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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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第21話

「カタリナ、あなた……」

「もはや、人の姿を捨て去るほどに侵食されていたか、姉上」

 もはや、直視するのもはばかられるほど醜悪な姿になってしまったカタリナに対し、無駄だと思いつつも言葉をかけるエレーナとレイオット。カタリナは笑みを浮かべるだけで何も言わない。

「お姉さま……」

 カタリナのなれの果てを見て、実に悲しそうにつぶやくエアリス。女神の寄り代だからか、他者を憎むと言う情動が薄い、ある意味においてはカタリナ以上に歪んでいる彼女には、どうしてここまでカタリナが憎しみをこじらせてしまったのか、全く理解できていない。故に、ただただひたすら悲しい。

「聞くだけ無駄やと思うけど、エル」

「何でしょうか……?」

「あの二人、人間に戻せるか?」

 宏の問いかけに、実に悲しそうに首を左右に振る。姿が変わるほど瘴気に侵された生き物は、もはやどうやったところで正常な状態には戻らない。あそこまで行くと、今年の収穫が多かったとか、大物を仕留めたとか、そう言ったまっとうな努力が実った種類の喜びに触れるだけでも嫌な気分になり、エアリスが生まれた時のように、たくさんの心からの祝福の言葉が飛び交うような状況では、命にかかわるほどのダメージを受ける。

 瘴気と言うのは本来、そう言う真っ当な神経をしている人間にとって心地いい空気に触れると、簡単に浄化されてしまうものなのである。この世界における祭りと言うのは、日々の生活でたまった瘴気を払う、という役目も持っている。そう言ったものに一切触れる事が出来なくなる以上、たとえ正気を取り戻したところでまともな暮らしは出来まい。

「春菜、歌いながら前に出て攻撃とか、出来る?」

「そんなに難しい事じゃないよ」

「エレメンタルダンスは?」

「流石にそれは、後が続かなくなるから考えない方がいいかも」

 宏とバルドがにらみ合いを続け、レイオットとエレーナがカタリナに声をかけている間に、ざっと簡単に打ち合わせを終わらせる真琴と春菜。

「さて、気色の悪い偽善じみた会話は終わりましたか?」

「偽善、なあ……」

 別に善人を気取ってそう言う話をしていた訳ではないのだが、こいつらとはどうあがいても会話が成立しない事は嫌というほど理解している。反論するだけ時間の無駄なのだから、とっととどつき倒す事を考えた方が早い。

「とりあえず、お前さんとは言葉が通じない事だけは分かったし、さっさと終わりにしようか」

「言葉が通じなければ力で排除ですか。やはり、あの腐った女神に関わるものは、皆野蛮ですね」

「お前にコメントしても無駄だから、もう何も言わねえよ」

 そのコメントと同時に、ダメージ付きの捕縛魔法・グラヴィティチェインを発動させる達也。効けば儲けもの程度の魔法は、予想通りあっさりと、とまでは言わないが、ぎりぎりのところで相手の抵抗を破り切る事は出来ずにキャンセルされてしまう。

「ユリウス! お前はバルドをやれ! 姉上は私とエルンストで相手をする!」

「御意!」

 レイオットの指示に従い、一気に前列まで距離を詰めるユリウス。それに合わせるように、春菜の歌が響き渡る。勝負は、一気に佳境に入った。







「うふふふふふふ」

 不気味に含み笑いをしながら、じりじりと這い寄ってくるカタリナ。その醜悪な姿に顔をしかめつつ、小手調べとばかりに容赦なく刃を数本飛ばすエレーナ。エアリスと違い、彼女にはもはや、カタリナに対して攻撃をする事に一片たりとも躊躇いは無い。

 先ほどまでと違い、春菜の歌を聞いても苦しむ様子は一切見せない。効果が無いのか、と思うがそうでもなく、徐々にではあるがその姿が崩れていっている様子がわずかながら見て取れる。この様子では、エアリスの浄化も必殺の一撃とはなり得ないだろう。

「うふふふふふふ」

 刃が突き刺さり、手首や髪の蛇、尻尾の先などを切り落とされても、全く堪えた様子を見せずに含み笑いを続けながら這い寄ってくるカタリナ。既に体の構造が人間とは全く別物になっているからか、心臓に突き刺さった刃を気にする様子すら見せない。

「全くもって、気色悪くなったものだな」

「うふふふふふふ」

「もはや人だとは思っていなかったが、言葉すらも捨て去ったか」

「うふふふふふふ」

 何を言っても含み笑いを返すだけのカタリナに、ため息すらも出ないレイオット。大して期待してはいなかったし、もはや彼女がどんな言葉を発したところで、切り捨てる以外の選択肢は存在しないのは事実だが、それでも自身の行いを思い知るために、せめて心は人間として死んでほしかった。

「まあ、いい」

 宏から譲られた長剣を構え、さっさとけりをつける事にするレイオット。兵器としては姉と妹の懐剣には及ばないものの、武器としては数段強力な、この場に存在する物の中では最強の一品だ。ミスリル銀の特性を生かした浄化の機能もあるこの刃なら、カタリナがどれほどの再生能力を持っていたところで耐えきれまい。

「姉上、死んでいただこう」

 レイオットが技の挙動に入ったところで、今まで含み笑いをするだけだったカタリナが、ついに攻撃のために動き始めた。蛇の体を活かした、とぐろを巻く動きを利用した跳躍力で一気に距離を詰め、いつの間に再生したのか、エレーナが飛ばした刃で切り落とされたはずの右手の鉤爪で、レイオットでもエレーナでもなく最後尾のエアリスを引き裂きにかかる。

「うふふふふふふ」

 含み笑いを続けながら大きく振りかぶった右腕をレイオットが切り落とし、飛びかかった体をドーガが盾を構えての体当たりで吹っ飛ばす。かなりの抵抗を受けつつも切り落とされた腕は綺麗に浄化されて消滅し、本体の方の腕も今のところは生えかわる気配は無い。

「お姉さま、そこまで私が憎いのですか……」

「エアリス。いかに血縁といえど、逆恨みで身を滅ぼした愚か者に同情する必要も意味もないわ」

「うふふふふふふ」

 何を言われようが、何をされようが含み笑いをやめないカタリナを見て、心の底から悲しそうにするエアリスと、ただの無価値な路傍の石を見るような視線を向けるエレーナ。今となっては、カタリナに対して少しでも心を向けているのは、この場ではエアリスただ一人であろう。

 もはや、カタリナがいろんな意味で元に戻れないのは明白だ。姿が変わってしまった事もそうだが、何よりレイオットに斬られ浄化され、体は苦しみでのたうっていると言うのに、顔は含み笑いを浮かべたまま変わらない事がその事実を物語っている。既に彼女の心は自分だけの世界に閉じこもっており、その体は心が壊れる前に抱いた妄執に機械的に従っているにすぎない。

 姿が変わった時点で、カタリナ王女と言う存在は死んだのだ。

「お姉さま……」

「エアリス。姉上の事を思うのであれば、少しでも早く楽にしてやるのが一番だ。プライドだけは高かった姉上が、こんな醜い姿で正気に戻ったところでな」

 レイオットの言葉に頷き、浄化のための準備に入る。ほとんど無い可能性ではあるが、もしかすると、上手く浄化すれば姿くらいは元に戻せるかもしれない。

「エアリス。私が姉上を斬る。その後に浄化しろ」

「……分かりました」

 泣きそうな顔になりながら、気丈にも姉をその手にかける覚悟を決めるエアリス。既に、いつでも浄化をする準備は整っている。

「エアリス! 余裕があるなら、向こうに刃を飛ばしなさい!」

 覚悟を決めレイオットの動きに注目していたエアリスに、エレーナから指示が飛ぶ。見ると、ぼろぼろになったバルドが、上空をすさまじい速度で旋回しているではないか。旋回し動き回った軌跡がラインになって残っているところを見ると、どうやら魔法陣を描いているらしい。

「正面の壁が魔法でどうにかなるなどとは思ってなかろうから、物理攻撃を増強する類の物だろうな。いちいち空中で小細工をするという事は、高速での突撃か?」

 壁役である宏の、壁としての弱点を見抜かれたようだ。宏は装備が軽く盾も持っていないため、大質量に高速でぶつかられると、どうしても踏ん張りきれない。ある程度はドーガが何とかするだろうとは思うが、宏とドーガの間にいる人間には、どうしても大きな被害が出る。

 その言葉を聞いてそこまで理解したエアリスが、エレーナにならって可能な限り妨害できるよう、思い付く限りの軌跡を描かせて刃を撃ち出し続ける。だが、残念ながらエレーナもエアリスも基本的には素人だ。高速で飛びまわる相手を確実に撃ち落とすような射撃のセンスは、一切持ち合わせていない。しかも、どういう手段で魔法陣を描いているのか、線を飛ばした刃で切り裂いても陣が消えない。

「エルンスト! いざという時の為にハルナとタツヤの前に出ておけ!」

「ですが、殿下……!」

「もはや姉上、いや、カタリナに戦闘能力は無い! それに、始末するのはすぐに終わる!」

「分かりました」

 レイオットの言葉を受け、のたうちまわっているだけのカタリナの横をすり抜けて春菜の前に立つ。その姿を見送った後、とっととけりをつけるために、王家に伝わる秘伝の技を発動させるレイオット。斬った感触から、四肢を落とすぐらいならまだしも、本体を一撃で仕留めるためには、王家の秘伝を使わざるを得ないと判断したのだ。流石に状況的に、何発も斬って仕留める暇はない。

「手向けに王家の技で葬ってやろう! 受けよ、次元斬!」

 時空神アルフェミナの力を借りた、その名の通り次元そのものを切り裂くエクストラスキル。王家に伝わる秘伝と言ってはいるが、実のところ覚えるだけならファーレーン王家の血族でなくても可能だったりする。要は、アルフェミナから直接加護をもらうことができ、一定以上のラインで剣術を納めていれば誰でも使えるのだ。

「エアリス!」

「はい!」

 次元斬によってコアを切り裂かれ、もはや残骸と言っていい状態のカタリナに対して、まるで介錯するかのようにエアリスの浄化の光が降り注ぐ。その身に蓄えた瘴気を根こそぎ清浄化され、ひときわ大きく痙攣をおこすカタリナの残骸。その姿が徐々に小さくなっていき、元の美しかったカタリナの姿に戻る。

 だが、美女の体に戻ったのもつかの間、瞼を閉じ妙に安らかな表情をしていたカタリナは、その目を開く事は無く、そのままチリとなって崩れ去り、後には何一つ、カタリナ王女と言う人物がこの場にいた痕跡は残らなかった。

「お姉さま……」

 結局、最後の最後まで何一つとしてまともに意思疎通する事が出来なかった腹違いの姉。その最後にこらえきれずに涙をこぼそうとしたその時……。

「拙いぞ、エアリス!」

 レイオットが妹に警告の声を上げる。兄の緊迫した声に顔を上げると、そこには、上空に描かれた魔法陣を背負い、急降下のための体勢に入ったバルドの姿が。

「姉上、エアリス! あれの勢いをそげるような防御魔法は!?」

「残念ながら、手持ちにちょうどいいのは!」

「ごめんなさい、今からでは多分間に合いません……」

 二人の返事を聞き、もしもの時のために少しでも速度をそぎ落とせるよう、もう一度、今度は別の大技の体勢に入るレイオット。いざという時のために腰を落とし、防御力を限界まで引き上げるドーガ。スローモーションのように引き延ばされた時間の中、彼らの目が宏に集中したところで、鞄から何かを取り出した宏が、突っ込んでくるバルドの顔面にそれを叩きつける。

 一体どんな集中力だったのか、宏が叩きつけたそれの正体を四人ともしっかり確認してしまい、思わず突っ込みの声を上げそうになる。その言葉が口から飛び出すよりほんの刹那ほど早く、神殿中にすさまじい爆音が響き渡る。爆音と同時に発生した衝撃に揺さぶられる神殿。その振動をどうにかやり過ごし、何とも言えない微妙な表情でつぶやくレイオット。

「……流石に、あれは無いだろう……」

「……で、でも、とりあえず危機は脱しましたわ、お兄様……」

「その代わり、緊張感も根こそぎ持って行かれてしまいましたがな……」

 宏が行った一連の行動。それにより今までのシリアスだった空気が一気に消え去ってしまう。カタリナの最後に泣きそうだったエアリスですら、その涙が完全に引っ込んでしまっている。

「……この場合、カタリナとバルド、どちらがより哀れなのかしら……」

 双方ともに確かに小物だが、いくらなんでもこれは無い。あまりにあまりな状況に、初めて心の底から二人に同情してしまうエレーナであった。







「セイクリッド・ストライク!」

 まずは小手調べとばかりに、聖騎士の称号にふさわしい聖属性の一撃を入れて離脱するユリウス。離脱した後を太い闇属性の魔力砲が撃ち抜き、宏に着弾してキャンセルされ消滅する。

「今更、その程度の聖属性攻撃が効くなどとは、侮られたものですねえ!」

 何の痛痒も感じていない様子で、影から大量の黒い非実体の触手を飛び出させるバルド。だが、それらが誰かに届く前に、距離を詰めた宏に接触して消失する。

「何や、これも魔法かい!」

 不気味な割に全く効果が無かったバルドの行動に拍子抜けしつつ、とりあえずスマッシュで真上に吹っ飛ばす。本来魔法ではないはずの攻撃をキャンセルされた動揺で、その一撃をまともに食らって全身が宙に浮くバルド。

「ブレイクスパイラル!」

「シャインセイバー!」

 宏が浮かせたバルドに対し、そう簡単に体勢を立て直せないように連続で大技を叩き込むレイナとユリウス。斬られた場所から内部を螺旋状に引き裂いていく一撃と、神聖なる光をたたえた巨大な刃による斬撃は、深刻とまでは言わないが無視できないだけのダメージを与えることに成功し、バルドの体勢を完全に崩してのける。

「春菜!」

 そのタイミングを逃さず、真琴が春菜に合図を飛ばす。その合図に歌いながら頷き、即興の歌と言う形で詠唱していたオーバーアクセラレートを発動させる春菜と、無詠唱で武器に耐久力強化のエンチャントを施す澪。術を受け一気に人間の動体視力を超える速度まで加速し、空中で身動きが取れないバルド相手に圧倒的な手数と驚異的な火力で畳み込むように仕掛け、きっかり体感五十秒ほどで離脱、術をキャンセルしてスタミナポーションを飲み干す。

 苛立ちまぎれに反撃で撃ち出した数十発の瘴気弾は当然のごとく真琴にはかすりもせず、七割は宏に、残り三割はドーガにブロックされ、全く被害を与えることなく潰される。

「真琴姉、体はどう?」

「五十秒なら問題なし!」

 真琴の状態を確認するために声をかけてきた澪に、強がりでも何でもなくはっきりと断言する真琴。実際、宏達と一緒に何度も訓練した結果、五十秒ならスキルを繰り出してすら、ポーションが必要になる領域まで肉体を痛めつけるような事にはならなくなった。レベル六百台のヒットポイントとスタミナは伊達ではない。耐久値と防御力こそ宏に劣るが、流石にレベルが五倍近くあるだけあって、最大ヒットポイントは生産廃人を超える。トータルでの生存能力で勝つのはさすがに無理だが、少々のことでは死にはしないのだ。

「まったく、どこまでも忌々しい女神め!」

 ズタボロになりながら、憎々しげに吐き捨てるバルド。流石に、百倍速によるラッシュは相当なダメージだったらしい。宏ならともかく真琴の火力だ。しかも、今回は通常攻撃を延々と叩き込むのではなく、ディレイの類が引っ掛からないタイプのスキルを、武器を壊さない範囲でぶつけられるだけぶつけている。使ったスキルこそ全て初級ではあるが、それでも総ダメージは死ななかった事が不思議なレベルに達している。一瞬で変身によって作りだした余裕を全て削り取られ、今度こそ自身がどうしようもないほどの窮地に立たされている事を、はっきり自覚する。

「だが、今のが貴様らの切り札なら、そう何度も使えるものではあるまい!」

 とは言え、バルドもただでやられていた訳ではない。使われた魔法の性質と、その欠点を一瞬にして見抜いてみせる。実際、バルドの指摘通り、もう一度使うには春菜の魔力がもっと回復せねばならないし、魔力の問題が無くとも実戦レベルで使えるのは宏と真琴、澪の三人だけだ。ユリウス達三人は、魔法による加速に耐える事は出来るだろうが、自身の加速時間の限界を理解していない。そして、一度加速した真琴をもう一度加速させるのはリスクが大きすぎて論外だし、壁役である宏を迂闊に疲弊させるのも怖い。それに、宏と澪は火力と言う点では、加速してもそこまでのパワーアップはしない。

 術者である春菜の力量が上がればまだしも、現状では切れて一回の、それも使いどころが非常に難しい、あまりあてにできない札でしかないのだ。

「貴様らの弱点は見抜いた! これで終わりだ!」

 こうもりやワイバーンのような皮膜の翼をはばたかせ、神殿の大広間、その天井すれすれまで高く飛び上がったバルドが、全身に強大な瘴気を蓄え、魔法陣を描くために旋回を行う。それを見た宏が、正攻法では次に来るであろう攻撃を防ぎきれない事を悟る。

(まずい! あれは貫かれる!)

 次に来るのは、魔法によって限界まで加速した突撃だろう。単純な物理攻撃ならともかく、その手の速度がたっぷり乗った突撃は、宏の手札では重量差の問題で完全に受け止めきる事は出来ない。宏自身は大したダメージを受けず、ドーガもほぼ無傷で終わるだろう。真琴、ユリウス、レイナの三人は弾き飛ばされたところで、その圧倒的なヒットポイントで戦闘不能になる事は無い。澪にしてもそれほど問題は無いだろう。

 だが、春菜と達也は、かなり微妙なラインになる。レイオットも、見た感じユリウス達ほどの生命力はなさそうだから、下手をすれば致命的なダメージを受けかねない。エレーナとエアリスに至っては論外である。もっとも王族三人に関しては、年季が入ったタンクであるドーガがその技の粋を使って何とかするかもしれない、という希望的観測が無くもないのだが。

(なんか、なんか手は無いか!?)

 内心で焦りながらも反射的にアウトフェースを発動する宏を尻目に、牽制で飛び道具を連発する他のメンバー。カタリナと相対しつつも隙間をぬってエレーナとエアリスも援護射撃をしてくれる。だが、

「その程度の小細工で、止められると思うなよ!」

 旋回速度の速さと動きの不規則さで、妨害として見てもそれほどの効果を発揮しているとは言い難い。辛うじて澪の射撃は何発か当っているが、ダメージと呼べるほどの効果は発していない。カタリナの浄化のためにエアリスからの牽制が途絶えたあたりで、妨害が減った事を好機とどんどんその速度を釣り上げ、瘴気によって書き上げた魔法陣を背負う。

(そうや! あれやったら!!)

 急降下の体勢に入った瞬間に閃いたアイデアを実践すべく、大慌てで鞄からそいつを取り出す宏。そこに向かって突っ込んでくるバルド。

「そおい!!」

 間一髪で鞄の中から取り出した、平均から見れば倍近いサイズのスイカより巨大なポメを、容赦なくバルドの顔面に投げつける宏。緊急事態だと言うのにその行動に唖然とする一同をよそに、速度が災いしてものすごい威力で顔面にぶつかったそれが、神殿を揺るがすほどの大爆発を起こす。凄まじい爆発に完全に姿勢を崩し、反対側の壁に叩きつけられめり込むバルド。

「よっしゃあ! 予想通り!!」

「ちょっ!?」

 爆風をアラウンドガードで抑え込み、思いっきりガッツポーズをとる宏に突っ込みを入れる春菜。あまりの事態に、歌が完全に中断する。

「ちょ、ちょっと宏!」

「なんや?」

「ポメって、あんなにすさまじい爆発はしなかったはずよね!?」

「まあ、普通のポメはそうやな」

 真琴の突っ込みに対し、あっさり同意してのける宏。実際、ポメの爆発力は一番強くてせいぜい、運が悪ければ骨折するかもしれないという程度。いくらなんでも、全速力で突撃してくる五メートルの生き物を十メートル以上吹っ飛ばして壁に叩きつけてめり込ませるような、そんな過剰な爆発力は存在しない。

「また何かやったのか、ヒロ?」

「味とか栄養価とか良うなるか、思てな。向こうでこっそり温泉水に特別ブレンドの植物用栄養剤混ぜて、ちょっと繁殖させてみてん」

 宏のあまりにマッドな言い分に、顔が引きつるのを止められない一同。因みにポメの生態として、ヘタを温泉につけた場合だけでなく、ヘタを切り離した胴体の方を温泉につけても、葉っぱが生えて復活するのだ。つまり、ヘタと胴体を別々に温泉につければ、一株のポメが二株に増えるのである。手間はかかるが、ポメはこの特性を使えば促成栽培も可能なのだ。

「因みに、ポメは味とか栄養価と爆発力が比例する傾向があるみたいやから、今のポメは相当美味くて栄養豊富やったはずやで」

「あんな怖いポメ、料理できる訳ないよ!!」

 春菜の突っ込みが神殿に響き渡る。緊迫した空気が一瞬にして消え去り、後には何とも言えない雰囲気が漂うのであった。







「……どこまでも、どこまでも虚仮にしてくれる!!」

 壁にめり込んだ己の体を引きはがし、満身創痍となった姿で憎々しげに宏を睨みつけるバルド。もはや逃げ出すだけの余裕もなく、己の命をかけずに相手にダメージを与える手段も残っていない。いやそもそも、まだ死んでいないのが奇跡だ。ならばせめて、ことごとく虚仮にしてくれたこの冒険者達を、どうにかして道連れにする事だけを考えよう。そう覚悟して、随分目減りした瘴気を限界まで圧縮する。

「もはや、この国を我が神にささげる事はどうあがいても不可能……」

 ウルス城に出入りできる者を取り込むまでに二十年。王族の側仕えを選定できる立場のものに接触するまでに十年。その後、さまざまな幸運に恵まれ、カタリナが生まれた頃には彼女の側仕えを好きに決められる立場に立ち、国が順調ゆえに王家や国の法体系に不満を持つ者達を取り込むことに成功していた。

 そうやって五十年近くかけてじわじわと国の中枢を食い荒らし、ようやく巡ってきた好機をたった二人の冒険者に潰され、少しでも結果を出そうとあがいた行為もことごとく不発。まだ、それが彼らが有能で自身のもくろみを全て見抜いていた、と言うのであれば少しは救われるものを、こいつらはせいぜい最後に暗殺者を送り込むタイミングを誘導した以外は、全て行き当たりばったりでその場の思いつきとしか思えない行動を続けてこちらの手を全て潰してのけた。

 自分が所詮小物である自覚はある。大した策略を立てられる訳でもなく、ただ煽るだけしかできない事も理解している。だが、それでもいくらなんでも、この流れは余りにも受け入れ難い。これが女神による予定調和だと言うのであれば、せめてもう少し英雄的な行動をとる連中をよこせと言いたい。

 だが、そんな行き当たりばったりな連中に計画を潰された、と言う事は、結局自分達のやり方が稚拙だったのだ。そのつけは命で支払わなければならない以上、せめてその原因となった連中ぐらいは道連れにして、少しぐらいは雪辱を果たすべきだ。

「ならば、トウドウ・ハルナ、アズマ・ヒロシ! せめて貴様らの命は貰って逝くぞ!」

 望む威力に足りぬ分を自身の生命力で補い、仮に不発した時のための最後の悪あがきを準備して、この姿だからできる最大級の攻撃を叩き込む。

 思えば、勿体をつけずに最初からやっておけばよかった。敵の魔導師が言い放ったように、余裕があるうちに切れる札はすべて切るべきだった。だがこの術は、万全な状態で使っても命にかかわる。使うのは計画が完全に潰えた時だ。あの時点では、まだ逆転の目が少しは残っていたはずだったのだ。

 そんな言い訳を内心でグダグダ続けながらも、練り上げ圧縮した瘴気と魔力を、大魔法と言う形でチャージする。拡散して放てばウルスの三割を廃墟に変える事が出来る大技を、わざわざ神殿を吹き飛ばす程度の範囲にまで圧縮したのだ。これをレジストされてキャンセルされるのは、いくらなんでもあり得ないだろう。

 練り上げられた恐ろしいまでのエネルギーに硬直し、露骨に怯えの表情を浮かべる宏の姿に留飲を下げながら、最後の仕上げに入るバルド。

「チッ、させるか! ジャッジメントレイ!」

 準備されている魔法の威力に顔色を変え、ようやく妨害のための魔法の詠唱を終えた達也が、光と聖の複合属性を持つ貫通タイプの攻撃魔法を撃ち込む。浄化能力を持つ通常魔法としては聖天八極砲の次に威力が強く、貫通タイプである事からバリアなどの防御で潰されにくい魔法ではあるが、バルドが防御用にあえて漏らしてあった高濃度の瘴気に阻まれ、それらを浄化したところで攻撃力を失い消滅する。

「くっ!」

「まだまだ!」

 達也の妨害が不発したのを見て、レイナとユリウスが突撃をかける。だが、これまたもはや物理障壁の領域まで達した高濃度の瘴気に食い止められ、腕の一振りで弾き飛ばされる。

「お願いします!」

「行きなさい!」

「させない! バスターショット!」

 エアリスとエレーナがありったけの刃を飛ばし、澪がノックバック機能付きの高火力技を撃ち出す。だが、いずれも瘴気の結界を貫く事が出来ず、妨害するには至らない。

 あれを貫くには、エクストラスキルが必要だ。そう考えてレイオットに視線を向けるが、首を横に振るばかり。流石にエクストラスキルだけあってか、次元斬を発動するにはもう少し冷却が必要なようだ。宏じゃあるまいし、一人の人間がそんなにたくさんのエクストラスキルを持っているはずもなく、バルドを迎撃しようとした技は次元斬に比べれば、威力的には三枚は落ちる。

 これだけの結界を張るには、本来バルドごときの能力ではどうあがいても不足だ。だが、その生命力を削り、準備する間の時間だけに限定すれば、たとえ小物であってもこの程度のバリアは張れるのである。

「おじさん! あれ、止められる!?」

「流石に厳しい!」

 そもそも、止めたところで神殿が無事では済まず、神殿が無事では済まない以上、この場にいる人間が生き埋めにならない保証が無い。

 どうにかできないかと手持ちの札を並べて、少しでも生存の可能性を探る周囲の人間とは裏腹に、やけに落ち着いた態度を崩さない春菜。一人だけ冷静にいくつかの補助魔法を発動させ、宏に重ね掛けする。そんな春菜の様子に気がつきながらも、周りの連中の態度から勝利を確信し、最後の準備を終えるバルド。

「もう手遅れだ! 一緒に逝ってもらうぞ!」

 自身も含めた、この場にいる人間すべてを嘲笑しながら、命がけの切り札を解き放つ。

「共に堕ちようぞ! ヘルインフェルノ!」

 妙にさわやかな笑顔とともに、地獄の業火を押し固めた火球を投げつけるバルド。死の手前まで己の生命力を持って行かれ、壮絶なまでの倦怠感に襲われながらも、最後の意地で二本の足で立ち続ける。人の枠を捨てた事で得た強靭な肉体は、この状態からでも生命力を回復させていく。目の前の集団の恐怖と絶望がわずかながら瘴気となって、彼の回復を促す。その状況を、バルドは満足げに眺めつづけた。

(何でやねん……)

 巨大な火球が、妙にスローモーションで自分に迫ってくる。その様子をぼんやり見つめながら、頭の中をいろんな思考が目まぐるしく走る宏。逃げたい。何処へ? 誰か防いでくれるはず。どうやって? 何でこんな事に。自分で首を突っ込んだのではないか。

 益体もない思考が頭の中をぐるぐる回りながら、あまりに度を越した状況と、あまりに絶望的で臨界点を超えた恐怖が、とある記憶を引きずりだす。かつて生まれ故郷にいた時の、バレンタインの時期に学校で起こった理不尽な命の危機。警察沙汰となり、全国的に報道された事件。地域と学校の間に大きな不信感を植え付け、学校内部の組織をズタズタにしてしまった出来事。

 どうにか一命を取り留めた後の、クラスメイト女子の、更に理不尽な言葉と態度。宏の今を決定づけただけでなく、学校全体で男女の間に絶望的なレベルの溝を刻みこみ、その直後に入学した新一年生すら男子が女子を一切信用しなくなった事件。それだけの事件でありながらいまだに犯人が特定できていない、警察に対する信頼すら揺るがした一件。

 それを思い出し、目の前の火球を睨みつける。そうだ。あれに比べれば、この程度は危機でも何でもない。第一、この世界で最も神の匠に近いであろう自分が、この程度で死ぬような軟弱な肉体で居る事を許してくれるほど、こちらの世界の神々は優しくは無い。

 この程度、学校の半分が敵に回り、世界の人間の半分に恐怖を覚えるようになったあのころに比べれば、危機と呼ぶ事すらおこがましい。恥ずかしながらバルドの気迫に飲まれ、派手な破壊力に怯えてしまったが、よくよく考えればレジストに失敗して直撃を食らったところで、少なくとも自分が死ぬ事は無いではないか。

 その事に思い至り、本能に突き動かされて衝動的に火球に突っ込んで行く。この時、宏の中で何かがかみ合い、急速に形になりつつあった。

「この程度……!」

 火球に向かって歩を進め、無意識のうちにこっそり覚えていたフォートレスを発動。ドーガに比べれば児戯にひとしいそれだが、そもそも基本となる防御力が段違いだ。物理防御力は全力で身を守っている時のエルンスト・ドーガにわずかに及ばぬものの、魔法防御ならば彼より数段高くなる。

「チョコレートに比べたら……!」

 着弾寸前に、アラウンドガードを発動。元々大幅に削られていた攻撃範囲を、ほぼ宏一人分にまで抑え込む。

「何ぼのもんじゃーい!!」

 着弾と同時に、気合を入れて魔法に抵抗する。強力な抵抗体に接触し、急激に削り取られていく火球のエネルギー。進む力と抵抗する力がほぼ釣り合う中、激流の中をさかのぼっていくかの如くじりじりと宏に迫っていき、その身を削りながらも爆発すると言う役目を果たそうと、愚直なまでに直進する火球。結果、破壊力をほとんど発揮することなくどんどん無害なただの魔力となって拡散していき、三分の一程度まで削られたところでついに宏に接触し、爆発。

「……なんだと!?」

 爆風が収まり、煙が消えた後には、ほぼ無傷の宏が突っ込んできていた。流石に無傷ではない。あちらこちらにやけどを負い、爆風によって出来た裂傷も少なくない。だが、ウルスの三分の一を焦土に変えるだけの魔法を限界以上に圧縮し致傷力を高めた一撃を受け、その程度で済ませたということ自体が驚異的なのだ。

 仮に、春菜が補助魔法をかけていなければ、もっと目に見えるダメージを受けていただろう。フォートレスとアラウンドガードが無ければ、後ろにいた春菜達は小さくない傷を負っていたはずである。何より、最初の段階で心が折れていれば、この威力に押さえられるほどの抵抗力は発揮できなかった。

 ぎりぎりのところで辛うじて、宏はタンクとしての役割を果たしたのだ。

「往生……、せいやあ!!」

 傷の痛みを無視し、力一杯ポールアックスを振りあげ、大声で吼えながらイメージに沿ってエネルギーを乗せ、全力で振り下ろす。斧に乗せられたすさまじいまでのエネルギーは、過剰な破壊力となって放ったポールアックスとバルドの体を粉砕し、地面に叩きつけられ、入り口まで前方に広がる巨大なクレーターを穿ち、神殿正面の出入り口がある壁を粉砕し、中庭の中央まで亀裂を走らせてようやくおさまる。

 エクストラスキル・タイタニックロア。長柄の斧もしくは鈍器武器専用の、物理攻撃系としては最大の破壊力と攻撃範囲を誇る技。不人気武器の必殺技ゆえに、いまだ習得条件はおろか存在すら発見されていなかったそのスキルを、宏は怒りにまかせて力技で発動させた。

「な、何だったんだ、今のは……?」

「さあ?」

 急展開を見せた一連の流れについていけず、呆然とした口調でつぶやく達也。その達也に対して、平常運転と言う感じであっさり答えを返す春菜。どういう訳か、彼女はあまり驚いていない。

「春姉、なんかすごく平常運転……」

「まあ、ヘルインフェルノを防いでくれる、って言うのは確信してたし、そのために一杯補助魔法かけたから」

 澪の突っ込みに、あっさり理由を告げる春菜。流石に今の攻撃は驚いたけど、などと補足するが、いまいち信用できないところだ。

「そう言えば、エアリスもあまり驚いていないようだが?」

「えっと、恥ずかしながら、今のがどの程度凄いのか、あまり分かっていないのです」

 兄の問いかけに、素直にそう答える妹。戦闘経験の少なさゆえ、今のヘルインフェルノがどれほどのものか、それを防いだ宏がどのぐらいとんでもないのか、そして最後の技がどの程度のものなのか、どれ一つとっても良く分かっていないのである。一般人のエアリスにとっては、この戦闘で出てきた攻撃全てが、一度食らえば十回は死ぬだけの威力を持っているのだ。凄さなど分かろうはずがない。

「それに、まだ終わっていませんし」

 急に金の瞳に変わったエアリスが、そんな事を断言する。その言葉を証明するように、異界化していた神殿一帯が通常の空間に戻ると同時に、何かが中庭に召喚される。

「な、なんだ?」

「ここであんな大きなものを呼び出されると困るので、とりあえず中庭に移しました。空間は復元しましたが、流石に今の戦闘で出た被害の修復はしていません。回収出来るものを回収したら、後の対応のためにさっさとここを離れる事です」

「もしかして、今は女神ですか?」

 春菜のその問いに応えることなく、意味深な笑みを浮かべるエアリス。次の瞬間、瞳の色が普段の青色に戻る。

「お兄様! 何かものすごく大きなものが出てきます!」

「……分かった! すぐに対策に入る!」

 レイオットの言葉を聞き、とりあえず拾えるものを拾い集めて神殿を飛び出す一同。神殿には何頭かのケルベロスの残骸と、最初に気絶したまま完全に忘れ去られていた無傷のオリアだけが残されるのであった。







「これは……」

「また、難儀なものを呼び出したものじゃのう……」

 今際の言葉を言う事すら許されず、圧倒的な破壊力で粉砕されたバルド。そんな彼が自分の死をトリガーにして呼び出した生き物を見て、うめくようにつぶやくユリウスとドーガ。

「正面から直接斬りかかるのは、単なる馬鹿のすることかしらね」

「さっきヒロシが使った技を叩き込みに行くならともかく、少なくとも普通に攻撃するのであれば、間違っても勇者などと称えられる事は無いだろうな」

 出てきたものの巨大さと移動方法を見て、うんざりしたように意見を言い合う真琴とレイナ。彼女達に限らず、今目の前にいる巨大生物を見た人間の反応は、絶望してうめくか余りのどうしようもなさに皮肉を口走るか、大体その二つに一つだ。もっとも、そんな分かりやすい反応を示さない人間が、若干一名ほどいるのも事実だが。

「来た来た来た……! 僕の時代が来よったで……!」

 城の中庭に現れた超巨大な芋虫を見て、目を爛々と輝かせながら喜びをかみしめるように言葉を紡ぐ宏。

 そう。バルドが呼び出したのは、ウルス城すら引きつぶしかねないサイズの、超巨大な芋虫だったのだ。このサイズの地べたを這う生き物に対して、正面から近接攻撃を仕掛けるのは愚か者のする事であろう。まだ二本脚や四本脚で動き回っている生き物ならばすり抜けて斬りかかる、などと言う真似も不可能ではないかもしれないが、この手の腹部が地面すれすれに来ている生き物にそんな真似を仕掛ければ、そのまま前進するのに巻き込まれて引きつぶされ、無残な屍をさらす結果になるだけだ。

 幸か不幸か芋虫自体はノンアクティブらしく、座りのよさそうな場所を求めてゆっくりのんびりもそもそ動いているだけで、攻撃的な様子は何一つ見せていない。が、たとえ芋虫といえどもこのサイズ、下手に何か攻撃を仕掛けて中途半端にダメージが通ってしまった場合、怒ってどんな攻撃をしてきてもおかしくない。騎士たちはこの時点では飛び道具を持っておらず、魔法使い達は余りのサイズに攻撃魔法を使うべきか否かを迷っていたため、運よくまだ攻撃らしい攻撃は誰も仕掛けていなかった。

 そんな厄介な生き物を見て目を輝かせ、喜色満面と言う感じの笑みを浮かべる宏。普通なら頭がおかしくなったのではないか、と疑うところだが、この男の経歴や特技を考えれば、人によってはピンと来るものがあってしかるべきだろう。

「ねえ、宏君。もしかして、あれ……」

「澪! 足場と樽作るための木材調達や! 兄貴ら魔法使いはバインド系の魔法であれを適当な場所に固定! エル、もしくは女神様! あいつが食えるように地脈の魔力、流せるか!?」

 何かに気がついたらしい春菜の問いかけに応えず、突然宏が矢継ぎ早に指示を飛ばす。唐突に発せられたその言葉に反応できず、思わず呆然と立ちすくむ一同。

「地脈は問題ありません、ヒロシ様」

 急な指示に反応できない他の人間をよそに、出来る事があるらしいと見えない尻尾をパタパタと振りながら喜々として答えるエアリス。その姿に我に返り、宏の指示を実行しようとする一同。ポッと出の下級冒険者の指示なんぞに、という意識は誰も持っていない。と言うより、指揮官全員が取りうる対応を指示できない状況では、可能性があるのであれば誰の指示でも従うべきだ、という判断をしたのだ。

「ほな、エルはあれに地脈の魔力を食わせたって! 他の魔法使いは、さっきも言うた様に芋虫を適当に固定! 固定する魔法は、絶対ダメージ出る奴使うたらあかんで! 固定が済んだら、あいつが魔力食えるように、回復とか防御上昇の補助魔法とか、その類のダメージが出えへん魔法をガンガン掛けたって!」

「分かりました!」

 宏の指示に嬉しそうに従い、魔法使い達が必死になって固定した芋虫に地脈や霊脈からの魔力をこれでもかと言うぐらい流し込むエアリス。

「宏君、私も魔力を流す側に回った方がいい?」

 その様子を見ていた春菜が、出来る事をやろうと言う感じで提案してくる。が、その申し出に宏は首を横に振ると、

「春菜さんは練習も兼ねて、澪の手伝いよろしく。後、他の人は集められるだけ糸巻きの芯、集めてきて! あれが繭作って安定するまで三日ぐらいかかるから、その間にありったけかき集めてや!」

「い、今から?」

「流石に、城下のその手の店は店じまいをしている時間ですが……」

「酒場とか飲食店とか回って、使い終わった奴を回収してこればええねん。後、城内にある奴とかもや」

 宏の指摘にハッとし、大急ぎで人海戦術で城下に散っていく騎士たち。その後ろでは、魔力をモリモリ吸収した芋虫が、繭を作るために糸を吐き始めていた。

「さて、一世一代の大勝負や。どんだけ糸が作れるか、こうご期待、っちゅうとこやな」

 出来上がっていく繭を見て満足そうに頷くと、とりあえず樽作りに参加するためにその場を後にする宏であった。







 それは、かなり異常な光景であった。

「澪! そろそろ上の方が開くけど、準備はええか!?」

 芋虫の出現から六日目、繭が完成してから三日目の朝。完成直後から凄まじいスピードで糸を紡ぎ続けていた宏が、そんな声を上げる。因みに、糸を紡ぎ始めてから一睡もせず、一秒たりとも手を止めていない。水分補給は基本マナポーションで、食事は春菜が用意した手を汚さずに食べられるものを、どちらも無駄に洗練された無駄のない動きで、糸を紡ぐ作業を一切止めずに済ませている。

「いつでも!」

 宏の声掛けに、組み上げられた足場の上からそう返事を返す澪。現在彼女が立っている場所は、ウルス城の最も高い建物の屋根より上の位置だ。そこまで行かなければ、繭の天辺を見る事が出来ないのだから、それだけでもどれほどとんでもないサイズなのかが想像できるだろう。

「ねえ、宏」

 宏の横に積み上がった糸を回収しに来た真琴が、今のやり取りで出てきた疑問を聞くために声をかける。その間にもどんどん糸巻きが出来上がって転がされ、回収するものが増えていく。真琴がざっと見たところ、芯にかなり太めに巻いていると言うのに、一本作り上げるのに十秒かかっていない。しかも、このペースで糸を紡いでいると言うのに、全てにきっちり自動修復のエンチャントが施されているのだから、普通の職人が見たら正気を失いかねない光景だ。

「なんや?」

「上の方が開くって、何?」

「ああ。繭の中にあるさなぎが、そろそろ見えてくんねん」

「それって、何かあるの?」

「そのさなぎを開けるとな、いろんなことに使えるスープみたいなんが取れんねん」

 雑談の間にも一切手を止めず、なんとなく飄々とした態度でそう答える宏。その回答を聞いて、思わずうえぇ、と言う顔をしてしまう真琴。

「それって、もしかしなくても体液って奴よね……?」

「もしかせんでも体液やで。今は変態中で完全にどろどろに溶けて、まだ新しい体に変化し始めてへん頃のはずやから、物凄いたくさん取れるやろうなあ」

 この芋虫、繭を作り始めてから羽化するまで約十日ほどと、図体の大きさの割に羽化が早い。なので、その液体を一番たくさん集められるのは、繭が完成してから二日目から三日目あたりの、胚を除いて完全に溶けきっている時期だけになる。繭が出来て四日目には胴体ができ始め、五日目にはほぼ体が完成し、六日目にはほぼ成体になっているのだ。そういう意味では、糸を紡げるのも、普通ならせいぜい繭が完成してから四日目ぐらいまでと言う事になる。

「真琴さん。それ片したら、樽の回収も手伝ったって」

「はいはい。それにしてもこの糸、一体何なの?」

「霊布の材料になる霊糸っちゅうやつや。糸としては最高級品やで」

 宏のとんでもない返事に、思わず回収した糸巻きを落としそうになる真琴。その様子に苦笑しながら、無駄に洗練された無駄のない動作でさりげなくマナポーションを飲み干し、更に糸巻きの作業を続ける。

「まあ、そんな訳やから、いくらひと山いくらみたいな分量ある言うても、それなりに丁寧に大事に扱ったってや」

「りょ、了解……」

 ゲームでも伝説級の素材だった糸の暴落ぶりにめまいを覚えつつ、とりあえず臨時倉庫の方に回収した糸を運んでいく真琴。振り向いた時には既にふくらはぎぐらいの高さまで積み上がっており、それでもまだまだ糸は取れるんだぜ、と自己主張している繭に再びめまいを覚える。

 なお、なぜわざわざ臨時倉庫を用意したのかと言うと、単純にアズマ工房の倉庫容量を超えそうだったからである。ここのところ大物から大量の素材が取れるケースが連続したため、とことんまで容量拡張をしていた工房の倉庫ですら、いい加減容量に不安が出て来ていたのだ。

「さて、糸巻きと樽は足りるんかいな、と」

 ウルスにある全ての糸巻きの芯をかき集め、それだけでは不安だからとさらに近隣の村のものまで根こそぎ回収して積み上げたのだが、既に在庫は残り三割程度。感触から言ってぎりぎり全部を糸にできるはず、と言ったところだ。

 正直なところ、霊糸を巻きとる糸巻きが、霊木を使って加工段階からガチガチにエンチャントをかけろ、みたいな無体な事を言い出すような類のものでなくて助かった、と言わざるを得ない。無論、ただの芯では巻いている間に壊れてしまうため、巻きつけ始める前に一杯小細工をする必要があるが、その程度の作業は寝ながらでもできる自信がある。

 もっと厄介なのが樽の方で、作れるのが宏と澪しかいなかったため、昨日まで澪が作り続けていても、千には届かなかったのだ。どうせ底の方に残った分は汲み上げられないだろうとは思うが、それを考えても際どい線である。

「まあ、なるようにしかならんか」

 心持ち、糸を巻き取るスピードを上げながらそんな風に結論をつける。結果を告げるならば、糸巻きは残り三つと言う際どいところで繭がすべて糸に化け、樽の方は予想通り若干数が足りずに、一度作業の手を止めた宏によって肥料に加工され、城のハーブ園にまかれることになる。

「これで、終わりや!!」

 宏のそんな叫びがウルス城に響き渡ったのは、繭が出来てから五日目の昼前の事。四日貫徹し、全ての作業を終えた事をもう一度確認したところで、さすがに体力の限界に負けてダウンする。

「お疲れ様、宏君」

「お疲れ様です、ヒロシ様」

 やり遂げた顔でそのまま爆睡モードに入った宏に、そっとねぎらいの声をかける春菜とエアリス。このままここで寝かしておくのもどうだろうと考え、誰かを呼ぼうとしたところでふといたずらを思いつく春菜。澪も呼んだ上で、完全に寝入って起きる気配のない宏の反応を確認して、女性陣だけでこっそり部屋に運び込む。

「これで、今回の事件は終わりかな?」

「そうですね。権限の無い私や、本来部外者である皆様のお仕事は、多分これで終わりでしょう」

「後は、陛下と殿下に頑張ってもらおう」

 熟睡する宏を見守りながら、ひそひそとそんな事を話し合う三人娘。

「本当に、お疲れ様」

 いろんな意味でドキドキしながら、そっと宏の手に触れる春菜。こうして、ファーレーンを襲った一連の事件は、何とも言い難い形で一応の解決を見たのであった。
糸に始まり糸に終わる。

なお、先に宣言しておきます。
タイタニックロアはかなり先まで、宏が自由に使えるようにはなりません。
感じとしては、当分はサテライトキャノンみたいな扱いかな?
+注意+
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