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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第12話

「そろそろ大丈夫そうだから、明日ぐらいに詩織さんをウルスに連れて行こうかと思うんだけど、どうかな?」

 夏休みに入って最初の金曜日。今日も今日とてチャットルームで受験勉強をしていた宏達に、春菜がそう提案する。

「いいんじゃない?」

 春菜の提案に真琴が同意する。宏と澪も特に反対する気はないようだ。

「ウルスに連れて行くんは問題ないんやけど、さすがにそれだけやと時間余りまくんでな」

「そうだね。宏君と澪ちゃんの指導予定次第、って感じだけど、ウルス以外にもいきたいよね」

「ん。でもとりあえずはどこか行くにしても、詩織姉を殿下たちに紹介してからになると思う」

「まあ、そうやろうな。っちゅうか、よう考えたら、ウルス城見学させてもらうだけでも十分時間潰せそうな気ぃするわ」

「ウルス城も広いからねえ。建物内部のあたし達部外者に見せて大丈夫なところだけでも、大型ショッピングモールぐらいの広さは余裕であるものね」

 ウルス城の見取り図を思い出しながら、そんなことを口にする真琴。実際のところは庭園だのなんだのを含めるとショッピングモールなんて目ではなく、飾られている絵だの壺だのを全て見て回ればそれだけで一日二日は余裕でつぶせるだけの規模がある。

 レイオットたち城の住人からすればもはや興味の対象ではないそれらも、外部の人間には十分すぎるほどの観光資源となるのだ。

 もっとも、地球人にとってウルス城の一番大きな観光資源となる要素は、現時点で実際に政治にも軍事にも使われ、王族以外の生活の場としても機能しているという点かもしれない。

 この規模の西洋的な建築様式の城となると、軍事拠点及び行政の場としての全ての機能が実際に使われて、その上で多数の人間の生活の場にもなっているものは現代地球にはほぼ存在しない。ヨーロッパの場合、今でも存続しつつ過去に平方キロオーダーの城を建造しそれを現代まで維持できる国力がある国に関しては、少なくとも軍事拠点としての機能は既に失われている。

 さらにほとんどの国において立法や行政の場として城を使うことはなくなっており、使われるとしても象徴となっている王族の住居兼外交の場というのが基本である。

 戦争が白兵戦主体から制空権の奪い合いや飛び道具による大規模破壊、もしくはゲリラや自爆テロなどの非正規戦闘に主体が移り、政治的にもほとんどの国で王政が過去のものとなった今のヨーロッパに関しては、城が政治的・軍事的な中核施設となる時代ではなくなっているのだ。

 などとは言うものの、残念ながら生活の場として使われているところに余所者が出入りできる訳ではないので、結局生活感がそこかしこににじんでいる事ぐらいしか、現実に使われている城だと感じられる要素はないのだが。

「それで物足りないなら、冒険者協会に連れて行って登録試験を受けるのもいいかも」

「そうね。そっちもやっておいた方が世話がないわね」

 詩織の冒険者登録について思い出した春菜の言葉に、真琴が同意する。今後向こうでいろいろ連れまわすのであれば、冒険者になっておいた方が何かと便利だ。

 今の詩織のスペックなら登録試験ぐらい楽勝ではあろうが、なんだかんだと言って登録作業は細々と時間がかかる。登録とレイオットたちへの顔つなぎにウルス城の見学、となると、一日ぐらいはあっという間につぶれそうだ。

「ウルスの観光自体は、次の日に回した方がよさそうな感じやな。具体的には漁港の朝の競りとか市場とか」

「ん。ウルス食い倒れツアーはまたの機会に」

「結局、食べることがメインに来るのね……」

「そうは言うけどなあ、真琴さん。ウルスで他に連れていくっちゅうたら、あとはせいぜい中央公園ぐらいやで。それとも、真琴さんは何か当てあるん?」

 宏にそう言い返され、しばらく考え込む真琴。いろいろ考えた末に小さく、だが深くため息を吐き出しながら、宏の反論に同意する。

「そうねえ。ルーフェウスやアルファトならともかく、ウルスって食べ物が絡まないとなると、案外観光できるような場所無いのよねえ……」

「せやろ?」

「無いっていうか、歴史的建造物とかは大半が一般人立ち入り禁止で、演劇とかその手の文化的な娯楽は、建物はともかく内容的にはウルスで見るならアルファトに連れていくし、って感じで、ウルス城を見ちゃうと食べ物が絡まないところがほとんど残らない、っていうのが正しいよね」

 真琴と宏の会話に、春菜がウルスの名誉を守るために口を挟む。

 実際、三千年もの歴史を持つ国の、それも一度も遷都をしていない首都に、観光的な意味での見どころがないなどということはあり得ない。単に、エッフェル塔や凱旋門、自由の女神像のような分かりやすいランドマークがウルス城以外に存在せず、それ以外の見ごたえがある場所も大半が軍事や政治、祭祀などの機密に引っかかるため非公開になっているだけである。

 さらに、祭りのような観光向けのイベントが特定の時期に集中しすぎている上に、新年祭以外は規模が小さくて地味な事も、ある程度観光慣れしてはいるがヨーロッパの人々ほどではない日本人を案内するのに向かなくなっている点であろう。

 結果として、詩織を連れまわすとなると、どうしても食い倒れツアー以外にいいものが無いのだ。

「あたしとか達也みたいな飲兵衛にとっては、ウルスはいいところなんだけどねえ」

「日付変わるまでやっとる店、いくらでもあるからなあ」

「他に飲兵衛に優しい国って、フォーレぐらいなのよねえ」

「っちゅうか、朝まで宴会がデフォになっとるフォーレとかがおかしいだけで、普通は明かりも整備されとらんのに日付変わるまで店なんぞできんでな」

 ウルスが持つ他の都市にない特徴について、そんな会話をする宏と真琴。ウルスは大都会だけあって、歓楽街以外にも日付が変わるまでやっている店というのが結構あるのだ。

 とはいえ、ウルスの場合、大都会だというのに意外と夜の店は健全で、歓楽街以外で深夜営業をしている店のほとんどが食事と酒を提供しているだけの店だったりする。多少いかがわしいところでせいぜい店のお姉さんが飲みに付き合ってくれる程度で、それすらも賄いを食べながら酔わない程度に飲みつつ話に付き合ってくれるだけである。その場合、口説く口説かれるは自己責任だが、金や暴力でどうにかしようとすると、店の店主や入り浸っている冒険者が追っ払いにかかる程度には健全だ。

 いわゆる性風俗や賭場の類も存在はするが、そのあたりはきっちり歓楽街か暗黒街に隔離された上でよく管理されている。特に賭場は暗黒街にあるもの以外はすべて国の管理下にあり、歓楽街の賭場で遊ぶ分には丸一日遊んで五~十クローネの損を出す程度となかなかに健全な仕様となっている。

 性風俗の類も国が直接運営こそしていないが、歓楽街に存在するものは場合によっては戦場帰りの騎士たちが利用することもあってか、結構な頻度で国の抜き打ち検査が入る。そのため、娼婦たちの健康管理もしっかりしており、ここ数世紀は歓楽街の娼館で性病が流行した、という話は聞かなくなっている。

 もっとも、こういう部分が暮らしやすくはあるが面白味が足りない街となっている原因の一端を担っているのは間違いなく、結局目玉がこの世界の中では進んだ食文化と世界中のほとんどの商品が流通している中央市場という、モノの消費に偏らざるを得ないのだろう。

「そもそも根本的な話、夜のウルスに関しては詩織さん連れまわすのに関係ないよね?」

「せやな。どうせ夜中はウルスうろつきまわれるような場所に泊まらんし、夫婦そろって異国で深夜徘徊とか、そうでのうても手遅れ気味の澪の教育にむっさ悪いで」

「師匠、それを見てあこがれるほど、ボクは手遅れじゃ……」

 今までの実績をもとに、今更過ぎる上にすさまじく言いがかりじみたことを言ってのける宏。その宏に対し、澪が控えめに抗議の声を上げる。

 実際、澪は夜の歓楽街なんてものに、それほど興味もあこがれもない。色々タガが外れていそうな見知らぬ酔っ払いがたくさんいるであろう深夜帯の飲み屋など、澪が近寄りたいと思うようなフィールドではないのだ。

 唯一好奇心がそそられるのが娼館ではあるが、それとてプロのお姉さま方はどんなテクニックで男たちを満足させているのか、というある意味思春期らしい興味があるだけである。自身の安全が保障されているのであれば一度ぐらいは入ってみたいが、安全が確保されていない状況で足を踏み入れたい訳ではない。

 自分のようなコミュ障が下手に足を踏み入れて、いつの間にやら客を取らされていたとなると目も当てられない。その可能性を警戒するぐらいには、澪は社会の裏側に警戒心を持っている。

 エロに対して限りない探求心を持ってはいても、宏以外の男相手に実践するのはいくら金を積まれても絶対お断りしたい程度には、澪も手遅れなりにちゃんと潔癖な部分を持った乙女なのであった。

「で、飲兵衛の話で思い出したんやけど、詩織さんってどんぐらい飲む人なん?」

「あ、それはちょっと気になるかも。私達の前だと自制して、飲んでも付き合いでグラス一杯とかその程度だし」

「澪はまあ知らんやろうとして、真琴さんは一緒に飲んだこととかない?」

「終電逃したときとか達也に飲みに誘われたときとかに、二度ほど一緒に飲んだことがあるんだけどね、詩織さんも結構なウワバミよ。ただ、アッパー系の酒癖持ってるから、外ではあんまり沢山飲ませたくはないのよねえ」

「アッパー系か。笑い上戸とかそんな感じ?」

「あと、抱き癖かしら。さすがに達也以外の男に抱き着いたりはしないけど、女の人にはすぐ抱き着くわね。後、ぬいぐるみとかちっちゃい子供にも」

「なるほどなあ。っちゅうか、ちっちゃい子供に抱き着いたところ、見たことあるん?」

「詩織さんと一緒に飲んだ一回目が、飲みに誘われたパターンで達也の家の近所の居酒屋だったのよ。で、まだ六時前の早い時間からつい調子に乗って飲んじゃって、すっかり出来上がった詩織さんがそこでお手伝いしてたライムぐらいの歳の子にね」

 なんとなくしっくりくる詩織の酒癖に、思わず心の底から納得してしまう宏。同性に対する抱き癖は宏や達也が持っていれば視覚の暴力だが、詩織ならそんなに問題にならない気がするあたり、容姿と性差と雰囲気は重要である。

 もっとも、達也に関していえば、抱き着く相手によっては一部の趣味の持ち主が鼻血を噴射しながら大喜びする可能性は否定できないのだが。

「まあ、そこら辺はうちらが酒出す量調整して、その上で兄貴と真琴さんがちゃんと自重してくれれば回避できる問題ではあるなあ」

「そうね。っていうか、そもそもアズマ工房でお酒飲むのって、王様たちと神様たちが来てなきゃ、あたしと達也だけだものね」

「せやで。っちゅうか、飲ましても気にならん歳の人が、兄貴と真琴さん以外は管理人チームとテレスと新人組のカチュアだけやからなあ。管理人チームは一応職場やからっちゅうて食前酒ぐらいやし、テレスはそんな酒好きでもないみたいやし」

「カチュアは神官時代の習慣が残ってるのと新人だから遠慮があるのとで、出されない限り絶対飲もうとしないしねえ」

 詩織の酒癖を確認するついでに、アズマ工房の飲酒事情について語り合う宏と真琴。真琴と達也、およびそれなりの頻度で顔を出す来客たちのおかげで酒の消費量が人数相応のものになっているが、実のところアズマ工房では酒を飲む人間はそんなにいない。

 なお、カチュアとは今まで名前が出てこなかったアズマ工房新人組四人の最後の一人で、元イグレオス神殿の神官をしていた女性の名前だ。ちなみに、プリムラの後輩でもある。

「……なんかこう、協会に登録してレイっちらに紹介して、城見物したら後はファムとライム愛でて二日間終わりそうな気ぃしてきたわ」

「……うん。私もそんな気がしてきた」

「……詩織姉、ファムとライムにメロメロになりそう」

「……あ~、否定できないわね」

 その後も詩織の好みそうなものなどを話しているうちに、そういう結論に到達する一同。結局、どこを案内するかは当日時間が余ってから考えよう、ということで落ち着くのであった。







 そして、詩織が初めてウルスに足を踏み入れる当日。

「親方、おかえりなさい!」

「おう、ただいまや」

 いつものように、転移陣から出てきた宏達を、ライムが出迎える。

 ただし、いつもなら宏にまっすぐ飛びついてくるライムが、この日は駆け寄って来はしても飛びついて抱き着こうとはしなかった。

 その事に内心で首をかしげながらも、笑顔で応じる宏。

「ライム、じゃない、わたし、親方にお話ししたいことがいっぱいあるの!」

「ほほう? こっちも、ライムらに紹介したい人がおるし、食堂でお茶でも飲みながら話そうか。朝飯はもうすんどるんやろ?」

「うん!」

 ライムが飛びついてこなかった理由を続いての言葉から察し、もうそんな年頃かと納得しながら話を進める宏。子供というのは、知らないところで育っているものだ。

「ほな、悪いけどファムらを食堂の方に呼んできてくれんか? ついでに、レラさんか誰かにお茶も頼んどいて」

「は~い!」

 宏の指示を受け、軽やかな足取りで作業場へ向かうライム。この時間は材料を採りに行く必要がなければ納品用のポーションを作っているので、基本的に全員作業場に揃っているのだ。

 ちなみに、最近は納品用のポーションの材料は、大部分をジノ達が集めてきている。ウォルディス戦役の時のスパルタが効いてか、今のジノ達は無理をしなくても、七級以下の標準のポーションに使う材料なら一時間ほどで二日分から三日分ぐらいの納品分を集められるようになっているのだ。

 そのため、最近のファム達は、採取はもっぱらオルテム村近郊で手に入る六級クラスの素材がメインとなっており、七級以下のものは大口の注文が重なった時ぐらいしか採りに行かなくなっている。

 なお、ファム達が作っている六級以上のポーションは、各国の政府や冒険者協会が買い取った上で、騎士団や警備兵の詰め所、冒険者協会の各支部及び出張所など、緊急事態に対応する義務があり、かつ高レベルの薬を大量消費する可能性がある公的機関に分配している。

 特に騎士団はたびたびモンスターの大規模討伐のための遠征が入るため、いくら納品しても足りないので、ファム達がどれだけ高レベルポーションを作ろうと、在庫がだぶつくようなことは一切ないのだ。

「今のが、ライムちゃん?」

「ああ。可愛いだろう?」

「うん。私も、女の子が欲しくなっちゃった。できれば、ああいう元気で可愛い子がいいな~」

 ライムの様子にノックアウトされた詩織が、実に甘い声で達也にねだる。そんな香月夫妻の様子を、生温かい視線で見守る宏達。

 特に春菜と澪にとっては、仲がいい夫婦に対する憧れと、我が身と比較すると羨ましすぎるので他所でやってほしいという気持ちとで、なかなか複雑である。

「まあ、食堂いこか」

 いちゃついてる達也と詩織を現実に戻すべく、宏がそう声をかける。そこに、畳み込むようにオクトガルが割り込んでくる。

「タッちゃんの奥さんがいると聞いて~」

「感触チェック~」

 息をつく暇も突っ込みや紹介の隙も与えず、数体のオクトガルが詩織に殺到して全身をくまなくマッサージし始める。その一連の挙動に対し、詩織はというと……。

「わ~、変な生き物~」

 割と平然とした態度で、胸に顔をうずめながら揉みしだこうとしているオクトガルをぎゅっと抱きしめていたりする。日頃の抱き癖の成果か、その動きには迷いも無駄もない。

「すごい、オクトガルのセクハラを無力化してるよ……」

「詩織さん、大物やなあ……」

 目先のファンタジーな生き物に瞬く間に順応し、自分から抱き着くという技である程度のセクハラを無力化した詩織。その手腕に大いに感心する宏達。

 普段割とトロい詩織が、春菜の反射神経でも対応できなかったオクトガルの不意打ちを潰したあたり、世の中奥が深い。

 もっとも、これぐらいでないと達也の嫁は勤まらないだろうが。

「……ねえ、食堂行かないと、ファム達待ってるかも」

「……せやな」

 詩織とオクトガルのやり取りに気勢をそがれて、いろいろ忘れて見入っていた宏達が、澪のその一言で我に返る。

「待たせちゃってたら申し訳ないから、ちょっと急ごう」

「ん」

 少々早歩きになりながらの春菜の言葉に、澪が同意する。他のメンバーも異論はなく、建物の中を移動するには少々早すぎる感じの速度で、食堂に向かって歩く。

「なんかこの工房、イメージしてたより広いよね~」

「最初はもっとこじんまりとしてた、俺達とこっちで雇った職員が仕事と生活するのに十分な必要最低限の広さしかなかったんだがなあ」

「出入りする人間とか設置する必要のある設備とかがガンガン増えて、どんどん増築していったものねえ」

 増築に増築を重ね、今や個人経営の工房とは思えない広さになっているアズマ工房・ウルス本部。それに対する詩織の感想に、最初期を知っている達也と真琴がしみじみとそう告げる。

 増築に増築を重ねたといっても、ちゃんと動線などを配慮してある程度計画的に行っているため、まだ内部の部屋の配置は分かりやすいが、それでも転移室から食堂まで一分以上かかる広さと構造になっている時点で、もはや最初期のころの面影は一切残っていない。

 なお、一番面影が残っていないのは世界樹とソルマイセンの木が鎮座している中庭だが、それに関しては今更過ぎて誰も突っ込まない。

「親方、遅かったのです。何があったのです?」

「すまんすまん。ちょっとオクトガルがなあ」

 転移室から食堂に来るだけなのに、妙に遅かった宏達に対して代表で確認を取るノーラ。ノーラの確認に苦笑がちにオクトガルの事を告げる宏。

 オクトガルと聞いていろんな意味で納得し、宏達が入ってくるのを大人しく待つノーラ達。彼女達にとって見知らぬ六人目である詩織が、その豊かな胸に押し付けるように二体のオクトガルを抱え込み、更に頭に一体載せた状態で満面の笑みを浮かべているのにはさすがに目を丸くしていたが、すぐに紹介してくれるだろうと声をかけることはしない。

「まあ、見てのとおりっちゅう感じでちょっと遊んでもうてなあ。待たせてもうてすまん」

「それはいいんだけど、親方。なんでそんなにオクトガルが大人しいのか、あたしとしては待たされたことよりそっちの方が不気味で気になるよ……」

「そこに関しちゃ、僕らもびっくりやったからなあ。詳細聞かれてもなんとも言えんわ」

「そっか」

 オクトガルの行動が理解できないのは、今に始まったことではない。そう考えて、疑問点は横に置いておくことにするファム。セクハラの被害にたびたびあっているテレスとノーラは納得いかない顔をしているが、謎生物相手に細かい事を追求しても無駄だと黙っている。

「で、まあ、話がそれたけどな。自分らに紹介したい人っちゅうんが、この女の人でな。香月詩織さんっちゅうて、兄貴の奥さんなんよ。なかなか準備が整わんで、やっとこっちに連れて来れてんわ」

「あ~、その方が噂の達也さんの奥さんですか。初めまして、テレス・ファームと申します」

「ノーラ・モーラなのです。一人称がノーラなのはモーラ族のしきたりみたいなものなので、ご容赦願いたいのです」

「あたしはファム・タートです。こっちは迎えに行ったから知ってるかもだけど、妹のライムです」

「ライム、じゃなかった、わたし、ライムなの!」

「ファムとライムの母で、レラ・タートと申します。アズマ工房全体の建物の維持管理をさせていただいています」

 宏の紹介の言葉に合わせ、次々と自己紹介をするアズマ工房の現地職員組初期メンバー。達也の嫁と聞き、全員内心でいろいろ納得しつつ首をかしげるものがあったが、さすがに口や態度に出すほど失礼な人間はいない。

「香月詩織です。夫がとてもお世話になったようで、お礼を申し上げます」

 自己紹介が始まったあたりでオクトガルを解放し、やや余所行きの丁寧な口調で心からの礼を言う。その態度に、直前まで持っていた能天気でゆるそうな女性という印象を捨てるライム以外の職員たち。ライムに関しては、そもそもそこまで難しい事は考えていないので印象との違いも何もない。

 そのまま詩織と職員たちとの間でいくつかやり取りをし、お互いについてある程度理解したところで、どちらからともなく緊張を解いた。

 なお、この時詩織は内心では、「うわ~、本物のエルフにうさ耳の女の子だ~」などと感動に浸っていたのだが、そのことは当人と夫である達也以外知る由もない。

「とりあえず、詩織さんは今後もちょくちょく顔出すことになると思うから、みんな仲良くしてね」

「はいなのです」

「それで、さっきライムちゃんがお話ししたいことがいっぱいあるって言ってたけど……」

「そーなの!」

 春菜に話を振られ、ライムが元気よく立ち上がる。そのあと、しまったという顔でもう一度座る。

 その様子を見ていた宏達が、ライムの話したいことをなんとなく察する。

「あのね、親方。わたし、エルさまとかハルナおねーちゃんみたいになりたいの」

 できるだけ落ち着いて話すよう心掛けながら、ライムがそう宣言する。

 それを聞いた宏達の反応は、やっぱりか、であった。

「……目標としては悪かないと思うしライムやったら無理やとも思わんけど、ライムの良さって春菜さんとかエルとはまたちゃうところにあるんちゃうかなあ?」

「あたしもそう思うわね」

 ライムの宣言に対し、頭をひねってライムの決意を否定しないように慎重に言葉を選んで、思うところを告げる宏。宏の言葉に同意する真琴。

 ライムぐらいの歳の子供の性格など、教育や環境次第でいくらでも変わる。今からそういう教育をすれば、頭がよく年相応に柔軟なライムなら、春菜やエアリスのような上品でおっとりした優しい美人になるのも恐らく不可能ではない。

 問題なのは、それが本当にライムの本質にあっているのか、というと何となくそうは思えないところにある。少なくとも、今のライムにはしっくりこないのは間違いない。

 そもそも、大雑把なカテゴリーとしては同じであっても、春菜の魅力とエアリスの魅力の時点で全くの別物だ。それをひとくくりにして目標にしている時点で、ライム自身が本気ではあっても本当の意味での目標は分かっていないのだろう。

「でもまあ、私とかエルちゃんみたいになる、っていう事の是非は横に置いておいて、その目標だと多分、礼儀作法とかいろんなマナーの勉強は必須だよね? 私は、ライムちゃんが礼儀作法を勉強すること自体は賛成だよ」

「そうだな。ああいうのは一朝一夕じゃ身につかねえし、誰かはちゃんと覚えておかないと今後厄介なことになる可能性もあるしな」

「師匠と春姉は神様になってるし実績もあるから少々のことは黙らせられるけど、ファム達はそうもいかない」

 春菜の意見に、達也と澪が賛成する。ライムの目標に関してはともかく、礼儀作法を学んでおくこと自体は間違いなくライム自身にもアズマ工房にもプラスになる。

「まあ、そういう訳だから、この後詩織さんをレイオット殿下やエルちゃんに紹介するときに、ついでにライムちゃんの礼法の先生についても相談してくるよ。ただ、本当にその目標で勉強するのかどうかは、実際に勉強しながら考えた方がいいよ。やってみないと分からないこともあるだろうし、勉強しているうちに、もっといい道が見つかるかもしれないしね」

「うん、わかったの。ハルナおねーちゃん、ありがとう」

「それで、目標にできそうな魅力的な女の人はいっぱいいるのに、どうして私とエルちゃんを目指そうと思ったの?」

「だって、親方が一緒にいるとき一番安心してるの、女の人だとハルナおねーちゃんとエルさまだもん」

「えっ?」

「わたしみたいに元気すぎる女の人だと、親方ものすごくこわがってるから、今のままだと親方の近くにいられなくなっちゃう」

「……あ~、ライムちゃんは大丈夫だと思うけど、全体ではちょっと否定しきれないかな……」

 ライムの理由を聞き、非常に納得してしまう春菜。自分たちが受け入れてもらえているかどうかはともかく、宏がライムのような元気いっぱいで声も大きいタイプの大人の女性を苦手としているのは事実だ。

 恐らく、ライムがその年頃になるころには宏も今よりもっとマシにはなっているだろうが、当のライムにはそれを当てにする気は無さそうである。

「ねえ、達兄、真琴姉、詩織姉。ちょっと思ったんだけど……」

「……ん?」

「またろくでもない事、言うんじゃないでしょうね?」

「何かな、澪ちゃん?」

「もしかしてこれ、光源氏計画?」

「「「……ああ……」」」

 澪の言葉に、頭の片隅に引っかかっていた何かの正体を理解する達也達。厳密に追求すれば全然違うのだが、表面的な所はそう見えなくもない。

「いやでも、今回は別に宏君が理想の嫁を育てる流れじゃないよね~?」

「というか、ライムが自発的にそうなりたいって言ってるだけで、そもそも真っ当にさえ育てば宏はライムがどんな大人になろうとあんまり気にせず可愛がりそうな感じよね。まあ、グレたりしたらさすがに怒るでしょうけど」

「それ以前の問題として、春菜もエルも目標にするのが納得できるだけのいい女ではあるが、ヒロの理想の嫁かっていうとそうとは限らないんだが」

「ん。でも、年上の男、それも下手すると親子ほど離れてる相手とずっと一緒にいるために自発的にいい女に育とうとするのって、世間一般では光源氏計画って言われそう」

 澪の余計な一言を皮切りに、今回のライムの発言が外から見るとどう映るか、ということに関して無駄に議論を始める達也達。その内容に思わず遠い目をしながら、当事者なので迂闊に口をはさめず静観する宏。春菜も目標にされている時点でどちらかと言えば当事者よりであり、またこの手の会話に口を挟むと大抵碌なことにならないのは経験済みであるため、黙って議論の行方を見守っている。

 ファム達が何も言わないのは、単純に光源氏計画というのが何なのか、その後の会話を聞くまで分からなかったからなのは言うまでもない。

「じゃあ、光源氏計画じゃなければリアルお姫様育成者?」

「確かにライムは仕事してるけど、それって家の手伝いみたいなもので自発的に楽しんでやってる事だし、そもそもあれは十歳の女の子を働かせてその収入で教育してるから、やっぱり事例としては違うんじゃない?」

 OSがDOSだったころに一世を風靡し、今でも忘れたころにこっそり新作が発売される、孤児の女の子を引き取って育てるゲームを引き合いに出す澪。タイトルに反して、お姫様と呼べるようなエンディングが辛うじて王子の嫁ぐらいしかないとか、十歳の子供をアルバイトでこき使った上にその金で教育を施す(場合によってはそこから生活費も補填する)とか、挙句の果てに二作目以降は育ての親と結婚するエンディングがあるとかいろんな意味で話題ネタに事欠かないゲームである。

「ミオさんが例に出しているものが何かは分からないのですが、とりあえず内容が碌でもなさそうなのは分かるのです」

「というか、話題の内容からしてどっちも小さな女の子を育てて自分の嫁にするっていう内容だと思うんだけど、親方たちの国ってそれが一般的なの?」

「いやいやいや。流石に現実にやっとる人間はおらんで。そのつもりで引き取って育てたわけやないけど結果的にそうなってもうた、っちゅう話は現実でもごく稀にあるみたいやけど、狙ってやっとんのは古典文学とか物語の類だけやで」

「やろうとして逮捕された変態の話も、何年かに一回は聞くけどね」

 せっかくの宏のフォローを、余計な事を言って叩き潰す真琴。色々と台無しである。

「真琴さんの言葉も事実だけど、本当にそういう人はごく稀にしかいないからね? 単に一億人を超える人口だと、そういう犯罪を起こす人も出てくるってだけだからね?」

 真琴の言葉を聞いたファム達の表情を見て、慌てて春菜が言い訳する。確かに実行に移す愚か者がいるのも事実ではあるが、そういう願望を持っている人間の圧倒的大多数は物語やゲームで疑似体験して満足している。

 内容が内容だけに一人出れば非常に目立つとはいえ、発生件数でいえば通り魔による無差別殺傷よりも少ない犯罪だ。そんな例外的な犯罪だけでそういう国だと思われてしまうのは、いくら何でも自分たちを含む大多数の分別を持った人間が浮かばれない。

「いやまあ、親方たちを見てたら、そんな国じゃないっていうのは分かってるんだけどね」

「単に、内容があまりにもショッキングだったのと、親方たちが時折見せる妙な事へのこだわりの強さから、もしかしたらと思っただけなのです」

「古典文学でそういう話がある、とか、年の離れた女の子を自分好みに育てようとする計画名がある、とかも、そう思っちゃった原因ではありますけどね」

 そんな春菜の思いが通じてか、ファム達が微妙な笑みを浮かべて春菜の言い訳に理解を示す。それまでの会話の流れの問題で、少しだけ本気でもしかしたらと思ったのは、決して本人達には言えない事実である。

「で、話は逸れたけど、ライムちゃんが話したいことって、それだけかな?」

「えっとね、わたし、お庭の木になってる実とかが採れるようになったの」

「「「「「え゛っ?」」」」」

 ライムのとんでもない台詞に、実が付く庭木が何かを知っている宏達が絶句する。

 恐らくライムが主に世話をしているからこそではあろうが、それでも世界樹やソルマイセンからいろいろ収穫できるとなると、スキルの成長速度も含めてかなり恐ろしい事になりそうだ。

「なあ、春菜。ライムのあこがれのお姉さんでいるために、かなり努力が要りそうだぞ」

「色ボケしてる余裕はなさそうよね」

「こういうときだけは、春姉でなくてよかったって思う」

「春菜ちゃん、頑張れ~」

「あはははは……」

 例によって例のごとく予想をぶっちぎった成長を見せるライム。その目標にされてしまった春菜に、思わず同情するような目を向けてしまう一同であった。







「とまあ、そんなことがあって……」

「まあ……」

 同じ日の十時過ぎ、ウルス城。オクトガルネットワークを利用してアポを取った宏達は、レイオットとエアリスに詩織を紹介した後、直前にあったライムの決意表明について話をしていた。

「それはとても光栄なのですが、それだけに期待と評価が重いですね……」

「だよね~……」

「正直なところ、目指すのであればハルナ様はともかくとして、私ではなくシオリ様の方が目標としては正しいのではないか、と思うのですが……」

 感動と気後れの中間ぐらいの態度で室内の調度や茶器などを観察していた詩織が、エアリスに唐突にそう振られて目を白黒させる。

「え~? 私ですか~?」

「はい。様々なことをうまく受け流し、ちゃんと周囲に愛を伝えられる良妻賢母、というのであれば、どうしても表面を取り繕わねばならないことが多い私よりは、シオリ様の方が女性として目指すべき点が多いのではないか、と思うのですが……」

「ん~……。私はこの通り、取り繕ってたりふりをしてたりじゃなく、普通にトロいんですよね~。なので、やっぱりエアリス様の方が目標としては正しくて、大多数の人を納得させられるんじゃないかな~、って」

「まあ、結局のところ、ライムちゃんが私やエルちゃんを目標にしたのも、エルちゃんと詩織さんのお互いの評価に関しても、隣の芝生は青く見えるってことだと思う。私だって、目標にするんだったらエルちゃんか詩織さん、あとはカテゴリーを変えるんだったら真琴さんだって尊敬できるところはいっぱいあるから、ライムちゃんならそっち目指した方がいいんじゃないかって思ってるし」

「澪ちゃんだって、ディープな世界に足突っ込みすぎてる部分がなければ、同じ年頃の子の中では自慢できるぐらいにはいい子だよね~」

「うん」

 隣の芝生の青さから、真琴と澪にも話を飛び火させる春菜達。その様子に、自分たちは関係ないと油断していた真琴と澪が、どことなく気まずそうに眼をそらす。

 人格的な欠点という面では春菜やエアリスと比べて目立ちやすいものが多い真琴と澪だが、なんだかんだ言ってもそれを超えるだけの人としての魅力は持っている。特に真琴の場合、彼女の持つ長所や魅力は分かりやすいぐらい欠点と裏表の関係にあり、欠点として目立つのと同じぐらい魅力として輝いている。

 澪にしても真琴ほど分かりやすくこそないが、十分すぎるほどの魅力も尊敬できる点も持ち合わせている娘なのは、関係者全員が認めるところだ。

 こちらに来た当初は思春期全開反抗期丸出しで尖っていた部分もあったが、そのあたりも主観時間で数年がかりの長いフェアクロ世界での生活と、死にかけたり力技でトラウマを克服したりといった結構洒落にならないレベルで過酷なあれこれを乗り越えた結果、すっかり落ち着いている。そんな経験を乗り越えた上で、それをひけらかさずにどこか飄々とした態度を崩さずに照れ隠しで濃いネタを披露できるタフさは、濃いネタの部分に目をつぶれば十分に尊敬に値しよう。

 さらに言えば、まだ十代でエアリスのように聖女と呼ばれるにふさわしいだけの人格を持っていたり、春菜のように一見して欠点らしい欠点がなかったりする方がおかしいのであって、澪どころか真琴ですらまだまだ人格的にはこれから磨かれていく時期だ。

 そう考えれば、主観時間での経験が実年齢より数年長い事を踏まえてなお、春菜だけでなく真琴や澪も年齢より立派な人格をしていることは当人以外誰も否定しないだろう。

 詩織に関しては、達也が惚れ込んでいることを誰も不思議に思わず、当人がそれを当然だと考えず常に夫婦であるための努力を怠っていない、というだけでも十分に説明がつく。

 結局のところ、この場にいる女性に関しては、全員見習うべき点や目標にすべき要素を持ち合わせているのである。

 が、比較対象が比較対象だけに、真琴も澪も自分たちに話が飛んでくるとは思っておらず、まるで褒め殺しにされたような気分になってしまったのだ。

「あのさあ。その基準でいえば、ファムだってテレスだってノーラだって、普通に見習うべき点がいっぱいあるわよ?」

「ん。レラさんたち管理人チームとか、たまにすごいの一言しか出てこない時がある」

 自分たちだけ褒め殺されてたまるか、とばかりに、工房にいる主要メンバーにまで話を広げる真琴と澪。その台詞に、黙ってお茶を楽しんでいたレイオットが止めを刺すように口を開く。

「そもそも、アズマ工房に居る女は、新人の二人以外は全員議論の余地なくいい女だと断言できるが?」

 レイオットの口から飛び出した、彼の人柄からすれば意外すぎる言葉に、その場にいる全員が驚きの目を向ける。

「……レイっちも言うなあ……」

「事実を告げたまでだ」

「っちゅうか、それやったらなんでテレスとノーラの見合いが上手い事いけへんの?」

「いい女であることと、所帯を持つのに向いている事とは別問題だからな。それに、そのあたりは二人だけでなく男の側にも問題がある」

 宏の突っ込みに対し、しれっとそう言い逃げるレイオット。言わんとしていること自体は正しいため、追求するに追及できなくて思わず黙り込む宏。 

 そこでなんとなく話題が途切れ、しばらく全員お茶を味わうことに集中する。

「……にしても、考えてみたら、ライムはええ教師に囲まれとんなあ」

 いい茶葉を使い一流の腕で淹れた極上のお茶。その味にいろいろな意味で心が落ち着いたところで、今までの話題を総括するようにそんな感想を漏らす。

「まったくだ。俺も子供ができたら、工房の方に預けて揉んでもらってもいいんじゃないか、って思っちまうな」

「それ、いろんな意味で立派にたくましく育つのは確実だけど、絶対小学校で浮くわよね?」

「そうだよな。そこがネックなんだよな……」

「まあ、レラさんたち管理人チームがしっかりしてるから、見てない所でもちゃんとしつけはしてくれそうな点は、下手な幼稚園や保育園より安心ではあるよね」

「ん。無認可の幼稚園とか保育園、たまにとんでもない所があって騒ぎになってる」

「そういう面では安心だけど、うまく軌道修正しないと小学校で浮くどころか日本での生活習慣になじめないかもしれないのが怖いよね~」

「せやねんなあ。基本的な倫理道徳はあんまり変わらんけど、やっぱり日本とファーレーンではしつけの内容とか基準はちゃうし。あと、僕が言うこっちゃあらへんけど、遠足とかで脇道にそれて薬に使える類の雑草毟るんに夢中になりかねんのがなあ」

「本当に、宏が言えることじゃないわよねえ」

 いろんな意味で立派に育ちすぎたライムを思い浮かべ、アズマ工房での育児が持つ可能性とそれゆえのデメリットを語り合う日本人チーム。

 特にいつ子供を授かってもおかしくない達也と詩織にとって、子育ての問題は他人事ではない。プレッシャーになってはいけないのでそれほどあからさまにしてこそいないが、宏達も達也と詩織の子供は楽しみにしているので、そういう面でも他人事とはいいがたい。

「まあ、その話は置いとくとして、礼法の先生に関しては頼むわ」

「ああ。何だったら、ライム以外の人間も一緒に勉強するか? 土地が変わればいろいろ変わるから参考程度にしかならんが、それでも立ち歩きの際の姿勢のように、大体の文化で共通するところはあるから無駄にはならんだろう」

「せやなあ……。まあ、暇が出来たら頼むわ。春菜さんはともかく、僕とか澪とかは基礎ぐらいは勉強しといた方がええ気ぃするし」

「分かった。とりあえず、そちらに行かせて大丈夫な者を選んで手配しておく。費用に関してはこちら持ちでさせてもらうが、住み込みになりそうなら食事代や部屋はそちらで負担してくれるとありがたい。それで文句を言うようなら報告してくれれば、すぐに別の人員を用意する。まあ、アズマ工房の部屋や食事に、たかが礼法の教師ごときが文句を言えるとも思えんが」

 レイオットが付け加えた台詞に、思わず目をそらす宏達。部屋の広さこそ上流階級の人間が住むには狭いが、逆に言えばアズマ工房の居住スペースで文句をつけられるポイントはそこしかないともいえる。普通の人間が作った部屋という観点ではファーレーンで最高峰の部屋に住むレイオットですら、自室よりも家具も居心地もいいと太鼓判を押すレベルなので、余程神経が太くなければ文句など言えない。

 食事に至っては、使われる食材が最低ラインでもトロール鳥だ。このクラスが最低ラインになる食事を毎日食っている人間など、アズマ工房の職員以外存在しない。

 食事の味に関しても、実のところ何を作っても普通の味になると言われているテレスですら、食材の力で一流どころの料理に引けを取っていない。単に比較対象が既に普通に一流を超えているファムやノーラだったり、人類の限界を突破している宏、春菜、澪の三人だったりするから、普通の味に感じるだけだったりする。

 味の面で食材のポテンシャルを損なっているのは変わらない、という突っ込みは、控えてあげるのが武士の情けであろう。

 ちなみに、レイオットが食事代と部屋代を負担してくれと言ったのは、高級食材が派手にだぶついているアズマ工房の食糧庫の事情と、費用を負担しようにも相場があって無きがごとしで負担しようがない事、更に今更国からこれ以上現金をもらってもありがたくないという理由を鑑みた結果である。決してけち臭く経費削減を狙ったからではない。

「まあ、その辺の待遇は教育してもらう人数とか教育範囲とかで考えるわ。しばらくはお試し期間になるやろうし」

「そうだな。さて、それではそろそろシオリ殿にこの城を案内しようか。今から動けば、ちょうど昼食の頃に来賓用の食堂にたどり着けるだろうしな」

「せやな。流石に忙しいレイっちに案内頼むわけにはいかんとして、いくらほぼフリーパスやっちゅうても勝手にうろうろするんはまずいから誰かつけてもろてええ?」

「私が案内させていただきます」

「……エルも忙しそうなんやけど、ええん?」

「むしろ、ヒロシ様たちが来ている時ぐらいは、巫女も王女も休めと言われてしまいまして……」

 エアリスの言葉に、ファーレーン王室の裏側の事情をいろいろ察して納得してしまう宏達。親心に利害に下の者への示しに、と、なかなかに複雑な事情が絡み合っていそうな雰囲気である。

「ほなまあ、案内頼むわ」

「お任せください」

 宏の頼みに優雅に一礼し、案内を開始するエアリス。

 エアリスの堂に入った案内で一日ウルス城を見て回った詩織はウルス城の持つ歴史と風格の虜となり、次の日の冒険者登録と市街観光ですっかりウルスに魅了されるのであった。
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