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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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第16話

「それまで!」

 つばぜり合いを続けていた宏と騎士のひとりが、ドーガのその一声で力を抜いて距離を取る。時間が出来たと言う事で、宏は現在、戦闘周りの課題解決のために騎士団の訓練に強制的に参加させられていた。

「二十人連続で引き分けか」

「やっぱ、まともに鍛えとる人にゃ、どう頑張っても通用せえへんなあ」

 ユリウスに告げられた結果に、苦笑しか出ない宏。実際、騎士団の中でも精鋭が集まっているこの部隊では、宏の攻撃能力では全く通用しなかった。とは言え、騎士たちの方も、今回の結果は心穏やかに居られるものではない。

「ヒロシ殿、あなたは本当に職人なのですか?」

「正直、まるでドーガ卿を相手にしているような、いや、それ以上の硬さを感じました」

「いや、ちゅうても壁役以外は素人に毛が生えた程度やで?」

「それ自体がそもそもおかしいのです!」

 近衛騎士の一人が発した言葉に、意味が理解できずに首を傾げる宏。役割分担を考えると、壁役がアタッカーとしては素人同然でも、それ自体は不思議でもなんでもないのではないか?

「普通は、攻撃の対処方法を覚える過程で、自身の攻撃周りの技もそれなりに充実するものじゃがのう?」

「スマッシュ一本であれだけ立ち回れる人間は、そうはいないぞ」

「おっちゃんとかユーさんかて、やろう思えばそれぐらい平気でできるやん」

「今回はお前に合わせただけだ。それに、お前の防御力相手にこんな訓練用の剣で挑んでいては、どんな大火力の技でも意味は無い」

 ユリウスにあっさり切り捨てられて、納得がいかないと言う表情を浮かべる宏。

「いろいろ思うところはあるじゃろうが、おぬしはまず、自分の事をもうちっと正確に理解した方がいいぞ」

「正確に、っちゅうてもなあ……」

「難しく考える必要はない。要は、防御に関してだけは、ドーガ卿に匹敵する、と言うより部分的に上回っている、と考えればいい」

 昔真琴とも似たようなやり取りをしたなあ、などと思いつつも、宏に自分の実力を自覚させる事に全力を注ぐユリウスとドーガ。とは言え、ファーレーン最強のユリウスと互角以上の実力とまでは思っていなかっただけで、真琴はもう少し自覚があった。正直なところ、なにをどうすれば実際の実力と自身の自己認識がここまで食い違うのか、戦闘畑を歩いてきた彼らには理解できない。

 が、理解できないなどと言っていてもはじまらない。まずは、練習用の模造剣とはいえ、ただの服しか着ていない人間が、鍛えあげた騎士が放つ鉄の塊による本気の一撃をまともに食らって、あいたっ! の一言で済ませられる事がそもそもおかしい、と言う事を理解させなければならない。同じ条件だと、ドーガですら打撲ぐらいにはなるし、普通はヘタをしなくても骨折ぐらいはする。因みに何故普通の服しか着ていないのかと言うと、訓練用の防具を着せたらあからさまに動きが悪くなったからだ。どうせ以前のような状況になると防具なしで戦うのだからとユリウスが言いだし、手加減のエンチャントがかかっているから大きな怪我はしないだろうと言うドーガの言葉もあって、そのまま普通の服で模擬戦をやらかすことになったのである。

 それに、それなり以上の魔力を持つ相手が放った大魔法を、発動もさせずにレジストして潰すような魔法抵抗の持ち主は、世界中どこを探してもいないはずだ。これは事実上、エルフやドワーフのような異種族も含めた、いわゆる人類が放つ魔法ではダメージを与える事はほぼ不可能だ、ということを意味する。この二つの条件を考えれば、並の手段ではこの男を殺す事は出来ない、と考えた方がいい。

 もっとも、それ以上に中堅どころの冒険者と互角以下の攻撃能力しかないというマイナスは無視できない要素だ。何しろ、防御面の異常でごまかせなくなった瞬間、後ろにいるであろう春菜達に攻撃が集中し、じり貧になるのが目に見えている。火力周りを短期間で強化する方策が思い付かない以上、まずは張り子の虎である事を悟らせない手段を教え込む必要がある。

「とりあえず、まずは武器をどうにかしろ。お前が使っている手斧やスコップも悪いものではないが、いささか軽すぎる」

「ちゅうてもなあ。材料も作る時間も微妙なところやし、大体、何持てばええん?」

 宏の質問に、二人して考え込む。一部の大型武器を除く代表的な武器の扱いを確認した感じ、重量武器以外で様になっているのは短剣とスコップのみ、後は素人同然だった。その様になっている武器とて、とりあえずバーサークベアぐらいまでは問題なく、ピアラノーククラスまでは一応通用するが、スマッシュ以外の攻撃系の技を持っていない事を考えると、とても十分とは言えないレベルだと結論付けるしかない。

 その中であえて良し悪しを評価するなら、斧と鈍器の扱いが若干他のものより上手い、という印象がある。時間が足りない事も考えるなら、そこからスタートでいいだろう。

「無難なところでは、両手斧かのう」

「それも柄が長くて重いもの……。そうだな、ポールアックスなんかが妥当だろう」

「もしくは斧では無く鈍器、ヘビーモールあたりを振り回すか、じゃ。どちらにせよ、お主なら盾などなくても致命傷を食らう事はあるまいし、少しでも威力のあるものを使うことじゃ」

 ドーガとユリウスが、二人揃っていかつい大きさと重量を持つ武器を勧めてくる。どちらもゲームでは取り回しの悪さと攻撃速度の遅さ、過剰な重量などのマイナス要素から、当ればすぐにけりがつくだけの破壊力がありながらいまいち不人気だったものである。余程の筋力と慣れが無ければ、当るかどうかに関係なく振った後派手に体勢が崩れ、いいように殴られてしまうのだから、不人気なのも仕方が無い。

 因みにモールと言うのは、長い棒の先が大きな鉄球になっているものをイメージしてもらえればいいだろう。先に棘をつければ、モーニングスターと呼ばれる物の一種になる。最大の売りは振り回す時に向きを考えなくてもいい事だと言う、武骨さと野蛮さではありとあらゆる武器で一、二を争う、実に原始的な得物である。

「簡単に言うてくれるけどなあ、どっちも厳ついぐらい取り回しが悪いやん。空振ったあとが怖いんやけど」

「何、少し振り回せばそこらへんのコツはすぐ分かるじゃろう。そもそもわしなんぞ、あの大槍で派手に空振りするぐらいじゃぞ?」

「いや、本職のおっちゃんにそれ言われても……」

「まあ、一度振ってみる事じゃ。駄目そうならそれはそれで、適当によさげな武器を考えればよかろう」

 そうドーガに言い含められ、とりあえずしぶしぶながら武器の中でも屈指の重量を誇るその二つを試してみる事にする。なお、長柄の武器で攻撃力を補強するのならハルバードでもいいのでは? と言う意見もありそうだが、ああいう多機能な武器の扱いは、習熟するのに時間がかかる。それに、複雑な形状ゆえに穂先がなかなかの重さであり、取り回しが悪いという点ではポールアックスやヘビーモールといい勝負である。これを使わせるなら、柄の短いグレートアックスあたりを使った方が、宏の持つスキルを活かせる分いくらかましだろう。

「さて、さすがにそこらへんの武器は在庫が少なくての。今取りに行かせておるから、他に気になる点を潰しておくかの」

「気になる点?」

「うむ。一番気になるのは、二十戦もやっておきながら、結局模擬戦に慣れた様子が無かった事じゃが、まあそれは置いておこう。先ほどから見ていて気になっておったんじゃが、攻撃に対して自分から当りに行く事があるのはどうしてじゃ?」

 ドーガの、自分から当りに行く、という表現は正確ではない。正確に言うならば、明らかにビビっているくせに、相手の攻撃モーションを見るとどういう訳か自分から前に出ていく、と言うのが正しい。

「あ~、それか」

「うむ、それじゃ。勇敢に前に出る事は必ずしも悪い事ではないが、いろいろな意味で危なっかしいにもほどがあるぞ」

「別に、勇気を振り絞って前に出てる訳やなくてなあ……」

 一見、攻撃に向かって自分から突っ込んで行くのは勇気が必要な事に見える。だが、宏はそれを全否定する。その考え方に興味を持ったのか、ドーガでは無くユリウスが先を促す。

「勇気を振り絞っているのでないというのは、どういうことだ?」

「単純な話でな。どうせ逃げても痛い目見るんは変わらへんから、自分から殴られに行った方がダメージ少ななる、っちゅう経験則で突っ込んで行ってるだけやねん。なんちゅうか、英雄相手にビビって突っ込んで行く雑魚みたいなもん? 言うたら、破れかぶれになってんのと変わらへん」

 宏の言葉に、なんとなく納得する二人。確かに、力量が圧倒的に上だと分かる相手と相対した時、恐怖に負けて無策で突っ込んで行く人間は珍しくない。ただ、総合的に見て同格以下にすらそれをやると言うのは、流石に憶病が過ぎるのではないかと思わなくもない。とは言え、竦んで動けなくなるよりはマシだとも言えるため、そこは突っ込まない事にする。

 実のところ、春菜がバーサークベアに襲われていた時、彼女をかばって前に出たのは、別段義侠心だの正義感だの勇気だのと言う理由からではない。春菜を見捨てたところで、バーサークベアから逃げられる自信が無かったという、それだけの理由である。何しろバーサークベアの習性ときたら、一度目に入った人間サイズの生き物は、全部殺しつくさなければ気が済まないのだ。足の遅い宏の場合、春菜の死体と言う餌があったところで、自分が殴られるのは早いか遅いかの違いでしかない。逃げた場合はどう転んでもただでは済まない以上、痛い事は早く終わった方がありがたい、という理由で自分から殴られに行っただけで、同級生を助けて恩を売ろう、とか、見捨てるのは気分が悪い、とか、そんな真っ当な思考は一切なかった。

 ピアラノークから後ろも、基本的には自分が殴られずに済む選択肢が無いから、という理由で積極的に前に出ていただけで、ジャイアントスパイダーのように不意打ちによる一撃で仕留められる時を除けば、基本的に逃げられる、もしくは誰かに押し付けて問題ないケースでは、どれほど弱い相手であっても普通に戦わずに逃げている。

 そんな男だから、当然戦闘技能を磨く事に積極的な訳が無い。流石に今のままではまずいとはぼんやりと思っているが、戦うための技を覚える事にどうしても抵抗があるのだ。まだゲームなら気楽に覚えようかという気にもなるが、これは現実である。このままやりたくない事をずるずるとやらされる羽目になりそうで、どうにも気合が入らない。

「まあ、とりあえず攻撃周りは置いておくかの。武器が決まらねば、教えられることもほとんど無い」

「そうですね。となると、前衛としての防御関係、ですか」

「うむ。フォートレスは後回しにするとして、まずはアウトフェースとアラウンドガードか?」

「そんなところでしょう」

 とりあえず、範囲攻撃の潰し方と相手の注意の引き方を仕込む事にする二人。宏の場合、肉体のみでの防御力が金属鎧装備の騎士を上回っている節がある上、ワイバーンレザーアーマーと言う、ソフトレザーアーマーのくせに下手なフルプレートより防御力が優秀な鎧を持っている。更に防御力を上げる技など、今すぐにがつがつ鍛える必要はあるまい。

「とりあえず、まずはアウトフェースからじゃ。一度やってみせるから、よく見ておけ」

 そう言って、一発気合を入れるドーガ。次の瞬間、辺りに物理的な圧力すら感じさせるほどの威圧感がまき散らされ、発生源であるドーガの姿を、まるで小山のような大きさに錯覚させる。逃げられない。あれをどうにかしなければ、自分達が死ぬ。そんな恐怖に駆られ一歩前に出て、本能に押されてドーガに襲いかかろうとし、すんでのところで踏みとどまる。

 威圧感はまだまだ続いているが、あんなものはこけおどしだ。本当の恐怖は、こんなものではない。宏の中の何かがそうささやき続け、もっと怖かったあれこれが脳裏を駆け抜ける。どれも物理的な恐怖と言う観点では今より劣るが、精神的な恐怖は比較にもならない。ある一件など、命の危機と言う意味でも今より圧倒的に上だ。そんな過去の記憶のおかげで、最初に恐怖を感じてからミリ秒以下の時間で自分の心を立て直すことに成功する宏。

「ふむ、不発か。なかなかの根性じゃの」

「いや、ごっつ怖かったで? ごっつ怖かってんけど、よう考えたら、チョコレートに比べたら何ぼのもんでもない、言うんが分かってなあ」

「チョコレート? なんじゃそれは?」

「食べもんやけど、まあ気にせんといて」

 本格的に女性恐怖症になった事件と、その直接の原因となった菓子を頭に思い浮かべ、冗談ではすまないほど青ざめながら身ぶるいをする宏。その様子から、一服盛られでもしたのか、と、当らずとも遠からずな事を考えるドーガとユリウス。

「まあとりあえず、アウトフェースがどんな技か、理解出来たか?」

「そこはまあ、問題なく」

「ならばコツを教えてやるから、まずはそれらしい技が発動できるように練習しろ」

「了解や」

 この後何度も気合の声を発しながら威圧の仕方を練習し、とりあえず最低限それらしい技を発動できるようにはなった宏。精神力の影響を受けるアウトフェースの仕様ゆえ、初めてそれらしい技が発動した時は洒落にならない威圧感を放出する羽目になり、ドーガとユリウスですら一瞬身構えて本気の殺気を放ってしまい、いろんな意味で周囲を怯えさせたのはここだけの話である。







「流石世界一古い国の書庫。物凄い蔵書の数だな」

「これだけあると、どこから手をつけたらいいのかが……」

 ウルス城の書庫は、まさしく本の海であった。この日、書庫の調査を割り当てられた達也と春菜は、その膨大な蔵書量に、思わず途方に暮れたように言葉を漏らす。因みに、真琴と澪はエアリスの護衛兼教師として、懐剣での身の守り方を指導中である。

「このぐらいで驚いていては、いけませんぞ。ルーフェウスの大図書館は、それこそこの城と互角の規模の建物に、所狭しと書物が詰め込まれているのですからな」

 心底途方にくれたような達也と春菜の台詞に、宮廷魔導師の長であり司書長でもあるモルト卿が、笑いながらそう教えてくれる。その言葉に、うへえと言う表情を隠す事が出来ない二人。

「それで、冗談抜きでどこから手をつけようか?」

「そうだな。春菜はこっちに来てからの事で、気になる事は?」

「いろいろあるけど、やっぱり知られざる大陸からの客人がらみかなあ。あと、明らかにそこら辺に噛んでる感じだったから、アルフェミナ様、と言うより、こっちの神様がらみの資料も」

「なら、俺は歴史をあたってみるか。そっちにヒントがあるかもしれないしな」

 とりあえず、まずは当たり障りのないところから調査を開始する事にする二人。幸か不幸か、二人とも本を読むこと自体は苦にならない。ただ、こちらの書物が自分達にとって分かりやすいものなのかどうかは何とも言えないところだし、流石に本といえども論文のような硬い文章を長々と書いてある類のものは苦手である。

「それでは申し訳ないのですが、私は職場に戻らせていただきます。何かございましたら司書の方にお願いします。禁書庫に入りたいのであれば、誰か人を私の方によこしていただければ、すぐに対処いたしますので」

「はい。ありがとうございます」

 好々爺然とした態度で仕事に戻る事を告げたモルト卿に、春菜が礼を言って一つ頭を下げる。その様子に目を細めながら、達也と話をしていた司書に何やら告げ、挨拶をしてから出ていく。それを見送った後、達也と同じく司書に書棚の位置を確認し、何冊かの本を手に取る春菜。

「……」

「……」

「……まだ一冊目だから判断するのは早すぎるけど、思ったより情報が少ない気がするよ」

「……奇遇だな。こっちも案外大雑把な感じだ」

 外れ、とまでは言わないまでも、正直当てになる情報ではなさそうな感じだ。何しろ、ほとんどおとぎ話のような内容である。実在したはずの人間や史実のはずの出来事を書いているはずなのに、はっきり言って到底そうは思えない文章が続いている。

「今回調べたい事とは直接関係ないんだが……」

「どうしたの?」

「建国王の伝承、事実か神話として捏造したものか判断に困るんだよなあ……」

 達也の言葉に興味をひかれ、本を借りてざっと斜め読みをする春菜。その内容は

「一太刀で千を越えるワイバーンの群れを殲滅した?」

「他にも一騎で十万を超える軍勢を止めたとか、邪神の眷族の魔法を食らって無傷だったとか、いろいろすごい事が書いてあるぞ」

「確かにこれは、判断に困るよね」

「だろう?」

 春菜の感想に、苦笑しながら達也が相槌を打つ。正直、元の世界だったら荒唐無稽の一言で片がつくのだが、こちらはフェアクロもどきの世界である。邪神の眷族の魔法はともかく、ワイバーン千匹を一手で始末すること自体は不可能とは言い切れない。運営イベントでの話だが、ワイバーン及びその同格のモンスターの群れ約五百ほどを、実際に剣技のエクストラスキル一回でほぼ殲滅してのけたプレイヤーがいたのだ。その時の様子から、一太刀と言うのは誇張でも、ワイバーン千匹を一人で瞬く間に殲滅したこと自体は事実である可能性が結構高い。

 十万を超える軍勢を止める、に至っては、宏に広域挑発を極めさせて、地形を選んで突撃させればまず間違いなく成功させるであろう。本当にゲームの通りの肉体を持っているのであれば、人間の火力で宏を殺しきるのはほぼ不可能だと言いきれるのだ。

「とりあえず、建国王の事は横に置いておこうよ。神話でも事実でもどっちでもいいし」

「まあ、そうなんだがな」

「もうちょっといろいろ読まないと、正直まだ何とも言えない感じ。ただ、一冊目の段階で一つ、微妙に当てが外れたっぽい事があるんだけど、聞く?」

「当てが外れた? どういうことだ?」

 微妙に困った感じの表情をする春菜に、何とも言えず嫌な予感がする達也。

「えっとね、どうも知られざる大陸からの客人って、全員が全員日本人でもゲームのプレイヤーでも無いっぽいんだ」

「はあ?」

 予想外の言葉に、思わず驚愕の声を上げてしまう達也。どうにか小声の範囲にはとどまっていたが、もう少し声が大きく、利用者が多ければ危ないところであった。

「記録に残ってる一番古い知られざる大陸からの客人って、どうも黒人系の人だったらしいんだ」

「だが、それだけだったら、日本に来てる黒人系の人がゲームをやってて巻き込まれた、と言う可能性もあるぞ?」

「それがね、当時のウルスを見て、文明の発展度合いに驚いてたそうなの」

「……」

 その言葉に、物凄く嫌な予感がして黙り込んでしまう達也。春菜が言った言葉が本当に事実だったのであれば、最低ラインが先進国と一切関わりあいを持っていない部族と言う事になる。下手をすれば、地球の時間で数百年単位の昔にこちらに迷い込んできた人間である可能性すらある。

「考えてみれば、そもそも神隠しなんて古今東西、世界中で枚挙に暇が無いほどの事例があるんだから、必ずしもゲームのせいでこっちに飛ばされてくるとは限らないんだよね」

「春菜は、そう言うのを信じる口か?」

「昔は半信半疑。今は自分がそう言う立場だから、絶対あり得ないとは思ってない」

 真面目な顔で言い切る春菜に、言われてみればと納得する達也。神隠しの大半は誘拐か死体が出ていない遭難の類だろうとは思うが、自分達の立場を考えるに、いくつかは実際に別の世界に迷い込んだ事例が混ざっていてもおかしくは無い。

「まあ、結論を出すにはちょっと早いから、もう少し本を読んでみる」

「こっちもそうするか。歴史書からだと元の世界に帰るヒントは難しそうだが、この国に起こってる事については何か分かるかもしれん」

「そうだね。そっちも、と言うよりそっちを先に何とかしないと、下手に他所の国に行くのもまずい事になりそうだし」

 自分達のややこしい立場を考えると、元の世界に帰る方法が見つかったからと言って、はいそうですかとすんなり帰らせてもらえるかどうかは怪しい。少なくとも、カタリナとその腰ぎんちゃくをやっている謎の男をどうにかしない限りは、最低限の身の安全すらおぼつかないのだ。

「で、それについては何かヒントはあるの?」

「神殿に出てきた男、地脈を瘴気で汚す事を浄化って言ってたんだろう?」

「うん」

「つまり、アルフェミナ神殿の考え方とは逆なわけだから、対立する宗教が候補だな。手法が確立してるところを見るにそれなりに歴史はあるだろうから、形は違えど似たような事件を起こしてるはずだ。それに、ドーガのおっさんが言っていた、ケルベロスを召喚してた連中、ってのに心当たりが無いでもない。ま、こっちはゲームの時の話で、この辺の資料を読んでて思い出したんだがな」

「確かに歴史を調べればそういう話は出てきそうだけど、それって詳細は禁書庫の分野じゃないかな?」

 春菜の突っ込みに一つうなずく。もっとも、いきなり禁書庫に行くのは逆に効率が悪い。少なくともいつの時代にどんな事件が起こったのか、それはどういう集団によって起こされたのか、という二点は調べておかないと話が進まない。

「禁書庫に行く前に絞込みをしとかないとな。おおっぴらに出来ない種類の歴史書を片っ端から読むとか、いくらなんでもリスクが大きすぎる」

「なるほど、了解。私のほうはまず、今までの知られざる大陸からの客人関連を整理しとく」

「そっちは任せた」

 雑談で方針を決め、メモ用紙を片手にこれはと思った本を片っ端から開いていく。時にはお互いの本を交換してデータを確認しあい、メモの内容を充実させていく。

「そろそろお昼ですが、どうなさいますか?」

「もうそんな時間?」

「そうだな、一旦切り上げて、飯を食いながら報告にするか」

 司書に声をかけられ、一息入れることにする二人。さすがに初日から根を詰めすぎだという意識がなくもない。

「じゃあ、一旦宏君と合流して……」

 そう言って腰を浮かせたところで、春菜の脳の片隅に妙な感覚が引っかかる。

「……ん?」

「どうした、春菜?」

「どう言えばいいのかな? こう、何かが自己主張してるみたいな感じが……」

「自己主張? どういうことだ?」

「分かんない。ちょっと、集中してみる」

 そう達也に告げ、脳の片隅に引っかかる妙な感覚に意識を集中する。明らかに外部からの干渉。ただし敵意がある類のものではない。危険があるかないかは現段階では不明。ラインは……

「禁書庫のほうから、かな?」

「禁書庫? あそこは魔法的な封印もされてるんだよな?」

「はい。私では一時開放も出来ない強さで封印されていますね」

 司書の言葉に難しい顔をする達也。微妙に不安げな表情を浮かべる春菜。この状況、間違いなく不自然だ。経験則から言うなら、まず間違いなく碌な事にならない。

「とりあえず、今は考えるのをやめてご飯に……」

 問題を先送りにしようとそう提案しかけた春菜を、違和感が自己主張を激しくして阻止する。

「ああ、もううるさいなあ!」

「本当に何か感じてるのか?」

「この状況でそんな嘘をつくのって、ただの痛い子だよ……」

「そりゃそうか。まあ、その様子じゃ禁書庫に入らないことには話にならないな」

 面倒なことになった、と言う表情を隠そうともせずに言う達也に、力なくうなずく春菜。その様子を見た司書が、大急ぎでモルト卿を呼び出してくれる。その的確な対応に感謝しながら、あまりに激しい自己主張に頭を抱える春菜であった。







「なにやら大変なことになっていると聞きましたが……」

 本気で急いで来てくれたらしく、モルト卿が書庫に現れたのは、司書が通信で呼び出してから五分も経っていなかった。

「春菜が、何ぞ禁書庫のほうで自己主張してる何かがある、と言い出してな」

「それは本当ですか!?」

「さっきからこっち来いこっち来いって、うるさくて……」

 春菜の憔悴した表情を見て、嘘は言っていないと判断するモルト卿。そもそもモルト卿が同行すればいつでも禁書庫に入れるのだから、こういう嘘をつく意味もメリットもない。

「しかし、封印を貫通して呼びかけるとは、相当ですな……」

「私に言わないで……」

 モルト卿が来たからか呼びかけがますますうるさくなってグロッキー気味の春菜が、乾いた笑みを浮かべて青白い顔でぼやく。

「とりあえず、このままだと春菜が持たない。さっさと中を調べよう」

「そうですな」

 モルト卿が大急ぎで禁書庫の封印を限定的に解除すると、春菜に対する自己主張が、ついに一本のラインへと変わる。

「どっちだ?」

「……こっち」

 青い顔のまま、微妙におぼつかない足取りでラインをたどる。その先の書棚には、封印されてなお膨大な魔力を放出する、なかなかに威圧感のある一冊の魔道書が鎮座していた。ほかにもたくさんの魔道書が納められていて、はっきり言って背表紙だけならどれが何の魔道書なのか分からないと言うのに、春菜が探しているのがどの本か、魔力を確認すればはっきり分かる。

「……あなたを手に取ればいいの?」

 春菜の呼びかけに応えるように、何も書かれていない背表紙にかすかな光がともる。その返事を受け、光った魔道書を手に取った途端、春菜の目つきがジト目になる。

「歌えって、どういうこと?」

 春菜の言葉に対し、これまた何も書かれていない表紙を明滅させることで返事をする。思わず面倒くさそうにため息を付きながら、言うとおりにしなければ話が進まないと判断して魔道書を開いて、頭の中に浮かぶ歌詞を思いつく旋律にのせて歌い上げる。その歌に反応して、魔道書から光があふれ出す。

「……知られざる大陸からの客人と言うのは、本当に規格外な方ばかりなのですね……」

「ファーレーンの一般とか平均って奴からはずれてる事は認めますが、流石に俺をあれやヒロと一緒にするのは勘弁してくれませんかね」

 慄くようにつぶやいたモルト卿に、思わず突っ込みを入れる達也。いくらなんでも、エクストラスキル持ちの春菜や極端な生産特化の宏、レベル六百オーバーの真正戦闘廃人な真琴なんかと一緒にされるのは不本意だ。達也自身は多少妙な魔法を使える程度で、上級プレイヤーの下限と言う範囲をはみ出るものではない。

「それにしても、ありゃなんなんですか?」

「分かりません。禁書庫の魔道書は全て人を選ぶか人を取り込もうとして危険なため、私も内容は知らないのですよ」

「目録とかは無いんですか?」

「あるにはあるのですが、もう千年以上前のものなので、具体的にどの書が目録のどれであるのかがはっきりしないのですよ」

 モルト卿の意味不明な返事を聞き、試しとばかりに近くの比較的魔力の質や量が大人しい魔道書らしきものを手に取ってみる。やはり表紙や背表紙には何も書かれておらず、そこを見ても何の本かは分からない。ページをめくってみるが、どう見ても白紙。だが、魔力ははっきり感じる事が出来る。

「なるほど。こりゃ目録があってもはっきりしない訳だ」

「そう言う事です。魔道書の中でもとりわけ危険なものは隔離されていますので、このあたりのものは手にとっても問題はありませんが……」

「何も書かれて無いように見えるか、そもそもページを開く事が出来ないかのどっちか、ってわけですか」

「その通りです」

 ある意味セキュリティとしては完璧だな、などと余計な事を頭の片隅で考える達也。セキュリティとしては完璧だが、そもそもこんなところに隔離されているのだから、たとえ危険度が低いものだとしても、実際には碌なものではないだろう。少なくとも春菜の様子を見た限りでは、無害な本だとは到底思えない。

「……そろそろ終わりか?」

「の、ようですな」

 三度目の歌の山場が終わると同時に、視界の中で徐々に光が収まっていく。そのまま、最後と思われるフレーズの余韻が消えたところで光がすべて消え、春菜の前に浮かんでいた魔道書が何もしないのに閉じられ、元居た書棚に戻っていく。

「で、結局何だったんだ?」

「……ごめん……、……まだ……、……整理中……」

 地面に座り込み、青い顔のまま微妙に乱れた息を整えている春菜が、何とも困ったような表情を浮かべる。

「そうか。立てそうか?」

「……もう……、……少し……、……待って……。……なんか……、……スタミナ……、……根こそぎ……、……持ってかれた……、感じで……」

 実に気だるそうに答える春菜。その妙な色気に思わず目のやり場に困るモルト卿を尻目に、冷静に鞄の中から五級スタミナポーションを取り出す達也。

「とりあえず、これ飲んどけ」

「……ん……」

 達也から受け取ったスタミナポーションを飲み干し、小さく息を漏らす。身体つきの割に普段はまるで色気が無い春菜だが、こういう時は余計な色気やエロスが駄々漏れなのが妙に困る。その本性を知っている達也はともかく、モルト卿にとっては実に居心地が悪い状況なのは間違いない。

「落ち着いたか?」

「何とか、ね。お騒がせしました」

「まあ、不可抗力みたいなもんだから、しょうがないさ」

 そう言って、立ちあがるのに手を貸してやる達也。こういう気配りは、女性恐怖症の宏には不可能だ。やろうと思っても、まず間違いなく体の方が拒否する。

「で、もう一度聞くが、何だったんだ?」

「メインはアルフェミナ様がらみの特殊魔法、かな。他にもいろいろ覚えたんだけど、ほとんどが今使える奴とかぶってるし、かぶってない魔法は正直、使い物になるとは思えない感じのものが大半だけどね」

「ほほう? 具体的には?」

「宏君達と合流してから話すよ」

「分かった」

 春菜の返答にそう応じ、今度こそさっさと昼食に行くために事後処理に入る。

「モルト卿、出来ればこの事は、陛下とレイオット殿下、後は大神官様とエアリス様以外には秘密にしておいていただけますか?」

「分かりました。ですが、陛下が必要だと判断した場合、あえて秘密を漏らすことになるかもしれませんが……」

「陛下の判断ならば、文句を言うつもりはありません。ただ、事後でもいいので、身の処し方を決めるためにも、漏らしたなら漏らしたと教えていただければ助かります」

「伝えておきましょう」

 そう言う形で事後処理を済ませて、ようやく昼食のために書庫を離れる。これが、彼らが難儀な道を歩くことになると決定した瞬間だったのだが、日本人一行がその事に気がつくのはずいぶん先の事である。この時点では、妙な魔法を押し付けられた、程度にしか考えていない春菜であった。







「まて、小僧」

 昼食のために春菜達と合流しようと移動していた宏は、昨日謁見の間に臨席していた重鎮の一人に呼び止められ、唐突にそんな事を言われる。

「えっと、何でしょう?」

 苦虫をまとめて噛み潰したような重鎮の顔にビビりつつ、とりあえずご機嫌をうかがうように返事をする宏。その様子に、目に獰猛な光を浮かべながら、やたらとドスの効いた声で言いたい事を言い放つ。

「さっさと調べものとやらを済ませて、今すぐにでも出ていけ」

「いやまあ、成果次第では言われんでもそうするつもりではありますが……」

「貴様らがエレーナ様とエアリス様を救った事は認めよう。陛下の裁定であるから、今日一日ぐらい、書庫で調べ物をするのは見逃そう。そもそも、エレーナ様とエアリス様を害しようとした愚か者と違い、わしは現時点では貴様らに対して敵対的な行動をとるつもりはない。が、貴様らがここに居座る事を認めるつもりもない」

「いやせやから、必要な情報が集まった、もしくはここでは手に入らんと分かったらすぐにでも出ていきますがな……」

 人の話を全く聞く気配のない重鎮に、本気でビビりながら口答えをする宏。

「わしがこれだけ譲歩していると言うのに、口答えするのか?」

「え~……」

 全く会話が成立しない相手に、どうしたらいいのか本気で分からなくなる宏。そんな宏の困惑に構わず、さらに言いたい事を言い放つ重鎮。

「貴様が世界でも指折りの実力を持つ優れた薬師である事は事実だが、居るだけで宮廷が動揺し、国内が混乱するのであれば、むしろそんな存在は不要。この場にいること自体が迷惑千万なのだ。だから、今すぐにでも出ていけ」

 最後の出ていけを声だけで人を殺せそうなほどドスを効かせて言い放ち、何事もなかったかのようにその場を立ち去る重鎮。ここまで会話が成立しない相手なのに、全く陰湿な雰囲気を持っていないところが、いっそ見事である。神殿潜入時にエアリスの浄化を受けても特に何の影響もなかったところから考えると、多分彼は瘴気の影響を受けてないだろう。

 要するに、いわゆる行き過ぎた忠誠心を持つ頑固爺、という人物なのだ。こういう人物が、ぽっと出のどこの馬の骨とも知れぬ宏達を、受け入れる訳が無いのだ。当人が言い放った通り、現時点では特に問題のある行動をしている訳でもなく、王家が後見人として保護している相手に対して表立ってだろうが裏でだろうが敵対行動をとる人種でもないが、それと長期滞在を認めないと主張する事は別問題である。一刻も早く宮廷から追い出すために、敵対や反乱と取られない範囲で堂々と文句を言う事ぐらいはするだろう。

「面倒くさいなあ……」

 本当に面倒くさい。相手が悪い人ではないからこそ、余計に面倒くさい。この事も報告が必要だとため息をつきながら、視界の隅にとらえた真琴と澪に声をかける宏であった。







「ほなまあ、昼までの成果を報告しよか」

 中庭の片隅、あちらこちらから丁度いい具合に死角になっている場所に陣取った宏達五人は、用意してもらった昼食を広げながら報告会を始める。無論、盗聴周りの対策は展開済みである。

「まずは僕やけど、今のところ大した成果はあらへん。半日かけて、アウトフェースらしき何かを発動できるようになった程度や」

「火力周りはどうしたのよ?」

「とりあえず、当面はポールアックス振り回して何とかする、っちゅう話でけりがついたわ。正味なところ、攻撃系の技は覚えんのに苦労しそうやしな」

 用意された食事のにおいを嗅ぎながら、宏が自分の報告を済ませる。昨夜の夜会で出された飲み物にきっちり毒が盛られていたため、一番毒物に詳しい宏がこうやって鑑定しているのである。念のために客人用の食堂ではなく騎士団用の食堂で作ってもらったものではあるが、それだけで安全だと考えるのは少々おめでたすぎる。なので、食欲をそそる香りを前にしても、誰一人食事に手をつけようとはしない。

「結局、攻撃周りは後回しか……」

「まあ、ヒロが単独行動をするような状況でもない限り、当座は問題にはならないだろうさ」

「そうそう。現段階では、私達で十分フォローできる範囲だしね」

 結局のところ、大して問題が解決していない事がはっきりして、思わず肩を落とす真琴。どちらかと言えば期待していなかった春菜と達也は、アウトフェースが使えるだけでも十分だ、と言う感じで鷹揚に構えている。

「それにしても、モノになるの早くない?」

「前に春菜さんが言うとった初期設定、あれが生きとるんちゃうかな?」

 初期設定という言葉に、思わず怪訝な顔をする真琴達三人。その表情を見た春菜が、補足説明を始める。

「えっとね。ゲームの方の設定だと、知られざる大陸からの客人って、こっちの一般人より成長が早いってことになってるの。だから、スキルの習得が早いのも、実はおかしなことじゃないのかもしれないかなって」

「実際、おっちゃんらも流石知られざる大陸からの客人じゃ、みたいな事言うとったしなあ」

「なるほどねえ。だったら、あたしが今から生産関係を覚えたら……」

「多分、ゲームの時ぐらいには楽に腕が上がると思うで」

 宏の返事に、やっぱりそうは甘くないかと苦笑する真琴。やってない人間にとって、楽になってあれかと言いたくなるのが生産スキル周りの修練だ。それでも、普通に考えれば一つの分野に一生涯打ち込んで到達できるかどうかという領域に、たかが二十年やそこらで、それも複数の技能で到達できるのだから、相当楽になっているのは間違いない。

「まあ、そう言うわけやから、前提条件の絡まんアラウンドガードぐらいは、そんなに手間かけんと覚えられるとは思うで。実用範囲に届くまで、どんだけ訓練せなあかんのかが不安っちゃあ不安やけど」

「なるほどな」

「あと、予想どおりっちゃ予想通りやねんけど、うちらの事をよう思ってへん人間が、瘴気とか関係なくそれなりの人数おる。まあ、瘴気に侵されとるかどうかっちゅうんは、会うただけでは分からへんねんけど」

 宏の言葉に、苦笑しながら頷く真琴と澪。彼女達も、エアリスと別れた段階で何かを言われたらしい。今日この時点でそう言った連中と接触していないのは、達也と春菜の組だけのようだ。

「さっきもな、謁見の時に居った重鎮の人に、とっとと用事済まして出ていけ、って言われたしな。あのおっさんはまあ、追い出し工作はしても、こっちの調べものの邪魔はせえへんと思うけど」

「大丈夫なの、それ?」

「少なくとも、浄化食らって平気やった人やから、バルドとやらの手先、っちゅうんはないわ」

 宏の情報を聞き、納得する気配を見せる達也と真琴。実際、単に追い出したいだけの人間だと、むしろ積極的に書庫での調査を手伝わせて、とっとと目的を達成させたほうが確実でリスクが少ない。

「むしろ問題なんは、エレ姉さんの侍女やな」

「ボクもそう思う」

「あれはやばい。正直、部屋の端と端ぐらい離れとっても、単独でエレ姉さんに会うんはいやや」

「ボクだって、あそこに単独では行きたくない」

 朝食終了後、念のためと言う事で訓練に混ざる前にエレーナの診察に行った宏と澪は、その時の事を思い出して身ぶるいしていた。特に宏の方はこじらしちゃいけないあれこれを再びこじらせそうになって、エレーナと澪が必死になってフォローする羽目になっていた。

 もっとも、それがより一層侍女たちの神経を逆なでし、更に関係をこじらせる事になったのだが。

「一応念のために、って事でこっちおる間は診察業務が入るけど、とっととやる事終わらせてさっさとこっから出ていくんが一番やろうなあ……」

「そうだな。で、真琴と澪の方は?」

「これと言って、報告するほどの事は無いわね。まあ、とっさに飛び道具をはじく防御壁ぐらいは展開できるようになってきてるけど」

 真琴の報告に、真顔で頷く澪。年が年だけに、エアリスもなかなか筋がいい。運動不足による体力の無さが不安要素ではあるが、知られざる大陸からの客人でもあるまいし、そこら辺は一朝一夕でどうにかなる問題でもない。

「エル、真面目で一生懸命。すぐ上達するはず」

「そうね。人の言う事も良く聞くし、運動神経自体は悪くないしね」

「そらよかった」

「で、師匠。ご飯まだ?」

 澪にせっつかれて、微妙に苦笑しながら一つ頷いて見せる。少なくとも、すぐ分かるような毒は無い。別に嫌な感じもしなかったから、仮に何か盛られていても、ソルマイセンをかじればすぐに解毒できる範囲だろう。

「じゃあ、いただきます」

「やっとご飯……」

 手を合わせて食前の挨拶をした後、サンドイッチに手を伸ばしながらぼやく澪。エアリス並に食事に執念を燃やす澪にとって、目の前に食事がありながらすぐに手をつけられない状況と言うのは、実に堪えるらしい。もっとも、サンドイッチといっても硬い黒パンに適当に具を挟んであるだけの、分類上は男飯と言う感じの代物だが。

「いつも思うんだが、このパンの固さだけはどうにかならんのかね?」

「酵母使うてへんからなあ。とりあえず、城の厨房ぐらいは、生地の発酵のさせ方教えてみる?」

「そう言えば、レイオット殿下にも頼まれてたっけ?」

 宏の言葉に、思い出したようにつぶやく春菜。忘れていた訳ではないが優先順位が限りなく低かったため、全く意識していなかったのである。生地を発酵させた柔らかいパンを工房で味わって以来、レイオットはこのパンの普及にこだわっている。彼の悲願のためにも、自分達の豊かな食生活のためにも、誰でもできる範囲の事はさっさと教えてしまった方がいいだろう。

「レイっち、言うたら、タコ焼きプレートの増産と普及もやってくれ、言うとったなあ」

「師匠、プレートだけあっても駄目だと思う」

「せやねんなあ。青のりはともかく、ソースと鰹節は今のままやとハードル高いで」

 食事をきっかけに、どんどん話が脇道にそれていく日本人達。食い物の話と言うのは実に恐ろしい。なお、レイオットがせっついているたこ焼きプレートに関しては、コンロやホットプレートの上に載せて使う簡易版のようなものだ。どちらも魔道具自体は存在するので、板だけ作ればいけるはず、というのがレイオットの考えである。

「まあ、その辺の話は置いときましょ。今は優先順位低いんだし」

「せやな。話戻して、春菜さんらの方はどない?」

「こっちはいろいろあったんだが……」

「どこから話せばいいかな?」

 話を振られた春菜と達也が、何とも言い難い表情で悩み始める。

「まあとりあえず、調べとった内容から頼むわ」

「了解。だったらまずは私から行くね」

 宏の指示を受けて、現時点で分かっていることを話し始める。春菜が調べ上げた知られざる大陸からの客人に関しては、次のような内容である。

 まず確定事項が、フェアリーテイル・クロニクルと言うゲームと知られざる大陸からの客人の間には、確固とした因果関係はないらしいという点。さすがにサイバーパンクな感じのエルフまで迷い込んできている以上、全員がゲームのプレイヤーだと言い張るのは難しいだろう。日本人にしても、戦国時代あたりの人物らしい男が第二次大戦中に特攻隊の一人だった若者の後に来ていたりと、時間軸が必ずしもこちらと一致していないらしい記述があちらこちらに見られると言う、実に頭の痛い事実を確認してしまった。

 逆に、プレイヤーだったのではないか、という様子がうかがえる人物も何人か居た事も事実である。こちらに迷い込んだものたちの末路は彼らに限らず、ある日突然消息を絶ったケースと、こちらで死亡が確認されているケースが混在している。消息を絶ったケースというのが単に行方不明になっただけなのか、それとも無事に日本に帰れたのかははっきりしないが、帰ることが出来た可能性がある、と言う点については大きな収穫と言えよう。

「……今考えることや無いんやけど……」

 春菜の説明を聞き、恐る恐ると言う感じで宏が口を開く。

「何か気になることでも?」

「いや、向こうの体ってどないなってるんやろう、っちゅうんと、向こうの時間軸は今どうなっとるんやろう、っちゅうんが気になって」

「……気にはなるけど、今気にしても仕方が無いよね、それ」

「せやねん。せやねんけど……」

 宏の言葉に、思わずみんなして沈黙してしまう。

「後、あたしも気になったんだけど」

「何?」

「プレイヤー連中が来てた割には、あんまりそういう痕跡が無いのが不思議だなって」

「ああ、それはね……」

 春菜いわく、過去にこちらに飛ばされたプレイヤーは、一人を除いてみな中堅以下の一般的なプレイヤーで、生産スキルをほとんど触っていなかったらしいとのこと。例外の一人も魔法型の廃人ではあっても生産スキルは採取をちょっとやった程度で、リアルで料理をした経験がある人間もおらず、少なくとも食文化に関しては、宏ほどのインパクトを与えられる人材はいなかったらしい。

 なぜそれが分かるのかと言うと、別の世界から来たと思わしき人たちの中には、下手をすれば宏並に薬などに詳しかったのではないか、と言う人間が少なからずいたからだ。そういった人物とセットでどんな能力を持っていたかとかを比較的細かく記述している本を見つけたため、過去にこの国に飛ばされてきた人間についてはある程度詳しく把握できたのである。もっとも、そういう人間ほどアフリカの未開地のような場所が出身地だったケースが多く、総じて料理と言えば丸焼き、たまに煮込む、みたいな食生活だったそうだ。

 豊かな食生活を知っている人間に限って、それをどうすれば再現できるかと言う知識がないあたりに、何か作為と言うか悪意のようなものを感じるのは気のせいだろうか。

「なんかしっくりこないわね~」

「まあ、プレイヤー連中って言っても人数は俺達込みで二十人に届かないんだから、今の人口比率を考えればヒロみたいなのが引っかかること自体が奇跡に近いぞ」

「まあ、そうよね」

 達也の言葉に、納得するしかない真琴。

「そもそも、師匠みたいにスキル無駄遣いして食べるほうに走ることが異常」

「澪、最近師匠に対してえらいきついやんか」

「これが本性」

 しれっと言い切る澪に、思わず疲れたような表情で遠い目をしてしまう宏。ヘタレの自覚はあるが、ここまで弟子の、それも五歳も年下の女の子にコケにされるのはどうなんだろうと、思わず自問してしまう。

「まあ、それは置いといて、達兄の報告は?」

「俺のほうは、大したことは分かってないな。せいぜい、この国でごちゃごちゃ何かやってるのは邪神教団らしい、ってことぐらいしか分かってない」

「何そのべたな集団……」

「言うな」

 澪の歯に衣を着せぬ物言いに苦笑する達也。こちらに関してはもう、その単語からイメージできる事以上の情報は無い。せいぜいが、真琴がグランドクエストの四章で、邪神教団がらみの集団とやりあった事がある、と言う追加情報があった程度。そもそも、現状のグランドクエストの進展度合いでは、邪神が実在するかどうか自体が未確定である。ゲームと似て非なる世界であるがゆえに、邪神教団自体が存在するかどうかもはっきりしなかったため、これまではちらりと話題にする程度の事しかしていない。

「まあ、それでなんとなく分かったわ」

「分かったって何が?」

「カタリナ王女とその腰ぎんちゃくが、昨日の夜会で春菜さんの歌聞いて苦しんどった理由」

「あ~、やっぱりあれ、私のせいだったんだ……」

 宏の言葉に、ショックを受けたようにうつむく春菜。歌が好きで聞いてもらうことが好きな彼女にとって、自分の歌で人が苦しむというのはショックだろう。

「まあ、瘴気に汚染されてなかったら、本来パワーアップするはずやねんから、多分自業自得やで」

「ってことは?」

「多分、神の歌の影響やと思う。キ○キ○ダンサーが居ったら、その踊りで一網打尽やったかもしれへん」

「それと一緒にされるのも、何かそれはそれでショックなんだけど……」

「まあまあ。とりあえず次は、瘴気バリバリのモンスター見かけたらいっぺん歌ってみよか」

 宏のいやに割り切った言葉に、苦笑しながらうなずく春菜。

「で、最後やけど、さっきの様子やとなんぞあった見たいやけど、どないしたん?」

「えっとね、大変言いにくいことなんだけど……」

 宏の最後の問いかけに、どう答えるか悩みしばし口篭り、事実の一部と思うところをストレートに説明することにする春菜。

「えっとね、禁書庫に封印されてた魔道書に気に入られたっぽくて、アルフェミナ系魔法のエクストラスキルだと思われるものを押し付けられちゃった」

 春菜の厄介ごと満載っぽい一言に、達也以外の全員が固まる。そんな状況でも、空は青くきれいに澄んでいた。
結局主人公補正がかかってるのは春菜さんだった、という話
+注意+
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