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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第5話

「もうちょっとだ、頑張れ!」

「……ん」

 騒動の翌日、本格的なリハビリ開始初日。全身に汗をにじませながら、澪が最後の数歩を歩き切る。そこで心身ともに限界を迎えて崩れ落ちそうになったところを、介助していた看護師が支えて車いすに座らせる。

 その様子を見守っていた宏達が、小さく安堵のため息をつく。なんだかんだ言って、初日のリハビリはなかなかの成果を上げていた。

「お疲れさま」

「……ん。思ったより歩けた」

 駆けつけて見守っていた人たちに、ほんのり笑顔を浮かべてそう告げる澪。はっきり言ってこのリハビリ、きついなんてものではないが、そんな苦しさを微塵も感じさせない笑顔である。

「これだけ意欲があれば、ちゃんと歩けるようになるのもすぐですよ」

 澪の頑張りを見た看護師が、笑顔で関係者に告げる。その間も、満足そうに車いすに身を預けた澪が、心地よい疲労にうつらうつらとしていた。

「澪が眠そうやから、僕らはちょっと外した方がよさそうやな」

「そうだね。汗もいっぱいかいてるからお風呂も入れてもらわなきゃだし、ちょっと時間あけた方がいいよね」

 そっと汗を拭いてもらいながらぼんやりしている澪を見て、少し間をおいてから話をすることにする宏と春菜。達也も真琴も詩織も異存はないらしく、一つうなずいて同意する。

「そういえば、宏も春菜も海南大学志望なんでしょ? ちょうどいい機会だから、澪が話できるようになるまで、ちょっとキャンパスの見学してきたら?」

「そうだな。ここには俺たちがいれば十分だしな。何だったら、真琴もぶらぶらしてきていいぞ?」

「……そうね。折角だから散歩がてらに、宏達と小一時間ほど軽く見学してくるわ」

 澪の座った車いすを押して出ていく看護師と澪の両親を見送り、この後の予定を決める宏達。休日でもないのに久しぶりに五人全員そろった一日は、澪のリハビリを皮切りにそんな感じでのんびりスタートするのであった。







「現状どう言い訳してもしがないニートでしかないあたしが言うのもなんだけどさ、あんたたち学校はどうしたのよ?」

 海南大学のキャンパスをぶらぶらしながら、聞こうと思って聞きそびれていたことを真琴が質問する。その質問に、そういえば話していなかったと小さく苦笑し、説明のために宏が口を開いた。

「昨日、僕の上履き入れになかなかえぐい嫌がらせされとったっちゅう話したやろ? あれの汚染が意外と広範囲やったっちゅうんが分かったらしくてな。念のためにもうちょい徹底して消毒するっちゅうことで、結局今日一日休みになってもうてん」

「夏休みのどこかで帳尻合わせの補講が入るから、あんまりうれしくないお休みなんだけどね」

「そっか、なるほどね」

 宏の説明に納得する真琴。実のところ、水面下では宏達が思っているより大きな騒ぎになっているのだが、一般人でしかない宏達は知る由もない。

 なお、言うまでもない話ではあるが、達也と澪の父親は有給を取って顔を出している。詩織は在宅ワークなのでその辺の融通はきき、澪の母親は澪のことがあるため現在は専業主婦だ。

「逆に、真琴さんの方はどうなん? 正直言うて、今日出てこれるとは思ってへんかってんけど」

「ゲームでの友達って言って、澪の写真見せたら納得してくれたわ。どっちかっていうと、移動時間の方がつらい感じね」

「真琴さんの家、遠いもんね」

「直線距離だとそうでもないけど、電車使うと乗り継ぎが不便なのよね……」

 真琴の言葉に、いろいろ納得する宏と春菜。高校を卒業するぐらいの歳にもなれば、一度や二度は公共交通機関の意外な不便さに直面するものである。

 実際、真琴の家はそれほど辺鄙な場所にあるわけではない。最寄り駅は各駅停車しか止まらないが、通勤通学の時間を外してもそれなりの本数、電車がある路線だ。

 だが、これが現在地である私立海南大学にたどり着くとなると、特急も含めて五度ほどの乗り換えを要し、うち二度は路線図を見てもあからさまに遠回りになっているルートを通る必要がある。結果として、片道二時間半という、新幹線を使えば東京から京都にたどり着けるぐらいの時間がかかってしまうのだ。

 これが仮に車でとなると、道路事情にもよるが高速道路も利用すれば一時間弱で到着するのだから、真琴の現住所と海南大学との接続がどれほど悪いか、よく分かる。

 もっとも、需要が少ない場所には通せない公共交通機関の宿命で、仮に最寄り駅が東京駅や名古屋駅、大阪駅などの複数の路線にまたがる巨大駅だったとしても、この種の不便さからは逃れられない。

 どれほど便利な場所に住んでいようと、同じ市内にありながら下手をすれば東京大阪間を移動するより遠い場所というのは、ほぼ確実に存在してしまうのである。

 ちなみに、免許を持っている真琴ではあるが、自分の車は持っていない。なので、ここまで来るのに車という選択肢はない。

「お金はまあ、どうとでもなるんだけどさ。毎回日帰りもホテルに泊まるのも、気分的にしんどいのよねえ。いっそ、こっちにアパートでも借りようかしら」

「それもいいとは思うけど、真琴さんの一人暮らしはご飯の面でちょっと心配」

「それ以前の問題で、親が同意してくれるんか、っちゅうんがあるやん。なんぼなんでも、一人暮らしは認めてくれへんのんちゃう?」

「そうなのよねえ。見捨てられてないどころかここまで心配してもらってるってこと自体、有り難すぎて文句をいう気もないんだけど、失った信用は本当に大きいわ……」

 自身の過去の失敗を、心底嘆く真琴。現時点での問題は、成人しているというのに親の目を気にしてちょっとした泊りがけの外出も自由にできない、という程度だが、目に見えないところにくすぶっているものまで考えると、そんな生易しいものではないだろう。

 ろくでもない男に引っかかって棒に振った数年が、実に重い。幸いにして、まだ人生そのものを棒に振るところまでは至っていないが、色々と真剣に考えねばならない時期には来ている実感がある。

 とりあえず、最低限親を安心させたい。それは大前提だが、何をすれば親が安心してくれるかが分からない。

 なんにせよ、いろんな意味で恋愛だけは無理だろう。それだけは間違いない事実である。

「とりあえず引きこもり自体は脱したわけだけど、これからどうしたものかしらねえ」

 信頼回復に向けて、何をすべきか真剣に悩む真琴。さしあたっては自立の第一歩でもある就職について考えているが、これまた非常にハードルが高い。

 正直、大学を中退して三年以上引きこもっていた、という時点で、まともな会社に入社することはほぼ諦めている。

 不労所得は十分すぎるほどあるので、実際には無理に就職する必要もない。住むところを用立てて国民年金基金に加入しておけば、贅沢こそできないが一生働かなくても生きていける。それだけの現金も資産も持っている。

 だが、だからと言って働かないという選択を取る気もない。そんな生活では、親を安心させることなど到底無理だ。

「もう一度、大学に入りなおすとか?」

「それも、なんだか今更なのよねえ。だって、今から受験に挑戦して、ストレートで受かったとしても、卒業するころには二十八でしょ? 就職って観点で見れば、ほぼ価値がないわよ」 

 真琴の言葉にうなずく宏と春菜。一時期に比べると随分ましになったとはいえ、三十手前の新卒となるとかなり就職は厳しい。

 一度ドロップアウトした人間が再起をかけるには、いまだに日本の雇用環境は不安定なのだ。

「ん~、でもやっぱり、真琴さんはもう一度大学生になったほうがいいと思うんだよね」

「どうしてよ?」

「確かに就職には役に立たないけど、別に仕事するってどこかの会社に就職するだけじゃないよね? 私たちが向こうでアズマ工房を立ち上げたみたいに起業するのも、漫画家とか小説家みたいな職業に就くのも、仕事は仕事だし」

「それはそうなんだけど、どれも凡人が食っていけるような方法じゃないわよね?」

「確かにどれもリスキーな選択肢だけど、極端な話真琴さんの場合、諸経費と固定資産税あたりが出せるぐらいの収入があればいいから、他の人がやるよりはリスク低いと思うんだ。少なくとも、無理に就職しようとして神経すり減らすよりはいいんじゃないかな?」

 春菜の言葉に、否定も肯定もできずに考え込んでしまう真琴。そんな真琴に対し、さらに春菜の言葉は続く。

「で、そっちに進むんだったら、やっぱり大学はちゃんと出ておいた方がいいよ。学歴っていうのはどんな時でも多少は武器になるし、漫画家とかやるんだったら大学行くのってネタの面でも視野の面でも大事なはずだし。それに今の真琴さんだったら、無駄に四年間を過ごすみたいなことにはならないと思うし」

「……そうかしら?」

「少なくとも、私はそう思ってるよ」

 無条件の信頼を感じさせる春菜のまなざしと言葉に、返事に困って宏の方を見る真琴。真琴の視線を受け、少し考えてから宏が口を開く。

「まあ実際のところ、真琴さんに関しちゃ、僕らと同じで普通の会社っちゅうんは難しいとは思うわ。僕とか春菜さんと真琴さんでは、理由は全然ちゃうけど」

「そこは否定しないわ」

「で、自由業やるんやったら大学出た方がええ、っちゅう春菜さんの意見は僕も同じ考えやねん。やねんけど、ここで問題になってくるんが、どこの大学行くか、と、受験勉強どないするか、やねんな」

「正直、あたしが今更大学行きたくない理由の大部分が、そこなのよねえ」

 宏の言葉に乗っかって、気乗りしないことを全面的に主張し始める真琴。おそらく大多数の人間は、大学入試なんて二度とやりたくないであろう。

 特に真琴の場合、もはや高校大学でやった内容の大半を忘れているうえ、実家から通える大学となると例の彼氏の一件で中退した学校ぐらいしかないと来ている。苦しい受験勉強をもう一度乗り越えた挙句、再びいい思い出がない大学に一から通いなおすとか、もはやどんな苦行かと言いたくなる話であろう。

「どこに通うか、に関しては、頑張って私達と一緒にここに通うっていうのもありじゃないか、って思うんだ。勉強に関しても、私達と一緒にやればいいと思うし」

「ちょっと無茶言わないでよ。あたしの頭で海南大学なんて、何回浪人すれば通るか分かんないわよ」

「それなんだけど、私、実はひそかにちょっと勝算があるんだよね」

「勝算? 何よ?」

「真琴さん、向こうで結構魔法沢山覚えたよね? リハビリの時にもいろいろ使ってたし」

「そりゃ、確かにいろいろ覚えたし、多分マスターしてんじゃないかって魔法も結構あるけど……、って、まさか、そういうこと?」

「うん。多分だけど、魔法系スキルで知力上がってるから、記憶力とか学習効率とか上がってるんじゃないかな、って思うんだ」

 何ともずるいものを感じる春菜の意見に、いろんな意味で凍り付く真琴。おもわず、スキルオーブで大量の魔法を覚えさせられた挙句、神の城のダンジョンあたりでパワーレベリングよろしくがっつり魔法を鍛えさせられる未来が一瞬頭をよぎる。

「あと、ここに合格したら、大手を振ってこっちに引っ越して来れるんじゃないかな、っていう目論見もあるの」

「あ~……、なるほどね……」

「海南大学の場合、理系はともかく文系の学部はそんなにすごくレベルが高いわけじゃないから、真琴さんなら何とかなると思うよ」

「まあ、物は試しで受けてみるんもありやと思うで」

「……そうね。すぐには決められないけど、一応考えとくわ」

 春菜の目論見を聞いて心が揺れたか、真琴が若干前向きな答えを返す。その言葉に嬉しそうに微笑むと、キャンパスに視線を向ける春菜。天音の関係でそれなりに来る機会があるとはいえ、実のところ綾瀬研究室以外はあまりよく知らない。なので、改めてこうやってじっくり見学すると、色々新鮮な感じなのだ。

 生まれた時から長年住んでいても、結構地元の事を知らないのと同じような感覚である。

「そういやさ、あんたたちはここに受かったら、通学とかどうするのよ? 春菜はともかく、宏はまだ電車通学は厳しいでしょ?」

「私達は、自転車通学の予定。ルートを選べば三十分ぐらいだし」

「まあ、そのルートっちゅうんが山越えになるから、僕らやなかったら選択肢にも上がらんけどな」

「あと、最悪天音おばさんの研究室に転移させてもらう、っていうのも考えてるよ。いずれは車の免許取って、ってことになるとは思うけど」

「言われてみれば、あんたたちももう免許取れる歳になるのよね」

 通学方法に関する宏と春菜の答えに、いろいろ納得してうなずく真琴。フェアクロ世界ではずっと自分と達也がワンボックスカーを運転していたため、二人とも遅くとも来年には車の免許が取れる歳になることがサクッと頭から抜けていたのだ。

 向こうにいた時に重ねた年齢が肉体的にはなかったことになっている事も、このあたりの認識に拍車をかけている。ぶっちゃけ、ずっと高校生のままという印象が強い。

 年齢さえ満たしていれば一応高校生でも車の免許が取れるとはいえ、免許を取ると聞くと急に大人になったイメージが強くなるのも、なかなかに不思議な話である。

「免許取るのはいいけどさ、教習所はどうすんのよ? これも通学の話と一緒で、春菜はともかく宏はなかなかきついでしょ?」

「知り合いのお金持ちのお屋敷の敷地内に教習用のコースがあるから、そこで練習させてもらうつもり。天音おばさんとかうちのお母さんとかもそこで練習して、試験場で実技の試験も受けて取ったし」

「コネを使い倒してるわねえ」

「何でもかんでも頼るのはだめだけど、こういうことは頼っちゃった方がいいから。向こうも、せっかくあるんだから使ってくれた方がいいって言ってるしね」

「なるほどねえ。ってか、敷地内に車の教習用コースがあるお金持ちって……」

 そこまで言いかけて、何かを察して納得したようにうなずく真琴。どうやら思い当たる存在がいるらしい。

「……たしか、礼宮あやのみやの本拠地ってこのあたりだったわよね?」

「そうだよ。っていうか、借りるコースはその礼宮家の本邸にあるんだ」

「ついでに言うたら、今度みんなで写真撮ろか、っちゅうとる場所も、礼宮家本邸が公開しとる庭園の有料ゾーンやで」

「あ~、それなら超納得って感じね」

 財閥系企業・礼宮商事およびその創業家と春菜の母親である雪菜との関係を思い出し、何度もうなずく真琴。先代の礼宮商事会長である礼宮綾乃に請われ、結婚するまで雪菜が礼宮家に住んでいたのは有名な話である。

 そのつながりから、礼宮家本邸には今も雪菜の部屋があり、春菜と妹・深雪の部屋もあったりする。

 なお、礼宮綾乃と天音の母である小川美琴は高校時代からの親友である。その縁で礼宮家は表立っては小学生の頃から、裏ではそれこそ生まれた頃から天音を保護しており、その結果として天音が生み出すあれこれによる利益を総取りした形になっている。

 そのあたりの事情から一時非常に敵が多かった礼宮商事ではあるが、ライバルにもある程度特許や技術を公開したため、現在は表面上は落ち着いている。

「後、車はもう、素直に親の財力に頼るつもり。中古車でも高校生がアルバイトで買えるような値段じゃないし」

「僕の方は、当面春菜さんの車借りる形になるやろうな。買うんは無理やし、勝手に作るわけにもいかんし」

「まあ、そうなるわよね」

 潔く親の力に頼ると宣言した春菜と、それに素直に甘えると言い切った宏に対し、若干苦笑しながらうなずく真琴。普通なら親の金で買った車を乗り回すとか、基本的にダメな印象の方が強くなる話ではある。

 が、宏と春菜の組み合わせに限って言えば、むしろそうしてもらった方がいろんな意味で穏便に話が進む。親の財力やコネに頼らず自力でどうにかしようと動かれると、いったい何が起こるか分からない。

 金やコネで解決できる問題は、金やコネで解決してもらうのが世界平和のためなのだ。

「まあ、どれもこれも、現時点では単なる皮算用なんだけどね」

「まずはここに受からんと話にならんし」

 春菜と宏のその言葉に、さすがに少々あきれてしまう真琴。二人が志望する海南大学の工学部は確かに難しい学部だ。昨今では競争率の関係から、東大や阪大などトップクラスの大学に近い難易度になってしまっている。

 が、それでも宏達が落ちるとは到底思えない。と、言うよりむしろ、余計なかく乱要素が入らないように、推薦枠でサクッとけりをつけるよう関係者に通達がいく可能性すらある。

 ある程度のポーズも必要なので、学校行事以外は受験勉強最優先で努力するのはいいが、真琴としては必要以上の努力はやめてほしいのだ。

「ま、とりあえず今は余計なこと考えずに、お昼まで見学に専念しましょ」

「そうだね」

「せやな」

 話に夢中になって、せっかくの見学が見学になっていない。そう気が付いた真琴の提案に同意し、昼食まで見学に専念する宏達であった。







「丁度いい機会だから、みなさんに相談したいことがあるの。特にこちらに住んでいる春菜ちゃんと宏君の意見が聞きたくて」

 昼食を終え、色々気分が落ち着いてきたところで、澪の母親が話を切り出した。

「相談? どんなことですか?」

「澪の中学について、なのだけど……」

 名指しされたことと澪の両親の真剣な表情から、居住まいを正して話を聞く態勢を整える春菜。どう考えても、いい加減な回答ができそうな雰囲気ではない。

「もうじき退院できそうな澪なのだけど、とりあえず経過観察も含めて最低でも三年はこちらに診察に通うことになるの。でも、うちから診察のために通うとなると、さすがに少し遠すぎるのよ。それで、澪をこちらの中学に通わせるか、それとも名簿上は進学したことになっている今の中学に通わせるか、どちらの方がいいか迷っているのよ」

「あ~、なるほど。そういうことですか」

「ええ。それで、こちらの中学高校がどういう雰囲気なのか、澪がこちらの学校でやっていけそうなのか、そのあたりの意見を聞きたいの」

「そうですね……。まず、中学に関しては自分が通っていたところと知人が何人か通っている私立の女子校しか分かりませんが、その話でよろしいでしょうか?」

「ええ。お願い」

 澪の母に請われ、自身の通っていた中学と知り合いが数名通っている、もしくは通っていた女子校に関して話をする春菜。と言っても、中学は特に問題も起こっていない普通の公立中学で、女子校に関しては幼稚舎から大学まで一貫教育が売りのいわゆるお嬢様学校。あまり参考になるような話はできない。

 特に女子校の方は要求される学費や寄付金も相応に高く、澪の家のような一般家庭が子供を通わせるにはかなりハードルが高い。そういった面でも、全く参考にならない学校だ。

「地域の雰囲気としては、どうかしら?」

「礼宮家の本邸があるからか、いわゆる高級住宅街以外でもガラが悪い雰囲気のところはほとんどありません」

「うちの家がある辺りは地価も住宅価格も普通ぐらいやそうですけど、隣近所も普通にあいさつするし、ごみが散らばっとったりとか深夜に子供がうろうろするとかそういうのもないし、まあ普通に環境はええと思います」

「何でしたら、この後私達が住んでいる地域をご案内しましょうか? さすがにちょっと、学校の方は無理ですけど」

「……そうね、お願いするわ」

 少し考えてから、春菜の申し出を受ける澪の母。話を聞くだけでは、判断ができないと思ったらしい。

「でも、最終的には澪ちゃんの意見を一番にしてくださいね」

「もちろん、そのつもりよ。というか、すでにその話は済ませてるのよ、ね?」

「ん。正直、今住んでる地域にこれと言って思い入れもないし、友達も特にいないから、その気になったら師匠や春姉とすぐに会える場所の方がうれしい」

「と、言うことなのよ。でも、地域や学校が澪に合わないようだったら、引っ越ししても仕方がないし……」

「なるほど。そういうことでしたら」

 どうやら、水橋家の話し合いは、すでに大方結論が出ているらしい。それを察した春菜が、母親たちのコネを総動員して地価的な意味でよさげな地域を紹介してもらうことにする。

 メッセージを送り終えたところで、春菜は常駐させているニュースアプリに不穏なタイトルのニュースが入っていることに気が付いた。

「……うわあ……」

「どうしたのよ、春菜?」

「今日私たちが休みになった理由がね、ちょっとどころじゃなく大事になってる感じで……」

 真琴に問われ、先ほど発見したニュースを拡大してみせる春菜。

 そこには、「市立高校にバイオテロ、卒業生逮捕。暴力団事務所立ち入り捜査へ」というショッキングな見出しのニュースが表示されていた。

「……バイオテロって、また物騒な話ねえ……」

「そんなことになってたのか?」

「バイオテロ、っていうほど大層な感じじゃなかったけど……。でも考えてみれば、どこにどう影響してるか油断できない感じだったよね」

「せやなあ。学校で騒ぎになっとった細菌も、汚染物質直接口に入れん限り感染せんっちゅうてもなかなかタフな細菌らしいし、電車で移動とかやっとったらどんぐらいの範囲で広がっとるか分からんから、そういう意味やとテロっちゅうんもあながち間違いとは言い切れんか」

「直接ターゲットになった私達からすれば、かなり度が過ぎる嫌がらせ、ぐらいの感覚だったんだけどね……」

「靴箱に生き物の死骸突っ込まれただけ、っちゅう感覚やったからなあ……」

 宏と春菜の会話で、大体の事情を理解する一同。恐らく、内容的には本当によくある悪質な嫌がらせだったのだろう。

 その悪質な嫌がらせに使った死骸がいろんな意味でやたらと物騒なことになっていなければ、ニュースになるほどの事件では無かったのは間違いあるまい。

 正直、アメリカで多発している炭疽菌宅配攻撃に比べれば、テロと呼ぶにはいろんな意味で生温い印象である。

「と言うか、今気になったんだけど、いくら何でもニュースになるの、早すぎる気がするんだけど、どうかな?」

「せやなあ。警察に話行ったん、昨日の朝やもんなあ」

「実行犯に関してはカメラの映像ですぐに特定できてたから、逮捕はそんなに時間かからなかっただろうけど、そこからもう暴力団事務所への立ち入り捜査だとかテロ認定だとかに話が進んでるのって、ちょっとどころじゃないぐらい早すぎる気がするよ」

「その時点ですでに尋常じゃないぐらい早いってのに、さらにマスコミにすっぱ抜かれてる、か。いろいろきな臭い話だよなあ……」

 事件の流れを確認し、深々とため息をつく達也。どうせ直接関わり合いにはならなかろうが、色々と実にきな臭い。

「でも、考えようによっちゃあ、マスコミに嗅ぎつけられてる時点で大よそ解決してる、って事かもしれないわよ? なんていうかさ、意図的にリークしたって感じがビンビンしてるし」

「そうだな。あんまり楽観視できるこっちゃないが、恐らく今後、ヒロや春菜の方に何か話が行くってことはほとんどないだろうな」

「私も真琴ちゃんに一票、かな? 大体の話って、日本のマスコミに漏れた時点で手遅れだし」

「てか達兄、この記事読んでる感じ、ターゲットになった師匠や春姉の学校よりもむしろ、犯人が通ってた大学の方が重点調査の対象になると思う」

「だな。しかし春菜、お前こういう男に付きまとわれてたのか?」

「うん。おかげで、色々対策立てなきゃいけなくて大変だったよ。とりあえず、今度こそしばらくは確実に縁が切れる、はず」

 ため息交じりの春菜の言葉に、思わずねぎらいの色がこもった視線を向けてしまう一同。

 春菜をポンコツに見せている恋愛下手。その原因の一端は、間違いなくこういう連中の行いにある。

 そんなことを考えながら、ニュースに関連する連絡事項が来ていないかをチェックする宏。直接ターゲットになっただけに、そこら辺は注意しておく必要があると感じていたのだ。

 ちょうどそのタイミングで、学校から生徒及び保護者に向けての一斉送信メッセージが到着する。それとほぼ同じタイミングで、学校側の記者会見のニュースが配信される。

「……春菜さん、学校からメッセージや。今週いっぱいは消毒とか設備のチェック、巻き添え食った被害者の治療、マスコミ対策なんかで休校、その分の穴埋めは夏休みを一週間短くして対処、らしいで」

「あ~、やっぱりそうなるよね」

「ちなみに、三年の修学旅行はタイミング的に問題ないから、そのまま決行やそうや」

「そっち中止だと、暴動起こりそうだよね」

「まあなあ」

 春菜の言葉に同意する宏。もっとも、宏が修学旅行と名がつくものに参加したのは小学生のときのみ。中学は三年生の四月だったため病院送りになって参加不能(しかも積立金の返金なし)、高校は修学旅行どころか林間学校や遠足、社会見学すら欠席しているので、いまいち楽しみだとかそういう感覚はない。

 実のところ、中学時代に関してはそもそもの話、積立金の返金以前に修学旅行が普通に実践されたこと自体、あちらこちらから非難が集中していた。それに対して開き直ったようなことを言った挙句、被害者で死にかかった宏やそのクラスメイトに責任転嫁する発言が関係者からぽろぽろ漏れてさらに炎上していたが、当時ほぼ正気を失っていた宏はそのあたりの事を一切知らない。

 結局、この時の対応が止めとなり、宏の出身中学の廃校が不可避となったのだが、最初の対応で責任逃れを目論んだ時点で遅かれ早かれ同じ結果になっていたことは間違いないだろう。

 今回の件も、宏が被害者である事や病原菌が絡んでいる事、さらに修学旅行が絡んでいる事などから、微妙に似たような感じになってしまっている。だが、明らかに高校だけの責任ではない上に治療費を学校が負担することを早々に宣言しているため、現時点では宏の中学ほど非難はされていない。

 また、警備や備品管理に不備があった事や卒業生の思想・動向・問題行動などをちゃんと把握していなかった事を認めて謝罪し、再発防止のための取り組みを保護者や教育委員会などと話し合った上で進めていく事を発表しているので、おそらく宏達の高校に関してはこれで話が終わるだろう。

 むしろ、今後マスコミの興味や攻撃は、宏達の高校ではなくストーカー先輩の進学先の大学に向かうだろう。なにせ、宏達の高校は、深く突っ込んだところで実行犯であるストーカー先輩の問題行動と、それに学校が手を焼きながら警察と連携して可能な限り対処していたことぐらいしか出てこない。

 一流に分類される国立大学なのに暴力団や海外の非合法組織の関係者が堂々と活動していたストーカー先輩の進学先の方が、美味しいネタはたくさん転がっているのは間違いない。薬物反応とセットでストーカー先輩が大学の内情をベラベラ放出している時点で、もはや言い逃れは厳しい情勢である。

 もっとも、今回の話で一番救いようがない点は、黒幕連中がストーカー先輩のタガを外すために一服盛った結果、どういう訳かむしろそこからいろいろと足がついたことかもしれない。

 なお、どこより早いニュースサイトでも、出ている情報は宏たちの高校でバイオテロに近い嫌がらせがあったこと、その実行犯が卒業生であること、黒幕は某国が噛んだ広域指定暴力団の関係者で、準備は大学の構内で堂々と行われていたこと、大学側は実は事件の予兆を把握していたらしいこと、あとは両校の対応だけである。

「……とりあえず思ったんだけど、澪ちゃんがこっちに引っ越してくるかどうかっていう話し合いのタイミングでこれって、物凄く印象悪いよね」

「せやなあ。なんか、このあたりの記事の見出しだけ見たら、ものっそい物騒な土地っちゅう印象やんなあ……」

「心配しなくとも、潮見市が物騒な土地だとは思っていないから安心してもらいたい」

「そうそう。物騒だって言ったら、うちのあたりは私達が子供の頃に小学生の拉致殺人があったし、達也君たちが住んでいるところも五年前に変な事件があったわよね?」

「あったよね~、タッちゃん」

「ああ、あったな。まあ、俺たちの住んでる地域も水橋のおじさんたちが住んでる地域も、東京の中では割と人口が密集してる辺りだからな。それだけに色々便利ではあるが、どうしても変な人間も多いし物騒な話も多くなる」

 宏と春菜の懸念を笑い飛ばすように、そんな話を達也と詩織に振る澪の両親。達也と詩織も苦笑しながらそれに応じ、現住所の実態について口にする。

 実際問題、犯罪の発生件数だけで見れば、東京や大阪のような大都市は人口の少ない地域よりどうしても桁単位で多くなる。犯罪発生率でみると大した差は無いが、発生件数が多ければやはり遭遇する機会は増える。交通事故の発生率がほとんど同じなら、交通量の多い道の方が事故現場に遭遇する機会が多いのと同じ話である。

 そういう観点で見れば、田舎の方が安全ということになるが、今度は件数が少ないだけに、大きな事件が起こると非常に印象が強くなり、危険な地域というイメージが浸透してしまいがちだ。

 幸いにして澪の両親はそのあたりは冷静だが、当分は地域のイメージ悪化は避けられそうにない。

「現実として、どうなのよ? あたしの見た印象としては、のどかな田舎の都会って感じなんだけど?」

「全体的にはそんな感じかな? ただ、潮見駅周辺のオフィス街とか商店街は、大規模なターミナル駅だけあって大分都会的な感じ。東京の繁華街に比べると、飲み屋さんとか風俗っぽいお店とかが少ない分おとなしい雰囲気だけどね」

「僕が行く範囲でいうたら、工場街もガラ悪いっちゅうわけやないけど、あんまりのどかではない感じやな」

「なるほどねえ」

 真琴の問いに対し、春菜と宏が率直に答える。治安だのなんだのに関しては、発生件数や発生率といった数字以上に、その地域が持つ雰囲気や実際に立ち寄った際の印象といった数字に表れないものが重要である。犯罪発生率や犯罪件数は低いのに、妙にガラが悪くて住みにくい地域、というのも実際に多々ある。

 ちなみに潮見市は、というと、居心地そのものは悪くなく、真琴が言うように田舎の都会という感じののんきでおおらかな空気を持つ地域だ。春菜の立ち居振る舞いを見ているとそうは思えないが、大都市に分類できる人口の割りに良くも悪くも田舎の風情や性質が残っているところも多い。

 なお、そういう土地柄に加え大財閥のお膝元であり、さらに天音の絡みでいろいろあった事もあって、現在の潮見市は犯罪発生率も教育関連の不祥事も非常に少ない。いじめの公表件数は多いが、それは積極的に公開したうえで対応しているからであり、実際にはごく一部の私立を除き、学校の空気は非常に良い。

 このあたりの教育や治安周りの改革については、同じ地域にありながら住所上は複数の市に分散していた礼宮商事及びその系列子会社の所在地が、平成の大合併により一つの市にまとまったことも大きく影響している。それにより市の税収が増え、何をするにも大きな予算が付くようになったため、普通の自治体なら費用面であきらめているようなこともできるようになったのが大きいのだ。

 余談ながら、これだけ好条件なのに、駅からちょっと離れるといきなり地価ががくんと下がるのが、潮見市の田舎の部分の一つである。

「あっ、おばさんたちから返事だ。……なるほど、確かに潮見二中の校区内なら、深雪もいるから澪ちゃんのフォローもしやすいか」

「ねえ、春姉。深雪って?」

「私の妹。あの子も今ちょっと忙しいみたいだから、私が修学旅行から帰ってきてから紹介するよ」

「ん」

「で、潮見二中は私の出身中学だから、まだギリギリ一年生にも知り合いが居るし、二年には深雪もいるから比較的フォローはしやすいと思うんだ」

「春姉とその妹さんの影響力なら、いろんな意味で信頼できる気がする」

 春菜の説明に、コクコクとうなずく澪。実のところ、フォローがあるかないかよりもむしろ、春菜の後輩という響きに惹かれているのはここだけの話である。

 ちなみに、澪は宏の中学の後輩、という立場は最初から狙っていない。すでに廃校になっているから、というのもあるが、それ以上に自分のような異物が紛れ込んで、無事に卒業できる気がしないからだ。

「で、よくよく考えたら、水橋さん一家が引っ越してくる前提で話進めちゃっていますけど、澪ちゃんのお父さんのお仕事は大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、気にしなくていい。私が勤めている会社、潮見にも支社があってね。そこの管理職が一人、来年定年なんだけど、その後釜が決まっていないんだ。あまり大きな声では言えないが、残業手当がつかない割りに役職手当が安くて、しかも責任ばかり重い上にそこからの出世につながる確率が非常に低い、いわゆる典型的な『なりたくない管理職』というやつでね。その部署の管理職はどうしても本社から人を送り込まなきゃいけないのに、誰も引き受けてくれないからって、こっちにまで話が回っていていてね」

「つまり、それを引き受けるつもりだ、と?」

「そうそう。とはいえ、娘の事があるから赴任先の環境とかを確認してからにしたい、ということで今は保留にさせてもらっている」

「保留にさせてください、が通るほど嫌がられてるんですか……」

「そりゃそうだ。私の同期は皆、住宅ローンもあれば子供も学校に通っている年代だ。単身赴任も引っ越しもそう簡単にはできないし、給料が減ると家計が詰みかねない。逆に、辞令一つでどこにでも異動できる連中は、とっくの昔にもっと出世してるからね。脈がある人間のこの程度のわがままは聞いてくれる訳だ」

 割とよく聞く種類の、出世に絡む世知辛い話。それを聞かされて思わず遠い目をしてしまう宏達。特に明日は我が身の達也などは、非常に身につまされる話だ。

 辞令一つで強制的にやってしまえばよさそうなものだが、澪の父が勤めている会社はブラック企業という単語が最全盛の頃にこの手の人事異動でそれをやって、色々と痛い目にあっている。それ故に、今回は慎重に対応しているのだ。

 なり手がいないのであれば待遇を上げればいいのに、と思わなくもないだろうが、分かっていてもそう簡単にできないのが世の中である。澪の父の会社も、あと十年ほどは不要なポストの整理に手が付けられないため、中間管理職の手当てや待遇を改善できるようになるのはまだまだ先のことになりそうだ。

「なんにしても、この後不動産屋を回る予定だったから、案内してくれるのであれば非常にありがたい」

「分かりました。そういえば、今住んでいるおうちはいいんですか?」

「ああ、うちは賃貸マンションだからね。澪の事でいつでも引っ越せるようにしてたのが、今回見事に役に立った訳だ」

「なるほど」

 澪の両親の、娘に対する深い愛情。それを目の当たりにして、どことなく感動してしまう春菜。なんとなく、案内にも気合が入りそうだ。

 そこに、さらに立て続けに何通かのメールが届く。その中身は程度のいい中古住宅の物件情報。

「……なんだか、おばさんたちの本気を見た気がする」

「どういうことだ? ……って、物件情報じゃねえか。どれも条件よさそうなのばっかりだし」

「ちなみに、全部近いところに中学時代のクラスメイトが住んでて、家族の人とも面識があるよ」

「……確かに、本気を見た感じだな」

 予想以上に対応が早い春菜の関係者に、思わず乾いた笑みを浮かべてしまう春菜と達也。恐らく現時点でその気はなかろうが、必要となれば達也を引き抜いてこちらに来させるぐらいのことは平気でしそうな雰囲気である。

「前に、どう真琴がこっちに来やすくするか、って話したときに、お前さんの身内に頼らないようにしたのは大正解だったな」

「うん。さすがに取引はあっても系列とか関連会社とかではないみたいだから、澪ちゃんのお父さんの件には関わってないとは思うけど……」

「多分、ボクがこっちのお世話になるのが決まった時点で、準備はしてたんじゃないかって気がするんだけど。春姉、その辺はどう?」

「可能性はある、というか、天音おばさんから話が行ってた可能性は高いよ」

 春菜達の会話に、澪の両親を含む全員が同意するようにうなずく。それ以外に、ここまで優遇してもらえる理由も、やたら段取りがいい理由も思いつかない。

 実は最初から今回の治験に参加し今後の経過観察が必要な患者に関しては、引っ越しすることになった場合最大限の援助をしてもらえるように礼宮商事や礼宮家と契約を結んでいたということをこの後顔を出した天音から聞かされ、その最大限の内容に金持ち怖いという認識で一致する一同であった。







『いや本当に、ガチの金持ちってのはすげえなあ……』

 その日の夜。久しぶりに全員の予定が空いたからということでフェアクロにログインした後も、目の前の何かから現実逃避するようにパーティチャットで達也がロールプレイを忘れて今日受けた衝撃を口にしていた。

 現実逃避に都合がいい事に、ちょうどいいタイミングで天音から礼宮家がらみの、それも今の達也にとって大層都合のいい、結構な大金が動きつつ恐らく礼宮グループにとっても悪くないのであろう申し出がメールで届いていた。

 営業という立場上、たまにどうしても達也でなければだめだという連絡が来ることもあり、ゲーム中でも外部メールは常時確認できるようにしていたのがばっちり影響してしまった形である。

『まあ、ね。ある意味では、あれで礼宮グループが大きくなった面があるし』

『へえ? そりゃまたどういう話だい?』

 達也の言葉に答えた春菜の説明に、ロールプレイを維持したままの真琴が食いつく。ロールプレイを維持したままなのは、細マッチョ系の大男アバターで普段の口調とか、たとえパーティチャットでも気持ち悪いにもほどがあるからだ。

 なお、オババ姿の達也の場合、素の口調でもそういう感じのおばあちゃんがいないでもないので、さほど違和感がなかったりする。

『えっとね。創業者の礼宮鉄斎さんっていう人がね、金持ちは贅沢じゃなく道楽をしなきゃいけないって口癖のように言ってたらしいんだ。で、その道楽っていうのが、ジャンル問わず面白そうだったり人の役に立ちそうだったりすることにお金とか出して支援することなの』

『なるほどなあ。で、恩義を感じて礼宮系列の会社でその実力を発揮、って感じか?』

『必ずしもそうじゃないんだけど、成果だけかすめ取ろうとしたりとかしようとする人たちからも保護してたら、自動的に囲い込んだのと変わらないような感じになっちゃったみたいで……』

『……本気で、桁違いの金持ちってのは怖いよな……』

『ちなみに、天音おばさんぐらい化けた人も何人かいるけど、八割は成果って意味では空振りだったって言ってた』

 春菜の説明を聞き、恐れ入ったという表情を浮かべる年長組。道楽でパトロンをやり、そのうち二割を成功させるなど、尋常ではない話だ。

 もっと言うなら、現在の連結決算の純利益が下手な先進国の国家予算並という現在の業績を鑑みるに、成果が出ていないという八割に関しても額面通りには受け止められないところだ。

 ちなみに、礼宮グループで一番怖いのは、中枢である礼宮商事が非上場である点だろう。相続税と事業資金の調達さえどうにかできるのであれば、別に上場する必要はない事を示す、ある意味もっとも極端な事例だといえる。

『まあ、いい加減その話は終わりにして、現実に向き合おうよ』

『そうじゃな』

 春菜の提案に、老騎士オジジの口調のまま詩織が同意する。目の前には、現在宏と澪が絶賛解体中の巨大なドラゴンと、自分たちを取り囲んでいる大勢のギャラリーが。

『よもや、全員そろって休憩所から出た直後に、バルシェムに襲撃を食らうとはのう……』

『あれだけ屍の山を築き続けたバルシェムが、ここまであっさり落ちるとは思わなかったぜ……』

『向こうの知り合いにバルシェムさんがいるから、あんまり連呼されるとちょっと複雑な感じがするよ』

 いまだ終わらぬ剥ぎ取り作業を観察しながら、思い思いに好き勝手なことを言う春菜達。その間にも、宏が喜々として次々と剥ぎ取りナイフを突き立てていく。

 どうやら特別仕様らしく、本来なら剥ぎ取りナイフを刺して三十秒で終わる解体が一分以上たった今でも終わっていない。それだけに、生産ジャンキーで素材キチの宏としては、何が剥げるのか期待が膨らみまくっている。

 一本刺さるごとに加速していく解体ゲージは、宏と澪二人合わせて十二本の剥ぎ取りナイフが突き立てられた時点で通常の速度となり、一気に解体が終わってその巨体が消失する。

「ドラゴンソウル、ゲットや!」

「ん、ドラゴンロード素材も、最高品質がたくさん」

 何ともヤバ気な素材に、春菜達以外のギャラリーからもどよめきが広がる。

「おい、ガスト!」

 ギャラリーの中から一人の男性が出てきて、キャラクター名ガストこと真琴に声をかけてくる。真琴が所属しているギルドの重戦士・ローデリヒである。

「ん? ああ、ローデリヒか。見てたのか?」

「ああ。襲撃かけてきたバルシェムにえげつない弓技と洒落にならん斬撃が先制攻撃で叩き込まれてたのも、あっちのデカい斧持ってる兄ちゃんがバルシェムの攻撃全部平気で止めてたのもな」

「まあ、別に隠す気も誤魔化す気もないから、好きなだけ見ててくれればいいんだが」

「こんだけギャラリーが居て、隠したり誤魔化したりなんざできねえだろうが。っつうか、お前、その装備はもしかして?」

「察しの通り、神鋼製の装備だ。ヒロっつうんだが、あのデカい斧持ってるやつが作ってくれてな。いいだろう?」

「いいだろう、じゃねえよ! どういうことだよ!?」

「どういうも何も、単にちょっときっかけがあって、あいつと仲良くなっただけだぞ。あ、先に言っておくが、無理強いはNGだからな」

「分かってるよ、それぐらい!」

 真琴に釘を刺され、馬鹿にすんなとばかりにそう言い返すローデリヒ。もっとも、悔しいのは誤魔化しようがないらしく、「くそっ、羨ましいなおい!」とぼやいていたりするが。

「にしても、神鋼製の装備が作れるような職人が実在しててお前と仲が良くなってたのも驚きだが、あっちのちまいけど可愛い子と知り合いってのも驚きだ。どういう関係だよ?」

「ヒロの弟子。ちなみに、今日アバター変更するまでは、俺と変わらないぐらいデカくてマッチョな兄貴だったぞ?」

「そりゃまた変わった趣味だな。あんなにかわいいのに、勿体ない」

 解体で得られた素材をギャラリーに紹介している宏と澪を見ながら、さらにどういう関係なのか追及してくるローデリヒ。

 ローデリヒとガストこと真琴の言葉にあるように、澪はキャラクターの外見を自身と同じに変更し、それに伴い名前もミックからミオンに変更していた。長くフェアクロ世界でいろいろやってきた影響で、極端な体格差に対応しきれなくなって変更をかけたのだ。

 同じと言っても日本に戻ってくる直前の姿なので、今の澪とは微妙に似ていない。ほぼ同じなのは背丈ぐらいで、胸などはCカップオーバーと明確に盛っていると断言できるサイズになっている。

 本人はひそかに胸のサイズで春菜に勝ったことを喜んでいるが、いくらでも変更が効くアバターで勝ったところで空しいだけなのではと真琴が思っているのはここだけの話である。

「ま、そのうち紹介してくれや」

「別にそれは構わんが、ヒロは受験生だからそんな頻度では入ってこねえからな? 今日はたまたま気分転換したいことがあったからログインしてきただけだからな?」

「受験生か。俺にとっては遠い昔の話だな……」

「あと、ちびの方は見た目通り未成年だから、粉かけようとかすんじゃねえぞ」

「そんな直結厨と一緒にしないでくれよ。それぐらいはわきまえてる」

 と、言いながらも、やけに熱い視線を向けるローデリヒ。それを見てため息をつき、真琴はパーティチャットでとりあえず謝罪をすることにした。

『悪い、ギルメンに見られてた。ヒロとミオンがロックオンされてる』

『ん~、まあ、早いか遅いかの違いだよね。そもそもこれだけギャラリーがいるんだから、私の知り合いとかも混ざってて不思議じゃないし』

『どちらにせよ、今日のグランドクエスト攻略は厳しそうじゃのう、爺さんや』

『そうよのう、婆さんや』

『オババ、オババ。いきなりロールプレイに入られると寒い。やるんだったら最初からオジジとかガスト兄ぐらい徹底的に』

『そのあたりは正直すまんかったのう』

 澪に突っ込まれて、ロールプレイを維持しながら苦笑交じりに謝罪する達也。結局この日はログイン時間ぎりぎりまでお祭り騒ぎが続き、引きこもりを続けていた職人が宏以外も一部出てくるという歴史的な事件と引き換えにグランドクエストは一切触らずに終わるのであった。
というわけで、ストーカー先輩は大学でさらにそそのかされて犯行に及んでいます。
そそのかしたのは、礼宮商事にいい感情を持っていない集団とか、日本が技術独占してるのが許せいない国とかがバックについてる、バリバリの非合法系。
最初に情報リークした在校生も、どうにか無事に卒業させた高校側も、よもや大学でそこまで危ない連中に取り込まれていたとは思わなかった模様です。
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