第7話
「あの、ヒロシさん……」
「なんや?」
「それが貴重な素材だと言うのは分かるんですけど、こんなところでごそごそやってていいんでしょうか……?」
「馬鹿正直に最短ルートを最速で突破しても、単独でボスとやり合う羽目になるだけやん」
アルチェムの疑問に対して分かるような分からないような返事をして、そのまま壁から生えている蔦やら葉っぱやらを集め続ける宏。物凄い集中力とびっくりするほどの手際の良さで手早く必要な部分だけを切り取っては鞄に突っ込んで行く姿は、熟練の採取業者のようだ。
「そもそも、さっきまでは無視して壁を壊してたと思うんですけど、あっちは良かったんですか?」
「さっきまでの壁を構成してる植物は、ええとこ七級のポーション材料にしかならん。わざわざここで集めんでも、砂漠地帯以外やったらどこでも代替品が手に入るレベルやから、さっくり無視してん」
「じゃあ、ここの蔦とかは?」
「こいつらな、錬金術でちょちょいと処理したったら、一級ポーションの材料のバルセラ、その代替品のミルレットの材料になんねん」
一級ポーション、という単語を聞いて、驚くより先に胡散臭そうな表情を浮かべるアルチェム。現在一級および二級ポーションの製法は完全に失われて久しく、実物にしても現存するのは確認されている物が世界で五本程度。それも残っているのは全てヒーリングポーションで、マナポーションやスタミナポーション、特殊ポーションの類は全て、煉獄ができた事件による巨大モンスター世界同時進攻の時に使い尽くされている。
実物も製法も失われている物が、果たして本当に作れるのか。そんな疑問をアルチェムが抱くのも仕方が無いことだろう。そもそも実際に作ってみせたとして、それが本当に一級ポーションであるという証明をどうするのか。一般人なら即死しなければ、八級のポーションでも部位欠損以外は十分に完全回復する。多分、並の騎士なら五級で十分だろう。ポーションの一等級というのは、それほどまでに差が大きいのである。回復量を基準にした場合、余程でない限り三級以上の違いは分からない。
「バルセラってなんですか?」
「大霊峰の頂上付近にある大霊窟、そこの中ほどで採れるコケや。それ単独でもちょっと成分調整したるだけで五級ぐらいの回復力をもっとる」
「ミルレットは?」
「バルセラの回復成分を、人工的に合成したもんや。回復成分だけを抜き出してるからそっちの方が強いように思うやろうけど、ちょっとした不純物の影響で薬効が増す分、バルセラを直接処理して作った薬の方が効果が強なる傾向はある。まあ、っちゅうたかてミルレットそのものを調整したら済む範囲の差やけどな」
素人には判断できない事をあっさりと言ってのける宏に、信用すべきかどうか迷っていると言った感じの視線を向けるアルチェム。なまじ宏が凄まじい力量の薬師である事を知っているだけに、与太話と切り捨てられないのだ。
「まあ、今の手持ちの材料だけやとどうやっても一級は無理やから、証明して見せろ言われても無理やねんけどな」
「はあ……」
アルチェムの疑いの視線に気が付いているらしく、特に気負うことなく話を終わらせる宏。そのまま五分ほど黙々と作業を続け、決して狭くは無い壁すべてから蔦と葉っぱをむしり終える。
「さて、素材も集まったし、もう一丁壁抜くか」
「壁の向こうがモンスターの巣だった、なんてパターンもありそうですから、注意してくださいね」
「っちゅうか、今から抜く壁の向こう、多分そんな感じやで」
「えー……」
再びとんでもない事をあっさりのたまう宏に対して、ついついジト目を向けてしまうアルチェム。壁の向こうのモンスターの気配を察知できるのは凄いと思うが、分かってて何で平常運転で何事も無かったかのように壁をぶち抜こうとするのか。アルチェム的にはそこら辺を小一時間ほど問い詰めたい。いくら冒険者と言っても、冒険しすぎだろう。
「大丈夫や。群れまで結構距離あるし、ちゃんと対策も考えとる」
「本当に?」
「マジやで」
いまいち信用できない事を言う宏だが、今までこいつは言った事はちゃんと実現してきている。完璧に上手くいくかどうかはともかく、なにがしかの対策があるのは確かなのだろう。そこは信用していいはずだ。多分、きっと。
そんなアルチェムの内心の葛藤をよそに、実にいい笑顔で壁に向かってポールアックスを振りかざし
「往生、せいやあ!!」
いつものセットを乗せて一気に叩きつけて粉砕する宏。これまで何度も繰り返したのと同じ程度の衝撃が部屋を揺るがし、壁を構成している樹木が一本粉々に砕かれて大きな穴が開く。
その向こう側には、人間より巨大なサイズのリスが、大群と言ってもいい数で待ち構えていた。
「ヒ、ヒロシさん!」
そのあまりの数と大きさに、思わず怯えて宏の方を向くアルチェム。その時視界に入ったものをついついしっかり確認し、思わず目が点になってしまう。
「そおい!!」
「そ、そんなものなんで持ってきてるんですか!?」
宏が掛け声とともに豪快に投げ込んだのは、例によって特大サイズのポメであった。前回バルドの顔面に叩きつけたものよりさらに一回り大きく、そのサイズはすでにお化けカボチャの領域に入りかけている。普通なら人間が投げ込めるような重量ではないのだが、そこは特大サイズでしかも柄までがっちり金属製のヘビーモールを平気で振り回す宏の腕力だ。放物線を描くどころか、ほぼ水平に群れの中心部へと妙に正確に飛んでいく。
「危ないから引っ込み!」
そう叫びながら、唖然としているアルチェムをあけた穴から引きはがし、爆発に備えて壁を遮蔽物にする。念のためにアラウンドガードとフォートレスを同時に発動させた次の瞬間、部屋中どころかダンジョン全体を揺るがすほどの衝撃とともに、ポメが大爆発を起こす。
あのサイズでもなお、タイタニックロアの破壊力には三枚ほど劣るポメだが、それでも下手な上級範囲魔法よりは高い火力を発揮している。その爆発力に爆心地にいたリスは全て跡形もなく粉砕され、少し離れた位置のものは中途半端に肉がちぎれ飛んだ無残な屍をさらしている。もっとも外周にいたものでも全身の骨が砕けたり、内臓に致命的なダメージを受けたりしてその命を終えており、運よく生存した三体も無傷ではいられなかった。そう、数十体居た群れは、ただの一撃で壊滅したのである。
「今のポメ、一体何なんですか!?」
「前に別の温泉地で見つけてな。つい好奇心に負けて品種改良して、えらい事になった奴や。野放しにするんも危ないから、とりあえず回収して保管しとってん」
「何でもかんでも品種改良しないでください!」
「一回はやってみたくなるんが、職人っちゅう奴や」
そんな事をうそぶきながら、ポールアックスを構え直して中の戦意を失っていないリスに対して、アウトフェースによる威圧をかける。その態度を見て、アルチェムも余計な突っ込みは後に回すことにする。
残りのリスを仕留めるまでにかかった時間は、わずか数秒であった。
「な、何、今の!?」
「爆発かなんかがあったみたいだな」
順調に瘴気の濃い方へ進んでいた春菜と達也が、唐突に起こった凄まじい振動と爆音に、思わず足を止める。
「爆発って、戦闘?」
「十中八九そうだろうな」
「でも、こんな大きな爆発だったら、相当強い攻撃をしてると思うんだけど……」
「真琴と澪にはこんな威力の手札はねえし、ヒロのエクストラスキルは基本発動しなかったはずだ」
「って事は、敵が!?」
「そう早まるな。ちょっと確認してみればいいだろうが」
そう春菜をなだめ、早々にパーティチャットで確認する達也。宏なら戦闘中でも普通に反応するだけの余裕はあるだろうし、真琴と澪の組み合わせなら、どちらかは返事をしてくれるはずだ。
『凄い爆発があったようだが、無事か?』
『今のにびっくりして足が止まった以外、こっちは平和よ』
『ただし、だんだん瘴気の濃い方に誘導されてる感じ』
真琴と澪の平和な言葉に、まずは一つ安心のため息をつく達也。と、なると、何かが起こったのは必然的に宏達のペアになる訳だが、返事をする余裕があるのかが気になるところである。
『悪い悪い。今のん、僕がやってん』
達也の心配をよそに、あっさりと真相を報告してくる宏。一体何があったのかを重ねて問おうとするより早く、当人から追加の報告が来る。
『壁ぶち抜いた先にな、ちょっと洒落にならへん数のモンスターが居ったもんやから、とりあえず特大ポメぶつけて始末してん』
『まだ残ってたのかよ……』
『そんなもん、一個二個で品種改良の結果なんか分からへんから、十個以上作ったに決まってるやん』
『待てコラ』
物騒な事を平気で口走る宏に、間髪いれずに光の速さで突っ込みを入れる達也。毎度のことながら、目を離すとろくな事をしていない男だ。
『で、まあ、今はモンスターからはぎ取り中。大方の死体がものすごい状態悪い上に元々も大した素材にはならん感じやけど、ドーピング系のアイテムぐらいは作れそうやから、確保できるだけ確保しとくわ。で、リスの肉やけど、食う?』
『師匠、それ美味しい?』
『普通にリスの味や』
『回収で』
澪の言葉に了解の意を伝えると、そのままチャットを終えようとする宏。そこに慌てて春菜が割り込む。
『宏君』
『なんや?』
『アルチェムさんは大丈夫?』
『それは怪我的な意味で? それともうっかり的な意味で?』
『両方』
春菜の問いかけに対して、達也と真琴が苦笑している気配が伝わってくる。だが、春菜にとってはかなり重要な問題なので、うやむやには出来ないししたくない。
『今んところ、どっちも大丈夫やで。っちゅうか、そうやないとこんな風にのんきに話してられへん』
『そっか。分かった。じゃあ、出来るだけ急いで合流できるように頑張るから』
『まあ、瘴気強い方にまっすぐ行くし、そのうち合流できるやろ。途中で採取とかはさむから、そっちの方が先にボスにたどりつくかもしれへんけど』
『ん』
春菜の心配をよそに、あくまでも平常運転の宏。採取という言葉から、どうやらダンジョンアタックというよりもダンジョンに材料収集に来ているノリで行動しているらしい。まあ、いちいち雑魚相手にガクブルされるよりはそっちの方がリラックスできていいだろうし、達也達も安心できるから文句をつける筋合いは無いのだが。
「と、言う訳だ」
「これで、方針は決まったね」
「だな」
爆発があった方に向かえば、宏達がいた痕跡は見つけられる、ということだ。途中で中ボスとぶつかって戦闘になったりしなければ、そこまでは苦労しないだろう。
「それにしても、通話機能があるのに、パーティメンバーの位置情報を調べる機能はねえんだよなあ、このカード」
「ついでに言うと、マップ表示機能もないよね」
達也のぼやきに便乗し、贅沢な事を言い出す春菜。そもそも通話機能がある時点で、他のものとの文明レベルの落差が非常に激しいのだが、そういうところには意識が向かないらしい。
「まあ、マップ表示機能があったら、そもそも冒険者協会で各種地図を販売するとかあり得ねえだろうしな」
「それはまあ、そうだけど」
冒険者協会では、その地域の大雑把な地図や有名どころのダンジョンの踏破済み区域の地図を販売している。それらは多数の先輩達の血と汗と涙と命によって作り上げられた大切な資産であると同時に、後進達の屍の数を減らすのに大きな役割を担う最重要アイテムとなっている。
冒険者協会としても、これらの地図とパーティメンバーの現在位置表示をカードの機能に組み込みたいところなのだが、それをすると途端にカードの製造難易度が跳ね上がるため、コストや人材の問題で現状維持になっている。国家間のしがらみを超えて運営されているとはいえ、実際には国ごとにそれぞれ全く別の組織である現在の冒険者協会では、カードの改造というのはそう簡単な事業ではない。あれば便利であると言うだけで差し迫った必要性が無い機能なので、とりあえず後回しにしているのである。
まあ、地図の機能に関しては運営費として無視できない収入があるので、出来る事なら別売りとして今の体制を維持しておきたいという思惑がまったく無いという訳でもないのだが。
「とりあえず、ヒロ達の話から察するに、ルート上にそれなりの難易度を持った障害があると考えて間違いないだろうな」
「うん。ちょっと強めのモンスターとか、頭ひねってどうにかできる仕掛けとかだったらいいけど、罠の類だとちょっと拙いよね」
「俺達にゃ、罠をどうにかするスキルはねえからな」
今のところこれと言って特に派手な罠は存在しなかったが、最後までそうとは限らない。どうせ全ての罠を見抜く事は出来ないと割り切り、防ぎにくい足元と天井の罠を特に警戒して、左右に対する注意はやや控えめで進んできている。左右の壁から何か来る分には反射神経と防御魔法でどうにかする方針だが、時折微妙にこちらにちょっかいを出そうとする蔦があったりと、地味に精神力や集中力をそがれるのが辛い。罠がらみを澪に依存してきたつけが、ばっちり出てきた感じだ。
構造はごちゃごちゃと変わるくせに景色は一定で、時間感覚もだんだんおかしくなってきているのが怖いが、空腹と疲労はちゃんと時計代わりに機能するだろう。そう信じて探索を進めていく。
「真琴達はともかく、ヒロの奴は凄まじくいい度胸してるなあ」
「そもそも、道を通らずに部屋の壁を壊して進んでるって時点で、罠も何も関係ないよね」
「真っ先にそのやり方に走るあたり、本気でいい度胸してるよな」
「だよね」
ダンジョンの壁を殴って壊すなど、一体どんな問題を引き起こすか分かったものではない。それをできるからと無造作に行うその根性は、普段のヘタレ男とはどうにもイメージが重ならない。
「……何か、居る」
「……なかなかのプレッシャーだな。何処だ?」
「多分、この向こう」
じわじわと集中力を削られながらも数度の戦闘を特に問題なく終わらせ、それなりに先ほどの爆発の爆心地に近付いたあたりで、二人はとうとうそれに遭遇した。
「マンイーター?」
「そんな感じだが、多分別物だな」
「様子から察するに、瘴気を吸ってパワーアップしたタイプ、かな?」
「おそらく、な」
だだっ広い空間のど真ん中に鎮座する、巨大な食虫花。妙にしっかりした茎から大量に生えた蔦、獲物をとらえて消化するための袋、太い根っこ。その特徴は明らかにマンイーターだが、その大きさが違う。そいつはどこからどう見ても中ボスであった。
「どう見る?」
「私達が戦ってきた相手だと、単純な戦闘能力の時点でピアラノークよりは強いと思う。神殿でやりあった偽バルドなら、条件次第ではあれより強い」
「結論は?」
「戦って勝てない相手じゃない。ただ、相性的にはかなり不利かな」
「了解。問題なのは相手の手数と射程距離、であってるか?」
達也の問いかけに一つ頷く春菜。同時に飛んでくる攻撃の数が多い、というのは、回避主体の春菜にとっては分が悪い。しかも、こちらは白兵戦距離で無いと十分な火力を発揮できないのに、相手はざっと見ただけでも二十メートル程度は射程距離がある。あの蔦が伸縮自在ではないとは限らない以上、白兵戦に持ち込むのは難しいと考えて間違いないだろう。
「と、なると、だ」
春菜を攻撃力としては当てにできないと判断した達也が、とりあえず小手調べとして部屋の入り口ぎりぎりからグランドナパームを発射する。基本的にその場から動かない相手故に、攻撃を直撃させるのは実に簡単ではあるが、流石に中ボス。中の上程度の攻撃魔法では、大して大きなダメージは見込めない。
「っと!」
反撃とばかりに伸びてきた蔦をまとめて切り払い、達也を部屋の入り口から数歩離れたところまで押し出して、自身も離脱する春菜。部屋の入り口ぎりぎりまでしか攻撃が伸びて来ないらしい事を確認し、とりあえず一息つく。
「どんな感じだ?」
「多分そこそこレジストされてると思う。表面ちょっと焦げただけだから、もう治り始めてるよ」
「なるほどな。じゃあ、次は……」
出し惜しみなしで聖天八極砲を発動させる。流石にそのレベルの魔法をレジストするほど魔法抵抗が高い訳もなく、レジストしたグランドナパーム程度でもダメージを食らう魔法防御力ではダメージを押さえることもかなわない。一度の攻撃で、HP換算で三割ほどのダメージを受けて激しく蔦をのたうちまわらせる巨大マンイーター。流石に詠唱時間と魔力消費だけでこれだけの威力を一撃で出すのは、現状では真琴でも不可能である。
リスクを承知でやるなら、春菜のエレメンタルダンスは余裕でこの技を超える威力があるが、あれはオーバー・アクセラレートと同じく下手に使うと戦闘不能になる、現状では一度の戦闘で一回限りの切り札だ。間違っても、相手の戦闘能力をきっちり把握できていないこの状況で切る札ではない。
「回復は始まって無いね」
「よし。だったらもう一発!」
春菜の報告に一つ頷き、もう一撃入れようと術の冷却時間を確認していたその時、背中を何者かに押される。
「な、何だっ!?」
「達也さん、壁が!」
春菜の言葉にとっさに振り向くと、いつの間にか通路をふさいでいたダンジョンの壁が、そのまま二人を中ボスルームに押し込もうと背中に密着していた。抵抗しようにもそもそもダンジョンの構造変化そのものなのだから、壁を壊しでもしない限りは抵抗の余地などない。部屋の中に完全に押しこまれ、きっちり退路を塞がれてしまう。
「ちっ! 流石に一方的にやれるほど、甘くは無いか!」
「一撃入っただけでもよしとしよう」
達也を庇うように立ってレイピアを構え、油断なくマンイーターを睨みつけながら自身に言い聞かせるように言葉を吐き出す春菜。その言葉に頷くと、冷却時間を待つ間に違う魔法の詠唱を開始する達也。
「やっぱり、威力優先でヘルインフェルノかアブソリュートバニッシュあたりも習得しておくんだったな……」
「あの辺はいまいち使いどころが無いから、いいんじゃない?」
通常スキルでは最高峰の火力を持つ魔法を上げ、そんな風にぼやく達也。だが、ヘルインフェルノは効果範囲が広すぎて誤爆がひどく、システム上フレンドリィファイアが無いゲーム中ならともかく、今の状況では非常に使いにくい。熟練度と魔法攻撃力に応じてうなぎ登りに効果範囲が広がっていくのもマイナス要素だ。ゲーム中ではこの魔法を覚えた人間は、必ず一度はフィールドで試射をして全部仕留めきれず、焼け残ったフィールド中のモンスターのターゲットを根こそぎかき集めて袋叩きにあった経験がある。伊達にウルスの三分の一を灰燼に変える魔法ではないのだ。消費が重く、詠唱・冷却時間ともに一度の戦闘で二発目が無いであろうレベルなのも痛い。
アブソリュートバニッシュは、通常スキルとしては物理・魔法すべて合わせた中で最大の攻撃力を誇る攻撃魔法である。複数の属性を融合させて消滅の魔法に変化させると言うある意味分かりやすい思想・原理の魔法で、反発する力も破壊力に転換するため、エクストラスキルではないと言う事に驚かざるを得ない攻撃力を見せるのだが、残念ながら詠唱が最短で十五秒と長く、一発撃ったら達也程度の魔力では枯渇を避ける事が出来ないと言う極悪なまでの燃費の悪さを見せる。澪ぐらいの魔力が無ければ二発目は存在せず、ボス戦での最初の不意打ち以外では基本出番が無い魔法だ。
言うまでもなく、どちらもそのあれで何な性質は知れ渡っており、習得者は決して多くない。使いこなしている人間となるとさらに少なく、双方を一度の戦闘で二発以上使った事があるのは魔法系プレイヤーでキャラレベルがトップの廃人、ただ一人だけであろう。
「とにかく、炎に若干弱いのは植物系の定番だ! 一気に燃やす、獄炎聖波!!」
瘴気を吸っている以上、浄化の特性を持つ火属性魔法はそれなりに効くだろう。その判断のもと獄炎聖波を叩きつける。予想通り、聖天八極砲には一枚劣るとはいえ、十分なダメージを受けて更に激しくのたうちまわり始めるマンイーター。更に炎系上級スキルのブラストバーンで焼き払い、そろそろ次の聖天八極砲の準備に、というところで敵の動きが変わる。
「手数が一気に!!」
「大丈夫か!?」
「何とか! でも……!」
この勢いで手数が増えると、いずれ防ぎきれなくなる。達也を背後にかばうと言うのが想像以上に厳しい上、最初にやったように一撃で蔦を切り落とせなくなってきているのが問題だ。せめて相手の手数を減らしたいと、思い付く限りの障害魔法をかけられるだけかけ、更に少しでも切り落としが成功しやすいように、炎の魔法剣で攻撃を防ぐという工夫をしているのだが、それでもどうしても押され気味になってしまう。
(どうにか、どうにかして、せめて切り払った蔦をすぐに攻撃に使えないようにしないと……!)
厳しくなっていく一方の攻撃に内心で大いに焦りながらも、出来るだけ思考を冷静に保ちながら相手を観察する。分かっているのは、切り落としに成功すれば約二十秒ほど、炎の魔法剣で切り落とせば完全に、その蔦による攻撃は出来なくなると言う事だけだ。
つまり、相手の攻撃を炎の魔法剣で確実に切り落とせれば、どうとでもできると言う事である。が、それは言うは容易いが、という奴の典型である。宏なら捕まったところであっさり引きちぎるだろうし、真琴なら切り払いで確実に蔦を潰してのけるだろう。だが、手数と手札の枚数が売りの春菜には、そこまでの腕力も火力もない。持ちうる手札でどうにかする事を考えねばならない。鎌という選択肢もあったのだが、最初の段階では手札の枚数が減るのが怖くて、あえて普段通りにしてしまった。普通に考えれば、いくら相手の弱点とはいえ熟練度換算で初級を折り返してすらいない武器をボス戦で使おうと考えるのは、相当度胸がいる。しかも、レイピアと鎌とでは扱い方が極端に違うのだから、日和るのも当然である。
とにかく冷静に、と、呪文のように頭の中で呟きながら、相手の挙動を観察し、既に思い付いている対応策、それに切り替えるための隙を探し続ける。視界の端を迂回して背後を狙うように飛んできた蔦を間一髪で叩き落とし、達也にダイレクトアタックを仕掛けようとした頭上の蔦をいい具合に焼き切ることに成功したところで、マンイーターの攻撃が急激に激しくなり始める。
マンイーターからの臨界点を超える攻撃に、今度こそ焦りを押さえきれなくなる春菜。それでもどうにか四方からの同時攻撃を素晴らしい剣さばきと体術で凌ぎ、足元からと頭上から達也を直接狙った攻撃を潰したところで、視界の隅に辛うじてとらえただけの蔦にレイピアを絡め取られてしまう。もう一本の蔦をとっさに放った炎の魔法で焼き払った次の瞬間、マンイーター本体から消化液の弾丸が発射される。
(あれは、防げない!)
飛んでくる速度が予想より早く、防御魔法の展開が間に合わない。避けようと思えば避けられるが、それをすると達也に直撃する可能性がある。そして、魔法剣で叩き落とそうにも、肝心の武器が無い。だが、詠唱時間やディレイを考えれば、この一撃さえしのげば、達也がきっちり始末してくれるだろう。
ある種のあきらめとともに、せめて致命傷を避けるためにと両腕で頭と顔をかばう。ワイバーンレザーアーマーと自分の防御系補助魔法の効果なら、治療できる程度のダメージに収まるはずだ。髪の毛に結構な被害が出そうだが、命には代えられない。
そんな後ろ向きの思考とともにダメージに備えていると、着弾より先に達也の魔法が発動する。聖天八極砲ではない何かだが、彼の手札を全て知っている訳ではない。何か変わった魔法で、ちょうどいいものがあったのだろうとあたりをつけながら、消化液が自分にかかるのを待つ。が、いつまでたってもその瞬間は来ない。
「えっ?」
「結界を張った! 立て直せ!」
「うん!」
達也の言葉に従い、腰の後ろに固定してあった鎌を取り出して、武器に関係ない種類の炎の魔法剣を発動させる。それを見た達也が結界を解き、今度こそ八極砲の詠唱に入る。
「蔦系の植物モンスターは、鎌に弱い!!」
そう吠えて、流麗な鎌さばきで次々に蔦を切り落として焼き払う春菜。再び飛んできた消化液を左手に持ったナイフに冷気系の魔法剣を乗せて切り払い、凍りつかせることにより武器の劣化と飛沫による被害を避ける。
「裏ワザ行くぞ! どけ!」
「了解!」
達也の宣言に従って射線をあけ、ついでに持って行かれたレイピアを回収する。春菜が飛びのくとほぼ同じタイミングで、達也から二発の聖天八極砲が飛び出す。
「流石に、こいつなら終わるだろう!」
達也の叫びと同時に、二発の聖天八極砲がマンイーターを飲み込み、焼きつくす。流石に今回は、素材を気にしている余裕などない。その攻撃により、きっちりマンイーターは消滅していた。
「えっと、今のは?」
「無茶苦茶シビアな上にコストが重いやり方なんだが、特定のタイミングで無属性で無詠唱ノーディレイでクールタイムゼロの攻撃魔法を使うと、詠唱中の魔法が二発に化けるんだよ。魔法使いの間ではよく知られている裏ワザで、バグなのかって問い合わせに対して公式に仕様だって返事も来てる。こっちでも出来るかどうかも、成功するかどうかも一か八かだったんだが、何とかうまく行ってよかったよ」
「そんなやり方があるんだ」
「まあ、成功しても二発目はコストが三倍になるから、あんまり率のいい手段じゃないんだがな」
他にも無属性・無詠唱・ノーディレイ・クールタイムゼロの魔法に関しては、特殊なタイミングで発動させることにより他の魔法のクールタイムを上書きする効果もある。一般的に強制冷却と呼ばれているテクニックだが、これもタイミングがきつい上に魔力消費が倍になるという欠陥があるため、ここぞと言う時以外で使うような手段ではない。ついでに言えば、無詠唱でノーディレイ、クールタイムなしと言っても、毎秒何十発も撃つといった真似は出来ない。トリガーディレイと呼ばれている発動させると意識するためのタイムラグに加え、発動までにもタイムラグがあるのだから当然である。
「それにしても、危なかった……」
「ゲームでも結構あの類のとはやりあったが、同じ程度の強さでも厄介さはこっちの方が大幅に上だった気がするぞ」
「やっぱり、アルゴリズムが決まってるゲームのモンスターと、本能で臨機応変に動いてくる実物のモンスターじゃ全然違うよね」
春菜のため息交じりの言葉に同意すると、とりあえずマンイーターが居たあたりに落ちていた結晶を拾っておく。
「とりあえず、魔力が結構危機的水準だ。悪いがちっと休憩したい」
「了解。結界を張るよ」
流石に、専属のタンクなしでの中ボス討伐はきつかったらしい。宏の存在がどれほど偉大かをかみしめながら、疲弊しきってぐったりと休憩をする二人であった。
春菜達が中ボス戦で苦労していたその頃、真琴達は。
「あれ、明らかに中ボスルームよね」
「急激に瘴気が濃くなったから、多分ワープさせられた」
澪の指摘に頷く真琴。瘴気が薄い方へ薄い方へと移動していたため、ここまで戦闘の類は一度も発生していない。罠の類も特になかったため、二人とも春菜達に比べると全くと言っていいほど疲弊していない。もっとも、宏も壁をぶち抜いて採取をしてと好き放題やっているくせに、消費が回復を上回らないために全く消耗せずに進んでいる訳で、どう見ても春菜達が一番貧乏くじを引いているのは間違いない。
「で、唐突に出現した中ボスの人は、どんな感じなのやら」
「人型とは限らない」
真琴の軽い言葉に、言わずもがなな突っ込みを入れる澪。いろんな意味で余裕である。
「まあ、人型かどうかはともかくとして、やらないって選択肢は無い訳だし、悪いけど罠とか調べて来て」
「了解」
真琴の指示に従い、とことこと一見無造作に、その実かなり慎重に扉に近付いていく澪。自然物で構成されたこのダンジョンにおいて、明らかに不自然な扉という人工物。それを丹念にチェックし、それ自体に罠もカギもない事を確認してゆっくりと開く。
「……」
「……」
お互いに顔を見合わせて、見なかった事にしようと言う感じで扉を閉める。
「なんていうか、キモかったわね……」
「あれは無い……」
扉の向こうにいたのは、豹頭で首から下がトカゲとゴリラを足して二で割ったような、骨格構造は分類上人型になるであろうモンスター。ただし、
「なんか、いろんなものに寄生されてた訳だけど、どう思う?」
全身のそこかしこをキノコや菌糸が覆い、あちらこちらから何やら植物が生え、その目はうつろで意志らしきものは何一つ感じ取れない、こいつが動くのであればもはやベースの生き物とは別のモンスターになっている訳だが。
明らかにいろんなものに寄生されているくせに表面上はほぼ原形を保っているあたり、はっきり言ってゾンビよりも気色悪い見た目に仕上がっている。
「何かの餌?」
「かもねえ。ただ一つ言えるのは」
外見から予想される性質を思い浮かべ、うんざりした表情で結論を口にする真琴。
「あれが動くのであれば、あたし達にとっては無茶苦茶相性が悪いはず」
うんざりした表情で断言する真琴に、無表情に頷く澪。宏とアルチェムが純粋な火力に、達也と春菜が腕力と防御力に難があるように、真琴と澪の組み合わせは属性攻撃のバリエーションが少ないという欠点がある。澪の簡易エンチャントは力量的に属性付与ができず、真琴は光属性しか属性攻撃技を持っていない。それに素材回収の観点から、澪は炎系の弓技を覚えていない。
また、粘菌に寄生されているという特性を考えると、弓も大剣も効果は薄いだろう。いくら切り刻もうが刺し貫こうが、寄生している何かが無事であれば相手の動きが止まる事は無いに違いない。火炎系や灼熱系の簡易エンチャントが使え、メインウェポンのもう一方がヘビーモールという重量級の鈍器を使う宏か、いろんな種類の属性攻撃を得意とし、範囲攻撃の手札も多数持ち合わせている達也と春菜のペアの方がはるかに簡単に仕留められる。
だが、遭遇してしまった以上は、相性の有利不利を言っても仕方が無い。相手によっては与えるダメージが相手の回復力を上回れない可能性がある宏よりは、まだ倒せる可能性があるだけはるかにましであろう。そう無理やりポジティブに考えて、気分を切り替える真琴。
「澪、ガスマスクとかその類のものは?」
「あるけど多分必要ない」
「何でまた?」
「この鎧、特殊環境耐性のランク6がかかってる」
澪の回答を聞き、微妙に眉間を指でもんで頭痛をやり過ごす真琴。特殊環境耐性というやつは、毒沼だの砂嵐だの火山内部だのといった、人間がうろうろするには難があったり不可能だったりする環境で行動せざるを得ない時、その影響を軽減するものである。そのランク6と言えば、生き物が即座にモンスター化するような濃度の瘴気でも普通に行動ができるレベルで、普通に厄介な環境という程度なら全く苦にしない。
流石に攻撃を食らって直接体内に毒を流し込まれた、などというケースはジャンルが違うため無効化できないが、今回のように胞子だの粘菌だのに寄生されかねないと言うパターンにはばっちり効果がある。実のところ、宏がわざわざこのエンチャントをかけたのは、達也が花粉症だと言っていたからだと言うのはここだけの話だ。
「だったら、後は直接体内にちょっかいをかけられた時のための対策ね」
「万能薬で問題ない」
「寄生虫とかもいけるの?」
「いける」
澪の回答を聞き、戦闘するだけなら問題は無いらしいと結論を出す真琴。後の問題は、どうやってあれを仕留めるか、だろう。
「あの手のは燃やすのが手っ取り早い訳だけど、たいまつと油ぐらいでどうにかなると思う?」
「微妙」
「やっぱり?」
「あの手のは、魔力を乗せた炎でないと多分焼けない」
澪の指摘に、思わず唸る真琴。メジャーな炎の魔法剣をひねくれ者根性であえて触らなかったつけが、こんなところでのしかかってきたのは予想外にもほどがある。もっとも、魔法剣は習得が面倒なものが多いので、無効化されにくい光属性一本に絞るのはそこまでおかしな選択肢ではないのだが。
「澪、あれを焼くのに使えそうな魔法とかはある?」
「焼くだけならできるけど、攻撃には使えない」
「了解。最悪、出来るだけ小さく切ってその魔法で地道に焼いていきましょう」
真琴の言葉に澪が頷いたところで、扉がゆっくり開き始める。どうやら、準備に貰える時間は、これで終わりらしい。
「準備はいい?」
「いつでも」
澪の言葉を聞くと同時に、扉が開ききるのを待たずに突撃。先制攻撃とばかりに鞘に入ったままの大剣でモンスターを殴り飛ばす。スマッシュホライゾンという、水平方向への吹っ飛ばしに特化しきったスマッシュの上位技により、狭くは無い室内の反対側の壁まで、一気に吹っ飛ばされるモンスター。
「バスターショット!」
起き上がりかけていたモンスターを更に吹っ飛ばして壁に叩きつけ、追い打ちで縫いつけるように数カ所を射抜く澪。動きが十分阻害されている事を確認し、まずは様子見程度に手だけを切り落として細かく切り刻む真琴。念のために燃やそうとして、嫌な予感がしてその場から逃げる澪。次の瞬間、切り刻まれたはずの手首が肉片から増殖し、澪が居たあたりに向かって飛んできて爆発する。
「予想通りと言えば予想通りだけど……」
「また、性質が悪い……」
爆発の規模から察するに、多分直撃したところで大したダメージは無い。だが、相手が相手だけに、下手に食らって寄生されたら厄介だ。逃げられるなら逃げに徹するのが正解だろう。
「!」
迂闊に切り落としたりもできない事を悟り、どうにか方法は無いかと思考の海に沈みかけたところで、とんでもないものを見て一瞬動きが止まる澪。
「真琴姉! 足元!」
だが、動きが止まったのもほんの一瞬。即座に真琴に警告を発する。その言葉を聞き、特に確認せずに澪の方に飛びのく真琴。間一髪というタイミングで、真琴の足元に這い寄ってきていた粘菌を避ける。
「……うわぁ……」
「困った……」
あまりに性質の悪い攻撃に、うめき声しか出ない二人。だが、まごついている余裕はない。いくら動きが遅かろうと、攻撃は止まっていないのだ。
「とりあえず澪、攻撃力ゼロでもいいから、魔法で焼いてみて! あたしは出来るだけ足止めしてみる!」
「分かった!」
真琴の指示に従い、粘菌に対して生活系魔法の着火というやつをかける。マッチやライター程度の火種しか起こせない魔法だが、一応は魔法の炎。足止めに真琴が押しつけているたいまつの炎よりは効果が出ているようだ。
「真琴姉、効いてる!」
「了解! って事は、後は他の手が無いかを考えながら持久戦よ!」
少しでも効果があるなら、まずはその手段を限界まで使ってあがくしかない。宏がドーガを木刀でスキルを使わずに殴るようなささやかなダメージしか与えられないが、どうやら焼いたところが復活するとか増殖するとかいう事は無いらしい。
「にしても、キリが無いわね!」
状況に変化が無いどころか、じりじりと押され始めている事に対しての焦りをにじませ、真琴が思わず叫ぶ。確かに澪が焼いたところからは増殖しないが、それ以外のところがどんどん増えて行くので、実際のところは焼け石に水レベルなのである。スタミナ的には全然問題は無いが、対処に関してはだんだんと追い付かなくなってきている。
「攻撃魔法と同じレベルは無理」
「分かってるって。てか、何かいいアイテムないの!?」
「今テンパってて思い付かない。具体的に提案」
「たとえば火炎石!」
鞘に入れた剣で粘菌をはねのけ、たいまつで牽制しながら土壇場で閃いた、初級の攻撃アイテムの名前を叫ぶ真琴。それを聞いて、思わずはっとする澪。テレス達の指導でさんざん作ったはずのアイテムなのに、意識からすっかり抜け落ちていたのだ。
「結構たくさんある!」
「じゃあ、悪いけどそいつをばら撒いて! あたしはちょっと手を離せそうにない!」
「了解!」
鞄に手を突っ込み、倉庫の中の商品ではないアイテムを突っ込んだあたりから、かき集められるだけの火炎石をかき集める。それを真琴に当たらないようにばら撒き、一気に発動させる。
「よし!」
「効いてる!」
効果は劇的だった。真琴達を壁際まで追い詰めていた粘菌が、一瞬にして派手に焼き払われる。だが、百近い火炎石による炎により、最初の寄生体を含む八割を焼き払うことに成功したが、止めを刺すには至っていない。
「もう残ってないの!?」
「無い!」
「拙いわね……」
確かに形勢は逆転したが、残った二割がこの期に及んでまだ増殖を始めている。しかも、よく見れば天井に這い上がって難を逃れた連中もいるため、すぐに巻き返されそうだ。
(何か、何か残ってるはず!)
アイテム、という手段は十分な効果を発揮した。なら、他に使える手があるはずだ。たとえば、魔力を持った油かアルコール、それを燃やした炎なら?
「真琴姉! あれ!」
「分かってる!」
もしかしたらいけるかも、と言う手段を考え付いたのと同じぐらいのタイミングで、粘菌たちがなにやら行動を起こす。焼け残っていた菌糸が一箇所に集まり、巨大なきのこになったのだ。
「どうせ、あれも炎熱系のスキルが乗った魔力打撃以外、物理攻撃はほとんど効果ないんでしょ!」
「十中八九、そう」
「とりあえず手は考えたから、少し時間稼いで頂戴!」
「了解!」
先が見えたからか、澪にしては元気よく返事を返し、大量に矢をつがえるとその先に着火魔法で火をつける。
「アローシャワー!」
巨大きのこを囲むように、燃え上がる矢が地面に突き刺さる。その熱気にひるみ、動きが数秒止まるきのこ。大したダメージにならないとはいえ、やはり炎は苦手らしい。
「女の身でこれやるのはどうかと思うけど……」
その数秒間を存分に活かし、かばんの中から銘酒ドワーフ殺し、それも神殿に奉納してくれと聖別されてお神酒となった物の一本を取り出す。
「これ以外にいい手が思いつかない以上……」
左手に酒瓶を下げ、右手に持ったたいまつの炎を確認し、再び巨大きのこをにらみつける。
「大道芸に付き合ってもらうわよ!!」
何かを吹っ切るように高らかにそう宣言すると、口で酒瓶の栓を抜き、一気に口いっぱいに酒を含む。火を近づけただけで引火しそうなほど高濃度のアルコールが口の中に広がる。飲み込みたくなる誘惑を必死になってこらえ、相手に残りの酒をある程度加減してぶちまけると、たいまつの炎を口の高さに掲げる。そのまま、できるだけうまく霧状になるように気をつけながら、口の中身を一気に噴出す。
「ま、真琴姉、それはいくらなんでもちょっと……」
大道芸と言い切った真琴の、その言葉に一切偽りのない行動に、さすがに突っ込まざるを得ない澪。ほぼ純アルコールじゃないのかと言われるアルコール度数は伊達ではなく、すさまじい勢いで燃え広がり巨大きのこを焼き尽くす。
澪があきれた表情で見守る中、とどまることを知らずに燃え続けた炎が、その場のモンスターをすべてこんがり焼き上げる。その香ばしいにおいに酒飲みとしての顔がのぞきかけるも、さすがに状況が状況ゆえにぐっとこらえる。
「まあ、さすがに全部焼き尽くせたみたいだし、ちょっとだけ回収して先に進もう」
「そうね。で、これ何かに使えるの?」
「師匠なら多分、使い道を知ってると思う」
宏なら、何かに使うんじゃないか。その言葉に反論できる人間は、少なくとも知り合いの中にはいない。
「とりあえず、どれだけ持っていく?」
「ん~、あのきのこぐらいは全部持って行っていいかも」
どうにかぎりぎりで戦闘を乗り切った二人は、割と即座に平常運転に戻るのであった。
なお、中ボス戦らしいモンスターとの戦闘描写がなかった宏達は、と言うと……。
「やばいなあ」
「なんか、寒気がします……」
「そらまあ、明らかにボスルームやし」
バルド(本物)の全力全開と変わらぬ量の瘴気を放つ部屋の前で、困惑の声を上げていた。
「さすがに、さっきのオオサンショウウオより強いですよね?」
「そらまあ、さすがになあ」
部屋の前で、さすがに困ったと言う態度でごちゃごちゃ話し合う二人。なお、オオサンショウウオというのは宏達が遭遇した中ボスらしきモンスターだったが、自慢の再生能力で千日手に持ち込むより先に、宏のお家芸であるスマッシュとスマイトによるお手玉で首の骨をへし折られ、あっという間に脳を完全に破壊されたために割と秒殺に近い形で葬り去られた。再生能力は高くても、防御力と生命力はそこまで高くなかったことが敗因である。
足を切り落としたときにあっさり再生して見せたことにより、宏に方針を固めさせてしまったのもいけなかったようだ。せめて宏の武器が手斧のままでスマイトを習得していなければ持久戦に持ち込めて、アルチェムのスタミナぐらいは枯渇させられた可能性はあったのだが。
「まあ、とりあえず下手に動かんと、ほかのみんなをもうちょい待とか」
「そうですね」
「で、さっきのサンショウウオの足、切り落とした方のんを軽く焼いてみようかと思うんやけど、食べる?」
「……少しだけ」
現在、三時のおやつぐらいの時間。それなりに動き回ったことによる軽い空腹に負け、一般的にはゲテモノに分類されるであろうサンショウウオの足肉のあぶり焼きとこのダンジョンで取れた正体不明の果実による間食を取るアルチェムであった。
作者の性格の悪さと卓ゲ物としての本性がにじみ始めたダンジョン攻略。
このダンジョン、結構エロイ(えぐい、ろくでもない、いやらしい)仕様なので
次話もダンジョンの仕様に苦労してもらうことになります。





