではあるが、純粋な腕力となると現在こちらにいる人類で宏を超える人間は一人もいない。これまた人間離れした感覚値と器用値によって蝙蝠のような繊細な骨格を持つ生き物でも骨を折ったりせずにつかむ事が出来るが、実際にそう言った加減を一切せずにその筋力を振るえば、素手で大木をへし折る事すら容易い。

 いかにイビルエントのものだといえど、たかが枝の十本や二十本で拘束することなど、最初から土台無理な話なのである。

「どんどんこいや!」

 枝と蔦を引きちぎりながら、更に吠えて威圧する。とにかく嫌な予感がする以上、きっちりターゲットは固定しておきたい。ハンターツリーはともかく、イビルエントの攻撃は一発でも後ろに通してしまえば致命傷になりかねない。

 そんな、神経をすり減らすような状況を続けていくと、一瞬背筋にゾクリとした感覚が走る。足をすくおうと払われた枝を切り払い、腕に絡まった蔦を引きちぎり、顔面を打ちすえた枝を完全に無視して次の攻撃を見定める。イビルエントの一連の攻撃、その最後の一撃を潰したところで、足元に不審な気配。

「こらやばい!」

 とっさの判断で、限界まで威力を絞ったスマッシュでアルチェムを弾き飛ばす。急に弾き飛ばされて何が起こったのか理解できていない様子のアルチェムが、呆然とした表情で目の前の光景を眺めつづける。彼女がほぼノーダメージのまま壁際まで飛ばされたところで、その惨劇は起こった。

「がはっ!」

 地面から生えた無数の根。それが槍のように宏の全身を貫いた。全身を、ダメージを受けた事とは別の種類の虚脱感が襲い、次の瞬間に天井から更に無数の枝が伸びて突き刺さる。エント系のモンスターが使う切り札、サウザンドパイク。射程内の複数のターゲットそれぞれに個別で攻撃するという嫌らしい技で、個別攻撃ゆえにアラウンドガードでは潰せない。対処方法はただ一つ、射程距離外に逃げるのみだ。

 宏によってその唯一の対処方法を取る事が出来たアルチェムが状況を理解する頃には、宏の姿は枝と根に覆われて目視できなくなっていた。

「宏君!?」

 状況を理解したアルチェムが悲鳴を上げるより先に、春菜の声が響き渡る。どうやら、ボス討伐のための役者は揃ったようだ。







 時間は少しさかのぼる。

「プロテクション!」

「アフェクション!」

 壁から伸びた枝や飛んできた刃の葉を、春菜と達也が防御魔法で防ぐ。ある意味予想通り、ダンジョンは彼らが無傷でボスルームに到着する事を阻もうと、最後の抵抗を始めた。

「相手にとっちゃ、今来られるとやばいって事だろうな、こりゃ」

「流石に、この密度はきついよ。防御はまあ、どうにかなるとしても、突破するのは、ね」

「枝堅い~」

「腕力ない~」

「パワーが足りない~」

「魔導力だ~」

 春菜の言葉を肯定するように、口々に攻撃力不足を訴えるオクトガル達。いちいち謎の単語が混ざるのはいつもの事だ。

「魔力を使い潰せばどうにか突破口ぐらいは開けそうだが……」

「達也の火力をここで使いきるのはどうかしら?」

「つっても、足場が無い状態で攻撃できるのは俺と澪だけだろうし、他に手はないだろう。それとも、澪の方はこういう時に使える技があるか?」

「持ってない」

 予想通りの澪の回答に、深くため息をついて杖を構え直す。

「足場があればあたしがやるのに……」

 その様子を見た真琴が、実に悔しそうにつぶやく。そのつぶやきを聞きつけたオクトガルが、不思議そうな顔をして真琴の前に浮かぶ。

「足場いる~?」

「足場あればいける~?」

「足場作る~?」

 いきなりの申し出に、詠唱を始めた魔法を中断して呆然とオクトガルを見つめる達也。

「出来るのか?」

「最大持続時間約一分~」

「ちょっと柔らかい~」

「問題ない~?」

 質問に普通に回答が返ってきて、思わずどうしたものかとお互いの顔を見合わせる一同。微妙な沈黙を破って結論を出したのは、真琴だった。

「出来るんだったらやって」

「りょうか~い」

「行くよ~」

「がった~い」

 その掛け声とともに、薄く伸びたオクトガル達が床になるように合体していく。

「フィールド展開完了~」

「踏んで踏んで~」

「優しく踏んで~」

「痛いのいや~」

 何とも言えない言葉とともに、足場の完成を告げる。それを聞いた真琴が、細かい事は考えない事にして普通に足場の上に立ち、全身のエネルギーを大剣に集中させる。

「行くわよ! ブレイクスタンピード!」

 無属性と言う条件と、大元はダンジョンの壁であるという事実。それらを加味して最強クラスの大技で伸びた枝を粉砕する。流石に重量のある大剣による連続攻撃は厳しかったらしく、この一撃であらかた道が開ける。

「もう一発行くわよ! スマッシュインパルス!」

 今の一撃を警戒して、枝を高密度で絡ませて新たな壁を作りだしたダンジョンに対し、スマッシュの二段上の上位技をぶつけて黙らせる。この調子で一分の持続時間ぎりぎりを使って、完全に道を切り開く真琴。

「流石にダンジョンの壁を貫くのは無理でも、たかが枝で作ったこの程度の厚みのバリケードぐらい、どうとでもできるわ」

「真琴姉、格好いい」

「たまには活躍しないと、ね」

 そんな風にうそぶいて、再びオクトガル達にその身をゆだねる真琴。一分間の間に現在位置も相当進んでおり、あと二分もすれば、今の足場を作ってもらえば陸地に到着する、と言うところまで来ている。

「流石に、これ以上は妨害する事もなさそうね」

「だといいんだがな」

「あるとしても、陸地が逃げるぐらいでしょ?」

「かねえ」

 真琴の言葉通り、何事もなく陸地の上空まで移動できる。

「運搬運搬~」

「輸送輸送~」

「現地到着~」

「遺体遺棄~」

「遺棄するな!」

 遺体遺棄、の掛け声と同時にかなりアバウトな落とし方をされた達也が、どうにか着地を決めながら突っ込みを入れる。他の三人は同じような落とされ方でも割と華麗に着地しており、身体能力の差を思い知らされるようで微妙にへこむ。

「っと。さっさとヒロ達に加勢……」

 と言って、瘴気の中心に目を向けたところで

「宏君!?」

 丁度、宏が無数の根と枝で串刺しにされ、目視できないほど絡め取られる瞬間が目に飛び込んできた。

「まずい!」

「流石にあれは、宏でも無事じゃ済まない!」

 今の一撃に戦慄しつつ、救出するために即座に手を打とうとする達也と真琴。春菜はすでに回復魔法の詠唱に入り、澪はアルチェムのカバーのために走り出している。

「……何ぼの」

 それらの行動が結実する前に、宏を包みこんだ枝の塊がみしりと音を立てて膨れ上がる。そして

「もんじゃーい!」

 宏の絶叫とともに、ポールアックスが大きく動き、強引に全ての枝と根を叩き斬り、引きちぎって粉砕する。

「宏!」

「大丈夫!?」

「これぐらい、知れとる!」

 今の一連の動作で全身から流れ出た己の血を周囲にまき散らしながらも、大して堪えた様子も見せずに健在をアピールする宏。もっとも、真琴ですら即死するほどの一撃を、それも防御力低下の特殊能力付きで食らったのだ。口で言うほど無事ではない。微妙にドレインも食らっているため、スタミナも若干危険領域に入りかかっている。

 もっとも、現状で連続で食らったところで、後十発近くは普通に耐えられるのだが。

「ひ、ヒロシさん……?」

「アルチェム、無事か?」

「無事です。無事ですが……」

「ほな、気にせんでええ。これが僕の仕事やからな」

 声が震えているアルチェムをなだめるように告げると、春菜の治療魔法を受けて全快した体を再びイビルエントに向ける。そうやって何度も自分を守ってくれた背中を見上げ、色々な意味でドキドキする心を押さえながら立ち上がる。

「春菜さん、オーバー・アクセラレート、いける?」

「出来るけど、大丈夫なの?」

「今ので治った」

 ダメージを心配しての春菜の言葉に、平然とした態度で答える宏。日ごろのヘタレが嘘のようになりを潜め、まるで物を作っている時のように無駄に頼りがいがあるその態度に、思わずドキッとしながらもつい心配が先立ってしまう春菜。

 もっとも、戦場と言うのは常に状況が変わる。春菜達が合流した事で一気に天秤が傾くかと思われたところで、イビルエントが最後の悪あがきでハンターツリーを大量に呼び出す。

「取り巻きが増えたわ! あんまりちんたらやってる暇はなさそうよ!」

「フレイムバスターを使う! ヒロ、余波を押さえてくれ!」

「了解や!」

 オーバー・アクセラレートをかけるかどうかでまごつく春菜をよそに、一気にけりをつけるための手を打ち始める達也。

(私は、ここで何をしてるの……?)

 着々と自分達の役割を果たすために行動を起こす彼らを見て、自身に向かって問いかけるアルチェム。ハンターツリーは増えたが、全員揃った以上は悪あがき以上の結果は出ないだろう。既に、彼女に出来る事はない。否、下手な事をするとかえって邪魔になる。

 自分が足手まといになるだろう、と言うのは最初から分かっていた。だから、宏の行動に突っ込みはいれても特に反対はせず、基本的に指示に従って大人しくしていた。所詮素人のアルチェムには、正確な判断は出来ないからだ。

 だが、探索に関してはそうでも、戦闘に関しては完全な素人ではない。ボス戦の前半はともかく、後半攻撃に参加してからはもっとできることは色々あったはずなのだ。なのに、アルチェムは相手の挙動も碌に観察せず、ただ定石に従ってハンターツリーを攻撃していただけ。ちゃんと見ていれば、自分をかばった宏が無防備に相手の必殺技を食らうような事態にはならなかったはずである。

 攻撃にしてもそうだ。相性が悪くて他にやりようが無かったといっても、相手の攻撃を妨害する工夫ぐらいはすべきだった。ちゃんと出来る事を考えずにただやみくもに攻撃するだけなら、アルチェムがやった程度の事は村の子供ですらできる。このままでは自分は、無駄に身体と胸が大きいだけの子供で終わってしまう。

(何か、何か出来る事があるはず!)

 女性が致命的に苦手なのに、それでもアルチェムに親切にし、とことんまで体を張って守ってくれた宏。このままではそんな彼におんぶにだっこのまま終わってしまう。彼の役に立ちたい。それも、自分にしかできない事で。

 何か出来ないか、その言葉が頭の中をぐるぐるしているうちに、達也の魔法が完成する。その一撃で新たに増えたハンターツリーを全て焼き払うも、三秒後に再び同じ数のハンターツリーが生えてくる。春菜の魔法は、まだ完成しない。聞こえてくる何かの声。再び宏に大量に突き刺さる根と枝。聞こえる何かの声。宏の血を吸い上げ、再生するイビルエント。語りかけてくる何かの声。

(……そっか……)

 頭をクールダウンするために声に耳を傾け、自身の役割を理解する。アランウェンから巫女に指名され、とりあえず言われた通りのお清めを朝晩続けていたが、今まで肩書だけで本質的にはただのエルフだったアルチェム。この時彼女は、本当の意味でアランウェンの巫女になった。

「皆さん、少し下がってください!」

 アルチェムが声を張り上げる。唐突に掛けられたその言葉に、一瞬動きが止まる一同。それに頓着せず、眠りを妨げられ、怒りと悲しみの声を上げる祖霊達に、人間には聞きとれはしても意味を理解する事は出来ない音の羅列で語りかける。

(お願い!)

 ただ一つだけの願いを込め、何かに突き動かされるように音を発し続けるアルチェム。アルチェムの願いを聞き届けた祖霊達が、増えたハンターツリーを全て枯死させ、地脈に食い込んだイビルエントの根に干渉し、新たな魔木を召喚できないように場を支配する。吼えるように枝を鳴らし、暴れるように地表近くの根をのたうたせるイビルエント。だが、それらの行動を全て、アルチェムから願いを受け、対価として彼女のマナをもらいうけた祖霊達が妨害する。歌詞も旋律も存在しないながらも、アルチェムが発している音は間違いなく歌であった。

 エクストラスキル・トーテムコール。神々の巫女にとって基本にして究極のスキル。本来はこれを身につける事によって、初めて巫女を名乗る事が出来る最重要スキル。特定の資質を持たない人間には、絶対に身につける事が出来ない力。エアリスが生まれた時から身につけ、無意識に使いこなしていたそのスキルを、ついにアルチェムは自分のものにしたのだ。

「春菜さん!」

「分かってる! オーバー・アクセラレート!」

 アルチェムが起こした奇跡に一瞬呆然としたところを祖霊達にたしなめられ、慌てて自分達が取るべき行動に移る宏達。宏と祖霊達の言葉に促され、ただ一人詠唱を続けていた切り札を発動させる春菜。たとえ巫女の力があったとて、普通の人間には本来聞こえぬはずのその声。それを彼ら五人が聞きとれたのは、日本人達が知られざる大陸からの客人だからであろうか?

「往生、せいやあ!!」

 当人以外には単なる超音波でしかない掛け声とともに、遮二無二イビルエントにポールアックスを叩きつける宏。当人の意識では百秒七十発、外部の視覚では約一秒。一筋の亀裂が見ている前で広がり、ついにダンジョンのボスが切り倒された。







「復帰~」

「空間解放~」

 イビルエントが死んだ事により、ダンジョンが消滅。しばらくして異界化が収まり通常空間に復帰したところで、ボス戦の時は妙に大人しくしていたオクトガル達が妙に嬉しそうにあたりを飛び回っていた。

「お前ら、さっきはえらく大人しかったが、どうしたんだ?」

 通常空間に戻った事を一切気にせず、ひたすらイビルエントの解体を続ける宏を何とも言えない感じの笑みで見守っていた達也が、急に騒ぎ出したオクトガル達に視線を移して声をかける。

「さっきシリアス~」

「空気重い~」

「私達、空気読めるいい子~」

「本音は?」

「痛いのいや~」

 正直に答えるオクトガル達に思わず苦笑し、なんとなくただならぬ様子で宏の姿を見つめる日本人とエルフの女を観察する。正確には、イビルエントの解体を手伝っている澪を羨ましそうに見ている、であるが。

「なあ、真琴」

「言わなくても分かるわよ」

「どうなると思う?」

「まあ、春菜が一番有利なのは変わらないんじゃない?」

 ヘタレで女性恐怖症のくせに妙にもてる宏を肴に、こそこそと盛り上がる年長者二人。人生に一度はあると言われているモテ期。時期的にある意味一番いいタイミングで来ている印象があるが、本人的にはもっと症状がよくなってからモテて欲しかったに違いない。

「それにしても、何でモテるんだと思う?」

「あたしが言うのも変な感じだけど、女ってギャップに弱いところがあるし、宏ってなんていうかこう、母性をくすぐるところがある気がしなくもないし」

「ああ、なるほど」

 情けないと思っていた人間が予想外に格好良くて頼りになるところを見せられると、普通に頼りになって格好いい人間よりプラスに見えるという事であろう。そこは価値観が違うエルフでも同じだった訳だ。

「それに、身体を張って守ってもらえて、嬉しくない女はいないってことね」

「なるほどなあ」

「まあ、エルもアルチェムも、人のものが欲しくなるタイプの女ってわけでもなさそうだから、そう言う方向で泥沼になる事はないんじゃない?」

「泥沼になる前に、あいつが女を受け入れられるようになるかどうかがまず疑問だがね」

 などとこそこそ会話を交わしていると、ふよふよ飛び回って遊んでいたオクトガル達が行動を起こす。

「チェムちゃん久々~」

「チェムちゃんおっきい~」

「チェムちゃんプニプニ~」

「チェムちゃん挟める~」

 ひとしきり外を堪能したオクトガル達が、アルチェムを捕獲してもみくちゃにし始めた。当然普通にオールレンジセクハラ攻撃付きだ。

「ひゃんっ!? ひっ!? あ、ちょっと!?」

 妙に色っぽい声でもだえながら抵抗しようとするアルチェム。その声に一瞬動きが止まり、そのままスルーを決め込んで解体を続ける宏。その背中には、触らぬ神にたたりなし、と書いてある。

「チェムちゃん美人~」

「チェムちゃん可愛い~」

「チェムちゃんしましま~」

「あの、ちょっと、ここでそういう事はっ!!」

「じゃあ、向こうでする~」

 そう言ってきっちり空気を読んで、宏の目の届かない場所にアルチェムを拉致するオクトガル。何がしましまなのかはあえて秘す。折角巫女としての資質を開花させたのに、お色気担当なのは変わらないアルチェムであった。
エロイダンジョンもこれでおしまい
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