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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

エルフの森編

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第5話

「いつも思うんだが……」

「何?」

「まともな食材って、無いもんだよなあ……」

「あー……」

 しみじみと言った達也の言葉に、なんとなく返事を返せずに頷いてしまう宏達。何しろ、今食べてるのがケンキャクザケという、遡上するときに鍛えた足で断崖をこえる鮭なのだから、達也の言葉を否定する要素はどこにもない。しかもその足というのが土踏まずまできっちりあるマッシブな、誰がどう見ても健脚だという代物なのだから余計にだ。

 なお、この世界には、ちゃんと普通の鮭もいる。ただ、普通の鮭のシーズンが秋口なのに対し、ケンキャクザケはちょうど今頃が旬。遡上のピークは二週間ぐらいしてからだそうだが、気の早い連中がすでに川を遡ってきている。

 因みに、ケンキャクザケの足をほぐしてマヨネーズで和えると、ツナマヨにそっくりの味になる。そのため、今エルフの里では具にツナマヨならぬアシマヨを入れた握り飯がブームになっている。言うまでもなく、マヨネーズの作り方は既に伝授済みである。

「握り飯の中に鮭が入ってると思ったら、出てきたのがこれってのはひどいと思わないか?」

「ウデヤマメとか居るんやし、こう言うのが居ってもええやん」

「というか、だ。腕だけとか足だけだとか中途半端に生えるんだったら、ちゃんと四肢をはやして普通に半魚人になれと言いたんだが」

「それはあるわね、実際」

 達也の意見に同意する真琴。いっそギルマン的な何かなら逆に座りの良さに落ち着くのだが、見かけるのがこう、中途半端な連中ばかりというのは勘弁してほしい。

「半魚人……」

「ん?」

「美味しいのかな……?」

「食うのかよ……」

「っちゅうか、半魚人系のが居ったとして、そいつらはモンスター枠なんか人間枠なんか、どっちなんやろうなあ?」

 澪の言葉から食う食わないの話題になりかけたところで、ふと気になった事を宏が告げる。その疑問点に、真剣に悩む真琴と達也。

「難しいところね……」

「意志疎通ができるなら人間、本能で攻撃してくるならモンスターか?」

「まあ、分けるとしたらそこでしょうけど、意志疎通できてもモンスター枠ってのもいるし……」

「とは言え、ゴブリンが一応人間枠だってことを考えると、人間枠の可能性が高いよな」

 ある面において割とどうでもいい事を、妙に真剣に検討する一同。遭遇した時に判断すればいいだけの事なのだが、こういう疑問が出ると真面目に議論してしまうのが彼らの彼らたる所以だろう。

「考えてみると、実際に遭遇しないと分からないよね」

「そうだよな」

 結局、当たり前の結論に達したところで議論が終息する。とりあえず言えるのは、モンスター枠だったら間違いなく一度は食べられるかどうかチャレンジするであろう、という事だけである。

「で、まあ、話を戻すと、だ」

「ん?」

「たまには、根っこがパイルバンカーになってるだとか、空飛んでオールレンジ攻撃してくるだとか、調理ミスると自爆するだとか、魚のくせに腕が生えてるだとか、そう言う妙な性質を持ってない、見た目がまともで性質も普通な分かりやすい食材に出会いたいんだが、どう思う?」

「珍妙な食材でもいいじゃない、ファンタジーなんだから」

 達也のぼやきに対し、後ろにみ○を、とかつけたくなるような台詞を吐く春菜。とは言え、こんなふざけた会話で引き合いに出すのは、さすがに彼の偉人に対して失礼極まりないだろうが。

「なあ、春菜」

「何?」

「何でもかんでもファンタジーだから、で済むと思うなよ」

「いやだって、ファンタジーだからとしか言いようがないし」

 ファンタジーだからと言って、食材がまともな生態系を成しているかどうかすら不明で許される訳ではない。そう、声を大にして言いたい達也。そもそも、いくらファンタジーだと言っても、普通の漫画や小説のほとんどは、使われている食材は地球とそんなに変わらなかった。せいぜいドラゴンとかその手の生き物の肉がある程度で、いくらなんでもレンコンが空を飛んでオールレンジ攻撃を仕掛けてきたりはしない。

「大体、前々から思ってたんだが、お前らよく初めて見る正体不明の蛍光色の菜っ葉とか、躊躇いもなく調理して口に入れられるよな」

「そこはもう、来て一カ月で慣れたし」

「兄貴と澪は知らんやろうけど、夏の盛りの頃の旬の食材って、物凄い格好とか色合いのんが多かってんで」

「それで、真琴が文句を言わない訳か……」

「そう言う事」

 達也と澪がこちらに出現した九月ごろというのは、地球でもおなじみの食材が多く旬を迎える。それゆえにファンタジックな感じの珍妙な野菜や果物はそれほど出回っていなかったが、宏達がウルスに到着した夏の盛りと言えば、メタリックなドドメ色のキャベツっぽい野菜だとかマッスルな外見の瓜だとかが最盛期だった。いくら腐敗防止による保存技術があるとは言えど、やはり市場での売り物は穀物以外は旬のものが主流。それらの食材に手を出さないと食べる物の選択肢が急激に狭まる上に、どうしても数段割高になってくる。

 それゆえに、宏も春菜もえらい見た目の食材に引きながらも色々試し、最終的には食べて死なない物なら何でも食べようとする習慣がついてしまったのである。真琴に至っては、料理名から食材や調理方法が分からない物をロシアンルーレット的に試すしかなく、どん引きするようなものでも残すともったいないというお婆ちゃんっ子の彼女の性格から食べないと言う選択を取る事が出来ずに、春菜と合流する頃には食わず嫌いは基本的に完全に消えていた。

 そういった体験をしていない上、大概のものは見た目にも綺麗で食べやすい味に仕上げてくれる料理人が複数いたため、達也も澪も食えそうにないものを食わされる、という体験はしていない。それでも澪は、自身が料理する立場ゆえに未知の食材を毒見する事も多いが、基本食い専の達也はファンタジーな世界のあれで何な食材を直視する機会はほとんどない。

 言ってしまえば、彼のぼやきはそういう恵まれた立場にある人間の贅沢のようなものである。

「そもそも兄貴、ワイバーンとかに文句言わんくせに、野菜に文句言うんはおかしない?」

「ワイバーンはファンタジーって感じだったし、ロックボアとかは普通の肉と大して変わらんからなあ」

「ワイバーンもファンタジーなら、この辺の草もファンタジーでいいと思うんだけど……」

 春菜の言い分に苦笑する。確かに、うっすら発光している蛍光色の草とかはファンタジーと言えばファンタジーだ。ただ、大抵のファンタジーはその手のものを食べたりしないため、食材と言われると突っ込みたくなってしまうだけである。

「達也、とりあえずある程度はあきらめなさい」

「しかねえか」

「とはいえ、あたしもいい加減そろそろ、舞茸とかエリンギとかチンゲン菜とか、そう言うパターンで新食材を見たいとは思うわね」

 達也を窘めつつも、かつてはマイナーだったり日本になかったりした、農業技術や輸送技術の発達で広く食べられるようになった食材を例にあげて要望を出す真琴。

「まあ、探せばあるやろうな」

「ダールとかフォーレとか、あのあたりに期待、かな?」

「そこまで行かにゃなんねえのかよ……」

 微妙にうんざりした顔でぼやく達也。実のところ、エルフの里で採れる農作物も、大半は別段特に変わったところのない普通の作物なのだが、いくつかがピンポイントでおかしな性質をしているため、突っ込み気質でまだまだ日本の常識に判断基準が引きずられる達也の許容範囲を超えがちなのである。

「まあ、飯の話は置いとこうや。現状、食材の見た目以外に特に困るような事もあらへんし」

「そりゃ確かに、ぼやいてもどうにもならん話ではあるが……」

 宏の言葉にしぶしぶ頷くしかない達也。基本ヘタレのくせに、こういうところは妙に図太いのは、多分職人の領域だからであろう。

「兄貴らの方、今どういう状況なん?」

「とりあえず、割とやばそうなところにあったハンターツリーとかは全部やってきたぞ」

「あと、神殿前以外の所に生えてるマンイーターは、根っこが生えてそうなところ全部土を掘り出して、達也の魔法で完全に凍りつかせておいたから」

「ほな、当分は大丈夫やろな」

 現状手が空いている達也と真琴は、エルフの村からゴブリン、フォレストジャイアント、フェアリーの各村への道を見回り、ルート的に危険な場所に生息しているハンターツリーやマンイーターを駆除して回っていた。特にハンターツリーはフォレストジャイアント以外にとっては致命的だし、体が小さいゴブリンとフェアリーは、マンイーターも他の種族より危険度が高い。

 それ以外の動物系モンスターは、わざわざ自分から仕留めて回るような真似はしていない。キリが無い上に、あまり狩りすぎると生態系にどんな影響があるか分からないからである。

「で、そっちの方はどうなってる?」

「とりあえず、今は最終チェックの段階や。あれがいけたら、一気に駆除が進むはずやで」

「そうか、予定よりだいぶ早いな。決行はいつになる?」

「マンイーターの駆除自体は、最終チェックで問題が無かったら明日の朝からの予定や。ただ、これで終わってくれる保証はあらへんから、それ以外の準備もしといたほうがええやろう」

 宏の言葉に頷く一同。ゲームや物語のお約束、というやつを考えるなら、マンイーターを駆除するのは第一ステップ以上のものではないだろう。感じから言って何者かの陰謀、という類のものではなさそうだが、正直陰謀なんかよりも偶発的な何かの方が怖い。

「とりあえず、何かがあると仮定して、どんな準備が必要だと思う? 私は、陰謀関係に対する備えは多分いらないと思ってるけど」

「あたしの攻略組の経験と勘から言うなら、森林型のダンジョンに対する備えが必要ね」

「その根拠は?」

「マンイーターがあれだけ繁殖してるのに、平和すぎると思わない? しかも、ルートが塞がれる前に比べて、アランウェン様の神殿に行く機会が激減してるって言うのに」

 真琴の言わんとしている事を察し、真剣な顔で頷く宏と春菜。確かにあれだけの数の肉食植物が固まって繁殖し、その勢力を三十年近く維持できているというのに、このあたりには瘴気の影響が非常に少ない。宏や澪の感覚では、少なくとも神殿へのルートは地脈の通る筋からは外れているが、逆に言うなら大量のマンイーターが生命維持活動で生み出す瘴気が、地脈の汚染以外の何かに使われていると言う事になる。

「せやなあ。ルートが異界化を通り越して、ダンジョンになっとってもおかしくはあらへんなあ」

「そう言う事。だから宏、澪、出来れば脱出の手段も用意しておいて」

「了解や」

「任せて」

 経験者の勘、というやつを信じて頷く二人。真琴の勘が外れてもかまわない。備えなんてものは、基本的に無駄になって何ぼなのだ。

「じゃあ、午後からのお仕事に入るか。俺と真琴は最後の見回り、ヒロは最終チェックでいいとして、春菜と澪は何するつもりだ?」

「ボクは、ダンジョンアタックの準備」

「私は……、折角だから、訓練も兼ねて農作業のお手伝いでもしてくるよ」

「了解。じゃ、行くか」

 食事を終えた達也の言葉に頷くと、自分達の予定に合わせて行動を始める一同。エルフの村に到着してから五日。そろそろ彼らの滞在期間も終わりが見えてきたようだ。







「しかしよう、こんなめんこい客が畑仕事さ手伝ってくれっとは、世の中何が起こるか分かんねえもんだべなあ」

「んだんだ」

「長生きはするもんだべ」

 春先に植える苗の世話をしながらのエルフたちの言葉に、思わず苦笑する春菜。美形ぞろいのエルフに可愛いと言われても、どう反応していいか分からない。しかもこいつらの本性は、田舎のエロ親父やセクハラおばさんである。

「しかも料理上手だべさ」

「おら達の村で採れるもんで、あげに珍しくてうめえもんさ食えるとは思わなんだべ」

「料理は、知ってるかどうかも大事だから」

 さんざん持ち上げてくるエルフに、出来るだけ控えめに答えを返す。あまり堂々とした反応をすると、それはそれで餌食にされそうだし、そもそも大したことはしていない。

「折角だから、うちの村に嫁さけねえか?」

「マルガのところのせがれ、嫁いねえべ」

「アドーのとこもだよ」

「セネガルの嫁は、新婚早々お告げ聞いて出て行っちまって、今は何処さほっつき歩いてるのやら」

 農家の嫁問題が深刻なのは、日本も異世界も、人間もエルフも変わらないらしい。なんとなくやばい方向に話が進みつつある事を悟り、とりあえず話題を変えるために質問を飛ばす。

「えっと、これは間引く?」

「……んだなあ。微妙な線だべが、まあ間引いちまった方が間違いがねえべ」

「これって、少しぐらい植えるのが遅れても、ちゃんと育つかな?」

「気候にもよるだが、土地と気候さあってれば、そこまでひ弱な作物でもねえだ」

「じゃあ、貰って行っていい?」

 春菜の唐突な問いかけに、怪訝な顔をするエルフたち。

「構わねえけど、どうすんだべ?」

「今回の件が終わったら、ラース麦の栽培指導に人を連れてウルスに行くでしょ? その時についでだから、向こうの試験農園に植えてみようかなって」

「なるほどな。んだば、もっと種類と数があった方がいいだか?」

「ん、そうだね」

 春菜の言葉を聞き、間引いたものの中からよさげな苗を取り分けて集め始めるエルフたち。

「こんなもんでいいべ?」

「ん、十分。ありがとう」

「いいべいいべ。どうせ捨てるか乾燥させて肥料にするだ。他所で育つなら、苗も本望だで」

「んだども、終わってからウルスに持って帰ると、流石に時間さ経ちすぎねえか?」

「ウルスに帰るときは、転送石を使うから大丈夫」

 転送石と聞いて、納得しつつも心配そうな顔を見せるエルフ達。彼らにとっても、転送石というのは高価で貴重なものだ。それをそんなにホイホイ使っても大丈夫なのか、というのは気になるところであろう。

「転送石だか……」

「そげな高いもん使うて、大丈夫だべ?」

「大丈夫大丈夫。必要なら、宏君がいくらでも作ってくれるし」

 あっさり言ってのけた春菜の台詞に、思わず目をむくエルフ達。

「あの坊主、そげに凄い腕してるだか?」

「うん。多分、ウルスどころか世界を探しても、宏君に勝てる職人はほとんどいないんじゃないかな?」

「信じられねえだよ……」

「んだんだ」

「まあ、それはしょうがないとは思うけどね」

 エルフ達の反応には、流石に同意するしかない。寿命が短いヒューマン種の、それもまだ小僧とか坊主と呼ばれてもおかしくないぐらいの年の男が、世界でも屈指の職人だと言っても誰も信用しない。

「あ、そうだ」

「なんだべ?」

「この村に転移陣を設置したいんだけど、いいかな?」

「転移陣?」

「そんなもんが必要だべか?」

 唐突に出てきた単語に、急激に場がざわめく。いかに田舎者で平和な性格をしているとはいえ、転移陣という物の危険性を理解していないようなおめでたいエルフはいない。彼らの安全と安寧は、南部大森林地帯という巨大な樹海と、詳細な場所が分からないという隠れ里の特性によって守られている。転送石や転移陣は、その二つの障壁を一発で無力化してしまうのだ。

 これが、転送石程度ならまだいい。物によるとはいえ、あれで運べる人数や物資はたかが知れており、しかも使い捨てで相当高価なものだ。余程強い人間を連れてこない限りは、地味に戦闘能力が高いエルフ達にとってはそれほどの脅威となり得ない。

 だが、転移陣は違う。転移陣は転移ゲートほど大規模な輸送は出来ないが、移動する人間のほんの少しの魔力を使うだけで、その気になれば何人でも送り込める。しかも、人が引ける程度の荷車やそこに積める荷物も一緒に、だ。一度に一人ずつとはいえ、再使用は転移を確認してすぐに行えるのだから、それなりの人数を簡単に送り込める。

 しかも最大の問題は、転送石と違って、一度も来た事のない人間を簡単に送り込めることにある。それらの問題を考えると、流石に簡単にうんとは言えない。

「まあ、普通に考えたら、誰が出てくるか分かんないからイエスとは言いづらいよね」

「だべなあ」

「とりあえず、つなぐ先はうちの工房の中。用途はラース麦の栽培指導に必要な人員や道具類の移動と定期的な行き来のため。流石に、いちいち転送石を使うのも面倒かな、って思ったんだけど」

「確かに、ウルスさ簡単に行けるのは便利だども……」

「その工房とやらが制圧されて、おら達の村に大軍さ来る可能性はねえべか?」

「多分、うちの工房が制圧されるようだったら、転移陣があってもなくてもこのあたりは無事で済まないと思う」

 エルフ達のもっともな質問に対し、真剣な顔で断言してのける春菜。現実問題として、アズマ工房が制圧されていると言う事は、間違いなく国の中枢は今の王家以外が握っているだろう。更に言えば、工房の守りを強引に突破できるだけの戦力を持っていると言う事は、間違いなくバルドをはじめとした例の集団が絡んでいる訳で、その時点でファーレーンは隅々まで瘴気で汚染されている事間違いなしだ。このあたりの地脈がウルスの地脈とつながっている以上、その時はこの村も間違いなく瘴気に飲みこまれている。

「それに、転移陣の設定をいじれば、私達の許可が無い人間がこっちに来れないようにできるし」

「なるほどなあ。その設定を勝手に書き換えられる事はねえべか」

「ファーレーンの騎士団をして要塞以上の防御力とセキュリティを持ってるって言い切った工房に侵入、もしくは制圧して、その上で世界最高峰の付与術師でかつ魔道具職人が作った転移陣の設定を許可なく書き換えられる力量の人が、わざわざうちの工房を制圧しようと目をつけた時点で、十中八九は転移陣の有無ってあんまり関係なくなってると思う」

「だべか?」

「うん。それが出来そうでそういう事をしそうな集団って、私の心当たりだと一つしかないけど、その集団のやり口だったらうちの工房をどうこうするより先に、まず地脈に瘴気を流し込んで国全体を汚染する方を優先させるだろうから」

 バルドの戦闘能力と魔導技術を思い出し、そう断言する春菜。言動などを総合して考えるなら、あれはまず間違いなく下っ端だ。良くて現地のプロジェクトリーダー、悪ければ現場監督ぐらいの立場だとは思われるが、逆に言えばそのレベルですら、その気になればウルスぐらいの規模の都市を壊滅させられなくもない戦闘能力を持っていたのだ。流石に本物のバルドが数人がかりで工房に襲撃をかければ、絶対に陥落しないとは言い切れない。

 はっきり言ってしまうなら、彼らがウルスを瘴気の供給源にしようなどと考えずに、ただ単純に地脈の汚染とファーレーンの壊滅だけを狙って行動していたのであれば、今頃地図の上からはファーレーンもこの村も消えていただろう。多分それではいろいろ足りないからそう言う回りくどい真似をしようとしていたのだろうが、考えてみれば実に回りくどい事をしている。

「ただ、その集団って、前に戦った感じでは下っ端でも普通に空を飛ぶし、小規模な街の一つや二つは普通に壊滅させられそうだから、力技で来たら多分止める手段が無いよ」

「そげな厄介なのがいるんだべか?」

「とりあえず、ウルスにいたのは排除したんだけどね。本気でただの下っ端だったけど」

「その話が本当なら、お前ら強かったんだべなあ」

「私達がこの村に、って言うかアランウェン様の神殿に来たのも、その絡みでなんだ」

 嘘か本当か分からない事を言い出す春菜に、判断できずに顔を見合わせるエルフ達。春菜がこういう嘘を言う人間ではない事も、宏と澪が職人としては年齢に見合わない腕を持っていることも事実だが、かといって全面的に信用するには話が大きすぎる。彼らのような普通の村人に判断出来る話ではない。

「……残念ながら、おら達には判断できねえだ」

「……村長と長老に相談してくんろ」

「うん、了解。どっちにしても、アランウェン様の神殿に行って帰ってきてからの話だし」

 春菜の言葉に頷くと、各々の作業に戻る。作業を始めてすぐに下ネタセクハラ込みのあれで何な話題に戻るあたり、おっさん属性は意外と強いものなのだと思い知る春菜であった。







「あの、皆さん……」

 次の日の朝食。アランウェン神殿までの正規ルート解放作戦決行当日。何やら思いつめた顔をしていたアルチェムが、恐る恐るという感じで口を開く。

「ん?」

「どないしたん?」

「私も、一緒に行っていいでしょうか……?」

 アルチェムの言葉に、怪訝な顔をする日本人達。正直、アルチェムがついてくる理由が分からない。

「理由によるな」

「後、あんたの戦闘能力も」

 話を聞かない事には判断のしようがない。とりあえずアルチェムに対して、何故唐突にそんなことを思い立ったのかと、どれぐらい戦えるのかを確認する事にする。

「まずは、理由からやな。何でまたいきなりそう言う話になったん?」

「昨晩、アランウェン様からお告げがありまして……」

「なんか、ちょっと前によく聞いたフレーズ……」

 アルチェムが語り出した理由を聞いて、明後日の方向に視線をさまよわせながら呟く澪。言うまでもなく、よく聞く原因となったのは、現在ウルスで大人しく姫巫女をやっているはずの犬チックなお姫様である。

「具体的には?」

「皆さんと一緒に行って、そのまま直接神殿に来るように、と」

「行動としては具体的やけど、理由に関しては全然教えてくれてへんお告げやな」

「全くだ」

 自分達に実害が及ぶ可能性があるだけに、神様のありがたいお言葉でも容赦なく駄目出しをする宏達。この場合、アルチェム自身にもかなりの危険が及びかねないので、ますます言葉としてはきつくなる。

「それともなんや、自分がアランウェン様の巫女かなんかになる、っちゅう話なん?」

「分かりません。ただ……」

「ただ?」

「今、もう一度お告げがありまして……」

 物凄くいいタイミングで下された神託に対し、宏達が思わずジト目になってしまったのは仕方が無い事であろう。この場合、アルチェムがどうというよりはむしろ、わざわざ監視してタイミングを計っていたアランウェンに対する突っ込みが主成分である。

「自分に怒ってもしゃあないから、何言われたか言うてみ?」

「あ、はい。これは試練だから、連れていかないなら対話に応じるつもりもない、だそうです……」

「……こっちの神様って、みんなこんな感じなのか?」

「まあ、ある意味神様らしいと言えばらしいかも。主にギリシャ神話的な意味で」

 アルチェムが受けたお告げに対する達也の感想に、春菜が苦笑しながらコメントする。実際のところ、ギリシャ神話だけでなく日本神話にも、似たような神様の話はないでもない。彼らが余り詳しくないと言うだけで、多神教国家の神話には、こういうタイプの神様が普通に登場するものなのかもしれない。

「あの、みんなこんな感じなのか、というのは……?」

「ああ。ウルスにいた時にな、アルフェミナ様が有難味が無いぐらいホイホイ顔を出してだな……」

「それも、事件が終わった後の平和な時に、割とどうでもいい感じの理由で下りて来ては、妙なところにこだわった感じの注文をつけてくるの」

「元々あたし達は信仰心って観点では微妙だったけど、あれで本格的に株が大暴落した感じだったわよね」

「神様なら、もっと勿体つけて欲しい」

 アルフェミナに対する駄目出しの嵐に、目を白黒させるアルチェム。どうやら時空神様は、立場としては五大神に入るというのに随分とフットワークが軽いお方らしい。上位がそれならば、比較的下位に属するアランウェンが洒落のきつい性格なのも仕方が無いのではないか、などという主張は多分通じないのだろう。

「まあ、話は分かった」

「アポイント取りたい相手の要望やったら、連れていかんっちゅう選択は取れんやろうなあ」

「となると、戦闘能力が問題よね。あんた、どのぐらい戦える?」

 どの程度戦えるかを知っておかないと、連れていく上での心構えができない。ずぶの素人と多少は戦えるのとでは、注意するポイントや戦闘時に取ってもらう行動が大きく変わるし、戦力としてカウントできるのであればなおのことだ。

「とりあえず、捕まりさえしなければスラッシュジャガーはどうにかできます」

「その口ぶりやと、捕まった事あるみたいやけど、よう無事やったなあ」

「何人かでモンスター駆除をしていた時のことでしたので、すぐに援護と回復魔法が飛んできたんです。ただ、その時の感じから、流石に力比べでスラッシュジャガークラスの獣を押し返すのは無理だと分かってはいますが」

「普通はまあ、そうだろうな」

「チェットやヤーナおばさんなんかは、地面に引きずり倒されても普通に押し返したりしますけど……」

 エルフとは思えない力技に、微妙にどん引きする一同。だが、考えてみれば、収穫時にはフルプレートを着て農作業をするような連中だ。エルフというイメージにそぐわないだけの馬鹿力を持っていても、何ら不思議はない。

「まあ、そこは置いとこう」

「スラッシュジャガーがどうにかできる程度の腕前、っちゅうんは分かった。具体的にはどういう戦い方するん?」

「弓を主体に、四属性魔法による攻撃と障害魔法での足止め、ですね。小型のモンスターに関しては、懐に入られたらとりあえず鎌とか鉈で何とかしてます」

「要するに、澪の変種か」

「ポジションが微妙にかぶってる……」

 アルチェムのスペックを聞き、そんな風に判断する宏達。後方からのアタッカーというポジションはかぶるが、澪と違って距離を詰めての戦闘には不向きな、攻撃よりのスキル構成という感じだ。

「罠とかはどう?」

「建物の中のものはちょっと。ただ、野外で使うようなものはそれなりに」

「そこもかぶってる……」

「かぶっちゃいるが全く同じってわけでもねえし、キャラは正反対だから安心しろ」

「どうせボクはチビで貧乳……」

 達也のフォローなのかとどめなのか分からない言葉に、完全にノックアウトされてしまう澪。順調に育ってはいるが、現在目指せCカップが目標の、だが地味にカップ自体は完全にBにはなっていない己の胸部に悲しそうに視線を落とす。

「まあ、この様子やったら、ちょっと予定変更っちゅう感じやな」

 悲しみに浸る澪をさっくり無視して、何事もなかったかのように話を戻す宏。この話が続くのもあまりありがたくないと判断した他のメンバーも、とりあえずそれに乗っかる事にする。スルーされた澪が微妙にいじけているのを、こっそり頭をなでて慰めている真琴が趣深い。

「予定変更はいいとして、どうするんだ?」

「とりあえず先に種まきだけやって、アルチェムの腕前確認したら弓と簡単な皮鎧作ったろうか、ってな」

「弓って、材料は?」

「ハンターツリーがあるやん」

 宏のある意味予想通りの回答に、またこのパターンかと内心で苦笑する達也と真琴。とは言え、アルチェムの装備を強化すると言うのは、今回に関してはある意味必須である。

 何しろ、エルフ達が使っている武器も防具も、今自分達が使っている物と比べれば確実に三つはランクが落ちる。

「とりあえず、さっさ種まきしてこよか」

「手伝うよ」

「ボクも」

「別に、全員で行けばいいじゃない。種まく範囲もそこそこ広いんだしさ」

 真琴の提案に頷き、結局全員で種まきを行う事に。そもそも定点固定型のアクティブモンスターの根元に種をまく必要があるため、一人二人でやるのは厳しい。二人一組で一人がマンイーターの攻撃を鎌で防いでいる間にもう一人が種をまく、というやり方になるのはある意味当然と言えば当然だっただろう。アルチェムがエロトラブルを発生させかかったのも、この場合当然の範囲に入るのは言うまでもない。

「……うわあ……」

「締め上げてる……」

「かじってる奴もいるな……」

 そうやってあわやのところでエロトラブルを回避してまかれた種は、大方の予想を覆して瞬く間に発芽し、ものすごい勢いでマンイーターを駆逐し始めた。蔦の生えた樹木という体のその植物は、マンイーターを根っこのかけら一つ残さずに引っこ抜いたかと思うと、コブラツイストだの噛みつきだので締め上げてあっという間に枯らし、即座に自身も枯れて次の株へ、という流れでどんどんとマンイーターを仕留めて行く。周囲の植物には一切影響を与えていないのが素晴らしい。

「あの植木鉢でなくても、こんな勢いで育つのかよ……」

「品種改良技術の勝利やで」

「品種改良というより魔改造の類ね、あれ……」

 真琴がぽつりと漏らしたコメントが、宏が作り上げた謎植物に対する大方の一致した意見であった。







「さて、予定よりちょっと遅くなったが、出発するか」

「せやな」

 種まきから二時間後。アルチェムの準備も終わった事を確認した達也が、出発を宣言する。後一時間もすれば昼食という微妙な時間だが、そこまで引っ張ると流石に遅くなりすぎる。

「神殿までって、どれぐらいかかる?」

「特に何もなければ、三十分ちょっとというところです」

「なるほど。仮にダンジョンが存在しなくても、十中八九は何か起こるだろうから、ざっと一時間ぐらいはかかる訳だ」

「丁度昼ぐらいになるわね。異界化してなければ、の話だけど」

 アルチェムの回答に対して色々微修正を加え、おおよその所要時間を確定させる。はっきり言って、自分達がトラブルに巻き込まれないなどという夢物語を、彼らは誰一人信じていない。

「ダンジョンアタックになりそうやったら、早めに昼飯済ませなあかんやろうな」

「入る前に食事を済ませるのは、基本」

 宏と澪の言葉に頷く真琴。どんなタイプのものであれ、ダンジョンの中で食事をするというのはなかなか難しい。モンスターの出現の仕方が野外とは違うため、落ち着いて休憩できる場所があるかどうか自体がネックになるのだ。故に、仮に食事が出来たとしても、パンを水で流しこむような食事というより空腹を紛らわせると言うのが正しいものになりがちである。

 神殿までのルート上に問題が無かったとしても、十中八九ダンジョンアタックが必要になると踏んでいる宏達にとっては、次の昼食がこの件でまともな食事ができる最後の機会になる可能性が高い。そこから先は、事が終わるまではちゃんとしたものは食べられないだろう。その前提で春菜があれこれ工夫を凝らした携行食を用意してあるため、そう言う面では一般的な冒険者よりははるかに恵まれてはいるが、日ごろが日ごろだけに貧相な飯というイメージは避けられない。

「出発前に最後の確認」

 火の始末を終え全員が己の荷物を持ったところで、春菜が声をかける。

「皆、すぐ出せる位置にポーションは準備してある?」

「もちろん」

「最悪の場合に備えて、ロープ、鉈、鎌、ピッケル、手斧は人数分ある?」

「そこら辺はぬかりあらへんで」

「爆薬代わりのポメは、在庫十分?」

「補充した」

 春菜の指さし点検に、一つ一つ答えて行く一同。一見間抜けそうに見えたり、一部聞き捨てならない単語が混ざっていたりするが、こういう些細な事をちゃんとやっていくのが、この先生き残るために大切な事なのである。

「全員、バフアイテムは持った?」

「もちろんよ」

「じゃあ、適度に気合を入れて、出発だね」

 思い付く限りの確認を済ませ、今度こそ出発する。順調に行けば三十分、という言葉とは裏腹に、マンイーターがはびこっている間に獣の通り道になってしまったせいか、結構な頻度でモンスターと遭遇する。アルチェムとの連携の訓練になっていい、というレベルではあるが、それでも人が通らなくなって草に占領された道とあわせてなかなかの足止め要因になっており、アルチェムいわくの折り返し地点まですら、三十分では効かない時間がかかってしまう。

「大した距離やあらへんのに、えらい手こずっとんなあ」

「三十年も人が通らないと、やっぱり道も凄い事になりますよね……」

 もはや獣道とも呼べなくなっているその道を必死になってかき分けかき分け進んで行きながら、違う意味で前途多難な状況にぼやきが漏れる。アルチェムという案内がいないか、かつて道があったと言う名残を宏と澪が見分けられていなければ、とうの昔に迷子になっていただろう。

「で、この辺でどれぐらいの感じ?」

「そうですね。四分の三は過ぎた、と思います」

「そっか。そのタイミングでダンジョン、とはねえ」

「えっ?」

 真琴の言葉に驚き、辺りをきょときょと見渡すアルチェム。その様子に少しの間苦笑を漏らすも、すぐに表情を引き締めて言葉を続ける。

「ほら、あのあたりよく見て。ちょっと空間がゆがんでるでしょ?」

「えっ?」

「あたしとか達也が気がついてるぐらいなんだから、ヒューマン種より感覚器が鋭いエルフなら分かるはずよ」

 真琴が指示したあたりを真剣に睨みつけ、間違い探しをするかのようにじっくり観察する。三十秒ほどして、ほんの僅かに不自然な揺らぎがあった事に気が付き、そこをもう一度よく見る。

「えっと……、あっ!」

「あったでしょ?」

「はい。でも、あんな些細な違い、よくこんなにすぐに分かりましたね?」

「まあ、今回はたまたまって感じね。ダンジョンがあるかもって先入観があったから、どうにか見分けがついた感じ」

「私、その先入観があっても気がつきませんでした……」

「そりゃまあ、アルチェムはダンジョンなんて入った事ないでしょ? それも、こんな普通の空間の異界化が行きつくとこまで行って出来たタイプの奴は」

 真琴の指摘に頷くアルチェム。彼女に限らず、この近辺に住む種族は誰一人としてそんな経験はない。

「そういや、真琴はこっちでもそう言うダンジョンに入った事あるのか?」

「一回だけね。出来てすぐの若いダンジョンだったから、ボスも雑魚でそんなに難しくはなかったわ。その割に報酬が美味しくてそこそこいいアイテムも手に入ったから、金欠だった当時はすごく助かったのよね」

「なるほどな」

 真琴の言葉に納得する達也。なお、もっともらしい理屈をつけて説明しているが、真琴が気がついたのは本当に偶然である。ダンジョンがあるという先入観が無ければ、下手をすれば宏達が止める間もなくそのまま突入していた可能性が高い。達也も似たようなものだが、真琴より若干感覚の能力値が高い分、ドングリの背比べ程度ではあるがこういうケースでは有利だ。

「まあ、ダンジョンも発見したんやし、ちょっと休憩スペース作って飯にしようや」

「師匠に賛成」

「そうだね。タイミング的にもそんな感じだし」

 ダンジョンを発見してしまった以上、この後まともな食事と休憩は厳しい。ならば、ここでしっかり休んで英気を養い、気力が充実した状態で突入した方がいいだろう。

「とりあえず、ちょっと距離を置いて準備した方がいいんじゃない?」

「せやな。こういう時って何が起こるか分からへんし」

 真琴の提案に頷き、仮にラッキースケベ系エロトラブルが発生して吹っ飛ばされたとしても、間違ってもダンジョンに突入する羽目にならない程度に距離を置いて準備を始める。とはいっても、主な作業は自分達の腰より高い位置にある雑草を刈り取って、シートを敷いて座れるスペースを作る事なのだが。

「こんなもんでいけるか?」

「十分。お疲れ様」

「最初からある程度分かってた事だけど、冒険者ってのは物語と違って現実だと、泥臭い作業が多いわよね」

「そらそうだろう。普通、こんな森の奥のダンジョンに道つけるとか、そんなことする訳ねえし」

「そうだよね。と言うか、こっちのダンジョンの仕様だと、大抵のダンジョンは街や国の経営資源として管理とか無理な気がするし」

 春菜の指摘に、思わず乾いた笑いを浮かべながら同意するしかない達也と真琴。放置しておくとどんどん範囲が広がっていく上、突発的に発生し拡大を止める方法がダンジョンを攻略して消滅させるしかないのがこの世界のダンジョンである以上、よくあるような迷宮都市というのは、そう簡単には成立し得ないだろう。

 因みに、この手の突発的に発生するダンジョンというやつは、ゲームの時は大体突発イベントとして期間限定で実装されていた。消滅条件もイベントごとに違い、大半はイベント期間が過ぎれば自然消滅か、全プレイヤーのクリア回数が指定回数を超える事で消滅、のどちらかであった。

 とは言え、中には煉獄一歩手前というイベント史上最大難易度を誇る極悪なダンジョンのように、参加プレイヤー全員が協力して全てのマップを埋めた上で、同じく全員で協力してダンジョンで起こる全てのイベントやクエストを発生させてクリアし、最後に誰か一組のパーティがボスを仕留める事で消滅、というものもあり、普通は二週間程度のイベント期間が、クリア条件を達成できずに三カ月かかったケースもある。

 もちろん、今回のケースのように普通に起こるクエストを進めていくと発生するようなものもあり、そう言うダンジョンはクエストを進めているプレイヤーか、そのプレイヤーとパーティを組んでいる者にだけ入り口が見える仕様になっている。もっとも、今回の場合は因果関係は逆で、ダンジョンが発生したからクエストにつながっている訳だが。 

「まあ、迷宮都市が無い訳じゃないんだけどね」

「えっと、ウォルディスの首都だっけ?」

「あと、フォーレにも一ヶ所。それから、都市として発展してる訳じゃないけど、国が管理してるのがダールの陽炎の塔とかそこらへんね」

「その手の数百年単位で残ってるところは、大体都市を作るには向いてない場所にあるからなあ」

 達也の言葉に頷いて、とりあえずダンジョンの仕様については話を切り上げる。単純に、さっさと食事をしたいからだ。因みに、今回の昼食は豪華幕の内弁当。色々とアレな食材が混ざってはいるが、見た目は普通に彩り豊かで美味しそうな幕の内である。ただし、朝食がケンキャクザケだったので、鮭の切り身は入っていない。

「そう言えば、春菜は向こうにいた時、誰かとパーティ組んでたり、どっかのギルドに所属したりはしてたのか?」

 いただきますを済ませ、味がよくしみ込んだシイタケの煮物に箸をつけながら達也が聞く。

「半固定、みたいなパーティはあったよ。ただ、ギルドは最初は参加してたけど、受験生やってる間に無くなってて、他に参加って言うとあっちを立てればこっちがたたず、って感じになったから基本はフリー。あんまりがっつり攻略とかしてなかったしね」

「春菜だったら、いろんな意味で勧誘多かったでしょ?」

「まあ、確かにいろんな意味で多かった。ただ、アバターは身長以外は中一の時のままで、私小学校の頃はあんまり発育良くなかったから。サービス始まった頃は、第二次性徴も全然始まって無かったし」

 春菜の言わんとしている事を察し、色々と脳内で微修正をかける一同。

「つまり、体型的には真琴といい勝負、と」

「むしろ負けてるかも」

 つまり、それだけ絶壁で凹凸が少なかった、と言いたいらしい。事実、胸はともかく腰から尻にかけては真琴もそれほど悪くはないボディラインをしている。が、鳥ガラ体型で背が高い、というのは、別の意味で素晴らしいプロポーションと称賛される事がある。

「お前さんの顔でそう言う体型だったら、ファッションモデルとかできるんじゃないか?」

「実際、そう言う誘いもあったよ。中二の頃はものすごく身長伸びてたし」

 その頃は、まだ職人プレイヤーも普通に堂々とゲームをしていた。なので、布系装備のデザインカスタマイズ製品に関して、モデルのような事をしている人物もそれなりにいたし、防具のデザインに関しては事件が起こるまでに二度ほど、ファッションコンテストのようなプレイヤーイベントも行われていた。

 ファッションコンテスト自体は事件の後も二度行われたのだが、どちらも職人プレイヤーが不参加を貫いたため、ドロップ品のごく普通の装備を展示する場、みたいな感じになってしまったために、どうにも盛り上がりに欠けて三度目は開催されていない。製造の自由度が高いゲームで職人全体に危害を加えてしまうと、こんなところにまで影響が出てしまうのだ。

 因みに、課金アイテムで装備品の外見だけをカスタマイズするアイテムもあるのだが、普通の人間には使いこなせるようなものではなく、また、下手にカスタマイズして職人だと疑われて碌な目にあわなかったという体験談も少なくなかったために、容姿変更系と違ってほとんど使われていない。

「後、一回だけだけど演劇なんかも誘われてやったよ。タイトルは、エディスの恋模様」

「今思い出したんだが、もしかして、主役の?」

「うん、主役のエディス役。その一回のために演劇取って、結構育てたんだから」

「そうか。春菜の顔、どこかで見た事があると思ったら、あの劇か」

 春菜の言葉を聞き、去年ぐらいにゲーム内で見た劇を思い出す。公演回数は四回。公式のイベント動画にもアップされた、とても評判の良かった劇である。達也も澪を連れて観劇し、アマチュアのものとは思えないコミカルながらも押さえるところはきちっと押さえた素晴らしい脚本とゲームの機能を駆使した演出、そして何より役者達の真剣な演技に大いに感動し、惜しみない拍手を送ったものである。

「あ、達也さん見てたんだ」

「おう。あれ、ものすごく評判良かったんだが、もう一度やるとかはないのか?」

「あ~、あそこは、同じ演目は基本的にやらない主義だし、私も受験生になるからちょっと触れないし」

「なるほどな」

 春菜の説明を聞き、いろいろ納得する達也。受験生という単語を聞かされてしまうと、他のメンバーも納得するしかない。とは言え、アルチェムには全く理解できない話ではあるが。

「とりあえず、話を変えると言うか戻すとして、だ」

「うん」

「ダンジョンに潜った経験が無い、って訳じゃねえんだよな?」

「あるよ、当然。ソロでもパーティでも何回も潜ってる」

「なら、そんなに心配はいらねえか。アルチェム以外は全員経験がある訳だしな」

 達也の言葉に、一つ頷く春菜。澪と違ってあまり大がかりだったり難しかったりするのは無理だが、パーティメンバー全員が気をつける必要がある類の罠が分かる程度には、その手のスキルも育てている。まあ、その程度のスキルは、ダンジョンに潜るプレイヤーが最低限のたしなみとして身につける必要がある類のものではあるが。

「とりあえず、そういうフィールド型のダンジョンは、建造物型とか洞窟型とはまた違った癖の悪さがあるから、そこら辺は注意が必要ね」

「だな。何しろ、情報自体が何一つない」

 そのまま、食事を続けながら注意すべきポイントについて意見交換する一同。話題に対しては置き去りになりがちなアルチェムも重要な内容に真剣に聞き入り、分からない事は積極的に質問をする。そうやって真琴以外はこちらに来てから、アルチェムにとっては生まれて初めてのダンジョンアタックに、ちょっとずつテンションを上げていく日本人達であった。
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