第26話
「なんかこう、ものすごく複雑な気分よ……」
前を歩くバルシェムの背中を見ながら、どうにももやもやする内心を吐露する真琴。倒せないボスの代名詞であったドラゴンロード・バルシェムが友好的な女性で、しかも巫女だという事実がどうにも納得しきれないのである。
もっと正確に言うなら、彼女のドラゴンの姿がゲームの時とは全く違うものだった事が、ドラゴンロード・バルシェムの名を名乗るこの巫女の存在に納得しきれない最大の原因である。
「さすがに俺もちっと驚きはしたが、そんなにか?」
「そりゃそうよ。あたしクラスの戦闘廃人、っていうかレベル五百以上のプレイヤーにとって、ドラゴンロード・バルシェムは最大級のトラウマなんだからね」
「そこまでかよ……」
さすがに宏に比べれば鼻で笑える範囲ではあるが、なかなかに根深そうなものを見せる真琴。小声でとはいえ、本人がいるところでそれを言ってしまうのだから、相当である。
「真琴さん、真琴さん。一応本人がいるところでそれを言っちゃうのって、どうかなって思うんだけど」
「分かってるんだけど、どうにも気持ちが付いていかないっていうか……」
「本当に根深いんだね……」
勢いでものを言って後でへこむことが多い真琴だが、何気にこういうことに関しては結構気を使っている。そんな真琴がすぐに割り切れないぐらいなのだから、ゲーム時代のバルシェムは各方面に相当なトラウマを植え付けているようだ。
「なんかこう、申し訳ない。こいつも過去にいろいろあったみたいでなあ」
「なに、気にしなくてもいい。過去のバルシェムの所業を鑑みれば、そういう反応があるのは当然のことだ」
「過去の、ってのは?」
「バルシェム、という名は、そちらでいうところの称号に近いものだ。そもそも、ドラゴンは知性がある個体が少ないがゆえに、個体名を持たないのが普通だ。私とて、とちくるった先代バルシェムがこの神殿に襲撃をかけてこねば、ソレス様の巫女、という肩書以外に呼び名らしい呼び名はなかったからな」
「……そういうものなのか?」
「ああ、そういうものだ。で、私がバルシェムの名を襲名することになった経緯からも分かるように、バルシェムの名を持っていたドラゴンは、どいつもこいつも無駄に気性が荒くてな。縄張りでもなく食うわけでもないというのに、住処の浮島から見える範囲に人間がいたというだけで、むしゃくしゃしてとりあえず襲う、など日常茶飯事だった」
「……まあ、ドラゴンってのは普通はそういうもんだわな……」
真琴の態度を気にしていない理由の説明、というには妙に嘆かわしそうに先代以前の所業を語るバルシェムに対し、反応に困る、といった感じで正直な感想を告げる達也。実際、普通世間一般のイメージするドラゴン、というのは、知性の有無や言葉が通じるか否かにかかわらず、先代以前のバルシェムのようなタイプであろう。
少なくとも西洋の竜に関しては、洋の東西に限らず単なる強力なモンスター扱いで登場している作品の方が圧倒的に多い。話し合いが通じるドラゴンが出てくる作品でも、下位種だのなんだのの理由で普通に討伐対象になっている奴が同時に出てくるケースが大半なので、このあたりの割合は結局変わらない。
なんだかんだ言ってこの世界のドラゴンもこの類型に当てはまっているため、達也がそういう感想を持ってしまうのも当然と言えば当然である。
「私としては、そういうもんだ、でくくられてしまうこと自体が嘆かわしい。そこらを飛び回っているグレータードラゴン程度ならまだしも、バルシェムの名を持つ歴代のドラゴンは、どいつもこいつも人間種と変わらぬ、それどころか場合によっては賢人と呼ばれるだけの知性を持っていたのだぞ? それだけの知性を持ちながら、単に気に食わぬという幼稚な理由で喧嘩を売りまくった挙句に、無駄にいろんなものと敵対して討伐されるなど、そこらの獣と変わらぬではないか。いや、不必要に喧嘩を売らぬだけ、そこらの獣の方がはるかに賢い」
「……言いたいことは分かるんだが、こっちとしてはそれにどうコメントしていいのかがさっぱりわからねえぞ……」
「む、すまん。あまりの情けなさについ、大人げなく熱くなってしまった。まあ、言いたいのは、我らがそう見られてしまうのは我ら自身の責任であって、そちらが気にすることではない、ということだ。それに、私はソレス様を通じてダルジャン様やアランウェン様からあなたたちの事情を聴いている。VRMMO、というものについては概念しか理解していないが、その遊戯でバルシェムの名を持つドラゴンに何度も痛めつけられた人間が混ざっている、ということも」
「概念は理解してるのかよ……」
「ああ。さすがに実物を見ていないから、具体的なところまでは理解できてはいないがな。ただ、少なくとも、その遊戯での戦いが実際の戦いと大差ないものであることはなんとなく理解している。故に、その遊戯で私と同じ名を持つドラゴンに何度も痛めつけられれば、思うところの一つや二つあっても当然だ、というのも分かっている」
「俺としては、そこをちゃんと理解している事より、そういう遊びがあるってことをちゃんと納得してることの方が驚きだよ……」
バルシェムの説明に、思わず遠い目をしてしまう達也。別に頭が悪いわけではないアルチェムですら、アランウェンから受けた説明を理解も納得もできていなかったのだ。目の前のドラゴンが賢人と呼ばれるだけの知性を持っていた、と主張するのも伊達はない、といったところだろうか。
「さて、少々脱線が過ぎたな。ご足労願った上に急かしてしまって申し訳ないが、ソレス様が安定している時間は意外と短い。急いでいただいてよろしいか?」
「そうだね。あんまりお待たせするのも悪いし、この後も邪神に仕掛けるための準備をもうちょっといろいろしないとだし、ね」
「せやな。っちゅうか、ソレス様が安定してへん、っちゅうんが非常に物騒で気になるんやけど……」
バルシェムの聞き捨てならぬ言葉に、思わず不安を覚える宏。この世界の場合、神が安定していないというのは、割と致命的な事態につながりがちである。
「それにしても、神殿らしい建物とか、どこにも見えないわよね?」
「色々理由があって、現在外部からは見えないように隠してある。今から入れるように門を開くから、少し待っていてほしい」
ようやく気分を切り替えたらしい真琴の疑問に、バルシェムがやたらと毅然とした態度で答える。そのまま何もない空間に手をかざし、何やら小声で小さくつぶやく。
バルシェムのつぶやきが終わった次の瞬間、空間が大きくゆがみ、虚空にドラゴンサイズの巨大な門が現れた。
「これが、我が主ソレス様と天空神アンゲルト様の神殿への入り口だ」
「またデカい門やなあ」
「私のようなドラゴンが通る門だからな。無駄に巨大なのは勘弁していただきたい」
「別にそれはええんやけど、うちらみたいな通常サイズが出入りするとき、どないしとんの?」
「私がちゃんと出迎えに出ているが?」
「なるほど。巫女様っちゅうのにまたご苦労なこっちゃな」
「ここにはソレス様と天空神様以外では私しかいないからな。必然的に、出迎えなどは私の仕事となる」
神殿の体制をそう説明しながら、バルシェムが手をかざして門を開く。門の向こうには、五十メートルサイズのドラゴンが出入りできるほど巨大でありながら、どこかこじんまりとした印象を与える建物があった。
「こう、何っちゅうか、えらいがらんとした印象が強いなあ」
外の門をくぐり、入り口全体が視界に入るぐらいの位置から内部を確認し、正直な感想を告げる宏。その巨大さ故に、内門が開放されている現状、かなり奥の方まで見える。
「バルシェムが人型になってるから、当然だと思う」
「それ踏まえても、やたらがらんとしとる印象が強くてなあ」
澪の突っ込みに苦笑しながらそう返し、もう一度観察しなおしてその理由に思い当たる宏。
そう。この神殿、ドラゴンが出入りして動き回るスペースを考えてもなお、空きスペースが大きいのだ。
その上、神殿という建物の性質上必須ともいえる宗教的な装飾や儀式に使う家具などが一切ない事が、さらに空虚な印象に拍車をかける。もっと正確に言うなら、現役で使われている施設とは思えないほど、寂れて見えるのである。
恐らく、巨大建築なのに妙にこじんまりとして見えるのも、この寂れた空虚な雰囲気が影響しているのだろう。
「……ここ、ホンマに現役で使われとる神殿か?」
「出入りするのが私のみ、儀式の類もここ数百年は行っていないのだからある程度は仕方がないが、一応現在も実際に使われている神殿だ」
「そもそもここは立地が立地だからな。巫女として選べる存在も、どうしてもドラゴンやロック鳥のような大型生物の中の知性もちになってくる。その全てが人型になれるわけでも、人間サイズになれるわけでもない以上、必然的にこのサイズが必要となってくるし、出入りできる存在も限られてくる」
宏の身も蓋もない正直な感想に、苦笑しながらそう答えるバルシェム。そこに、何者かが口を挟む。にじみ出る神力、妙な威厳、何より神殿の中から出てきたということが、少なくともその何者かが神々の一柱である事は間違いない。
「……良かった。まだソレス様であったか。少々遅くなってしまったから、不安だった」
「今はこのあたりは一応昼だからな。そうそう変わりはせんよ。もっとも、いつまで男でいられるかはわからんが」
その唐突に表れた何者かと、聞き捨てならない会話を始めるバルシェム。それを聞きつけた宏が、渋い顔で口を挟む。
「まだソレス様やった、とか、いつまで男でいられるか、とか、ものすごい聞き捨てならん話やねんけど、どういうことなん?」
「それについては、少々ややこしい話でな。こんなところで立ち話もなんだし、中で茶でも飲みながら話そう」
宏にそう答えている間に、いつまで男でいられるか、という本人の言葉を肯定するように、立派な肉体の色男がまるでだまし絵のごとく光り輝かんばかりの美女に変化する。
「そうそう、自己紹介がまだだったな。失礼した。私の名は太陽神ソレス。またの名を月光神ルシェイルと申す。新神どのとはどれぐらいの付き合いになるかはわからぬが、今後ともよろしく」
「……アズマ工房の工房長やっとる、東宏です。そのあたりのことは、あとで説明してもろてええですか?」
「無論だ。というより、今後邪神との直接対決にもかかわってくることゆえ、聞いておいてもらわねばややこしいことになる」
こうして、バルシェムに続き結構な爆弾を伴って、ソレスとの初対面を終える宏達であった。
「さて、落ち着いたところで説明、というのはいいのだが、何から話すべきか」
「まずは、現状ソレス様がどないなっとんのか、その説明が欲しいとこですわ」
「そうだな。と言っても、大した話でもない。現在私は、月の満ち欠けや大地の自転、太陽の公転周期などに合わせて、太陽神としての神格と月光神としての神格が入れ替わりで表に出てくるようになっている、というそれだけの話だ」
「それ、結構厄介な話やと思うんですけど……」
「うむ。それゆえに、あまり他所に顔を出したりせず、ここに引きこもってひたすら仕事をしているわけだが」
「うわあ……」
なかなかにブラックな労働環境に、宏だけでなく他のメンバーの顔もひきつる。
代わりがいない上に現在外的要因と内的要因に加え、春菜の権能の暴走により仕事量が激増しているアルフェミナほどではないにしても、一柱で二柱分の仕事をしなければならないのに各々の権能に時間制限があるソレスも、他の神々と比較すれば相当忙しい。
「性別が入れ替わるのは、月光神の方の性質だな。もっとも、太陽神としての私も発生した当初は女神で、世界の完成と時代の変化に伴い自然と男神になったという経緯がある。故に、月光神のその性質と親和性があったのも間違いないが」
「っちゅうかそもそも、なんでソレス様が月光神の神格と権能まで持つ羽目に?」
「半分は自然現象、半分は邪神の影響だな」
宏の問いにそう答えると、考えをまとめる時間を稼ぐように、ティーカップに口をつける。
「……そうだな。やはり、まず前提となる話から説明したほうがいいだろう。まあ、その前に質問、というか、確認になるが」
「確認?」
「ああ。今からする話に関しては、ある程度前提となる知識が必要となる。それを理解していないと、話が通じなくてな。というわけで確認だが、この世界、今我々が暮らしている地が、お主たちの故郷同様太陽の周りをまわりながら自転を行っている、いわゆる惑星である、ということは把握しているか?」
「そらもう、はっきりと」
「では、この星の衛星、つまり月がお主たちの故郷と違って複数あることは?」
「それも把握しとります。三つの大月に十の小月、でしたよね」
「ああ、それであっている。ならば、この世界の昼と夜、おかしいと思わなかったか?」
ソレスの最後の質問、その意図を計りかねて怪訝な顔をしてしまう宏。他のメンバーも、いまいちソレスが何を聞きたいのかわからず、お互いに顔を見合わせてしまう。
「おかしい、の定義を聞いてええですか?」
「ふむ。それもそうだな。では聞き方を変えよう。お主たちの故郷同様自転と公転を行っている天体だというのに、同じ経度で時差が大きくばらついていることについて、おかしいとは思わなかったのか?」
「そらもう、不自然やとは思ってましたで。ただ、地球とは物理法則が違うとこが結構あるから、そういうもんやっちゅうことで深く突っ込まんかっただけで」
「なるほどな。まあ、特に害がなければそれも当然か」
宏の回答に小さくうなずくと、再びお茶に口をつけるソレス。残り少なかったカップの中身を飲み干し、自分の手でお代わりを注ぐとおもむろに続きを語り始める。
「その不自然な時差は、この世界にかつてあった第四の大月、それが砕けることによって生じるようになったものだ。もっと正確に言うと、第四の大月が砕けたことによって生まれたのが十の小月であり、それらが各々独自の周期で太陽と小月に姿を変えることで発生するようになってしまった」
「……その理屈やと、小月が太陽の代わりになっとる間は夜がない、っちゅうんは分かるんですけど、月になっとるときはやっぱり主星の方が優先されるんちゃいますん?」
「それなのだが、先ほど新神どのが言ったとおり、この世界は物理法則が若干違う。魔力的なものを含めた様々な要因もあるが、何より小月は太陽や大月よりはるかに地上に近い。その距離の問題で、小月が居座っている地域は自転周期と昼夜の周期が合わないのだ」
ソレスの解説を聞き、思わずうなる宏達。基本的には科学に忠実なシステムなのに、妙なところでやたらファンタジーを主張しているところが困る。
「月が輝く仕組みからも分かるように、もともと太陽神と月光神は深い関係がある。それゆえ、月に太陽としての性質が生まれ、ルシェイルが一部とはいえ太陽神としての権能を持たざるを得なくなると、必然的に私の方も引っ張られてルシェイルの持つ性質を得てしまう。時間経過で性別が変化する、というのがそれだ」
「なるほど。引っ張られた際に、一番影響が少なくて親和性が高い性質を取り込んだ、っちゅう訳か……」
「そういうことだな。先に言っておくが、なぜ大月が砕けて小月が生まれたのか、なぜ小月が太陽に姿を変えるようになったのか、という疑問に関しては、結局誰にもわからずじまいだ。アルフェミナも調べたが、他の世界も含めた様々な場所からの多数の影響が複雑に絡み合い、これが原因だと言い切れるようなものはなかったらしい。干渉して回避しようにも、邪神と同じく何をしたところで百パーセント発生する出来事であったがゆえに、手出しはしなかったそうだ」
「……まあ、妙な時差の発生やらソレス様の外見がころころ変わる理由やらは理解しました。そんで、ソレス様とルシェイル様が一つの体に融合したんは、三の大月に邪神が居座っとるんとやっぱり関係がありますん?」
「むしろ、それが原因だな。三の大月を乗っ取られた結果、ルシェイルが神格を保てなくなるほど浸食され、地上にも深刻な悪影響が出てしまった。打てる手が限られていた上に時間もなかったため、最も確実な手段として私がルシェイルを取り込んだが、やらないよりはましだとはいえやはり悪い影響は出ていてな……」
「不安定やっちゅうんは、表に出てくる神格がころころ変わる、とかそういうレベルやない、っちゅうことですか?」
「うむ。新神どのならば、少し注意深く観察していただければわかると思うが、やはり二柱分の神格と権能を一つの体に収めるというのは、いろいろ無理がある。油断すると己が何者なのかすら分からなくなりそうなので、最近はとにかく仕事に打ち込んで無理やり己を保っている始末だ」
かなりのっぴきならない事を平然と言ってのけるソレスに、思わず宏の表情が引きつる。消滅寸前までいっていたザナフェルよりははるかにましとはいえ、ソレスの状態も決して楽観できるものではない。
「とまあ、こういう状態故、残念ながら私は邪神への直接攻撃には参加できん。邪神が月で暴れるだけでも存在が怪しくなる上、そもそも、私やザナフェルのような死にぞこないがのこのこ前線に出たところで、足手まとい以外の何物でもない。おそらく弾除けにすらならんどころか、邪神の性質的に派手なパワーアップに直結しかねん」
「っちゅうか、そもそもこの世界のことやからっちゅうて、無理に全部の神様が直接攻撃に移らなあかん理由もないですし、おとなしゅうバックアップしてくれる神様がようけおった方がやりやすい面もありますし」
「うむ。故に、私はバックアップに専念する予定だ。ついでに言うならば、危険な役割はこの世界の神に任せて、そなたたちも私やザナフェルとともにバックアップに回ってもらいたい。これまで我らが手を出せず、かつ危険なところを常に丸投げし続けてきたのだから、最後ぐらいは安全圏に居てもらいたい。これに関しては、アルフェミナたちも本音の部分では同じ考えだ」
「ここまで来て、最後だけ高みの見物とか、何のためにいろいろ準備したかわかりませんやん」
ソレスの要請を、はっきりきっぱり断る宏。正直、心情的に一発ぐらい邪神を殴らないと気が済まない。
「……ねえ、宏君」
それまで黙って会話を聞いていた春菜が、唐突に声をかける。突然口を開いた春菜に、その場の注目が集まる。
「どないしたん?」
「今思ったんだけどね。私の腕輪みたいに、ソレス様やザナフェル様のための補助具って、作れないかな?」
「……ザナフェル様は、まだ無理や。今下手な事したら、それこそ消滅しかねん」
「ザナフェル様は、ってことは、ソレス様には作れるんだよね?」
「仕様を詰めやんとあかんけど、無理ではないな」
春菜の提案に、そう答える宏。アルフェミナからもらった素材こそ使い切っているが、春菜の神具作りに使ったほかの素材はまだ残っている。それに、奈落で仕入れた素材も十分な物量がある。春菜のものと同等性能とはいかないが、十分な性能のものは普通に作れるだろう。
「だったら、ソレス様の分だけでも作ったほうがいいと思う。なんとなくなんだけど、作っておかないと邪神と戦う時に困ることになりそうな気がするんだ」
「……せやな。相手が三の大月におるんやから、今の話聞く限りソレス様にゃ絶対影響あるやろうしなあ」
春菜の主張に、宏がうなずく。春菜のこの手の勘は、人間だったころから割と鋭かった。そうでなくても勘がよかったのに、時空系の女神となってさらにそのあたりが増強されている春菜の意見を無下にするなど、自殺行為にもほどがある。
それに加え、ソレスに関しては春菜の勘など関係なく対策を打つべき明確な根拠もある。
もっとも、そもそもの話、その手の背景情報に関係なく、春菜が言い出した時点で宏が何も作らない選択を取ることなどあり得ない。素材も口実もあるのに生産活動をしないなど、生産ジャンキーの名が廃るというものだ。
「っちゅうわけで、邪神対策も含めてその不安定さをちょっとはマシにできるよう補助具作ろう、思うんですけど、ええですか?」
「願ってもない話だが、いいのか?」
「気にせんともの作ってええ機会は重要なんで、むしろどんどん作らせてください」
「……新神どのが望むのであれば、恩恵を受ける私がごちゃごちゃと文句をつける筋合いはない。正直、私個人の能力やこの世界の神では、権能やルールの関係でどうにもできなかったことだ。助けていただけるのであれば、どれだけ感謝しても感謝し足りない」
「そういうんは、完成品が目的に添うてるときだけ言うてください」
「……そういうものか?」
「そういうもんです」
まだ何もできていないのにやたらと喜んで感謝を告げてくるソレスに、ぴしゃりという宏。日頃ヘタレで割とすぐに調子に乗る上にやってることは結構いい加減なくせに、こういうところは妙にまじめだ。
「で、作る前に仕様をちゃんと詰めとかんとあかん訳ですけど、細かい部分は完成後の調整になるとして、まずは最終的にどないするか、っちゅうんを決めやんとあきません」
「最終的にどうするか、とは?」
「簡単に言うたら、そのまま二柱分の権能を統合して完全に一柱の神様として安定させるか、それとも、もとのソレス様とルシェイル様の二柱に完全に分離独立した状態にするか、っちゅうことですわ。どっちにするかで、アプローチの仕方がえらい変わってきよりますし」
「そんなもの、決まっているではないか。叶うことなら、ルシェイルと再び肩を並べて仕事をしたい」
「分かりました。後、これはもうどないしようもない事なんですけど、三の大月に関しては恐らく砕くなりなんなりするしかないんで、今の段階で権能から切り離してまいますわ」
「……そうだな。ダルジャンに言わせれば、それも宿命なのだろう」
三の大月に関する宏の言葉にわずかに逡巡する様子を見せるも、結局すべて受け入れるソレス。もはや何も失わずに元通り、など不可能だ。
三の大月にはいろいろ思い入れがあり、それを切り離すというのは身を切られるようにつらい。それに、三の大月を切り離してしまえば、邪神がフリーになってしまうという懸念もある。
ソレスの不安定さの最大要因は、三の大月を邪神が取り込んでしまったことより、その邪神を牽制し、三の大月が持つ森羅万象の力を使わせぬよう、かつ、自身が取り込まれぬよう常に微妙な干渉を続けなければならない事の方が大きい。
だが、ソレスが三の大月とリンクしている限り、本当の意味で邪神を消滅させることはできない。根本的な解決のためには、いずれかのタイミングで覚悟と割り切りが必要となる。
ならば、そのあたりのフォローをしてくれる存在が提案してくれている、その千載一遇の機会に覚悟を決め、過去を割り切って決別するのが筋であろう。
まさしく宿命的な何かを感じ、自分でも驚くほどあっさりと、ソレスはその決断を下した。
「ほな、その仕様で作ってまいますわ」
「ああ、お願いする」
「帰ってすぐ作って、持ち込みは明日になる思います」
「それほど慌てなくとも、と言いたいところだが、私の補助具が遅くなれば、それだけ帰還が遅くなるか……」
「そういうことですわ。ほな、今日のところはいったんこれで失礼します」
「待て待て。私がすべきことが、まだ終わっていない」
そういって話を切り上げ、さっさと帰ろうとした宏を、慌てて止めるソレス。やってもらうだけではいさようなら、では、あまりにも不義理だ。
「やるべきこと、ですか?」
あまりに慌てて止めるソレスに、思わずといった感じで達也が聞き返す。神と神との話し合いには口をはさんではいけない、と静観を決め込んでいたのだが、そののっぴきならないソレスの様子に、つい口をはさんでしまったのだ。
「うむ。神化したお二方にとってはあまり意味はないが、一応こちらの権能の一部をコピーしてお譲りする」
「……ああ。そういえば、今までもそういうのがあったわよね……」
「ん。久しぶりすぎて忘れてた」
ソレスの用件を聞き、微妙に肩から力を抜きながらそんな正直な感想を漏らす真琴と澪。最後にその手のやり取りがあったのはダイン相手であり、それ以降は神と顔を合わせるというと食事だったり予言だったり復活の手伝いだったりと、力の譲渡を受けることがなかったのだ。
そんな話をしているうちに、軽く振られたソレスの手から光が飛び出し、人型のバルシェムを通過して宏達を包み込む。そのままいつものパターンで、割とあっさり力の譲渡が終了する。バルシェムをわざわざ通過したのは、人の姿をした巫女の力を借りねば、宏達に力の譲渡を行えないからだ。
そのぐらい、現在ソレスの力は安定していないのである。
「さて、今渡した力の内容だが、太陽や月に属する力や技と、それらを扱いやすくする能力がメインだな。それ以外に重要なところでは、呪いと恐怖と混乱に強くなり、逆に恐怖と混乱を与える技の威力や付与確率が上がる。まあ、強くなるといったところで、三幹部クラスからのものを確実にはじけるかというと、高確率で大丈夫としか言えんところだが」
「確実には無理なのはまあ、分かります。ただ、高確率ってのがちょっと怖い感じなんですが……」
「そうだな。具体的に言うなら、大体七割から八割は大丈夫、といったところだな。恐らく、生身の人間の限界もそのあたりだろう。そこから先は、道具なりなんなりでどうにかしてもらうしかない」
「なるほど、十分と言えば十分ですか……」
「邪神相手となると最低限その程度の耐性はないと、たとえ道具などで補強したところで姿を見るだけで発狂しかねんがな」
聞きたくなかった補足を聞き、思わずうなってしまう達也。昨日の夜、春菜の姿に思いっきり飲まれまくったことを考えると、ソレスの言葉を否定できる要素はどこにもない。
人が神に挑むというのは、そもそも戦いのフィールドに立つことすらいくつもハードルを越えねばならないのだ。
「あとは、そうだな。太陽神の力を得た時点で、浄化機能を持つ技や魔法の浄化能力は必然的に強化される。太陽というのは浄化の象徴でもあるからな」
「それって、春姉の歌とかも?」
「一応は。まあ、上がったところで、もはや元が強すぎて誤差の範囲ではあろうが」
「……そのあたりは納得」
「うむ。さすがに、奈落を一時間でほぼ完全に浄化するような力を、はっきり分かるほどの強化はできんよ。というか、それができるなら舞台装置なんぞに甘んじてはおらん」
割と身も蓋もない事を言いきるソレスに、思わず心底納得してしまう人間組。
もっともこのソレスの発言、裏を返せば、出来る存在も普通にいる、ということでもあるのだが。
「そうそう。あまり引き留めるのも何なので、私がどんな技を伝授したのかは後で適当に確認しておいてくれ。それと、忘れそうになっていたが、現在他の神のもとへ出張中のアンゲルトから預かっているものがある。これも渡しておかねばならぬ」
そう言って、何やら宝玉のようなものを渡してくるソレス。渡された宝玉を受け取り、しげしげと観察する宏。
「いろいろ入り混じりすぎとって完全に把握できんのですけど、これ、どんなもんが仕込まれてます?」
「具体的な内容は聞いておらんが。主に神化していない三人に向け、神の技の伝授を中心にいろいろ仕込んである、と言っておったな。さすがに神相手に力を譲渡するとなると、面と向かってでないとうまくできんから、仕方があるまい」
「そらまあ、そうですわな。これ、砕いたらええんですか?」
「うむ。素材として使えんこともないが、出来れば素材として使うのではなく、ちゃんと力の譲渡を受ける用途で使ってほしい」
「了解です。っちゅうか、面倒やから、ここで砕いてまいますわ」
恐らく、神殿設備があり、かつ神が顕現している場所でなければ確実な譲渡ができない。そう判断した宏が、その条件を満たしているうちにさっさと砕く。先ほどのソレスの時と同じように、砕いた宝玉からあふれた光が五人を包み込み、天空神由来の力と技を移していく。
「詳しい内容に関しては、あとで適当に確認してくれ。そちらに関しては、私も詳細は分からんのでな」
「そうさせてもらいますわ。ほな、また明日補助具持ってきます」
「うむ。すまないがよろしく頼む」
互いに要件を終え、さっくりお茶会を終了するソレスと宏達。そのまま、これ以上特に何かを引っ張るでもなく、さっさと神の城に帰っていくアズマ工房一行であった。
「エアリス様、資料を用意しました」
「ありがとうございます、サーシャ様」
「エル様、世界樹とのリンクはいつでも行けます」
「そうですか。では、ナザリア様とジュディスさんが到着次第、すぐに始めてください」
「分かりました」
宏達がソレスと話をしていたその頃。神の城の神殿では、来るべき邪神との最終決戦に向けて、エアリスとアルチェム、サーシャの三人がさまざまな準備を進めていた。
なお、神の城が完成したときにその場におらず、鍵を受け取っていなかった巫女たちに関しては、作業の合間を縫ってエアリスが宏から受け取り、当人たちに配っている。なので、資質が弱くて神殿からなかなか動けないナザリアも、特に問題なくこの場に来ることができる。
余談ながら、面識がある他の巫女に鍵を配るようエアリスに頼んだのは、他ならぬ宏自身だ。エアリスにせよアルチェムにせよ、邪神関連で宏達が動くときは、間違いなくこの場所でバックアップに全力を注ぐ。それが分かっていたため、少しでも負担が減ればと宏達とエアリス、双方に面識がある巫女だけでも出入りできるようにしたのだ。
「それにしても、エアリス様。随分と古い儀式を再現なさるようですが、よくこんなものがあることをご存知でしたね」
「アルチェムさんが、世界樹の記憶から掘り起こしてくださったおかげです。私はあくまで、これまでの儀式から可能ではないかと推測しただけですし。ただ、それだけでは詳細が分かりませんでしたので、サーシャ様には随分とご無理をお願いすることになりましたが……」
「これぐらい、エアリス様とアルチェム様がなさってきたことに比べれば、大したことではありません」
「私なんて、ただ言われたことをしてきただけですよ。正直、今でもエル様の指示がないと、何をすればいいかわかりませんし」
この後行う予定の儀式、その資料を見ながら、互いの仕事について称賛しあう巫女たち。今回の件のために主体的に動いてきただけあって、三人ともこなした仕事の内容は十分に称賛されるにふさわしいものだ。
特に儀式の存在を探り当て、実行するための根回しと下準備を行ったエアリスに関しては、現状他の巫女は誰一人代わりができない。神域にいるスノーレディや現在謹慎中のレーフィアの巫女、大空に住むバルシェムのような例外を除き、いつの間にやらほとんどの神殿の巫女と顔つなぎを終えていることもあり、身分も含めてもはや名実ともに巫女たちのリーダーとなってしまっている。
残念ながら、当人には自身のカリスマやら影響力やらに対する自覚が薄いが、そのおかげで立場をかさに着るような真似をしていないのだから、良し悪しだろう。
「それで、この城で儀式の主要部分を行うのは、ナザリア殿とジュディス殿を加えた五人、ということでよろしいですか?」
「ええ。五大神から二人、五大神以外の主要属性から一人、環境と概念から一人ずつで、必要最小限は満たしています」
「プリムラ殿はよろしいのですか?」
「プリムラさんはザナフェル様の巫女として継承を終えたばかりですし、ザナフェル様の状態も決してよくありません。その穴は、私とアルチェムさん、ジュディスさんで埋めるべきでしょうし、おそらく十分埋められます」
サーシャの確認に、きっぱりそう答えるエアリス。その回答にうなずき、さらにサーシャが確認を進めていく。
「後、こう言っては何ですが、ナザリア殿の資質は正直大したものではありません。この場の儀式に参加するのは、負担が大きすぎるのではありませんか?」
「ナザリア様の役割は、巫女としての資質を求められるものではありません。それに、ご本人も含めて色々勘違いなさっておられるようですが、ナザリア様の巫女の資質は、私たちが持つような分かりやすいものではありません。その資質は、多数の巫女が同時に行うような大規模な儀式にこそ、最大の力を発揮するものです」
「そうなのですか?」
「はい。ですので、この神の城で本体部分を、さらに各地の神殿で各地の巫女が端末部分を行う今回の儀式において、ナザリア様が本体部分の儀式に参加することは、全てを成功させるために絶対必要な条件です」
エアリスの断言を聞き、そういうものかととりあえず納得しておくサーシャ。アルチェムは最初からエアリスの言わんとしていることを感覚的に把握しているようで、この件に関しては特に何も言わない。
「後は最後の打ち合わせを行って、来るべき時に備えて英気を養うだけです」
「打ち合わせ、なのに、世界樹とのリンクを行うのですか?」
「あ、それは私がエル様に提案しました。私の力で世界中の巫女たちとリンクをつなげば、わざわざ口で説明しなくても正確に内容が伝わりますし」
「アルチェムさんがいなければ、この難易度の儀式を行おうなどとは最初から考えていませんでした」
「……そうですか」
サーシャの疑問に答えたアルチェムと、それについて補足したエアリス。その回答内容に思わず遠い目をしてしまうサーシャ。前々からその傾向はあったが、ちょっと会わないうちに二人して、規格外ぶりに磨きがかかっている。
そんなサーシャの気持ちを察してかエアリスもアルチェムも何も言わず、何とも言い難い沈黙がその場を覆う。その沈黙は、ジュディスに連れられたナザリアが入ってくるまで続いた。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「随分お待たせしてしまったようだ。私の準備に妙に手間取ってしまって、ジュディス殿だけではなく皆様にもご迷惑をおかけした……」
「いえいえ。まだ定刻まで時間がありますので、お気になさらずに」
すでに資料を広げて何かをしていた様子のエアリスたちを見て、ジュディスとナザリアが恐縮しながら席に着く。
「この儀式、私たちの力でちゃんと成功するのでしょうか……」
全員が揃ったところで、リンクを開始しようとしたアルチェムが思わず、といった感じでつぶやく。
「あまり精神論で話をするのは良くはないのですが、こういうことは多少不安があっても『できる』と思い込んで挑まないと、必ず失敗してしまいます。それに」
「それに?」
「今回の儀式はその性質上、全部を完璧に成功させる必要はありません。関わる人数が多い上に世界各地で同時進行となるのですから、完璧な成功など最初から不可能です。ですので、心構えだけは完璧な成功を目標に、現実には最低で半分、可能であるなら八割から九割を目指す、ということになるかと思います。ですので、多少失敗しても気にする必要はありません」
アルチェムの不安にこたえるように、エアリスがそんな説明をする。その説明を聞き、驚いたような表情を浮かべる他の巫女たち。
「この儀式、そういう儀式なんですか?」
「はい。というより、大人数で同時に世界各地で行うことにより、一か所の失敗を他の場所でカバーする、というのが、規模を大きくした理由です。ですので、失敗があれば他の人がフォローすることを心掛ける必要はありますが、失敗そのものは余程でなければそれほど気にする必要はありません」
「そうなんですか」
エアリスの補足説明を聞き、ほっとしたような表情を浮かべて一つため息をつくアルチェム。どうやら、余計な緊張や不安はいい具合に払拭できたようだ。
この時、エアリス自身が自分に言い聞かせるように今の説明をしていたことに、最後まで誰も気が付かなかった。
「それでは、打ち合わせを始めましょう」
「世界樹のリンク、開始します」
儀式を主導する立場としての内心の不安、それを綺麗に隠したエアリスにより、歴史上片手の指も埋まらぬ回数しか行われていない大儀式、その最後の打ち合わせがスタートするのであった。
「ありがたいことに、エアリスが大儀式を行ってくれるようです」
神々の集会所。最終決戦の打ち合わせに集まった神々に対し、開口一発アルフェミナがそう告げた。
「それは助かる。だが、大丈夫なのか?」
「信じるしか、ありません」
大儀式、と聞いた瞬間、すべてを察したアランウェンの言葉に、様々な思いのこもった正直な言葉をアルフェミナが返す。
「それと、ソレスから連絡があり、宏殿が補助具を作ってくれる、とのことです。その際に三の大月をソレスから切り離してくれるそうですので、邪神に対して安心して仕掛けられる環境が整います」
「何から何まで、ずいぶん彼らの世話になってしまったな」
「ええ。ですので、間違っても宏殿たちに回復不能な被害を出してはいけません。消滅するなら、我々が先です」
「その覚悟はできているが、アルフェミナが前に出るのは一番最後だ。お前に深刻なダメージが出てしまっては、本末転倒だからな」
今までのことに、余程申し訳なさと邪神に対する鬱憤がたまっているらしく、見ている周囲が不安になるほど前のめりな態度を見せるアルフェミナ。それを必死になってたしなめるアランウェン。
こういう時のアルフェミナを止めるのは、本来ならソレスかザナフェルの役割である。だが、どちらも役割を全うできる状態ではないため、仕方なしにアランウェンが代理を務めている。
正直な話、こんな役割はアランウェンの柄ではないのだが、エルザやレーフィアはブレーキ役としては微妙に頼りなく、かといってダルジャンやイグレオスに任せると、アクセルを全力で踏み込みかねない。
他の神々はもっとパッとしない、というより、こういう場では右に倣う習性の持ち主が多いため当てにできない。せめてダインがいればと思いながら、アランウェンは毎回怠惰な本質とは裏腹にせっせと軌道修正にいそしむ羽目になる。
「それに、アルフェミナには邪神を滅ぼした後、彼らのために色々とやらねばならんことがある。その余力を残しておかねば、彼らの帰還が遅れに遅れて、時差の調整その他が恐ろしいことになるぞ」
「分かっています。ですが、他者に消滅せよと強要するのですから、私自身も相応のリスクを背負わねばなりません」
「この場合、無傷で生き残ることこそが、一番リスクを背負った結果となるだろうよ。何しろ、どれだけお膳立てを整えたところで、邪神と決着をつけた後には相応にこちらの被害も積み重なっている。無傷であれば、その状況であふれかえる仕事を減らす口実が一切なくなるのだからな」
「……それも、覚悟の上です。そもそも、邪神に関しては、いずれは排除しなければいけない存在ですし」
アランウェンに邪神消滅後の後始末や、さらにその後の世界運営について指摘され、思わず目を泳がせながらもどうにかきっぱりとそう言い切るアルフェミナ。目が泳いでしまうあたり、まだまだ覚悟が甘いと言わざるを得ない。
「まあとにかく、例の創造神の後始末が、ようやく終わるのである。ここが踏ん張りどころなのである」
「正直、あの阿呆のために儂らがここまで被害を受けながら後始末をせねばならんのは業腹じゃが、責任を取らせようにも相手は滅んでおるからのう。これも宿命とあきらめるしかあるまいて」
「まったく、あの愚か者は、こちらに迷惑をかけるにしても、せめて素直に手に負えなくなったと救援要請をすればいいものを、この世界で発生したことにしようと余計な偽装をかけてとことんまで妨害して……」
「ザナフェルが不意打ちを食らわざるを得ないよう偽装や妨害をかけたり、あろうことか必死になって抵抗するザナフェルに横やりを入れて滅亡直前まで追い込んだりと、あのゴミ屑には正直、何度殺意を覚えたことか……」
イグレオスの言葉をきっかけに、邪神をこの世界に押し付けた愚かな創造神の行動について、口々に怒りの言葉を漏らす神々。
はっきり言ってしまえば、例の創造神がまともであれば、邪神がこちらに来るのまでは防げなかったにせよ、ここまで余計な被害は出ていないのだ。
だというのに、普通に救助要請を出せばすぐ始末が付く邪神を他所に押し付け、しかもそれが自分のところとは関係ないと偽装をかけ、さらに、手に負えなくても仕方がないとアリバイ工作をするために対処しようとした現地の神々を妨害し、止めに確実に始末できる存在を呼べないように、一定以上の力の持ち主は通り抜けができない結界をこの世界の周りに張るという嫌がらせまでしていた。
実のところ、これらの工作は全部他の世界の神々に筒抜けで、仮に滅んでいなかったとしても、存在の維持が怪しくなるレベルで後始末をさせられていたのは間違いない。直接手出しされた都合上、この世界の神々にそんな余裕はなかったが、こういうことの対処専門の存在が、いつでも行動できるよう準備したうえで訴えを起こすのを待っていたのだ。
訴えを起こすのを待っていた理由は簡単で、邪神を指先一つで消滅させられるような存在が、何の準備もしていない世界に介入などすると、下手をすると一緒くたに被害を受けた世界も滅ぼしてしまいかねないからである。
結局、その隙をついてやりたい放題妨害工作を行った例の創造神が、止めとばかりに罪を捏造するために行った日本からの召還。それを切っ掛けに邪神から攻撃を受けて滅び、誰も責任を取れない状態でアルフェミナたちが尻拭いに奔走せざるを得なかった。最初に邪神を押し付けてから反撃を受けて滅ぶまでの間、他の世界の神が手を出せぬほどの手際の良さで妨害工作を続けたあたり、その能力を邪神が生まれないようにする方に活かせなかったのか、と小一時間ほど問い詰めたくなる話だ。
恨みをぶつける先が消滅していることもあり、たまりにたまった鬱憤。下手にカチコミをかけようにも、神が一柱消滅するたびに滅んだ神の力の数倍パワーアップする仕様では迂闊なこともできず、巻き込んでしまった日本人たちに対する申し訳なさもあって荒んでいく心。
そんな日々がようやく終わりを告げようとしているのだ。神々の士気が高いのも当然であろう。
「とりあえず、連中もあの邪神に対しては、一発ぐらいは殴っておかんと収まりがつかんと言っていたらしいし、その邪魔をせず、かつあ奴らの安全を確保しながら、効果的に邪神を削る方法を検討せねばな」
「うむ。そのような加減をする余裕はなかろうが、出来れば一番おいしいところは彼らが持っていくようにしたいところである!」
恨み言に場の言動が流れ始めたところをアランウェンが修正し、イグレオスが最大級の感謝も込めて、出来ることならという希望を口にする。
「なに。儂らは余計なことを考えず、奴がパワーアップせんように被害を最小限に抑えながら相手を仕留めることを考えればよい。遠慮して譲るなどということをせんでも、どうせ宏辺りが止めを刺すだろうさ。それがあ奴らの宿命ゆえに」
そんなアランウェンとイグレオスに対し、ダルジャンが身も蓋もない、だが妙に説得力のある言葉を口にする。その言葉に妙に納得しつつ、作戦について活発に議論を始める神々であった。