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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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第19話

「思っていたより、危険な相手だった」

 翌日の昼前。ようやくいろんな意味で回復した宏のもとにやって来たレイオットが、宏がいろんな意味で無事だったことを確認したところでそう言い放った。

「危険って、そんなにやばい相手やったん?」

「お前のように桁はずれの防御力を持っていなければ、組みつかれた時点で終わっていただろうな。おそらく春菜では、八割の確率で殺されていたはずだ。エルンストの場合、防御技が解けた瞬間が危ない、と言ったところか」

 レイオットの説明を聞き、顔がこわばる宏。自分が予想よりはるかに危ない橋を渡っていたと知っては、冷静で居られないのも当然と言えば当然だろう。

「お前が相手をしたのは、キリングドールと呼ばれているタイプの、闇夜に紛れての侵入と人間相手の戦闘能力に特化した、使い捨て前提の暗殺者だ。特殊な薬物で最低限以外の感覚と感情、人格を殺し、指令をこなすため以外の思考能力と判断能力を一切残さないように調整されている、まさしく人形と言う存在だ」

「の割には、えらいあへあへ言うとったけどなあ……」

 思い出すたびに背筋に冷たいものを感じつつ、昨夜の出来事を記憶の隅からほじりだす。その作業だけでも胃の中身をぶちまけそうになるが、そこは根性で我慢だ。

「特殊な薬物、と言うのが問題でな。昨日あの部屋に仕掛けたトラップの中に、毒を中和するための万能薬を噴霧するものがあったのだろう?」

「あったなあ」

「その万能薬によって薬物が中和された結果、禁断症状のようなものが出たらしくてな。その禁断症状と言うのが」

「もしかして、性欲が増幅されたりでもしおるんか?」

「近いが、少々違う。感覚器が全体的に敏感になった上で、快感の類が増幅されるらしい。使い捨てだからと安価な薬で横着をしているから、薬が切れた時の対処をしていなかったらしくてな。いざこういう形で副作用が出ると、まったく我慢が効かなくなるようだ」

 聞かなければ良かった、と思うような情報を教えられ、反応に困り切ってしまう宏。女性恐怖症の身の上としては、正直そういう生々しい話は遠慮願いたい。これ以上続けられると、今度こそ血ヘドを吐きそうな予感がする。正直、一体どこのエロゲーかと小一時間ほど問い詰めたい。

 きっと相手が宏でなければ、とても子供にはお見せ出来ない展開になっていたのだろう。

「それで、その暗殺者はどないしたん?」

「寝返らせて、暗殺ギルドの襲撃に協力させた。元々自我が薄い上に昨夜の強烈な体験で洗脳が解けているから、実に簡単に落ちたぞ」

「大丈夫かいな、それ……」

「普通に戻ってきて普通に大人しく牢屋に入ったから、問題は無いだろう」

 それでいいのか、と言いたくなる状況に、思わず遠い目をしてしまう宏。暗殺なんて言うリスキーな仕事を請け負っているくせに、その物凄く杜撰な体制は何なのか。

「一ついい事を教えてやろう」

「何やのん?」

「あの暗殺者が常時与えられていた薬物は、アルパレノンと言う割と特殊なものらしくてな。連中しか製法を知らない類のものだが、奴らしか知らないちょっとしたコツ、と言う奴が必要なだけで、材料も製法もそれほど難しいものではないとの事だ。そのくせほとんどの魔法や薬は効果が無く、時間で効果が切れる以外解毒方法が存在しないと思われていたらしい。うちの薬師も宮廷魔導師、大神官すら同じ結論を出した。お前、何級の万能薬を噴霧した?」

「四級やけど?」

 宏の回答を聞き、思わず大きな声で笑ってしまうレイオット。

「流石だな。いちいち一般人の常識を斜め上の方向で超えてくれる」

「いや、別段四級の万能薬って、そこまで珍しい材料がいるもんでも無いやん。成功率が百パーやないだけで、澪でも普通に作りおんで」

「その澪でも、我らが抱える薬師よりも腕がいい、と言う事情は理解しているか?」

「そうなん?」

「ああ。だから、材料があったところで、四級の万能薬などそう簡単に作れる訳ではない。我が国の宮廷薬師の場合、五級のポーションですらそれなりの確率で失敗しているし、四級に至っては、作れはするが十本作って一本出来るかどうかだぞ?」

 宏の目利きでは、この国の薬師は大体中級を折り返したぐらいの技量を持っている。その内容を裏付けるレイオットの発言に、なんとなく納得したように頷いて見せる。実際のところ、彼らに会うまで、こちらの人間で中級に達している人材に会う機会すらなかったのだから、中級に入っていると言うだけでも、世界全体で見ても比較的優秀な範囲に入るだろう。

 そもそも、四級のポーション類は学問の国・ローレンぐらいしかまともに作れない。その中でも万能薬は一段難易度が高く、四級ともなると年に何本も輸出されない。必然的に、暗殺者の尋問になど使われる事などあり得ないという結論になる。

 なお、アルパレノンは一度服用すると大体二週間ぐらい効果が続き、五級以下では万能薬でも薬を抜く事は出来ない。故に普通は仕事を振られる前に薬を飲ませれば、結果がどう転んだところで薬が抜けた結果裏切られる、と言う事は起こらないはずなのだ。

 因みにアルパレノンに限らず、毒薬や特殊な薬の中には、作るために必要な腕は初級レベルなのに、効果を消すためにはやけに高度な魔法か薬が必要なものが多々ある。言うまでもなく、エミルラッドもその類の毒物に分類される。

「言われてみたら、四級がホイホイ作れんねんやったら、たかがポイズンウルフの毒ごときでガタガタ言うはずはないわな」

「ああ。だからたとえ暗殺者といえど、四級以上の薬物に対する備えなぞ普通はしないものだ。捕まったところで実行犯は大した情報を持っていないのが普通だし、そんな下っ端を尋問するのに、わざわざ高レベルの万能薬など使う奴はいない。まあ、今回の場合は尋問のためではなく、防御のために使った訳だがな」

 実際のところは、それすら異常な話だ。しかも、予防用に服用しておくのなら話は分かるが、わざわざ噴霧して相手にも吸引させ、毒物による自殺を防ぐという発想はまず出てこない。

 当然だ。そもそも、その発想で行動する場合、前提となる薬はそれなり以上に高レベルの万能薬になる。そんなものは普通手に入らないし、手に入ったとしてもそんな使い方ができるほど安くは無い。

「にしても、何ぼなんでも笊すぎへんか?」

「確かにな。どうやら、今までがそれで上手くいきすぎて、そう言った危機意識が随分薄れていたらしい。数年前に代替わりしたらしい今の長も、自身が卓越した暗殺者だったからこそか、かなりの油断があった気配がある。そもそも、組織の長と言うのに向いていなかったのだろうな」

「あかんやん。アンダーグラウンドの人間が、そう言う危機管理ないがしろにしたら」

「もっともな意見だ。まあ何にしても、お前達のおかげで予想外の収穫があった。流石に連中も、自我の無いはずの使い捨てに逆襲されるとは予想してなかったようでな。実にあっけなく捕縛されたよ」

「そいつらこそ、脱走とか大丈夫なん?」

「指を全部落とした上で、死なないように傷を治しているからな。流石にあれで脱走するのは難しいだろう。無論、自殺を防止するために、お前から預かった薬を強引に飲ませてある。もっとも尋問するまでもなく、裏帳簿や顧客リスト、依頼書の類も全部差し押さえてあるから、幹部連中の証言なぞせいぜい駄目押しにしかならんがな」

 なかなかえぐい事をさらっと言うレイオット。流石は王太子、やる事が黒い。

「で、あの暗殺者の処遇はどないするん?」

「現段階では、保留と言うところだな。色にボケているから、コントロールするのはそれほど難しくないし、まだまだ自我が薄いから、こちらが言い含めた事は素直に聞く。正直、急いで処刑する理由も特にない」

「……寝首かかれやんように、注意しいや……」

「それはむしろ、お前の方なんだがな……」

 レイオットのつぶやきを聞きつけた宏が、なんとなく彼女をどうやってコントロールしているのかを悟って青ざめる。想像通りだとすれば、本気でこの王太子はえぐい。恩をあだで返すとはどういうことか。

「そうそう。確認しておくが、そろそろ何か食えそうか?」

「……なんか、いきなり話が飛んだけど、また何で?」

「そろそろちゃんと食って動けるように準備を整えておかないと、いつ食いっぱぐれるか分からないからな」

「何ぞ、やばい情勢なん?」

「追い詰められた小物どもが、最後の悪あがきをするはずだ。流石にまだすべてを確認し終えてはいないが、ここまで決定的な証拠を押さえられた以上、取りうる手段は反乱以外ありえない。そのつもりで準備をしておいてくれ」

 最後の最後まで物騒な事を言い切るレイオットに、思いっきり顔をしかめる宏。一般庶民をそう言う話に巻き込まないでいただきたいと、声を大にして言いたい。

「反乱軍って、そんなにはようにこっちに集合出来るもんなん?」

「バルドの動き方次第だろうな。召喚術を使えば、その気になれば万の軍勢でもすぐに呼び寄せられる。もっとも、連中の動員能力を最大限に使ったところで、この短時間ではいいところ三千、事前にある程度準備してあって五千、余程無茶をしたところで八千には届かないだろうとは思うが」

「しれっと言うてええ数やないと思うんやけど?」

「その程度の数、直接城内に呼び出されたところでどうとでもできる。それほどファーレーンの国防は甘くは無いさ」

 自信満々に言い切るレイオットに、思わず一抹の不安を感じる宏。確かにこの城の構造上、最初から来る可能性を想定している軍勢など、五千やそこらが来ても大した問題ではない。が、これが、二万や三万という数になったら?

「なあ、レイっち」

「何だ?」

「連中の最大動員能力って、どないなもん? 時間がどうとかそういうんを抜きにして考えて」

「一番多いのがロアノの二万五千だな。他は一番大きくても五千もかき集めれば破綻するような連中ばかりだから、頑張って集めても七万には届かん程度だ。ただし、大方が多少訓練を受けただけの農民だから、収穫後の作業が忙しいこの時期には、どれほど強権を持って招集をかけたところでそれほど集まらんだろう。これは他の領主どもも同じだ。後は傭兵だが、これも金がかかるから、それほどたくさんの数は雇えんはずだ。そもそも、ファーレーンは冒険者は多いが、傭兵の類は少ない」

 宏の心配症とも思える質問に、ちゃんといざという時を考えて確認してあった数字を教えるレイオット。

「傭兵を最大まで雇うたとしたら?」

「国内にいる傭兵を全部集めたところで千がいいところだろう。ついでに言えば、財力的にもそれが限界だと思え」

「なるほど。で、そいつらが全部直接この城の中に入ってきたら、対処は?」

「問題ない。七万のうち五万五千から六万は確実に農夫だ。神殿の使う魔法で即座に無力化できる。残りの一万のうち、まともに騎士と打ちあえる数など一割程度だ。そもそも、この城に常駐している騎士の数だけでも八千は居るからな」

「そんなに居ったんかい……」

 予想以上の数にビビる宏だが、考えてみればウルスは住民登録をしている人口だけでも百万人を超える大都市だ。仮に常備出来る兵力が人口の三パーセントだったとして、専属の戦闘要員が三万人は居る計算になる。ならば、政治の中枢である王城にそのうちの三分の一程度の兵力があっても、おかしくは無い。

「とは言え、備えをしておくにこした事は無い。食えるならさっさと飯を済ませて、私の執務室に来てくれ」

「了解。確かに、いろいろ準備しといたほうがよさそうや」

 お互いに状況をひっくり返しうるワイルドカードを持っている以上、その前提で準備をするに越した事は無い。無論、こちら側のワイルドカードは宏と春菜で、向こうは邪神教団と言う組織そのものだ。

「で、食事はどこで出来んの?」

「既に用意させている。さっさと食えるだけ食っておけ」

「はいな」

 レイオットの言葉と同時に、外に控えていた侍従が昼食と言うには豪勢な食事を運びこむ。最終決戦に向けて、彼らは着々と準備を進めていくのであった。







「澪、その顔はやめなさい」

「そんなに、駄目な顔してる?」

「今回のことは、全員の連帯責任よ」

 アルフェミナ神殿の大広間。いろいろと不満そうな、と言うより釈然としない顔をしている澪を、真琴がたしなめる。

「本当、私としたことが、大失敗だよ……」

 澪の指示通り魔法陣を描きながら、ため息交じりに反省の言葉を漏らす春菜。分かっている限りでも、朝からこの台詞は軽く二桁に届く。一番最後まで確認する余裕があったのに、最後まで気が回らなかったことがよほどショックらしい。短いなりに濃い日々をともに過ごし、自他共に認めるパートナーとして行動していたのにこの失態だ。彼女の性格で気にするなというのは厳しいだろう。

 因みに、彼女達が現在行っている作業は、瘴気に侵された人間を全てあぶり出すためのステージ構築である。カタリナ一派の貴族達はともかく、使用人レベルまでとなると完全に把握できていない事、判断力が落ちているであろう連中にぎりぎりまでこの程度の策も思い付いていないと思わせる事が理由で、あえてこれまで春菜の歌を使って何かを行う事は避け、要となる大広間のステージ構築もぎりぎりまで目立った準備は進めて来なかったのだ。

 下準備として、スイーツばらまきのついでに思い付く限りの場所にスピーカー代わりの魔法陣を設置し、人がいない時間帯に動作チェックは済ませてある。なので今は、準備段階で見落としていたスピーカーの設置場所の確認やマイクの設置、増幅のための魔法陣構築とスピーカーの接続テストなどを急ピッチで進めているが、地味に宏のダウンが響いて工程が遅れており、素直に落ち込んでいる暇は全くない。

「それも連帯責任だって、春菜」

「まあ、今までが今までだから、普通想定してるとは思うよなあ……」

 達也の言葉に同意するように頷く真琴。結構あれこれ仕込んでいた宏が、よもや暗殺者が女である可能性をまったく想定していないとは誰も考えていなかったのだ。後から考えれば、宏だけでなく澪も待機させておけば今回のことは避けられたのは事実で、宏の防御力と精神力を過大評価しすぎたのは反省事項以外の何物でもない。

「師匠、だらしない……」

「無茶いうなって。レイナのときにしろ今回にしろ、むしろこじらせなかっただけ大したもんなんだからな」

 一人辛辣なことを言う澪をたしなめる達也。レイオットからの報告で、宏の女性恐怖症は現状維持レベルだろうと聞かされたとき、心底大したものだと思った。レイナの件については話に聞いただけで現場を見ていないのだが、以前向こうで聞いた中学時代の話と合わせて考えると、冗談抜きで社会復帰できない可能性すら心配していたのだ。

 それらを踏まえると、いや踏まえるまでもなく澪の言い分は無茶もいいところだし、本来ならきっちり叱るべき事柄ではあるが、思春期の彼女に正論で頭ごなしに叱りつけても反発されるだけで効果が薄いのではないか、という考えで、とりあえずこの場はたしなめるに留める。

「いつまでもあれなのは……」

「澪、気持ちは分かるけど、焦っちゃ駄目だって」

 宏に対する憧れとも恋心とも付かない複雑な、もっと正確に言うと恋に恋していると言えなくもない澪の気持ちを酌みつつも、若さと言うよりその幼さで先走って焦りがちな言動をたしなめる年長者二人。

「下着のときもそうだけど、たかが何カ月か女性と同居して恐怖症を出さなくなった程度じゃ、あまり性別を意識させるようなことをさせるのは危なっかしすぎると思うわよ」

「でも、やらなきゃ進歩はない」

「だから、あせんなって言ってんだよ。こじらせちゃ元も子もないんだし、そういうことは最低でも、この場の誰か、もしくはエルあたりが隣に並んでもまったく意識しなくなるまで待てって話だよ」

「……これ以上、師匠のそういう面で情けない姿も、苦しんでるところも見たくない……」

 なんともいえない悲しそうな顔で、それでも主張を変えることはしない澪。澪が自分勝手なだけで言っているわけではない、と言うのも分かるため、どうしてもため息しか出ない年長者二人。澪の言葉を検証するまでもなく、今後も女性と敵対し、直接戦闘することになる可能性は高い。そのときに今のままでは、宏自身の命が危ない。

 だが、彼が最も信頼している女性であろう春菜ですら、ストレスを与えずに近寄れる距離は半径九十五センチほど。一歩踏み込んで手を伸ばせば触れることは出来るが、その場から動かずに接触するには、宏の側からのアクションが必要な距離である。それを考えると、まだまだと言わざるを得ない。

 ゲームのステータスと本当の意味での精神力や根性というのがおそらく完全には一致していない以上、本人が完全に折り合いをつけて、その傷を乗り越えるまでは外部から余計なまねをするべきではない。それが分かっているから、春菜は距離をとりながら一人の出来た人間としての普通を貫こうとし、エアリスは出来るだけ負担にならない距離を模索しながらあえてその好意を隠そうとしないのだろう。

 彼女達のその心遣いと努力には頭が下がる思いだが、澪にまで同じことを求めるのは酷なのも確かだ。

「とりあえず、一番きついのは本人だ。ある程度しゃれですむ他の事はまだしも、この件に関しては間違ってもヒロには直接言うなよ」

「……分かってる……」

 澪本人も、自分の言動が褒められたものではないことは分かっているのだ。だが、それでも旨く自分の感情を飲み込めず、それが褒められたものではない、ある種攻撃的な言動として表に出てしまうのである。

「とりあえず、時間がないから準備急ぐよ。澪、ほかに何をすればいい?」

「達兄と真琴姉は、完成した奴を漏れてたところに設置してきて。春姉、そこの角度おかしい。あと、もっとペース上げて」

「了解、頑張る!」

 澪の指示を受け、今回の肝となる聖堂の準備に全力を注ぐ春菜。スピーカー代わりの小さな魔法陣を設置しに行く達也と真琴。時間的に間に合わないかもと思われた下準備は宏が合流したことで、圧倒的なスピードでどうにか無理やりすべて間に合わせることに成功するのであった。







「どうやら、あのアサシンギルドも、噂ほどではなかったようです」

 朝一番にアサシンギルド壊滅の一報を聞き、呆れの混ざった口調で言い放つバルド。

「失敗するところまでは想定していましたが、よもや生け捕りにされた揚句に情報を漏らすとはね。その結果、ギルド自体が壊滅してしまうなど、情けない話です」

「他人事のように言うが、あれだけの証拠が集まっていれば、いかに王家が強権を使う事を忌避する空気が強いと言えども、流石に我々に陛下の矛先が向くのは必定。どうするつもりだ?」

「決まっていましょう。実力行使で現王家を廃せば良いのです」

 無茶な事をあっさり言ってのけたバルドに、思わず絶句する貴族たち。

「……実力行使と言うが、ウルス城を落とすだけの兵力を集めるのは、我らだけでは不可能だぞ? ロアノ侯以外は、もともとそれほど動員能力がある訳ではない」

「それに、今は収穫の時期だ。月末には収穫祭を控えている村も多い。農民を兵として徴用するにも限度がある」

「そもそも、だ。農民たちもそれなりに訓練は受けているが、流石にウルスの兵士には装備・技量・士気全てにおいて大きく劣る。数がいくら居たところで話にならん」

 ウルスを落とし、王家を廃すると言う事が、どれほどの無茶振りかを口々に言い募る貴族たち。いくら後が無いといえど、いくら現王家にそれほどの忠誠心を持ち合わせていないといえど、流石にそこまでの思い切りは無い。

「集めた兵士、全てを城内に直接送りこめたとしたら、どうですか?」

「……いや、やはり無理だ。城内となれば、結局臨時徴兵で集めた兵士は使い物にならない」

 バルドの提案に少し考え込み、結局却下の回答を返すロアノ。

「理由は?」

「アルフェミナ神殿の力だ。アルフェミナ様の加護を利用することにより、ある種の訓練を受けた者以外は身動きが取れなくなる。そうなってしまえばなまじ数が多いだけに、正規兵もまともに身動きが取れなくなる可能性がある。それとも、バルド殿にはそれを防ぐ手段があるのかな?」

 ロアノの言葉に、今度はバルドが少し考え込む。理想を言えば、騎士達が農民上りの兵士を虐殺でもしてくれれば話が早いのだが、それをやってくれるとも思えない。同じ理由で、正規兵もほぼ死人を出さずに無力化されるだろう。かといって聖気の量が減っている今、バルドが直接仕掛けても、ウルスの騎士達を一気に殺すのは難しい。

「そうですね。無力化されてしまうのであれば、即座に殺してしまえばいいでしょう。貴方達がどれぐらい動員できるかは知りませんが、合計で三千も死ねば、私の切り札を一枚、切る事が出来ます」

「正気か!?」

 考えた末、とりあえずこいつらの手下を惨殺して聖気を補充すればいいか、という自分勝手な結論を出す。バルドの狂った意見に、思わず貴族の一人が絶叫する。別段民草の命などどうでもいいと言うか、摘みすぎなければ勝手に増えるから心配ないとは思っているが、それでも動員した兵を自分達が殺すと言うのは、いくらなんでも外聞が悪すぎる。

「今更、なにを言っているのかね?」

「ロアノ侯……?」

「この男が正気ではない事ぐらい、随分前から分かっていた事だろう?」

 深い深いため息とともに、諦めたように言い切るロアノ。もっとも、彼も自身がすでに引き返せないほど瘴気に侵されているという自覚はないのだが。

「だが、流石に無為に何千もの兵を死なせる訳にはいかん。私は民からの徴兵は行わず、私兵のみを動かす事にする」

「それで、何人ぐらいですか?」

「すぐに動かせる数は、二千程度だ。そこまでは、昨日のうちに動員をかけておいた。だが、それ以上となると、領内の町や村に散っている人間もかき集めなければならないから、流石に今日言ってすぐにと言うのは不可能だ」

「そうですね。時間をかける訳にはいきませんので、それで十分でしょう。他の方々は?」

 ロアノの言葉を聞き、次々に数を告げる貴族たち。

「そこに、マズラックの私兵を合わせれば、どうにか七千ぐらいにはなりますか……」

「そう言えば、マズラック伯爵は?」

「ウルス城を落とす、という話を聞いて、何やら準備を行っているようですよ」

「裏切ったりは?」

「まさか。彼の持つすねの傷は、この情報を王家に持ち込んだ程度ではどうにもなりませんよ」

 しれっと言い放ったバルドの一言に、同じ穴の狢である彼らは沈黙するしかない。

「さて、出来れば夜までには決行したいところですが、準備は間に合いますかな?」

 バルドが示した期限に顔を引きつらせつつも、不承不承といった感じで頷く一同。実際、明日まで引っ張ればまず間違いなく、この場にいる人間全員が身柄を拘束されることになる。暗殺ギルドが壊滅したのが日付が変わってからである以上、情報の確認と精査に一日はかかる。いくらレイオットといえども、まだ全部確認が終わっていない資料をもとに貴族を拘束するほどの無茶は出来ない以上、それぐらいの猶予はあるはずだ。

「最後に、カタリナ様」

「何かしら?」

「最悪の場合、この国の形が完全に変わってしまう可能性もありますが、問題ありませんか?」

「私を受け入れなかった国など、滅んでしまえばいいのです」

 うっとりと笑いながら、かなり身勝手な事を言い放つカタリナ。その言葉が事実上のゴーサインとなり、彼らの反乱計画は動きだすのであった。







 後にカタリナの乱として近代ファーレーン史に残るクーデター、その歴史に残る部分の始まりは、夕暮時であった。

「……そろそろ来るようだな」

「ぎりぎり準備が間に合うた感じやな」

 アルフェミナ神殿にて、正門の中庭に現れた大量の転移反応を拾い、レイオットと宏が呟く。その言葉に顔が引き締まる日本人チーム。宏達は名目上は護衛として、実際はアルフェミナの神託によってこの場にいる。現在神殿には、敵であるカタリナ達をおびき出す役には向かない、非戦闘員である王妃と側室二人を除く王族一同が、避難の準備も兼ねて囮として待機している。王妃および側室二人は別口ですでに工房の方に避難しており、この場で戦闘能力が無い王族は、儀式中のエアリスだけである。ただし、エレーナは体調の問題から戦力として数えるにはやや不安があるため、今回は守られる側にカウントされている。

 ドーガとレイナはミスリードを誘うために城の玄関の間の方にスタンバイしており、彼らの代わりにエレーナとエアリスの護衛としてユリウスとその部下が数名と、エレーナの身の回りの世話をするために彼女付きの侍女もこの場にいる。また、場所が場所だけに当然のことながら、神殿内部には大神官をはじめとする神官たちもいるが、今彼らがスタンバイしている大広間には、大神官以外の神殿関係者は居ない。

「マーク、避難の状況はどうなっている?」

「少なくとも、瘴気に引っかかってない人間は全員終わっています。ハルナが一曲歌ってくれたおかげで、ずいぶん楽に進みましたよ」

「瘴気に引っかかっている連中は、どうした?」

「全員まとめて、一時的に地下牢に放り込みました。ただ、歌に引っかかるほどではなく、だが暗示の影響は受けてる、という人間までは排除できていませんし、手遅れになっている人間とそれ以外の仕分けをする時間が無く、せいぜい男女を分ける以上の事をせずにまとめて拘束したため、後々問題になるかもしれません」

「今回は緊急事態だ。それに、変な言い方になるが、歌を聞いて意識を失ったのであれば、下手に避難場所にかつぎ込むよりも、むしろ頑丈な地下牢にいた方が安全だ」

 マークの報告に一つ頷き、逃げ口上ともいえる言葉を告げる。水面下でこそこそと下準備を進めていたとはいえ、流石に全てを完璧に行う余裕はない。予想以上にロアノ達の動きが早かった事もあるが、人数が多すぎてそこまで面倒を見切れなかったというのが本音である。それに、いざという時は地下牢の方が安全だというのも、それほど間違った言い分ではない。何かあった時に犯罪者を外に出さないために、地下牢は城内でもトップクラスの頑丈さを持っているのだ。

「兄上」

「人形の方はちゃんと起動している。兵の配置も問題ない。しかし、流石は職人殿。私達でもあれが偽物だとは分からなかったよ」

「分かったら意味ありませんやん」

 アヴィンの台詞に対する宏の返事。それを聞いて思わず呆れたような視線を向ける一同。今更言うだけ無駄ではあるが、身内が見ても分からないほど精巧な人形など、分かったら意味が無い、という理由で用意できるものではない。当然のことながら魔道具の類ではあるが、澪ですら身内を欺ききるほどのものは作る事が出来ない、と言えばどれほどの難易度か分かるだろう。

「話をもどそう。姉上、調子の方は?」

「走って逃げるぐらいは、問題ないわ。それに秘密兵器もあるし、そもそも魔力の方は全く問題ないのよ?」

「そうか。ならば、ユリウス、マーク。いざという時は姉上を頼む。兄上は父上を」

「御意」

 転移反応を拾ってから、淡々と最終確認を続けていくレイオット。その言葉に便乗して、宏が澪に指示を飛ばす。

「事前打ち合わせでも言うたけど、エレーナ殿下が脱出するときは、澪がついてってサポートしたって。僕らは残って足止めするから」

「分かってる」

「ただ、状況次第ではこっちに残ってもらう事なるかもやから、そこら辺は臨機応変に」

「了解」

 当初から確定していた役割を、再度確認する。大人数を転移させているからか、まだ転移魔法は終わらない。一見、高レベルのキャンセル系なら、普通に割り込んで無効化できそうなだけの時間が空いているが、この種の大規模転移魔法は、割り込んで潰すのがかなり難しい。下手に力技でそう言う真似をすると、空間がゆがんで異界化したり、揺り戻しで本来何かが転移してくるはずであった場所がえぐり取られたりと、碌な事にならない。

 なので、仮に大軍が来ると分かっていても、転移魔法の発動中は決して手を出さないのが暗黙の了解となっている。

 なお、本来なら王族以外の魔法では城の内部に直接転移はできないのだが、カタリナが直接関わっているためにこれだけの軍勢が場内に飛び込んでくるのだ。この欠陥に関して、今のところ克服できた国は歴史上存在しない。

「では、大神官殿」

「分かっております」

 国王の言葉を受け、準備してあった術を起動させる大神官。神殿の各所に仕込まれた術具によって増幅されたそれは、瞬く間にウルス城全体を覆い尽くす。

「ふむ……。どうやら、大半には抵抗されてしまった模様ですな」

「どの程度効いた?」

「せいぜい、千と言ったところでしょう。ですが、普段通りの力を振るう事は出来ますまい」

 アルフェミナ神殿に仕込まれた術は二つ。一つは、戦闘能力が一定以下の人間を無条件で眠らせる術。もう一つは王族もしくはアルフェミナ神殿が敵だと認識した相手に対して重圧をかける術である。基本的には、今回のように城内に直接攻撃を受けるケースを想定して用意されたものだが、実際に使われるのは二度目で、効果があったのは今回が初めてだ。

 因みに、アルフェミナ神殿が誰の目にも明らかなほど堕落していたり、王家が言い繕いようもないほどの悪政をつづけていたりすれば、この術の効果はほとんどなくなる。先々代の時は王家に問題があったために術そのものが発動しなかったが、今回はどちらにも該当しないため、術は正常に機能したようだ。

 なお、大神官の効いたのは千、という発言は、二つのうち前者の術で無力化できた数である。流石にこの短時間で招集できるだけあって、ほとんどがちゃんとした訓練を受けた兵士であったようだ。とは言え、ちゃんとした訓練、と言ったところで、地方領主の手勢の練度は一番いいところでウルスの騎士団の最下限にも届かない程度。数が互角程度であれば、地の利もあってまず負ける事は無いラインである。

「今回に関しては、数から考えれば大して効かんだろうと言う事は分かっていた。千も無力化できれば十分だ」

 国王の言葉に一つ頷くと、外の様子を見るための魔道具を起動するレイオット。城の宝物庫に転がっていた数百年もののアーティファクトだ。

「さて、ここから先、しばらくは外の部隊に任せるしかない。エルンストとレイナのお手並み拝見、だな」

 中庭で始まった乱戦と、玄関広間でのにらみ合いを映しながら、妙にリラックスした態度でそう告げるレイオットであった。







「犯罪者として捕まってるのかと思えば、随分うまく取り入ったようじゃないか、女失格。その色気のない体でも、抱いてくれる男は居るってことか。良かったじゃないか、ゲテモノ好きが居て」

 マズラック騎士団団長、オドネル・マルトゥーンは、いつものようにレイナを挑発しにかかった。暗い場所で遠目に見れば宏と間違えても不思議ではないその顔には、レイナならずとも女性であれば嫌悪感を持つ以外の選択肢は無いであろう下卑た笑みが浮かんでおり、間違っても騎士団と名がつく集団の長にふさわしい人格をしているとは思えない雰囲気を漂わせている。正直なところ、宏との共通点など立ち居振る舞いが妙にダサく見えるところと、どことなくヘタレオーラを発散しているところぐらいしかない。

 周りに控えている彼の部下たちも、お世辞にも品がいいとは言えない雰囲気をまき散らしながら、同じように下卑た笑いを浮かべながら言いたい放題レイナを侮辱し始める。中にはとても文章に出来ないような、最低という言葉すら生温いほど下品な台詞もあり、普通の女性なら男という生き物に幻滅してもおかしくない状況になっている。

 もしこの場に達也がいれば、最後の一言を言う前にオキサイドサークル当りを問答無用で食らわしていること間違いなしの、実に低レベルで下半身直結系の台詞ばかりだ。正直まともな神経をしていれば、男であると言うだけでこれと同じ扱いされるのはマジギレして許されるレベルである。はっきり言って、場合によってはチンピラやヤカラでももっとましだ。

「言いたい事は、それだけか?」

 一通り相手の口上を聞き終えたレイナが、淡々とした態度で冷ややかに言いかえす。今までなら、この程度の挑発で面白いように怒ってくれたレイナが、今回はまるで怒る様子も見せずに冷静なままで対応してくる。その様子に拍子抜けし、妙に毒気を抜かれるような気分になってしまうマズラック騎士団。

「なるほどのう。こいつらに、と言うかこいつらの同類に四六時中絡まれておれば、男が嫌いになっても仕方あるまいか」

「これを男の基準にしていた自分が、恥ずかしい限りです」

「まあ、今更言うまい」

 男社会の騎士団で、レイナのような極端な戦闘能力を持つ女が混ざれば、あまりいい目で見られないのも当然だろう。中にはこういう実力差を認められない、プライドだけは高い性質の悪いものも相応に存在するわけで、この手のあまり関わりあいになりたくない性格をしている人間が、性別や人格を攻撃してくるのもおかしなことではない。

 だが、他人のどうしようもない身体的特徴をこき下ろして笑うことでプライドを保つような人間が、一流と呼ばれるほどにその実力を伸ばすことなどそうそうない。それだけの実力があれば、そもそもレイナが騎士として己を鍛えていること、実力を伸ばそうと必死に努力していること自体をあざ笑っているだろう。逆に言えば、それが出来るほどの才能を生まれ持っていない限り、彼我の実力差から眼を背け、馬鹿にできる部分だけをつついてこき下ろすことで安心し、自分を磨くことを怠るような連中が上に上がることなどありえない。

 そのことに気が付かず、いや、気が付いていながら目を背け続けた結果が今、もっとも残酷な形で現れようとしていた。

「とりあえず、一つ聞こう」

「女失格な体型の癖に体で騎士になった卑怯者が、何を聞きたいんだ?」

「その体でたらしこんで騎士になった、と言う女ですら、防具なし、ナイフ一本でも、一対一でバーサークベアぐらいは仕留められるのだが、お前達は当然できるのだろうな?」

 レイナの問いかけに、今度はマズラック騎士団の顔が屈辱にゆがむ。彼らは騎士団と言う名に反し、その戦闘能力は七級の冒険者程度。つまり、全身をがちがちに高品質の装備で固めて、ようやくバーサークベアとまともに勝負が出来る程度でしかない。さすがにドーガやレイナのように普通の服とナイフだけでバーサークベアを余裕で秒殺できるような人間は少数派だが、ウルスを拠点としている騎士団は皆、一般的な皮鎧と普通の特に優れたことのない剣や槍があれば、バーサークベアぐらいは楽勝で仕留めてのける。

 装備の質の分一般兵よりはやや強いが、ファーレーンの騎士と名がつく存在としては最弱の集団、それが今のマズラック騎士団なのだ。

「人の事を馬鹿にするのだから、相応の実力はあるのだろう? ならば、大口をたたくだけではなく、その実力を見せてみたらどうだ?」

 いつもとは逆に、レイナの方が挑発をかける。普段の彼女を知っている人間なら、この光景に驚くに違いない。いくら宏との一件で自分の駄目さ加減を痛感し、反省に反省を重ねて一皮むけたと言ったとこで、まだ一月やそこらしか経っていないのだ。その程度の事でここまでの振る舞いができるようになるのであれば、最初から暴走なんぞする訳が無い。

 実のところ、これにはからくりがある。この作戦が決まった時に、相手の挑発に乗って何もかも駄目にしないためにと、宏達に土下座して頼みこんで、頭をクールダウンする効果のある挑発潰しのための消耗品を用意してもらったのだ。どれだけ自分の事を信用していないのかと呆れるやり口ではあるが、今回はそれが功を奏して、レイナでなくても切れて不思議ではない罵詈雑言の嵐を、きれいさっぱりスルーしてのける事が出来たのである。

「それとも、それだけの頭数をそろえて、特殊な性癖の男に媚を売るしかできない女失格と、そんなゴミ屑に目をかける耄碌爺に挑むことすらできないのか?」

「言わせておけば……!」

 今まで蔑んでいた相手に、自分達の言葉を逆手に取られて見下される。その事実にごろつき達の怒りが沸騰する。目の前の二人がケルベロス三体を歯牙にもかけない存在だ、という事をさっくり忘れ、数の優位を頼みに襲撃をかける事にするマズラック騎士団。

「いくら強いと言ったところで、相手はたったの二人だ! 耄碌爺と女失格に身の程を教えてやるぞ!」

 オドネルの号令に鬨の声を上げ、隊列も何も無茶苦茶なまま突っ込んで行く。そのなっていない様子を鼻で笑うと、二人は何のひねりもなく手に持った獲物を横に薙ぎ払う。

「がぁ!」

「ぬあ!?」

「ぎゃあ!!」

 その何気ない動作の一撃により、ひと山いくらという感じで蹴散らされるマズラック騎士団。彼らは知らなかった。この世界においては、ここまで実力差が開いてしまうと、数の差が何千倍あったところで無意味だ、という事を。

「全く、耄碌爺に薙ぎ払われて気絶するとは、ぬるい連中だのう」

「鎧ばかり立派でも、中身が伴っていなければこんなものでしょう」

「この程度なら、ピアラノークの時のようにバインドを食らっていても、欠片たりとも負ける気がせんぞ」

 たった一撃。たった一撃で完全に士気を砕かれてしまったマズラック騎士団は、二人の嘲るような言葉に心底恐怖を抱いて逃げ出そうとしはじめる。自分達の立場を忘れて逃げを打とうとする連中に一瞬呆れ、次の瞬間逃がさないための手段を講じることにするドーガ。

「逃げるな卑怯者ども!」

 全身から巨大な闘気を発し、逃げ出そうとした私兵どもを威圧してその場に押しとどめる。アウトフェース、威圧型の集団挑発。宏にも伝授した、前衛にとって必須だと言われる技。ドーガほど熟練すれば、度を越した恐怖を与えることによって、逃げると言う選択肢すら奪う事が出来る。

 マズラック騎士団はこの期に及んでようやく、自分達が生きて帰れる選択肢が存在しない事を思い知ったのであった。







「そろそろ、次の一手に入りましょうか」

「許可するわ」

 バルドの言葉に頷くカタリナ。形の上だけではあるが許可を受け、予定通り次のステップに移行するバルド。

「さて、いい声で鳴いていただきましょう」

 にやりと狂った笑顔を浮かべ、目の前で劣勢に立たされている反乱軍に対し何やら魔法をかける。次の瞬間、中庭に広がったのは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。

 ある者は唐突に業火に焼かれ、ある者は何の前触れもなく全身が腐り落ちる。虚空に現れた大口に丸呑みにされた者、足元が底なし沼になり、いきなり引きずり込まれた者もいる。共通しているのは、それだけの目に遭いながら誰一人として即死せず、気が狂うまで苦しみ続けたと言う事だけである。

 そもそも反乱軍の兵士達は、その大半が何も教えられずに領主の命令で集められ、唐突に城の中庭で正規の騎士団と交戦する事を強要されただけの集団だ。領主や指揮官の手前、とりあえず最初の降伏勧告以降は戦っているふりをしてはいるが、その戦意はとてつもなく低い。二度目の降伏勧告があれば即座に従うだろうし、詳細を教えられずに命令され、拒否できずに従っただけという立場上、降伏すれば大した罪に問われる事もないであろう人間ばかりである。

 犠牲になったのは、ほぼすべてがそう言う運が悪かっただけの一般兵たちだった。彼らがそんなむごたらしい殺され方をするほど悪い事をしていたのか、というと、ほぼ全員が否、というところだ。反乱軍の中には、よくある領民を搾り取っているような領主も全く居ない訳ではないが、残念ながらここ十年ほどは王家の目がきつくなって、そういう無法は簡単には出来なくなっている。それらに消極的にかかわってきた人間もいないではないが、ほとんどはこのときたまたま兵士になっていただけの、領地をモンスターや無法者の被害から守ってきた人たちだ。

 本来彼らは、こんな目にあって当然と言われるような人間ではないのである。

「な、なんだ!?」

「どういうことだ!?」

 唐突に起こったあまりにむごたらしい光景に、応戦していた騎士達も動揺を抑えきれない。もともと、相手に対してこれといって思うところがあったわけではない。一部の連中のように本気になってかかってきていればともかく、形の上だけ戦闘を続けている彼らを本気で切り捨てるつもりなどなかった。実際、割と外周のほうにいた兵士達は、一合二合打ち合った後あっという間に武器を奪われ、後遺症が残らないように注意を払った一撃で意識を刈り取られ戦場から排除されたため、運よく今回の悪夢には巻き込まれずに済んでいる。

「いくら反逆者だからと言って、こんな形で殺すのが貴様らの騎士道と言うやつなのか!?」

 生き残りの一人が、あまりの光景に我を忘れて叫びだす。その声を聞いて我に返った騎士達が、口々に反論をする。

「そんな面倒な真似をして、我々に何の利がある!?」

「そもそも、皆殺しにするつもりなら貴様らごとき、とうの昔に始末し終えている!」

「第一、そのつもりがあるなら、そこに転がっている連中に止めを刺さない理由がないだろうが!」

 怒りに任せてかなり手荒に相手を制圧しながら、本気で吼える。こんな雑魚相手にこんな外道そのものといった真似をしたと疑われる。それは彼らにとって、侮辱以外の何者でもない。

「誰だかは知らんが、お望み通り制圧してやったぞ! 出て来い!」

 反逆軍の指揮官が降伏を言い出したところで、中庭の部隊を指揮する近衛騎士の大隊長が姿を見せない犯人に対して吠える。その声に応えて、彼らの前に姿を現すバルド。

「やはり貴様か……!」

「折角手間を省いて差し上げたと言うのに、何がそこまでご不満なので?」

「意識を刈りとれば事が足りる相手を、わざわざ後ろ指さされるようなやり口で仕留める必要など最初からないだろうが!」

「綺麗事は結構ですが、どうせ反逆者は死刑。ならば、どのような死に方をしても彼らの自業自得でしょう?」

「命令に対する拒否権のない末端の雑兵など、我が国の刑法ではわざわざ死罪になどせん!」

 自分に都合のいい解釈で好き勝手な事を言い放つバルドに、本気で怒りを覚える大隊長。呆然とそのやり取りを聞いていた反逆軍の指揮官が、大隊長同様に怒りをあらわにする。

「そもそも、我らをここに送り込んだのは貴様だろうが! その貴様が、何故味方のはずの軍勢を虐殺する!?」

「味方? 何を言っておられるのですか?」

 指揮官の糾弾を聞き、本気で何の事か分からないと言う表情を浮かべるバルド。その口調に笑いがにじんでいるところを見るまでもなく、挑発しようとする意図が見え見えではあるが。

「何にせよ、貴様は国の法を明確に犯した! 今回ばかりは言い逃れは聞かん! 今日こそはその首を叩き斬る!」

「おやおや、怖い怖い」

 大隊長の気迫を受けて、おどけた様子で怯えたふりをして見せるバルド。とことんまで挑発的な態度にどんどん怒りのボルテージが上がっていき、いい加減限界を突破しそうな騎士達。もはや我慢できぬとばかりに攻撃を仕掛けようとしたところで、再びバルドが実力行使に移る。

「私もまだまだ仕事を抱えた身の上。言いがかりで殺されてはたまりませんので、少々抵抗させていただきましょう」

 いけしゃあしゃあとそんな言葉を言い放ち、なにがしかの術を発動させる。その瞬間、中庭を濃密な瘴気が満たし、先ほど虐殺された者の残骸や意識を失っている反逆軍の兵士達を変質させる。

「何!?」

「貴様、どこまで人を侮辱すれば気が済む!?」

「侮辱? 何をおっしゃるのやら。貴方がたが無為に殺した人たちの恨みを晴らしてもらうだけですよ。ただし、生きている者すべてに対してね」

 にやにやと笑いながら悪趣味な事を言って、更にケルベロスを十体ほど呼び出して悠々とその場から立ち去るバルド。その場に残されたのは趣味の悪い不死系モンスターと、強引に変質させられ正気と人格を失い、単なる半端なミュータントモンスターに堕した反逆軍の兵士、居るだけで瘴気による汚染を拡大するケルベロス、そして嫌が応にもそれらに対応せざるを得ず、歯噛みしながら剣を振るう騎士団という地獄のような光景であった。







 その違和感に真っ先に気がついたのは、やはり宏であった。

「なんか変な感じや」

 そのつぶやきを聞きつけたレイオットが、険しい顔を宏に向ける。

「何かまずいのか?」

「何とも言えんとこですけど、なんかおかしい気がします」

「具体的には、と聞いても説明できないか。どうするべきだと考えている?」

「はっきりと言いきれる話やありませんけど、避難すべき人らはそろそろ避難を始めた方がええと思います。いつ戦闘になってもおかしない」

 その言葉を聞いた国王とエレーナが、最低限の荷物を確認して利用予定の秘密通路に向かって歩き始める。二人とも、宏の言葉を疑う気は一切ないらしい。

「澪も頼むわ」

「了解。師匠、気をつけて」

「そっちもな」

 打ち合わせ通り、避難を開始する国王一行についていく澪。なお、避難先は王妃達と同じく、宏達の工房を予定している。驚きの話だが、宏達の工房は、実際にはアルフェミナ神殿よりも堅牢な防御力を持っている。見た目はやや古く割と大きい建物が塀に囲まれてぽつんと建っているだけのアズマ工房だが、その実体は、物理的には攻城兵器を正面からはじき返し、魔法防御や魔法抵抗も宏本人と大差ない、大魔法すら場合によってはキャンセルしてしまうものが施されている、小型要塞のような建物だ。毒や呪いも敷地内に侵入する前に浄化してしまうシステムを組み込んでおり、その上、悪意ある人間はそもそも人払いの結界により近寄ることすらできないという、何を考えてそこまでガチガチに固めているのか分からない、この世界の技術レベルを考えるなら、この規模の建物としては完璧ともいえる防御能力を備えている。

 宏と澪いわく、この程度の敷地面積だからこそ手持ちの素材だけでも可能だったという防衛設備だが、厄介なのは防衛設備だけではない。材料が集まるたびに暇を見つけて拡張を繰り返した倉庫の容量もまた、この工房の要塞化に一役買っている。依頼や採集の度に新たに抱え込む食材や、宏が暇を見つけては充実させていく調味料をはじめとした物資の物量を考えるなら、今神殿にいる関係者全員を収容しても、その気になれば二カ月は余裕で籠城できる。何人かに外部で食料調達をさせておけば、古代竜クラスに襲撃されでもしない限りは老衰で死ぬまで引きこもる事すら可能な、究極のシェルター機能を備えている。

 言うまでもなくこの過剰な防備は、材料が余っていた宏が趣味と職業病をこじらせた結果である。無論、最初からこうだった訳ではないのだが、荒熱取りのような微妙な手待ち時間を見つけてはこそこそ改造に改造を重ねた結果、もはやガワと中身が別物というレベルの、何のための施設か分からない物になってしまったのだ。もっとも、こういう秘密基地的なギミックがひそかに大好きな達也と真琴が、普段のようにブレーキをかけずにアクセルを踏み込んだのもやりすぎた原因ではあるが。

 だったら最初からそっちに避難しておけばいいじゃないか、という話もあるが、神殿にいる事をあえてバルドに探知させる必要があったために、囮として使える人間は全員ここに残る事になったのだ。地味に、全く戦闘能力を持たない人間が侍女たちぐらいしかいない、というのもこの作戦の決行を躊躇わなかった理由である。

「あれ?」

 避難を始めた国王陛下一行を見守っていると、一緒に移動するはずの人物が一人、全く動こうとしない事に気がつく春菜。エレーナの腹心ともいえる彼女付きの筆頭侍女・オリアが、移動を始めた主を無視して、どこかうつろな目でぼんやり立っている。それを見て、非常に嫌な予感がしながらも一応声をかける事にする。

「ここは危険かもしれません。早く避難を」

 声をかけてきた春菜に顔を向けると、ぞっとするような笑みを浮かべて近寄って来る。その笑顔を見て、背筋に冷たいものが走る春菜。

「避難ルートはあっちです!」

 その恐怖を振り払い、もう一度念のために声をかける。頭の中を最大音量で警報が鳴り響く。何かおかしい。何かがまずい。こうなったら殴り倒して気絶させて、誰かに運んでもらった方がいいかもしれない。そんな物騒な考えのもと、そろそろ自分の腕の延長ぐらいには馴染んできた愛用のレイピアに手をかけたところで、

「駄目です、ハルナ様! 彼女から離れてください!」

 儀式の間から飛び出したエアリスが、大声でそんな警告を発する。エアリスの言葉にとっさに距離を取ろうとする春菜。その声に驚いて立ち止まり、思わず振り返ったエレーナ達が見たものは、驚くような光景であった。

「ハルナ様!?」

 その場にいた人間が見たものは、距離を取ったはずの春菜の懐に潜り込み、狂気の混じった笑顔を浮かべて、彼女の脇腹に禍々しいオーラを発するナイフを突き立てるオリアの姿であった。
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