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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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第17話

「すまんな、急に呼び出して」

「まあ、予想は出来とったんで、気にせんでください」

 春菜からの碌でも無い報告を聞かされた昼食を終え、気持ちを切り替えて午後からの予定を消化しようとしたあたりで、一同は国王とレイオットに呼び出された。

「しかし、こんな妙な部屋があるあたり、さすが王城言う感じやなあ」

「また、妙なところに感心する男だな」

 場を和ませるためか、速攻で話をそらし始めた宏に、思わず苦笑しながら突っ込むレイオット。

「とりあえず、ここなら強力な防護魔法が掛けられているから、少々暴れても問題にならない。無論、出入りには国王か王位継承者、姫巫女のいずれかの存在が必要だから、内部に盗聴だのなんだのを仕掛けることも不可能だ」

「つまり?」

「ここでなら、ハルナが受け継いだというアルフェミナ様の特殊魔法を使っても、基本的には大した問題にならないはず、ということだ。念のために、エルンストとユリウスにも同席してもらっているしな」

 予想通りの展開に、苦笑を漏らすしかない春菜。いくらドーガとユリウスがいると言っても、この城全体を吹っ飛ばすような極端な威力の魔法だと全く無意味だと考えると、いくらなんでもこの状況は不用心すぎるのではないか、と言うのが彼女の正直な意見である。

「そう言う訳だから、ハルナ殿が覚えたと言う魔法を、正直に正確に教えてもらえんか?」

「はい」

 国王に促され、頭の中で軽く考えをまとめてから口を開く。

「とは言っても残念ながら、大半は普通の回復魔法か補助魔法、移動魔法、障害魔法なんです。使い手の多寡に目をつぶれば、基本的には特別な条件が必要なものではない、訓練で身につけられる魔法ばかりです」

「具体的には?」

「女神の加護や韋駄天、女神の癒し、長距離転移のようなものが大半です。私が使えない魔法もいくつかありましたが、どうすれば習得できるのかを知っていて、何人か知り合いに使い手が居るものばかりです」

 具体例を聞き、なるほどと頷く国王とレイオット。確かに韋駄天などは、騎士団の中にも身につけている者が結構いる程度にはメジャーな魔法だ。名前の通り足を早くする魔法なので、行軍速度を上げたり戦闘時の展開能力を強化したりするため、少しでも魔法と相性がいい人間すべてに教えようとしているぐらいだ。習得難易度もそれ相応、と言ったレベルである。

 女神の加護や女神の癒しになると、さすがに習得者は珍しい部類になる。とはいえ女神の、と名がついてはいるが、時空神アルフェミナか大地母神エルザ、海洋神レーフィアの三人の女神いずれかの力を使う魔法、と言うだけで、別段信仰心を求められている訳ではない。それゆえ別段神官で無くても習得が可能で、どこの国の中枢も、何人かは使用可能な人間を抱えている。そして長距離転移に関しては、上級の冒険者のパーティやチームなら、絶対一人は使い手が混ざっている類のものだ。現実に、日本人チームでも達也が使用可能である。

 女神のとつく補助・回復系の魔法は確かに最上位の魔法であるが、宏の存在ほど珍しいものではないのだ。ついでに言えば、女神の癒しは極めた時の回復力こそ三級ポーションを大きく超えるが、部位欠損は治らない。

「大半、と言う事は、多少は特殊なものがあったのだな?」

「はい。知らない魔法が四つだけ。正確には、一つの魔法を四つの機能に分けた、と言う感じです。そのうち一つは使い方は分かるものの現状発動は出来ず、残り二つは回復系の魔法なので、この場では実践できません」

「ふむ。では、残りの一つは使える、と言う事なのか?」

 国王の問いかけに対し、青い瞳に困ったという感情を浮かべながら、どう説明すべきかに頭をひねる春菜。その様子から、相当ろくでもない魔法だと判断する国王。

「使えんのか?」

「発動できるかどうか、という意味では発動できます。ただ、実用性があるのか、と言われると、難しいところです。おそらく今の私の肉体では、発動即自滅です」

 本気で困り切った顔で、あっさりととんでもない事を言いきる春菜。その言葉に、何とも言えない沈黙がその場を覆う。

 春菜の肉体は、この国の騎士の平均と十分勝負できるだけのスペックを持っている。流石に純粋なスペック勝負ではユリウス、ドーガ、レイナの三人には大幅に劣るものの、手札に一切の制限が無ければ、レイナ相手なら十分勝ちを収めることもできるレベルである。そんな彼女が、発動即自滅すると言うほどの魔法。それが攻撃だろうがそれ以外だろうが、間違いなく碌でもない代物であろう。

「具体的には、どんな魔法なのだ?」

「対象の思考速度および肉体の速度を、極端に大きく加速する魔法です」

「どれぐらい加速できる?」

「今の私の力量で使えば、約百倍程度に加速できます。加速したからと言って老化が早くなる訳でもないようですが、肉体に対する負荷を全く軽減しないので、余程鍛えていないと、魔法をかけられて動こうとした瞬間に自滅すると思います」

 本当に碌でもない魔法だった。この碌でもなさ、さすがエクストラスキルである。なお、普段バイクやジェットコースターなどの、無風状態でも風圧や空気抵抗を生身でダイレクトに感じる乗り物に乗る機会が少ない春菜は、実は一つ勘違いしていることがあった。

 正確には、加速をする魔法ではなく、百倍以上の速度に加速しつつ、加速しない状態と同じように動ける魔法がこのエクストラスキルである。それゆえに、空気抵抗や摩擦熱、衝撃波の発生などは完全に抑えられるのだが、分割された際に劣化したのか、動くことで体内に発生するダメージおよび、固体に接触した際の反作用は軽減されないのだ。

 が、空気抵抗という要素に意識が向いていなかった春菜は、体内へのダメージや衝突によるノックバックを軽減しないという特性を、肉体に対する負荷をまったく軽減しないと勘違いしたのである。

「……流石にそれだと、使って見せろと言うのは酷だな……」

「自分にかけるのは自滅確定、誰かにかけるのもためらわれる、って言う類の魔法ですからね……」

 とは言え、使えれば強力な魔法なのは間違いない。そこが更に悩みどころである。

「そう言えば、残りの二つは回復系だと言っていたが、どういった代物なのだ?」

「どちらも傷や毒、病などだけに直接干渉、時間を操作して治療するタイプのものですが、一つは傷や毒、病が消える方向に操作して時間を加速する魔法、もう一つは傷や毒、病を受ける前まで時間を巻き戻して、それらに体を蝕まれたという事実自体を無かった事にする魔法です」

「……と言う事は、部位の欠損や障害の類も?」

「私の腕が上がれば、多分ほとんどのものは治せるようになると思います。ただし、魂が抜けてしまっているので、死者を蘇生する事はできません」

 春菜の言葉に、そうかと頷く国王。死者の蘇生に関しては、国王に限らずこの世界のまともな人間にとって、最高位の禁忌となっている。今までに三度ほど成功例がある死者の蘇生だが、そのたびにとんでもない量の瘴気が世界に蔓延し、最低でも国が一つ滅ぶと言うとんでもない被害が出ているのである。

 今でもその名残として、蘇生を行った現場は異界化してダンジョンとなっている。そのうち一番ひどいものが、煉獄と言われている最上位のダンジョンなのだ。

 因みにゲームの場合、あくまで戦闘不能で死亡では無く、死ぬ直前に神々に保護されているという設定となっている。安全圏への帰還以外での戦闘不能の回復は、女神の癒しか三級以上の高レベルポーション、世界樹の薬などの特殊アイテムでしか不可能と言うハードルの高いもので、一般ユーザーは戦闘不能即帰還が基本だ。

 しかも、ポーションおよび女神の癒しによる戦闘不能の回復は非戦闘時にしか行えず、戦闘中に復帰できる世界樹の薬は大霊窟にリアル時間一カ月潜って一個、と言われるぐらいドロップ率が低いアイテムである。戦闘不能からの回復は、基本的にあまり現実的な選択肢とは言えないゲームなのだ。

「ふむ」

 春菜の返事を聞き、少し考え込む。その沈黙に嫌な予感しかしない春菜。

「時に、その回復魔法は、自分にもかけられるのかね?」

「不可能ではありませんが、最低でもちゃんと動ける状態で無いと無理です」

「ここに三級ポーションがあるのだが、その回復量で足りるのかな?」

 国王陛下に問われて考え込む。ゲーム内では三級、つまりレベル6での戦闘不能回復は、成功率三割と言ったところ。その上三級だと復活した直後はHP1、ポーションを飲むと中毒になる状態だった。今にして思えば、部位欠損が治ると言うのも、この機能を考えれば当然なのかもしれない。

 蘇生の成功率に関しては女神の癒しも似たようなものだが、こっちは連続使用にこれと言ったペナルティが無い。

「達也さん、女神の癒しは?」

「ほとんど鍛えてないが、使えなくは無いな」

「だったら、自分の体を実験台にするかな……」

「ちょっと待て、考え直せ!」

 慌てて止める達也に対して苦笑すると、発動後に実験に使うつもりの、BB弾ぐらいのサイズの小石、と言うより破片のようなものを取り出してから、念のために耐久値を強化する補助魔法をかけて、件の魔法を構築する。流石にエクストラスキルだと思われる魔法だけあって、消費する魔力も尋常ではない。だが、それでもエレメンタルダンスよりは消耗が軽い以上、それほど発動に問題は出ないだろう。

「行きます! オーバー・アクセラレート!」

 十秒ほどの詠唱を終え、自身に件の魔法を発動させる。次の瞬間、周りの動きが完全に止まる。

(成功かな?)

 ちらっと結果について意識を向け、ものは試しと破片を指先で弾く。次の瞬間、まず指先に、そして全身にすさまじい痛みが走り、前のめりに体が傾いでいく。ほぼ同時に、弾かれた小石が恐ろしい音を立てて壁に食い込み、派手に亀裂を入れる。痛みに負けてとっさに魔法を解除すると、すぐに誰かが彼女の体を支えてくれ、ワンテンポ遅れて薬の匂いがする液体が頭にかかる。金色の髪を薬剤が伝い、地面に落ちる前に体に吸収される。

「春菜!?」

 春菜の体を支えてくれたのは、真琴のようだ。頭にかけられたのは三級ポーションで、それを春菜にかけたのは宏だったらしい。反応自体は宏の方が早かったのだが、動作の数と速度の差で、真琴の方が早く行動を終えたようだ。なお、頭からかぶる、と言うのは、ポーションのもう一つの使い方である。実際には頭で無くても、体の露出部分のどこかにかければ事が足りる。回復力こそ一段落ちるが、緊急時には最も手っ取り早く治療できるやり方だ。戦闘不能からの復活もこのやり方になるため、三級ポーションでは三割程度の成功率しかないのだろう。

「春菜さん、体動かせるか?」

 空になった瓶を鞄にしまい、距離を取りながら心配そうに聞いてくる宏。この状況でも必要が無くなればきっちり距離をあけようとする宏に、思わず内心で苦笑してしまう春菜。とは言え、それでも本心から心配してくれる事自体がうれしいので、あまり気にならないが。

「まだまだあっちこっち痛いけど、どうにか……」

「ほな、マナポーション飲んで、早めに治療した方がええ。さっきの解説やと、時間経ったら治療難しなるはずや」

「……うん……」

「五級しかないけど足るか?」

 宏の質問に頷いて、マナポーションを荷物の中から取り出して飲み干し、さっさと回復魔法の準備に入る。感触から言って今の力量では、多分後遺症を残さずに治療できるかどうかぎりぎりのタイミングだろう。

「リターン・ヒール!」

 再びなかなかの量の魔力を持っていかれ、一瞬頭がくらっとする。エレメンタルダンスの時は肉体疲労の方が厳しいため余り印象に残っていなかったが、魔力の大量消費も結構体に来るものがある。とは言え、どうにか魔法は間に合ったようで、全身の痛みがあっという間に消える。体をあれこれ動かして異常が無いかを確認し、大事が無い事を確認してほっとする。障害が残る可能性についても覚悟はしていたが、やはり何も無いに越した事は無い。

 春菜の身に大した問題が無い事にほっとしつつ、とりあえず一旦落ち着くために話を中断する一同であった。






「あれは、なにをしたんじゃ?」

 中断している間に仔細に壁をチェックしていたドーガが、かなり真剣な顔で春菜に確認してくる。壁に衝突したはずの破片はどこにも無く、何かがあたったらしいと言う痕跡はその大きな亀裂だけしかない。所詮小さな破片ゆえ、衝突した衝撃で完全に砕け散ってしまったらしい。

「単に、適当な破片を指で弾いただけ」

 そう言って、大体似たような大きさと形の破片を取り出してドーガに見せる。なぜそんなものを持っているのか、と言うと、呼び出された時に実際に魔法を使う可能性を考え、中庭で拾っておいたのだ。

「それで、あれか……」

「因みに、普通に弾いたらこんな感じ」

 そう言って、先ほど破片が直撃したのとは別のポイントに向けて弾いて見せる。弾かれた破片はぱしっと乾いた軽い音を立てて壁に当り、そのまま跳ね返って床に落ちる。適当に弾いた割にはなかなかの威力で、皮膚に直接当れば少しは痛そうである。が、流石に目に直撃でもしない限り、大きな怪我につながるような威力は無い。

「それが、こうなるのか……」

「速度が百倍と言うのは恐ろしいな。そもそも構えたこと自体が分からなかった」

 ドーガのうめくようなつぶやきに、ユリウスも慄くように同調する。

「思ったより派手な事になっててびっくりしたけど、考えてみれば弾く速度が百倍になる訳だから、単純に考えたら飛ぶ速度も百倍になるし」

「そこまで単純かどうかはともかく、仮に飛ぶ速度が五十倍やと仮定しても、運動エネルギーは二千五百倍。流石にそんだけ威力増えたら、壁にめり込むぐらいは行くやろうなあ」

 宏の言葉に頷く春菜。速度以外の条件が同じであれば、運動エネルギーは速度の二乗に比例して大きくなる。所詮百倍にしたところでまだ相対性理論の世界まで届かない小石飛ばしなら、単純なニュートン物理学で考えても問題は無いだろう。

 それだけの速度で石を弾けば、当然指の方にもとんでもない衝撃が来る訳で、事前に全身の肉体強度を強化していなければ、先の一撃で春菜の指は砕け散っていただろう。そこまで速度を強化しておきながら、体内および衝突のノックバックを一切軽減しないと言うのは、はっきり言って話にならない。

「とりあえず、使い物にならない、の意味は分かったな」

「うん。予想通り、体感時間で三秒ぐらいしかもたなかったし」

「そもそも、体もそうだが近接武器だと余程の強度か切れ味がねえと、下手すりゃ一発叩きこんだ時点で武器自体が逝きかねないぞ」

 達也の指摘にも頷かざるを得ない一同。強力なのは誰もが認めるが、同じぐらい使えない事も認めざるを得ない。

「まあ、武器は基本的に金属やから、レイピアみたいに元々の構造上どうしても強度に問題が出る奴以外は、よっぽどでない限り速度百倍程度であっさり壊れたりはせえへんと思うけど」

「それって要するに、その分体に対してダイレクトに反作用が来るってことよ?」

「せやねんなあ……」

 真琴の突っ込みに、思わず唸るしかない宏。どこまで行っても使いづらい。

「春姉、一ついい?」

「何?」

「使ってるときってどんな感じ?」

「周りが止まってるのと変わらないぐらいゆっくり動いてて、自分は普通に動けるって感じ。ただし、普通に動いたが最後だけど……」

 春菜の回答に、なるほど、とうなずく澪。使いこなせば強力だが、なんとも罠満載の魔法である。

「一つ思ったのだが、いいか?」

「何ですか?」

「ヒロシなら、我々の体感で十秒ぐらいは持つのではないか?」

 レイオットの物騒な言葉に、言われてみればと納得する宏以外の一同。

「ちょい待ち! 何ぼ何でも今やばい事なってるん見て、すぐにその反応は無い!」

「でもね、あれを使えばあんたの火力不足はあっという間に解消するのよ?」

「その手のハイパーモードは、せめて三分もたんと意味あらへん!」

 ビビって必死になって拒絶するも多勢に無勢、結局その場にいた春菜以外の全員に押し切られる。自分の身でこの術の危険性を直接確認しただけに、春菜はある意味宏以上に反対したのだが、フォローが出来るうちに確認できる事は確認してしまえ、と言う正論には勝てなかったのだ。

「とりあえず、空間を固めて色を変えるから、的はそれを使え」

「的、言われてもなあ……」

 レイオットが指定した「的」を見て、何とも言えない顔をする宏。レイオットが指示した場所には、いつの間にか人間ぐらいのサイズの妙な黒い塊が鎮座していた。

「程よい弾力と硬さ、いい仕事してる」

「そういう問題かいな……」

 レイオットが用意した的をぺたぺた触って確認した澪が、妙な感想を漏らす。

「てか、春菜さんは魔力、大丈夫なん?」

「大分回復してきたよ。正直、今回復しなくてもいいのに、とは思うけど」

「さよか……」

 着々と外堀を埋められていく宏。一部の攻撃魔法と違って、回復、補助、障害系及び生活魔法は全て、消費が熟練度に応じた固定値である。今回覚えた魔法の場合、元々全体的に消費が重い補助系のオーバー・アクセラレートはともかく、回復系のリターンヒールの方は女神の癒しよりコストパフォーマンスが悪い、と言った程度の消費量なので、五級のマナポーションの回復量でも全然問題にならなかったようだ。新しい魔法を覚えた際に春菜の魔力量がかさ上げされている様子があるのも、意外と余裕がある理由だろう。

「やっぱり、あまり人様にかけたくは無いよ」

 宏が嫌がっている事もあり、あんな危険な魔法は使いたくないとひたすら意思表示する春菜。宏同様往生際が悪いが、宏がどちらかと言えば保身に走っているのに対し、春菜は他人の体に気を使って拒否しているのだから、宏が妙にヘタレくさく見えてしまう。

「今更それを言ってどうする」

「春菜、そう言う魔法があるって事は、いずれそれが必要な相手が出てくる可能性がある、ってことよ。気が進まないのは分かるけど、出来る時にできる事はやっておかないと」

 どうしても気が進まない春菜を、レイオットと真琴が窘めに回る。特に、ゲーム中でも最前線でやばい相手と戦い続けてきた真琴の言葉は重い。何しろ真琴には、宏の過剰ともいえる防御力と耐久力、それが必要になりそうな相手に心当たりがある。と言うより、煉獄の攻略が途中で止まっている理由の一つが、壁役の耐久力不足である。流石にここまで過剰な補助魔法が必要な相手は思い付かないが、グランドクエストに関係がない、いつでも出入りできる煉獄ですら、いまだに最深部まで攻略が進んでいないのだ。何が出てきてもおかしくない。

 そして、グランドクエストは第二章ですら、クエストの中ボスが並のダンジョンのボスよりはるかに強い仕様であった。分類上は一般ダンジョンの煉獄ですら、現状トップクラスの廃人でもリソース不足による時間切れや全滅を繰り返している事を考えると、グランドクエストの四章以降のボスは、一体どんなものを相手にさせられるか分かったものではない。それを現実で相手にしなければいけない可能性を考えると、折角手に入れた強力な魔法を遊ばせておく理由は無い。

「ヒロ、いい加減に覚悟を決めろ」

「自分らかて、同じ立場になったら絶対抵抗するやろうに……」

 宏の苦し紛れの突っ込みに、思わず目をそらしてしまう他の一同。流石に動いたと同時にあちらこちらの血管が破裂した春菜の姿を見ているだけに、絶対にビビらずに実験台になれる、などとは口が裂けても言えない。まだ実感が無かったとはいえ、危険性を理解したうえで覚悟を決めて最初の実験台になった春菜は、実に潔く根性のある女性だと言えよう。

「とにかく、あたしもやんなきゃいけないんだから、二人ともとっとと覚悟決めてやんなさい」

「え!? まだやるの!?」

 真琴の言葉に驚いて、思わず大きな声を出す春菜。さっき宏の突っ込みに目線をそらした一人なのに、こんな事を言い出すのは意外すぎる。

「当たり前でしょ? あたしと澪は耐久力じゃどっこいどっこいだから、このラインでどのぐらいもつかも確認しとかなきゃ。いずれ避けては通れないと言っても、さすがに澪にこんな危険な真似をいきなりやらせる訳にもいかないじゃない」

「真琴姉、格好いい……」

「……なんやろう、この梯子外された感……」

 唐突に男前な事を言い出した真琴に、憧れのまなざしを向ける澪と妙な敗北感を感じる宏。女性と言うのは、割といきなり覚悟を決めるものである。

「ヒロ、これ以上ヘタレを晒す前に、さっさと覚悟決めた方がいいぞ」

「兄貴、自分は蚊帳の外やからって、好き放題言うなあ……」

 今回実験台から完全に外れている達也の言葉に、うんざりしながら突っ込む宏。とは言え、達也の言葉も否定しようのない事実である。空気に抵抗できない日本人としては、これ以上ごねるのは無理だ。

「分かった……。春菜さん、ひと思いにやってや……」

「い、いいの……?」

「これ以上ごねられる空気ちゃうやん……」

 覚悟を決めた、と言うよりあきらめた感じの宏が、ついさっき自分の得物となったばかりのポールアックスを構えて、力無く春菜に応える。それを聞いた春菜が、微妙に申し訳なさそうに耐久力向上をかけた後、本命の術を発動させる。

「オーバー・アクセラレート!」

 術の発動と同時に宏の姿が霞み、派手な破砕音が途切れずに続く。用意された的が最初の一秒でぼろぼろになり、きっかり五秒で粉砕される。

「これが限界やな……」

 的が粉砕された直後に術を解除し、ぐったりした様子で宏がぼやく。とは言え春菜と違って体にガタがきている様子も無く、自分の足でしっかり立っているのだから呆れる頑丈さである。

「正直、掛けられた方にも解除スイッチがあるんは助かるわ……」

「もうちょっと粘れないの?」

「実用範囲やったら、こんなもんやで……」

 いまいち腑に落ちない様子の真琴に、補足説明を入れる事にする宏。

「正直、倒れる手前まで言うたらもうちょいいけるんやけど、毎回毎回ポーションやリターンヒールやって騒ぐんは危なっかしいし。第一な、今でも戦闘続けるんは微妙なラインやで」

「……なるほど。確かに余力は残しておかないと拙いわね」

「そういうこっちゃ」

 そう答えて、一瞬で随分ぼろぼろになってしまったポールアックスを確認する。的が結構な硬さだったため、全くエンチャントをかけていない武器ではやや不足だったのだ。

「こら、打ち直しやなあ」

 微妙に柄が曲がってしまった得物を見て、げんなりしたようにぼやく。打ち直しと言うが、いっそこれなら溶かして作りなおした方がいいかもしれない。彼が手ずから作った武器に比べれば劣るとはいえ、一級品と言っていい代物を一日経たずにスクラップにしてしまうなど、伝説に残りかねない話だ。

「そいつも悪い得物ではないはずだが、実に短い命だったな」

「流石にちょっと無理があったみたいやなあ……」

 ユリウスの感想に、微妙に頭を抱えながら返事を返す宏。正直な話、去年引退したというドーガの同期が使っていた特別製の、柄まで金属で作られていたすさまじい重量の得物でなければ、最初の一撃でへし折っていた可能性すらある。

「レイっち、ちょっと的が硬すぎるわ。もう一本お釈迦とか言うたら面倒やから、三割ぐらい柔らかくしたって」

「分かった」

 宏のリクエストに応え、耐久力をそのままに、硬さを三割ほど落とした的を作り上げる。

「宏君、治療はしなくていいの?」

「そこ行くまでに解除したから、休憩したら十分回復するで」

「ん、分かった」

 自分と違って大事に至らなかった事を確認し、心底ほっとする春菜。

「で、春菜。魔力は?」

「もうちょっと待って。リターンヒールまでってなるとまだ厳しい」

「了解」

 春菜の自己申告を受け、もうしばらくチャージを待つ真琴。かけられる保険はたくさんかけた方がいい。

「ただ待ってるだけってのもなんだし、宏、何かほかに感想とかはある?」

「あくまでも僕の感触では、やけど、あれは受ける側の慣れとかでも大分変わってきそうや」

 流石に五秒も術を維持した揚句、その後に普通に動けるだけの事はある。春菜には全く分からなかった情報を、あっさりと白状してのける。

「そうなの?」

「あくまでも多分、やけどな。何回も受けて体慣らしていけば、そのうちただ動くだけやったら反動をくらわんでいけるようになるかもしれへん」

「それって、何回、程度でいけるの?」

「分からへんけど、まあ普通は最低でも何百回単位やろうなあ」

 気が遠くなりそうな事をあっさり言いきってくれる宏に、思わず頭を抱える春菜と真琴。何百回と気楽に言うが、春菜の場合はそもそもせいぜい二動作くらいでアウトだし、真琴だってどれだけ持つか分かったものではない。それ以前に何百回もとなると、春菜の今の最大魔力では、何十日かかるか分かったものではない。それを平然と言いだすあたり、さすがトップクラスのマゾヒスト、生産廃人だけの事はある。

「後の検証課題は、春菜さんがこの術の腕上げた場合、どんぐらいノックバックが減るかやな」

「そもそも、減るのかな……?」

「そこも含めて検証するんやろ?」

 自分が実験台にされた腹いせか、どんどん厄介な事を言い出す宏。

「それ検証するの、アンタも普通にやらされるんだけど、いいの?」

「体感で三百秒ぐらいやったら大したことあらへんって分かったし、どんとこいや」

「……アンタって、自分が出来る事になると急に態度がでかくなるわよね……」

 余りに変わり身の早い宏の態度に、思わず呆れたように突っ込みを入れる真琴。こういうところがまた、妙にヘタレくさい。

「そんで春菜さん、魔力は?」

「そろそろ大丈夫かな」

「真琴さん、覚悟はええか?」

「いつでも来なさい」

「ほんまにええんやな? 血ヘド吐きながら命乞いする覚悟は? 全身砕けそうな衝撃に耐える準、っていきなり痛いやん!」

「わざわざ物騒な事を言うなっての」

 物騒な言葉を並べて脅かし続ける宏を、達也が愛用の杖でどついて黙らせる。

「いや、冗談で言うてるんや無いで?」

「物騒だけど、間違ってないのがね……」

 宏と春菜の言葉に、微妙に早まったかもしれないと内心で引く真琴。が、ここで折れたらそれこそヘタレすぎる。もう一度念を押してくる二人に一つ頷くと、襲い来るであろう衝撃に対して気合を入れて備える。

 真琴は、体感で約百秒ほど耐えてダウンした。







「姫様、例の話をお聞きになりましたか?」

「ええ。全く、どこまでも忌々しい小娘です事」

 とある夕暮れ時の茶会の席。厳重に人払いを済ませ、盗聴対策を十分に行った部屋。カタリナをはじめとする幾人かの人間がそこに集まり、怒りと焦りの表情を隠そうともせずに、エアリスを連れ戻した冒険者たち、正確にはその中でもひときわ目立つ歌姫の小娘を罵倒していた。

「アルフェミナ様が邪神に堕ちた、という話も、あながち嘘ではなさそうですな」

「だから何度も言っていたでしょう? そうでなければエアリスのような性根の曲がった、汚い心の小娘が選ばれる訳がありません。ましてやどこの馬の骨とも知れぬ冒険者ごときが、私ですらその存在を知らぬ秘術を授かるなどあってはならぬ事」

「全くです」

 聞く人が聞けば、それこそどの口でそれを言うのかという言葉を、憤懣やるかたないと言う態度で吐き出すカタリナ。腰巾着のバルドも同意するように頷き続ける。

「それにしても厄介なことになりましたな」

「あの汚らわしい歌だけでも忌々しいと言うのに、その上妙な加護まで得るとは……」

「どうにかして始末せねば……」

 始末、という言葉が出た時点で、その場を沈黙が覆い尽くす。言うまでもないが、春菜を殺すと言う事に抵抗を覚えているからではない。単純に現状ではその難易度が高いため、皆迂闊な事を言えずに黙っているだけである。

 実のところ、そもそも春菜が秘術を得たらしい、という情報自体が未確定だと言う事もあり、藪蛇になる事を恐れてそれほど積極的に動こうと言う気にならない人間も多い。中には、本来秘匿されるであろうその情報が自分達に漏れている事をおかしいと感じ、罠を警戒している人間すらいる。

 言うまでもなく、その警戒は正しい。何しろ、秘術の情報は国王サイドが意図的に漏らしたものだ。術の内容を確認した時に春菜達に許可を取って、後ろ暗い事をしている連中だけにもっとも効果的に広まるようにコントロールしてリークしたのだから、本来はもっと警戒すべきなのである。

「始末する、と口にするのは簡単ですが……」

「あの小娘、冒険者としての格こそ低いようですが、その実相当な手練のようです」

「生半可な戦士では、正面からぶつけたところでどうにもならんでしょうな」

 忌々しそうにその事実を認める男たち。例の夜会があってから、冒険者であると言う事を逆手にとって堂々と身元を調べたところ、出てくるのは彼らにとって不都合な情報ばかり。バーサークベアを筆頭に、ピアラノークに盗賊団、果ては依頼の失敗で食いつめた元五級の冒険者まで、本当にまだ九級の冒険者なのかと問い詰めたくなるような戦果をあげている。特にピアラノークは、このあたりで遭遇するモンスターとしては頭一つ飛び抜けて強力な相手だ。単独で撃破した訳ではないといえども、仕留めたという事実には変わりない。それほどの相手なのである。

 また、彼女が一対一で倒したと言う盗賊団の用心棒、こいつも実は二級の賞金首として手配されていた、力量的にはかなり厄介な相手だ。攻撃こそ単純で単調ながら、ただのこん棒で洞窟の壁を粉砕してのけるそのパワーは、決して侮る事は出来ない。一回一回の攻撃間隔は長いと言っても、それだけの攻撃を無尽蔵ともいえる手数を放つスタミナに、並の武器ではかすり傷しかつかない防御力、そして何発まともに攻撃を当てても弱る様子すら見せない生命力とくれば、その危険度合いは下手なモンスターなど霞む。

 そんな連中と戦って生き延びているのだから、正面からやりあって確実に仕留めるとなると、ドーガかユリウスぐらいの実力が必要であろう。それだけの手駒を持っていれば、そもそもこんなところでくすぶっている訳が無い。

「事故に見せかけて、と言うのは?」

「残念ながら、そう言う隙を見せるほど不用心でもないようでして……」

 そもそも、どこに国王の目が光っているか分からない城内で、迂闊にそんな罠を仕掛けるのはただの愚か者である。少し前まではエレーナとエアリスの件で動揺しており、意外と隙があったのだが……。

「毒、は無理か……」

「あの薬師の小僧がいる限り、一服盛るのは簡単ではありません」

 すぐに考えを撤回した誰かに対し、実感を伴った言葉でバルドが告げる。実際、宏にはエレーナの時と夜会の時、二度にわたって毒殺をあっさり阻止されている。夜会の時に一服盛った事については、現時点では一切話が表に出て来てはいないが、完璧に防いだおかげで気がつかなかった、などと言う事はありえない。エミルラッド、などと言うマイナーな毒物を特定して解毒してのけた以上、全くの無味無臭では無い毒物など、気づかれない訳が無い。単に、毒を盛った証拠自体が残っていない事と自作自演を疑われたくない事、その二つの理由で騒ぎを起こさないようにしているだけなのだろう。

「ならばその小僧から……」

「奴は、材料さえ与えなければただの人です。むしろ毒だなんだで余計な仕事を与えず、後で真綿で首を絞めるようにじわじわとやればいいでしょう」

 とりあえず、女性恐怖症と言う弱点については調べがついている。だが、それだけに周りも宏が単独で見知らぬ女性と接触しないよう、毒物なんかより余程ピリピリしながら警戒しているのだ。最終的には始末せねばならない相手だとしても、難易度の割に脅威度が低い相手を、わざわざ優先して仕留めようとする必要もない。

「そうなると、後はオーソドックスに暗殺者しかありませんな」

「だが、現状ではやつらのガードが堅すぎます。まずは、宮廷内で孤立させねば」

 今現在、国王の客人と言う立場の日本人達に手を出すのは難しい。まずは情報戦で相手を孤立させ、宮廷内で彼らを排除しようとする圧力を高めるところから始めなければならない。薬師として卓越した腕を持つ宏と、その弟子である澪を排除させるのは難しいかもしれないが、それならそれで分断できればどうという事は無い。

「暗殺者については、こちらに心当たりがあります」

 侯爵の位を持つ一人の貴族が、何でもない事のようにそんな物騒な事を言い放つ。それを聞いた他の参加者が、目をぎらつかせながら彼に注目する。

「ほう?」

「任せてよろしいのですか?」

「ええ。ですので、皆さまには奴らが孤立するよう、うまく誘導していただきたい」

「分かりました」

「上手い具合に、国王一派も裏でひそかに分裂しているようですし」

「あの田舎者達に、宮廷での戦い方と言うやつを思い知らせてやりましょう」

 侯爵の言葉を受け、有象無象どもが蠢き始める。大国の暗黒面が、胎動を始めるのであった。







「やっぱあの視線はきついわあ……」

 翌日の午後。エレーナの診察を終え、思わず宏がぼやく。助手として従っていた春菜と澪が、そんな彼を気遣わしげに見つめていた。昨日と違って午後なのは、単純にエレーナ側の都合である。

「お疲れさま」

「師匠、ますます嫌われてる」

「まあ、しゃあない事や言うても、どこの馬の骨とも知らん人間が自分の主かっさらって治療名目で好き放題やって、しかも知らんうちに主に取り入っとるとか言うたら、そら目つきも悪うなるやろうけど……」

 宏のぼやきに同意するように頷きながら、流石にこのまま放置するのはまずいと頭の中で対応策を検討する春菜。昨日は客人の前と言う事もあり、せいぜい窘めて釘をさす程度で済ませていたエレーナも、今日は宏達の前だというのに、かなり厳しい叱責をしていた。

 ほとんどのメンバーは昨日注意された時点でそれなりに頭を冷やし、少なくとも表面上は宏達を嫌っているような気配は見せなくなった。だが、彼女達を束ねる筆頭の一人だけ、ますます嫌悪感だの憎悪だのを前に出してくるようになった。正直、周囲の評判や本人の言動から来るイメージと比べると、宏に対する態度は物凄く違和感が強い。生理的にあわないとかそもそも人として相性が悪いとか、そう言う次元ではない嫌い方も、それを駄々漏れと言ってもいいほどの形で漏らしている事も、どうにも不自然である。

 もっとも不自然と言えば、昨日あれだけ堂々と出ていけと言ってきた老臣が、今日すれ違った時は単に顔見知りに会釈をする程度の反応しか見せなかったのも不自然だ。昨日との違いは周囲に誰もいなかった事ぐらいだが、それが理由だとすればこれまた何がしたいのかよく分からない。

「ねえ、宏君、澪ちゃん」

「何?」

「どうしたの、春姉?」

「これから厨房に行こうと思うんだけど、ちょっと手伝ってくれないかな?」

 あれやこれやを考えているうちに、どうやら、何か思いつく事があったらしい。唐突に春菜がそんな事を申し出てくる。

「厨房? ええけど、なに作るん?」

「いわゆるスイーツ、って奴かな? お誂え向きに、この国にはまだ存在しない乙女の恋人があるし」

 ニッといたずらっぽく笑う春菜を見て、何を作る気なのか微妙に不安が先立つ宏。逆に、春菜が作るものに対して何一つ疑いを持たない澪は、一も二も無く賛成する。

「単なるスイーツ作りだけやったら、春菜さん一人で十分やんな? 僕が協力せなあかんのは何で?」

「作るつもりの数が数だから、一人でやると終わらないっていうのもあるんだけど、ちょっといい感じの器を作ってくれると嬉しいかな、って」

「器ぐらいいくらでも作るけど、一体何個作るつもりなん?」

「ざっと千単位?」

「待てい! 何ぼ何でもそらぶっ飛びすぎや!」

 とんでもない事を言い出した春菜に、思わずノータイムで突っ込みを入れる宏。この組み合わせの場合、普段突っ込みに回るのは春菜か澪である事を考えると、非常に珍しい光景であると言える。

「この城を実務面で実質的に動かしてるのって、誰だと思う?」

 宏の突っ込みに対してコメントを返さず、いきなり話を切り替えてくる春菜。いきなりの話題転換に戸惑いながらも、とりあえずこういう宿泊機能付きの組織について、常識的な回答を返すことにする。

「まあ、実務、言う話やったら官僚と使用人やろうなあ。あの人らに指示する人間がおらんかったら機能停止するけど、あの人らがおらんかったら実務が進まへんし」

「じゃあ、官僚と使用人を全部集めた、その男女比率は?」

「使用人が女の人が多いから、全体で言うたら女の人寄り?」

「つまり、そう言う事」

 どうやら、それが春菜の回答らしい。分かるような分からないようなその台詞に、思わず首を傾げる宏。

「恋バナと甘いものが嫌いな女の子なんてほとんどいないから、いつものように胃袋つかむところからスタートしようかなって」

「いつものようにって、自分が食いたいからこだわっとるだけで、別に胃袋つかむためにうまいもん作ってる訳やないんやけど……」

「そうなんだけど、今回はちょっと戦略的に行こうかって思ったの」

 春菜がこんな事を考えたのは、ある種の危機感からだ。今の彼らは、正直歓迎されていない。流石に国王の腹心や国王直属の文官などはこちらに気を使ってくれているが、それ以外は態度に出していないだけで友好的とは言い難い。特に王子たちに近い文官や使用人の中には宏達に主を取られた、などと考えて勝手に敵愾心を燃やすものもそれなりに居り、そういう意味で気を使う必要が無いのはエアリスの関係者ぐらいなものである。今までの経緯だけをみて判断するなら、やたらうまく立ち回って王家に取り入ってでかい顔をしている他所者と思われてしまうのも仕方が無いのは確かだが、これを放置しておくのは流石にまずい。どんな事で足を引っ張られるか分からない。

 現状、春菜が囮の役目を買って出ていることも考えると、直接実務をやっている層に味方がいるのといないのとでは大違いだ。特に、女性の噂話ネットワークを利用できるかできないかは死活問題になってくる。それに、侍女や使用人をたくさん抱きこめば、いろんなところでこっそり便宜を図ってもらえる。そのためには金銭的な賄賂ではなく、自分達に味方する明確なメリットを用意する方が都合がいい。そのためのスイーツばらまき作戦だ。

「そないに上手い事、食いついてくるん?」

「師匠、認識が甘い」

「ここは美食と飽食の国・日本じゃないってことを肝に銘じて行動しようね、宏君」

 澪と春菜の言葉にたじろぎながら、迫力に負けて頷くしかない宏。この時点で、少なくとも侍女相手に持っていた違和感に関しては、完全に頭の隅に押しやられてしまう。後に、この時点でもっと彼女についてちゃんと調べて手を打たなかった事を後悔することになるのだが、当然思い付きにやや浮かれ気味になっているこの時の春菜達は知る由もない。

「で、結局なに作るん?」

「プリン・アラモード、もしくはプリンパフェ」

「なるほど。確かに見栄えがする容器があれば完璧やな」

 宏が納得したところで、意気揚々と厨房に突撃する。こうして、ウルス城での食の改革は、その火ぶたが切って落とされたのであった。







「微妙に上の空だけど、どうしたの?」

 宏達がプリンを作りに行ったのと同時刻。どうにも訓練に身が入っていないエアリスを見かねて、真琴が質問する。なお、達也は昨日に引き続き、書庫に缶詰めである。レイナは例によって、少し離れた場所でいろんな事に対して警戒している。

「あまりいい噂を聞かなくて、いろいろ心配になりまして……」

 真琴の問いかけに、ため息交じりにそう答えるエアリス。

「私達のせいで、皆様には相当ご迷惑をかけてしまって、申し訳ありません……」

「子供は、そんな事気にしないの」

 エアリスの消沈ぶりに、なんとなく苦笑が漏れる真琴。

「ですが、カタリナお姉様達だけでなく、他にも皆様の事を良く思っていない人間もいるのですよね?」

「そりゃ、居ない方がおかしいわよ。いくら知られざる大陸からの客人を王宮が保護してるって言っても、あたし達自身はどこの馬の骨ともつかない、正体不明の怪しい集団でしかないんだし」

 真琴の身も蓋もない意見に、現実の厳しさを思い知るしかないエアリス。いくら宏達が恩人だと言っても、それだけでファーレーンという国家が全面的に受け入れるというのは無理がある。それが分からないほど、エアリスは察しが悪くない。

「それにね。完全に一枚岩、トップの言う事はどんな不条理な事でも絶対で、構成員の間で全く意見のブレが無い何されても裏切るという考えが起こらない組織なんて、怖くて関わり合いになりたくないわよ?」

「構成する人員が完全に洗脳され切ってでもおらん限り、そんな組織は存在せんじゃろうなあ」

「だから、関わり合いになりたくないのよ」

「違いないの」

 真琴の言葉に、何やら書類を持ってきたドーガが口を挟む。

「とりあえず、昨日のお爺さんみたいなのもどうかとは思うけど、あたし達の存在に異を唱える人間がいないってのも、それはそれで組織としてはどうなのか、って思うわね」

「まあ、あ奴に関しては気にする必要はなかろう。あれは口だけじゃ」

「そんな気はしてるけど、言われて愉快なものでもないわよ? しかも宏とあたし達とで、わざわざ別々のタイミングで接触して個別に文句言うとか、どうなのよ?」

「回数を増やした方が、いろんな意味で印象に残るからじゃろう?」

 どうにもドーガとの意見が噛み合わない。何やら、前提とする部分が違う気がする。

「そもそも、不自然だと思わんかったか?」

「……まあ、確かに不自然だと思ったけど……」

「お主たちに予断を与える事になるし、わしも確信を持っている訳ではないからこれ以上の事は言えんが、見た目ほど単純ではない、と言うところかの」

 ドーガの言葉に、なんとなく察するところができる真琴。

「まあ、理由はともかく、お主らにとっとと出ていってもらいたいのは本音じゃろう」

「何、そのあげて落とす発言……」

 ドーガがつけた落ちに、思わず苦笑が漏れる真琴。

「ですが、私も王宮からは早く出ていった方がいい、とは思っています」

「私も、姫様に賛成です」

「そうじゃな。こういうところは、一般人が余り長居するような場所でもない」

 驚くような事を言い出すエアリスに、真顔で同意するレイナとドーガ。この三人は、どちらかと言えば王宮入りに賛成なのでは、と思っていただけに、真琴としてはどうしても戸惑ってしまう。

「居なくなってもいいの?」

「正直に言いますと、一緒に居られなくなるのは寂しいし悲しいのですが、私がここに戻ってしまった以上、会える機会が減るのは覚悟しています。それは皆様がここにいても、城下の工房にいても同じ事です。だったら、皆様にとって快適な場所で暮らしてくださった方がうれしいのです」

「なるほどねえ……」

「それに、ここに長く居ると、皆さまが私の事を嫌いになってしまうかもしれない。それがとても怖いのです」

 切なそうな表情でため息交じりに語るエアリスに、何とも言えなくなってしまう真琴。

「それは、嫌われちゃうと美味しいものが食べられなくなるから?」

 微妙な空気に耐えられなくなった真琴が、無理やり茶化してみる。

「マコト様! いくら私でも、そこまで食いしん坊ではありません!」

 それまで切なそうな顔をしていたエアリスが、顔を真っ赤に染めながら割と本気で怒る。とは言えど、言われてもしょうがないという自覚はあるらしい。

「好きになった皆様に嫌われるのが悲しい、と言うのはそんなにおかしなことですか?」

「全然。むしろ、当たり前のことね」

 怒りのあまり泣きそうになるエアリスの言葉に、流石にあの茶化し方は拙かった、と心底反省する真琴。とは言え、

「何にしても、大変よね。あのお人よしが、少々の事でエルの事を嫌ったりはしないとは思うけど、あの女性恐怖症はなかなか厳しいわ」

 つつけるところは出来るだけつつきたい、と言う欲求には普通に負ける訳だが。

「女性恐怖症でなくても、ヒロシ様にとっては私はせいぜい妹でしかありません。切なくて苦しいのですが、その現実は嫌というほど理解しています。だから、そう言う風に見てもらえなくても仕方が無い以上、せめてヒロシ様の支えとなれる女になれるよう、できるだけ努力するつもりではあります」

「……真顔で返されると、それはそれで困るんだけど……」

「話を振ったのは、マコト様ではありませんか。それに、確かに公の場で口にするのは立場上問題がありますが、こういう非公式な場で話題にするのは、別に問題はないと思っています。恋愛感情を語ることも、そのためにどんな自分になりたいかを語る事も、照れはしますが恥ずかしい事だとは思いません」

 微妙に照れながらもはっきり言い切ったエアリスに、思いっきり地雷を踏んだ事を思い知る真琴。彼女の想いの深さを嫌というほど理解させられ、天然ボケとツンが行きすぎている二人の日本人女性の先行きに、心底不安を感じるのであった。







「殿下から話は聞いている。必要な食材があれば何でも言ってくれ」

 メインとなる厨房で料理長に挨拶をすると、口調こそ荒いがやけに友好的な言葉が返ってきた。

「随分待遇がいいんですけど、部外者に職場を荒らされるのは気にならないんですか?」

「珍しいものを作るんだろう? こう言ってはなんだが、我々の作る料理もマンネリ気味でな」

 なんとなく料理長の言い分に納得し、とりあえず卵と生クリームと砂糖、それから果物類を大量に要求する。それらを必死になって仕込んでいると、奥のほうから悲鳴とも怒声とも付かない言葉が聞こえてきた。

「ちっ! ラーザが一樽、腐ってやがる!」

 その言葉に、思わず顔を見合わせる三人。ラーザというのは麦を発酵させたこの世界の酒だが、ビールと違って発泡はしていない。蒸留させていないウィスキーと言う感じが強い酒だ。それが腐る、というのはなかなか妙な話である。

「師匠、お酒って腐ったっけ?」

「物によりけりやな。日本酒とかはたんぱく質が入ってるから腐ることもあるみたいやし」

「もしかして、腐ったって言うのはお酢になっちゃってるんじゃないかな?」

 この世界では、果物系以外の酸味は毒、もしくは腐敗として扱われがちな傾向がある。特にファーレーン人は強い酸味が苦手な人が多い。そして当然と言えば当然だが、いわゆるアルコール醸造を経由してできる酢というのは、熟した果物に比べればかなり酸味がきつい。つまり、ラーザが腐ったというのは……。

「ちょい待ち。そいつは腐ってるんやないで」

「はあ? これだけ酸っぱかったら、完全に腐ってんじゃねえかよ」

 宏の言葉に、とっさに反論する料理長。実際、このラーザ酢は、そのままでは舐めるだけで意識が飛びそうなほど酸っぱい。

「そいつは調味料に使えるんや。量をわきまえれば体にええんやで」

 いまいち信用できない、と言う表情をありありと浮かべる厨房の連中に、証拠とばかりに入門編のマヨネーズ、応用編のポン酢などを取り出しながら答える。地味に黒酢も作ってはいるが、こいつは本来適していない土地で醸造するのを錬金術で強引にごまかしているため、それほどの量は作れていない。

「何だそれは?」

「この白いやつはマヨネーズ言うて、そいつを使うて作る調味料や。きゅうりにでもつけてかじってみ」

 そう言って、率先してマヨネーズをきゅうりにつけてかぶりつく。相変わらず程よい酸味が卓越した味わいである。

「……本当に腐ってるんじゃないんだな?」

「そもそも、そんな味で分かるほど腐ってるんやったら、一口舐めただけでも下手したらなかなかやばい事なるで」

 宏のその言葉に、思わずうなるように考え込みながらもマヨネーズを試してみる。

「変わった味だな」

「不味くは無いやろ?」

「……まあ、な」

 不信感バリバリながらも頷いてみせる料理長。その様子に気を良くした宏が、次にポン酢と言うやつを個人的に一番うまいと思う食べ方で試させることにする。その様子を見ていた春菜が、酢に対する考え方を改めさせるのを宏に任せ、自身はひたすらプリン作りに専念することにする。

「ちょうどここに半ば保存食化したワイバーンの竜田揚げがあるんやけど、こいつをそのまま食べた場合とこいつをかけて食べた場合を試してみてや」

 そう言って、大根のような野菜を摩り下ろしてポン酢とあえたものを用意する。なお、このワイバーンの竜田揚げは以前に春菜が用意したものではなく、その後中途半端に残ったブロック肉の破片を揚げたものである。揚げたて熱々のまま保存庫に放り込まれているので、味の劣化も一切していない。

「……そのまま食べるのも悪くないが、こいつをかけた方がさっぱりして旨いな」

 さすがに王城の総料理長ともなると、おろしポン酢の味も分かるらしい。

「やろう? ここだけの話、エアリス姫様はこの辺の調味料使うた料理が大好きやで」

「……そうなのか?」

「そうやで」

 さすがに今話題のお姫様が好んで使うと言われると、完全スルーは出来ないらしい。なお、この場ではその存在を提示していないが、エアリスはポン酢やマヨネーズに限らず、ケチャップにマスタード、各種ソース、醤油、みそなど大概の味が大好きである。それどころか普通の酢漬けやわかめときゅうりの酢の物なども喜んで食べ、甘みや油の味も好み、その一方でざるそばのつゆにわさびを適量投入するのも躊躇わない、十歳児とは思えないものすごくストライクゾーンの広い味覚をしている。とはいえ、あまりに度を越して濃かったり極端だったりする味付けや、単体の調味料の味しかしない味付けは拒否するところを見ると、実のところ単純に日本人の大人の味覚に近いだけなのだろう。

「料理長さんやったら、この手の調味料の使い道はドンと来いやろ?」

「……そうだな。いろいろインスピレーションが湧いてきた。悪いんだが、まずはこのマヨネーズとやらの作り方を教えてくれ」

「了解や。ほかにも酢漬けとか酢の物なんかも教えるわ」

 そう言って、マヨネーズの作り方から始まるお酢の上手な使い方講座を機嫌よく進めていく。一通り終わったところで、春菜がプリンの第一弾を蒸し上げていた。別に焼いて作ってもよかったのだが、蒸すと言う調理法を教えるためにあえて蒸して作ったらしい。春菜個人が、蒸して作ったプリンのほうが好みだと言うのも理由の一つである。なお、後で簡単に容器から抜けるように、澪が即席でいろいろ容器に細工していた。スイーツのためなら手間を惜しまないあたり、彼女も女の子である。

「宏君、お疲れ様」

「あ、ごめん。そっち手伝わんかった」

「澪ちゃんがいたから、大丈夫。プリンぐらいだったら、そこまで腕の差は出ないし」

 そう言って、第一弾約三百個ほどを冷蔵保存する。

「さっきのはなんだ?」

「そういえば、妙な調理の仕方をしていましたよね?」

 新たな未知の料理を見て、料理人たちが集まってくる。

「あれはプリンって言って、私の国で一般的に食べられているお菓子です。さっきの調理方法は蒸すといって、蒸気を使って加熱します」

 そう言って、蒸し器をはじめとした道具の構造を見せる。

「普通に直接焼くか煮るか茹でるんじゃ、駄目なのか?」

「味とか食感が結構違うんですよ。また明日にでも、一緒に蒸し料理をしてみましょうか」

「ああ。お前達のせいでエアリス様の舌が肥えて大変だと伺っているからな。責任とって、今現状でどうにかできることは洗いざらい教えていってくれ」

 料理長の言葉に苦笑をもらす三人。こうして宏と春菜は、むしろ一番最初に胃袋をつかむための部署を味方に引き込んでしまうのであった。
この手の超加速系って、加速する本人が自分の意志で即座につかえないと
正直あまり使い物にならない気がする。
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