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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

本編エピローグ

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エピローグ

 ゲームからログアウトするような感覚。それが終わったと同時に、宏は自室のベッドで体を起こしていた。

「……ちゃんと戻ってきたみたいやな」

 ヘッドギアを外し、大して広くない懐かしの自室をぐるりと見渡して小さくつぶやく宏。

 ご丁寧に、着ていたものも神衣からゲームをするときに普段着にしている安物のパジャマに代わっている。

 達也たちのトラウマ克服に付き合っていた期間などを含めると、主観時間でいえば既に三年近くが経過している。そのため、部屋の一つ一つがただただひたすら懐かしい。

「なんかこう、ここまでなんも痕跡ないと、あれは夢やったんちゃうか、っちゅう錯覚起こしそうになるなあ」

 そんなことはあり得ないと分かっていながら、あの日ログインする前と何一つ変わっていない部屋を見ているとついそんな気になってしまう宏。

 夢なら夢で構わない、と思う自分もいるが、神の城とのリンクがはっきりと感じられる時点で夢などではないことは明白だ。

 時間を確認して、と思ったところで、メール着信の音。送り主は春菜。件名はフェアクロ世界の事と今後の事についての話し合い日時の相談。

「……まあ、今日すぐにでもええけど、兄貴のこと考えたら明日以降の方がええやろな」

 候補に挙げられている日付を見て、とりあえずそう返信しておく。そのあと、一瞬考えてから、再びゲームにログイン。

『あ、ヒロ! 大丈夫だったか!?』

『思いっきりクライアントエラーと強制ログアウト食らって、復旧に今までかかったわ』

『そうか……』

『多分大丈夫やけど、今日はもうちょっと動作確認だけやって落ちるわ。なんか微妙に不安定な感じやし』

『そうだな。その方がいい』

『悪いけど、ダンジョンはまたの機会にさせて』

 恐らく、いろいろと心配をかけていたであろうゲーム内の友人たちにそう告げ、いろいろとデータや挙動を確認してからバグ報告その他を済ませて、さっさとログアウトする宏。

 スキル欄にタイタニックロアを始めとしたあれこれが増えていたので、一応バグ報告に追記しておいたが、おそらく問題なく通ってしまうだろう。そんな予感がしている。

「さて。かなり間が空いてもうたから、思い出すために入試の勉強しよか……」

 自分は一応受験生。そんな世知辛い事実を思い出し、もう一通来ていた春菜からのメールに返事を出したあとは、夕飯の呼び出しがあるまで素直に受験勉強を行う宏であった。







「……詩織」

「どうしたの、タッちゃん?」

「……会いたかった、詩織」

「会いたかったって、先にログインしてた時間も含めても、まだ一時間も離れてないよ?」

 夢にまで見た妻。それが目の前にいるのを見て、達也の理性はあっさり崩壊した。

「……ずっと、ずっと会いたかったんだ」

 理性を崩壊させながらも、ギリギリのところで嫁を抱きつぶさぬよう力を加減する達也。むしろ、そのあたりのリミッターは本能に組み込まれているようだ。

 仮にそれがなければ、嫁を抱きしめたせいでスプラッター映画のような惨劇が起こり、今度こそ達也は発狂していたであろう。

 そう考えれば、人間を抱きつぶさないようにするリミッターが本能に組み込まれているのは、ある意味では当たり前だったのかもしれない。

「……ん~。タッちゃん、色々変わった?」

「……駄目か?」

「駄目じゃないよ。私の大好きなタッちゃんだよ。ただ、たった何十分かで変わっちゃった感じだから、何があったかなって」

「……色々あったんだ、色々」

 一向に腕を緩めようとしない達也の背中をあやすように軽くたたきながら、ほんわかとした態度で詩織が言う。

 実際、詩織としては不思議ではあっても好き嫌いに直結するようなことではない。少なくとも、自分を裏切ったとかそういう感じはしないし、この様子ではそういったことがあったとしても不可抗力だろう。それが分かるぐらいには、詩織も達也を知り尽くしているのだ。

「何があったか、本当に気になってはきたけど、無理はしなくていいよ」

「無理?」

「うん。まだ新婚さんだけど、私はタッちゃんの奥さんだから。タッちゃんがどうしたいのかとか、少しぐらいは分かるつもり」

 達也の体温や鼓動、息遣い、ほんのわずかな体臭などからいろんなことを察してしまった詩織が、思わず顔を赤くし少し恥ずかしそうにしながらも、そんなことを口にする。

「さすがにここでは嫌だけど、それ以外は遠慮しなくていいから」

 そんな風にささやいて誘ってくる妻に、達也に残ったほんのわずかなブレーキがあっさり解除される。肉体的な時間はともかく、精神的には三年、お預けを食らっていたのだ。妻からそんな誘いを受けて、達也に我慢できるわけがない。

 一応妻の要求に応えるべく、割と強引にお姫様だっこの姿勢で抱きかかえると、わき目も振らずに夫婦の寝室に飛び込む。

 達也が春菜からのメールを確認したのは、詩織が限界を迎えた十一時前の事であった。







「……この部屋は、駄目ね」

 ベッドで身を起こしてすぐ、真琴は己の自室についてそう結論を出していた。

 あちらに飛ばされて、主観時間で三年。その間にいろんな意味で精神を鍛え上げられた今の真琴にとって、この殺風景で生活感のない部屋は、人間を駄目にする監獄にしか見えていないのだ。

「こんな部屋で将来のこと考えたって、碌な未来は思い浮かばないわ」

 生活感だけでなく、若さや希望といったものも感じられない部屋。ほとんど牢獄と変わらないような部屋で物事を考えれば、絶望的な未来しか見えなくなるのも当然であろう。

 もう夜も遅いのですぐにできることなどほとんどないが、せめて何か小物の一つでも並べないと、いかにフェアクロ世界で鍛え上げられた真琴の精神と言えど、いずれまた元の木阿弥になりかねない。

「まあ、本格的に何かやるのは明日からでいいとして、まずは何かちょっとした小物か、何だったら母さんに頼んで一輪挿しでも借りて飾るとしますか」

 真琴が引きこもりになった時、その一連の事情を聴いても誰を責めるでもなく、ただただひたすら娘のことを心配してくれた両親。強引に外に引っ張り出すような真似をせず、だが、唯々諾々と情けない娘に従うでもなく、細心の注意を払いながら自然体で接してくれた素晴らしい両親。

 同じ家に住んでいながら、最後に顔を合わせたのはこちらの時間軸で半年近く前のこと。主観時間だと、下手をすれば五年は会っていない。

 そんな時の長さに気まずさを感じるも、今の真琴はそのぐらいでひるむこともへこたれることもない。

 何しろ、一度死んでいるのだ。しかも、邪神相手に見切りを間違えて、もう一度死ぬところだったのだ。

 その時のことを考えれば、別に両親と顔を合わせることぐらい、どう考えても大したことではない。

「ねえ、母さん」

「ま、真琴!?」

 これから夕飯の準備だからか、ちょうどエプロンをして台所に向かおうとした母親を呼び止める真琴。部屋から出てきて自分に声をかけた真琴に、思わず驚いて動きを止める母親。

「出てきて、大丈夫なの!? 怖くないの!?」

「うん、大丈夫。その節はご心配をかけました」

「いいのよ、心配ぐらいいくらでもさせてくれれば……」

 トイレと風呂以外で部屋から出てこなかった娘が、何を思ってか自発的に出てきて声をかけてくれたのだ。母親からすれば、これほどうれしいことなどない。

「それで、どうしたの……?」

「あたしの部屋、あまりに殺風景だから、一輪挿しか何か借りれないかな、ってね」

「……ちょっと待ってね。一輪挿しはあるから、お花を見繕ってくるわ」

 そういうと、戸棚の奥から可愛らしいガラスの一輪挿しを取り出して流し台のそばに置き、勝手口から庭に出ていく。

 外はもう完全に日が落ちているが、家の窓から漏れる明かりで鉢植えやプランターを確認するぐらいは問題ない。

「これなんか、いいんじゃないかしら」

「あっ、可愛い」

 母が一輪挿しに挿した白い可愛らしい花を見て、思わず黄色い声を上げてしまう真琴。親指の指先ほどの大きさの花が三つほどと、小さなつぼみがいくつかついた可憐な花。花の名前が分からないのはともかとしてく、母がこんな花を育てていたこと自体まったく知らなかった。

 同じ家に住んでいる母親相手ですら、これだ。世間が今どうなっているのか、正直考えるのも怖い。今にして思えば、くだらない男の事でかなりもったいない事をしたとしみじみと感じてしまう。

「母さん。今日からあたし、引きこもりはやめることにしたから」

「……そう。……そう!」

 これまでの言動や雰囲気から察していたのか、先ほどと違い少し落ち着いた様子で真琴の宣言を聞く母親。それでも、目じりに涙が浮かぶのまでは止められない。

「あたしね、大切な友達ができたんだ。少し年上の男の人が一人と、年下の男の子が一人、女の子が二人。残念ながら、男はどっちともお互いそういう目で見る気が起こらない関係だけどね」

「……いい友達ができたのね」

「うん。で、引きこもってたら会いにも行けないから、引きこもりをやめることにしたのよ。相手次第だけど、今度紹介するわね」

「母さんからもお礼が言いたいから、ぜひ連れてきてちょうだい」

 そこで、母と娘の会話が途切れる。お互い話したいこと、話すべきことはいくらでもあるのに、面と向かってまともに話すのが随分久しぶりであるため、話題が出てこないのだ。

「……これ、ちょっと飾ってくる」

「ええ。すぐに夕飯を用意するわね」

「は~い」

 とりあえず、一旦仕切りなおして気持ちを落ち着けよう。そう意見の一致を見た母娘が、中断していた作業を口実に自身のテリトリーへと引っ込む。猶予は夕食ができるまでだが、それだけの時間があれば十分だ。

「とりあえず、この花はここらへんでいいとして……」

 他に飾りになりそうなものはないかと、引きこもり開始当時荒れた気持ちのままいろんなものを雑多に突っ込んだカラーボックスを漁ろうとしたところで、VRギアにメールが届いていることを示すランプが点滅していることに気が付く。

「このタイミングだと、多分春菜ね」

 ゲーム内ならともかく、ゲーム外となると他にこの時間にメールを送ってくる相手がいないことに微妙にへこみつつ、ヘッドギアをかぶってメールの受信操作を済ませる真琴。

 メールは予想通り春菜からのもので、内容も予想通りのもの。それに返事をしてから、母親から呼ばれるまで再び部屋のプチ模様替えにいそしむ真琴であった。







「……むう」

 分かってはいたものの、首から下が一切動かない不自由さに、思わずうなる澪。

 再び動けなくなってみると、怠惰で爛れた生活への未練など一瞬で吹き飛んでいた。

「……むう」

 どうにか少しぐらいは動けないものか。そう奮闘してみるも、ピクリとも動かぬ体に再びうなる澪。

 長くて二週間ぐらいのこと。そう分かってはいるが、それでもほんの数分前までは自由に動けていたのだ。

 澪が感じているもどかしさは、筆舌に尽くしがたいものがある。

「……二週間は、長いかも……」

 仕方がないこととはいえ、少々認識が甘かった。そう後悔するも後の祭り。指一本動かせぬ体に、澪は途方に暮れていた。

 そんな澪のもとに、一通のメールが。

「……春姉からか」

 動かぬ体に飽きて絶望した、ちょうどそのタイミングで、澪のVRギアにメールが届く。内容は事前に話していた通り、今後の予定を組むための話し合いについて。

 どうせ明日の朝まで、いや、下手をすれば昼過ぎまで、達也は使い物にならない。なので、話し合い自体はとりあえず明日の晩を指定しておく。

 返信を出して少ししてから、澪に対し個別で春菜から連絡。その内容と、同時に入ってきた別の人物からのメールを見て、少し考え込む。

「これ、間違いなくボクの独断では決められない」

 恐らく、今後の澪の不自由を少しでも軽減するため、早いうちから春菜が手を打ってくれたのであろうが、話が大きくなりすぎる上、間違いなく医者の判断が必要な内容になっている。

 多分、段取りした春菜も、それに付き合ってくれた別の人物も、それぐらいのことは分かっているだろう。澪以外も見ることを前提としたものになっている文面からも、その推測はまず間違いないはずだ。

 それでも、勝手に第三者にメールを見せるのははばかられるため、双方にこれをそのまま見せていいかを確認。ほとんどチャットと変わらない速さで了承の返事が来たのを見て、すぐさまナースコールをする。

『澪ちゃん、どうかしましたか?』

『大至急、先生に相談したいことができた。メール見せるから、先生呼んできて』

『相談?』

『ん。できたらパパとママも呼びたいけど、時間が惜しいからまずは先生から』

『ご両親なら、ちょうど来院されて先生とお話ししてますので、一緒に呼びましょうか?』

『お願い』

 いつになく真剣な様子の澪にうなずき、澪との通信をつないだまますぐに主治医と両親を呼び出す看護師。ナースコールから五分半、何事かと速足で澪の病室に入って来た医者と両親に、よく見えるよう拡大した二通のメールを見せる。

「……澪ちゃん。これは本当かい?」

「ん。春姉はこんな手の込んだいたずらはしないし、この人がこんなばれやすい嘘をつくメリットもない」

「私はその人たちの事を知らないからね。悪いけど、鵜呑みにはできないよ」

「だったら、先生のアドレス教えて。この人と直接連絡取れるようにする」

「……ああ」

 やはり信用できるものでもないか、と、次の話を進めようとしたとき、タイミングを計ったかのように一通のメールが。

 医師や両親に気づかれぬよう手早く目を通し、メールの最後に設定されていたYESボタンを思念操作で押すと、VRギアのアクセスランプが忙しく点滅を開始、すぐに通信用のウインドウが病室の壁一面に展開される。

『夜分失礼します。そちらは水橋澪さんの病室で間違いないでしょうか?』

 その通信用ウィンドウに表示された人物、それを見た医師と両親が息を飲む。

「やっぱり、今回の春姉は仕事が早い」

 明らかにスタンバってなければ出来ない対応の速さにあきれながら、ウィンドウ越しに声をかけてきた世界的な有名人と、その有名人に半ばパニックを起こして思考停止に陥っている大人たちを観察する澪。

 その夜、澪の入院している病院は大騒ぎになったのであった。







「おかえり、春菜」

「……ただいま」

 VRギアを外して身を起こすと同時に、春菜に母・雪菜がそう声をかけてきた。

 主観時間ではかなり久しぶりとなる母の姿。こちらでは十分ほどしかたっていないのだから当然だが、相変わらず高三の娘がいるとは思えない容姿をしている。

 髪を銀髪に変え、十年ほど歳を重ねればこうなる、というぐらいには春菜にそっくりな母だが、本人は一番上でも三十ぐらいにしか見られないことがひそかなコンプレックスらしい。

 もっとも、今となっては十年歳を重ねるどころか、そもそも見た目を老化させることができるのかどうかすら怪しくなっているため、今の母と髪の色以外そっくりになる、という未来が来るのかどうかは不明だ。

「というか、お母さん。仕事はどうしたの?」

「今日の分は片づけてきたよ。もともと今日は、半分オフみたいな感じだったし」

「おかえりってことは、知ってたの?」

「さっき聞いたところ。で、天音姉さんがそろそろ帰ってくるはずだって言ってたから、ここで帰ってくるの待ってた」

 天音をはじめとした化け物勢にはすべてお見通しだった風情の回答に、やっぱりという感じで思わず頭を抱える春菜。こうやって常に手のひらで遊ばれている感じが、春菜の妙なコンプレックスというか達観につながっているのは間違いない。

「そういえば、私の体ってどうなってた?」

「戻ってくるまで、着てるものも含めて半透明って感じだった。ただ多分、普通の人には普通に見えてたんじゃないかな?」

「……私としては、お母さんが実はそういうの見える人だったことに、ちょっとした衝撃があるんだけど……」

「ん~、幽霊とかその系統が全部見えてるわけでもなかったし、特に何かの役に立つわけでもないから、別に言う必要もないなって思って黙ってた」

 あっさりとそんなことを言ってのける雪菜に、妙に納得してしまいそれ以上の追及をやめる春菜。今更母親が霊的な視力を持っていたとが分かったところで、正直どうでもいいのは事実だ。それこそ、実は超能力者だったとかこっそり魔法が使えましたとか本性はタヌキで人間の姿は単に化けているだけだったとか、そういう事実が判明しても驚くに値しないのが、母・雪菜である。霊視ごときでガタガタ言ってもしょうがない。

「それで、今回一緒に巻き込まれたお友達と連絡とるんでしょ? それが終わってからでいいから、打ち合わせしたいからパソコン持って降りてきて、って天音姉さんが」

「はーい」

 本当に何もかもお見通しだと悟り、抵抗するよりは日程だけ決めて丸投げしたほうが手っ取り早いと、素直に指示に従う春菜。まずは帰還前に教えてもらったメールアドレスに、どんどんとメールを送っていく。

「後始末とか偽装工作の類が終わってからでいいから、お母さんにお友達を紹介してね」

「……別にいいけど、変なこと考えちゃだめだよ? みんな、芸能界とか政財界とかと無縁な人なんだからね?」

「分かってるって。お母さん、色々前科はあるけど、本当の一般人をそっち方面で巻き込まないぐらいの良識はあるから」

「お母さん自身は信用してるけど、周りの関係者のせいで信用しきれない」

「その節は、本当にいろいろご迷惑をおかけしました」

 最初のメールのやり取りを行いながら、母とそんな会話を続ける春菜。隠し通せるものでもなく、隠すつもりもないが、宏を紹介した後はいろいろ面倒なことになりそうだ。

 そんな予感から、個別で打ち合わせすべく宏にもう一通メールを送っておく春菜。

 それを見とがめた雪菜が、ちょっと意味深な顔で再び春菜に声をかける。

「真っ当すぎる恋愛観のおかげで男運が悪かった春菜を射止めた未来の旦那様って、どんな人なの?」

「……何の話かな、ってとぼけても無駄だろうからはっきり言っておくけど、まだそういう関係でもなければ、そういう関係になれるかどうかも分かんない相手だからね? いろいろ複雑な問題があって、無理に進めようとしたら縁を切られかねないから、そういうのはやめてね?」

「分かってるって。人の恋路にちょっかい出すような、野暮な真似はしませんって。ただ、母親としては、ちゃんとどんな相手かを知っておきたいだけ」

「だから、そういう関係になれるかどうかは……」

「私が生きてる間に引っ付くかどうかだけの問題で、逃がす気とか全然ないんでしょ? 百年単位で時間かかるかもしれないってだけでいずれ引っ付くんだったら、未来の義理の息子っていうのは変わらないじゃない」

「……なんでそういう想定?」

「そりゃ、私は春菜が生まれる前から、あの人たちと付き合ってきたんだから。大昔にそういうのは、見れば大体分かるようになったよ」

「うっ、すごい説得力……」

「ちなみに、今のお母さんの心境を簡単に言うと、『藤堂、人間辞めるってよ』って感じ」

「なんでどこかの書籍のタイトルみたいに言うかな、この母親は……」

 やはり、母親にはどうあがいても勝てそうにない。事情をほぼ完璧に理解したうえで、何一つ変わらず普段通りに娘を構い倒す母親に対し、心の底から降参する春菜。

 結局、天音との打ち合わせまでに、母・雪菜の手によって女神になったという自覚や実感を完膚なきまでに崩される春菜であった。







「いろいろお疲れさん」

「本当に、疲れたよ……」

 帰還した日の午後十時半。ゲームを介しない個別チャットルームに宏と澪を呼び出した春菜が、小さくため息を漏らす。

 一応達也と真琴にも声をかけているが、真琴は先に風呂とのことで参加はもう少し後。達也に至っては、おそらく嫁と夜のプロレスごっこの最中で、メールを見てすらいない感じだ。

 なので、今の段階でここにそろっているのは、学生組の三人だけだ。

 ちなみに宏達は全員、エラーでログイン時間満了前に接続を遮断されている。そのため、この日はあと一時間半ほど接続時間が残っているのだ。

「それで、念のために確認しておくけど、明日の午前中に、天音おばさんと一緒に宏君の家に行くのは、問題ないんだよね?」

「大丈夫や。おとんらも連休前納期の仕事はあらかた終わっとるらしくてな。もともと明日は昼からの予定やったらしいわ」

「それならよかったよ。土曜だけどお仕事だったらどうしようか、とか、後の予定があるからって午前中から押し掛けるのは迷惑じゃないか、とか、いろいろ心配してたんだ」

「まあ、その辺はもともとどうとでもなるから大丈夫やで」

 本気でいろいろ細かいところに気を使って心配していた春菜に対し、なだめるようにそう告げる宏。そもそもの話、零細の自営業の強みは、そのあたりの調整をどうとでもできることにある。

 天才・綾瀬天音の名を使い、息子の治療に関する話があると告げた以上、恐らく仕事が満タンであっても明日の午前中は休んでいただろう。

「それにしても、うちの両親と綾瀬教授が顔見知り程度やない仲やったんはびっくりしたわ」

「症状が症状だから宏君とは一度も顔を合わせてないけど、天音おばさんは宏君の治療に主治医と同等ぐらいの深さで関わってたんだって。だから、今までも何度も会っては治療状況について説明してたらしいよ」

「システム開発に関わっとったらしい、っちゅうんだけは聞いたことあったけど、そこまでとは思わんかったで」

「宏君の症状はかなり深刻なものだったから、万が一にも間違いがあっちゃダメだって、いつでも責任とれる立場にいたんだって。天音おばさんも子供のころは結構色々あったから、宏君みたいな事例にはちょっと深入りしすぎる傾向があるんだよね」

「なるほどなあ」

 意外なところでつながっている意外な縁に、しみじみとうなずく宏。これだけのつながりがあったというのに、おそらくフェアクロ世界に飛ばされていなければ、春菜とはただのクラスメイトで終わって卒業後は一生関わり合いにならなかったであろうあたり、人の縁というのは本当に不思議なものだ。

「ほんで、澪の方はどないなったん?」

「綾瀬教授のいる大学、確か……海南大学? その敷地に隣接してる大学病院に転院することになった。移動は綾瀬教授の発明品で一瞬の予定」

「原因不明の多臓器障害に関しては、実は前々からいろいろ特効薬になりそうな薬の開発が進んでたんだって。で、その中に、弱った臓器の機能回復と一緒に、頚椎とかも含む損傷した神経を修復する作用がある薬があったらしくて、似たような症例のひとを集めて治験する、ってことになってたみたい」

「また、やたら都合のええ展開やなあ……」

「宏君のことはともかく、澪ちゃんの方は完全に偶然らしいけどね。複数の臓器の機能を一気に回復させる薬って、難病関係なくいろいろ需要あったって言ってたし」

 嘘か本当かわからない春菜の説明に眉を寄せていると、入室音とともに真琴が入ってくる。

「ごめん、遅くなったわ」

「真琴さんも、お疲れさま」

「それで、案の定達也はこの場にはいない、と」

「達兄は、新婚さんだからしょうがない」

「あれだけ我慢したんだから、今日ぐらいは何も言わないわよ。よく分からないまま付き合わされてるだろう奥さんは、ちょっとかわいそうな気がしなくもないけど」

 ようやく念願かなって嫁といちゃつける達也について、全員がどことなく生暖かい気持ちになりながらそっとしておくことで同意する。

 その代わり、早めに決めておかねばならない類の日程その他については、基本的に達也の発言権は無しの方向になりそうだが、時間的な余裕が少ない現状では仕方がない。特にここ数日は非常に忙しいし、一部は明日から行動開始だ。明日明後日の話となると、達也の復帰を待っている時間はない。

 主に澪について、次いで宏と春菜の学校での立ち回り、達也や真琴に対してどんなフォローが必要か、といった話を日程も合わせて大まかに詰めていく。

 最後に、全員のこちらでの顔合わせと、主に澪の両親を中心としたそれぞれの関係者への紹介について大体の流れや日程を決めたところで、何かを思い出した宏が話の切れ目に合わせて口を開いた。

「あ、せやせや。ちょっとお願いがあるんやけど」

「何?」

「大阪におる友達にみんなのこと紹介したいから、澪の体が動くようになったらどっかで集合写真何枚かとりたいねんわ」

「あ、その写真はあたしも欲しいわ。あたしも親とか友達とかにいろいろ心配かけてるから、そういう写真があると丁度いいのよねえ」

「ボクも」

「達也さんも別に反対とかしないだろうし、夏休みぐらいに写真撮りに行こうよ」

 宏の頼みに、全員嬉しそうに食いつく。またもこの場にいない達也の意見が無視される流れだが、日程調整の時に意見を聞けば、基本否と言われるようなことではない。

「細かい日程調整は澪の体が治ってからでええとして、場所どこにする?」

「神の城は避けたいわね」

「あと、宏君はまだ、電車に乗って長距離移動とか繁華街をうろうろするとかはちょっと厳しそうだから、申し訳ないけど私たちの地元に来てもらえると助かるかな」

「あたしは構わないわよ。どこ集合になっても、多分移動することになるから」

「そういえば、真琴姉はどのあたり?」

「南関東ね。前にちらっと聞いた話から考えると、多分春菜達の地元ともそんなに離れてはないと思うわ」

 そういいながら、日本地図を表示して大体の位置を示す真琴。その位置を見て、なるほどとうなずきながら自分たちの地元と澪が移る予定の病院を表示していく春菜。

「大体の場所は分かったけど、真琴姉。なんでそこでどこの県かとかを伏せるの?」

「場所見てわかる通り、あたしの地元って規模はともかく位置的には微妙なのよね。正直、県のイメージとかなり外れる場所だから、県民と思われたくないのよ。正確には、うちの県で一番有名な街の人間と同じ人種だと思われたくないって感じね」

「ん、納得した」

 真琴の言い分を聞き、心底納得してうなずく澪。この手のちょっとした対立は、日本どころか世界的によく聞く話だ。

「まあ、そういう訳だから、そっちの地元で宏がうろうろするのに問題がなさそうな観光地とか、そういう方向でセッティングお願い」

「了解。だったら、コネも澪ちゃんの病院からのゲートも使えるし、あそこがいいかな?」

「春姉、いいところがあるの?」

「うん。うちの地元が誇る観光名所なんだけど、その中にちょうどいい穴場があるんだ。一応一般の観光客も入ってはこれるんだけど、有料ゾーンの上に広い庭園の奥の方だから、地元の人も含めてほとんどの人が入らない場所があるんだよ」

「ふーん?」

「とりあえず、資料は送っておくから後で確認してね」

 そう春菜が告げ、公式サイトをはじめとした各種資料を全員の端末に送り付けたところで、入室音とともに達也が入ってくる。

「わりぃ、遅くなった」

「あら、達也。もういいの?」

「いくら飢えてたっつっても、さすがにダウンした後まで無理させる気はねえよ」

「ダウンはさせたわけね……」

 予想外に早く達也が参加してきた理由を知り、思わずジト目で見てしまう真琴。いくらなんでも、ダウンさせるほどというのはいただけない。

「それで、今後の予定はどれぐらい決まったんだ?」

「明日明後日のはほぼ決まってるよ。申し訳ないとは思ったけど、達也さんの意見とか都合を反映させる余裕はなかったんだ」

「ま、そりゃしょうがない。そっちをほっぽり出して嫁に突撃した俺の責任だから、どうにか合わせるさ」

「悪いけど、そうしてくれると助かるよ。で、具体的に明日どう動くか、なんだけど……」

 ゴールデンウィーク前半の三連休、それがすべてびっちり埋まったスケジュールを達也に説明する春菜。

 そんな非常に忙しいスケジュールを再確認しながら、戻ってきたことをもう一度実感する宏達であった。







 そして少し時は流れ……。

「なあ、ちょっと由香里……」

 一学期の終業式。大阪府下の某公立高校。いつものように生活指導の先生に懇願交じりの声で絞られていた松島由香里と、それに付き合って今まで居残っていた河野志保を、二人ほどの男子高校生が待ち構えていた。

 どちらもかつてのクラスメイトで、すでに人間関係という観点では完全に断絶して久しい相手だ。一方は同じ高校だが、もう一方は一駅隣のもっとレベルの高い高校に通っており、距離的にも生活圏の面でも断絶している。

 もっとも、例の中学の由香里の学年に限って言えば、あの事件以来クラスに関係なく男女の間には一切の交流はないのだが。

「……横山君?」

「よう。久しぶりやな、松島。田岡から聞いとんで。なんぞ、あほな事してるらしいやん」

 懐かしさと気まずさを感じながら声をかけたその瞬間、待ち構えていた横山秀臣がそんな失礼なことを言ってのけた。

 その失礼な言葉にカチンと来て、反論しようとした由香里を遮って秀臣が言葉を続ける。

「まったく反省も後悔もしてへん連中よりは何倍もましやけどな。そんなこと続けとったら、東の立場がまた悪なるで」

「……えっ?」

「考えてもみぃや。人ひとりの人生をパーにしたっちゅうてもやで、積極的に手ぇ出しとった訳でもない奴がぼろぼろになりながら悲壮感たっぷりに償いなんぞしとったら、何一つ得してへん一番の被害者に非難が集中しかねんやん」

 考えてもみなかった秀臣の指摘に、思わず由香里が言葉に詰まる。そんな由香里に追い打ちをかけるように、秀臣の隣に立っていた田岡瞬が思うところを口にする。

「こういうのんって、加害者側のその後に美談みたいなんがあったら、一切関わってへんはずの被害者側にやたらあたりがきつくなりおるからなあ」

「マスコミも面白がって煽りおるから、完全に縁切れてその後どうなっとるかなんざ知らん、っちゅうても通用せえへんし」

「週刊誌とか、絶対えぐい事になりおんでな」

 瞬と秀臣の言葉に、由香里の顔が青ざめる。それを見かねた志保が、横から口を挟む。

「なあ、横山。あたしらが悪いっちゅうんは言われんでも分かってんねん。それ、今更わざわざ隣駅からつつきに来たんか?」

「ちゃうちゃう。これ以上こいつ追い詰めたら、それこそ東に迷惑が掛かるからな」

「せやで。っちゅうか、ホンマの加害者どもが一切謝ってへんのに、松島程度でそこまで追い詰められなあかんっちゅうんも不公平や、っちゅうぐらいには、俺も横山も松島の頑張りは認めてんねんで?」

「せやったら、何の用でわざわざこんなとこまで来とんねん」

 志保の言葉に、少し人の悪い笑みを浮かべながらお互いの顔を見合わせる秀臣と瞬。秀臣がモニターを展開し、その場にいる四人に見えるように設定してから何かの画像を表示する。

「お前らも区切りが必要や、って西岡に言われてな」

「……これ……!」

「まあ、そういうこっちゃ。正直、田岡と西岡の話がなかったら、俺はお前らの顔なんざ見に来る気ぃなかったんやけどな」

「カッコつけとるけど、横山もお前らダシにして区切りつけたがとってんで」

「言うなや……」

 秀臣と瞬の会話など耳に入らない様子で、表示された写真を食い入るように見つめる由香里。志保も、驚いたようなそれでいてほっとしたような表情で、何枚かの写真に見入っている。

 あの時の後悔を忘れるつもりはない。この問題に生涯かけて挑むつもりなのも変わらない。本人以外からどれほど求められても、宏の前に一生姿を現そうとは思わない。

 だが、今までの在り方は変えるべきだ。秀臣から見せられた写真を前に、由香里はそう素直に思えた。

「よかった……。ホンマ、よかった……」

「ホンマに、この人らには足向けて寝れんわ……」

 社会人らしい日本人の男女と、中学生ぐらいの大人しそうな女の子。そして、外国人らしく見える大学生ぐらいのちょっと童顔の見たこともないほど美しい女性。彼らとともに、いろんな表情で写真に写る宏。

 特に目を引く、外国人女性と宏が魅力的な笑顔でハイタッチしている写真と、すべての写真に添えられた一言。

「素敵な親友が、出来ました」

 その一言に、彼らのチョコレート事件はようやく終わりへの一歩を踏み出せたのであった。
最後のシーン、エアリスも入れようか最後まで悩んで、横山君たちが入試のついでに顔見に行ったときに普通に混ざってる方がおいしいと思って今回はパスしました。

いろいろ後日談に振っていますが、その分後日談はかなりはっちゃけることになりそうです。主に天音さん関係と二つの世界の行き来関係で。
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