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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

209/216

第27話

「さて、ヒロ。弁明はあるか?」

「弁明もなんも、ごくごく普通に値段と数を入れ間違えただけやねんけど……」

 春菜の誕生日も目前となったある日。ようやくグランドクエストも第二章折り返し地点を超え、ちょっとばかり現金が心もとなくなった宏が手持ちの生産物を換金しようとゲーム内オークションに商品を出した時に、達也がオババではなく素の口調で説教を始めるレベルで派手にやらかした。

 宏が何をやらかしたのか、というと……

「ありがちなミスっちゃミスなんだろうが、さすがに、LV6のヒーリングポーション千クローネで十万本、ってのはヤバいだろう……」

「今までほとんど使う機会なかったから、思いっきり操作間違えたんよ」

 LV6(フェアクロ世界だと三級に相当)のヒーリングポーションを現在の相場よりやや安い十万クローネで千本売ろうとして、千クローネで十万本売ってしまったことである。

 当然のことながら、すでにポーションはすべて買い取られ、というより、売りに出してすぐに瞬殺され、掲示板等で祭りになるまで宏がそのミスに気が付くことはなかった。

 チャットや掲示板などで現在の相場を確認しながら、片手間の作業で売り出し操作をしてしまったのが敗因であろう。

 どうせ存在が割れてるからと、市場から資金を調達しようとしたのが大間違いだったようだ。

「何がやばいって、入力ミスでしれっとLV6が十万本売りに出されちまうところだよ……」

「ちなみに、倉庫内にはもっと上質なんが後千スタックぐらいあんで」

「……一スタック千本だったか?」

「そんなもんやな。とりあえず、市場に出てしもたんは基本粗悪品でドロップ品より品質悪いやつも多いから、そういう理由っちゅうことで大目に見てもらうしかない感じやけど……」

 宏の苦しい言い訳に、そんな訳に行くかとジト目で見る達也。いくらドロップ品より品質が悪いと言っても、別に半分以下になるわけではないのだ。

 そもそも根本的な話、ドロップ品でランクの高い回復アイテム全般、品質という面ではかなり低空飛行している。恐らく生産系プレイヤーの努力を無にしないためなのだろうが、こういうミスを起こすと騒ぎを大きくする要素にしかならないのが痛い。

 バランス調整の問題か、ポーション類は基本的に品質の関係で回復量が基準値の半分になっても、格下の物より回復量自体は多くなる。宏達の感覚で粗悪品だとしても、未だに気軽に買えるのがNPC売りのLV2までの現状では、十分すぎるほど高性能なのだ。

 ちなみに、ほとんどの人間はポーション類を千本も確保しない、というかできない。なので、ポーション一スタックが千本という事も、一スタックにまとめてもちゃんと各々の品質が管理されていることも知らない。

「やっぱり、まだまだ祭りが続いてやがるなあ……」

「続いとんなあ……」

 ゲーム内外の掲示板やSNSを確認し、まだまだこれからだという感じの盛り上がりに渋い顔をする達也と宏。達也はオババのアバターなので、その表情もかなりすごい事になっている。

 とにかく、何か対策を打たないと、他の職人仲間に迷惑がかかる。そう考えて、とりあえず掲示板にコメントを書こうとしたその時、宏に何人かから同時にチャットが入った。

『やっちまったなあ、ヒロさんw』

『今、ヴァンと一緒にいるんだが、「師匠やりやがった!」とか言って爆笑してるぜw』

『こっちはテクターを連れて採取作業中だが、お師匠様のやりそうなことだとか言いながら思いっきり呆れてたぞw』

 宏がチャットウィンドウを開くと同時に、そんな感じのメッセージが一気にログを埋め尽くす。フレンド間で会話が成立しているところを見ると、どうやら先に仲間内でグループチャットを作ってから声をかけてきたらしい。

 ちなみに、ヴァンとテクターは宏のゲーム内での弟子だ。澪と違い、どちらもアバター、中身共に男である。

『久しぶりすぎて、思いっきり操作ミスったわ』

『だから、素直に俺らに売っとけって言ったんだよw』

『で、どうすんだ? 俺ら職人チームは、せっかくだから便乗して、祝・引きこもり脱却スペシャルセールと題して、倉庫の肥やしになってる粗悪品の高レベルポーションを安値で売る計画があるんだが?』

『こっちは、事の経緯を時系列順に説明するサイト作っといた。どうせポーションにヒロの名前が載っちまってるし、引きこもり辞めた記念ってことにするんだったら、ついでに適当な装備も売りに出しちまえばどうだ?』

『サイトの方はありがたいんやけど、スペシャルセールの方はええん?』

『どうせヒロがバルシェムの件で目ぇつけられた時点で、時間の問題だったんだよ。むしろ、よくもまあ今まで逃げ切れたもんだって話だな』

 遠慮がちに聞く宏に対し、生産プレイヤーのリーダー格・アドベンドがチャット窓の自分の顔のアイコンに豪快な笑顔を浮かべながらそう言い切る。

 その後、すぐにまじめな表情を浮かべ、補足説明を続ける。

『そもそもの話、な。いい加減こそこそ隠れて物を作るってのに嫌気がさしてたんだよ。それに、ゲーム全体で見ても、俺らがいつまでも隠れてるってのは健全とはいいがたいしな』

『つまり、ちょうどええ機会やから表に出たい、っちゅうことか?』

『まあ、そういう事だな』

 宏の確認に、アドベンドが頷く。前々からそろそろ何とかしたいと思いつつ、なかなか実行に踏み切れなかった事。それを、この機に一気に進めてしまおうと考えたのである。

『せやなあ。ほな、派手にやるか?』

『おう。さしあたっては、何かもうちょっと煽りたいとこだが……。和丸、非生産者側として何かいいネタ、もしくは要望はないか?』

『あ~、そうだなあ……。だったら前哨戦として、装備や家具で出来の悪いやつとか、オークションに出せないか?』

『出来の悪いやつ、って言っても度合いはいろいろあるが?』

『せやな。せめて素材のランクぐらいは指定してくれた方がありがたいで』

『そっか。……ん~、だったら家具はまあ適当にでいいとして、装備品は魔鉄ぐらいのと神鋼の奴、一つづつでどう?』

 ヤマトというキャラクター名の、非廃人で非生産者の協力者プレイヤーが、少し考え込んでそんな提案をする。それを皮切りにあちらこちらからいろいろ意見が出てくる。

 しばらくその相談を黙って聞いていた達也が、何故か出てこなかった意見を提案しようと、オババのロールプレイで口をはさんだ。

『ちょっとええかの?』

『あ、オババさん。ちっす!』

『うむ、こんにちはじゃ。今、ワシはヒロと一緒におってのう。一部始終はすべて聞かせてもろうておった訳じゃが』

『オババさん、何かいいアイデアがあるのか?』

『アイデア、というほどのものでもないがの。とりあえず、本番のスペシャルセールをいつごろやるかだけ先に決めて発表しておいて、それまでの間に装備のランクではなくカテゴリーごとに日替わりで売り出していってはどうじゃ?』

『カテゴリー別で日替わり、か……』

 達也からもたらされた提案に、真剣な顔で考え込むアドベンド。少し考え込んで、気になった点を口にする。

『宣伝って面ではいいんだが、カテゴリーごとって事になるとどの枠組みでやるかってのが問題だな。回数的に無難なのは斬る、刺す、叩く、射撃、魔法、防具だが、これだと武器の種類が膨大なことになる上に盾とか格闘用の籠手みたいに武器で扱うか防具で扱うか意見が別れそうな物もある。逆に剣とか鈍器みたいな種類でやると、片手と両手を分けなくても二十近い種類になる上に、複合武器をどうするかってのがややこしい』

『別に、そこまで気にせんでもええじゃろう。そもそもグレーゾーンの装備なんぞ、当てはまるカテゴリー全部で売ってしまっても誰も気にせんじゃろうしな』

 アドベンドが気にしている非常に細かい問題を、どうでもいいとばかりにサクッと切り捨てるオババ。言っては何だが、大部分のプレイヤーはその手のグレーゾーンの装備など使っていないという点で興味はないし、そこについてごちゃごちゃ文句を言う連中は、何をどうしたところで文句を言うものだ。

『とりあえず、準備と周知に今日入れてリアルで四日として、当てはまる武器の種類も需要も多い斬ると刺すを各々一日ずつ、叩くと防具、魔法と射撃で一日ずつ、って感じでどう?』

 話が長引きそうだと察した和丸が、とっとと割り込んでそんな提案をする。すでに宏がやらかしてしまっている以上、そんなに時間をかけて企画をきっちり立てる余裕などないのだ。

『そんなもんでいいんじゃない?』

『そうだな。後は、俺たちの方で各種素材の最下位ぐらいの奴を適当に用意して売りに出せばいいんだな?』

『あ~、でも鉄製品は別にいらなくねーんじゃね~かしら? あたしらが作った鉄製の失敗作なんて、NPC売りの奴の方がいいぐらいだし』

『鉄製品は、死蔵してる一番いいやつを並べればいいと思うな☆』

 アドベンドが何か言いだすより先に、いい加減微妙なところを気にしすぎている話し合いに飽きていた他の生産者たちが口々に賛成意見を上げていく。それを聞いていた和丸が、賛成多数と踏んで一気に広報ページの九割を完成させる。

『じゃ、とりあえず広報ページと事態の推移を時系列でまとめたページを作ったから、内容確認して』

『ほ~い。……うん、いいんじゃない?』

『この短時間で、よくここまでまとめたものじゃのう』

『後は、空欄になってる目玉商品のスクリーンショットか?』

『そうそう。で、この目玉商品に関しては、大元でやらかした責任とってもらうためにヒロさんに提供してもらいたいんだけど』

『ええで。ちょっとまってな』

 和丸に促されて、適当なところを漁って探す宏。どのジャンルも三度以上は作っているので、必ず一つは失敗作が転がっている。レイピアなどは意外と引き取り手が多かったこともあり、相対的に微妙だという理由で三本も残っていたりする。

『斬る刺す叩くは神鋼製の片手剣と槍とメイス、射撃はロングボウ、魔法はスタッフでええか?』

『うん。防具は?』

『悩みどころやねんけど、単純にええ奴出すんやったらバルシェムの鱗で作ったスケイルメイルが、今ん所使い手選ばん防具としては最強やな』

『そこまで行くと過剰だと思うから、いっそキュイラスとかみたいな鎧下の類か、さらにその下に着る普通の服はない?』

『ほな、単純に霊布の服でええか?』

『それぐらいのがいい』

 和丸の指定にうなずき、自分的に失敗作だと思っている物や、作った当時はともかく今だと微妙な気がするものを用意し、性能とビジュアルをスクリーンショットに収めて送り付ける。

『……いつ見ても思うんだけどさ、これで失敗作ってひどいよなあ』

『いやだってな、普通にええ出来やっちゅうんでこんなもんやし、今の技で最高傑作出せっちゅうたらこんなところになるし』

 和丸のボヤキに反論するため、戻ってきた直後に勘を取り戻すために打った片手剣と、真琴に渡すために打った最高傑作の刀二振りのうち採用されなかった物、二品のスクリーンショットをチャットに張り付ける宏。

 張り付けられた刀のスクリーンショットを見て、チャットが一瞬沈黙に包まれる。

『……受験で休止してたから追いつけたと思ったのに……』

『……まだまだ天辺は遠いなあ、おい……』

『……すげえなあ。斬撃無効貫通と防御貫通攻撃コスト軽減(大)とか、本当につけられるんだなあ……』

『こりゃ、負けてられねえな。材料からもっと気合い入れて作るか』

 宏の最高傑作を見て、何やら衝撃を受けたらしい生産組。ぼやきや称賛の中にやる気と闘志をにじませたコメントが次々と飛び出してくる。

 何しろ、宏が見せたこの刀、基礎スペックの時点で筋力二千ぐらいのキャラの物理攻撃力と大差ない火力を見せている。特殊効果やエンチャントを全て乗せた場合、現在一番筋力が高いプレイヤーがNPC売りの武器で放ったエクストラスキルに匹敵する威力の通常攻撃を放ててしまうという、とんでもない性能をしているのだ。

 エクストラスキルの売りは威力だけではないので、総合的に見れば大幅に劣るのは間違いないのだが、問題はあくまでも通常攻撃がその威力、という点である。

 特に妙な制約が付いているわけではないので、当然普通に攻撃スキルは使える。プレイヤーの筋力や修練スキルの効果も上乗せされることを考えると、この刀で放たれたエクストラスキルの威力は考えたくもないものであろう。

 しかもこの刀、神鋼で作られているため、使い込めば使い込むほど成長して基礎スペックも成長すれば特殊能力も追加され強化されていく。

 救いと言えば、現在刀のエクストラスキルを持っているのは真琴ぐらいで、大部分のプレイヤーは上級攻撃スキルのあたりで武器を乗り換えている事だろうか。

 それでも刀に対するあこがれを持つプレイヤーは少なくないため、恐らく世に出すなら何かいい口実がないと、ゲーム内に大波乱を巻き起こすことになるのは間違いない。

『なあ、ヒロさん。この刀、バーゲンセール最終日の目玉商品としてオークションにかけたいんだけど、いいかな?』

『ええで。友達のために打ったうち採用されへんで余ってもうた奴やし、そもそもこの刀自体、神器作るまでのつなぎみたいなもんやし』

『これでつなぎなのか……』

『そら、クエで実物見た神器は、こんなもんやないからな』

 宏の言葉に絶句する和丸。そんな和丸の後ろで、宏以外にも何人かいる鍛冶エクストラスキル持ちが「そういやそうだったなあ」、などとのんきに話しているのが印象的である。

『とりあえず、俺のも作れ的な連中が大挙して押し寄せてきたら鬱陶しいから、バーゲンセールの後にどういう形でこの手の装備を市場に流すか、そのあたりのルールも作っとかなな』

『あ~、そうだねえ。まあ、そこは準備期間の間に整備しちゃうよ。そのルール守らない奴はブラックリスト入り、って脅せばある程度は牽制になるだろうし』

『せやな。で、もうページは公開したん?』

『ああ、した。四日間の目玉商品とバーゲンセール最終日の目玉商品もばっちり乗せたから、他の人たちもこれを超えない範囲で失敗作とか死蔵品じゃんじゃん出しちゃって』

『おk』

 和丸に誘導され、開始時間やら何やらを合わせてどんどんとオークションに出品していく生産者たち。トータルで各日数百ずつ登録したところで、次の行動に移る。

『じゃ、会場押さえて露店大量設置だな』

『せっかくやから、身内に声かけて飯の屋台でもやってもらうわ』

『そいつはいいな。だったら、農作物の直売所もやるか?』

『なんか、ものすげえ地方のイベントっぽいなw』

 などと言いながら、ワイワイとビッグイベントのために行動を起こす生産者及びその協力者たち。後にサービス終了まで伝説として語り継がれることになる「生産系プレイヤー引きこもり脱却記念大バーゲン」は、こんな風に悪ノリに悪ノリを重ねて、地方のイベント的な方向を目指して突き進んでいくのであった。







「で、こっちでもリヴァイアサンを釣ろうとしてる、と」

「せやねん」

「別にそれはいいと思うんだけど、ここで釣れるの?」

「多分ここで行けるはずや。まあ、ファルナさんは、釣れた外れ適当に料理しとってや」

「は~い」

 ゲーム内で三時間後。春菜と合流した宏は、春菜と澪を誘って真っ先にリヴァイアサンがいそうだとあたりをつけた湖に釣りに来ていた。

 真琴も一応誘ったのだが、所属しているギルドのギルメンとダンジョンアタックをすることになってしまったため、こちらには来れなくなっている。

 その代わり、少しでもいい素材を確保するためにアドベンドと宏の弟子のテクターを同行させてもらう事で話をつけ、せっかくだからとベヒモスを狩りに行く方向に話を誘導したのはここだけの話である。

 なお、達也がいるので、当然詩織もいる。

「とりあえず、ガスト兄さんのおかげで肉はええんが手に入りそうやし、魚は多分ここでどないかなるとして、ジズだけはどうしようもないんがなあ……」

「こちらでは、神の船はまだつくっとらんからのう」

「せやなあ。今回には間に合わんけど、また間ぁ見て材料集めて、空飛べるようにせんとなあ」

 達也の台詞に、釣り糸を垂れながら「それもあったなあ」という感じで宏が応じる。ゲームなので広さ的には向こうより大幅にスケールダウンしているが、それでも移動手段がないと非常に不便だと思うぐらいにはこのゲームのフィールドは広い。

「ヒロくんや、ワシはばー様と違って船ができた時にはその場におらなんで詳しくは知らんのじゃが、向こうでは特殊な素材で動力を作ったのじゃろう? それはこちらでも作れるものなのかね?」

「そもそも、神の船は本来、基礎レシピやと森羅結晶使わんねんわ。森羅結晶は、神の城でも応用レシピの一番上で使うようなシロモンやし。向こうではサイズ的にちょうどええ奴もらえたから動力にしたけど、神の船作るだけやったら、もっとランク低い魔力結晶で行けるんよ」

「ふむ。じゃが、ヒロよ。その話じゃと、向こうのものと比べて、ずいぶん性能が落ちるのではないかの?」

「そらまあ、火力と防御フィールドの出力は比較にもならんぐらい落ちるから、そこだけはかなり心もとなくはなりおるわな。それ以外は元が過剰すぎるだけで、本来設定されとる魔力結晶でも十分すぎるほどの性能にはなるで」

「「なるほどのう」」

 宏の解説に、声を揃えて納得の言葉を漏らす香月夫妻。男女は逆だが、恐らく現実でも歳を重ねればこんな風になるのだろう。

「それはそれとして、今思ったんだけど、私この場にいる必要って特にないよね?」

「ファル姉はお守りみたいなもの」

「お守り?」

「ん。ファル姉がいれば、まず間違いなくリヴァイアサンか未知の大物かのどっちかがかかる」

 特にやることがない春菜がこの場にいる理由について、宏より先に澪が衆目の一致している理由を口にする。

「たまに思うんだけど、神具も使って制御訓練も受けて、日頃は完全にオフになってるはずなのにこれってどうなんだろうね……」

「ファル姉に関しては、マが頭文字の某法則と同じで、誰も逆らえない大宇宙の法則だからしょうがない」

「そこまで壮大なものではない、はず、たぶん……」

「ファルナに関しては、もはやそれがお主の宿命じゃからのう」

「オババさんも、わざわざダルジャン様の真似してまでネタにしないでほしいな……」

 周りからいろいろいじられて、微妙にすねる春菜。自分の体質に関しては、もはやそういうものだと受け入れてはいるが、それでも毎回ネタにされるとへこむものだ。

「まあ、それもない訳やないけど、せっかくやからアホみたいな大物釣るっちゅうんを目の前で見せたろうか、思ったんよ」

「ヒロくんや。わざわざそんなやり方で口説かんでも、ファルナちゃんもミオンちゃんもお主にぞっこんじゃよ?」

「口説く口説かんやのうて、こういうお祭り騒ぎはみんなで楽しまんとおもろないやん。っと、かかったわ」

 宏の言葉と同時に、神鋼製の竿がこれでもか、というぐらいにしなる。霊糸の釣り糸が勢いよくリールから引きずり出され、湖面が派手に波打つ。

「間違いなく、大物やな」

「やっぱり、ファル姉の加護は強い」

「今回はおるっちゅんが分かってチャレンジしとるから、ファルナさんの体質がどの程度仕事しとるかは微妙なとこやけどな」

 現実の釣り同様相手を疲れさせるよう竿を操作しつつ、澪の台詞にそう返す宏。ルーデル湖でリヴァイアサンを釣った時と違い、スキルが育ちに育っているため、今回はかなり余裕があるようだ。

 とはいえ釣り人に技量と余裕があったところで、すぐに釣り上げられるわけではないのが魚釣りというもの。明らかに十メートルや二十メートルというサイズではない相手となれば、やはりどうしてもある程度の時間はかかってしまう。

 結果として、当事者である宏以外は見るべきところもないまま、結構な時間を付き合わされることになってしまった。

「……波は強いが、絵面は地味じゃのう」

「……釣りなんて、魚が上がってくるまではそんなもんではないのかね、婆さんや?」

「それはそうじゃが、さすがに糸がピンと張っておるだけというのはのう……」

 どこまでも地味な絵面を注視すること十分。そろそろ飽きてきた達也が、詩織にぼやきを漏らす。

 宏の手元を見れば、非常に繊細な動きでせわしなく竿とリールを操っているのが分かるが、これまたせわしない割には動きが小さいので、すごいのかどうかもいまいちわからない。

 これが釣り番組であれば、玄人以外に対しては放送事故を疑われるほど画面に動きがないのだ。達也が飽きるのも仕方がないだろう。

「そんなオババに一つ朗報や」

「朗報、とな?」

「竿の手ごたえ変わったから、そろそろ上がって来おんで」

「ほう?」

 ゆっくり糸を巻き上げながらの宏の宣言を聞き、湖面に注目する達也。それにつられて、湖面に視線を集中させる一同。そんな中、ゆっくりと糸を巻き上げていく宏。

 そして……

「デカいのう……」

「ほんに、大きいのう……」

 達也と詩織がロールプレイを崩さぬまま漏らした言葉を背に、もはや島としか表現ができないほど巨大な水龍が、釣り糸に引き上げられてゆっくりと浮上してきた。

「……なんぞ、おかしなモンがかかりおったで」

 かつて釣り上げたリヴァイアサンと比較すれば、半分よりやや小さいぐらいの水龍。それを見た宏が、首をかしげながらそんなことを言い出す。

「えっと、リヴァイアサンじゃない?」

「顔も形もちゃうなあ。っちゅうか、リヴァイアサンには足なかったけど、こいつは退化しとるっちゅうても普通に足あるし」

 春菜の疑問に応えながら、神の釣り竿スキルの補正を利用して一気に強引かつ豪快に陸に引っ張り上げる宏。そのまま数枚スクリーンショットを撮影して、すぐに釣った獲物をしめる要領で止めを刺す。

 ゲーム的な表現であっさり解体され、素材としてこの場にいる人間全員のアイテム欄に直送される謎の水龍。その素材名を見て、ついつい宏達は深いため息を漏らしてしまった。

「ウロボロスってなんやねん、ウロボロスって……」

「ってか、そっちもいたんだ……」

「有名な生き物やからおるんはええんやけど、こいつまで釣れるっちゅうんはおかしないか?」

「そもそも、ウロボロスって水棲生物になるんだっけ?」

 余りに豪快なエラー物件に、首をかしげながらそんな話をしてしまう宏と春菜。いくらなんでも予想外に過ぎる上、リヴァイアサンと違って噂にも上っていない生き物だけに、ひそかに結構気が動転していたりする。

「ん、やっぱりファル姉がいると一味違う」

「今回のは、ミオンが未知の大物なんぞと言い出したのがフラグだったような気がするがの」

「それは否定しない。それより、よくこの人数でアイテム欄に全部収まった」

「数値をトン単位にすることで、強引に何とかしとるような感じが強いがのう」

「むしろ、ヒロくんから倉庫共有かばんを譲り受けておったからどうにかなった感じじゃの、婆さんや」

「そうじゃな」

 あまりに想定外の結果に、色々ピントがずれたことを言い出す澪、達也、詩織の三人。アイテムが全員に分配された件に関しては、今回はそういう設定でパーティを組んでいたので特に問題はない。

「……単位がトンで、千でカンストしてるスタックが各種百個以上ある感じだから、やっぱり一つあたり万トン単位になるんだね……」

「さすがに邪魔やろうから、あとでこっちの倉庫に回収するわ。ファルナさんとミオンはまだしも、オジジとオババは持っとってもどないもならんやろ?」

「そうじゃのう。どうせお主か関係者の生産プレイヤーに押し付ける以外、処理のしようがないからのう」

「現状、この手の素材を売りに出しても、買い手も値段つかんなあ」

「私だって、この量はちょっと……」

「ファル姉だとまだ、食材として使えるもの以外は、ちょっと手に余ると思う。ボクだって、かろうじて骨が加工できるかも、って程度だし」

 宏の言葉に、次々に同意する達也たち。高位モンスターの素材なんぞ、手放すための流通ルートが存在していなければ、生産プレイヤー以外には価値が全くない。

「で、今回に関して一番の問題は、や」

「ゲームでこれがいるって事は、向こうでもいるかもしれない、って事だよね?」

「せやな。大図書館でもこのあたりの事はわざわざ調べたりはせんかったから、そもそもおるとすら思ってへんかったしなあ」

 予想外のモンスターの存在に、余計な事を気にしだす宏と春菜。別に向こうの世界にウロボロスがいたとして、本来宏達が気にする必要は一切ない。

「ねえ、師匠。それを気にするって事は、向こうで探して釣るつもり?」

「微妙なとこやなあ」

「微妙?」

「何っちゅうか今更っちゅう感じがなあ」

 宏のその返事に、信じられないものを見た、という表情で愕然として見せる澪。達也と詩織も、今の宏の台詞が聞き間違いではないかと己の耳を疑っている。

 もっとも、春菜だけは宏が言わんとしていることをなんとなく察したらしく、驚きはしてもどことなく納得の様子も見せている。

「……師匠が未知の素材を目の前にして、そんなこと言うなんて……」

「……データが飛ぶかもしれんから、今すぐログアウトしたほうが安全かもしれんのう」

「……むしろ、日本が大丈夫なのか事態を疑った方がよさそうじゃぞ、婆さんや」

「言いたい放題言うとるけどな、そもそもの話、向こうでこれ以上倉庫圧迫する種類の高位素材集めて、何作るんやっちゅう話やで? ファルナさんの神具も今んとこいらんし、オジジの分も含めて全員の神器装備揃っとるし、後は何作っても死蔵するだけやん?」

「そうだよね。もう戦わなきゃいけない相手もいないし、このクラスの素材は強力すぎて下手に作ったものを外に出せないし、私達にしろファムちゃんたちにしろ、いずれ高位素材使ってもの作るとしても、練習も含めてリヴァイアサンとかが十分な分量残ってるし」

「何作っても文句言われるっちゅんが分かっとると、さすがに意欲がそがれる部分があってなあ……」

 割と失礼な、だがこれまで積み重ねた様々な実績から全く否定の余地がない澪たちの言葉に、宏と春菜がそんな風に反論する。

 いろいろ言い訳がましく言っているが、内容的には単に宏がそのあたりの分別を身に着けただけである。

 そんなある種当たり前の分別を見せただけなのにそこまで驚かれるあたり、日頃の行いというのは実に大事だ。

「まあ、見た感じリヴァイアサンの代用品にはならんみたいやし、本命釣れるまで頑張ってみるか」

「別に、釣りたければいくらでも釣ればよかろうが、倉庫の容量は足りそうなのかの?」

「来る前にゲーム仕様上の限界まで拡張してきたから、多分足りるはずやで」

「足りるのであれば、好きにすればよかろう」

 露骨に話題を変えてきた宏に対して、同じぐらい露骨に投げた態度で達也がそう告げる。達也の言葉を免罪符に釣り三昧に走る宏と、どうせ暇だからとウロボロスの食材を様々な調理法でいじり始める春菜。

 結局、本命のリヴァイアサンを釣り上げるまで、思いつく限りの水棲系の伝説の生物を釣り上げてしまう宏であった。







「ファルナさん、どないな感じ?」

「売れ行きは上々で、掲示板とかの反応はいい感じに阿鼻叫喚、かな?」

「そらまあ、そうやろうなあ」

 そして、大バーゲン当日。露店に並べた商品を売り切り、屋台ブロックを見に来た宏の質問に、上機嫌に春菜が答える。

 ひそかにゲーム内では初めて、リアルの方でも文化祭以来、屋台としてみると半年ぶりの商売という事もあり、春菜はいろんな意味で屋台を満喫していた。

「こっちだと、値段とか相場とかあんまり気にせずに好きなように作って売れるから、これはこれですごく楽しいよ」

「そらよかった」

「後、この屋台、ものすごく懐かしくて」

 料理の手を止めず、嬉しそうに言う春菜。

 今春菜が使っている屋台は、基本的にウルスで屋台を始めたころに使っていたものと同じデザイン・構造をしている。違いがあるとすれば、調理器具がリヴァイアサンやウロボロスを調理できるものになっていることぐらいだ。

 調理できるだけで、ワンボックスや神の船に搭載されていたような生産ラインもどきともいうべき機能は存在していないが、そのあたりの不自由さも含めて、春菜は屋台ライフを満喫しているのである。

 なお、屋台の調理機能がその程度なので、今回春菜が売り物にしている料理は五品だけである。

「楽しめてんねんやったら良かったわ。とりあえず、一通り頂戴」

「は~い。五千クローネになります」

 宏の注文を受け、一通りの商品を渡す春菜。向こうの世界基準で考えると五千クローネはものすごい値段のように思えるが、フェアクロ世界と違いゲーム内ではチロルという通貨単位は存在していない。なので、ウロボロスやリヴァイアサンの部位を使った料理が一品千クローネというのは、ダンピング価格もいいところだ。

 宏が支払いを済ませたところで、十代後半および二十代半ばぐらいと思える男性が二人、駆け寄ってきて声をかけた。

「あ、いたいた」

「って、師匠がすげえ美人の女の子と仲良くしゃべってる!?」

「ミックがミオンに化けた時にも美少女ぶりに驚きましたが、この人もすさまじい美人ですねえ……」

「師匠、女性恐怖症なのに知り合いが美人ばっかりなのは、正直どうかと思うぜ?」

 仲睦まじくやり取りをしてるように見える宏と春菜に対し、新たに表れた男二人が驚愕の表情を隠そうともせずに好き放題さえずる。

 一方が師匠と呼びかけていることからも分かる通り、彼らは宏の弟子である。やや荒っぽいしゃべり方をしているのがヴァン、丁寧語の方がテクターだ。

 外見はというと、ヴァンは十代後半のやんちゃそうな赤毛の少年アバターで、テクターは眼鏡をかけた二十代半ばぐらいの銀髪の青年アバターを使っている。ヴァンは容姿的にはどこにでもいるレベル、テクターは達也のように芸能人レベルとは言わないが、普通の会社の一般的な職場なら普通にトップレベルのイケメンといった所だ。

 ちなみにこの二人、宏や大多数のプレイヤー同様、髪と瞳の色と髪型ぐらいしかいじっていない。リアルの写真と比較すれば結構印象は違うものの、知り合いが見ても気が付かないほどでもない。

『師匠とファル姉は、高校のクラスメイトで春から同じ大学に通う。だから、仲がいい知り合いなのは当然』

『おや、ミオンも来ましたか』

『ん。師匠とファル姉が揃ってると、何が起こるか分かったものじゃない。目を離すと危険』

『正直、俺としてはミオンの方が外見詐欺的な意味で危険な気がするんだが、このお姉さんはそれ以上なのか?』

『師匠とファル姉が一緒だと、ウロボロス釣ったりバルシェムに襲撃かけられたりするレベル』

『ああ、それは危険ですね』

 グループチャットでの澪の説明に、いろんなことに対して異常に納得するテクター。ヴァンも何かを悟ったのか、春菜に対して畏敬の念のこもった視線を向ける。

 念のために補足しておくと、このグループチャットには宏と春菜も入っている。

 とりあえず、春菜の商売の邪魔になってはいけないと宏が脇に退き他の三人が行列に並びなおす。それを見た春菜が素知らぬ顔で商売を再開したところで、悟られないようにすました顔を維持しながらチャットでの会話を続ける。

『ちなみに、ファル姉は結構顔いじってて、リアルだともっと優しそうで柔らかい顔立ち。多分知ってる人が見てもすぐには分からないレベルだけど、ぶっちゃけリアルの方が美人』

『師匠、それヤバくね?』

『雰囲気からお人柄のよろしい方だとは思いますが、美女というのはそれだけで周囲の環境を攪乱しますからねえ。正直、お師匠様向けの方とはちょっと言いづらいような……』

『現状では関係者全員、どころか二人の高校に在籍してる人間全員が、とっととくっつけってけしかけるレベルだから多分大丈夫。だけど、大学だとどうなるかはちょっと未知数。リアルはアバターと違って凄いボンキュッボンだし』

 澪の余計な追加説明に、うわあという表情を隠さないヴァンとテクター。重度の女性恐怖症だった師匠が自然に女性と接している。それ自体は非常に喜ばしい事で、さらに改善に向かうのであればいくらでも応援する用意はあるものの、そういう問題を抱えていない一般男性でもハードルが高い状況は手放しに歓迎できそうもない。

『お師匠様、オジジ殿やオババ殿ほどあてにはなりませんが、何かあったらどんどん遠慮なく相談してください。こちらでは散々お世話になった身の上ですので、いくらでも協力させていただきます』

『そうそう。俺たち、師匠には幸せになってほしいしな』

『なんか、勝手に個人情報ばらされた上、すごい障害扱いされてるよ……』

『なあ、ミオン。グループチャットやしどうせいずれこいつらには説明するやろうっちゅう事だけやから大目に見るけど、リアルばれするような内容は勝手に言うたらあかんで』

『ん、ごめんなさい……』

 宏にマナー違反をたしなめられ、素直に謝る澪。大部分のプレイヤーに関しては、その気になればアバターからリアルを割り出せ無くはないとはいえ、ゲーム内で下手に個人情報を口にするのは余計な手掛かりを与えかねない危険な行為である。

 特に春菜はストーカーに付きまとわれた経験があり、宏はリアルばれによって危害を受ける可能性ではトップクラスの生産廃人だ。どちらもうかつに地元の話題など振った日には、どこからどんな被害をこうむるか分かったものではない。

「ん? なんぞ騒がしいな?」 

 そんな感じで澪をたしなめながらヴァンとテクターにいろいろ説明しつつ、タコ焼きにタコの代わりにウロボロスを入れた、その名もウロボロス焼きという安直な料理を堪能していた宏が、メイン会場の方が妙に騒がしい事に気付く。

『なんぞトラブル発生みたいやけど、予想通りのあれやと思うか?』

『十中八九はそうでしょうね』

『予想通りだったら絶対師匠狙いだし、ここは会場から逃げた方がよくね?』

『とりあえず、ここおったら屋台ブロックに飛び火しかねんから、ちょっと向こう行ってくるわ』

『いや、だから師匠、それって火に油を注ぎに行くって宣言だぜ?』

『そら、今後のために今のうちに限界まで火ぃ大きくしようとしとんねんから、油注ぐ的な行動は基本やん』

『なんですか、それ……』

 相手をはめると堂々と宣言する宏に、思わずあきれた顔をするヴァンとテクター。逆に、表情にこそ出さねど心配そうな視線を向ける春菜と澪。

 そんなそれぞれの感情のこもった視線を受けつつ、軽い様子で手を上げて、トラブルの発生源へと向かう宏。その際、裏でこっそりゲームマスターにGMコールを行うことも忘れない。

 メイン会場に到着すると、煉獄産特有の悪役っぽさ全開のデザインをした装備で身を固めた百人ほどの一団が、各々の武器を振り回して会場を破壊して回っていた。

「ヒロってチート野郎はどこだ!?」

「僕が自分が言うところのチート野郎っちゅうやつやねんけど、なんぞ用事か?」

 暴れている集団の中心にいる、巨大な剣を持つ巨漢アバターの男の叫びに応え、宏が前に出る。

 この時、正規の手段で習得したとはいえ、ゲーム内で得たわけではないスキルを使って物を作っているという点はチート扱いされても言い訳できないな、などとこっそり考えていたのはここだけの話である。

 もっとも、そもそも異世界とはいえ神様が勝手にやったことで、しかもその痕跡も一切残っておらずちゃんと正規の手順を踏んで習得したことになっている以上、宏自身が自首したところで不正行為の証明など不可能ではあるが。

「てめえがせこいチート野郎か。分かっちゃあいたが、いまだにアバターもいじらずに犯罪行為とは恐れ入るな」

「普通に設定された仕様の範囲内で血反吐吐くほどしんどい思いして育てたスキル使うてもの作っとっただけやけど、それ犯罪行為なんや」

「あんなくそ仕様でチートせずにアイテムなんざ、作れるわけねえだろうが!」

 そう言いながら手加減抜きでスキルまでのせてぶん回してきた大剣を、わざとらしく頭で受ける宏。あえてスキルの類は使わず生身でくらって見せたものの、耐久が上がりすぎていてダメージらしいダメージは一切出ない。

 せいぜい、吹っ飛ばし効果を受けるだけである。

「今作ったもの全部俺らに寄こしてキャラデリすれば、リアルの方で手出しするのはやめといてやるよ、潮……」

 そこまで言った時点で、唐突にフレンドチャットなどのように外に対して言葉を出せなくなり、台詞が終わったと同時にこの場から消される巨漢。それと入れ違いに、ゲームマスターの男性が降臨する。

「特定プレイヤーに対するゲーム外での犯罪宣言を確認、規約によりキャラクター名†剛牙†のアカウント削除及び警察への通報を行わせていただきました」

 ゲームマスターの無慈悲な宣言に、顔を青ざめさせる煉獄装備一同。そこにさらに追い打ちをかけるように、ゲームマスターが話を続ける。

「まず初めに、運営チームとして宣言しておきます。今回、このイベントを主催し、製品を出品したプレイヤーの方は、全員一切の不正行為を行っていません」

「う、嘘だ! ゲーム内で四時間あって、百回も作業できない仕様でこんなに育てられる訳が……」

「あえて隠し仕様を一つ公開しますと、スタミナが枯渇しても極度の疲労感以外にペナルティはございませんので、根性があれば生産活動自体は可能です」

「根性でどうにかなるような疲労感じゃねえだろうが!」

 煉獄装備のプレイヤーの一人が叫んだ言葉に、宏を含む身に覚えがある生産プレイヤーが、「出来ないの?」という表情を浮かべる。制限時間が目前に迫る時、指一本動かせぬほどの疲労の中、あと一回で材料を使い切れるという状況で根性を振りしぼって作業したことなど、両手両足の指で足りぬ、どころかもはや何度やったか思い出せないほどあるのだ。

 なぜそんな無茶で効率の悪いことをするのか? それは、ログインした直後に無駄にスタミナと作業時間を消費したくないから、の一点に尽きる。中級や上級になっていればその程度のスタミナはすぐ回復するとはいえ、転送石などを潤沢に使って移動する生産廃人の場合、採取地に移動するぐらいの時間ではさすがに回復しないことも多い。

 何より、作業時間は有限だ。たった一つのために機材を取り出して調合・加工して機材を片付ける、その時間がもったいない。その時間があれば素材なら十回分は余分に回収できる。

 さらに言うなれば、宏達クラスの廃人だと、どれほど疲労が激しかろうと、どれほどスタミナ消費がきつかろうと、スタミナしか消費しない作業は大体失敗しない。慣れと根気とあきらめと惰性は、伊達ではないのである。

 結局ネトゲの場合、接続上限があろうがどうしようが関係なく、廃人は廃人と呼ばれるに足る理由があるのだ。

「それぐらいの事も出来ずに五年やそこらのサービス期間でこんなものを製造可能な仕様であれば、むしろその方が問題だと愚考しますがいかがでしょうか?」

 宏がイベントのためにオークション登録した無銘の神鋼製の刀。それを取り出して見せながら淡々と煉獄装備のプレイヤーたちに、というよりはこの場にいるプレイヤー全員に語り掛けるゲームマスター。

 その説得力があるんだかないんだか分からない言葉に、そもそもそのクラスのアイテムをプレイヤーが製作可能、ということ自体問題があるんじゃないか、などと頭の片隅で考えるプレイヤー一同。

「それから、ボスドロップの装備にはこのクラスのものがゴロゴロしていますし、ご存知の通りさらに高性能な神器装備はグランドクエストを進めれば入手できるようになっていますので、戦闘に特化している方もご安心ください」

「いや、装備も物資も足りてなくてそもそもボスにすらたどり着けてないダンジョンが多いから、その手の装備を手に入れるのにそのクラスの生産品が必要、って事態になるんじゃないか?」

「運営チームとしましては、ある程度の相互依存はゲームとして健全な姿だと考えております。それにそもそも、あの事件により生産特化の皆様が自衛のために姿を消すという事態になっていなければ、そろそろNPCがLV5か6のポーションを扱い、オリハルコンクラスの装備の販売、修復が可能になっている予定でした」

「えっと、それどういうことですか?」

「本来であれば、露店やオークション、代理販売といった手段で出回ったアイテムをNPCが研究したり、生産特化の皆様にNPCが弟子入りしたりといったステップを経て、時間とともに流通品のレベルが上がっていく予定でした。ただ、そのきっかけとなる高性能なプレイヤーメイドの生産アイテムが流通に乗らないため、結局購入可能なアイテム類は初期段階から変化なし、という事になってしまっておりますが」

 ゲームマスターの解説を聞き、近くにいる者同士で顔を見合わせて意見の一致を探るプレイヤーたち。その中の一人が、恐る恐る質問を口にする。

「つまり、あっちの連中がやってたことって……」

「ゲーム進行の妨害、という意味では最も効果的な行動だった、という事になりますね。結果的に自分たちの首も絞めている感じは否めませんが」

「「「「「「「「「「うわあ……」」」」」」」」」」

「なお、今説明させていただきましたことにつきましては、今回のプレイヤーイベントの進行中に生産プレイヤーの皆様に大人数で威圧かけた上でゲーム外で直接危害を加えようとする輩が出てきた場合、再発防止のために公表することが決まっておりました。正直に申し上げまして、こういった仕様を手探りで探り当てる楽しみを奪いかねないので、公表せずに済むなら済ませたかったのが、運営チームの総意でございます」

 ゲームマスターのその言葉に、煉獄装備の集団に対していろんな種類の視線が突き刺さる。説明の内容と大量の好意的とはいいがたい視線に、そそくさと逃げていく煉獄装備の集団。

「それでは、わたくしはこれで失礼させていただきます。先ほどのようにゲーム外での刑事犯罪につながりうるケース以外、今後この件に関しましてはプレイヤー間のトラブルとして、運営チームは不干渉の立場を取らせていただくことをご了承ください」

 そこまで言って、さくっと姿を消すゲームマスター。それを唖然とした表情で見送る一般プレイヤーたちを尻目に、サクサクと壊された露店やら何やらの片づけに入る宏達。

「とりあえず片付けやな、っちゅう感じやけど、商品の被害とかは大丈夫?」

「うちはちょうど売り切れたとこだったから問題なし」

「あたしも店じまいしようとしたところであいつらにぶん殴られたから」

「壊されてる露店は、大体が売り切れてるとこばっからしいな」

「ああ。どこもかしこも売り切れで癇癪起こした、っちゅう訳か」

「だな。で、どうする? さすがに修理できるレベルの壊れ方じゃないが」

「廃材を材料にして、適当になんか作ったらええんちゃう?」

「そうだな。どうせもとより、今回のイベント終わったらバラして別のものに再利用の予定だったし、それが早くなるだけだしな」

 ある意味で今後の自分たちの身分を保証されたようなものだからか、あんなことがあったばかりとは思えないほど平常運転で片づけを進めていく生産廃人達。

 その後、どうせだからと廃材でちょっとした小物を観衆の目の前で作って配るという突発企画を行い、ゲームマスターの暴露とセットで今回のビッグセールの伝説に花を添える生産廃人達であった。
入力ミスでやすく叩きうる、もしくは詐欺価格で露店を出す、ってのは、ミスクリでいらんパラメーターやスキルにポイント振り込んでしまうのと同じレベルでネトゲあるあるだと思います(待て

あと、今回澪が言っていたマが付く法則ってのは、ウィザードリィで伝統的な経験値モンスターである某ゴーストの元ネタとなったあれです。念のために記載。

本気でヤバい種類のネトゲ廃人って、基本的にそもそも思考回路とか発想の類が全然違うと思うのですがいかがでしょうか?
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