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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第29話

前回の話、一週ずらしてリアルの四月一日に合わせたらよかったかも、とか今更思った今日この頃
「大学っちゅうても、入学式は高校とかとそない変わらんねんなあ」

「まあ、入学式とか入社式とかって、そういうもんじゃない?」

 大学開始初日。入学式および各種説明会を終え、履修登録を済ませた宏、春菜、真琴の三人は、そんな話をしながら購買で教科書を購入していた。

 一部選択科目こそ違えど、一般教養の必修科目は三人とも同じ講義を取っている。なので、買う教科書も大部分は同じだ。

 なお、山口はまだ履修内容を確定させていないのと、教科書のあてが別にあるとのことで、今回は別行動である。

 余談ながら、海南大学は履修登録その他のシステムが少々独特で、履修登録期間が長い代わりに抽選が存在しない。

 これは、他の大学に先駆けてVRシステムのフルダイブによる受講を認めたことで、一回の講義においての物理的な人数の制約が事実上存在しなくなったことに起因する。

 とはいえ、フルダイブには接続時間制限があるので、一部例外を除き一度もリアルで講義を受けずに必要な単位を全て取るというのは現実的ではない。一応、大学の講義に限り、特例で四時間ほど別枠の接続時間上限は与えられているが、それを使っても接続時間のほとんどを講義にあてなければならなくなるからだ。

 ちなみに、リアルの講堂で講義を受けるのは早い者勝ちである。なので、人気の講義はいかに移動時間を減らして前乗りできるかが勝負となっており、ひそかに熱い戦いが繰り広げられている。

 勝負に負けた学生がどうしているかと言えば、出席日数に余裕がある学生は受講をあきらめ、無い人間はカフェテリアや次の講義がある教室の近くでポータブルVRギアを使って構内LANにアクセスするのが普通になっている。

 それがあるため、貴重品はあちらこちらにある指紋認証式のコインロッカーに預けて(保証料的なものなので、利用料は後で返金される)、できるだけ無一文に近い状態で講義を受けるのが海南大学のスタンダードである。

 もっとも、フルダイブ中で無防備な学生にちょっかいをかけようとすると、どこからともなくプラモデルのロボットや戦闘機が飛んできては妨害をする上、場合によってはそのまま警察へドナドナされるので、そういう事件での被害は一切出ていないのだが。

「でも、ここの入学式は学長の話とか、そんなに長くなかったわよね」

「講演ならともかく、あの手のスピーチは長くて五分に収める、っていうのがこの大学の暗黙のルールだ、って天音おばさんが言ってたよ。さすがに、来賓の挨拶とか連絡事項とかは別だけど」

「そのルール、あたしの出身校全部に適用して欲しかったわ……」

「話の長い先生って、結構いるもんね」

 何を思い出したのか、かなりげんなりした表情でそうぼやく真琴に、小さく笑いながらそう相槌をうつ春菜。横では宏も、同じように笑いながらうなずいている。

 宏も春菜も小学校の時の校長が非常に話が長く、夏休み前や二学期始まって直ぐの校庭での全校集会では、時折熱中症や貧血で倒れる生徒がいたものである。

「ま、大学じゃ高校までみたいに全学生集めて、ってタイプのはないから、同じ年に入学した学生が一堂に会して式典に出るのなんて、実質的に入学式が最初で最後でしょうね」

「へえ、そうなんだ。でも、卒業式はああいうタイプの式典だよね?」

「そりゃ、あれよ。あたしみたいに中退するとか、そこまでじゃなくても留年するとかは珍しくもないってこと。学校のレベルによっては、ストレートに卒業する学生の割合の方が少ないらしいしね」

 真琴の説明に、そういうものかと納得する宏と春菜。大学は高校までと違い、留年は割と身近な友達である。

 それだけに恥ずかしい事だという認識はあれど、留年程度で異物扱いされることもなければ、世間的に居場所がなくなるという事もない。

 その分、授業料免除がかかっているなどのレベルで経済的に厳しい状況でもなければ、留年の回避にそれほど必死にならない学生も多いのが実情だろう。

 なお、一堂に会してとは言うが、海南大学は入学式も卒業式も学部ごとに分散して、敷地内にあるあちらこちらの体育館や大講堂、イベントホールなどで行われている。新入生の人数が人数なので、かなり大きな施設でもないと全員まとめてとはいかないのだ。

 このあたりは、海南大学に限らず多くの大学が同じである。むしろ、普通は近隣の大きな施設を借り切って入学式を行うもので、海南大学のように、分散してとはいえ校内施設だけで賄っている学校の方が少数派だろう。

「それにしても、案外おらんもんやなあ」

「履修届けまだ出してない子も結構いそうだけど、それとは別に、今週中ぐらいは古本屋が大賑わいだと思うわよ。多分だけど」

「そうなん?」

「そうよ。大学の教科書って、高いわりに使う期間短いから、結構古本屋に出回ってるのよ。だから、身内に大学生がいる新入生とかは、まず古本屋めぐるように教えられてるはずよ」

「なるほどなあ。まあ、僕からすれば助かるけどなあ」

「ちなみに、他にも先輩から買い取ったりとかしてるケースもあるわね。まあ、どっちにしても、入学式の日に購買で教科書買うのって、割とまじめでかつそのあたりの情報を集めてない、もしくはそういうのを気にしない人間が多い感じね」

 意外と教科書を買いに来ている学生が少ない点について、そんな風に解説してくれる真琴。人が少ない割に妙な視線を感じているが、現時点ではどこから向けられているのかを特定できないのでとりあえず放置である。

 余談ながら、古本屋で教科書を調達するメリットは他にもある。古本屋で手に入る教科書は、前の持ち主が真面目な学生だった場合、高確率で講義や試験に関連するメモがびっちりかき込まれている。このメモは、勉強をしっかりやる場合はもちろんの事、手を抜く上でも実にありがたい存在となるのだ。

 ちなみに、山口の当てというのも古本屋の事である。別に家が貧乏なわけではないが、そうでなくても学費がかかる私大なので、できるだけそのあたりは節約しようという心づもりらしい。

「そういえば、宏のお姉さんって大学生よね」

「せやで。順調にいけば、今年卒業のはずや」

「そのあたりのアドバイスってなかったの?」

「聞かへんかったなあ……」

 真琴に問われ、聞き覚えがないと素直に答える宏。そのタイミングで、宏の端末にメッセージが届く。

「おおう、姉ちゃんからや」

「どんな内容?」

「ちょうど今話しとった事やわ。姉ちゃんの方も結構バタバタしとって、そのあたりのアドバイス送ったつもりで送れてなかったんやって。海南大の規模と新入生の数やと結構混雑するかもしれんから、無理そうやったら素直に新品でもええ、みたいな追伸があるわ」

「あ~、なるほどね。もう就活戦線だものねえ……」

「そういうこっちゃろうなあ。そういえば、就職決まったらこっちにいっぺん顔出すって言うとったわ。そん時にみんなに紹介するから、悪いんやけど春菜さんと真琴さんはちょっと付き合ってな」

 ちょうどいいからと、姉の事について話しておく宏。春菜達と礼宮庭園で撮った写真を送ってから、一度会いたいと何度もメッセージが届いていたのだ。

「そりゃもちろん構わないけど、達也と詩織さんは厳しくない?」

「タイミング次第やろうなあ。っちゅうて、さすがに来てとんぼ返りとかはあらへんやろうから、ある程度は日程に余裕もあるやろ」

「だといいんだけど、くれぐれもお姉さんにも達也たちにも無理させちゃだめよ」

「僕の方からはそういう話はせえへんけど、兄貴にしろ姉ちゃんにしろ、予定あわへんってなったら無理して予定あわせようとしそうな感じやからなあ……」

「あんたのお姉さんも、そういうタイプなんだ……」

「真琴さんの言うそういうタイプっちゅうんがどういうタイプかは知らんけど、根性だけはやたら豊富に取り揃えとんで」

 宏の言葉に、なんとなく遠い目をする真琴。根性があるタイプというのは、時に始末に負えない事がある。

 宏の家族ともある程度仲良くなったからわかるが、なんだかんだ言って本当の意味での根性なしというのは東家にはいない。対人関係ではヘタレでビビりな宏ですら、それ以外の面ではかなり根性がある。

 というより、いくら基本の大部分を慣れと惰性とあきらめが占めているとはいえ、根性がなければフェアクロの仕様で生産スキルを極めるなどできはしない。もっと言うならば、根性なしはスタミナが枯渇した状態で生産作業を行うような真似はしない。

「まあ、そういう訳やから、どうしても予定のすり合わせでどっちかが無理せなあかん、っちゅうことになったら、悪いとは思うけど兄貴に無理してもらわなあかんやろうなあ。うちの姉ちゃん、生活費は仕送り無しでやり繰りしとるから、無理させたらそれで家計が詰みかねんし」

「そうねえ。確かに、社会人でホープでその手の無理にも慣れてる達也の方が、遠く離れたところで生活してる仕送り無しの苦学生よりは何倍もフォローがきくわよね」

「達也さんなら最悪、おばさんたちもサポートしてくれるだろうしね」

 申し訳なさそうに言う宏に、真琴と春菜も同意する。どう言いつくろったところで、ただ根性があるだけの苦学生と礼宮グループが引き抜きをかけるような若手のホープでは、そのあたりの無理の効く度合いが全然違うのは仕方がない

「まあ、どっちにしても、あんたのお姉さんの都合に合わせるのが一番なのは確かね。こっちから行こうにも、宏の回復具合的に基本車一択な上に、サービスエリアとかでの休憩も場所とタイミング選ばないと、って感じだし」

「そうだね。というか、そもそも高速長時間走ったうえで知らない土地をうろうろするには、私も宏君もまだまだ運転に不安があるし」

「基本、僕も春菜さんも地元専門ドライバーやからなあ」

「ってか、春菜は免許取りたてもいいところでしょうが。若葉マークにそんな無茶させるような怖い事、絶対やりたくないわよ」

 真琴の突っ込みに、思わず苦笑する春菜。春菜が免許を取ったのは四月二日。現時点でまだ、一週間も経っていない。

「どっちにしても、そのあたりは宏君のお姉さんが内定決まってからの話、だよね?」

「せやな。にしても、本気で大学の教科書っちゅうんは高いんやなあ……」

「定価で買うと、あっという間に十万円ぐらい行っちゃうよね……」

「だから、ちゃんと調査してる子は古本屋に直行するのよね。教科によっては半額にもならないケースもあるけど」

 教科書の値段に思わずぼやく宏と、それに同意する春菜達。道の駅での収入で学生の身に余るほどの小遣いを稼いでいるから問題はないが、この教科書の値段が大学の学費の高騰に一役買っているのは間違いないだろう。

 よく大学の学費に関して議論になる際、入学金と授業料だけに焦点を当てて、学費の試算は過大すぎるという論調が出るが、大学は義務教育ではないので、教科書などは別途費用が掛かる事が忘れられがちだ。

 とはいえ大学の教科書というのは、基本的に高度で専門的な内容になるので、違う講師が同じものを使う例というのは多くない。そのため、必然的に一回で出る部数が減り、書籍の値段が跳ね上がってしまう。

 特に専門分野の場合、自分で執筆した本を教科書として使うケースが多い。これに関しては人の論文や書籍で教えるのはやりづらいという面に加え、大学からの賃金だけでは食っていけない講師の補助収入という側面もあるため、一概に批判するのも難しい所であろう。

 が、高いものは高いので、このあたりの予想外の出費に頭を抱える人間が出るのは半期ごとの風物詩と言える。

「まあ、必要なものは必要だし、ぼやいてても仕方ないよね。さっさと支払い済ませちゃおう」

「せやな。っちゅうても、この金額は現金持ってへんから、電子決済しかないなあ」

「だよね~」

 などと言いながら、レジに並ぶ宏達。とはいえ、他にレジに並んでいる人間もおらず、金額とは裏腹に支払いは実にあっさり終了する。

「これ、自宅通学とかやないときつそうやなあ」

「そうなのよねえ。宏のお姉さん、よく仕送り無しでやり繰りしてると思うわ」

「家賃格安の学生寮に入れんかったら、いろいろ終わっとったとはよう言うとるわ。もう家計的にゃピンチ脱出したんやから、素直に仕送り受ければええのになあ……」

 などと言いながら、購買を出て駐車場の方へ移動する。今日は特に天音に顔を見せる必要もないので、予定を変更してこのまままっすぐ帰るのである。

 まだ妙な視線も感じれば部活やサークルの勧誘も盛況なので、妙なことに巻き込まれないようにさっさと退散するに越したことはない。時間の問題だとしても、この程度の自衛はしておくべきであろう。

「……盗聴器とかの類は?」

「大丈夫そうや。にしても、何なんやろうなあ……」

「さあねえ。まあ、とりあえず、念のためにちょっと遠回りして、どこかでお昼食べてから帰りましょ」

 割と楽しみにしていた予定をあきらめざるを得ないことに、ため息混じりになりながらそう告げる真琴。宏と春菜も残念そうにため息をつく。

 本来なら、学食で昼食を食べた後、新入生向けのプレ講義をはしごする予定だったのだ。

 ちなみに、海南大学では、入学式の日の午後以降、大学の講義というのがどういうものかを体験し、履修内容を決める参考にするためのプレ講義がたくさん行われている。抽選がないのに履修登録の期間が妙に長いのは、主にこのあたりの理由によるものである。

「そうだね。……普段私達が野菜おさめてる道の駅、はちょっと人が多すぎるかな?」

「何とも言えないわね~。どっちにしても、あんまりあんたたちと直接関係ある所に寄るのは避けた方がよさそうな気がするけど」

「せやなあ……」

 しょっぱなから妙なことに巻き込まれそうな予感に、思わず頭を抱える宏達。彼らの大学生活は、どうにも波乱含みのスタートを切る羽目になるのであった。







 一方その頃、海南大学の駐車場では、一人のイケメンががっかりと肩を落としていた。

「……声、かけそびれたかあ……」

 真琴が運転する車を見送り、心底残念そうにぼやくイケメン。免許も車も持っていないため、追いかけることもできない。

 彼の名は小沢亮おざわりょう。この春から海南大学工学部に通う、千葉が実家の十八歳だ。

「とりあえず、見覚えのある教科書買って、それ使う講義とって、そこからお近づきになるかあ……」

 宏達三人が持っていた教科書を可能な限り思い出し、海南大学の講義リストでどの講義かを確認し、履修届けを出しに行く小沢。本人は割と必死なのだが、やっていることは単なるストーカーと変わらない。

 なぜ彼がこんなトチ狂った真似をしているかというと、入学式で見かけた春菜に一目ぼれしたからだ。

 さすがに一足飛びで恋人になりたいとか、そんな高望みはしていないものの、どうにかお近づきになりたいと声をかけるタイミングを計っているうちに、完全に機会を逃してストーカーもどきの行動に終始する羽目になったのである。

「……あの車の三人に、何か用か?」

 そんなことをしているだけあって、周囲に対する注意はおろそかになっていたらしい。そう声をかけられるまで、小沢は自分がつけられていることに気がついていなかった。

「……誰だ?」

「それはこっちの台詞だが、まあいい。俺は山口悟、あの車の三人の関係者だ。うち二人と、同じ高校の出身でな」

 声をかけてきた男の言葉に、驚いた表情を浮かべる小沢。

 そう、山口があえて別行動をとったのは、入学式の時点で、小沢の不審な態度に気がついてマークしていたからなのだ。

「もう一度問う。お前は誰で、あの三人に何の用だ?」

「……俺は小沢亮。あの子たちに用、っていうか、あの金髪の子が気になって、せめて友達になれたらと思って声をかけようとしたんだけど……」

「まあ、そんな事だろうとは思った。が、友達付き合いを望むのはともかく、それ以上は時間の無駄だからやめておけ。どうせバッサリ振られて終わりだ」

「……もしかして、一緒にいたあの男か?」

「ああ。うちの出身校ではお似合いの二人だと有名でな、どうやってくっつけるか暗躍していた連中もいたぐらいだ。というか、あの三人を観察していて分からなかったのか?」

 山口に突っ込まれ、小沢が言葉に詰まる。

 実際、春菜は宏に対して、他の相手には、それこそ家族や真琴たちにすら絶対に見せない種類の優しくて輝かしい笑顔を見せる。その表情と口調、態度を見ていれば、春菜の気持ちがどこに向いているかなど考えるまでもない。

 山口も小沢も知らぬことだが、小沢と同様に入学式で見かけた春菜に一目ぼれをし、宏との会話の様子を見て諦めた男も沢山いる。そのぐらいには、春菜の態度はあからさまなのだ。

「後、ついでに釘をさしておくが、男の方に圧力をかけたり、彼女の目の前で容姿や雰囲気などを馬鹿にしたら終わりだからな。本気で怒った所など見たことはないが、ナンパであいつの事を人格否定レベルで馬鹿にして、問答無用で断られた挙句に完全無視、言い縋ろうとして警察を呼ばれかけた愚か者がいた」

「なんでだよ? あいつ普通にダサいだろ!?」

「ダサいと言うだけなら、事実に対する単純な感想だから問題はないがな、それで人格だのなんだのまで馬鹿にするとアウトだ。そもそも、自分の想い人を馬鹿にされて気分がいい人間などいないから、当然だな」

「そりゃそうだろうけどなあ……」

「というより、だ。本人の前で他人に向かってそいつの事を馬鹿にするような人間なんて、相当性格が悪いぞ。まともな神経をしていれば、そんなのと同類扱いされたくないのは当然だろうし、惚れるなんぞもってのほかだ」

 山口の、えぐり込み畳みかけるようなコメントに、反論の言葉も出せずに黙り込む小沢。

 山口の言っていることは正論だ。正論すぎてまともな反論は思いつかない。だが、正論だけでは感情は納得しない。

 ブレザー姿があまりにもダサい宏を見ると、何でそいつなのかと思わずにはいられない。どう見ても騙されてるようにしか見えず、自分を好きになってもらえるかどうかとは無関係に、どうにかして目を覚ましてほしいと思ってしまうのだ。

 そんな小沢の気持ちを知ってか知らずか、山口が淡々と本音の言葉を追加する。

「正直、それが春休み中の事で、相手が行きずりの無関係な馬鹿で助かったと何度胸をなでおろしたことか。友人が人格否定レベルで馬鹿にされて気分がよくなかった、というのもあるが、仮に同じ学校の同じクラスだったとしたら、一年間とてつもなく空気が悪くなって受験どころではなくなりそうだったからな」

「いや、そこまで言わなくても……」

「言いたくなるような雰囲気だった。まあ、そういう訳だから、くれぐれも言動には注意してくれ。お前がうまく接触しようが地雷を踏もうが興味はないが、こちらまで飛び火してきかねん」

 そこまで行って小沢に背を向け、さっさとその場を立ち去る山口。その際に、小沢の事を宏達に教えることも忘れない。

 余談ながら、山口が例に出した件に関して今まで一切触れられていなかったのは、周りの人間が触れるのもはばかられるほど春菜の空気が冷たくなったからだ。下手に蒸し返すといろいろ終わりそうだったため、関係者の間ではその話はなかったことになっている。

 山口本人もなかったことにしていた一人だが、その封印を破ってでも釘を刺しておかねばならないと思う程度には、小沢の様子は怪しかったようである。

「……なんだよ、いったい何なんだよ……」

 山口の非常に真っ当な指摘に、どうしても納得いかないと吐き捨てる小沢。海南大学に入学できる程度の頭はあるようだが、だからといいって必ずしも察しがいい訳ではないらしい。

 小沢亮、十八歳。今まで言い寄られる方であり、自分から(まともな)女に惚れたの(恋愛)はこれが初めて。そのため、童貞ではないくせに女にどうやってアプローチすればいいか分からないという、実に残念なイケメンであった。







「一目ぼれ、かあ……」

「さすが春姉。お約束に忠実」

「さすが、って言われても……」

 その日の夜。無事に帰宅した宏達は、藤堂家に集まって緊急会議を行っていた。

 こういう場合の対策について、ある意味専門家でもある雪菜の意見も欲しかったため、あえてリアルで集合している。

 ちなみに、主に宏と春菜の運転手確保をメインとした諸般の事情で、結局真琴は大学卒業までの間、藤堂家に下宿することになった。なので、車で帰ってくるのも藤堂家だったため、今日は後から香月夫妻と澪がこちらに来るだけで全員集合となる。

 なお、深雪はこの場にはいない。何か思うところがあるらしく、今回は遠慮して席をはずしているのだ。

「まあ、今の春菜だったら、そういう勘違い男が出てくるのは当然かなあって、母親の欲目抜きでも普通に思うよ。それに、東君、いやもう他人行儀すぎるからみんな下の名前で呼ばせてもらうけど、宏君を特定の服装以外で春菜の横に並べると、すごい不釣り合いなのも事実だしねえ」

「せやろうな、とは思います。っちゅうか、正直言うて、いまだに何で春菜さんが愛想尽かしてへんのか分からへん感じやし」

「好きになるってのは、欠点だって愛すべき要素になるってことだからね。とか、恥ずかしい事を言ってみたり」

 おちゃらけた態度で宏の疑問にそう答えた後、不意に雪菜の顔が真顔になる。

「まあ、真面目な話、人間どころか神様ですら、欠点がない存在っていないんだよ。そうなってくると、お互いにその欠点を許容できるかどうかってのが、恋愛に限らず人間関係において重要な事になってくる訳だしね。惚気になるから詳しくは言わないけど、私だってスバルの世間的に見てすっごい駄目な点も愛してるから、これまでうまくやってこれたって自負があるし」

「いや、それ春菜さんが僕のこと愛想尽かさん理由には……」

「同じことだよ。ただ、こういうのは親の口から言う事じゃないし、その分だと暗黙の了解でなんとなく春菜の恋心が伝わってるってだけで、明確に言葉にしての告白とかはしてなさそうだから、私からはこれ以上は言わないけど」

 真面目な顔で言い切る雪菜に、春菜が真っ赤になってうつむく。雪菜の指摘通り、告白以外の何物でもないような言葉は何度も宏に向けて口にしている春菜だが、直接正面切って明確に恋心を告げた事は一度もない。

 なので、母の視点で春菜が宏のどういった所をどんな感じで愛しているかを言われずに済んだのはありがたくはあるが、恐らく完全に見抜かれているであろうところや実質言ってるも同然という状態が、どうにも恥ずかしくてしょうがない。

「まあ、親の視点で見ても、宏君は娘を任せるに不足はない、とてもいい男だとは思うよ。少なくとも、今日山口君が釘刺したらしい春菜に一目ぼれしたって子よりは」

「雪菜さんって一目ぼれ否定派ですか?」

「別に、一目ぼれもそれはそれでありだと思うよ。私達だって、発端はスバルの一目ぼれ、らしいし」

「へえ、そうなんですか」

「ただまあ、今回のはなんとなく駄目なパターンだと思うけど」

「あ~、まあそうですねえ……」

 真琴に問われ、あっさりそう答える雪菜。雪菜の答えに、真琴が納得したようにうなずく。

「娘の交友関係に深く首突っ込まないようにしてるから、あんまり接点がなくて断言できないんだけど、私的には山口君って、割とそういうところの判断は信用できそうだと思ってるんだよね。その山口君が警告出してくるって事は、話し合いが通じない可能性もあるタイプだって事だし」

「ヒロと春菜の様子見てて割り込もうとして、しかもヒロの事ディスるつもり満々だったっぽいって時点で否定できませんね……」

「実際に会った事ない人だから、どうしても憶測と偏見の割合が大きくはなるけど、話を聞いた感じだとね」

 雪菜と達也の会話に、うなずくしかない一同。本人と会わずに伝聞だけで判断する危険性は重々承知の上で、それでもどうにも面倒ごとの予感しかしない。

「とりあえず、話聞く限り、ボクたちにはできる事って無さそう」

「そうだね~。私とタッちゃんはそもそも住んでる県自体違うから、本当にできることはなさそうだよね~」

「まあ、今回に関しては、情報共有と対応策の検討だからな。実際に俺たちが動けることはなくても、アイデアの提供ぐらいはできるだろうさ」

「ん。でもそれって、師匠と春姉が全力でイチャコラしたうえで、ものすごくお似合いなところを周囲に見せつければ、大部分は解決しそうな気が……」

「できるんだったらな……」

 澪と達也の会話に、とんでもないとばかりに大慌てで首を左右に振る宏と春菜。春菜の方は慎みや照れの問題もあるが、周囲に目もくれず過剰にいちゃつくバカップルがどれほどはた迷惑な存在かもよく分かっているため、自分はああはなりたくないという気持ちも強い。

 宏に至っては、春菜に対する好悪の情とは別次元の問題で、衆人環視の前で女性とべたべたするなど拷問でしかない。恐怖症というレベルこそ脱したものの、この方面では最悪の事態を勝手に想像して過剰にビビってしまう悪癖はそのままなので、同性を敵に回した上で異性から犯罪者扱いされかねないような行動は無理である。

「さすがに人前でイチャコラするのはいろんな意味でリスク大きすぎるけど、マーキングとでもいえばいいのかしら? その程度のイチャイチャは必要かもしれないわね」

「マーキングなあ……。具体的には?」

「日頃からそれなりの頻度で手をつなぐ、人前でお互いのパーソナルスペース内にいるようにする、あたりかしら?」

「……きつくないか、それ? てか、一歩間違えればバカップル認定一直線じゃねえか?」

「真琴姉。現状だと春姉がものすごい勢いでポンコツ化しそうだから、パーソナルスペースに関しては無理っぽい」

「そうねえ、確かに無理っぽそうねえ。でもまあ、手をつなぐぐらいは、いいとは思うけどね。今時、その程度でバカップル扱いもないでしょうし」

 本人たちの意見を置き去りにして、どのレベルでいちゃつかせるかを検討し始める真琴たち。そこに詩織が待ったをかける。

「ねえ。それって、ちょっと順序が違うんじゃないかな~?」

「順序? どういうことだ?」

「だって、宏君と春菜ちゃんって、まだ付き合ってないよね?」

「「「……ああ……」」」

 詩織の指摘に、思わず声を揃えてしまう達也、真琴、澪の三人。解決策としての手っ取り早さに目がくらみ、そのあたりを完全にすっ飛ばしていたのだ。

「いい機会だから、普通に男女交際を始めちゃえばいいんじゃないの?」

「宏君が受け入れてくれるんだったら、喜んで恋人にしてもらうけど、ね。ただ、この流れではちょっとやだな……」

「あ~、うん。冷静になってみれば、普通にあり得ないわよね。ごめん……」

「そうだな、すまん。さすがにデリカシーにかけてた……」

「春姉、ごめん……」

「あんまり気にしてないから、気にしないで。途中から脱線した感じはあるけど、みんな今回の件に真剣に対応を考えてくれた結果だし」

 申し訳なさそうに素直に謝る真琴たちを、笑顔で許す春菜。相談を持ち掛けたのは自分で、無理に話を進めようとしたわけでもないので、それほど目くじらを立てる事でもない。

「とりあえず母親視点で言わせてもらうと、言ったも同然でもまだ実際にちゃんと告白してないっていうなら、まだ機が熟してないって事なんだと思うよ。少なくとも、春菜は無意識にでもそう判断してるんだから、焦らなくてもいいんじゃないかな?」

「そうかな?」

「そうそう。っていうか、これだけ言いたい放題言われて宏君がその気になれてないんだから、焦って無理するのは禁物。宏君だって、無理に春菜の事を女性として意識しようとしなくていいんだからね。スバルじゃないけど、最悪春菜とはどうしても恋愛関係にはなれそうもないなら、それはそれで仕方がない事だと思うし」

「なんかもう、ホンマすんません」

「むしろ、私達が宏君と春菜に謝んなきゃいけない事だよ。理由があったとはいえ、私たちの話って馬に何回蹴り殺されても文句言えないレベルで野暮の極みだし。本当に、ごめんね」

 色々申し訳なさそうにする宏に、同じぐらい申し訳なさそうに頭を下げる雪菜。

 事情が事情だけにそのあたりの話題が出るのは仕方がないとはいえ、それでいろいろこじらせてしまうといくら頭を下げても取り返しがつかない。

 人間関係というのは、繊細なものだ。いくら仲がよさそうに見えても、いや、仲がいいからこそ、一方がそれ以外の関係に進めなくなってしまうことなどいくらでもある。それに、無理にくっつけようと周りが口をはさんだ結果、上手くいきそうだったのに破局した事例も普通に転がっている。

「てか、今のって宏に言ったように見せかけて、あたし達に釘刺してますよね……」

「ん~。私自身も含めた全員に、かな?」

「「「ごめんなさい、気を付けます」」」

 雪菜の発言の真意を受け、これまでもこの件に関しては割と言いたい放題言っていた達也、真琴、澪の三人が素直に頭を下げる。

 とはいえ、自身に対する戒めを込めている事を白状するあたり、宏と春菜の進展のなさには、雪菜も焦れてしまっているようではある。

「で、話を一番最初の一目ぼれ君対策まで戻すとして、一応この手の事例に対する先輩として、お母さんから春菜に一つ提案があるんだよね」

「提案?」

「うん。春菜、事務員兼タレントとして、うちの事務所に名前だけでも所属しておかない?」

「えっ?」

「別に、表立った芸能活動は一切やらなくていいからさ。所属だけでもしておいてくれると、こっちもいろいろ手を打ちやすいんだよね」

 唐突な雪菜の提案に、その真意をとっさに理解できずに間抜け面をさらす春菜。今までストーカー先輩の時ですらしなかった提案を、今更のごとくしてくる理由が分からないのだ。

「ちなみに、具体的にはどんな手を?」

「まずは、うちの事務所のお金とコネで、海南大学に春菜と宏君のためのボディーガードを送り込む感じかな。まずそれを第一歩として、学校に迷惑かからない範囲でいろいろやるよ」

「高校の時はその提案出てこなかったのはどうして?」

「潮見高校の時と違って、海南大学はいろんなところから学生が集まるし、校風も自己責任の部分が強いからね。その分、高校よりボディーガードとか送り込みやすいんだ。それに、こっちはともかく、海南大学のあたりは礼宮の個人的な警備って、天音姉さんのいるあたり以外ではほとんどできてないんだよね」

 気を取り直した春菜の問いかけに、母親の顔で真剣に考えや理由を伝える雪菜。それを聞いて、ため息を一つついて腹をくくる春菜。最後に、今後の平穏な人生のために最も重要になりそうなことを確認する。

「表立ってない芸能活動って、どんなの?」

「春菜の場合、レコーディングの時のバックコーラスとか外注に出してるラップ部分歌ったりとかかな。後は、一部ナレーションなんかもやってもらうかも」

「なるほどね」

 雪菜の説明を聞き、いろいろ納得する春菜。確かに表立っての芸能活動ではない。

 この種の仕事の場合、顔出しNGでずっとやっている人や社内アルバイト的な感覚でやっている人も普通にいるので、春菜がその立場に立っても全然問題ない。

「ちゃんと報酬は出すから、安心して。事務仕事の方は非常勤になるだろうから、アルバイト代程度になっちゃうけど」

「そこは心配してないよ。ただ、絶対顔出しする類のとか親子共演とかのは断ってね」

「分かってる。心配しなくても、そんな向いてない仕事振るような真似はしないから」

 どうにも不安そうな春菜の念押しに、苦笑しながらそう確約する雪菜。その手の仕事をさせるなら、むしろもっと前からやらせている。

「で、ついでというとなんだけど、澪ちゃんにもうちの事務所に所属して貰っていいかな?」

「それ、春姉と同じく、いわゆる虫よけとかの類?」

「うん。未来さんから、澪ちゃんに今度モデルになってほしいって言われててさ。あのお仕事ってギャラはいいけど、いろんなところに目をつけられるから、アルバイト感覚でやりたいならどこかの事務所に所属してる方が安全なんだよね」

「そんなに、お金貰えるの?」

「少なくとも、バイトしてる高校生でもこんなに小遣い持ってない、ってぐらいの額は出るよ。ちなみに、深雪もうちに所属してエンジェルメロディのモデルやってるの」

 雪菜の言葉に、むう、という顔で真剣に検討を始める澪。

 宏達と行動することが多い事もあり、あまり小遣いを使うような生活はしていないが、それでもお金はないよりあったほうがいい。

「……両親と相談してからで」

「うん。そうしてくれないと、私もちょっとどころじゃなく困る」

 澪の決定に、雪菜が大きくうなずく。ほとんど形の上だけのこととはいえ、さすがに義務教育中の未成年を保護者も通さずに雇用するのはまずい。

「他の人は、必要になりそうだったら考えよう。と言っても香月さん夫妻と真琴ちゃんは自衛できるだろうし、宏君の格好良さは芸能人方面じゃなくて職人的なものだから、芸能関係での面倒ごとは大学にいる間は安全だと思うけどね」

「てか、達也と詩織さんはともかく、あたしが芸能事務所に所属しなきゃいけない状況って想像できないわねえ……」

「いやいや。真琴ちゃんの場合、十年後は分かんないよ。実写映画になった漫画の原作者、とかそういう流れから顔出しの仕事が増えて、って可能性もあるし。そのあたりを考えると、むしろ達也君や詩織ちゃんよりテレビとか雑誌に顔が出る可能性は高いよ」

「そんな簡単にいかないでしょう……」

 雪菜の指摘に、ありえないという顔で首を左右に振る真琴。そんな真琴の態度や自覚とは裏腹に、言われてみればという感じでやたら納得する他のメンバー。

 現状ではそこまで突出したものではないとはいえ、関係者がその可能性を否定しない程度には、真琴の描く漫画はレベルが高いのだ。

「ヒロの方も理屈は同じ、って事ですか?」

「うん。若いのに貫禄がある凄腕の町工場の職人、ってテレビ的にすごく美味しいから。こういうケースだと、達也君みたいな分かりやすいイケメンよりも、顔だちは普通で流行りの服とかはあまり似合わないけど、ちゃんとした仕立ての高級な服とか作業着とかを着せると凄く映える、っていう宏君みたいなタイプの方がむしろ受けがいいしね」

 そういう意味でも対処が必要なのは卒業してから、と雪菜が付け足した言葉に、思わずうなずく一同。真琴の方はまだ可能性の段階だが、宏に関しては普通にそういう光景が目に浮かぶ。

 さらに宏の場合、春菜と共同でとはいえ農業もやっているので、バラエティー番組や教養番組的には二重の意味で美味しい存在だと言える。

 過去に塾講師などの人材で実例があったように、そこからなし崩しに芸能界入りして本業と両立、という事にならないとは決して断言できないのだ。

「……って、澪の勧誘から論点ずれちゃったけど、春菜を事務所に所属させるのって、ストーカー的なのを排除するのが第一の目的でしたよね?」

「うん」

「だったら、宏の方にも必要なんじゃ……、って、心配しなくてもいろんな意味で大丈夫か」

「っちゅうか、僕がそんなモテ方するようやったら末期やで」

 途中でトーンダウンした真琴に対し、宏がやたら自虐的な事をえらく自信満々に自慢げに言ってのける。

 モテる訳がないという宏の言葉にはさすがに異論がありまくりな真琴だが、モテたところで宏にアプローチをかけてくる女性などほぼいないであろうことは断言できる。

「まあ、ヒロがモテるかどうかは置いといて、そういう女が出てきたところで、春菜や真琴のディフェンスをぶち抜いてってのは難しいだろうな」

「そもそもこの問題に関しては、師匠自身がRPGでよくいる遭遇率が低くて先手取りにくい上にやたら硬い、しかもターン開始ごとに九割以上の確率で逃げる経験値過多のモンスターみたいな感じ」

「ああ、それは言えてるわね。しかも、そこにダメージ肩代わり系のボディガードがついてるようなものだから、ねえ」

「私でも最初の頃はちょっと怯えられてた感じだし、タッちゃんの奥さんって立場じゃなかったら、多分一緒に行動とかできなかったよね~」

 今までを思い出しながら、宏に恋愛的な意味でアプローチするという行為のハードルの高さをしみじみ語りあう達也たち。今まで向こうで宏に懸想してきた女性を見ても、既にジュディスはほぼ諦めつつあり、まだ諦めていないサーシャは接触する機会を得られずに悩んでいるという、地獄のような難易度である。

 そのあたりで一番苦労している春菜は他人事ではないため、達也たちのコメントにはとても乗っかれない。当事者という意味では春菜と同じ立場であるはずの澪の場合、諦めこそしていないが、現時点ではどうあがいても対象外だと本能で理解しているため、割と気楽に率直な感想を口にしている。

「まあ、さしあたっては、向こうが接触してきたらバッサリ一発でやっちゃうこと、かな? それもできるだけいろんな人が見てる前で、春菜に全く非がない形でやっちゃえばいいと思うよ。そうすれば、私の手配するボディガードが間に合わなくても、しばらくは余計なちょっかいをかけてくる猛者は減るだろうし」

「ちょっと偏見入ってるけど、春菜ってそういうの慣れてそうよね」

「そりゃまあ、告白されてお断りしたことは結構あるけど、明確にお断りするようには心がけてても、バッサリと、とまでは……」

「相手がどんなタイプであれ、余計な情けはかけちゃだめだよ、春菜。お母さんも過去に断り方が甘くていろいろこじれて、きついやり方でばっさりやるよりお互いのダメージが大きかったことがあったし」

 相手を全く知らないが故にどこか煮え切らぬ春菜に対し、雪菜が厳しい事を言う。そんな母のアドバイスに対し、困ったように微笑むことでお茶を濁す春菜。

 春菜達の大学生活は、初日から平穏とは程遠そうな流れで幕を開けるのであった。







 そして翌日。

「見つけた!」

 昇降口の掲示板前に響き渡った声に、山口が渋い顔をする。その様子に、声の主が何者で誰を探しているのかを悟る宏達。

「今日受けたいプレ講義、どれも休講はなさそうやし、まだ時間はあるけど講堂行ってまおか」

「そうだね」

「チェックした感じ、この先生の講義は人気あるみたいだから、早めに行っていい席確保しといた方がいいわね」

 関わっても碌なことはなさそうだと声をスルーし、さっさと講義を受けに行く宏、春菜、真琴の三人。そのスルー力の高さに感心しつつ、受ける講義は同じなので一緒に行くことにする山口。

 周囲が注目するほどの大声だったが、宏達以外にも全く反応せずスルーしている人間は結構いたりする。そのため、声を無視して受ける講義のある講堂に向かっても、それほど不自然ではない。

 そのままきれいにフェードアウトしかけたところで、山口にとっては既知の、だが宏達にとっては未知のイケメンが進路をふさいできた。

「すみません! 少し時間いいですか!?」

 宏達を無視して、春菜に縋りつかんばかりに声をかけるイケメンこと小沢。その様子にため息をつき、春菜にしては冷たい声で応じる。

「急いでるんですけど」

「本当にすぐですから!」

 春菜の冷たい態度に気がついた様子もなく、否、気がついているのに気がつかないふりをして、自分の都合を押し通そうとする小沢。そんな小沢のやり方に、春菜の中にわずかに残っていたためらいが消える。横をすり抜けていこうにも野次馬がいるために少々難しく、相手をせずに切り抜けるのは不可能に近い。

 とはいえ、宏達を巻き込むのは本意ではない。なので、先に行くように小さく目配せをすると、宏達は三人そろって首を小さく横に振る。

 そのまま、小沢に見えないように親指を立ててから下に向ける真琴を見て、視線だけで了解を告げる春菜。そのまま、これ見よがしに大きなため息をついて、実に面倒くさそうに応じる。

「本当に急いでいますので、手短にお願いします」

「はい! 俺、小沢亮っていいます! 一目見てあなたが好きになりました! 付き合ってください!」

「ごめんなさい。私、好きな人がいますし、初対面なのに相手の都合を無視するような人とうまく付き合う自信はありませんので」

 嫌悪感を持った理由を率直に告げ、溜めもなにも無しにノータイムでバッサリと振る春菜。余りに率直でかつ容赦のない振り方に、一瞬顔がこわばって全身が硬直する小沢。周囲もその容赦のなさにひいて、いい感じで包囲網が緩む。

 そうやってできた隙間を利用し、そのまま横を通り過ぎようとしたところで、いきなり立ち直った小沢が春菜の腕を力いっぱいつかんだ。

「どうしても、駄目ですか!? じゃあ、せめて友達付き合いだけでも!!」

「絶対無理」

「なんでだよ!? そんなヘタレっぽくて無能そうなダサい奴がいいなら、俺だっていいじゃないか! てか、俺ならそんな学力だけのゴミっぽいダメ男なんかより、絶対あなたを後悔させない!」

 今までに経験したことのない振られ方をし、しかも全面的に拒絶されているに等しい扱いを受けて、パニックになりながら第一印象だけで判断した勝手な評価をぶちまける小沢。そんな小沢の言葉に、そうでなくても冷たかった春菜の雰囲気が絶対零度にまで下がる。

「それぐらいにしておきなさい、見苦しい」

「年増の洗濯板は黙ってろ! 人の恋路に口挟むな、ブス!」

 頭に血が上っていた小沢が、止めに入った真琴に対して思わず勢いで思ってもいない事を言ってしまう。洗濯板はともかく、年増とブスは明らかに言いがかりの上に言いすぎだと自分でも思うが、この状況では言ってしまった言葉は取り消せない。

 言いすぎだとは思っても、それで小沢の頭が冷えるわけではない。残念ながら、反省も後悔もしていないどころか、真琴が割り込まなければそんなことは言わなかった、と責任転嫁している始末である。

 そのあたりの報いは、すぐに小沢に降りかかる。

「……へえ、そこまで言っちゃうの。そこまで言われちゃあ、虎大砲を使わざるを得ないわね。それもごっつい方で」

「ちょっ! 真琴さんこそストップや! っちゅうか、そのネタ禁止やったんちゃうん!?」

「その程度の禁止事項、そこの無礼者が二度とこっちに接触してこなくなるなら余裕で無視するわよ?」

「だから落ち着け、っちゅうに! 春菜さんも深呼吸でもして一旦落ち着き!」

 いろんな意味で止めを刺した小沢の余計な一言に、春菜と真琴の全身から威圧的なオーラがダダ漏れになる。その空気に耐え切れなかったヘタレな宏が、大慌てで二人をなだめて事態を収拾しようとする。

 まだ春菜がギルティモードに入っていないだけましだが、その分真琴の怒りが大きいので、宏的にはどっちもどっちである。

 正直、神化する前だったら、女性恐怖症がなくてもその場から逃げ出していただろう。女性恐怖症が改善する前であったら、下手をすれば気絶していたかもしれない。

 成り行きを見守っていた野次馬たちは、その空気に飲まれて完全に硬直している。当事者の一人となっている山口ですら口をはさめないのだから、無関係なやじ馬が行動を起こせるわけがない。むしろ、ヘタレオーラ全開なのに春菜と真琴をなだめに回れた宏は、野次馬の間でかなり評価を上げていたりする。

 それぐらい、今の春菜と真琴の放つ威圧感はすさまじいのだ。

「ねえ、宏君。私、大切な友達をここまでこき下ろされて、穏便に済ませられるほど人間できてないんだよ?」

「そら、さすがに僕かて真琴さんに言うた言葉は許せんけどな! それでも、暴力はあかん!」

「安心して。物理的な暴力なんて振るわないから」

 宏に対し実に穏やかで優しそうな笑顔を向けてそう告げると、そのまま小沢に向きなおる春菜。表情は同じなのに、何故か恐ろしく怖い。

「小沢さん、でしたっけ?」

「はっ、はい!」

「私、初対面の相手に他人について悪口を言う人、大っ嫌いなんです。それ以上に、友達や好きな人を見た目や雰囲気だけで馬鹿にしたり悪く言ったりする人は嫌いです。正直、二度と顔も見たくないので、五秒以内にこの場から消えてくださいませんか?」

「えっ? あ、その……」

「立ち去ってくださらないようですので、こっちが移動します。行こう、宏君、真琴さん、山口君」

 そう言って、小沢の腕をあっさり振りほどいて立ち去る春菜。その後に続きながら、ほっとしたように大きくため息をつく宏。

「正直、死人が出るか思ったで」

「あんな人のために暴行とか傷害とか殺人とか取られそうなマネ、したくない。というより、これ以上あの人のために小指一本分も労力使いたくないよ」

「デントリスさんですらここまで嫌われたわけやないっちゅうのに、ようもまあ初対面のこの短時間でここまで地雷踏み抜けたなあ、あいつ……」

 そう呟き、これ以上はこの件について触れないことにする。当然、小沢の存在は居ない者扱いだ。

「……あたし、あんな怖い藤堂さん、初めて見たわ……」

「……春休みに一度、近い状態になったところに居合わせたが、あそこまでではなかったぞ……」

 違うクラスから海南大学に進学した潮見高校出身者の言葉に、山口がうなずきながらそんな補足情報を告げる。

「まあ、あそこまで怒ることかどうかはともかく、あの小沢ってやつのやり方はあり得ないよなあ……」

「うんうん。この時期に一緒に行動してるなんて、間違いなく前々から仲が良かった相手なんだからさ。初対面でそれ馬鹿にしていい印象なんて持たれるわけないのなんか、普通考えなくても分かるはず」

「だよなあ。藤堂も過剰に反応しすぎだとは思うけど、あの小沢ってやつの無礼さはそれ以前の問題だからなあ」

 潮見高校の卒業生を中心に、野次馬たちが今の出来事について好き勝手言う。そんな野次馬たちの言葉を聞きながら、己の失策で取り返しのつかない形で終わった初恋に呆然とする小沢。

 その後、春菜が基本的には過度に温厚な人物であることが割とすぐに広がり、小沢は一年間、孤立こそしないまでもなんとなく肩身の狭い思いをすることになるのであった。
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