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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第16話

「体育祭に文化祭か~」

「僕とか春菜さんは、何するにしても細心の注意を払わんとあかんイベントやな……」

 敬老の日も過ぎたある日のロングホームルーム。席替えで隣同士になった宏と春菜が、その議題についてひそひそと言葉を交わす。

 潮見高校の文化祭は、間に体育祭を挟んで毎年十一月下旬に行われる。これが終わればさほど間をおかずに期末試験で、三年生に至ってはそこからセンター試験やら入試本番やらと一気に試験漬けになるシーズンが訪れる。

 そのため、年内最後の、人によっては高校生活最後の馬鹿騒ぎとあってか、それはもう余計な気合が入った行事となる。

 その割りを食ってか体育祭は借り物競争以外さほど盛り上がりを見せないのだが、これに関しては高校生ともなると中学まで以上に運動部の人数とレベルで勝負が決まってしまう面が強くなるため、文化祭の事がなくてもある程度しょうがない部分はある。

 本来、文化祭の出し物に関してはもっと早くに決めるものなのだが、今年はストーカー先輩がらみのあれこれで教職員の手がふさがり、生徒会の方も実行委員会を開く余裕がなかった。一時は今年の開催そのものを見送る方に進みかけ、実行するにしても飲食関係は禁止すべきではないかという意見もあり、結局例年通りで大丈夫だろうという事で話がまとまったのが夏休み前だったのだ。

 その後、急ピッチで実行委員会の会議が進み、ようやく各クラスに話を通せたのが先週末。結果、早い段階で演劇などのステージを使う出し物を行うと決めていた部活やクラス以外は、今日まで話し合いが持てなかったのである。

「まずは体育祭の参加種目か」

「宏君は何に出る?」

「とりあえず、借り物競争と二人三脚は断固として拒否や。絶対ろくでもないことになりおる」

「そうだね。私もその二つは遠慮したい」

「後、男女混合の競技も全員参加以外はパスさせてもらうとなると、障害物競走かパン食い競争あたりやなあ」

「そっか。……なんか、私が障害物競走に出ると、それはそれでろくなことにならない気がするよ」

「春菜さんは自動的に女子のリレーに出ることになるやろうし、他の種目はパスでええんちゃう?」

 などと相談しているうちに、百メートル走などの花形競技は推薦という名の押し付け合いの末、どんどんと運動部所属の人間で埋まっていく。

 組分けの仕方一つとっても様々なバリエーションがある体育祭だが、潮見高校の体育祭は一年から三年までの同じ番号のクラスを一つのチームとして、全五チームでの対戦というシステムになっている。

 学年固有の競技というのはなく、また、騎馬戦のような最低限の練習はしていないとけが人が出る種類の事故が起こるような競技も、教師の目が届く練習時間を確保できないという理由で排除されている。

 結果としてどうしても競走種目に偏りがちになり、文化祭と違って外部からの観客がいるわけでもないこともあって、大多数の生徒にとっては日頃やる機会がないような種目で軽く汗を流しつつ、あまり見る機会のない運動部の勇姿に感動するイベントとなっている。

「次、パン食い競争は……」

「あ、僕出るわ」

「東か。後男子一人、女子二人だな」

「だったら俺出るわ」

「他にいないんだったら、あたし出る」

「私も」

 なんだかんだと言いながら競技の参加者がサクサクと決まっていき、毎年どこのクラスでも一番揉める借り物競争の出場者に話が進む。

「とりあえずまず最初に、大いなる思いやりの心をもって、東と藤堂にだけは押し付けない方針でいいか?」

「「「「「「異議なし」」」」」」

 体育委員の男子・梅宮が出した提案に、満場一致で同意するクラスメイト達。少なくとも宏にとって過酷なネタが仕込まれている可能性が高く、当人が出なくても春菜が出るとそっちに巻き込まれるかもしれないとあって、宏の事情をちゃんと理解しているクラスメイト達は、良心が咎める結果を避けるために一致団結したようだ。

 毎年毎年実行委員が悪ノリして、ろくでもないお題を突っ込む借り物競争。変なお題の場合、ちゃんとクリアできるように観客の生徒の中に適当に探し物を仕込むのが常だが、仕込まなくても大丈夫なお題だからと言ってちゃんと借りられるとは限らないのが厄介なところだ。

 何より、時折公開処刑のようなネタを直前に混ぜ込む委員もおり、そういうときの内容は見ている方が余りの哀れさに直視できないような物なのが基本なのがなおのこと厄介である。

 ちなみに、過去に一番ひどかったお題は一昨年の三年が仕込んだ「現在使用中のCカップ以上のブラジャー」というもので、それをよりにもよって男子の回に仕込んだ挙句に自分から借りるように仕向けた女子の実行委員には、いろんな意味で畏怖のこもった視線に加え、校長、教頭、および生活指導の先生からの徹底したお説教がプレゼントされている。

 この時、変にノリがよかった実況担当の放送委員女子(当時一年生)が、

「さすがにここで脱いで貸すなんて恥ずかしすぎて絶対嫌ですが、それ以前に現在わたくし、身に着けてるブラはBカップです。実際のバストは多分C以上ではあっても、ブラのサイズはBなのです! まだ入ると油断して予算使いこんでしまい、かなり小さくなったブラに無理やり押し込んでいるとはいえ、今つけてるブラのサイズはあくまでBカップなのです、って何言わせるんですか!」

 と派手に自爆したというエピソードが残っているのはここだけの話だ。

 なお、この女子生徒、後で下着代をカンパしてもらうという恥の上塗りと引き換えにちゃんとしたものを身に着けるようになった、という逸話が残っている。

 体を張った自爆芸で成長期ネタを振ったためか、今では潮見高校屈指の巨乳に育っており、サイズ的には春菜よりワンサイズ小さいにもかかわらず、春菜以上に胸をじろじろ見られるという何とも言えないキャラが定着している。

 余談ながら、この時の宏はお題が聞こえた時点で必死になって耳をふさいで目をつぶり、ガタガタ震えながら嵐が過ぎ去るのを待っていた。そのあまりの必死さに、とても声をかけられなかったとは当時のクラスメイトのコメントである。

「とりあえず、今年の実行委員には突飛な奴はいないが、それでも恋バナ系は普通に仕込んでくるはずだ。後、タグが付いていて未使用だと分かるものであれば、ジョークとして下着は解禁されたという噂もある。それが本当であれば、三枚千円のブリーフ辺りを仕込んでくる可能性が否定できないわけだが、それを踏まえた上で生贄になっていい、というやつは挙手だ」

 梅宮の説明を聞き、その場に沈黙が流れる。当然のことながら、誰も挙手などしない。

「では、推薦だが、前提として山口はもうすでに三種確定、運動部の連中はリレーに温存しておかないと他所からブーイングが来るから、基本的にそれ以外の人間で頼む」

「こういうのは、ノリがよくてリアクションが面白い奴にやらせるのが鉄板だろ?」

「道理だな。では、誰がいい?」

「そりゃ、男子だったら田村じゃね?」

「えっ!? 俺かよ!?」

 サクッと生贄に名前を挙げられ、目を白黒させながら絶叫する田村。そういう美味しい反応をするからこういう時に生贄にされるのだが、性分のようなものなので当人も分かっていてついやってしまうらしい。

「どうせ本人以外から反対意見なんぞ出ないだろうから、男子は田村でいいな?」

「「「「「「異議なし!!」」」」」」

 梅宮の確認に、クラス全員が異議なしを唱和する。その中に田村が入っているあたり、最初からこの展開を狙っていたのかそれとも腹をくくったのか難しい所である。

 何にしても、反対意見すら口にする前に強引に決められたというのに文句も言わずに引き受けるあたり、どちらにしても人のいい話ではある。

「では、女子の方だが……」

「……なんか、田村君に悪いからあたしがやるわ」

 続いて梅宮が女子の方に話を振ると、しばしの沈黙の後に女子のクラス委員である児玉がおそるおそる手を挙げる。

 このクラスに染まるだけあって基本的にノリがいい人物ではあるが、クラス委員をやるぐらいなので真面目な性格もしている。一種目にしか出場しないのに、クラス委員をやりながら人に嫌なことを押し付ける事に対して気が咎めてしまったのだ。

「いいのか?」

「ええ」

「なら、児玉で決まりだな。後はリレーだが、藤堂、女子と男女混合、両方頼めるか?」

「うん、大丈夫」

「だったら、あとは運動部から二種目以下の人間を選んで埋めればいいな。こっちで勝手に決めていいか?」

 梅宮の意見に誰も異を唱えず、体育祭の出場種目は比較的あっさり決定する。

「では、ここからは文化祭だな。春田、安川、頼む」

 女子の体育委員で、今回書記に徹していた森町が提出用の種目一覧表に参加者の名前を記録し終えたのを確認し、文化祭実行委員の二人に場所を明け渡す梅宮。梅宮の言葉を受け、教壇の前に立った文化祭実行委員女子の安川が会議をスタートさせる。

「長丁場になって申し訳ないけど、文化祭で何やるか決めるところまで付き合ってね。まず最初に大前提として、三年生は無理に出し物をやらなくてもいいんだけど、どうする? やりたい人、挙手で」

 まずは意思統一ということで、何かをやるかどうかを確認する安川。やりたい人、という質問には、全員が迷わず手を挙げる。

「全員やりたい、って事でいいのよね? 空気に流されて反対意見言えなかった、って人、別に誰も怒らないから正直に言ってくれていいのよ?」

 あまりに迷いなく全員が挙手をしたものだから、思わず重ねて確認してしまう安川。それに対して、クラスメイト全員が口々に

「ここでやらないって選択肢はないっしょ」

「そうそう。せっかく藤堂さんが堂々と合法的にかつ効果的にアピールできる機会だっていうのに、参加しないなんてもったいなすぎるわ」

「あと、東と藤堂なら絶対何かやらかしてくれるって期待してるのに、そのチャンスをふいにするなんてありえねえ!」

 などと、宏と春菜について言いたい放題言ってくれる。その内容を聞き、納得したようにうなずく安川。春田の方も問題ないとばかりに板書を始める。

「とりあえず、非常に納得できる意見が聞けたことだし、満場一致で参加って事で、次に進めるわね。出し物は何をやりたい?」

「の前に、野放図に話が広がらないように、条件を付けておいた方がいいだろう」

「ああ、そうね。山口君の言う通りね。じゃあ、条件だけど、一応私達は受験生だから、準備期間全部を作業にあてなきゃいけなくなるような大掛かりなものはやめておいた方がいいわね。かといって、フリーマーケットみたいな簡単すぎるのも、東君と藤堂さんを見てニヤニヤできないから無し。それから、当然予算の制限があるから、大掛かりでなくてもお金かかるものはダメ、って所かしらね」

 安川が出した条件に、納得したように全員がうなずく。そのまま条件を吟味し、出した結論が

「飲食系か?」

「それしかなさそうだよなあ」

 というものであった。

「とりあえず、食いもん関係やるんやったらそれでええけど、あんまり料理できる人間当てにしたらあかんで。具体的には、主に春菜さんの事な」

 飲食系、と聞き、即座に釘をさす宏。すっかり屋台にはまっている春菜を野放しにするのは、色々と危険にもほどがある。

「文化祭の趣旨からいっても、ある程度得意不得意は踏まえるにしても、私とか春菜とかがずっと料理してるって状況は駄目よね」

 釘を刺した宏に便乗し、蓉子も意見を言う。宏と蓉子の言葉に、それでいいんじゃないかと思っていた何人かがそっと目をそらす。

「後、飲食系だと衣装とか凝りたい、って思いそうになるけど、手間の問題で今回は避けた方がいいかも。せいぜい、制服にそろいのエプロンが限界かな」

「そうね。エプロンぐらいなら買っても安いし、同じデザインのものをそろえるのも難しくないわね」

「最悪、手芸部の子に手伝ってもらって、自分たちで作るって手もあるし。ただ、伝手とかないと、布買って作る方が高くつく可能性はあるけどね」

 自分が集中砲火を受けそうな気配を察し、別の問題に話を逸らす春菜。意図を察しつつも、春菜の指摘も重要な点なので、話に乗っかる蓉子。

「衣装とかは、何売るかの後に決めた方がいいんじゃない? っつうかさ、東。やるとしておすすめとかある?」

「おすすめっちゅうんは特にないけど、カレーだけはやめといた方がええで。諸般の事情で、売りもんにするとなると春菜さんが絶対こだわりすぎるから」

「あ~、カレーとラーメンって、家で作るときでもやたらとこだわる人いるよなあ……」

 田村と宏の会話に、クラス全員が納得した様子を見せる。特にカレーはラーメンより家庭料理として浸透している分、自分で調合したスパイスを使うレベルのこだわり派も多い。

 普段ならそれでもいいのだが、今回は文化祭だ。生徒のレベルには極端なばらつきが存在し、またあまりこだわりすぎると予算と手間の壁にぶち当たってしまう。

「そうなると、カレーは禁じ手ね……」

「提供するのが楽なだけに、惜しいなあ……」

「でも、藤堂さんのレベルに合わせられると、厳しいのも確かなのよね……」

 禁じ手と決まったことで、納得しつつも惜しむ声があちらこちらから上がってくる。素人の集団にとって、コストを抑えやすく仕込みも提供も比較的簡単で、更に見栄えがして失敗しづらいという点で、カレーを超えるメニューはなかなかないのだ。

 所詮高校の文化祭なので、どんなメニューを提供するにしても、誰もそんなハイレベルなものは期待していないのは間違いない。それを踏まえても、一品で完結しつつ大量に作って売るという点で、カレーよりハードルが低い料理はそうそうない。それだけに、それを禁じ手にされると、実に悩ましい事になる。

「後は、誰がやっても大丈夫そうって観点だと、フランクフルトとかか?」

「それか、クレープとかみたいなおやつ系かしら」

「……どれもかぶりそうっつうか、そもそもその系統は運動部の専売特許って感じだよなあ……」

「……後、教室使うんだから、そういう外で模擬店出した方が強そうなものって厳しいと思う」

 カレーに代わるメニュー、という事で、色々な意見が飛び交うも、即座に反対意見が出されてどうにも決め手に欠ける。そんなこんなであらかたありそうなメニューが出そろったところで、宏がポツリとつぶやく。

「十一月末っちゅうたら大概寒いし、いっそ焼き芋でも売るか?」

「焼き芋?」

「難しくないか、それ?」

「焼き芋そのものは、機材さえあれば大して難しいもんやないで。基本的に機材の中に芋ぶち込むだけやし、せいぜい、ちゃんと火が通ってるかどうかのチェックが面倒なぐらいや。機材はまあ、当てがないわけやないから、何とかするわ」

「できるんだったら楽でよさそうだけど、それだけだとさすがにやることが少なすぎるっていうか、忙しいわりに人数持てあますことになりそうじゃない?」

 宏の案に食いつきつつ、気になった点を安川が突っ込んでいく。それに対して、少しばかり考え込む宏。

「せやなあ……。後は、芋つながりで芋煮っちゅう名目で作った豚汁でも売るか?」

「だったらいっそ、あったかい物いろいろって事で、おでんも一緒に出しちゃうとか……」

 宏のアイデアに、春菜がさらに体が温まるものつながりで、単品で売れる煮込み系料理の代表ともいえるものをつけたす。

 なお、宏が芋煮を豚汁と言ってしまったのは、単純に現在この学校には身内に本場の人間がいる生徒がいないので、実質的にそうとしか言えない物しか作れないと分かっているからである。

 醤油で作ればいいじゃん、という意見もあるが、食べたことがないものをレシピだけでそれっぽく作っても、これで大丈夫という確信を持ちづらい。なので、少々日和って安全策を取り、生まれも育ちも本場という人の中にでもたまに豚汁と大差ないと認める人がいる、味噌仕立てのものを作ることを提案したのだ。

 そのあたり後ろめたさがあるらしいのだが、だったら素直に豚汁と言えばいいのに、芋つながりと言ってしまった手前豚汁とは言いづらいらしい。そういう部分はいちいち難儀な男である。

「別に、全部できるっちゅうたらできるけど……」

「ガスとか電気、物凄く食いそうよね……」

「せやねんなあ。おでんと芋煮はまあええとして、焼き芋が電気なんかガスなんかとかは確認せんと分からんしなあ」

 全部やるとなると実に大掛かりになりそうなアイデアの数々に、熱源が足りるかどうかを気にし始める宏と安川。一応仮にも学校であり、もっと大規模で電力を食う行事も時々行っているのだから、このぐらいでブレーカーが飛んだりはしないと思いたい。思いたいのだが、焼き芋を量産するための機材がどういう仕様になっているかが分からないので、何とも言えないのだ。

「でもまあ、焼き芋っていうのはありだと思うわ。機材のあてがあるんだったら、他に意見がなさそうならそれで決まりね」

「焼き芋異議なし!」

「やろうぜ、焼き芋!」

「焼き芋は反対無し、と。後は、おでんと芋煮、というか豚汁だけど、そっちはどうする?」

「申請だけして、ガスと電気が大丈夫そうだったらそのままやったらいいんじゃないか? ダシとかの仕込みが難しくて面倒そうなところは、東と藤堂に任せるしかなさそうだし」

 結局宏と春菜が適当に提案した内容がそのまま通る形で、出し物についてクラス全員が合意する。

「じゃあ、とりあえずこれで申請はしておくわ。で、東君。悪いんだけど、近いうちに焼き芋の機材について確認したいんだけど……」

「今からメッセージ送っとくから、返事あったら連絡するわ」

「お願いね」

 安川と宏のやり取りで、とりあえずこの日のロングホームルームは終了する。

「ねえ、美香。ちょっと思ったんだけど……」

「どうしたの、蓉子ちゃん?」

「おでんのダシとか、東君と春菜に任せっきりにしちゃって大丈夫だと思う?」

「あ~……」

 蓉子の不安に対し、同意するような声を上げる美香。料理、宏、春菜、という組み合わせで好きにさせると、絶対に暴走するのが目に見えている。

「でも、蓉子ちゃん。難しい所とか決め手になりそうなところとかは、結局最終的に東君と春菜ちゃんに任せちゃうことになると思うんだ」

「そうなのよね……」

 お互いの認識の一致を見て、あきらめやら悩ましさやらいろんな感情が入り混じった複雑な表情を浮かべる蓉子と美香。

 二人の不安をよそに、文化祭の出し物は、なんだかんだで宏と春菜が中心となって進めていくことになるのであった。







「体育祭に文化祭、ねえ」

「まあ、文化祭はともかく、体育祭は借り物競争とリレーと全員参加の綱引き以外は、盛り上がり方もほどほどって感じだけどね」

「高校生にもなると、余程盛り上がる競技があるか学校全体のノリがいいかしない限り、体育祭って結構そういう感じよね」

「うちの場合、優勝したからって何があるわけでもないしね」

 その日の夜。宏達は、神の城の食卓で夕食を食べながら、二学期最大のイベントについて話をしていた。

 集まっての夕食になった理由は実に単純で、未だに豪快な収穫を見せる家庭菜園の野菜を食すため、春菜に懇願されたのだ。なぜわざわざ神の城なのかというと、単純に一度帰宅さえしていれば移動時間がかからないからである。

 余談ながら、神の城での食事、という事で、冬華は大人しく春菜の膝の上でご飯を食べている。今まで特に触れていなかったが、日本に帰って来て以降、神の城での食事のときは、基本的に冬華は春菜の膝の上でご飯を食べている。

 宏に関しては、初っ端にいろいろあったせいで、冬華を膝に乗せると相当身構えてしまう。なので、ライムと違って冬華が宏の膝の上で食事をしたことは一度もない。

 このあたりは冬華の自業自得であろう。

「で、文化祭の方は、そこまで凝ったことはできないだろうからって、焼き芋とか豚汁とかおでんとか、事前準備もそこまで必要じゃない物を売ることにしたんだ」

「豚汁とおでんはともかく、焼き芋って結構大変じゃない?」

「それに関しては、綾瀬教授の発明品を借りるつもりでおるんよ」

「あの人、そんなものまで作ってたの……」

 機材についての予定を聞かされ、思わずうなる真琴。宏以上に何でもありな天音だが、焼き芋製造器のような一般家庭で食べるぐらいなら通販で十分すぎる性能の製品が売られているものまで自作しているとは思わなかったのだ。

「なにかの実験のついでに、新技術の検証もかねて作ったって言ってたよ。で、二回ぐらい使って倉庫行きだって」

「なんか、ものすごく無駄な事してる気がするなあ、それ」

「実験機っちゅう奴は、大部分がそういう運命やで」

「というか、達兄。石焼き芋製造器とか、一般家庭でも一回か二回使ったらそのまま忘れ去られる運命」

「まあ、そうなんだがなあ。っつうか澪、お前そういうところだけ一般常識が備わってるんだな」

 澪の実に正しい指摘に、思わず苦笑する達也。箱入り娘もいいところだった澪から、そんな正しい指摘が飛んでくるとは思わなかったのだ。

「他にも、ご家庭で屋台やお店のあれが作れる! って類の物は、大抵何回か使ってそのまま忘れ去られるよね~。うちもタッちゃんと結婚したときに実家から押し付けられた餅つき機、一回しか使ってないし」

「そう考えると、似たような器具の代表格であるタコ焼きプレートの、大阪での活用率は異常」

「大阪やと、小学生にもなればどんなどんくさい子でも、たこ焼きぐらいは大概焼けるからなあ……」

 日本の便利グッズや面白道具の類について、思わずそんな話で盛り上がってしまう宏達。割とどこの家庭でも、探せばそういう何かが出てくるものだ。

「で、話を戻すとして、店のガワとかはどうすんだ?」

「まだ決まってない、というか、何やるかの申請が通ってから決める感じ」

「機材の電力とかガスの使用量が分からんと、完全な許可は下りんねんわ」

「なるほどな」

 未決定の理由に納得し、ゴーヤチャンプルーをつつきながら軽く焼酎に口をつける達也。流石にホームセンターで調達した苗なので味では神の野菜に大きく劣るが、それでも普通にスーパーで買えるゴーヤよりはうまく、酒も飯も進む。

「そういえば、澪のところは体育祭とか文化祭の類、どうなのよ?」

「体育祭に関しては、ボクは基本見学。表向きは治療の副作用とか含めた経過観察中だからだけど、本当の理由はまだ運動能力のごまかしがきかないから」

「でしょうねえ。宏と春菜も、それでものすごく苦労してたものね」

「ちなみに、うちはまだ中学だからか、体育祭は名前が運動会だった」

「へえ。運動会と体育祭って、どこで線引きになるのかしらね?」

 澪の補足を聞き、そんな疑問を漏らす真琴。真琴の疑問に、他のメンバーも首をかしげるだけで特にコメントはしない。

「……まあ、分かんないわよね、そんな細かいこと」

「正直、高校は体育祭だった記憶はあるが、中学が運動会だったか体育祭だったかとなると、もう覚えてねえしなあ。それに、よその中学がどっちか、なんて話になったら余計に知るわけねえし」

「タッちゃんに同じく、かな」

「私は澪ちゃんと同じ中学だから、参考にならないしね」

「中学時代の事なんざ、思い出したくもあらへん」

「別にどうでもいい疑問だし、分かんないなら分かんないで忘れちゃっていいわよ」

 主に宏を中心に微妙な空気になったことを受け、さっさと話題を切り上げる真琴。どうせ風呂にでも入れば忘れる程度の些細な、心底どうでもいい疑問だ。

「で、澪。基本的に見学、って言ってたけど、見学じゃないのって何かあるの?」

「ん。応援合戦で目立たない所に立たされる。一応参加しましたっていうアリバイ作り」

「ああ、確かに参加した気分になれつつ激しい運動とか一切ない、当たり障りのないやり方ね」

「そう。鉢巻して三々七拍子するだけだから、いくらでも誤魔化せる」

 微妙な空気を払拭するように、他に気になっていたことを確認する真琴。真琴に乗っかり、唯一参加する種目(?)について説明する澪。学校側もいろいろ慎重に気を遣っているのが分かるその扱いと、澪自身の現状との乖離の激しさになんとなく申し訳なくなり、思わず遠い目をする宏達。

「今年いっぱいは特例措置で、体育は全部見学なんだよね、確か……」

「体弱いと勘違いさせて気ぃ使わせてんのんが、ちょっとどころでなく申し訳ない感じやでな……」

「実はその特例措置、今年いっぱいじゃなくて今年度いっぱいに伸びそうな感じ」

「……もしかして、他の患者との兼ね合い?」

「ん。もう一人いた同年代の子が、どうにも体力の回復とかが遅れてるみたいで、ボクも何があるか分かんないからって延長する方針らしい」

 春菜の確認にうなずき、補足説明を入れる澪。

 澪に使われた薬に関しては、治験での効果こそ百パーセントではあったものの、やはり予後の経過が思わしくない人が数人出てきている。

 むしろ、澪ほど副作用だの後遺症だのが出ておらず、予後の回復が早かった患者の方が稀である。後遺症や副作用による薬害こそ一件も出ていないものの、筋力の回復とリハビリに時間がかかって社会復帰が八月になった患者が大多数だったのが、今回の治療の結果なのだ。

「とりあえず、配慮のおかげでスク水でこの貧相な体さらして自虐ネタする事態だけは避けられたのがうれしい」

「貧相って、中一ぐらいだったら今のあんたとそんなに変わんないんじゃない?」

「真琴姉、今時の中一を甘く見ちゃダメ。ヘタすると、今の深雪姉のサイズでも小さいほうに入りかねない」

「うへえ……」

 今時の中学生の発育について聞かされ、思わずうなる真琴。

 実際のところは、さすがに現在BとCとの境界線上にいる深雪が平均以下、という事はないのだが、それでも澪のクラスに一人いるEカップの大台に乗っている女子を筆頭に、どこのクラスにもDぐらいある子は二、三人いる。澪のお世話係に任命された凛もさりげなく深雪と大差ない体形だったりしており、澪の言い分はやや誇張されてはいても嘘とまでは言えないところにある。

 少なくとも、現在の澪が身長でも胸でもクラスで最下位争いをしている事だけは事実だ。

「ねえ、ママ」

「どうしたの?」

「澪おねーちゃんだけ体が小さくなったの、どうして?」

「えっと、どう説明したらいいかな?」

 主に澪の胸元に視線を向けながらの冬華の質問に、どう答えたものかと頭をひねる春菜。澪だけでなく全員の肉体時間が巻き戻った理由を、どう説明すればいいのかが思いつかないのだ。

「ん~。冬華は、一度私達の体の時間がこっちの世界に初めて来た時まで巻き戻った、っていうのは知ってる?」

「うん」

「その時にね、こっちで体が成長した分がなかったことになって、こっちに飛ばされる前の体格になったんだよ。澪ちゃん以外は飛ばされる前から成長期が終わってたから、巻き戻ってもちょっと見た目が若くなるぐらいで変化がなかったんだけど、澪ちゃんはちょうど体が大人のものになってる最中だったから、目立つ形で体格が変わっちゃったの。私達の場合は若くなるって言っても、基本的に一年ぐらいだと全然わからないぐらいだしね」

「へ~」

 春菜の説明に、感心しつつ納得する冬華。どうやら、そもそもなぜに巻き戻ったのか、というより巻き戻す必要があったのか、という点に関してはどうでもいいらしく、そちらに関しては質問してこない。

「後、うんどー会とかたいいくさいって、どんな感じ?」

「うわあ……。何も知らない相手に説明するのに、一番難しい質問が来たよ……」

 冬華の質問に、非常に困った表情を浮かべてしまう春菜。これに関しては現物を見せるのが一番なのだが、どうやって現物を見せるか、となると悩みが深い。

「そうだね……。今度、私の小学校時代の運動会とか、そのあたりの映像がないか探してくるよ」

「それかいっそ、実際に運動会をするかね」

「ああ、それもいいよね」

 冬華に説明する方法をあれこれ話し合っているうちに、またしても話が大きくなる種類の提案が飛び出す。

 そのままいつものノリで突っ走りそうになっている春菜と真琴に対し、慌てて達也が割って入る。

「ちょっと待てちょっと待て。やるっつって、どこでやるんだよ? あと、どうやって参加者集めるんだ?」

「場所は……、ここにグラウンド作って?」

「もしくは、ウルス中に点在してる憩いの広場を使わせてもらうか、ね」

「いっそ、エルちゃん経由でレイオット殿下を巻き込んで、ウルスのイベントとしてやっちゃうとか」

「待て待て待て。どれもこれも、絶対に無駄に話がデカくなるぞ!」

 予想通り、深く考えずに企画を立てようとする春菜と真琴に、達也が全力で阻止の突っ込みを入れる。

「つうか春菜、思い付きの企画で王族を巻き込むな!」

「でもこの場合、むしろ巻き込まないと後で絶対拗ねて文句言ってくるよ?」

「だからこそ、いちいち巻き込むなっつってんだよ!」

 春菜の悪びれない言い分に、据わった眼でそういい返す達也。

 拗ねて文句を言ってくるレベルとなると、巻き込んだ場合は絶対に全力を出すのが目に見えている。いくら今更だとしても、これ以上ウルスに余計な影響を与えるのは気が引けるのだ。

「とりあえずやるやらんに関しては、場所の問題とかレイッちら巻き込むかどうか以外にも、どの年齢層をターゲットにするかっちゅうんも問題になってくんでな」

「まあ、大人向けと子供向けで種目とか変わってくるのは当然だし、同じ種目をやるにしても大人と子供はグループ、もしくは大会そのものを分けないとだめだろうけど、それって別に大した問題じゃないよね」

「いや、そんな些細な話やなくてやな。子供の部でやった場合、多分やけどファムとライムが無双すんで」

「……ああ、問題ってそっちの方か。言われるまで気が付かなかったよ」

 珍しい宏からの突っ込みを受け、素直に考えが及んでいなかったことを告白する春菜。

 ファムとライムに関しては、常日頃の濃すぎる経験と鍛錬の結果、八級ぐらいの冒険者と互角程度の身体能力は持っている。一応年齢制限があって十級のままではあるが、普通に勝負させれば、ウルスにいる冒険者の半数近くはファムはおろかライムにも勝てない。

 ゴブリンのような成熟が早い種族を別にすれば、年齢一ケタでファムやライムに勝てる子供などまず存在しない。そうなってくると、子供だけで運動会をやってもあまり盛り上がらない可能性がある。

「そういえば春菜ちゃん、工房がある地区の子供、全体的にすごく運動神経いいよね~」

「それ多分、ファムちゃんとライムちゃんが一緒に遊んでるからだと思うよ。よく鬼ごっことかかくれんぼとかやってるから、そのせいじゃないかな?」

「そういえばおやつとかも、うちの食材使ったのを持ち出しては配ってたわね」

「……チーム戦になると、ますます勝負にならないかあ……」

 宏の突っ込みから、次々に問題点が引っ張り出されていく。

 フェアクロ世界はスキルの存在による影響から、地球に比べて身体能力の個人差が激しい。上手く鍛えた人間だと、それこそ漫画やアニメに出てくる超人さながらのすさまじい動きを平気で行ったりする。

 ビルの三階程度まで軽いジャンプで飛び乗れる人間がゴロゴロと、とまではいわないが普通にどこにでもいる世界で運動会となると、相当しっかり企画を立てないと危険だろう。

「あとな。外でやる場合、冬華をここから出してもうて大丈夫なんか、っちゅうんもあるんよ」

「あ~……」

 さらなる宏の突っ込みに、春菜が気が付かなかったとばかりに声を上げる。

「正直なところ、精神的な意味ではそろそろ外に出して他人との交流を図らんとヤバいとは思うんやけど、生まれた経過が経過だけに、冬華の肉体が外に適合できるんかどうかっちゅうんと、外の世界の方が冬華の体から変な影響受けんかどうかっちゅうんが分からんのよ」

「そうねえ。確かにそこは厄介なところよね」

「っちゅうて、冬華に運動会の実物見せるっちゅうんが企画の始まりやねんから、冬華をここに置き去りっちゅうんは本末転倒やしな」

「そのあたり、誰にアドバイスをもらえばいいのかが分からないんだよね」

「アルフェミナ様とかに聞けばええ、っちゅうたらそうやねんけどなあ……」

 宏が言葉を濁した理由を察し、冬華以外全員が小さくうなずく。アルフェミナをはじめとしたフェアクロ世界の神にアドバイスをもらえば、まず間違いなく宏達の話し合いの内容がそのままエアリスにもれてしまう。

 割とまじめで貧乏くじ係のアルフェミナも、なんだかんだと言って祭りの類は大好きだ。運動会のような分かりやすいお祭りに食いつかないわけもなく、この相談を持ち掛けた時点でエアリスを誘導し、なし崩しに宏達を巻き込んで国を挙げての一大イベントまで育て上げるのは目に見えている。 

 上手くそのあたりを隠して冬華の事を相談すればいいのだろうが、この手のパターンだとそういう思惑を無視して冬華本人が運動会のことを口にする可能性が高い。子供というのは、そういう秘密は守れないものである。

 それで冬華の外出がOKであればウルスの運動会に骨を折るのは構わないが、冬華がまだ外に出られないとなったら目も当てられない。

「あんたたちの指導教官にアドバイス貰うのは?」

「聞いてみんと分からんところやけど、多分貰えんやろうなあ」

「どうしてよ?」

「単純な話で、こういうのは本人見せんと正確な判断できんけど、教官らがここに出入りするにはまだまだ神の城自体の完成度が低くてなあ……」

「アルフェミナ様みたいに、眷属とか巫女の類をこっちに寄こしてもらって、その目を通して確認してもらうのは?」

「教官は、そういうの持ってへんねん。持てん訳やないけど、必須やないのに持つといろいろ気にせなあかん事が出てきて、その割に大してメリットあらへんから、ものすごい煩わしいんやと。実際、おったところで、お華さんの代わりにうちら探させるっちゅうんすらできんしなあ」

 宏の説明に、なんとなく納得する真琴。よくよく考えてみれば、世界各地の神話でも、部下だの予言者だの巫女だの化身だのを持っていない神なんて、いくらでもいる。

 現実問題として、フェアクロ世界の神々のように巫女なしでの干渉が厳しいルールで縛られているとか、信仰心がそのまま存在の維持に直結しているとか、そういった居ない事のデメリットが大きいあり方をしている神以外、眷属や巫女の類を持つ必要性はあまりない。

 なので、現在眷属や巫女の類を持っている信仰などに依存しないタイプの神々は、大半が過去のブームに乗って特に必要もないのに作った神である。その後ブームの終息に伴い、必要がないから持つのをやめたり、何も持っていないのも寂しいからとスマホを普通の携帯電話に切り替えるノリで眷属から低コストな巫女に切り替えたりと、かなりいい加減なことをしているのが実態だ。

 切り替えられたり眷属から外されたりした側はたまったものではないが、基本的に神々というのはそういうものなので特に問題にはなっていない。というより、問題になっても放置されて終わりである。

「とりあえず、相談だけはしとくから、運動会の方は保留な」

「そうね」

「映像の方はいろいろ探して用意しておくから、冬華は一旦それで我慢してね。文化祭の方も、それっぽいの探しておくから」

「うん!」

 現時点では結論が出せぬと判断し、冬華への説明はホームビデオなどでの映像を使ってすることで話を終わらせる宏と春菜。ついでに、どうせ聞かれるだろうと文化祭についても先手を打って宣言しておく。

 実際に冬華に運動会を体験させる、というのにも惹かれるが、実現にはハードルが高すぎる。 

「で、話変えるけど、焼き芋の方はいつきさんが機材の受け取りと持ち込みやってくれるんやっけ?」

「うん。持ち込みの許可取らなきゃいけないから、今の時点ではまだいつとは言えないんだけど、日程が決まったらその日の放課後に持ってきてくれるって」

「丸投げで悪いけど、そのあたりの事務的な事とかはよろしく頼んどいて」

「伝えておくよ」

 話題転換のついでに焼き芋の機材について確認を取り、事務的なやり取りを済ませる宏と春菜。そのまま、話題は文化祭全般に移る。

「で、運動会で盛大に脱線して聞きそびれたけど、澪のところの文化祭ってどんな感じ? というか、そもそも文化祭ってあるの?」

「模擬店とかは一切なしで、午前中と放課後は各クラスと部活の展示物を見て回って、午後は全員体育館に集められて舞台系の出し物を見学する感じ。当然、部外者の出入りは一切なし」

「ああ、なるほど。お堅い内容の研究発表会みたいな感じなのね」

「ん。ついでに言うと、一年は発表の時間や生徒の準備能力の問題で、クラスでの展示や出し物は無し。やるのは二年生以上と文科系の部活だけ」

「なるほどね」

「真琴姉のところは、どうだったの?」

 澪の中学の話を皮切りに、真琴や香月夫妻の中高での文化祭に話が及ぶ。運動会同様地域性がたっぷり現れる内容に、この日の夕食は大いに盛り上がるのであった。







 そして、その週の金曜日。

「へえ、これが焼き芋機かあ……」

「単に焼き芋作るだけの機械なのに、すごいメカニカルでハイテクっぽいよなあ……」

 放課後にいつきによって持ち込まれ、宏と山口の手で教室に運び込まれた焼き芋機に、クラス中がどよめいていた。

「サイズの問題で二人がかりで運んだが、この重さだったら屋外なら一人でも運べそうだな」

「せやな。いったいどんな材質で出来とんのか不安になる軽さやで」

 とりあえず机を寄せて作ってもらった空間に、全高百五十センチ、直径八十センチほどの大きな筒状のメカを設置しながら、正直な感想を言い合う宏と山口。

 このサイズだというのに、持ち上げた感じではペットボトルの飲み物二十四本入りの箱と大差ないぐらいの重さしかなかった。正確な重さは分からないが、実際のところは十~十五キロといったところであろう。

 軽いとは言わないが、健康な若者なら運べと言われて普通に運べる重さである。

「で、どうやって使うんだ?」

「ちょい待ち、今マニュアル見とるから」

 好奇心がうずいてしょうがない、という態度の春田に待てを言いつけ、一緒に用意されていたマニュアルを確認する宏。春菜はその間、一緒に持ち込んだ芋を一番近くの水道(当然トイレではない)まで運び、再度確認しながら洗って布巾で拭いていく。洗い終わった芋は、ある程度まとめて蓉子と美香が教室へ運ぶ。

「……なるほど、内部のジェネレーターで無限にエネルギー供給しおるから、電源の類はいらんねんな。あと、中のシステムで電力使うて蒸し焼きにするから、ガスも不要、と。ジェネレーターの起動のために水電池使うんか」

「ジェネレーターで無限にエネルギーを供給、ってところですでに突っ込みどころだが、そこは置いといて。水電池ってなんだ?」

「電解液に普通の水使うタイプの電池があるんよ。災害時の緊急用に、水注ぐだけで電力供給開始する奴があってな。そんなすごい電力は出せんけど、最近のんやと一回の水の補充で災害用の省電力型ラジオ一週間ぐらい、っちゅうんもあったなあ」

「へえ。そんなに持つのか。ってか、そもそもそんな電池があること自体知らなかったぞ」

「逆に言うたら、その程度しか持たんとも言うけどな。まあ、超どマイナーな電池やから、知らんでも別におかしないわなあ」

 そう言いながら、指定された場所に水を入れる宏。水なら何でもいいと書かれてはいたが、とりあえず今回はまだ未開封のミネラルウォーターを分けてもらい、ペットボトルの蓋を使って注いでいく。

 どうやらその程度の量で充分に起動するらしく、起動中のランプが点灯してスタンバイモードに入る。それを確認した後、一番上のふたを開けて、洗い終わった芋を数本入れる。中で芋が転がっているらしい音が聞こえ、スタンバイランプが運転中ランプに切り替わる。

「で、この後十五分ほどしたら最初に投入した芋が完成、と」

「十五分か……」

「まあ、そんなもんやろ。ちなみに、特殊な内部構造のおかげで、一回で百キロ以上一気に焼けるそうやで」

「……物理的に容積が合わなくないか、それ……」

「綾瀬教授のやることやねんから、いちいち常識を気にしとったらあかんで」

 そう言いながら、次々と芋を放り込んでいく宏。

「で、この焼き芋機、何の実験のために作ったんだ?」

「取説読む限り、内容物にダメージ与えんと容積誤魔化して大量に詰め込めるようにする技術と、水電池で起動するジェネレーターの技術みたいやな」

「……暴走とか爆発とかしないだろうな、それ」

「そんなもん、教授が貸すわけないやん。それにそもそも、このジェネレーター、結局産業用に使えるレベルまでは出力上がらんで、電熱系の調理器具ぐらいにしか使えんから、製造コストとの兼ね合いで今ん所お蔵入りっちゅう代物らしいし」

「だったらいいんだが……」

 取説を見せながらの宏の説明に、納得いかないながらも一応追及をやめる山口。説明書にも三日連続での使用実績ありと書かれているのだから、とりあえず大丈夫だろうと思っておくしかない。

 余談ながら宏以外は春菜ですら原理を聞いても理解できないこのジェネレーター、安全性試験のためにあえて暴走させて爆発させたことがあったのだが、爆竹並みの派手な音をした割りに爆発そのものは子ポメ程度のささやかなもので、少なくともこれ単体では爆発事故など起こしようがない事が確認されている。

 当然ながら粉塵爆発などの原因になる可能性ぐらいはあるし、加工すれば爆弾や兵器にすることは可能だが、それを言い出せばどんな電池だって爆発物に改造できるのでキリがないところである。

「そろそろ最初に入れた分が完成やな」

 焼け具合パネルを確認しながら質問に答えていた宏が、完成間近だと告げる。その瞬間、女子たちの空気が変わる。

「とりあえず、こういうんはレディファーストっちゅうことで、まずは女子から食うてもらってええか?」

「お、おう」

「そ、そうだな」

「まあ、すぐには女子全員に行き渡らんから、最初の一個はとりあえず味見と毒見もかねて春菜さんかなあ」

「そうだね。芋を持ち込んだのも私だし、機械作ったのも私の身内だしね」

 そう言いながら、宏から手渡された最初の一個を受け取り、とりあえず二つに割って皮をむく春菜。その瞬間、教室中に、どころか隣のクラスにまで、焼き芋の芳醇な香りが漂っていく。

「……うん。ちゃんと焼けてるし変な味とかもしないよ。芋が傷んでないのは当然として、機械の臭いとかも特に移ってないよ」

「そかそか。ほな、どんどん配ってくからどんどん食うて。熱いからやけどせんように気ぃ付けてや」

 春菜の答えを聞いてそう宣言し、宣言通りに次々に芋を取り出して配っていく。

「あつ、あつつ…………、美味しい!」

「すごい立派なお芋だよね、これ」

「この大きさ、焼き芋屋さんで買ったら、五百円じゃきかないわよね」

 渡された芋の大きさと味に、口々に喜びの声を上げる女子生徒たち。それを見ていた男子の胃袋が小さくなり、生唾を飲み込む音が各所から聞こえてくる。

「女子には行き渡ったみたいやし、お待ちかねの男子の分や」

「おう! やっとか!」

「正直、いい加減たまらん!」

 そう言いながら宏から芋を受け取り、皮をむくのももどかしいとばかりに豪快に割ってかぶりついていく男子たち。焼き芋屋さんで買うと高くつく大ぶりのイモは、瞬く間に若い胃袋の中に消えていく。

「ねえ、もうお芋は終わり?」

「後は職員室と生徒会室に持っていく分やからなあ」

「そっかあ、残念……」

「まあ、また前日辺りに試運転兼ねて焼くから、その時にしこたま食うたらええやん」

「うん、楽しみにしておくね」

 どうやら物足りなかったらしい美香が女子の代表として宏に確認し、答えに納得して引き下がる。そのやり取りを聞いていた安川が、ふと気になったことを口にする。

「このお芋、結構な数だけどお金出さなくていいの? 藤堂さんのおうちはお金持ちみたいだから気にならないかもだけど、さすがに段ボールひと箱分はちょっと……」

「お金に関しては大丈夫だよ。気にしないで」

「一応、各クラスの予算から出せるんだけど、本当にいいの?」

「うん。だってこのお芋、私たちの手作りだから」

「へっ?」

「せっかくの手作りだし、みんなで食べようと思って持ってきたんだ。決まったのが結構急だったから熟成期間がちょっと足りてなかったけど、結構いい味でよかったよ」

 芋を手作りする、という言葉の意味を一瞬理解できず、その場で固まる安川。その様子を見て、宏が助け舟を出す。

「なあ、春菜さん。自分とこの畑で育てた作物って、手作りっちゅう表現は正しいんか?」

「間違ってはいないと思うけど……」

「手作りっちゅうと色々語弊があるから、自家製でええやん」

「ああ、確かにそうだね」

 宏の指摘を受け、素直に言葉のチョイスを間違えていることを認める春菜。その会話を聞いていた蓉子が、ポツリとつぶやく。

「サツマイモを手作りって、二重の意味で間違ってるわよね……」

「まあ、東君と春菜ちゃんだから」

 蓉子と美香のその会話は、宏と春菜を除く全員一致でクラスの総意となるのであった。
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