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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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エピローグ

「此度の事、本当に世話になったな」

 かなりお疲れの顔で工房を訪れ、全員が揃ったところでいきなり頭を下げる国王。非公式の場でなければ正直許されない光景に、思わず顔を見合せながら苦笑する日本人五人。

 人事および書類的な意味での全ての後始末が終わり、国王が工房に顔を出す事が出来たのは、糸作りが終わってから二週間後、既に秋も終わりに近づき冬の気配を感じる頃の事であった。宏達は先々週の中頃に工房に引き上げており、エアリスと連絡こそ取りあってはいるものの、王宮関係者と直接顔を合わせるのは十日ぶりぐらいの事になる。

「お城の方は、もうええんですか?」

「仕事自体は山積みだが、気分転換に城下にでも行って来いと言われてな。息子達だけでなく宰相に侍従長、果ては近衛の団長にまで同じ事を言われては、流石に逆らえんよ」

「そらお疲れ様で。何なら、よう寝れて疲れが取れるハーブティーでも処方しましょうか?」

「頼む。出来れば、冷めても不味くならない物がいいな」

「はいな」

 お疲れの国王陛下の注文を聞き、苦笑しながら了解を告げる。

「それで、あの後どないなったんですか?」

 春菜がお茶受けを全員に配ったところで、宏が話を切り出す。戻ってきてからはいろいろな物の仕込みでてんてこ舞いで、そのあたりの情報は全く仕入れていない。春菜の方も一カ月ぶりぐらいだと言うのに、いや、一カ月ぶりぐらいだからこそか、いくらでも売れると言う感じのカレーパンを腕が上がらなくなるまで揚げ続ける羽目になり、客や周りの屋台とはそれほど雑談する余裕が無かったのだ。澪は二人の手伝いで、これまた目が回るほど忙しかった。

 その間、手持無沙汰だった達也と真琴が組んで冒険者として活動してはいるが、下っ端の冒険者に入ってくる情報などたかが知れている。分かっていることなど、ここ数日で急速に討伐系の依頼が減ってきた事くらいだ。

 そんな状態だと言うのに今日全員揃っているのは、流石に一息つきたいと言う料理係三人の意見が一致し、全員で休むことにした日だったからだ。もっとも、国王が訪れたのは偶然ではない。昨日の夜にエアリスから連絡があり、全員揃う日はいつか、と聞かれていたのである。流石に、国王が直接来るとは思わなかったのだが。

「とりあえず、まだ状況は現在進行形だが、城内の掃除はほぼ終わった、と言うところだな」

「城内は、ですか……」

「流石に、連中の領地に関してはまだ査察の途中だからな。とりあえず、お前達を城で受け入れる直前ぐらいから領主の様子がおかしくなったと言うのは、連中の領地では共通認識だったらしいから、今のところむしろ領主が変わる事に対してはさして混乱はないが……」

 苦渋の表情を浮かべながら春菜の疑問に答え、お茶受けのかりん糖をかじって一息つく。

「はっきり言って、調べれば調べるほど、碌でもない事実が出てきてたまらん。流石に先代の頃から既に中枢の一部に食い込んでいたなど、洒落にならんぞ」

「先代の頃から? ってえと、最低でも三十年以上の計画ってことか……」

「連中が関わった痕跡に関しては、大体四十年前ぐらいまではたどれた。宮廷内で力をつけはじめたのは、十五年ほど前にあった、余が即位する直前の大規模侵攻の頃からのようだがな」

「また、気の長いやり方をしてたんだな……」

「まったくだ」

 余りに気の長い計画と、それがあと一歩で成就しそうになったと言う状況に、呆れるやら感心するやら、と言う感じの達也と国王。だが、国内の政情が安定していつつも、モンスターの侵攻により政権が常に適度な緊張感を持っている、軍事的にも経済的にも強固な大国、と言うやつを壊そうとするのであれば、それぐらいの時間はかかるのだろう。

 ましてや先代と言えば、即位当時はレイオットより若かったというのに、先々代の乱心によってややこしい事になった国内を、たった五年で立て直した鉄血剛腕の人である。四十年余の在位期間において唯一にして最大の致命的なミスは、どうやっても不備がでる法律というものを、余りにも絶対的な基準にし過ぎた事だろう。それが無ければそもそもここまでややこしい事にはなっていなかったのだから、一足飛びに転覆させうるところまで影響力を得ることなどできなくて当然だ。

 しかも、それだけ時間をかけ、大方中枢を掌握しつつあるところまで浸食し、後は転覆させるだけ、と言うところで大きな行動を起こしてすら、こんなくだらないきっかけであっさり計画を潰されるのだから、やりきれない思いがあるに違いない。

「何にしても、軍事的にはリカバリー可能な程度しか打撃を受けていないからいいものの、後始末の絡みで文官周りが大量に抜けてしまったのは頭が痛い。半分ぐらいはそろそろ復帰できるが、何人かはやはり手の施しようが無くなっておったしな。救いと言えば、連中の領地が大人しく、どころか積極的にこちらに協力してくれる事ぐらいか」

 今回に関しては事が事だけに、ゆっくり緩やかにと言う選択肢は無かったとは言えど、こういう粛清を余り急激に一気に行うと、後が本当に大変なのだ。理想は腐敗が進むよりは早く、だが人手が足りなくならない程度のスピードで絶え間なく問題児を排除していき、使えない人員の数を許容範囲に収まるように調整し続けることなのだが、どちらの世界の歴史を見ても、それを上手くやれた事例などほとんど存在しない。

 人類の歴史と言うのは、良くも悪くもショック・ドクトリンによる大規模な変化の積み重ねなのである。

「それをボク達に愚痴られても困る……」

「そうだね。私達は、そう言う領地がどうとか外交がどうだとか、そう言うのは完全に専門外だし……」

 その後も続く報告というよりも愚痴といったほうがいい内容に対する澪の困惑交じりの突っ込みに、春菜が苦笑しながら同意する。実際、たかが冒険者に何を望むのか、と言う種類の話だ。

「そうだな、すまん」

 連中とは違う意味で中枢に食い込んでいるとはいえ、一般人相手に愚痴るような話でもない。二人の突っ込みでその事に思い至り、素直に頭を下げる国王。

「とりあえず、操られていたらしい連中の処分も終わった。今回の件で法改正のハードルを下げることにも成功した。今回のように、分かっている反乱分子を現行犯でしか処分できないシステムもある程度改めた。後は落ち着くまで手綱を握っていられるかどうかだけだ」

 今回の件での最大の収穫は、全ての武官、文官、貴族が賛成しなければ、どんな些細な変更もかけられないという事実上法改正が不可能なシステムを変更できたことだろう。一部例外を除いて一人でも棄権があった時点でアウトだったのが、ウルス及び直轄地だけのものなら各部門の長の三分の二、ファーレーン全域ならそこに領主たちの三分の二の賛成があれば改正可能になった。本来なら過半数程度まで抑えたかったのだが、流石にそこまで一気にハードルを下げるのは難しい。そもそも、今回の件が無ければ、それすらも不可能だったのだ。

 これまでよく政治が停滞しなかったというシステムだが、貴族や王族に対する刑法周りに大きな不備はあっても、民事的な部分および軍事的な部分はこれまでの慣習をそのまま明文化しただけに近かったため、運用をややアバウトにする事で十分対応できたのだ。先代が在位期間のほとんどを費やして、経済や国民生活に対する権力者の影響を可能な限り減らした事が、良くも悪くも功を奏した形になっている。

 外交にしても、新たに法を制定しなければできないようなものは可能な限り時間をかけてとことんまですり合わせをして検討し、法解釈だけで対応できるものは全て法解釈をいじる事で対応してきたため、諸外国からは侮られることなくやってこれた。内部に対しては色々弱い現王だが、外交手腕はそれなりに評価できる人材なのである。

「操られてた人たちって、どういう処分に?」

「多少思考誘導されていた程度の人間は解雇、もしくは降格だ。流石にオリアは操られていたと言っても言い訳がきかんが、これまでの働きを鑑みて処刑だけはやめておいた。北部の修道院で修行、という名の事実上の隔離ではあるが、あれの性格ならばあの修道院でも上に登っていける可能性は十分ある」

 温情なのかどうなのか微妙な処罰に、何とも言えない顔をしてしまう宏達。とは言え、やらかしてしまった事を考えると、かばうのも難しい。

「例の暗殺者は?」

「悪いが、余はそこまで細かい事は関知していない。全てレイオットに任せてあるから、詳細は奴に聞け」

 確かに、仕事が山積みの国王に、たかが一介の暗殺者の処分などわざわざ聞きはしないだろう。

「それにしても連中、案外正統派と言っていい努力の仕方で食いこんできてたんだな」

「そうなるな」

「その根性を、もっと別の目的のために使えばいいんだがなあ」

「それができる連中であれば、そもそも邪神なんぞ崇めたりはせんだろう」

 一言で切り捨てた国王の言葉に、苦笑しながら同意せざるを得ない一同。結局のところ、あの手の連中は皆、自分の境遇に酔っているのだ。だから、不遇と言っていい境遇でなければ駄目だし、それを克服するためではなく、自分達を不遇な境遇に陥れた連中を痛めつけるための努力しかできないのである。

「あいつらの厄介なところは、基本的に普通の人間と区別がつかんところだ。バルドですら、今回の件までは、せいぜい胡散臭いだけのただの一般人にしか見えなかったからな。しかも、領地を持たん名前だけの貴族はともかく、領主をやっている連中は領地経営自体はまともにやっているのだから、面倒なことこの上ない」

「そうだよね。物凄く胡散臭いとは思ったけど、神殿の時ですら、最初は瘴気とかあんまり感じなかったし」

 直接邪神教団に所属していたであろうバルドですらそれだ。単に連中に感化され、無意識のうちに瘴気をため込み始めた程度の人間など、せいぜい最近言動がおかしくなってきた、とか、妙にひがみ根性が鼻につくようになってきた、とか、そういった変化から疑うしかない。

 春菜ならまだ、直接歌を聞かせてみると言う疑われずにできる確実な方法もあるが、他の人間には疑っている事を悟られずに確実に判別できる手段はない。そこも面倒なところである。

「我が国はお前達のおかげで、間一髪ではあったが計画は阻止できた。だが、他の国はどうなのか分からん」

「最悪、一国か二国ぐらいは連中の手に堕ちてる可能性もある、ってわけか……」

「そのあたりについては、使える手はすべて使って調査させているが、なにぶん遠方の国もある。結果が出そろうまで、一カ月ぐらいはかかると思って欲しい」

「つまり、ウルスを出るにしても、一カ月は待て、っちゅうことか」

 宏の言葉に、首を左右に振る国王。その態度に、おや? と言う表情を浮かべる一同。

「後一カ月となると、そろそろ各地で雪が降り始める。陸路で移動するなら、もう既に北ルートは候補から外すべき時期に来ているし、東から南へ抜けるルートも、丁度一カ月半後ぐらいから徒歩では厳しくなる地域が出てくる。まあ、隊商についていけば、迂回路位は知ってはいるだろうが……」

「要するに、冬が終わるぐらいまでは、ウルスで大人しくしとれ、と?」

「そうなるな。それに、冬場の移動は時間がかかる。特に雪道の移動は手間がかかるし、吹雪でも吹けば三日は普通に足止めされる。そのあたりを考えるなら、この街で三カ月余計に足止めをされると言ったところで、最終的には大差なくなるからな」

 季節の事を考えていなかった宏達は、国王に言われて初めてそのあたりの問題に気がつく。

「なるほど、了解ですわ」

「それに、後二カ月もすればウルスの新年祭だ。この街を上げて行う故に、なかなかに盛大にやる祭りでな。折角だから一般人の立場で参加していってもらえると、国と街を預かる立場としては大変うれしい」

 ウルスは農業より商工業の方が規模が大きい事もあってか、秋の収穫祭と言うのはそれほどの規模では行われない。全く行わない訳ではないのだが、各地区が勝手に自分ところの自治会のような組織ごとに日程を決め、日本の盆踊りや夏祭りのように、地元ローカルの祭りとしてそれなりににぎやかにやる感じである。

 宏達が居を構えている地区の祭りは温泉に行っている間に終わっており、出店の出店も祭りそのものの参加もできなかった。他の地区の収穫祭も、城でごちゃごちゃやっているうちに全て終わっており、彼らはウルスの収穫祭と言うやつを一つも見ていない。

 なお、周辺の村や町は、新年祭より収穫祭の方を盛大に行う。これは、新年祭はウルスのものに参加する人の方が多い、と言う事もあるが、基本的にはウルスの衛星都市やその周りの村はすべて農業が主体で、新しい年を迎える事よりもその年の収穫を祝い、大地母神に感謝する事の方が重要視されているという理由が大きい。

 因みに、ファーレーンの新年が地球の北半球と同じ真冬なのは、単に暦の起点となる年の初めを、建国王の建国宣言に合わせたからである。初代国王は収穫祭が終わってから国のこまごまとしたシステムを始動し、国として十分に機能してから建国宣言を行った。そのタイムラグが約二カ月あり、結果として地球と同じように真冬のこれからもうしばらくは寒くなり続ける、と言う時期になってしまったのだ。

「ほな、その段取りでいきますわ」

「うむ」

 宏の返事を聞いて、一つ頷く国王。その様子を見ていた真琴が、ふと疑問に思った事を口にする。

「陛下、この二人に鈴をつけなくて、いいんですか?」

「どうやってつけろ、と?」

 真琴の質問に対して返ってきたのは、そんな身も蓋もない回答であった。

「金も地位も必要としておらず、身の安全を保障するには宮廷は不向き。女を与えるなど逆効果以外の何物でもないとなると、何を持ってどうやって縛りつけろと言うのだ?」

「うっ、確かに……」

「まあ、そう言う訳だから、出ていくこと自体は止めはせんよ。どんな手を使ってでも取り込むべきだ、という意見もなくもないがね」

 あっさり鷹揚に言い切った国王に、苦笑しか出ない日本人達。

「そうそう、これは出来れば、でいいのだが……」

 少々言いづらそうにしている国王に、怪訝な顔を向ける宏。

「食料品関係の事だけでもいいから、誰かに仕込めるだけ仕込んでこの工房に残しておいてもらえると助かる。何なら、こちらがそのための人員を用意してもいい」

「言うとは思ってたけど、そこまでですか?」

「うむ。インスタントラーメンは厳しいかも知れんが、せめてカレー粉の調合ができる人材は欲しい、と、エレーナもエアリスも言っておってな。それに、マヨネーズはどうにかなるようだが、ポン酢や醤油、鰹節と言ったものはなかなか難しいらしい。欲を言えば、製法を広められてかつ、大量に生産する方法も用意してもらえるとありがたい」

 真琴の突っ込みとも質問ともとれる言葉に対する返事、それはかなりの無茶振りであった。

「……まあ、カレー粉はどうにかしますわ。実際のところ、メリザさんにも同じ事頼まれてますし、レシピ自体はあっちこっちにばら撒いとるんで、後は調合のための計量作業がネックになっとるだけらしいですし」

「そうか。他の調味料は?」

「人手集めて、冬の間にある程度の規模で生産できるようにはしますわ。こっちもいろいろ広まってくれれば、美味しいもんがようさん食べれてありがたいですし」

「頼む」

 そう言って、肩の荷が下りたと言う顔でかりん糖をかじる国王。その後、お土産をもらってほくほくした顔で帰っていくのを見送って、どうしたものかと顔を見合わせる一同。

「宏。安請け合いしたけど、当てはあるの?」

「忙しいて棚上げしとったけど、メリザさんから頼まれとった事があってな。正直、個人的には避けたい事ではあるんやけど、澪に手伝うてもらえたらいけるかなあ、って」

「それってどんな?」

「兄貴と澪が盗賊に捕まっとった時、他にもようけ監禁されとったやろ?」

 質問した真琴に対して、問いかけと言うより確認をする宏。その言葉に頷く一同。

「そのうち二人ほど、帰る場所が無くてメリザさんところで面倒見てもろうてる人がおるらしいんやけど、その人らをこの工房で使って欲しい、言われとってん」

「それが、どうして個人的に避けたいの?」

「そら、二人とも女やからに決まっとるやん」

 その一言で、非常に納得してしまう春菜達。宏に女性を指導するのは荷が重いだろう。春菜はクラスメイトでかつ運命共同体だったから、澪はネナベだったからこその例外である。その二人が春菜並に距離感覚がしっかりしていなければ、いろんな意味で厳しい。

「とりあえず、カレー粉の調合とか醤油の作り方ぐらいやったら、澪でも指導できるやろ?」

「うん。多分、春姉でもできるんじゃないかな?」

「カレー粉は大丈夫。醤油とかはちょっと自信が無いかな?」

 などと、とりあえず筋道だけはつける。大方目途が立ったところで、達也が結論を出す。

「どっちにしても、ここを長く空けておくのはそれはそれでまずいし、その二人が信用できそうならここを任せちまうのもありじゃないか?」

「そうね。あたしも賛成」

「みんな賛成やったら、明日にでもメリザさんに話通してくるわ」

 せやからフォローしてや、と言う宏の言葉に頷くと、とりあえず新しい人間を迎え入れるための準備に取り掛かる一同。彼らのファーレーンでの拠点が、ファーレーンにとっても最重要施設になることが決まった瞬間であった。







「そういやさ、宏」

 明日の新人さん受け入れのための準備を終えたところで、真琴が思い出したように宏に声をかける。

「何?」

「あんた、武器はどうすんの?」

「あ~、忘れとった」

 宏の言葉に呆れる真琴。彼のポールアックスは、エクストラスキルを放った時に完全に砕け散り、修理どころか材料の回収すらできていなかった。

「いっそ、ケルベロスファング使う?」

「無理無理無理。僕が長剣なんざ使いこなせる訳あらへん」

 真琴の提案に、大慌てで首を左右に振る宏。ケルベロスファングとは、ケルベロスの死体が魔剣化したものである。言うまでもなく、先日のバルド戦で入手したものだ。

「てか、なんでここにあんねん」

「前に臨時倉庫の中身を回収したときにね、ユリウスさんがドサクサにまぎれて回収物の中に混ぜてたの」

「いや、気ぃついとったんやったら突っ込もうや」

 春菜がチクった理由を聞き、さすがに突っ込まざるを得ない宏。このケルベロスファング、性能的には間違いなく今現在手元にある武器の中ではもっとも強力なものだが、残念ながらこのチームでは使い手も居らず宝の持ち腐れである。それ以前にそもそも、王宮での戦闘で入手したものなのだから、所有権は王国にあるのではないのか?

「殿下いわく、持たせる相手がいないし呪われそうだから私達に押し付けたいんだって」

「いや、それが心配やったら、エルに浄化させたら済む話やん」

「向こうも処分に困ったんじゃない?」

 確かに処分に困りそうなアイテムではあるが、だからといって宏達に押し付けるというのは、あまりにも安易ではないかと思う。そもそも、大量に作った糸もせいぜい五十本ほどを献上しただけ、後は全て宏達が回収することになったのだ。澪でもまともに扱えないようなものをファーレーンの人間が加工できるとは思えないが、それでも半分とは言わないがせめて三割は所有権を主張すべきだと思う。

「とは言え、こっちにあっても場所をとるだけなんだよなあ」

「真琴さんこそ、長剣は使わへんの?」

「使わないことはないけど、それだったらまだ刀のほうがましかなあ」

「大剣と刀って、また妙な組み合わせやなあ」

 真琴の返事を聞いた宏が、かなり不思議そうな顔をする。その表情を見て苦笑した真琴が、種明かしをする。

「最初は、って言うか、刀が手に入ってから結構な期間、メインは刀だったのよ。でもね……」

 真琴いわく、ゲームでは高品質品より強力な刀が手に入らなかったとの事。実際、生産系プレイヤーが初期に作った物以外で出回っていた刀は、基本的には辺境のNPCが販売していたものかレアドロップの高品質品のみ。いわゆる魔剣に相当するものは結局一振りも見つかっていないのだ。

 近接物理としてはスキルが強力で、長剣とはまた違った方面でバランスが良かったこともあり、最上級スキルを習得するところまでは鍛えた真琴だが、結局武器の性能と言うどうにもならない限界を超えられず、火力に比べて取り回しに優れた大剣に転向したのである。

「それやったら、刀打ったほうがええ?」

「ん~、いまさらって言えばいまさらなのよね。刀使ってたのも二年以上前だし」

「まあ材料入ったら、大剣と刀、両方作ってみるわ。刀のほうがしっくり来るんやったら、大剣はユーさんにでも押し付けたらええし」

「その前に、自分の武器作りなさい」

 余計な方向に突っ走りそうになった宏を、冷たい声で制する真琴。

「そういえば、あの時使ってた技って、結局何? 使えそうなの?」

「頭に浮かんだ名前はタイタニックロアやった。けど、役に立ちそうか、っちゅうたら現状では判断不能や」

「はあ?」

「使い方は分かるんやけど、何をどうやっても発動せんでなあ……」

 目を覚ました翌日、予備のポールアックスを借りて何度も試したのだが、発動時の感覚をどれほど完璧に再現しても、うんともすんとも言わなかった。スタミナをはじめとした消耗するはずのものも一切消耗していないのだから、完全に不発しているのは間違いない。手順を間違っていないのに不発する以上、使えないと判断するしかない。

「多分、何かが足らんのやと思う」

「そっか。さすがにそんなに甘くないか……」

「そう言うこっちゃな」

 さすがに、そんなに簡単に宏の戦闘能力はアップしないらしい。

「ま、そんな火事場の馬鹿力的な代物は横に置いとくとして、だ。いい加減腹も減ったし、そろそろ飯にしていいんじゃねえか?」

「あ、そうだね。晩御飯作るよ」

「今日は何?」

「ワイバーンガラのスープをベースにした醤油ラーメンと餃子、ってところでどう?」

 春菜の提案に対する回答は、満面の笑顔であった。







「で、冬が終わったらこの国を出るとして、当面のでいいから明確な目的とルートを決めておこうよ」

 ラーメンを堪能し終えたところで、デザートの杏仁豆腐をつつきながら春菜が提案する。なお、杏仁豆腐の材料については、物によっては深く考えないほうが幸せになれそうだとだけ言っておく。

「そうだな。どうも、俺達が知ってるグランドクエストとは、全体的に相当ずれてる感じが強い。ゲームのときの情報や常識は一旦忘れたほうがよさそうだ」

「そうなん?」

「ああ。少なくとも二章の半ばの時点じゃ、どこの国にもここまで深刻なピンチはなかったはずなんだ」

「四章半ばでも、って付け加えとくわ。ついでに言うと、その時点でも邪神教団は単なる脇役と言うか、ストーリーには直接かんでこなかったし」

 達也と真琴の説明を聞いて、思わずうなり声を上げてしまう。

「正直、今の状況がグランドクエストだとしたら、あたし達はどの辺りにいるのかがまったくわかんないわ」

「まあ、どうせグランドクエストも四章半ばで情報が途絶えてるんだし、あれの情報はこの際、無視していいだろうさ」

「それはええとして、兄貴は具体的になんか思いつくこととかある?」

「まずは、情報集めのためにルーフェウスを目指すべきだろうな」

 達也の提案、その意味を即座に悟って頷く一同。

「大図書館、か」

「確かに、あそこの禁書庫に入れたら、大分いろいろ進みそうな雰囲気はあるなあ」

「誰とは言わないが、また余計なものを拾いかねないのが難点だがな」

 達也の突っ込みに、ちょっとばかり視線を明後日の方向に向ける春菜。

「それだけだと、芸がない」

 明後日の方向を向いてしらばっくれる春菜を放置し、澪が淡々と妙な指摘をする。

「確かに、ただまっすぐルーフェウスに向かうってのも、無駄と言えば無駄だな」

「いくつもの国を無駄に素通りするのも、確かに芸がないわね」

 澪の指摘に、達也と真琴が同意する。それを聞いてしらばっくれるのをやめた春菜が、思いついたことを提案する。

「だったら、ルート上にある国や地域の神殿関係も、回れるだけ回ろうよ」

「理由は?」

「今回のことで確信したの。こっちの神様とは、絶対無関係じゃいられない、って」

「……大変説得力のある意見、ありがとう」

 春菜の、すさまじいまでの説得力を感じさせる宣言に、真顔で同意する達也。確かに、絶対に無関係とかありえない。

「となると、どういうルートを通るか、だな」

「北周りでフォーレとミダス連邦を経由してルーフェウスに入るか、南周りでダールとミダス連邦を通るか」

「達兄、真っ直ぐルーフェウスに行かずに、ダール、ミダス、フォーレからウォルンを通ってルーフェウスに入るルートもある」

 かなり大雑把な地図を見ながら、あれこれと話し合う一同。

「あ、そうや」

 街道を示す線をいろいろたどっているうちに、何かを思い出したらしい宏。大霊峰の切れ目、その麓から広がりファーレーンとダールの国境をまたぐ広大な大森林地帯。街道をまたいで更に南にまで広がり、途中から熱帯雨林に変わっていくその森林地帯の、大霊峰側の中心あたりを指し示し、とんでもないことを言い出す。

「ゲームのときの話やけど、このあたりにエルフの集落と森の神の神殿があったはずや」

「こんな文明圏の近くに、エルフの集落があるんだ……」

「あってん。ただ、なんちゅうか、いろんな意味でゲームと同じっちゅう確信はあらへんけど」

 宏が白状した言葉に、思わず苦笑してしまう一同。そのあたりはもう、ファーレーンの一件で嫌というほど思い知っている。

「まあ、そこらへんは情報を集めてから決めよう。冬が終わったばかりだと、北ルートは通りにくい場所も一杯ありそうだから、そこらへんも考えれば南ルートがいいだろうな」

「そうだね。南のほうが途中で食材を集めるのもやりやすそうだし」

 達也の決定に賛成する春菜。ほかのメンバーも特に異論はないらしい。

「ルートも決まったことやし、長距離移動の予行演習もかねて、そのうちどっかでみんなで護衛依頼受けてみいひん?」

「そうね。予行演習はしておいたほうがいいわね」

「後は、馬車とかその辺の移動手段も用意せんと」

「意外と忙しいよね、特に宏君が」

「まったくや。やっぱり、最初から冬一杯ぐらいはファーレーンから動けんで」

 宏の言葉に頷く春菜と澪。宏ほどではないが、消耗品やらなにやらの準備でこの二人も忙しい。

「とりあえず、明日からもいろいろがんばろう」

 当面の方針と目先のやることが決まり、自然と表情が明るくなる日本人達であった。







「ファーレーンのバルドが失敗した」

「……そうか」

「計画の遅延は、免れんな……」

 誰も知らない闇の中。数人の男達がひそひそと話をしていた。全員、視線をそらせばその姿どころか、居たかどうかすら思い出せなくなるほど存在感が薄く、特徴のない容姿をしている。

「他のバルドは?」

「ダールのバルドは、昨年義賊の手によって問答無用で排除された。今、新たなバルドを送り込んでいるところだ。フォーレのバルドはドワーフどもの価値観に苦労しているらしい」

「順調なのは、ウォルディスのバルドだけだな」

 特徴のない容姿の集団が、各地の様子を平坦な声で語り合う。彼らの会話の内容から察するに、バルドと言うのは実行部隊のトップのコードネームみたいなものらしいが、ファーレーンにいたバルドの様子を考えるに、当人は自分がバルドという個人だと思っている節がある。実は、この場にいる連中の事を知らないのかもしれない。

「あそこまで行ったファーレーンのバルドが、ここまで綺麗に失敗したのは想定外だ。いったい何があった?」

「知られざる大陸から迷い込んだ連中が、ファーレーンのバルドの行動をことごとく潰してくれたらしい」

 知られざる大陸、その単語が出てきた瞬間、男達から忌々しそうな気配が漂う。

「またしても奴らか」

「だが、奴らとて、その寿命はただの人のもの。仮に奴らの行いによりこの五十年が無為に終わったとしても、また五十年、必要なら百年でも二百年でもかければいい」

「この世界に聖気が存在する限り、我らが主は不滅。主が不滅ならば、我らもまた不滅」

「とは言え、奴らを放置しておく理由もない」

「藪をつついて蛇を出す必要もないが、我らの活動域に入ってきたら手厚い歓迎をしてもいいだろう」

 その言葉とともに、闇が蠢く。

「ファーレーンはどうする?」

「かなり派手に失敗したから、今は無理だ。周囲を聖気で満たしてからのほうがいいだろう」

「分かった。では、私は他のバルドの補助に回ろう。世界を聖気で満たすために」

「世界を聖気で満たすために」

 その言葉と同時に、ほんのかすかに残っていた気配がすべて消える。蠢くものがいなくなったその場所は、どこまでも深い闇に包まれていた。
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