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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第29話

「「「「「遺体遺棄~」」」」」

 ミダス連邦の戦場に、能天気な声が響き渡る。

 エアリスとアルチェムのお願いを聞き、オクトガル達は邪神の破片を浄化すべく空爆を敢行していた。

 もっとも、今回は空爆と言っても、ウォルディスに対して行ったような大規模なものではない。春菜がポメの生産加速を行っておらず、オクトガル自身もドーピングアイテムを口にしていないので、やろうと思っても不可能なのだ。

 それでも今回のため、ローリエが神の城の機能で聖職者系ポメの生産を強化してはいるので、範囲がさほど広くないミダス連邦の各戦場に空爆するぐらいは可能である。

 また、今回はいつの間にやらポメ栽培に関していろんなノウハウを得ていたローリエが、ある工夫を行っている。そのため、前回に比べると圧倒的に少数でも実に効果的に爆撃できるようになっている。

 その結果、空爆開始から五分で、どこの戦場もすっかり瘴気も邪神の破片も消え去っていた。

「……なんだったんだ、あれ?」

「……俺に聞くな」

 能天気な声で人間の頭より大きな僧形ポメを投下し、そのままどこかに転移して去っていたオクトガルを見て、殺し合いを演じていた双方の兵士が戦闘を止め、毒気を抜かれたようにそう言い合う。

 投げ落とされた僧形ポメの近くにいた兵士たちは、それが破裂して衝撃波のようなものを周囲にまき散らしていたのを確認していた。だが、不思議なことに、その衝撃波を浴びた瞬間、妙に気分がすっきりして、戦闘を続けるのが馬鹿らしくなってしまった。

「……なあ」

「……なんだよ」

「……まだ続けるか?」

「……この空気で殺し合いなんか、出来ると思うか?」

「……だよなあ」

 気合が抜ける謎生物の意味不明な掛け声と、僧形ポメの衝撃波。その相乗効果により、瘴気とともに戦意も根こそぎ奪い取ってしまったらしく、ウォルディス大空爆以前から続いていた紛争は自然と収束していく。

 僧形ポメを投げ落とした位置が実に効率的だったためか、オクトガル一体頭四個ほどの投下で全ての戦場を完膚なきまでに浄化し、さらに紛争まで終了させてしまう。

 ある意味恒例行事だけあってか、ミダス連邦の紛争は、こんなくだらない事でもあっさり終わってしまうのであった。







『ミダス連邦の破片の浄化を確認。オルガ村近郊の浄化完了と合わせて、発見されたすべての破片の処理が完了しました』

 宏達が糸電話やパソコンで遊んでいた、ちょうどその頃。邪神の破片を追跡していたローリエの宣言に、儀式を終えたばかりのエアリスがほっとした表情を見せる。

 大量に降り注いだはずの邪神の破片は、事前の予想とは裏腹に実にあっさりとけりがついていた。

『アンゲルト様が天空に張った浄化結界が、予想以上に効果を発揮したようです』

『落ちた場所がミダス連邦とオルガ村近郊に集中していたのも、助かりました。ミダス連邦の広さならオクトガルのみなさんで十分対応できますし、オルガ村は仏門に帰依なされたユニコーンの皆様がすぐに対処してくださいましたし。そうでなければ、恐らく年内には処理が終わらなかったでしょう。いくらアンゲルト様の結界で数が減ったといっても、世界中にくまなく散らばってしまえば完全な浄化は不可能でしたでしょうし』

 身構えていたほどには手間がかからなかった破片の浄化に、淡々と報告しながらもどこか嬉しそうなローリエ。ローリエの言葉に、うまく言った要因をしみじみと語るエアリス。

 宏達がソレス神殿に顔を出した時、何やら忙しくて不在だった天空神アンゲルト。彼は来るべき邪神との決戦に備え、地球の外周に結界を準備していたのだ。

 とはいえ、さすがに星一つを完全に覆いつつ、地上に一切影響を与えない結界となると、いかに五大神の次に大きな力と権能を持っているアンゲルトと言えどもたやすく行えるものではない。

 故に、宏達との顔合わせの時間も取れず、今もひたすらせっせと結界の維持を続けているのだ。

 なお余談ながら、アルフェミナ達はアンゲルトの結界については知っていても、そこに邪神の破片を浄化できるほどの浄化機能が付加されていることは知らない。これに関してはアンゲルトが、機能を当てにしてあまり雑な戦い方をされても困るから、とあえて教えていないのである。

 さすがに、ソレスが潰したほどのサイズとなると、この結界では無力なのだ。アンゲルトが心配して当てにしないよう秘密にするのも仕方がないだろう。

 もとより、この結界自体が、神々にとっての最後のセーフティネットだ。セーフティネットは、本来当てにするようなものではないのである。

『後は、マスターがこちらへ戻ってこれるよう、力と思いを届けるだけです』

 雑事は片付いた、と言わんばかりに、エアリスをじっと見据えるローリエ。その視線に、内心で微妙にたじろぐエアリス。

 邪神の破片への対処がかなりあっさり終わったこともあり、エアリスは自身が認識できないエネルギーの増幅について、いまだに踏ん切りがついていなかった。

 他ならぬ宏を助けるためだ。自身の手に負えることなら何でもやりたい。だが、この手の増幅の儀式は、エネルギーの状態を確認し、リアルタイムで内容を調整しながら行うものだ。認識できないとなると、そのあたりの調整のしようがない。

 それが、どうしても怖い。失敗の結果が自分に降りかかってくるだけなら、あるいは、失敗したところで周囲が笑ってフォロー出来ることならば、エアリスは喜んでどんな難しい事でも挑戦する。だが、今回はそうではない。


 何が怖いといって、失敗したときに自分で責任を負いきれないどころか、世界中を危機にさらしかねないのが怖い。何より、ミスしたことが分からないまま、好きな男をさらなる窮地に追い込みかねないのが、怖い。

 故に、エアリスはどうしても踏ん切りをつけることができずにいた。

『エアリス様が不安なのも、分かります。ですので、どうにかエアリス様が認識できるようにならないか、こちらの方でもいろいろと試してみました。まずはその結果を確認してから結論を出していただいてもよろしいでしょうか?』

 さすがにエアリス一人にだけ努力を求めるつもりはなかったらしく、ローリエが邪神の破片への対処と並行で行っていたことを明かし、エアリスに判断を仰ぐ。

 そもそもの話、エアリスはまだ十一歳、年が明けてから迎える誕生日でようやく十二歳だ。日本でなら、まだランドセルを背負っている歳である。

 そんな、いっそまだ幼いと言い切れる少女に、世界の命運を預けるのだ。その責任まで背負わせ、さらに一方的に努力や覚悟を求めるなど、あまりに酷だしフェアでない。

 今回に限っては、技量的な面もあってエアリス以外にできる人材はおらず、その重圧を押し付けざるを得ないが、だからこそ、ローリエもできるサポートは最大限に行おうとしていた。

 そのローリエも、現在の自我を得てからまだ数カ月ほど、その前のエルザの巫女だった時代も合わせても十六歳にならない、エアリスと大差ない年齢と人生経験しか積んでいない事は、深く触れてはいけない。

『早速で申し訳ありませんが、エアリス様が普段儀式をするときのように、世界を感じてみていただけませんか?』

『分かりました』

 ローリエに促され、普段のように世界と己をつなぐエアリス。物心つく前から日常生活でも普通に行ってきた行動だけに、己と世界をつなぐのはもはや息をするのと同じぐらいたやすくできる。

 エアリスが神の城(この世界)とつながったことを確認し、ローリエは己の主にとって最も有益なエネルギーを強調する作業に移った。

『……これ、ですか?』

 ローリエによって強調されたエネルギーを敏感に感じ取り、そっとつかんで動かして見せるエアリス。

 アルフェミナが固執し、エレーナがあっさり姫巫女の座を受け渡し、カタリナを追いつめることになったその資質を、エアリスは今回も遺憾なく発揮していた。

『はい。そのエネルギーを増幅し、マスターに届けていただきたいのです。可能でしょうか?』

『やってみないと分からない、というのが正直なところです。何分、今初めて認識して操作するものですから、どうすればどんな反応を見せるか、というのが全然わかりませんし』

 つかんで動かしてみた感触をもとに、ローリエの質問に正直に答えるエアリス。単に今よりロスを押さえて宏に届ける、というのであれば余裕だが、増幅して、となると何とも言い難いところだ。

 この種の魔法的なエネルギーというやつは、量が変化したり増幅されたり圧縮されたりすると、おかしな挙動をするものが珍しくない。むしろ、その手の変化があった時の挙動が、変化前と同じエネルギーの方が圧倒的に少ない。

 エアリスが扱いに慎重になるのも、当然である。

『……少し、時間を下さい』

 これは、少し腰を据えて特性を見極めねばならない。少しいじって反応を確認したエアリスは、即座にそう判断を下す。制御そのものは全然難しくはないが、反応の癖が非常に強いのだ。

 とりあえず、少々扱いをミスったところでマイナスになることはないようだが、増幅をしようとした結果かえって弱くなったりとかは普通にする。

 少なくとも、認識できずにめくらめっぽう儀式で増幅しようとしても、まず間違いなくうまくいかないのは確かだ。

『分かりました。現状、マスターの方は良くも悪くも平和な状況だそうですので、思う存分お試しくださって大丈夫です。儀式を行えるようになったら、連絡をください』

『ええ。ですが、それほどお待たせせずに済むと思います』

 そうローリエに告げ、恐ろしいほどの集中力でエネルギーの特性を見極めにかかるエアリス。そして、十五分後。

『お待たせしました。これより、儀式に移りたいと思います』

『……分かりました。お願いします』

 とてもすがすがしい笑顔でそう告げるエアリスに、普段通り淡々とした口調で頭を下げるローリエ。澪とは違う意味で感情表現が苦手なローリエだが、これでも予想の何倍も早く特性をつかんだエアリスに、内心では大いに驚いている。

 正直ローリエは、特性をつかむまで最低でも一時間以上はかかると思っていた。いかにエアリスと言えども、初めてのエネルギーをそこまでたやすく扱えるとは思えなかったのだ。

 これが他の人間であれば、もっと慎重に、と苦言を呈したであろうが、口にしたのは他ならぬエアリスだ。責任感が強く慎重な彼女が、出来もしないことをこうまで自信満々に言うはずがないのは、これまでのことでよく分かっている。

 どちらにせよ、ローリエにできることはエアリスのサポートのみ。普段と特にやることは変わらない。

「待っていてください、ヒロシ様。すぐに力をお届けします」

 そんな普段と変わらぬローリエの顔を頼もしそうに見た後、ぐっと両手を握りしめて静かに気合を込めながらそう宣言するエアリスであった。







『ん?』

 完全に手詰まりとなり、宏達が通信対戦ゲームで遊んでいた時のこと。

 いくつかのゲームを経て宏が適当に作った落ちものパズルに移り、十七連鎖を十七連鎖できっちり打ち消し、などという春菜と澪の無駄にハイレベルな対戦を観戦していた宏が、自身に何かが届いたことに気が付く。

『どうしたの、宏君?』

『いや、なんぞエネルギー的なもんが届いたみたいでな』

 最終的に打ち消しきれずに押し切られて負けた春菜が、宏の様子に不思議そうに首をかしげる。

 どうでもいいことだが、春菜の敗因は一段ごとの細かい差の積み重ね。先ほど同様澪と同じ数の連鎖をぶつけたものの、一回頭に消した数やラストの同時消しなどの差でリカバリー不能な状況に追い込まれたのだ。

『エネルギー?』

『せやねん。こういうことできんのはエルとローリエのコンビやろうから、多分僕に問題が出るようなことはないやろうけど、ちょっと確認するわ』

『了解。こっちはいつでも動けるように待機しておくよ』

 そういいながらゲームを終了し、広げていたお菓子やおつまみなどを片づける春菜にうなずく宏。緩んでいた空気が一気に引き締まる。

 自分の方も片づけを終えると、宏は送り届けられたエネルギーに意識を集中し始めた。

「……なるほど。そういうことか」

 エネルギーの詳細を確認し、エアリスの、もっと正確に言えばローリエの意図を理解する宏。ちゃんといろいろ理解した上でエネルギーを取り込んでみると、今まで感じたことがないほど己の権能が強くなっていくのが分かる。

「……ありがたいけど、普通に取り込んだだけやと、状況打破するんには足らん感じやなあ」

 今まで感じたことがない、と言っても、所詮は宏の今までだ。自覚が薄く、じわじわと権能が強くなっていたことにすら気が付かなかったこれまでと比較すれば、どれほどゆっくりであっても強くなっていることが把握できるだけで、今までにない強化速度となる。

 例えるなら、ポタリ、ポタリ、と一時間に数滴程度落ちてくる雫を器に受けていたのが、雨粒程度の水滴になって数秒間隔で落ちてくるようになったようなものだ。目に見えて溜まるようにはなっても、決して早くはない。

 それでも今までと比べれば大違いだが、さすがにこれでは足りない。力を求める気など欠片もなく、こういう種類のパワーアップはもうおなか一杯ではあるが、ここでパワーアップしなければいつ状況を打破できるか分かったものではない。

 後先を考えると、これ以上はあまりホイホイ迂闊に力をつけるのはよろしくなさそうだが、今回ばかりは仕方がない。

 宏は、素直にエアリスたちの手を借りて己を強化することにした。

「何っちゅうかこう、この取り込み方は非常に無駄が多そうな感じやなあ」

 ローリエが計画を立て、エアリスがアルチェムたちの力を借りて送り届けてきた力。それが、この程度であるはずがない。

 それが確信できる以上、無駄があるのは間違いなく自分の方だろう。

「こういう時はものづくりの基本、対象の性質を把握することからスタートやな」

 効率よくエネルギーを取り込むため、あえて届いたばかりのエネルギーを吸収せずに集め、他の操作を一切せずに観察を始める宏。まずは目視、次に手触りや重さ、軽く叩いた時の音や表面の変化、という風に、未知の素材を前にした時の基本的なステップを踏んで確認していく。

 手触りはともかく、エネルギーに重さだの叩いた時の音だのがあるのか、というのは、この際気にしてはいけない要素だ。

「……次は、どれをチェックしたもんかなあ……」

 加工に至らない範囲でのチェックを一通り終え、若干ではあるが特性をつかんだところで、選択肢が膨大に広がって思わず考え込んでしまう宏。やっていてはキリがないほどの数のチェック項目があり、内容を絞り込むにも基準がなくて厄介な状況である。

 もっとも、宏が考え込んだのも数秒のこと。基準がないならもう少し官能検査を続ければいいと判断し、すぐにもう一度取り込んで観察を始めたからだ。

 ある程度性質を把握したためか、再び体内に取り込んで観察を始めてすぐ、宏の頭の中に膨大なイメージが流れ込んでくる。

「……なるほど。これは確かに僕の属性やな。もうちょいちゃんと観察したら、もっと効率ようパワーアップできそうや」

 そう呟き、状況打破のためにイメージの奔流に意識を沈ませる宏であった。







「ノーラおねーちゃん、こんなの作ってみた!」

 七級の特殊ポーションをせっせとこしらえていたライムが、思い付きで作った何かをノーラに見せる。それを見たノーラの顔色が変わる。

「ライム、これは何を作ったのですか?」

「特殊ポーション全部を一本にできないか、実験してみたの!」

「それは思い付きで実験するようなものではないのです。七級の特殊ポーションから上は、レシピ以外の組み合わせだと大事故につながりかねない反応が起こることがあると、何度も何度も口を酸っぱくして言い聞かせたはずなのです。それを忘れたのですか?」

「ライム、ちゃんと覚えてたよ! だから、暴走する組み合わせは使わなかったの!」

「暴走する組み合わせでなくても、混ぜた後に他の物を添加すればおかしな反応を起こすものだってあるのです。どんどんチャレンジすればいいとは言いましたが、失敗したら怪我ではすまないようなチャレンジを無断でやってはいけないのです。大体、失敗したときの規模によっては、ライム以外も危ないのですよ?」

 結果オーライで勝手なことをしたライムに対し、怖い顔できつく叱るノーラ。自主性を潰すような真似はしたくないが、さすがに監督下にない状態で命の危険があるような真似を許すわけにもいかない。

 誰かが大けがをして、後悔するのはライムだ。だから、これだけは心を鬼にして、本人が納得するまで何度でもしっかり言い聞かせなければならない。

「ライム、絶対に大丈夫な事しかやってないもん! 反応見れば、混ぜていいかどうかわかるもん!」

「仮にそれが本当だとしても、ハエが飛び込んできたとか途中でくしゃみしてしまったとか、事故を起こす可能性はいくらでもあるのです。そういったことが原因で予想外の事態が起こった時に、ライムの今の腕では対処できないのです」

「……む~」

「やるな、と言っているのではないのです。やるならやるで、やる前にノーラ達に一言断って、誰かがそばについている状態でやれと言っているのです」

 微妙に反抗期に入ったからか、妙に強情なライムを真剣な顔で諭すノーラ。そんなノーラに対し、ライムが嫌に真剣な表情でなおも反論を続ける。

「ライム、頑張って親方にエネルギーを届けなきゃいけないの! 誰も作ってないものを作らなきゃいけないの!」

 これは言っても聞かない。ライムの表情と主張内容からそう察し、諦めのため息とともに首を小さく左右に振るノーラ。誰に似たのか、こうなってしまうとライムは非常に強情だ。

 それに、事が宏にかかわるとなると、ノーラとて黙っているわけにはいかない。

「それで、次は何をやるつもりなのです?」

「えっ?」

「見ていないところでこっそりやられるぐらいなら、一緒にやったほうがまだ安心できるのです。それに、ノーラが怒っているのはあくまで、ノーラ達よりさらに未熟なライムが事前相談なしに勝手に作業したことであって、そのポーションを作ろうとしたことに対してではないのです」

 直前のノーラの反応から予想したものと全く違う言葉に、きょとんとした表情を浮かべるライム。そんなライムに、小さく苦笑しながらさらにノーラが言葉をかける。

「親方のためにライムが頑張るのに、ノーラ達が蚊帳の外というのはずるいのです。それとも、ライム一人でやってライムだけ失敗する方がいいのですか?」

「やだ!」

「じゃあ、一緒にやるのです」

「うん!」

 ようやく納得し、折れてくれたライムに心の中で安堵のため息をつくノーラ。子育てというのは本当に大変だ。

「それで、何を作るつもりだったのです?」

「えっとね、えっとね。毒消しとヒーリングポーションとスタミナポーションの効果を一本にしたいの!」

「それはまた、どういう理由でなのです?」

「毒だと死にそうになるし疲れるから、一本でまとめて治ったほうが便利だと思ったの!」

「なるほど。考え方としてはありですね。可能であれば、他のポーション類と中毒面で干渉しなければもっといいのですが」

「こういう時は、まずは作ってみるの! 細かい改良は後で考えるの! 親方はいつもそうしてるの!」

 ライムの主張にうなずくと、ファムやテレスに連絡を入れてさっさと作業に入るノーラ。この時、自分たちから今までにない強いエネルギーが立ち上った事には、最後まで誰も気が付かないのであった。







『こうして、こうして、こうか?』

『はい。お上手ですよ、バルシェム殿』

 ソレス神殿。巫女として大儀式に参加していたバルシェムは、技芸神セリアンティーナの巫女であるモリアンに教えてもらいながら、たどたどしく神楽を舞っていた。

 何しろ、生まれてこの方、神楽はおろか普通のちょっとした踊りすら踊ったことがない、光物は好きだが文化芸術にはとんと興味を持たないドラゴンだ。練習すらしたことがないのだから、うまく舞えるわけがない。

 高い身体能力でどうにか形にはなっているものの、様にはなっていない。そんな感じで、一生懸命振り付けを間違えないようバルシェムは舞い続けていた。

『むう、難しいものだな……』

『はじめはみんな、そうですよ。むしろ、バルシェム殿はちゃんと舞えている方です』

『そうなのか?』

『はい。私なんて巫女候補だったころは、それでも技芸神の巫女なのか、ってさんざん言われ続けていましたし』

『それは厳しいな……』

 モリアンの言葉にうなりながら、間違えそうになった振り付けを強引に修正するバルシェム。悪名高い破壊竜の名を受け継ぐドラゴンとは思えない、実にほのぼのとした光景である。

 たどたどしく舞うこと数分、ついにバルシェムが振付を間違える。

『むう……』

『大丈夫ですよ。その程度のミスは、バルシェム殿以外にも結構あっちこっちで起こってます』

『そ、そうなのか?』

『ええ。そもそも、今回の儀式に関しては、もとより全員が完璧である必要自体ありません。世界各地で大人数が同じ儀式を行っている、そのことが重要な儀式ですし』

 恐ろしく大雑把な話を聞き、困惑の色を隠せないバルシェム。ソレスの巫女になってから今まで、一般的に儀式と言われてイメージするようなものを一度も行ったことがなかっただけに、大儀式と聞いてある種の幻想のようなものを抱いていたのだ。

 そもそもの話、儀式と言っても、エアリスがよく行うような非常に手順が多く難易度の高いものから、祭壇にお供えをしながらちょっと口上を述べるだけのものまで、難易度も内容もさまざまなバリエーションがある。

 バルシェムが巫女になってから行ってきた儀式というのは、お供えをしながら口上を述べるだけのものと、毎日の神殿の掃除にちょっとしたおまけがついたようなものだけ。習慣として毎日行ってきただけに、儀式を行っているという感覚は皆無だ。

 さらに言うなら、立地条件とソレスの立場や状態の関係で、基本的にバルシェムは巫女としては世紀単位で引きこもっている。他の神殿の巫女との交流はこれが初めてで、それすら儀式の参加をソレスに命じられてであり、エアリス達のように自発的に他の神殿と関わろうとしての事ではなかった。

 おそらく今回の件で宏を通じてエアリスたちと顔合わせをしていなければ、さらに世紀単位で引きこもっていたであろうことは想像に難くない。当然他の神殿での儀式など目にする機会があろうはずもない。

 バルシェムが儀式という言葉に幻想を抱くのも仕方がないだろう。

『バルシェム殿。堅苦しく考えず、楽しめばいいのです』

『楽しむ? 儀式なのに?』

『ええ』

 楽しむ、と聞いて不思議そうにするバルシェムに対し、力強く肯定するモリアン。この間も、神楽は一時も止めない。

『もともと、儀式での舞いというのは、本来は神を楽しませるためのものです。余程性格が悪い神でもなければ、舞い手が楽しんでいない舞いなど見て、楽しいとは思わないものです』

『そういうものなのか?』

『はい。それにこれはエアリス様も断言しておられることですが、舞うことを楽しめるかどうかで、儀式の効果がかなり違う事がはっきりしています。無論、毎回楽しんでいれば効果が上がるわけではありませんが、今回に関しては間違いなく楽しんで舞った方がいいです』

『そうか。だが、私はまだ、振り付けを追うだけでいっぱいいっぱいなのだが……』

『上手く舞えたときの嬉しさを素直に楽しめばいいんです。今回はどれだけ失敗しても問題ないんですから、どんどん楽しんじゃいましょう』

 モリアンに言われ、とりあえず素直に神楽の上達に専念するバルシェム。そもそも思念波でとはいえモリアンと話をしながら舞って、少なくとも振り付けを追い切れるだけでも初心者としては相当すごい、という事実には気が付いていない。

 そんなバルシェムを微笑みながら見守りつつ、他の巫女たちの指導とフォローも同時に続けるモリアン。技芸神の巫女だけあって、技芸が絡む事柄に対しては、人間離れした能力を発揮できるらしい。

 エアリス達さえちゃんとしていれば基本問題ないとはいえ、今回の儀式に関してはそれほど練習の時間が取れていない。実質的にぶっつけ本番と変わらない状況なので、バルシェムと大差ないレベルの巫女はいくらでもいるのだ。

 それでも儀式が破綻していないのは、モリアンの的確なフォローのおかげである。

『……ふむ、そうか。こうすれば振り付けを崩さずにスムーズに次の動きにつなげられるのか』

 しばらく舞を続けていたバルシェムが、唐突に何かを悟ったように手足の動かし方を変える。それだけで、目に見えてバルシェムの舞が美しくなる。

『となると、こっちはこうか?』

 大抵の物事は、一度コツをつかむと一気にスムーズにできるようになり、それと同時に楽しくなってくるものだ。

 バルシェムは生まれて初めて舞う神楽の楽しさを知り、どんどん舞そのものに没頭していく。

 そんな彼女から、儀式のための物とは違うエネルギーが大量に立ち上っていた。







「王都ですら、このありさまか。いや、王都だからこそ、だったのかもしれんな」

 旧ウォルディスの王都、ジェーアン。ウォルディス復興のための視察に来ていたレイオットが、極端に人影が少なくなった街並みに対して思わず正直な感想を小さく漏らす。

 本来、人口だけならウルスに匹敵するほどの規模のジェーアンだが、先のオクトガル大空爆の結果、生き物はほとんど根こそぎ消滅していた。

 浄化が効果を示す存在以外に一切影響を及ぼさない聖職者ポメの仕様上、建築物や道具類がそのまま残されてしまうこともあり、ジェーアンは生活の痕跡が残った実に生々しいゴーストタウンとなっていた。

「現在の人口は、把握できているか?」

「そうですね。全員が素直に応じてくれたわけではありませんので正確な数字はまだですが、大よそは把握できています」

「どれぐらいだ?」

「全部で二千八百人ほどです」

「百万以上の人口が、たったそれだけか……」

「原因が聖職者ポメによる浄化でなければ、人類史上最大の大虐殺でしたな」

「言うな……」

 腹心の文官の言葉に、思わず顔をしかめながらそう吐き捨てるレイオット。浄化で消滅している以上、助ける手段など欠片も存在していないことは明白ではあるが、それでも気分がいいものではない。

「それにしても、ここまでの有様でよく都市が正常に動いていたな……」

「まったくですな……」

 浄化により人口が1%未満まで減少した都市を視察しながら、かつてのファーレーンでのあれこれを思い出してレイオットが言い、文官も心の底から同意する。

 基本的に、浄化でダメージを受けるほど瘴気に侵されると、身体能力や魔法能力が急上昇する代わりに思考能力が極端に落ちる。浄化を受けて消滅するほどとなると、もはや脳筋とかそういう言葉では言い表せないほどであり、社会生活など到底行えそうもないところに行きつく。

 そんな連中が百数十万人。いくら外部に対して完璧に近い情報統制が敷かれていたといえど、よくもまあ都市機能がまともに動いていたとレイオットたちがある意味で感心してしまうのも無理はない。

「いえ。私が逃げ出したころには、ジェーアンは都市としては決してまともに機能してはいませんでした」

 そんな彼らの感想に、つつましやかな声が否定の言葉をそっと添える。名目だけとはいえウォルディスの女王になるから、という理由で視察に同行していたリーファ王女である。

 ちなみにこの台詞、ファーレーン語である。必死の努力の甲斐あって、リーファは既に、この程度の会話ができるぐらいにはファーレーン語を習得していた。

「それは、どういう意味でしょうか?」

「言葉通りの意味です。おそらく常に瘴気を発生させるためだったのだと思いますが、ジェーアンはごく一部の区画と王宮を除き、野生動物の住処のようなありさまでした。常にどこかで大規模な殺し合いが起こり、死者の体は貪り食われ、経済と呼べるものも成立していませんでした」

「その割には、商店のような建物がいくつもあるようですが」

「私も逃げる時以外はこの街を見ていないので詳しい事は分かりませんが、おそらく最初はまともだったのだと思います」

「なるほど。……無事な建物の傷み具合から考えて、割と最近までちゃんと商店として機能していたようですな」

 荒らされた形跡のない、比較的綺麗な建物の傷み具合を確認し、文官がそう結論を出す。一番新しいものは築二年から三年という感じなので、少なくともそれぐらいまではジェーアンで商売が成立していたことが分かる。

「詳しくは知らない、という割には、常にどこかで大規模な殺し合いが起こっていることや経済と呼べるものが成立していない事を知っていたようだが……」

「私を連れだしてくれた護衛のものが、逃げるために必要な知識として教えてくれました。実際、私たちがジェーアンから脱出するまでの二日で、目の前で急に起こった大規模な殺し合いは両手の指では足りませんでしたし」

「と、言うことは、もしかして……」

「……はい。目の前で死体を貪り食う民衆の姿も、何度か……」

「……すまない、辛い事を思い出させてしまった」

「……いいえ、大丈夫です」

 レイオットの謝罪に、淡く微笑みながら問題ない事を告げるリーファ。ひそかに力いっぱい握りしてめいた拳を、気づかれないようにそっと開く。

 正直、忘れてしまいたい種類の思い出ではあるが、ここに来た時点で思い出さずにはいられないことは最初から分かっていた。もうすでに既に数回、フラッシュバックのような形で思い出しているのだから、レイオットに話を振られたことはほぼ関係がない。

 ほとんど単なる飾りだとはいえ、新しいウォルディスの女王となることを決めたのはリーファ自身である。女王となる以上、いずれはこの地で起こり、自身が見聞きしたことと向き合わねばならないのは分かっていたし、覚悟もできていた。

 故に、リーファは顔色こそよろしくないものの、取り乱したりはせず十分に受け止めることができていた。

 半分以上はレイオットに対する恋心により、少しでも彼の隣に立つにふさわしい女になりたいという意地によるものなのはここだけの話である。

「見た感じ、どう復興するにしても大部分は取り壊すしかなさそうだが、どうだ?」

「そうですね。土台が怪しくなっている建物も少なくありませんし、住んでいる人間もいないのですから、いっそ一度更地にして区画整備からやり直した方が早くいい街ができるでしょうね」

「かなり大掛かりな工事になりそうだが、どうだ?」

「壊すだけなら一年はかからないでしょうが、廃材の処理を考えると数年がかりになりそうです」

 土木専門の技官の言葉を受け、リーファの方に視線を向けるレイオット。レイオットの視線を受け、小さくうなずくリーファ。

「ならば、その方針で行くか。我々がこちらに来た時の拠点には王宮を使うとして、問題はそちらがどの程度使い物になるのか、だな」

「あと、整備計画の立案と必要な範囲の取り壊しが終わってからの話になりますが、必要最低限の公共施設を建てるとき、どの建築様式で行うのかも重要になってきます」

「そんなものは決まっている。ウォルディス、もしくはミンハオを始めとした、かつてこの地域に存在した各国家の建築様式だ」

「かしこまりました」

 あっさり断言するレイオットに、どこか驚いたような視線を向けるリーファ。その視線に、思わず苦笑してしまうレイオット。

「我々の目的はあくまでウォルディス、もしくはそれ以前にこの地域に存在した国家の復興であって、ファーレーンの属国を作ることではない。面倒だから統治機構は我が国の物を流用するが、文化や風習に関してはよほどの悪習でもない限り口を挟むつもりはない。政治に関しても、国家が平和的に安定してくれるのであれば、どんな風に国を治めようと好きにしてくれればいいと思っている」

「一から国を作るほどの援助をするのに、それでいいのですか?」

「ここまで距離が離れていては、属国も何もないからな。それに、この地域とミダス連邦が外からの干渉無しでも安定してくれれば、どこの国も目先の天災やモンスター対策に全力を注げる。それだけでも十分に金と人をつぎ込む意味がある」

 当然のことのように統治方針を語るレイオットに、リーファがさらに驚く。ウォルディスの考え方では、距離があろうがどうだろうが、支配できるのであれば支配するのが当然だった。いずれ敵になるかもしれないのに、実効支配する気がない土地の復興などもってのほかである。

 やはり育った環境が環境だからか、リーファにもその価値観は根付いている。他人のものを争って奪うような非生産的な真似をする気はないが、人から非難されるわけでもなく、かつ自身の力だけで手に入れられるのであれば、全部自分のものにするのが当たり前だと思っていたからだ。

 ウォルディスで飼い殺されていたころに奪い合いをする不毛さをいやというほど見せつけられたため、他人のものを欲しいと思う気持ちは薄いが、かといって、いくら余裕があろうと自立できるまで他者に施しを与え面倒を見ようなどという考えもない。

 そのあたりの価値観の違いに、リーファはただただ驚くことしかできなかった。

「……国というのはどこも、とにかく大きくなろうとするものだと思っていました」

「その認識は正しくもあり、間違ってもいるな。経済や生産活動に関していえば、国家というのは際限なく巨大化しようとするものだ。が、いわゆる国土面積や実効支配する範囲、となると、費用対効果や管理可能かどうか、という要素がかかわってくる。正直に言うなら、ファーレーンは管理可能な国土面積だけでいうなら、半分ぐらいが妥当だと思っている」

「そういうものですか?」

「そういうものだ。ちなみに、これはカタリナ姉上が逝った後、国内では普通に公言している話なのだが、話が漏れているはずのダールやフォーレからも、国内の候補に挙がりそうな地域からも、分割移譲や独立の話は来ていない」

「それは恐らく、その言葉を誰も信用していないからではないかと思うのですが……」

「父上がアズマ工房の会議室で、ダールやフォーレに直接話を振ったことがあったが、どちらからも全力で嫌がられていたな。どうやら、我が国の北限から四分の一と南端から四分の一は、よほど魅力がない土地だと見える」

 本当に自ら小さくなろうとしているファーレーンに、唖然とさせられるリーファ。ダールやフォーレが全力で拒否するのはともかく、普通に自国の国土を他所に押し付けようとする王族には、衝撃が大きすぎてコメントできない。

 ちなみにこの話、ファーレーン王家が本気だからこそ、当該地域もダールやフォーレも全力で嫌がっていたりする。当該地域からすればファーレーンの庇護下にあったほうがはるかに楽だし、ダールやフォーレからすれば、大国が面倒臭がって手放したがる土地など胡散臭くて手を出したくない。

 もっとも、さすがにリーファには、そういう方向で駆け引きが起こっているとまでは理解できていない。同盟を組んでいる以上、ダールやフォーレが拒否すること自体は当然だ、というところで止まっている。

「さて、話が逸れたな。復興に話を戻すとして、リーファ王女。実際に統治するかどうかはともかく、基本的にここはあなたの国だ。何か、こうしたい、という希望はあるか?」

「そうですね。……道をできるだけわかりやすく、見通しが効きやすくするのは当然として、何かあった時に、民が逃げ込める場所は作りたいですね。あと、どこか一か所、広くてきれいな公園、みたいなものがあればうれしいです」

「ふむ。その二つは一か所で両立できそうだな。他には何かないか?」

「他に、ですか。……そういえば、エアリス様やファムさんとおしゃべりをしていた時に聞いたのですが、ヒロシ様の故郷には、人や物を運ぶ、鉄道、という仕組みがあるそうです。実験的に、それをこの街に取り入れてみたいです」

「ほう、そんな仕組みがあるのか。連中が戻ってきた後で、どういうものか概要だけでも聞いておかねばな」

 リーファの意見を聞き、妙に楽しそうに予定を立てるレイオット。そのあとも王宮を確認したり、生存者に話を聞きに行ったり、と、視察を進めながらどんどん復興計画を立てていく。

 そんな彼らの全身から発散されるエネルギーには、やはり誰一人として気づくことがなかった。






「……なるほどなるほど」

 ライムやバルシェム、レイオット達。他にも知った顔から見知らぬ人物まで、様々な人々の様々な創造的活動についてのイメージを見ることで、エネルギーの正体や性質を全面的に理解した宏。それとともに、最大効率でのパワーアップ方法も、その場合どうなるかも同時に察する。

「これで直接パワーアップするんはなしやな。今はともかく、終わった後に間違いなく持て余す」

「ぴぎゅ」

「おう、そうやな。ほな、一旦エネルギーとしてだけ取り込んで、必要以上にパワーアップしてまわんようにさっくり使い切ってまおか」

 何事か主張したラーちゃんにそう答え、慎重にエネルギーを取り込みながら春菜達のもとへ帰る算段を立てる。位置関係を再確認し、出来るだけ低コストで「通り道」を作れるルートを探り当て、決めたルートが通れるように地道に少しずつ空間を整えていく。

 そのさなかに邪神の方を確認し、思わず眉を顰める宏。

「やばいな。思ったよりパワーアップしとるし、結構近くまで来とる」

 邪神は、周囲の空間を破壊することで、パワーアップしながら宏の方へと近づいてきていた。一応可能性として想定してはいたものの、予想外に早く進んでいたのだ。

「やっぱ、ゲームで遊んどったんは、余裕見せすぎやったか」

 じわじわと「通り道」を整備しながら、余裕を見せすぎたことを反省する宏。あの時点で出来ることがなかったのは事実だが、それならそれで何か作って遊べばよかったのだ。

 パワーアップした、と言っても、倒せなくなるほどではない。今まで戦ってきたボスで例えるなら、せいぜいがオルテム村のイビルエントがタワーゴーレムに化けた程度。まともに相手をすれば厳しい相手だが、勝てないわけでは決してない。

 だが、それだけのパワーアップを見逃していた、というのは、やはり深く反省すべき事柄である。

「ぴぎゅ」

「せやな。考えようによっちゃ、これで腹が決まったっちゅうことでもあるしな」

 手詰まりになって遊んでいた間、ずっと迷っていたある選択肢。それが考えるまでもなくなったことに、どこかすっきりした様子を見せる宏。腹が決まったからか、「通り道」を作る速度も上がっていく。

「やっぱ、この手の癌細胞的な何かは、ちゃんと完全につぶしてもうとかんとあかんわな」

「ぴぎゅぴぎゅ」

「そっちも準備整ったか。ほな、まずはあれを回収からやな。ラーちゃんネット(グレイプニル)、発射や!」

「ぴぎゅ!」

 突っ込みどころ満載のルビを振られたラーちゃんのネットが、亜空間の空間状態を無視して邪神を絡めとる。宏達がゲームで遊んでいる間にさらに三玉の神キャベツと世界樹の葉五枚、数本の宏と春菜の髪を食べ、ひそかに力を蓄えていたからこそ可能な荒業だ。

 もっとも、空間を無視したといっても、あくまで目視できる相手に直接ちょっかいをかけられる程度でしかなく、この程度の能力では脱出は不可能。言ってしまえば、現状は邪神をお持ち帰りする以外には役に立たない能力である。

 邪神相手となると拘束時間もせいぜいそれぐらいが限界の、名前負けにもほどがあるネットだが、神を拘束できるという意味では間違ってはいないところがミソだろう。

「よし、確保。ほな、戻るか」

「ぴぎゅ!」

『ちゅうわけやから、春菜さん。今からそっち戻るわ』

『うん。準備は整ってるから、いつでもどうぞ』

『ほな、いくで』

 邪神を拘束したネットを片手に、微妙にワームホール状になった亜空間の「通り道」に飛び込む宏。飛び込んだ宏の体を春菜の権能がそっとつかみ、優しく正確に誘導する。

「ぴぎゅ!」

 出口付近で急激に空間が荒れ、春菜だけでは制御しきれなくなったところで、またしてもラーちゃんが糸を吐き出す。

 ラーちゃんが吐き出した糸は勝手に束になって布状になり、パラシュートのように広がって宏の移動速度と移動経路を修正する。そして

「ただいま、春菜さん」

「おかえりなさい、宏君」

 亜空間に飛ばされてから半日以上。宏はついに、春菜達のもとへ帰還したのであった。
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