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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第32話

「梅雨だから仕方ないけど、今日も雨だよね~」

「雨やなあ」

 梅雨入りして久しい六月のある日。今日も今日とて雨の中、容赦なく実りをつける作物たちを収穫しながら、春菜と宏がぼやいていた。

「安永さんも、この環境で売り物にできる野菜が収穫できてるとか、ちょっと予想外だったみたい」

「せやろうなあ。普通の農家さんって、この時期はどんな風にして作物作ってんねんやろうなあ?」

「さあ……」

 道の駅への出荷が確定してすぐに安永氏が建ててくれた、出荷用の作物を収めておく小屋にざっと洗浄して水を切った様々な作物を詰め、合羽を脱ぎながらそんな会話をする宏と春菜。多少の雨でも作業できるように、軽トラなどを停めるスペースまで屋根がせり出しているのがありがたい。

 ちなみに宏達の日本の場合、基本的にこの時期の作物はビニールハウスのような屋根のある環境で育てた物が一般的である。宏達のように雨の中合羽を着て収穫している農家もゼロではないが、かなりの少数派なのは間違いない。

 専業農家でもそんな感じなので、生計を立てているわけでもない素人の家庭菜園は、普通は梅雨の真っ最中に収穫が来るような作物は育てない。

 いくら宏達の育てる作物が最高級品でも、家庭菜園であるという原則は変わらない。なので安永氏も、この時期は藤堂家に貸した畑からの収穫はない、と油断していたのだ。

「収穫の時だけでも、雨を通さないようにする手段を用意できたら楽なんだけど……」

「せやなあ。ちょっと考えてみるか」

「考えるのはいいんだけど、今の日本の技術で可能な範囲にしておかないと、後々面倒なことになるよ?」

「分かっとる。市販されとったり実用化の範囲に入っとる教授の発明品とか、そういうんをある程度流用させてもらえばええやろう」

「それか、いっそ大学での研究ってことにして、全く関係ない技術を一からでっちあげちゃうか、ぐらいかなあ」

 雨の中でも作物を収穫したい。そんな理由で、超技術の開発に着手することを考える宏と春菜。そんな応用範囲の広い技術を実用化すれば、特許だけでも普通の人間なら一生食っていけるだけの収入になる、という点には一切気がついていない。

 どうせ個人でしか使わないのだから、市販のモーターその他を組み合わせて雨天用収穫ロボでも作れば、そんな面倒な騒ぎにもならず自分たちも楽になるのに、そこに意識が一切いかずに無茶なものを作ろうとするあたりが宏と春菜だと言えよう。

 そもそもの話、梅雨入りして既に二週間は過ぎているのに、今頃になってようやくこういう話が出てくるあたりは、我慢強いと評すべきか呑気すぎると評すべきか悩ましい所である。

「とりあえず、要求仕様とそこに至るまでに必要な技術その他に関しては、学校で詰めたほうがええな。今話しとったら、遅刻するわ」

「そうだね。シャワー浴びて泥落とさないとすごい事になってるし、そんな話してる暇はないよね」

 検討を始めるといつまでも続けることになりそうだと考え、とりあえず話をここで切り上げる宏と春菜。いくらお目こぼししてもらえる範囲で魔法などを使って加速しても、シャワーを浴びて朝食と弁当の準備、と考えるとかなり時間的に厳しい。

「大急ぎで戻らないと、ちょっとシビアな時間になっちゃったね」

「やっぱ、梅雨時の農作業は足元悪いから厳しいわ」

 雨にも負けず豊かな実りをつける畑に思わず恨めしそうな視線を向けながら、靴を履き替えて軽トラに乗り込む二人。そんな二人の視線にめげずに、翌日も豊かな実りをつけるのであった。







「まず、日光は遮ったらあかんっちゅうんは絶対条件やな」

「人が作業してないときも、雨を遮っちゃ駄目だよね。かといって、日照りの時とかに水やりの邪魔になっちゃうと困るし」

「あと、使用環境的に当然雨ざらしになるから、少々の事では壊れへん耐候性もいるで」

「それから、動力をどうするか」

 その日の昼休み。宏と春菜はカフェテリアで飲み物だけを買い、弁当を広げながら真剣に機械の仕様を検討していた。

「なあ、溝口さん……」

「何よ?」

「あの二人、かなり無茶な事を言ってるような気がするんだが……」

「奇遇ね。あたしもそう思うわ」

 同じテーブルで食事をしていた山口のかなり引いた様子の言葉に、同席していた真琴があきれた様子を隠そうともせずに同意する。

 とはいえ、このパターンは真琴的にはよくある話なので、あきれはしても引きはしない。やりすぎないようにしなさいよ、で終わってしまう範囲である。

「ねえ、宏、春菜。思うところを正直に言っちゃっていい?」

「なんや?」

「どうしたの、真琴さん?」

「やろうとしてること自体はいずれ役に立つとは思うけど、このシーズンにはまず間に合わないんじゃないの?」

 真琴の指摘に、反論の余地もありませんという様子で深々とため息をつく宏と春菜。

 権能もフェアクロ世界で培った技術・技能も大部分が禁じ手となる以上、いかに宏と言えどそう簡単に新技術など完成させられはしない。

 なので、色々試すにしても向こうに居た時ほどサクサク進むはずもなく、法律上の兼ね合いなども気にしながらとなると、間違いなく梅雨明けまでに完成することはあり得ないだろう。

「あと、雨天の畑仕事の障害って、足元の方もじゃないの?」

「それ以前に、俺はそもそも、雨の中ハウス栽培でもないのに畑仕事をするのが普通なのか、という点が気になっているが……」

 真琴と山口の突っ込みに、そっと視線を逸らす宏と春菜。

 実際問題、雨が降っている最中に畑に入って土を踏み荒らすのは、基本的にあまりいい行いとは言えない。作業性の悪さは言うに及ばず、土そのものにもそれなりにいろいろな影響が出る。

 宏達とて、やらずに済むなら雨の中の収穫作業などやりたくないのだ。本来ならとうに時期が過ぎている野菜や果物がせっせと食べごろの実をつけるから、仕方なしに収穫を続けているのである。

 畝と畝の間に藁を敷くなどフェアクロ世界の農業を参考にいろいろ手は打ってあるものの、完璧にとはいいがたいのが現状なのだ。

「そもそも、この時期に収穫があるような作物の植え方はしてへんねんけどなあ……」

「スイカとかは梅雨明けから収穫開始になるように調整して植えたし、それ以外のは遅くても五月中には収穫終わる予定だったんだけどね……」

「なんで、四月が旬の品種のイチゴがいまだに採れてんねん、っちゅう話やわな……」

 そう言いながら、朝採れのイチゴを大量に詰めたタッパーを取り出す宏。中に入っているイチゴは、旬の時期ですらスーパーなどではまず見かけないほど素晴らしいものであった。

「これを収穫せんと腐らせんのは、どないしても抵抗あるんよ……」

「味も見た目もダメダメだったら、割り切って放置するんだけどね~……」

「あんたたちの言い分も分かるのよ。それを捨てるなんてとんでもない、って感覚はあたしだって持ってるしね。ただ、あたしが言いたいのはね、アプローチ的にはそっちじゃなくて、収穫用の小型ロボットでも作ったほうがいいんじゃないの? って事ね」

「「あ~……」」

 真琴の指摘に、思わず声をそろえる宏と春菜。どうせ足場にも問題が出てくるのだから、最初からその前提で個人使用できるものを作ったほうが手っ取り早いのは間違いない。

「今回の場合、あの辺飛んでる某ロボットアニメの主人公機とか、この大学のあっちこっちに飛んでるプラモデルたちに使われてる技術で十分対応可能なわけじゃない」

「まあなあ」

「でも、下手に収穫用ロボットとか使っちゃうと、結局晴れの日もそれに頼っちゃって畑の面倒見に行かなくなりそうなのがね」

「それとは別の問題で、収穫作業中に籠とかに雨水が溜まらんようにするんに、雨を遮断するフィールドは欲しいで」

 しぶとく新技術に執着を見せる宏と春菜。その取って付けたような、だが無視はできない理由に苦笑して肩をすくめ、話を切り上げて弁当の残りを胃袋の中に片付ける作業に入る真琴。

 今日の弁当は季節の炊き込みご飯に高野豆腐とえんどう豆の卵とじ、鰆の西京焼きに里芋をはじめとしたこまごまとした付け合わせという、ザ・和食という風情のものだ。

 このうち、鰆はスーパーで冷凍ものを、卵と炊き込みご飯に入っている鶏肉、米、およびタケノコは安永氏関係から物々交換で仕入れ、それ以外のものはすべて畑で獲れたものを使っている。シイタケの収穫先は畑ではないが、藤堂家の庭にちょうどいい環境の場所があるので、小さめの菌床を設置して自家栽培している。

 高野豆腐などは空き時間に春菜が自作したもので、乾燥させて保存できるようにしたものがかなり大量にある。他にも、普通は市販品を買うだろう品物も結構自分で作っており、このあたりは宏も春菜もフェアクロ世界にいたころの習慣が抜けていない事をうかがわせる。

 更に調味料もあれこれ自作していて、購入品は砂糖と塩ぐらいだったりする。特に醤油と味噌は、去年大豆を収穫した際に仕込んだものがいい感じに熟成されて、湯浅醤油などの高級品に負けぬ味わいを見せるところまで至っている。

 調味料も含む七割が自家製という、一般家庭ではまずありえないような弁当だ。間違いなく、大学生が自炊で作る弁当のクオリティではない。

「しかし、毎日毎日凝った弁当を作ってくるが、よく時間が足りるな」

「結構寝る前に仕込んでるものとか多いし、最近は宏君も農作業の後に一緒に作ってくれるから、見た目よりは楽なんだよね」

「春菜の家のキッチンはものすごく広いから、四、五人で作業しても余裕あるものね」

「そういえば、溝口さんの弁当も毎回中身が同じだが、一緒に作ってるのか?」

「うん。真琴さん、今うちに下宿してるし」

「でも、一緒に料理してるのか、って話だったら、答えはノーね。最近、料理ぐらいはできるようにって簡単なものは教わってるけど、さすがにこのレベルは無理よ」

 春菜の告げた理由を聞き、なるほどと納得する山口。実は山口は、真琴が春菜と同居しているというのは知らなかったりする。

「ちなみに、最近はうちの両親の分も春菜さんちで作らせてもろて、平日の朝から講義ある日はいつきさんに届けてもらってんねん」

「澪ちゃんの分も日によってはうちで作って、深雪に届けてもらってるんだよね」

「それぐらいしないと、野菜の消費量が全然足りてないものねえ」

 いくら高校時代から親しいとはいえ、究極的には部外者でしかない山口にとって、知る機会などないような情報がガンガン出てくる。

 それを聞いて、苦笑しながらこっそりメモを取る山口。後で美香といちゃつく際に、話の種として使うつもりなのだ。

「いつも思うんだが、千円ぐらいは余裕で取れそうな弁当だな」

「ん~、千円取るには品数がちょっと少なくない?」

「どうかしらねえ。高いお弁当って、これよりもっとおかず少なくても千円超えるし」

「というか、毎日このレベルを作ってるが、原価はどうなってるんだ?」

 山口の問いに、少し考え込む春菜。しばらく考えて、実に困ったという表情で口を開く。

「自家製のものが多いから、ちょっと原価が分かんないよ。畑でとれた作物を加工したものって、どう値段付ければいいのかな?」

「そのあたりはもう、原価ゼロで計算しちゃっていいんじゃない?」

「いいのかな?」

「どうせ肥料代とか地代とか、大量に穫れてる作物に全部分散しちゃって、お弁当に使うぐらいの量だと一円二円、下手したら何銭の世界になっちゃうでしょ?」

「そうだね」

「だから、明確に購入してるもので計算すればいいと思うわよ?」

「なるほど」

 真琴に言われ、とりあえず自分の家の畑で完結するものはまとめて十円程度で計算することにする春菜。そのまま大雑把に

「えっと、砂糖と塩はうちの場合、いいの使ってるから一食分でザクッと十円として、ダシ用の煮干しとか昆布、鰹節も同じ理由で三十円ぐらいで計算。鰆がスーパーで購入だから意外と高くて一食分で約百五十円で……、あれ?」

 しばし計算を進め、さらに原価不明の要素が出てきて躓く。

「ねえ、宏君。安永さんのところで仕入れてるお米とか鶏肉とかの値段って、分かる?」

「卵は多分、一個五円ぐらいやったと思うで。米と鶏、タケノコは分からんなあ……」

「だよね……」

 宏の回答に、これはまいったとばかりにうなずく春菜。物々交換で仕入れている上、安永氏の関係者は卵以外通販をしていない、もしくは鶏鍋セットだとか季節の野菜セットだとかいった形でしか販売していない。なので、一個あたりの原価が逆算しやすい卵以外、明確な値段がわからないのだ。

「お米はブランド米でも茶碗一膳分で三十円ぐらい、って聞いたことがあるから、それで計算したらいいんじゃない?」

「ん~……、となると、分かってる分だけで三百円近くになるから、やっぱり千円ぐらい取らないと商売にならないか~……」

「でしょうねえ。まあ、ネックになってるのが魚だったら、漁港から直で仕入れできるようになればもっと安くできるんじゃない?」

「でも、物々交換で手に入れてる食材の分を考えたら、結局千円ぐらいになる気はするよ」

 真琴の提案に、そう結論を告げる春菜。飲食業の道はなかなか険しい。

「それにしても、鶏肉とかはともかく、タケノコも物々交換だとは思わなかったわ。あんたたちだったら、普通に栽培してそうな気がしてたんだけどね」

「あのなあ。今の畑の惨状見とったら、タケノコなんか危なあて栽培できんわ」

「そうそう。ミントテロぐらいなら最悪重機借りて土を根こそぎやればなんとかなるけど、竹はそうはいかないもんね」

「今のペースでタケノコ生えて来たら、あっちゅうまにあの一体竹林ハザードやで」

 タケノコという食材のリスキーさを、そんな風に切々と訴える宏と春菜。

 実際、管理者がいなくなって市道などまで根を伸ばし、地域の交通を寸断してしまったり他所の土地を占拠してしまったりといった被害を出している竹林の話は、日本全国で枚挙にいとまがない。

「タケノコは無理としても、お米はいけるんじゃない?」

「実際、そういう話は出てるよね?」

「せやな。ただ、田んぼまでっちゅうんは、ちょっとどころやないぐらい嫌な予感しおるけど」

「あ~、そうだね」

 稲作を始めた場合に起こりそうなことを頭の中で想像し、げんなりした表情を浮かべる宏と春菜。

 今までと違って、田んぼはなんだかんだ言って収穫したか否かが非常にわかりやすい。そこで今までのように刈り取った次の日に復活などされた日には、さすがに何をどう疑われても仕方がない。

 他にも、刈り取った稲の数とその後の作業を終えて収穫した米の量が圧倒的に違う場合にも、いろいろ面倒なことにつながりそうな気がする。

 何より、田んぼ一アールで取れるであろう米の量を去年からの収穫ラッシュを踏まえて計算すると、間違いなく関係者に毎月押し付けても二年分は賄える量になるだろう。

 他の農作物と違い、米は流通に乗せるにはいろいろと面倒な規制が多い。どう考えても、今までの野菜のように無駄にならない形で持て余した米の処分をすることはできない感じである。

「米にまで手を出したら、もう完全に農家一直線だな」

「今でも兼業農家みたいなもんだとは思うけどね」

 山口の正直な感想に、真琴が苦笑しながらそう突っ込む。

「なんかこう、ね。最近私たち、安永さんに後継者扱いされてるんじゃないかって思う時があるよ」

「狙われてるのは確かだな」

「さすがに、安永さんのところの規模は手に余るし、ちゃんとした後継者がいるんだからそっちに力を注いだ方がいいと思うんだけどね」

「それはそれ、これはこれ、でしょ? 農業の担い手は、多いほうがいいんだしさ」

 農家になるように外堀を埋められつつある状況に、いろいろ複雑なものがある春菜。農業自体は大好きだが、さすがに専業農家として何十年も大地を相手に営みを続ける覚悟はない。

「あ、そうだ。山口君のところは、そろそろ野菜なくなってない?」

「そうだな。美香も食べつくしそうだ、と言っていたな」

「となると、蓉子と田村君にも用意しておいた方がいいかな。とりあえず、このイチゴは保冷バッグに入れとくから、そのまま持って行っちゃってよ」

「助かる」

 なんだかんだで昼食が終わったところを見計らい、全員に何粒かタッパーから取り分けて、残りのイチゴを山口に押し付ける春菜。

 家に帰ったらまだまだ売れるほど残っているので、こういう場でせっせと消費する必要があるのだ。

「後は適当に押し付け先探してばら撒かないと、ね」

「出荷しても出荷しても余るからなあ」

「本当に、過ぎたるは及ばざるがごとしって言葉が身に染みるよ……」

 などと言いながら、弁当箱を片付けて、飲み物が入っていたカップをセルフの返却口へと運ぶ宏と春菜。

 この後、あちらこちらの講義で知り合った同期や先輩に声をかけて回り、大口の押し付け先を三件ほど追加で確保する事に成功する。

 後にその大口が漁師と漁港関係者だった事が判明し、宏はともかく春菜は全く金に困っていないにもかかわらず、ますます野菜が通貨としての働きを強めるのであった。







「あらへんなあ……」

「ないよね……」

 その日の夕方。海南大学総合工学部棟。

 自身が所属する総合工学部、その必修である天音の講義を受け終えた宏と春菜は、作業中のみ雨や雪をブロックするフィールドシステムを開発するため、総合工学部棟にある端末を利用して、天音の特許や発明品を検索していた。

 なお、総合工学部とは、天音が二十代前半に海南大学の教授となった際に新設された、各学年の定員が二十名ほどという小さな学部である。

 定員が少ないのにわざわざ独立した学部として新設された理由に関しては、天音が医師としても仕事をしている点や作り上げた発明品の数々から、ある程度察することができるだろう。

 当初は天音しか教授がいなかったが、今ではその教え子が三人ほど教授や準教授として講義やゼミを持っているため、初期の全学年での定員十二名プラス留年生から各学年二十名に拡充できた、という裏事情があったりする。

「案外作ってへんもんやなあ……」

「そうだね……」

 膨大な発明や特許のわりに、特殊な空間を展開したりバリアを張ったりという類の物が意外と少ない事に気がつき、首をかしげながらもどんどんと検索を続けていく。

 普通に考えれば、作っていないとは思えない類の物である。ならば、軍事機密などに触れるのでこの端末では検索できないようになっているのでは、という疑問が湧くものの、この端末は密かに神の権能まで使った、最強クラスのセキュリティを誇る。

 そもそも総合工学科に所属している、もしくは総合工学科を卒業した人間以外は起動すらできず、犯罪歴があったり思想その他に問題があったり、もしくは口が軽くて秘密をぽろぽろ漏らすような人間であれば、市販され公開されているものしか表示されない仕様になっている。逆に、それらに引っかからなければ、たとえ軍事機密に抵触していようと普通に表示されるのがこの端末であり、実際に日本の国土防衛に使われている技術もいくつか表示されている。

 それらが普通に検索結果に出ているのを見ると、宏達が閲覧防止の基準に引っかかったとは考えづらい。となると、メジャーなものでも天音は案外作ってはいない、と判断したほうが間違いないだろう。

 そんなことを考えつつ、数少ないフィールド関係の技術をチェックしていく宏と春菜。なんだかんだ言って周辺諸国を数世紀引き離す高度技術だけあって、技術的な概要の把握だけでも結構な時間がかかる。

 そうやって、難解な内容の技術資料と格闘すること、三十分。宏達の様子を見に来たらしい誰かが、後ろから声をかけてくる。

「何を探してるの?」

「あ、綾瀬教授」

「別におばさんでもいいよ」

 ふいに天音に声をかけられ、とりあえず余所行きの態度で返事をする春菜。そんな春菜に、別にそこまできっちり公私を分ける必要などない事を告げる天音。

「それで、何を探してるの?」

「えっとね。最近ずっと雨なのに畑の作物が元気に食べごろになってるから、雨に濡れないように収穫作業する手段を自作しようかと思って」

「とりあえず、作業してる間だけ雨とか雪とか遮断するフィールド、みたいなもん作ろうか思って、参考になりそうなもん、もしくはそのままズバリなやつがないかっちゅうんを確認しに来たんです」

「ああ、なるほど。そういうのは、基本的な理論を途中まで構築したところで棚上げして、そのままになってるね」

「やっぱり作ろうとはしはったんですね」

「うん。ただ、諸般の事情で棚上げせざるを得なかったんだけどね」

 宏の言葉にうなずく天音。天音と言えども、何でもかんでも自由に作れたわけではなかったのだ。

「なんで棚上げになったのか、聞いても大丈夫?」

「うん。と言っても、棚上げになった発明の大部分は、影響が大きすぎるからしばらく開発はやめてくれ、って言われてそのままになってる感じなんだけどね」

「そうなんだ。でも、今の仕様のパソコンとかゲートとか核融合炉に比べたら、大体のものは影響小さいよね?」

「むしろ、そのあたりの影響が大きすぎるから、もう少し世の中が落ち着くまで待ってくれ、って言われた感じかな。あと、当時の技術とか生産能力とかだと、基礎理論を構築しても実験すらできなかった、っていうのもあるよ」

 天音が明かした事情に、いろいろ納得するしかない宏と春菜。正直なところ、たかが雨をはじくだけのフィールドにどれほど影響があるのかはピンと来ないが、他のものの影響が大きすぎるから少し冷却期間が必要だった、という事情は理解できる。

 また、他の技術が未熟で実験すらできない、という事情も分かる。基礎研究を蔑ろにしている国でも案外ハイテク関係は進んでいることが多いため誤解しがちだが、技術というものも基本的にはツリー状の発展をさせなければうまくいかないものである。

 例えば航空機一つとってみても、大まかに分けてグライダーと発動機の技術をかなり高度なレベルまで成熟させておく必要があり、そのグライダーの技術は凧など揚力を使う道具や帆船をはじめとした流体力学を使った技術が、発動機は基本的には内燃機関の技術が、という具合にその技術を得るための技術を発展させる必要がある。

 天音が作ったものの大部分は、生産技術の段階から新たに確立・発展させていく必要があるもので、それらを無理な投資なしで町工場などが作れるようにする、という部分では相当苦労して進めていた。

 幸いにして礼宮家のバックアップがあり、また、スタートが高校生の頃だったために、総合工学部が設立されたころにはほとんどの問題をクリアして様々な生産技術を新たに確立していたが、それでもいまだに技術の成熟が足りずに実験すらできない事は山ほどあるのだ。

「あ~、でも、東君と春菜ちゃんだったら私とはまた違う発想からアプローチするだろうし、もしかしたら棚上げしてた私の基礎理論に頼らずに新しい方向で完成させられるかもね」

「おばさん、それはちょっと買いかぶりだと思うよ……」

「でもないよ。例えばゴミ処理システムなんかは、私だと出てこなかった発想を私の教え子が持ち出して、それでかなりいろいろ解決してたし。まあ、発想で止まっちゃって具体化するところでつまずいてたから、色々アドバイスとかはしたけどね」

「っちゅうても、まだちょっとぼんやりした感じやから、どこから手ぇつけるかっちゅう感じなんですけど……」

「とっかかりが欲しい、っていうのは分かるけど、私が下手に口挟んじゃうと発想が凝り固まっちゃうから、まだヒントは出さないでおくね。ただ、用途を聞いて気になった点を一つ」

「気になった点?」

 天音が意味深に言うものだから、思わず身構えてしまう春菜。宏の方も、何やらかなり危険な問題が潜んでいるのではないかと、つい表情が硬くなる。

 そんな二人の様子をみて、安心させるように穏やかな微笑みを浮かべ、天音がおもむろに口を開く。

「まだ試作品どころか理論構築もはじめてない段階だから大した問題にはならないんだけどね、雨はともかく雪みたいな固体だと、単純にフィールド消したらすごい事になるから、そこの解決策は最初の段階で考えておいた方がいいよ」

「「あっ……」」

「あと、二人が今使ってる畑ならそんな問題には遭遇しないと思うけど、上から降ってくる固形物は雪だけとは限らない、というより、立地条件によっては岩とかも落ちてくることがあるから、そういうのをどうするか、っていうのも検討しておいてね。別に、そういうのは無視する、っていうのもありだから」

「分かりました。その辺は理論構築したときに、どの程度の事までできるかで考えときますわ」

「それから、間違いなく軍事的な応用が効いちゃうから、そのあたりもよく考えて行動してね。そこを気にする場合、ベストは作らない事なんだろうけど、それを言ってたら何もできないから、せめて、どう時間を稼ぐかぐらいは考えて行動してくれるとありがたいかな」

 そこまでアドバイスを与えつつ釘を刺し、そのまま立ち去る天音。それを見送った後、小さくため息をついて端末の電源を落とす宏。

「とりあえず、文化祭の時に使った空間投影式トレイあたり、ちょっと参考にしよか……」

「でもあれ、エネルギー効率とか実体非実体の判定とか、ほとんど参考にならない感じなんだけど……」

「せやなあ。参考になりそうなんって、非実体のもんを投影して実体のあるもんを遮断する、っちゅう要素に絡む理論ぐらいやなあ……」

「あれ、不自然に問題が多くて回りくどいやり方してるから、軍事技術に応用しづらいようにわざとやってるんじゃないかな?」

「ありそうやな」

 春菜の指摘にうなずきつつ、眉をひそめて考え込む宏。そこに、メッセージの着信音が響く。

「あっ、真琴さんからだ。……飲み会に誘われたから、今日は私達だけで帰ってほしいんだって」

「真琴さんも、順調に人間関係広げとるなあ」

「元カレの件がなきゃ、真琴さん自身は元々社交的な人だから」

「っちゅうかむしろ、うちらの方がその辺ちゃんと考えなあかんのちゃう?」

 宏の指摘に、思わず黙り込む春菜。大学に進学してからの新しい人間関係が皆無ではないが、高校時代ほど広くも深くもなければ、これ以上広がるかどうかも不安、という感じである。

「とりあえず、昼飯一緒に食うんが真琴さんと山口だけ、っちゅうんもどうかと思うから、せめて総合工学部の同期だけでも、もうちょい付き合い増やした方がええかもなあ……」

「そうなんだけど、なんかうちの学部って、元から縦も横もつながり薄そうな感じというか、みんな揃って他人に対して好奇心が薄いというか……」

「せやねんなあ。春菜さんを華麗にスルーしおる連中が揃っとるからなあ……」

 どこにいても目立ち、何かの集団に混ざれば必ずと言っていいほど声をかけられる春菜。その春菜が華麗にスルーされるという異常事態に、人間関係という面での先行き不安さを感じざるを得ない宏と春菜。

 その不安は、夏休みが終わって天音の講義でグループワークが始まるまでずっと続くことになるのであった。







「で、結局師匠も春姉も特に用事を入れずに帰ってきた、と」

「うん。時間的に誰も残ってないか研究室で黙々と何かやってるかのどっちかだったから、声かけるのも悪いかな、と思って」

「こう考えると、真琴姉のリア充資質はすごい……」

「本当にね……」

 帰宅後。深雪に引っ張られて遊びに来ていた澪と、そんな話でため息をつきながら盛り上がる春菜。ため息をついているのに盛り上がるとは変な表現だが、そうとしか言いようがないのが趣深い所である。

 なお、宏はちょっと思いついたことがあるとのことで、作業服に着替えて東工作所に向かっている。今月は春菜がやるような事務作業はまだなく、また機械加工の腕前の面でも春菜ができることもなければ時間的に今から手伝えることもないため、素直に別れて帰って来たのだ。

「お姉ちゃんにしても澪ちゃんにしても、その外見でリア充資質に嘆くとか、いろんな人に刺されるよ?」

「深雪姉」

「何?」

「リア充になれるかどうかは、性格の問題が大きい」

「だったら、少なくともお姉ちゃんは余計にそういう事言えないよね」

 澪のどことなく恨みがましい突っ込みに対し、矛先をそらすように春菜に言及する深雪。

「というかお姉ちゃん、義兄さんのことがあってから人間関係がダメダメ過ぎない?」

「うう、否定できない……」

 そのまま、流れるように突き付けてくる深雪のダメ出しに、ガクリと凹みながら肯定の言葉を返すしかできない春菜。

 それでも実のところは宏よりはるかにましで、一緒に出掛けたり宏を交えて昼食をとったりするレベルの友人こそ出来てはいないが、野菜を押し付けることが出来る程度には新しい人間関係を作っている。

 いかに春菜と言えど、四六時中宏と行動している訳ではないのだ。

 問題なのは、宏に誤解されるのを恐れるあまり、作った友人が全部女子で固まってしまっていることだろう。

 いくら完治に近いレベルまでマシになったと言えど、わざわざ宏に新しい女性を近づけるのはどうなのか、という意識はいまだに根強い。宏自身の女性に対する苦手意識もまだまだ強く、どう考えても居心地が悪くなるのを避けられないのが、新しく作った友人を宏に紹介する事に二の足を踏ませてしまう。

 さらに、本人は無意識ではあるが、春菜の中には下手に紹介して新たなライバルができるのではないかという警戒心もある。

 それらが積もり積もって、真琴のように講義が終わってから遊びに行くような人間関係は構築できていないのである。

「実際、ちょっとどころじゃなく横のつながりが薄すぎる自覚はあるし、宏君が友達作る邪魔しちゃってる気もするから、控えなきゃとは思うんだけど、ついね……」

「お姉ちゃん、本気で恋愛関係はいろんな意味でダメダメだよね」

「正直、どうやればいいのか、全然分かんないよ……」

「まあ、ダメダメになっちゃってる理由の大部分は、義兄さんが難しすぎるのが元凶だから、あんまりお姉ちゃんだけいじめてもしょうがないんだけどね……」

「むしろ、師匠は春姉じゃなきゃ、あそこまで接近できるようになるの間違いなく不可能」

 人間関係を半ば捨てるような形で頑張っているのに、一向に進展しない関係。何も進展していないにもかかわらず、どうにもマンネリ化してきている気配すらあるのが悩ましい。

 その事を身に染みて自覚し凹みきっている春菜に、一応フォローの言葉をかける深雪と澪。特に澪の場合、他人事ではない上に春菜以上に分が悪い自覚があるため、どうにも身につまされるものがあるのだ。

「ただ、春姉。師匠の場合、春姉と真琴姉が一緒に行動しなくなっても、自分から友達作ったりしない気がする」

「「あ~……」」

 澪の指摘に、否定できないとばかりに同時に声を漏らす藤堂姉妹。

 相手が異性同性関係なく、宏にそのあたりのアグレッシブさを求めるのは酷であろう。

「どっちにしても、今年はそのあたり捨てなきゃ駄目かもだよね」

「ん。タイミング外しちゃってる」

「一応、専門科目にはグループワークがあるから、その時に頑張ってみるよ」

 深雪と澪に言われるまでもなく、大学デビューにちょうどいいタイミングをとうに外していることぐらい分かっている春菜。それでも、全くチャンスがないわけでもないので、それまでは基本現状維持だと割り切りつつある。

「そういえば、人間関係で思い出したんだけど、お姉ちゃんは最近、変なのに言い寄られたりとかはしてない?」

「そっちは今のところ大丈夫。お母さんが用意してくれた護衛の人とかが、上手くやってくれてるんだと思う」

「本当にそれだけなのかな? というか、お姉ちゃんはその護衛の人って、顔とか知らないの?」

「うん。基本的に接触しないようにすべし、って言われたから、こっちからは探そうともしてない。一応多分この人、っていうあたりは付けてるけどね」

 春菜の言葉に、そういうものかと一応納得しておく深雪。護衛というのが基本どういうものなのか、あまりピンと来ていないのでそれでいいのかどうか判断がつかないのである。

「ねえ、春姉。さっきの友達作れてない、って話で一つ思ったんだけど……」

「なにかな?」

「最初の勘違い男、確か春姉は大衆の面前で振ったって言ってた」

「うん。大勢の人が見てる前でしつこく迫ってきた上に宏君や真琴さんに暴言吐いたから、つい頭にきてかなりきつい事いって振ったよ。まあ、頭が冷えた今でも、二度と顔見たくないぐらいには不愉快な相手だけど」

「春姉に変なのが言い寄ってこないのとか、友達作るのに手こずってるのとか、それが原因なんじゃ……」

「あっ……」

 澪に言われ、そこまで考えていなかったことに気がつく春菜。振った相手の言動が言動だけに、まともな神経をした人間なら怒っても仕方がないと思われてはいるが、それでも春菜に怖い女だというイメージがつくのはどうしようもない。

 一応、女友達や潮見高校出身の先輩たちにより、分かりやすい地雷を踏まなければまずああいう怒り方はしない、どころかむしろ怒らせること自体が難しいタイプだとは広まっているものの、そのあたりのイメージはすぐに払拭できるものでもない。

「やっぱり、グループワークまでは様子見かなあ……」

「ん。ほとぼりが冷めるのを待つのも、正しい戦略」

「別に、今の人間関係だけでも困るわけじゃないんだし、お姉ちゃんの場合、下手に親しい人が増えすぎるのも後々しんどくなりそうだから、無理しなくてもいいんじゃない?」

 人間関係がダメダメになっていると叩いておきながら、華麗に手の平を返す深雪。その態度に、思わず苦笑してしまう春菜。

「そういえば、お姉ちゃん。詩織さんのお腹の中の赤ちゃん、そろそろ性別とか分かってるのかな?」

「ん~、まだ正確には判定できてないみたい。ただ、多分女の子だって」

「義兄さんとお姉ちゃんが関わってるから、三つ子とか四つ子とかになってるんじゃないかってひそかに期待したけど、そんなことはないんだ?」

「うん。普通にお腹の中には一人しかいなかったみたい」

 実は同じことを考えていた春菜が、思わず吹き出しながらそう答える。現在詩織の経過は順調すぎるほど順調で、予定日は十二月上旬になるようだ。

 とはいえ、予定日というやつは一週間ぐらい割と普通に狂うし、極端な例では半月以上ずれるケースもある。

 恐らく早産になることはなかろうが、逆に後ろにずれてクリスマスイブに生まれる可能性はなくもない。

 もっとも、そのケースだと恐らく、帝王切開で生まれてくることになるだろうが。

「達也さんと詩織さんの娘だから、どっちに似てもモテるだろうね。下手したらお姉ちゃんぐらいモテるかも」

「深雪姉、深雪姉。達兄に似たら、モテる相手は下級生女子」

「ああ、その可能性もあるか」

「ん、ヅカキャラ」

 澪の不穏な台詞に、つい笑ってしまう藤堂姉妹。現実にはそんな王子様のような女子はそうそう居ないが、顔だちも性格も達也似の女の子ならば、ありえないとは言い切れない。

「……よく考えたら、ボクが成人式の年度に、その子小学生になってる?」

「ああ、そういえばそうだね」

「血縁的なものとは別の意味で、普通におばさん呼ばわりされるの確定?」

「小学校一年生から見ると、二十歳どころか高校生でも下手するとおじさんおばさんだもんねえ」

 澪の疑問に、軽い様子で応える春菜。十八も離れたら普通におじさんおばさん扱いという事もあり、春菜はそのあたりは全然気にしていない。

 が、深雪も澪も少々予想外だったようで、何やら衝撃を受けた顔をしている。

「うわあ……、わたしももうおばちゃん呼ばわりされちゃうのかあ……」

 まだ中学生だという事もあり、おばさん扱いは遠い未来だと思っていた深雪が、案外近い将来であることに戦慄する。そんな深雪に対し、澪の反応はというと……

「ついにボクも、ロリババア枠?」

「ねえ、澪ちゃん。それ、ずっと今と大差ない外見のままだって確定しちゃってるよ?」

「むう、墓穴を掘った……」

 やけにワクワクした様子を見せるという、いろんな意味でその反応はおかしいと言いたくなるようなものであった。

「そもそも、澪ちゃんは顔立ちの幼さとか身長的な部分とかはともかく、胸のサイズ的にはロリキャラ扱いは厳しいと思うんだけど、お姉ちゃんはどう思う?」

「ん~、微妙なところかなあ……」

「春姉、深雪姉。巨乳じゃないから、まだロリ枠でおk」

「えっと、私そういうのあんまり詳しくないんだけど、そういうものなんだ?」

「わたしに聞かれても困るよ……」

 姉に素で確認され、困った表情でそう返す深雪。どちらもロリキャラの概要と澪がその範囲にまだ片足を突っ込んでいることぐらいはなんとなく理解しているが、その理解が正しいのかとか澪の言い分がどうなのかとかに対する判断は、あまり自信がない。

「で、大分話がそれちゃった気がするけど、何の話してたっけ?」

「えっと、一番最初は、大雑把に言うなら私と宏君が大学デビューに失敗した、みたいな感じの話で、そこから詩織さんのお腹の中の赤ちゃんの話に飛んで……」

 なんとなく不毛な話題に踏み込みそうな気配を察し、深雪がとりあえずいったんリセットをかける。そのまま、いつきが持ってきてくれたお茶とお菓子を楽しみながら、どんどん脱線しつつ駄弁ること一時間強。

 唐突に、春菜の端末にメッセージが入る。

「……あっ、宏君からだ」

「師匠から? 何?」

「えっとね。思いついた理論を検証するのにいろいろ材料調達しに行きたいから、明日ホームセンターとか電器パーツ系のジャンク屋さんとか材料屋さんとかに付き合ってほしいんだって」

「……材料屋さん?」

「あるみたいだよ。天音おばさんや美優おばさんはともかく、私自身には一切伝手とかないけど」

「面白そうだけど、ボクは明日色々用事が……」

 宏のメッセージに対し、やたら残念そうにする澪。材料屋さんというものに、とてつもなく興味があるようだ。

「ん~……。でも、ちょっとした実験に使う程度だったら、多分おばさんに相談すれば大抵の素材は、端材ぐらいは分けてもらえるんじゃないかな?」

「確かに教授なら、どんな変な材料でもストックありそう」

「義兄さんがどの程度のものを必要としてるかにもよるけど、多分買い物に行かずに済むんじゃないかな?」

「だよねえ。私に声かけてきたのも、ホームセンターあたりでの買い物に不安があるからだと思うし」

 そんな春菜達の予想通り、翌日の宏の実験機製作は材料の類を一切買いに行かずに行うことができたため、結局春菜は他の用事を頼まれて実験に参加せずに終わってしまうのであった。







 翌日の実験終了後。天音の研究室にある個室。

「さすがにこれは、ちょっとどころでなく危ないと思うんだよね。その気になれば、明日から生産ライン構築はじめて、来月には量産開始できちゃうし」

「僕もそう思いますわ……」

「というか、測定機器の技術的な問題があったとしても、私が同じ組み合わせで同じ実験やって何の反応もなかったものが上手く行っちゃうって、無意識に権能か何か使っちゃってるかもしれないよね、これ」

「ほんま、申し訳ない……」

「まあ、立ち会って監督してたのに見落としちゃった私にも、かなりの責任があるしね。今回は何とかするから、しばらくそのなんとかするためのお手伝いもお願いね。それと、今後は何かやるとき、本当に権能とかが機能してないか注意して行動してね」

 実験の結果に関して、宏は天音からいろいろ注意を受けていた。

 実験に成功したのが素材も機材も割と簡単に量産が出来るものだった上、かつて天音を含む何人もの学生や教授が同じことをやって何の成果もなかったのに、唐突に不自然に成功してしまっているという点を考えれば仕方がないだろう。

 なお、春菜は現在、諸々の後始末、その根回しのために天音の代理であちらこちらに顔を出している最中である。

「それにしても、成功しちゃったのが量産可能なだけで実際にはほぼ生産されてない素材で助かったよ。これだったら日本にある設備でしか作れないし、現時点ではこれと言ってこの素材にこだわらなきゃいけない用途がないから他所の国もほとんど無視してるし」

「ほんまですわ。これでデンスバーとSUS304の組み合わせで出来る、とか言い出したら、えらい騒ぎですわ」

「まあ、さすがにそのレベルでありふれた素材だったら、とっくの昔に世界中の兵器がバリアの強度とそれを抜くための火力での競争になってただろうけどね」

「そらまあ、そうですけど」

 使った素材が材料特性の微妙さで今まで研究以外に用途がなかった事もあり、そんな普通ならフラグとしか言えないような会話をしてしまう天音と宏。

 なお、デンスバーとは一般的な鋳鉄を鉄などの角材と同じ成型方法で生産したもの、SUS304とはごくごく一般的なステンレス材で、どちらも材料メーカーがいろんなサイズのバリエーションを定尺で販売しているぐらいありふれたものある。

 究極的にはそのレベルでありふれた材料を使って生産可能になるのが一番いいのは間違いないが、今回のような超技術の類が一足飛びでそうなってしまうと、危険極まりないのも間違いない。

 その後、宏の何が悪さをしているのかを調べたところ、調理実習や畑と同じくエクストラスキルが余計な効果を発揮していることが発覚。スキル故に兆候もなく、また、宏の存在そのものに各種スキルが馴染みすぎていてもはやアルチェムの体質レベルにまで昇華されていることも同時に発覚してしまう。

 無意識に行われた作業がフェアクロ世界ではありふれた技術で宏が何もしなくても成立するレベル、すなわちこちらでも数年あれば量産品に適用可能なものだという事まで判明してしまい、二人して頭を抱える羽目になる宏と天音であった。
というわけで、同じようにエクストラスキルが勝手にいろいろやっちまうパターンでも、畑と違って工業製品や超技術系は一目瞭然なのが最大の難点、という話でした。

なお余談ながら、フェアクロの日本は英霊によって守られています(物理)
なので、戦闘機やミサイルなどを使って悪意を持って領空侵犯すれば、方向感覚を失って迷走した挙句に出発した場所に墜落、大爆発を起こします。
領海侵犯だと普通に遭難した挙句に誰にも責任を負わせられない状況で座礁して完全に沈没し、有視界でミサイルや砲撃をすればなぜか自爆や同士討ちをするという。
さすがに旅客機にテロ犯が数人乗ってたとかその程度だと反応しませんが、その代わり銃器や爆弾などはどんなにうまくごまかして持ち込んでも重要部品が修復不能なレベルで破損するため、日本に潜入できても武器を現地調達せざるを得なくなるという。

もちろん、ここまで物理的な影響を出せるのは、綾瀬教授の発明品のおかげです。

なお、残念ながらこのシステム、気象条件や海流、磁場その他の影響で日本でしか使えない、という事になっています。
少なくとも、陸続きで他国と接している国の場合、英霊がどう認識するかという問題が出てくるので、実質的に最低限日本ぐらいにはよその国と海で隔てられている環境の島国でないと使い物にならないという。
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