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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第1話

「おはよう、蓉子、美香」

「おはよう、春菜」

「春菜ちゃん、おはよう!」

 連休明けの五月一日。いつものように七時過ぎに登校してきた春菜は、これまたいつものように二十分過ぎぐらいに登校してきた親友、中村蓉子と高橋美香にいつもの笑顔で朝の挨拶を済ませる。

 ちなみに余談ながら、蓉子は背も胸も標準ぐらいのクールビューティで、美香は春菜よりさらに大柄だが胸はやや寂しい感じの元気系お姉ちゃんである。どちらも春菜がいなければ学校一を競える程度の容姿はしており、三人で並んでも春菜の引き立て役になるほど見劣りするわけではない。おっとりほんわか系の春菜と合わせて、宏達が通う公立汐見高校の三大お姉さまとして校内では有名な存在だ。

 なお、かなりどうでもいい話ではあるが、美香はともかく、春菜と蓉子は一年生の頃から何故かひそかにお姉さま扱いで、実際のポジションも、クラスや学年内でのお姉さんポジであった。

 連休前と変わらぬいつもの朝。美香が朝練でいない事もあるが、おおむねこんな感じである。

 が、いつもと同じだと思ったのは春菜だけだったようで、蓉子も美香も挨拶をしてきた春菜に対し、何やら不思議そうな視線を向けてくる。

「ねえ、春菜」

「どうしたの、蓉子?」

「連休中に、何かあったの?」

「何かって?」

 唐突な蓉子の質問に、ちょっと困ったようにそう聞き返す春菜。その春菜の態度に、何かあったことを確信する蓉子と美香。

 蓉子は中学一年の頃から五年、美香は高校に入ってから二年、春菜とともに酸いも甘いも噛み分けてきたのだ。

 ほんの些細な変化ではあっても、親友に何かあったらしいことぐらいは簡単に分かるのである。

「ねえ、春菜ちゃん。ごまかせてると思ってる?」

「実は全然」

「だと思った」

「っていうか、私そんなにダダ漏れだった?」

「ん~、パッと見はいつもと変わんない感じ。ダダ漏れっていうのとはちょっと違うかな?」

 そういいながら、困ったような笑顔を浮かべる春菜を再び観察しなおす美香。

 実際、表面上の要素は、基本的に普段と変わらない。髪型はいつも通りのちゃんと手入れの行き届いたストレートヘアだし、服装もいつも通り身だしなみとしてはしっかりしているが、ファッションという面では欠片も気を使っていないもの。

 連休前との違いを一つ上げるとすれば、見慣れないシンプルなチェーンブレスレットを左手首に巻いているが、これだってこれまでの二年間で一度もなかった、というほどでもない。

 ちなみに、その数少ない例外的事例は、大抵が親戚などからもらったお土産を義理で一週間ほどつけているだけ、というパターンだ。似合わないわけでも趣味が悪いわけでもないのだが、そもそもヘアゴムやヘアピン以外のアクセサリを常時身に着ける、という行動がしっくりこないのか、一週間を超えて身に着けていた事例は存在しない。

 表情にしても、いつもとそんなに変わるわけでもない。が、それでも何か違うのだ。

 その何かがなんなのかは分からないが、なんとなく今まで以上に春菜の存在感が強くなっているのは分かる。よく観察すると、輝くような美貌は何一つ変わらないのに、これまで以上に綺麗になったような気もする。

 もともとが一般人と隔絶した美貌の持ち主だけに、綺麗になったといっても逆にすぐに分からないレベルだが、それでも間違いなく今までとは比べ物にならないぐらい魅力的になっている。

 そんな観察結果をもとに美香が蓉子の方に視線を向けると、蓉子も同じ結論に達したらしい。

「春菜ちゃん、相手は誰!?」

「いつ知り合ったの?」

「今、どこまで進んでるの!?」

「あなたの事だから袖にされる、なんて事はないと思うけど、浮かれて調子に乗って一線超えてたりしないでしょうね?」

「……やっぱり、二人に隠し事は無理だよね」

 畳みかけるように問い詰めてきた美香と蓉子に、思わず大きくため息をついてそう答える春菜。もともと付き合いが長い彼女たち相手に、誤魔化して隠し通せるなどとは欠片たりとも思っていなかった。

 思っていなかったが、ここまであっさり見抜かれると、今後が不安になってくる。

「誰か、っていうのは多分、すぐわかると思うよ。いつ知り合ったか、っていうのは、クラスメイトだからもともと知り合いだけど、そういう意味じゃないよね」

「クラスメイトって、今年のよね? 去年とかじゃないわよね?」

「っていうか、春菜ちゃんの好きな人がクラスメイトとか、ビッグニュースじゃん!」

 あまりに衝撃的なそのニュースに、思わず目を白黒させながら大騒ぎする蓉子と美香。元気系お姉さまとして名が通っている美香はともかく、クール系お姉さまで有名な蓉子には珍しい態度である。

 そこに、いけにえの羊よろしく、いつもの時間と呼べる範囲で宏が登校してくる。

「おはよう、東君」

「おはようさん」

 表面上はどう見てもいつも通り、という感じであいさつを交わし、自分の席に着こうとする宏。が、そこで外野から鋭く待ったがかかる。

「春菜ちゃん、ダウト!」

「東君もダウト、ってところね」

 宏と春菜の態度に思うところがあったのか、美香と蓉子が即座にダメ出しをする。

「というわけで、まずは春菜ちゃんから」

「まだ他の人間が来る時間じゃないから、今のうちに私たちに普段の姿を見せなさい」

「そうそう。まずは呼び方から!」

 本気で詰め寄ってくる美香と蓉子の態度に、本気で困ったという表情を浮かべる春菜。自分の自制心について全く評価していない現在の春菜としては、ここで普段通りの態度になってしまうと、他のクラスメイトが来るまでに切り替えられずずるずると自爆しそうな気がしてしょうがない。

 かといって、ここまで筒抜けでは、誤魔化そうとしても美香も蓉子も納得しないだろう。協力者として抱き込みたい相手が納得してくれない、というのは、後々の事を考えるとかなり辛い。

 そのあたりのジレンマを察したように、宏が諦めたような苦笑を浮かべて春菜に声をかけてくる。

「これ、諦めた方がええんちゃう?」

「……うん、そうだね。ごめんね、宏君」

「っちゅうか、最初から自分でこうなるかも、っちゅうとったやん。ある意味予想通りの展開やねんから、今更慌ててもしゃあないでな」

 やたらと鋭い美香と蓉子に、朝から疲れた、という感じでやたらと気安いやり取りをして見せる宏と春菜。そのあまりに自然な会話に、昨日今日の事ではないと察する美香と蓉子。

「ふ~ん、なるほどね」

「でもさ。連休前は東君も春菜ちゃんも明らかにそんなに仲良くなかったよね? 何があったの?」

「そうね。そこは私も気になるわね。それに、女の人にやたら怯えていた東君が、完全に平気ってほどではないにしても随分大丈夫そうだし」

「たった三連休で、何があればそんな何年も友達付き合いしてます、みたいな状態になるの?」

「恋愛感情的には現状春菜からの一方通行みたいだけど、これはまあ、分からなくもないから深く追求するのはやめておいてあげる。少なくとも、お互い相手を深く思いやる程度の関係みたいなのは見てて分かるし、ね」

 ここは突っ込んでおくべきところだ、と判断した蓉子と美香が、真剣な顔で畳み込むように質問をぶつける。そこには最初のような面白がっている様子はなく、本気で宏と春菜を案じているからこその質問なのが、表情だけでなく態度からもうかがえる。

 明らかに態度が変わった蓉子と美香に対し、やはりちゃんと話しておく必要はあるだろう、ということで意見の一致を見る宏と春菜。アイコンタクトだけでそこまで意思疎通ができる二人に、色々突っ込みたくなって必死に沈黙を保つ蓉子と美香。

 そんな危険な空気を感じ取ってか、思わず反射的に一歩引く宏。その宏を守るようにさりげなくかばうような位置に移動しながら、春菜がこれまでの事を話し始めた。

「えっと、蓉子も美香も、私がフェアクロで遊んでることは、知ってるよね?」

「ええ。それがなにか、って、もしかして、ゲームの中で東君と会った?」

「うん。それでね、お互い同じゲームで遊んでるの知らなかったのに、ゲーム内で遭遇するとか奇遇だよね、とか話してたら、変なバグ、っていうかネットワーク攻撃に巻き込まれちゃって」

「その攻撃の問題が解決するまで、ネットワーク内に意識が閉じ込められとってん。それが実時間では十分ぐらいやけど、主観時間で言うたら一年以上っちゅう長期間でなあ」

「他にも何人か巻き込まれちゃった人がいて、その人たちと一緒に力を合わせて、どうにかその一年ちょっとを乗り越えたんだよ」

 とりあえず、さすがに真実全てを説明するのははばかられるということで、全部嘘ではないが真実でもない表向きの説明をする春菜と宏。

 その説明の内容にどことなく釈然としないものを感じつつも、話せないこともあるのだろうと、自分たちが感じた疑問や不審を飲み込んで受け入れる蓉子と美香。

「なるほど。一年あれば、仲良くなるのも当然ね」

「力を合わせて乗り越えなきゃいけない、っていう状況だったら、春菜ちゃんが東君を好きになるのもおかしなことじゃないし」

 何か伏せられていることがある、という点には気が付かなかったことにし、とりあえず理由については納得して見せる蓉子と美香。主観時間で一年以上現実と隔離されていた、という部分に嘘を感じない以上、伏せられているであろう何かに関しては、割とどうでもいいことだと割り切ったのだ。

「それで、これからどうするつもりだったのよ?」

「とりあえず、宏君に変な圧力がかかるのは申し訳ないから、学校にいる間は可能な限り連休前と同じ態度で、もし発覚してもどうにかして口出しせずに見守ってもらえる状態にできないかな、って思ってたんだけど……」

「連休前と同じ、はもう、最初から破綻してるわね。大多数は誤魔化せるけど、それでも春菜は日頃から学校中の注目を集めてるんだから、恋人ができたって噂はそれこそ今日中にでも広まるわね。相手が東君だとか、恋愛的な意味では春菜の片想いだとか、そこまで今日中に広まるかは何とも言えない所ではあるけど」

「春菜ちゃんはどこにいても目立つもんね」

 蓉子と美香の容赦ない言葉に、本心から困った顔でうなずく春菜。今年入学してきた天音の双子の娘ほどではないにしても、自分が容赦なく目立つ自覚はある春菜。目立つということは観察されるということだ。

 そして、蓉子や美香の言動を見ればわかるように、観察力のある人間の目をごまかせるほど、現状の春菜は隠し事が上手くない。そもそも、心の奥底には宏が好きだということを周囲に知らしめたい、という気持ちが多少なりともあるのだから、隠しきれるわけがないのである。

 そんな自分を自覚し、現状でそれは一切プラスにならないと分かっていながら抑えきれないのだから、情けなさと申し訳なさで顔を上げられない。

「ほらほら春菜、へこんでないで話をつづけるわよ」

「そうそう。春菜ちゃんも東君も、何も悪い事はしてないんだしさ!」

 割と洒落にならない感じでへこみ始めた春菜を、必死になって宥めて浮上させようとする蓉子と美香。ぼちぼち他の生徒が登校してくる時間に差し掛かっている以上、あまり時間を無駄にはできない。

「で、根本的な話、東君がヘタれて逃げ腰だってこと以外に、どういう問題があって一見両想いにしか見えないのに実態は春菜の片思い、なんてややこしい事になってるのよ?」

「だって宏君は、この学校に入学したころから、なんで共学の学校に通えてるのかわからないぐらい重度の女性恐怖症だったんだよ? 今回のトラブルでいろいろあって随分症状は軽くなったけど、それでもさすがに恋愛的な意味でのお付き合いをお願いできるほどじゃないし……」

 蓉子の問いかけに対し、言ってしまっていいのかを視線で宏に確認した後、一番ネックとなっている問題を告げる春菜。それを聞いて、わずかに驚きの表情を浮かべる蓉子と美香。

 実のところ、あまり過剰な配慮は逆効果になりかねないことや入学当時はまだ微妙に事件が風化しきっていなかったことなどの諸般の事情により、宏の女性恐怖症についてはそれほどはっきりとは公にされてない。それでも心療内科に通っていることだけはそれとなく周知されており、日頃の態度などから女性関係で何かよほどひどい目にあったらしい、という事を同じクラスになったことがある人間はなんとなく察している。

 蓉子も美香もそのレベルであり、女性関係でトラウマを抱えていて逃げ腰なんだろう、とか、その原因は多分えげつない種類のいじめだったんだろうな、とかぐらいは察していても、春菜がそこまで慎重になるほどとは思っていなかったのだ。

「……その系統で何かある、とは思っていたけど、そんなにひどいの……?」

「正直言うとな、春菜さんとか一緒にトラブルに巻き込まれたごく一部の人間とかは大丈夫やねんけどな、いまだに怖いお姉さんにすごまれたら、吐いたりパニクったりせえへんっちゅう自信はあらへんでな」

「……それは確かに、厳しいわね……」

「これでも、自分らとこの距離でこの時間普通に話せるようになった分、大分マシになったんやで」

 微妙にしんどそうな宏の自己申告に、今度は蓉子の表情が申し訳なさを主成分とした渋いものになる。

 恐らく、我慢できないわけではないだけで、いまだにしんどいのは変わらないのだろう。その状態で、半分好奇心の蓉子たちの質問や会話に使ってくれているのだ。

 宏自身の事でもあるとはいえ、結構会話に寄り道があった自覚がある蓉子としては、申し訳ないと思わずにはいられないのである。

「まあ、そういう訳だから、私の方から勝手に好きになっちゃったのに、宏君ばっかり攻撃されそうな状況が申し訳なくて、ね……」

「……美香」

「うん、分かってる!」

 宏と春菜の事情を理解した蓉子と美香が、即座に意思統一をして方針を決める。

 初めてまともな本気の恋をした親友と、運がいいのか悪いのか親友に本気で惚れられてしまった、ヘタレだが温厚で我慢強いクラスメイトを守る。

 ただ、正攻法でやっても無理があるので、ここは娯楽方向に持ち込んだ方が確実そうではある。

「ほな、そろそろ他のクラスメイトが来る頃やから、いつも通り自分の席に……」

「ちょっと待って、東君。私たちの方針が決まったから、もうちょっと打ち合わせに付き合って」

「そら別にかまわんけど、何企んどんねん?」

「二人には申し訳ないんだけど、ある程度情報をオープンにした上で、娯楽方向で生温かく見守る形に誘導したほうが、東君にかかる余計なプレッシャーは相対的にましになると思うの。で、どうやってそっちに誘導するかって打ち合わせ」

 蓉子の説明に、思わず納得しつつ遠い目をする宏と春菜。その手の視線に関しては、フェアクロ世界にいたころに色々と覚えがある。

「ただ、さすがにネットワーク攻撃、とかそのあたりは伏せておいた方がいいとは思うんだけど、そこを誤魔化せる設定とか、そういうのはあるの?」

「うん。三連休の間、宏君をはじめとしたいろんな人に、天音おばさんが開発した最新鋭の治療システムを使った治験を実際にやってたんだよ。その治験、VRシステムを使ってたから、人によっては主観時間で年単位になったし、ね。で、データ取りと身内の参加も必要だろうって理由で健常者代表として私も参加してたから、そこで宏君の治療の過程で協力することになってそのまま仲良くなった、っていうことに」

「春菜さんと物凄い仲ええ人は誤魔化せんでも、大体の人はそれで納得するやろう、っちゅう事で、そういう方向で誤魔化すことにしたんよ」

「全部が嘘、って訳でもないしね」

 春菜の説明を聞き、なるほど、という感じでうなずく蓉子。その内容について、何やらじっと考え込んでいる様子の美香。

 その美香の態度が不安になり、春菜が声をかけようとしたタイミングで、唐突に美香が口を開く。

「春菜ちゃん、春菜ちゃん。年単位になった人には、東君も春菜ちゃんも含まれるんだよね?」

「うん」

「ということは、その前の事も含めれば主観時間で二年以上、あたしたちより長く過ごしてるんだよね?」

「そうなるよね」

 春菜が美香の疑問を肯定すると、もう一度宏と春菜を見た美香が何やらひどく納得したようにうなずいた。

「単に春菜ちゃんが恋した、ってだけにしては随分大人っぽくなった感じがしてたけど、主観時間だとあたし達より二年以上年上になるって考えたらすごく納得できたよ!」

「ねえ、美香。別に、主観時間だけで歳食ってれば大人になる、って訳じゃないと思うわよ?」

「せやな。おんなじ主観時間一年でも、ゲームでぼんやり遊んでんのと、なんかに真剣にがっつり打ち込むんとでは話がちゃうやろうし」

「まあ、その基準でいうなら、東君も春菜も中身が私たちより年上って言うのは納得できるわね」

「納得できるんかい……」

 妙に納得して見せる蓉子に対し、思わずそう突っ込んでしまう宏。突っ込みを受けて、小さく苦笑する蓉子。

 冗談めかして言ってはいるが、実のところ蓉子も美香も、割と本心から宏と春菜が精神的には自分たちより年上になったと思っている。

 正直な話をするなら、登校してきてすぐの時点では、蓉子も美香も宏の変化に気が付いていなかった。そもそもの話、宏とあまり親しくはなく、おおよその人となりしか知らないので、変わったかどうかなど分からないのも仕方がない。

 なので、宏についてはあまりえらそうなことは言えないが、宏が教室に入ってきた瞬間の春菜の様子には、信じられないと叫びそうになったのも事実だ。

 もっとも、少し話をしただけで、宏が連休前に持っていた印象とは大違いの、同年代よりはしっかりした人格と価値観を持っていることはすぐに分かった。蓉子と美香が宏に持った印象は、夢や趣味と現実との間に上手く折り合いをつけ、地に足が付いた行動をしながら無邪気に夢を追い趣味を全力で楽しむ大人、という者である。

 恐らく、連休前に持っていた印象そのままの宏相手、となれば、否定も邪魔もしないまでも全面的に応援しよう、という気にはならなかっただろう。人の恋路を否定したり邪魔したりする趣味はないし連休前の印象でも駄目だとまでは思わないが、協力したり応援したりしたいと思える組み合わせでもなかった。

 だが、今の宏なら、むしろ春菜の相手に他の人間をあてがおうなどという気すら起こらない。

 相変わらず、基本となるオーラはヘタレオーラだ。服装についても無難だし身だしなみもちゃんとしているのに、どこかダサいままである。だが、それらを補って余りあるほどの妙な貫録を身に付けており、ダサいヘタレというイメージそのままに、どことなく格好よく見えるようになっているのだ。

 その貫禄が、どう考えても最低でも三十路を過ぎた人間でなければ醸し出せそうもないものなのは、あえてここでは触れないことにしておく。

「で、まあ、話を戻すとして。さっきの春菜の説明、それをそのままベースにして、東君の女性恐怖症についても、ある程度公にしちゃっていいかしら?」

「別に、自分から触れ回る気がないっちゅうだけで、隠しとる訳やないからな。その辺は自分らに任せるわ」

「ありがとう。でも、それだけ重度なのに、今日話を聞くまでそんなこと全然知らなかったわ」

「そらまあ、僕は春菜さんとかと違って、基本目立たんその他大勢やからな。このクラスになって一カ月やけど、僕の事なんぞほぼ話題に上がってへんやろ?」

「それはまあ、そうね。というより、友達関係かよほど嫌いな相手でもなければ、普通は単にクラスメイトだっていうだけの相手の話題なんてそうそう出てこないわね」

「まあ、自分らとか春菜さんとかは例外やろうけど、普通そういうもんやわな。っちゅうか、嫌い、の方で話題に上がらんように必死なって頑張っとったから、そうでないと困るっちゅうか」

 宏のその言葉に、いろんな意味で納得する春菜、蓉子、美香の三人。女性恐怖症の宏が取れる自衛手段など、可能な限り無関心で居てもらうために、最低限積極的に嫌われないよう頑張るぐらいしかない。

 蓉子と美香からすれば、正直そこまでして共学の学校に通わなくてもと思わなくもないが、家庭の事情は人それぞれだ。それに私立公立関係なく県下で指折りの進学校であり、公立高校の中では断トツのこの高校に入ってついていける学力があるなら、あまりレベルが高いとは言えない他の男子校に通うのも非常にもったいない。

「とりあえずそのあたりはちょっと横において、話をまとめるわね。東君はこの三連休、重度の女性恐怖症を治療するため、綾瀬教授の新技術を使った治療法の治験に参加していた。春菜はその新技術のデータどり、って事で、親戚としてその治験に参加していた。ここまではいい?」

「まあ、そんなところやな」

「それで、東君の治療の過程で、面識がない、もしくはないも同然の女性の手を借りる必要が出てきて、綾瀬教授の身内であり、参加者の中で一番信頼できると教授が判断した春菜が治療に協力した」

「うん、そうそう」

「その治療が主観時間で一年以上かかって、その間ずっと一緒に行動してた春菜は、東君のいいところも悪いところも全部見た上でいつの間にかものすごく好きになっていた、って事でいいかしら?」

「おおむねそんな感じ。でも、この治療ですごくよくはなったっていっても、完治した訳じゃないから……」

 そう言って、狂おしいまでの恋心を押し殺して、気遣うような笑みを宏に向ける春菜。その笑顔に申し訳なさそうな表情で応える宏と、春菜の気高さすら感じさせる透明な美しい笑顔に息をのむ蓉子と美香。

 春菜の笑顔により話が途切れ、全員次に何を話そうとしていたのか分からなくなったタイミングで、教室の扉が開いて次の生徒が入ってくる。

「おはよう、ってあれ? 藤堂さんたちと東が一緒って、珍しい組み合わせだね?」

「あ、おはよう、田村君。ちょっといろいろあって」

「ふ~ん? いろいろって、……まさか?」

 宏と春菜の間にある空気から、何かを悟った様子を見せる田村。その田村の様子に内心でミスったと頭を抱えつつ、さっさとこのクラス一のイケメンを味方に抱き込むために話を進めることにする蓉子と美香。

 とはいえ、どう抱き込むにしてもまずは事実の告知から。春菜相手に軽く目配せすると、あえて軽い口調で田村に事実を告げ始める。

「そのまさか、ね。まあ、勝因はカッコつけたり言い寄ったりせずに普段通りの姿を見せたって事と、外面だけ見ずに普通に一人の人間として対応してた、って事かしら?」

「まあ、運とか偶然とかの要素も大きかったみたいだけど」

「……嘘だ~!!」

「これが、事実なのよね~」

 登校してきてすぐに、三大お姉さまから驚愕の事実にさらされる田村。クラス一のイケメンの顔が、非常に残念な感じに歪んでいる。

 それでもあっぱれなことに、田村は宏の事をこき下ろしたり、春菜に考え直すように言ったりはしなかった。釣り合いが取れていないのでは、とは思っても、クラスメイトを悪く言うほど性格が悪くはないらしい。

 とはいえ、では何も叫ばずにいられるほど人間ができているか、と言えば、答えは否。なので、田村は衝動に任せて、思いっきり余計なことを叫ぶ。

「嘘だ! 難攻不落、撃墜率百パーセントを誇るあの藤堂さんが、ごく普通にどこにでもいそうなクラスメイトと恋に落ちるなんて、そんな普通の恋をするとか嘘だろう!?」

「あ、そっちなんだ」

 田村の絶叫を聞き、思わず美香がそう呟く。明らかに春菜を狙っているのが丸わかりだったのに、宏をこき下ろしたり釣り合いがどうとかに言及するより、春菜が普通の恋をしたことに驚いているのが意外だったのだ。

 なお、春菜は田村のその絶叫に全力で机に突っ伏して、自分がどう認識されているかに思いっきりへこんでいる。

「ちなみに、現段階では恋愛的には春菜の片思いだけど、それはどう思う?」

「そっちはあんまり意外でもない。東って、間違いなく藤堂さんみたいなタイプに言い寄られたら腰が引けて逃げようとする人種だし」

「それに対してむかつく、とかは?」

「別に、東が積極的に口説いたとも思えないし、藤堂さんの方から好きになったんだろうから、そっちに腹立ててもしょうがないだろ?」

「あら、意外と理性的ね」

「ストーカー先輩と同類みたいにはなりたくない」

 不思議そうな蓉子の言葉に、きっぱりそう言い切る田村。あれと同じ穴の狢扱いはいやだ、と、心底思っているのが伝わってくる表情である。

 余談ながら、ストーカー先輩というのは、春菜に一目ぼれをして登校時間を合わせて来て、慣れ慣れしく恋人気取りで既成事実を重ねようとしてきた、とち狂ったストーカー的な一学年上の男を指した言葉である。

 春菜が入学して一月も経たないうちにそういった行動をはじめ、そのまま卒業するまで二年間ずっとストーキング行為を続けたため、ほぼ全校生徒から嫌われていた男だ。

 幸いにしてその男の通学時間が一時間半ほどかかったため、早めに登校して二人きりにならないようにする、という自衛手段が取れたが、そうでなければ今頃、間違いなく警察沙汰になっていたであろう。

 なお、春菜の家には色々とあれで何な警備システムが存在し、そうでなくても芸能人の家だということでそういった付きまとい対策は充実しているため、さすがのストーカー先輩も手出しできていない。

 もっと正確に言うと、手を出そうとして三回警察に呼び出され、次やったら退学と宣言されたためあきらめざるを得なかったのだ。

 現在は他県の大学、それもかなり遠方の国立大学に進学せざるを得なかったこともあり、春菜にちょっかいを出すような時間的余裕はない。なので、別段朝一番に登校してくる必要はないのだが、もはやそういう習慣が染みついているため、学年が変わって一カ月たった現在でも春菜は七時台前半に学校に来ている。

「まあ、何にしても、詳しい経緯はあとで教えてあげるから、しばらくはこの二人に関しては手出し無用。いろいろ空回りするはずの春菜をにやにやと観察しながら、内心で早くくっつけって思いつつ生温く見守る方針で」

「了解。みんなも、それでいいよな?」

「「「「「「もちろん!」」」」」」

 蓉子の要請にそう答え、さらにいつの間にか増えていたクラスメイトや他のクラスの連中に、そう声をかける田村。田村の絶叫を聞きつけて、大急ぎで状況を確認しに来たらしい。

 そんな田村の呼びかけに、声を合わせてそう答えるこの場の三年生達。彼らとて他人の恋路を邪魔するような趣味もなければ、春菜や蓉子、美香に嫌われたり敵対されたりして喜べる人種でもないのだ。

 こうして、在学中に春菜が宏を口説き落とせるかどうかを全校生徒が賭けの対象にしたり、何度もあれ既に普通にカップルになってる扱いでいいんじゃないか論争を起こしたり、卒業までの間様々な形で話題を提供し続けることになる宏と春菜の関係は、まずはこの場にいる三年生を中心に、詳細も合わせて一気に公認となるのであった。







「っていう感じで、今日一日あっちこっちからからかわれて、ひどい目にあったよ……」

「春姉、それのろけ?」

「そういう訳じゃないけど……」

 放課後。海南大学附属病院の澪の病室。

 問われるままに今日一日の学校の様子を語った春菜に、澪がかなり辛らつな言葉をぶつけてくる。

「というか、師匠の事を差し引いても、春姉のリア充ぶりがひどい件について」

「そんなにリア充っぽいかなあ、私?」

「ん。少なくとも、ボクが最初から健康体だったとしても、そこまでリア充になれてたとは到底思えないレベル」

「そんなことはないと思うけど」

 微妙にすねている澪に対し、本心からそういう春菜。

 確かに、今現在の澪が健康になったところで、おそらく春菜のように多数の友人に囲まれ、ゲーム以外の場所でも充実した人生を送る、という風にはいかないだろう。それは春菜自身も認めるところである。

 だがそれは現在の澪がいろいろ手遅れだから、というより、生まれてからずっと健康というものと縁遠かった澪が、本質的には人見知りで引っ込み思案な性格をしているからというのが大きい。むしろ、残念な言動はそれをごまかすため、もっと正確に言えば、人見知りで人と打ち解けるのが苦手なのも仕方がないと言い訳するために無意識にやってしまっている面が少なからずある。

 もちろん、大部分は実際に手遅れになっている部分が仕事をしているし、澪が新中学一年生がたしなむには問題がありすぎる趣味を全身全霊をもって楽しんでいるのは、間違いない事実だ。

 が、趣味や手遅れさ加減よりむしろ、人との付き合いが苦手である点の方が、友達を作るという点においてはマイナス面が大きいのは間違いない。

 なぜそれを断言できるかというと、春菜には方向性は違えど同じぐらい手遅れなのにかなりリア充している同年代の知り合いが、少なくとも三人は居るからである。一人は容姿の面でかなり得している人物だが、残り二人は別段美形というわけでもないので、健康になって体重が標準ぐらいまで増えた澪の容姿なら、まず問題にはならない。

 もっとも、澪の性格が否定されるべきものかと言えば、時折度を越した発言をすること以外はそれほど悪いというわけでもない。春菜としては、別段性格を変えてまで無理に一般的にリア充と呼ばれている存在になろうとしなくても、澪は澪のままでいいと思っている。

 正直な話春菜には、世間一般でリア充と呼ばれている人物や生き方が、そんなにこぞって称賛するほど素晴らしいものだとは思えない。何より、そういう人種が時折見せる、宏や澪のようなタイプを見下すような態度があまり好きではない。

 そういった個人的な好き嫌い以外にも、澪の性格的にああいった生き方はストレスがたまるだけで、恐らく得るものが何もないのも、澪が無理して「リア充」になろうとするのはどうかと思う根拠である。

 さらに言うなら、それ以前の問題として、自分たちのようにありのままの澪を受け入れて好きでいる人間がいて、真剣に打ち込めるものがある時点で、澪は既に十分にリア充と言ってしまっていいのではないか、と思っている春菜であった。

「それはそれとして、肝心の師匠は?」

「今、天音おばさんの診察を受けてる。初日だから、ちょっと念入りにやるって言ってたよ。ちゃんと面会時間までには終わってこっちに来るから、安心して」

「ん、了解」

 一緒に見舞いに来ているはずの宏の不在について、納得のいく回答を得てなんとなく安心する澪。やはり、顔を見られるなら顔を見たいのだ。

 なんだかんだ言って、向こうにいる間に単なる憧れや恋に恋している状態を脱し、宏に対してそれなりにちゃんとした恋心を抱いてしまっている澪。春菜を筆頭に今の澪ではどう逆立ちしても勝てそうにないライバルが勢ぞろいしているため、どうしても独占したいという気持ちはないが、やはり好きなものは好きなのである。

 そんなことを考えていると、扉が控えめにノックされる。

 ちなみに、澪の病室は個室、それも一番下のグレードとはいえ特別室である。これは、治験を受けた患者の中で群を抜いて症状が重かった澪を、念入りに経過観察するための措置である。他の患者も個室で経過観察を受けており、現時点では海南大学付属病院の個室は結構な割合が治験を受けた患者で埋まっている。

 なお、費用はすべて病院、もっと正確に言えば天音持ちである。もっとも、倫理的な問題でやらないだけで、天音の資産なら海南大学付属病院を一カ月借り切って治験を行っても、手持ちの現金すら大して減らないのだが。

「どうぞ」

「よっ。調子はどうだ?」

「あ、達兄。いらっしゃい」

 澪の許可を得て入ってきたのは、会社がゴールデンウィーク真っただ中の達也であった。隣には妻の詩織が、そしてその後ろには……。

「あ、宏君。もう診察は終わったんだ」

「おう。今んとこは異常なしや。ただ、ちょっとばかし過剰にストレスため込んでるから、当面は注意せい、とは言われたけどな」

「まあ、今日のあれじゃあ、しょうがないよね。私だってちょっとストレス感じたぐらいだし」

 天音の診察を終え、ちょうどばったり会った香月夫妻と一緒に見舞いに来た宏の姿があった。

 ちなみに、宏達五人は、前半の連休初日である四月二十八日に、海南大学の綾瀬研究室で全員顔を合わせている。その時に、澪の付き添いという形で澪の両親や詩織とも面識を得ており、天音や達也から説明を受けてほぼ事情を知っている詩織とはそのまま普通に連絡を取り合う関係となっている。

 なお、澪の両親はほぼ何も知らない。そもそも澪の体が健康体になる、というそれだけですでにいっぱいいっぱいで、娘の身に何があったのかを聞いて理解する余裕がなかったのだ。

「春菜ちゃん、すごい美人だからしょうがないけど、ヒロ君も大変よね~」

「そんなすごい美人だとかうぬぼれるつもりはないけど、最近大抵の人から褒められる容姿がちょっと憎い感じ……」

「春菜ちゃんはもっとうぬぼれないと、世の女の子たちを侮辱してることになるからダメよ。でもまあ、春菜ちゃんの性格だと、美人でも人当たりがよすぎて得より損の方が多そうだよね~」

 ストレス、の意味を正確に酌んだ詩織が、慰めるように宏と春菜にそう声をかける。男女が逆ではあるが、達也も日常生活では春菜に近い立ち位置であるため、春菜の苦労も宏の苦労もよく分かるのだ。

 もっとも、詩織は宏と違い、容姿の面では達也にそれほど見劣りするわけではない。街を歩いていても、普通に美男美女のカップルとして認識してもらえるので、見た目の釣り合いだ何だに関しては、宏ほど難儀なことにはなっていない。

「まあ、その話は置いとくとして、澪はどないなん?」

「ん。経過は順調。もう、手の指は全部動かせるようになった」

「そら本気で順調やな」

「多分、後半の五連休に入る頃には、首が動かせるようになると思う」

「……なんぞ、向こうでの予想よりかなり早いやん」

 澪の状態を聞いて、本気で驚く宏。

 それもそのはず。当初の予定では、首が動かせるようになるまで二週間程度は必要だと見込まれていたのだ。

 もともと、動かせるようになる順番自体は、動かすのに必要なエネルギーが少ないところから順番に、ということになっていた。それは天音の新薬も同じで、脳に近いところよりも先に手の指が一本ずつ順番に動くようになる、という流れで治療が進んでいく。

 天音の新薬に関しては、医学の知識がない人間には理解できない、どころか、神経や頸椎の専門医でも半分はなぜそうなるのかを理解はできても納得できない理屈でそういう神経の再生手順を踏むのだが、澪の体に関してはあまり関係がない部分なのでここでは触れない。

 そもそもの話、今回の薬に関しては、あくまで原因不明の多臓器障害の治療が主目的だ。もともと頚椎や神経の再生自体が偶然の産物なので、その理屈が正しいかどうかも、今後数十年、下手をすれば半世紀以上かけて検証することになる内容である。

「ボクの場合、効果が劇的すぎてデータとして信用してもらえないかも、って言ってた」

「そうだろうなあ……」

「あんまり結果が良すぎても、やっぱり信用してもらえないもんね」

「そもそも、元から何もしなくても治るのが確定してる状態で薬使ってるからなあ……」

 診察をした時に天音が言っていた言葉を告げる澪に、達也と春菜も同意するようにうなずく。

 新しいものにマイナスの情報がないと、かえって疑いの目が集中するのが世の中というものである。特に薬などの場合、百パーセント効果がある、とか、副作用が一切ない、とか言うと、まずデータのねつ造を疑うのが人間というものだ。

 さらに澪の場合、純粋に薬だけの効果かどうかが分からない、というのが一番厄介な点である。そういう意味でも、データとしてどれぐらい当てになるのかは分からない。

「まあ、その辺の話はちょっと置いとくとして、どのぐらいで完全に動けるようになる見通しなん?」

「あと二週間ぐらい。ただ、リハビリとか予後の確認とか考えたら、学校に通うのは二学期からの方がいい、って」

「なるほどな。まあ、学校はそうなるやろうなあ」

「正直、学校に関しては、楽しみより不安の方が大きい……」

「そこはもう、あかんかったらあかんかったで、最悪通信教育っちゅう手もあるしな」

「ん」

 学校に対する澪の不安を和らげるように、宏が自身の経験をもとにしたアドバイスをする。

 その宏のアドバイスを聞いて、なんとなく吹っ切れるものを感じる澪。

 よくよく考えれば、よほどでなければ宏ほどひどい目にあうことはないはずだし、そうなったらそうなったで、ここにいる人間や真琴が助けてくれる。

 大体、地元の学校では澪の病弱ぶりは有名であり、しょうもない理由でのいじめの結果、澪が長く休む羽目になったことも何度かあった。不幸な事故で長く寝たきりになっていたこともよく知られており、腫れ物に触るような対応にはなっても、宏のように集団によるいじめの対象にはならないだろう。

 下手なことをしたら本気で死にかねないほどひ弱な人間をいじめて、もし万が一のことがあれば法的に罪に問われなかったとしても、確実に人生が詰む。それが分からないほど、今時の中学生の大半は頭が悪くないのだ。

「そういえば、春姉。ちょっと気になったことが」

「何?」

「綾瀬教授、これだけいろいろできるのに、結局ボク達の、っていうか春姉の救助ができなかったの、なんで?」

「単純に、天音おばさんの能力だと、私達の大まかな位置は把握できても、世界を崩壊させずに構築できる経路がなかったんだって。おんなじ理由で、外側から邪神を排除するのも無理だったみたい。私達が邪神倒してから一カ月ちょっと待たなきゃこっちに戻ってこれなかったのも、似たような理由だし」

「なるほど。でも、もっと強い力を持った知り合いとか、いるはず」

「うん。私とか宏君とかを指導してくれた人とか、もし向こうに居たらあの邪神ぐらいはすぐに排除できたと思うし、経路だってそんなにかからなかったとは思う。ただ、能力があっても難しいものは難しいから……」

 そこまで告げて言葉を濁す春菜。力量だけでなく権能の方向性も大きく違うため、どのぐらい難しいかは漠然と理解していてもどう難しいかはよく分かっておらず、うまく説明できないのだ。

 そんな春菜の代わりに、宏が説明するために口を挟む。

「さすがに創造神が消滅直前に逆恨み全開で存在をかけて仕掛けた妨害だけあってなあ、外部からの干渉が異常に難しい事になっとんねんわ。具体的には、僕みたいな創造神系か指導教官みたいな何でもありの混沌系、後はそのあたりが混ざった時空神系でないとそもそも触ることもできん上に、その作業が例えて言うと、遠隔操作で重機三台同時に操作してジェンガやりながら抜いた棒で電撃イライラ棒をクリアしつつ、さらに二台ほど重機を操作してチェスと将棋と囲碁とオセロ同時進行でやって全勝せなあかん、っちゅう感じやねんわ」

「……ねえ師匠。それ、可能な作業なの?」

「うちらの指導教官いわく、それだけに専念すれば不可能ではない、っちゅう範囲らしいわ」

「専念すれば? ……妨害が入る可能性あり?」

「そらもう、こういうイベントがあれば妨害したがる連中はいくらでもおる、っちゅうんは現実でも神とかの世界でも変わらんで。そいつらの大半が単なる愉快犯な上に、やたら執念深くしつこくちょっかい出しおるらしいてな。師匠筋に関しちゃむしろ、そいつらのせいで世界の連鎖崩壊が起こらんようにする方に手ぇ取られとったっちゅう話や」

 宏の説明を聞き、今度こそ納得する澪。作業の難易度はともかく、要らぬちょっかいを出したがる愉快犯な神がいくらでも存在する、というのは、古今東西の神話を見ればよく分かる話だ。

 それに、現実でも実際に行動を起こすかどうかは別にして、カタストロフを望んだり実際に発生したときに大喜びしたりする人間は、どこの国にも一定数存在している。それを考えれば、フェアクロ世界を外部からの干渉による崩壊から守る方に手を取られるのも当たり前であろう。

 混沌系の神が守る側に回っている、という突っ込みどころはあるが、そこはスルーしておくのが大人の態度だ。

「あと、天音おばさんたちも、別に何もしなかったわけじゃないしね。単に私たちが気が付かずにスルーしちゃっただけで、経路づくりのために送り込まれてる知り合いもいるみたいだし」

「なあ、それって相当ひどいことしちまったんじゃねえか?」

「うん、まあ、そうなんだけど、その人、いや、人って言っちゃっていいのかな? まあ、その人も私の知り合いだから、あんまり普通とはいいがたいというか、肉体がないから物理法則に影響受けないっていうか……」

「いや、生身の肉体がなきゃいいってもんじゃねえからな?」

「そうなんだけど、時間感覚って意味ではその人も相当特殊だから、そこはそんなに怒ってないと思う。というか、そうじゃないと、いくら何でもまったくフォローできないような場所に送り込めないし」

「そういう問題じゃねえよ……」

 超常系の身内に対しては結構扱いがひどい春菜に対して、達也が苦い顔で釘をさす。

 もっとも、子供のころからそういう連中と日常的に接してきた春菜としては、向こうがそういう価値観なのでそういう対応をしなければ身が持たなかっただけなのだが。

 大概において相手の方が絶対的に強者であるという点で違うが、オクトガル相手にわざわざ丁寧な扱いをする人間がごく少数なのと、感覚的には同じである。

「まあ、私たちが神の城を使ってリンクつないだせいで、経路が完全に切断されちゃってその人を回収できなくなっちゃったらしいから、澪ちゃんの体が治ったらちょっと探しに行かなきゃいけないんだ」

「俺たちが迷惑かけたようなもんだから、探しに行くのは喜んで手伝うつもりだが、澪の体が治ってからでないとだめなのか?」

「どこにいるかはっきり分からないから、ダンジョンも探さなきゃいけないんだ。だから、あんまり権能を使わないようにすると、澪ちゃん抜きじゃ罠に対する能力が低すぎて危ないと思う」

「あ~、なるほどな。スルーしたダンジョンとか、スルーしたダンジョンの奥の隠れ里とか、そういうところ全部めぐる必要があるってなると、澪の能力は必須か……」

「達兄。そもそもこういうイベントでボクをハブろうとするのはひどい」

「お前さんをハブるつもりって訳じゃなくて、どっちかっていうとこれ以上待たせるのはどうかって方を気にしてるんだが……」

 仲間外れにされることに対して文句を言う澪に、渋い顔で達也がそう言う。

 年長者で社会人経験もある程度積み重ねがあるだけに、このあたりの達也の感覚は非常に真っ当だ。真っ当なだけに、澪もそれ以上の文句は言いづらい。

 もっともどれだけ真っ当であっても、この種の超常現象が絡み、かつ春菜のそっち方面での知り合い相手となると、まともに通じるのは天音ぐらいであまり意味がなくなるのが哀れなところである。

「それにしても、真琴姉は結局来れなかった?」

 その後もしばらく、いかにして天音の知り合いと合流するか、そのためにどこから調査を始めるか、そのあたりの相談を軽く済ませたところで、現在不在の真琴について澪が言及する。

「さっきメッセージが入ってて、お母さんが心配してるから、連休に入るまではちょっと遠出が厳しいんだって」

「あ~、まあ、長い事引きこもりやってたからなあ」

「正直に言うと、私はむしろ、よく前半の三連休にこっちに出てこれたなあ、って思ってるよ」

 現在この場には不在の真琴について、仕方がないとしか言いようがない話が出てくる。

 一応成人している上に中退とはいえ大学に通っていた娘に対して、真琴の母の心配は過剰と言えば過剰だ。

 だが、長く引きこもっていた娘が、きっかけも分からぬままに唐突に引きこもりをやめたかと思えば、その翌日には丸一日外出していたのである。

 引きこもりのきっかけとなった理由が理由だけに、またおかしな人間に引っかかったのではないかと母親が心配するのも、仕方がない事であろう。

「状況が状況だけに、こっちから真琴さんのところに顔を出しに行くのも、ちょっと厳しいんだよね」

「つうか、そもそも現段階じゃヒロと澪が真琴のところまで移動できないんだから、どっちにしても今は無理だろ」

「だよね」

「ただまあ、いずれかの段階で、悪いことにかかわってるんじゃないかって誤解だけは解いときたいところではあるが……」

「しばらくは様子見するしかないよね。もしくは、困った時のおばさんだより」

「様子見はともかく、お前さんの身内に頼るのは最後の手段だな。話がデカくなりすぎる」

 達也の意見に、この場にいる全員が苦笑しながらうなずく。

 春菜がおばさんと呼ぶ相手は、天音以外もほぼ全員がシャレにならない影響力を持つ多忙な人間だ。頼ったが最後、間違いなくこの場にいる人間では制御できない状況になる。

 すでに宏と澪の一件が制御不能になっているのに、これ以上自分たちの手に負えない事案を増やしたくはない。誰も口にしないが、それこそ事情を知っているだけの詩織ですら思いは同じである。

「あと、向こうにはいつ顔を出す?」

「澪が動けるようになってから、やとちょっと間ぁ空きすぎか?」

「ん。せめて、師匠と春姉だけでも先に顔を出した方がいい。というか、顔を出さないとエルとライムがちょっと不安」

「せやなあ……。どないしよか、春菜さん?」

「連休中に、っていうのはちょっときついよね。クラスでの付き合いもあるし、他にもいろいろやらなきゃいけないことが出来ちゃったし」

「せやねんなあ」

 クラスでの付き合い、という単語に、澪だけでなく達也と詩織の目にも好奇心に満ちた輝きが宿る。

「ヒロ君と春菜ちゃん、基本秘密だったんだよね? それなのにクラスでの付き合いとか、大丈夫なの?」

「親友に引っ掛けられて、私の片想いってところまで含めて大体の事は自爆済み。それに、クラスでの付き合いって言っても、受験の息抜きもかねて半日ほど軽く遊ぶだけだし」

「ただなあ……。息抜きにちょっとボーリングとカラオケ、っちゅう程度、駅前まではいかんで学校近くの施設使う、っちゅうても、あんまり広ない空間に詰め込まれるんはちょっと気ぃ重いでなあ……」

「もともと誘われてた私はともかく、宏君は別に無理して参加しなくてもいいと思うんだけど……」

「それはそれで気ぃ悪いやん。こういう誘いは、一回は付き合わんと……」

「あ~、うん。確かに、そういうのはあるよね……」

 宏の反論に、困った表情で同意する春菜。全員が全員そうではないにしても、せっかく誘ったのに断られては、いい気がしないのは普通の事だ。

 今回に関してはそんなことにはならないだろうが、場合によっては初回の誘いを断ったことが原因で集団から孤立したり、激しく敵対される羽目になったりすることもある。

 そのあたりの世知辛さは、たとえ神となった身の上でも変わらない。実体がどうであれ、宏も春菜も日本での立場は吹けば飛ぶような普通の高校生でしかないのだから、そういう部分は蔑ろにできないのだ。

 世捨て人にでもなればそういう面倒くさい人間関係からは逃れられるが、完全に世を捨てるには宏も春菜も未練が多すぎる。たとえその大半が細かい、くだらない事ではあっても、人里から離れられない理由としては十分だろう。

「まあ、話ずれとるからそのあたりはちょっと置いとくとして、や。顔だけ出してそれで終わりやっちゅうわけにはいかんやろうし、ちゅうたかて連休中は何やかんや言うて向こうに泊まれるような余裕はあらへんから、向こう行くとしたら連休明け最初の土日やな」

「そうだね。向こうの事、と言えば、神の城の事とか、どの程度おじ様たちに教えるの?」

「そこら辺は、アルフェミナ様とか向こうの神様にも相談してからの話やな。ただ、いずれは冬華のことぐらいは教えんとあかんやろうけど」

 そこまで意見交換をしたところで、詩織の何やらもの言いたげな視線に気が付く。

「どうしたの、詩織さん?」

「あ、うん。タッちゃんがずっといたフェアクロそっくりの世界とか、ヒロ君の持ってる神の城とか、すごい気になるんだけど私は行っちゃダメなのかな、って」

「そこらへんも、要相談やな。神の城に関しては、基本僕が勝手に決めて大丈夫やねんけど、それ以外の事が絡んできおるし、それにな」

「それに?」

「詩織さん、兄貴とちごて完全に普通の人間やん。そのままやったら向こうに連れて行くんは危ないし、っちゅうたかて僕らみたいにフェアクロでのスキルとかステータスを身に付けて、みたいなことができるかどうかわからんし」

 宏の説明に、この場で即答できない理由を素直に納得する詩織。連休の間に、早くも微妙に自身の能力を持て余している達也の姿を見ているため、宏がそのあたりについて慎重になるのは当然だ。

「私もそのあたりは気になってたよ。仮にステータスをそのまま現実の肉体に反映できるとして、達也さんとの事があるから詩織さんのステータスはフェアクロ準拠の方が安心はできるけど、日常生活にいろいろ影響が出るから全面的にいいことなのかが分からないんだよね」

「私はタッちゃんと同じなら、いくら苦労しても全然気にならないよ。ただ、タッちゃんに美味しいお料理を食べさせてあげたいから、フェアクロ準拠の料理スキルとかはほしいかも」

 ニコニコと嬉しそうにそんなことを言い出す詩織を、眩しそうにかつ羨ましそうに見つめる春菜。両想いのパワーというのはすさまじい。

「春姉に続いて、詩織姉からものろけ攻撃が……」

「のろけ? 春菜ちゃんが? 本当に?」

「のろけっていうか、自爆した後の愚痴っていうか……」

「春姉。あれは部外者が聞いたら完全にのろけ」

「そうなのかな……?」

「ん。っていうか、片想いなのにあそこまでのろけられるとか、春姉の残念さは高度すぎる」

 澪の容赦ない攻撃に、思わずがっくりとベッドサイドのテーブルに手をついてしまう春菜。気安い仲だからこその言葉が、実に深く突き刺さる。

 そんな春菜と澪のやり取りを、実に楽しそうにニコニコと見守る詩織。その様子があまりに嬉しそうなので、不思議に思った達也が口を開く。

「なあ、詩織。なんかやけに嬉しそうだが、どうしたんだ?」

「あの澪ちゃんが、こんなに表情豊かに気を許して会話してるっていうのが、なんとなく嬉しくて。それに、ヒロ君や春菜ちゃんとのやり取りは見てるだけで楽しそうで、こっちも楽しくなってきちゃった」

「あ~、そうだな。いろいろと残念な娘ではあるが、それでもここまでちゃんと感情表現できるようになったのは、間違いなくヒロや春菜、真琴のおかげだな」

「うん。本当に、無表情のまま触手がどうだとか3Pだとかぽろぽろ漏らしてるところを知っている身としては、この先どうなるかすごく心配だったんだから~」

「……その件に関しては、そのうち犯人をとっちめるつもりだ」

「その時は手伝うよ。いくらなんでも、小学生の女の子に勧めちゃいけないようなものを触らせるのはね~」

 達也と詩織のそのやり取りに、思わず気まずくなって目の動きだけで視線をそらし、鳴らない口笛を吹いて誤魔化そうとする澪。こういう時、首が動かせないのは実に不自由だ。

「それはそれとして、こっちに来れない真琴ちゃんのためにも、今夜か明日の晩あたりに、みんなでフェアクロで遊ばない?」

「あ、それいいかも」

「せやな。せっかくやから、しばらくは時間あう時に、みんなでグランドクエスト進めてみるんもええかもな」

「ん、師匠に賛成」

「だな。面白そうだし、久しぶりにゲームとしゃれこむか」

 詩織の提案に、みんなして食いつく。この後宏達は、一般の面会時間が終わり澪の両親が顔を出すまで、病室とは思えない明るく楽しい雰囲気でこれからの事を語り合うのであった。
前話の感想で遺伝子が寿命に関係ないと判明したのになんで天音しか生き延びてないのか、という質問があったので簡単に回答を。

天音が生まれたのは1985年。まだソ連が生き延びてたり冷戦だったりという時代です。で、発見された六人(天音も含む)のうち三人がソ連を含む東側諸国で、残り一人がヨーロッパとはいえ当時まだまだ迷信が根深く、普通に人殺し手前の悪魔祓いとかが横行していた地域。この四人に関しては、もうその説明でいろいろ察していただけたらと思います。

残り一人はアメリカでしたが、九十年代後半に乱射事件に巻き込まれて死亡。この一人に関しては偶然巻き込まれただけなのか、それともターゲットに含まれていたのかはいまだ不明、ということになっています。

別に、人が死ぬのは寿命や病気だけではない、ということです。と、いうか、天音が驚異的に強運だっただけ、というのが実際のところです。
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