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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第23話

 煉獄最下層エリアのモンスターの抵抗は、苛烈を極めていた。

「次の増援、十秒以内に到着!」

「澪ちゃん、数は!?」

「アークデーモンが七十、デーモンジェネラルクラスが三十!」

「またえげつないな! そういや、次で第何波だ!?」

「私のカウントが間違ってなかったら、次で三十!」

 春菜の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、宏と真琴が現在相手をしている群れの最後の二体を仕留める。屠った数が数だからか、それともそんなことをしていると真琴があっさり死にかねないからか、すでに虚神刀も反抗的な態度は見せなくなっている。

 その戦いの様子は、例えるならさしずめラグナロクかハルマゲドンといったところで、間違っても素材収集のためにふらりと立ち寄った連中が繰り広げる戦闘風景ではない。

「グレーターデーモンが出てこなくなったところを見ると、本当の雑魚は打ち止めってことかしら!?」

「せやったらええけどな! まあ、とりあえずまずは間引きからや!!」

 第三十波の群れが到着するのとほぼ同時に、宏がトマホークレインを使って一気に数を減らす。さすがにデーモン系ではネームドモンスターの次ぐらいに強いジェネラルをすべて仕留めるのは不可能だったが、アークデーモンは今の一撃で全滅している。普通にやれば、アークデーモンですら神器なしの聖天八極砲数発ぐらいは余裕で耐えるのだから、間引きという観点では十分すぎる成果である。

 もはや、接敵直前ぐらいにトマホークレインを叩き込むのが、対デーモン戦でのスタートの合図となっている。他の範囲攻撃はコストか威力か攻撃範囲かのいずれかに難を抱えており、また基本的に発動までの時間やクールタイムの関係で連射が効かない。敵の到着に合わせて気軽に使える、間引きぐらいは可能な威力の技は、現状ではトマホークレインしかないのである。

 もっとも、トマホークレインはエクストラスキルとしては非常にささやかな威力しかない。カス当たりでもアークデーモンを一撃で仕留められる技をささやかなどと評すると、正真正銘火力不足である一般的なタンク系プレイヤーに怒られそうだが、そもそも神器を使ってエクストラスキルを放つなら、デーモンジェネラルぐらいはカス当たりでも一撃で落とせないとおかしいのである。

 その前提条件に立つなら、間違いなくトマホークレインの火力はエクストラスキルとしては圧倒的に低い。ポールアックスを投げるモーションだけで放てる、最大でも五秒待てば次を発射できる、コストも中級の攻撃スキルと大差ない、視界一面を最大として自由に範囲調整ができる、範囲を変更しても威力が減衰しない、などの要素がなければ、とても神の技などとは言えなかったであろう。

 言うなれば、トマホークレインは神の通常攻撃技なのだ。新神が使う通常攻撃なら、威力が低いのも仕方がない。

 だが、通常攻撃といっても、エクストラスキルはエクストラスキル。空から降り注ぐポールアックスの豪雨は、そのビジュアル的なインパクトや着弾後の周辺への被害も相まって、より最終戦争っぽさを増幅していた。

「焼け残りは十!」

「またえらい残りおったな……! っちゅうか、こんだけ手順繰り返せば、そら敵も慣れおるか!」

 今までで最大の取りこぼしに、小さく舌打ちしながらレグルスを横に薙ぎ払い三体同時に仕留める宏。今まで百体程度の軍勢なら、カス当たりで焼け残っても二体か三体ぐらいだった。第五波や第八波辺りの時にあった一気に五百体以上、という群れではかなりの数取りこぼし、数千や数万の単位で押し寄せてきた後続との接敵までに処理しきれず、タイタニックロアやジオカタストロフのお世話にならざるを得ない状況になったが、それでも一割は残していなかった。

 モンスター側も間違いなく、多数の屍と引き換えに、着実に宏達への対策を積み重ねている。

「次デカいの来たら、またタイタニックロアがいるかもしれんなあ……」

「本当、多すぎるわよ!!」

 状況に対して愚痴りながら、残った相手を一気に仕留める宏と真琴。達也と澪もコストの軽い攻撃で数を減らすのを手伝っている。所詮取りこぼしは取りこぼし。直撃しなかっただけで無傷ではなく、基本的に一撃当てれば簡単に仕留められる。

「……師匠、次はかなり規模が大きい」

「どんぐらいや?」

「多すぎて、三千から先はカウントできなかった。大半が大型」

「マジかい……」

 澪からの報告を聞き、顔を引きつらせる宏。澪のカウント能力を超えている時点で、間違いなく数千やそこらではきかない。下手をすると、数万ぐらいいる可能性すらある。

「先頭到着まであと十秒ぐらい」

「ジオカタストロフ行くから、打ち漏らし頼むわ!」

「了解!」

「任しとけ!」

 レグルスを握る手に力を込め、クーリングキャンセラーでタイタニックロアとジオカタストロフのクールタイムをキャンセルしながら、他のメンバーに指示を出す宏。宏の言葉にうなずき、それぞれ追撃向きの技の準備に入る他のメンバー。

 それを確認したところで、普通の範囲攻撃が届く距離まで近づいていた悪魔の群れに向かって、宏が必殺のジオカタストロフを振り下ろした。

「往生せいやあ!!」

 宏の咆哮ととも巨大な斧が振り下ろされ、魔界としか表現できない、もう一つの世界と呼べるほど広大な煉獄最下層の空と大地を引き裂く。

 あまりに巨大すぎて避けようのない一撃がデーモンの群れを真ん中から分断し、吹き荒れた衝撃波により直撃を避けた連中をも消滅させる。

 万を超えるデーモンは、ただの一撃で全滅したのであった。

「さすがに終わったか、っちゅうか……」

「二発も使うと、周囲の被害も尋常じゃなくなるよね……」

「せやなあ……」

 宏の位置から二十メートルほど前方を起点に、目視不可能な長さと深さで刻み込まれた二本の亀裂と、目の前の巨大なクレーター。異界化した空間やダンジョン以外で同じことをすれば、大騒ぎどころか天変地異の領域に達するであろう大技の痕跡に、いろいろ困った感じの表情を浮かべる宏と春菜。

 はっきり言って、使い勝手が悪いことこの上ない。かといって、その巨大さと圧倒的な破壊力が最大の売りなので、使いやすいようにコンパクトに、というわけにもいかない。

「二発もぶっ放したもんやから、探索もまともにできん感じになっとんで、これ」

「そうだよね。しかも、単に斧が着弾した場所に亀裂入ってるだけじゃなくて、衝撃波で亀裂のない場所も無茶苦茶になってるし」

「つっても、使わねえでってのはまあ、無理だっただろうなあ……」

「うん。今ちょっと時間さかのぼって数をカウントしたんだけど、ダンジョンにあるまじき数仕留めてたよ。正直、これぐらいの範囲を一度に攻撃しないと、物量で押し切られそうな感じだった」

「だろうなあ……」

 春菜の言葉に、先ほど宏がジオカタストロフを振り下ろす直前に見えた光景を思い出しながら達也がうなずく。見えた光景を表現するなら、悪魔が八、空が二、と言ったところだった。

 宏と春菜が人間のころなら、間違いなく全滅している状況である。ジオカタストロフもやむ無しであろう。 

「ねえ春菜。ちなみに、具体的にどれぐらいの数がいたの?」

「えっとね。最後のは突っ込んできてた総数だと十五万七百八十六体。そのうち十二万七十三体がタフで防御力も高い大型タイプ」

「……まともに相手してられる数じゃないわね」

「と、いうか、大きめの都市を丸々一つ全滅させたようなものだから、普通の攻撃手段じゃどうにもならなかったのは間違いないよ。最初にジオカタストロフを使った時も、タイタニックロアを使わざるを得なくなった時も、何万体かは突っ込んできてたし」

 たった五人の少数パーティで成し遂げたとは思えない戦果に、ため息を止められない一行。キルマークのほとんどを宏が稼いでいることもあり、戦い抜いたという認識も持ちづらい。

 その焼け残りや打ち漏らしを始末した数ですら、普通に三桁に届きそうなぐらいは仕留めているのだから、達也たちも十分すぎるほど戦果を挙げている。

 周辺への被害を度外視した際の宏の殲滅力が異常なだけで、激戦を戦い抜いた、と言っても誰も否定しないぐらいには達也たちも頑張っていたのだ。

さらに言うならば、休憩できた時間は最初にジオカタストロフを撃ってから次の一波が来るまでの数分間のみ。これで何もしていないとか頑張りが足りないとか言われたら、立つ瀬がない。

「しかしなあ……」

「師匠、なんだかものすごく不服?」

「そらそうやで。何が腹立つっちゅうて、ここまで頑張ってしばき倒した連中の素材が根こそぎ吹っ飛んでんのが腹立ってしゃあない」

「あ~……」

 宏の不満や立腹に納得し、思わず同意してしまう澪。今回の戦闘、貴重なデーモン系の素材は何一つ確保できていない。そのくせ、クーリングキャンセラーだけでなくマナポーションやスタミナポーションもいくつか消費しており、物品面では完全に赤字なのだ。

 せめてもの救いは、ソーマやアムリタのような材料的にも製作時間的にも数を用意できないものを消費していないことぐらい。

 宏が不満を覚えないわけがないのである。

「そもそもここに来た理由って、素材集めだったよね」

「素材集めで素材手に入らないのって、本末転倒よね……」

「まあ、全員の神衣と俺と真琴の神器は十分なじんだ感じではあるから、無駄ってわけではないだろうが……」

「それだけだったら、別に神の城のダンジョンでやればいいって感じがあるのがねえ……」

「だよなあ。つうかもっと根本的な話として、ダンジョン潜ってただ戦闘しかしないってのは、俺らのカラーじゃねえしなあ……」

 異常なまでに実りがなかった今回の戦闘について、宏だけでなく達也や真琴も結構不満がたまっているらしい。生産関連にノータッチの達也も戦闘廃人である真琴も、なんだかんだ言っても仕留めた敵からいろんな素材が採れる楽しみを覚えてしまっていたらしい。

 宏や澪がモンスターの死体から剥いだ素材について、どんな用途に使えるのかという解説がないのはどうにも物足りないようだ。

「まあ、愚痴っててもしょうがないし、探索に移ろうよ」

「そうね。って言っても、見える範囲で歩くのも苦労するような惨状になってるわけだけど……」

「元から歩きやすい地面じゃなかったし、歩いて探索できるような広さじゃない感じなんだけどね」

 春菜の提案に乗りつつ、現状の問題に言及する真琴。精度よく探索するにはどうしても自分の足で歩き回る必要があるが、ダンジョンの性質故かそうでなくてもやたら歩きづらかった地面が、現在連発されたエクストラスキルの影響で、大災害の直後もかくやというレベルで荒れている。

 この階層に出現するモンスターはいずれも浮遊か飛行の能力を持つため移動に問題はなかろうが、そんな地の利を持った連中ですらおそらくまともに戦闘するのは不可能な惨状である。

 その気になれば空間制御で空を飛び続けられる春菜はともかく、それ以外は基本陸戦型の宏達だと、移動すら出来そうもないのも仕方がない。

「春姉、真琴姉」

「何、澪ちゃん?」

「何か気が付いたことでもあるの?」

「そもそも、まともに歩けない状態のところ調べても無駄だと思う」

「……あっ」

「言われてみれば、どうせ採取できるものがあっても、ジオカタストロフで吹っ飛んでるわよね……」

 澪の指摘に納得し、大きくうなずく春菜と真琴。これで方針は決まった。

「とりあえず神の船で飛び回るとして、まずはどっちに行こっか?」

「こういう時は、瘴気の多いほうに向かうのが定石だが、判別できるか?」

「さっきの戦闘でだいぶ減ってるから、このエリアに侵入した直後よりは判別しやすいかも」

 達也の質問にそう答えながら、瘴気濃度を探る春菜。それに倣って、宏と澪も瘴気濃度を確認する。

「……かなり広範囲で凪いだ状態になっちゃってて、詳細については探知範囲から外れちゃうからはっきりとは言えないけど、背後からさっきまでモンスターが押し寄せてきた方向に向かって流入してる感じだよね」

「ん。しいて言うなら、背後からっていうより、きっちり東西と南北で十字に引いた線の延長線上から流入してる感じ?」

「せやな。多分、真ん中付近の瘴気濃度が急激に薄なったから、濃いほうから流れて行っとるんやろなあ」

 大雑把に探知した結果について、そういう感じで意見を一致させる春菜達。

「なあ、春菜。探知範囲外ってのはどういうことだ? さっき数カウントしてたみたいに、この領域全体を精査するとかできるんじゃねえのか?」

「できるけど、さっき状況把握のために使ったばかりだから、ちょっと自粛した感じ。いっぱい使うべきなのかあんまり使っちゃいけないのか、あんまり使っちゃいけないとして、どの範囲までなら許されるのか、とかそのあたりがちょっと判断できてないから……」

「なるほどな。だったら、さっき一緒に瘴気の分布周りとかも確認しておけばよかったわけだな」

「そうだね、ちょっと失敗したよ。まあ、そもそもこの中の時間の流れとか私たちの老化の速度とか制御してる時点で、自粛も何もあったものじゃない、っていえばその通りなんだけどね」

 春菜が苦笑しながら話す自身の事情に、思わず達也も苦笑してしまう。神々には神々のルールがあり、権能があれば何をしてもいいという訳ではないことは、これまでのアルフェミナを始めとする神々との付き合いで知っている。

 問題は、この中の誰一人として、ルールで許される範囲を把握していないことだろう。結果として、宏も春菜も妙にちぐはぐな対応をしてしまっている。

「まあ、そのあたりは置いとこう。あんまり便利に使いすぎると、ヒロと春菜はよくても俺たちが鈍る」

「そうね。で、見た感じ今までと違って、ここはフィールド型ダンジョンに近い性質がありそうだけど、現在位置とかは把握できてる?」

「うん、それは大丈夫。ここは南西のほぼ端っこの方って感じかな。ダンジョン領域の形はほぼ真円で、広さは半径二千キロぐらい」

「……はなから歩いて調査とかは無理だよな、それ」

「私もそう思う。歩いてってなると、調査無しでまっすぐ移動しても、一カ月やそこらじゃ真ん中にもたどり着かないし」

「倒した数もダンジョンにあるまじき数だったけど、領域もダンジョンにあるまじき広さね……」

 最大難易度だけあって、いろいろと規格外な面を見せる煉獄最下層。早くも一筋縄ではいかない気配が漂ってきている。

「まあ、そんだけ広きゃ、神の船で移動するってのにも踏ん切りはつくわけだが、どこから回る?」

「南西っちゅうんやったら、西側のポイントから時計回りでええんちゃうか?」

「そうね」

 宏の提案で大体の方針が決まり、見ているだけで精神的に落ち込みそうな煉獄の空を、神の船で飛び立つ一行であった。







「……城やな」

「……お城だよね」

「……城だな」

 十五分後。最西端にある瘴気濃度の濃いポイントに到着した宏達は、魔王城とでも呼びたくなるような、悪趣味で威圧感たっぷりのまがまがしい巨大な城を発見していた。

「難儀やな、これ」

「そうだね」

「中がどないなっとるかにもよるけど、多分それなりにがっつり探索と攻略が要るやろうなあ……」

「入ってすぐにボスルーム、とかでもない限り、多分普通にダンジョン突破するぐらいの手間はかかるだろうね」

 どう見ても魔王城という外見の城。そこから予想される展開に、面倒くさいという表情を隠そうともしない宏と春菜。この手の城は、構造が泣きたくなるほど複雑だと相場が決まっているのだ。

「中に上級悪魔系のモンスターがぎっしり、ってのもお約束だろうなあ……」

「やろうなあ。っちゅうか、ここ来るまでにも結構撃墜しとんねんから、こん中に雑魚がおらん、っちゅうんもあり得んやろう」

「全く、厄介なダンジョンだ」

 ダンジョンの中に、別のダンジョンがある。そう表現するしかない構造に、達也の表情も苦い。

「まあ、愚痴っててもしょうがない。とっとと中に入るか」

「せやな。階段上る必要とかなさそうやったら、最悪壁ぶち抜いて最短距離で突破するっちゅうんもありやし」

「だな」

 いい加減長引いてきているダンジョン攻略、それもかなり実りの少ないものに、そろそろ飽きてきているらしい。宏の大雑把で乱暴な意見に、何と達也が同意する。

「師匠、宝箱は?」

「ルート上にある奴は回収やけど、わざわざ探してまで開ける必要はないやろう」

「了解」

 寄り道上等、こういう時は隅々まで探索、というのが普段の方針であるアズマ工房にあるまじき宏の言葉。それに誰も異を唱えない。

 恐らく、煉獄最下層が広すぎるのが問題なのだろう。最初から隅々まで探索、なんて真似が出来そうになく、予想通りであれば残りの三方位も同等の規模がある城が存在するだろうとなると、どうにもまともに細かく探索する気が失せてくるようだ。

 煉獄特有の、陰鬱な空気や精神を削りに来ているとしか思えないビジュアルもまた、細かく探索する気をそいでいる要因なのであろう。常人なら下手をすると下層にたどり着く前に発狂しそうな空間は、いくら進化していたり神衣のガードがあったりで一切影響を受けないといっても、あまり長居したい場所ではない。

 いい加減、煉獄の攻略を終わりにしたい。その気持ちにより、超電磁な感じのロボが一発で合体できるレベルで、五人の心は一つになっていた。

 居心地うんぬんより、ここに来るまでに神の船の砲撃で仕留めたモンスターが半分ぐらい装備に化けてしまったことの方が、攻略に嫌気がさした理由として大きいのはここだけの話である。

 なお、神衣の名誉のために告げておくと、すでに試練と称して確率を操作するのはやめている。半分以上装備に化けているのは、主に物欲センサーの仕事を春菜の体質がサポートしているのが原因だ。

「でまあ、明らかにこの門の向こうに山盛りおるわけやけど……」

「ん。分かる範囲でアークデーモンが五百。ジェネラルも何体かいる。現在進行形で増加中」

「オキサイドサークルが効くんやったらええカモやねんけどなあ……」

 ダンジョンのモンスターには、ほぼオキサイドサークルは効かない。その例にもれず、煉獄に出てくるモンスターにもオキサイドサークルはバインド効果しかない。

 幸か不幸か煉獄では、アイスダンジョン同様倒したモンスターは一部を除き、剥ぎ取りをせずとも素材やアイテムに化ける。そのため、オキサイドサークルが効かなくても、素材を得るために余計なダメージを与えないように倒す苦労は必要ない。

 必要ないのだが、こういう密集状態の相手を一気に仕留めるとなると、効果範囲を拡大したオキサイドサークルの利便性にかなう魔法はなかなかない。

「まあ、効かねえもんはしょうがない。まとめて吹っ飛ばせそうな技で、一気に蹴散らすか」

「っちゅうても、トマホークレインはこっちが中入らんと無理や。それに、相手は腐っても煉獄最下層の出現モンスターやから、いくら虚神刀やっちゅうた所で、真琴さんが使えるような中級の範囲攻撃ぐらいやと、さすがに確実に一撃では無理やろう。そのあたりは兄貴の方も似たようなもんやろ?」

「そうだな。可能性があるとすれば、魔力圧縮バージョンのヘルインフェルノぐらいだな」

「それやったら、城中全部丸焼きにするんと変わらんやん」

「いっそ、それでもいいんじゃねえか、って思ってる」

「せやなあ……」

 達也の言葉に、一瞬だけ考える宏。その間に、すでに魔力圧縮を進めておく達也。どうするかは宏の結論次第とはいえ、相手がこちらの行動を待ってくれる保証はない。どう転ぶにしても、準備しておいて損はない。

「まあ、ええか。兄貴、頼むわ」

「おう。春菜、増幅系で一番いいやつくれ」

「了解」

 宏の決断を受け、ヘルインフェルノの詠唱に入る前に春菜に増幅系の補助魔法を頼む達也。先ほども宏が言ったように、煉獄最下層に出てくるモンスターは、たとえ神器を使った攻撃と言えども普通の攻撃スキル一撃で落とせる保証はない。

 それは非エキストラスキルとしては範囲攻撃最強を誇るヘルインフェルノですら例外ではなく、個体差や耐性を考えるとジェネラルはおろかアークデーモン、下手をすればさらに下位のグレーターデーモンですら焼け残る可能性がある。

 故に、確実に仕留めるとなると、何らかの手段で威力を底上げしてやる必要があり、最も手っ取り早く効果的な、かつ今回のような状況で使いやすい手段に出たのだ。

 もっとも、増幅系魔法は基本的に、発動から五秒以内に使った攻撃の威力をスキルに応じた倍率で増幅する、という仕様である。普通なら詠唱だけで三十秒以上かかり、かつ他人から詠唱の進み具合が分かりづらい性質をもつヘルインフェルノとは、タイミング合わせの面で相性がいいとはとても言えない。

 今回は、神器のおかげで積層詠唱がやりやすくなり、魔力圧縮もスムーズに行えるようになっている。本来多大な詠唱時間が必要となるヘルインフェルノも五秒程度で発動可能だ。そのため、達也の方で発動のタイミングを調整できることもあり、その相性の悪さは問題にならない。

「それにしても、神器なんて名前で圧倒的な性能を見せてるはずなのに、いくら煉獄最下層とはいえ、雑魚一匹確実に仕留めきれないってのはどうなのかしらね……」

「真琴姉。それ、RPGだと珍しくもない」

「こっちはゲームじゃなくて現実なのに、結局そこの壁は突破できないのか、って思うとねえ……」

「いくら神器って言っても、たかが人間が使ってる時点で限界がある。だって、師匠や春姉は、直撃さえさせれば普通に一撃確殺」

「結局、そういうことのなのよね……」

 達也と春菜が一気に押し切る準備をしているのを横目に、ようやく認められてなおパワー不足を実感せざるを得ない真琴がぼやきを漏らし、澪に厳しい現実を突きつけられる。

 澪の言う通り、ネットゲームどころか普通のコンシューマーゲームですら、RPGの後半のダンジョンでは、たとえ最強装備でも雑魚を一撃で狩れる方が珍しいぐらいなので、真琴が虚神刀を振るってなお、この階層のモンスターを確実に仕留められないのはおかしなことではない。

 だが、雑魚すら確実に一撃では仕留められない現状で、ラスボスである邪神相手にダメージが通せるのか、それ以前にまともに戦闘になるのか、という点で不安になるのも仕方がない事である。

 そんな真琴の不安をよそに、達也のヘルインフェルノが発動する、そのタイミングで城門が開かれる。そして

「ヘルインフェルノ!」

 魔力を極度に圧縮し、範囲を目の前の敷地内にいるモンスターのみに制限、建造物の破壊などに余計なエネルギーを使わぬよう性質を書き換えたヘルインフェルノが、城の内部だけを正確に焼き払う。

「……っち。やっぱり焼け残りが出やがったか」

「あ~、さすがにデーモンロードはしょうがないよ。中層の最終ボスだし」

「つうかな、あれが焼け残ってるってことは、ボスが普通に焼け残ってるってことだ」

 まだ十分戦闘能力を残した状態で出てきたデーモンロードを迎え撃とうと身構えつつ、真琴同様火力不足を嘆く達也。

 もっとも、いかに多段階で火力を増幅したといっても、人間が扱う未進化の神器による攻撃ごときで一撃死するほど、本来煉獄のボスモンスターは脆くない。ヘルインフェルノの場合、煉獄のボスが標準で耐性を持つ火属性なのだからなおさらだ。

 これが上層のラスボスであるデーモンデュークなら九十九パーセント一撃で死に、残りの一パーセントも通常物理で仕留められるレベルで瀕死になるだけの火力を発揮したのだから、むしろ達也は誇るべきである。

「装備とか工夫で何とかできるのはここまで、ここからは修行あるのみ、ってことなんでしょうけどねえ……」

「ここまで来たら、早く日本に帰りたい。そんな時間かけたくない」

「そうよね……」

 焼け残ったデーモンロードを反撃の暇も与えずにコンビネーション攻撃で削り切りながら、真琴と澪がそんな会話をする。まともに戦えば神器があってすら全滅の危機が待ち受けるデーモンロードだが、七割がた生命力を削り取られて、なんでも切り裂く虚神刀で反撃ごと切り捨てられてはひとたまりもなかったらしい。

 デーモンロードにまで一度も到達できず、それどころかデーモンデューク相手ですらそれなりの頻度で全滅させられているゲーム時代の最前線攻略組が見れば、何贅沢を言ってるのかと憤る光景である。

「さて、面倒だが探索だな」

「多分、ロードとかデュークがなんぼか残っとるやろうから、注意がいるでな」

「あと、この城のボスは普通に健在だと思う。意外と瘴気が減ってないし」

「師匠、春姉、今のでどれぐらい削れてると思う?」

「エクストラスキルじゃないから、半分行ってれば御の字、かな?」

「そんなところでしょうね。いっそ、ジオカタストロフで城ごと粉砕でよかったんじゃないかしら、とかちらっと思ったわけだけど、どう?」

「それは次の城で、やな。ここまでやってからやと、クールタイムが勿体ない」

 そんな会話をしながら、魔城に侵入する一行。

 彼らが内部で迷いに迷いながらこの城の探索を終え、城の主で最下層の中ボスでもある鏖殺魔王(おうさつまおう)グンドルフを仕留めたのは、それから二時間後のことであった。







「なんか、誰も攻略できないの当然だと思ったよ……」

「せやなあ……」

「つうか、ご丁寧に東西南北で違う城とモンスターのタイプを用意してくれるとはなあ……」

「モンスターがデーモン系ばかりだったから油断したわよね……」

「ん、さすがに鎧武者の大鬼が空飛んで襲撃してきたのは衝撃だった……」

 最後に残した中華風の城を攻略し、ボスである女魔王の淫堕公主を仕留めて脱出、コテージを展開してようやく一息ついたところで、遠い目をしながらぼやく一行。これまでの道中が、とにかく面倒だったのだ。

 とはいっても、北方にあったアラビア風の宮廷はまだよかった。最初の城でいろいろ懲りたこともあり、ジオカタストロフでさっくり城ごと粉砕して終わらせたため、何一つ手間らしい手間はかかっていない。

 実はボスドロップである魔法のランプ(真)が消失しており、そのことを誰も知らないのだが、あったところで叶えたい願いには役に立たないので、おそらく知っていても残念には思わなかっただろう。

 だが、ジオカタストロフがクールタイムの関係で使えない残りの二つが、実に面倒くさいことになっていた。

 東方にあった和風の城は、構造そのものは簡単だったがボスの煉獄童子がやたらタフで手ごわく、センチネルガードで強化されているはずのガーディアンフィールドをぶち抜かれた挙句に真琴と澪が少なからずダメージを負わされてしまった。

 戦闘中に虚神刀が成長し、斬った傷が再生できないようになるまで、実に八十五発の聖天八極砲と二百六十回のトマホークレインが炸裂しており、何発も攻撃を止めたオストソルやセンチネルガードもわずかながら成長している。

 最後の中華風の城に至っては、構造も面倒だったがボスも割と面倒くさいタイプで、タフさはともかく多彩な防御手段や絶え間ない取り巻きの召喚に、ただダメージを与えること自体にひたすら手間がかかった。

 もっとも、中華ボスの淫堕公主が難儀だったのは、最後の最後に疲れからか判断ミスをした澪が淫堕公主に捕まり、九十九パーセント成功するはずの状態異常の抵抗に失敗したのが原因である。

 なお、言うまでもないことながら、宏達はボスの名前など一切知らない。

「てかね、澪。ミスって捕まっちゃったのまではしょうがないとして、催淫なんて状態異常食らったの、わざとじゃないでしょうね?」

「わざとじゃない。ボクは無実」

「だと思いたいんだけど、いくら何でも神衣も万能薬もぶち抜いて状態異常食らうとか、普通に考えてあり得ないと思うのよ」

「エロゲーとかでよくある催淫、食らうとどんな感じなのか興味があったのは否定しない。でもボクは無実」

 非常に疑わしい言葉を淡々と告げる澪。ほほがうっすら赤いのは、状態異常を食らっていた時の余韻なのかそれとも羞恥心によるものなのかは、本人以外の誰にもわからない。

「というか、いくらボクでも、ボスが使ってきた状態異常をわざわざ食らいに行くような真似はしない」

「一応、そこは信用してるんだけどさ。状態異常の種類が種類だから、あんたの場合日頃の言動からどうしても信用できない面があるのよ」

「ねえ、真琴姉。そもそも食らうまで催淫だって分からなかった、というか相手の攻撃にそんな状態異常があることすら知らなかったのに、わざと食らうなんて怖い真似できるわけが……」

「……そうね。確かにそうよね」

 こういうことに関しては珍しい、澪の説得力あふれる反論。それを聞いて、矛を収める真琴。

 実際、澪が何を食らったのかは、春菜が時空神としての権能を使って分析するまで誰も分からなかった。ただ、転移してきた淫堕公主に捕まった澪が、突然悩ましい声を漏らし始めたことから妙な状態異常を食らったのでは、と判断したのみである。

 そもそもの話、ゲームの時には催淫なんて状態異常は存在しなかった。全年齢のゲームであり、そもそも性的な機能はどうやっても切り離せない感覚回り以外すべて撤廃されている仕様において、どう頑張っても実装できる種類の状態異常ではないのだから当然である。

 そのため、実際に澪が食らうまで、そんなどこのエロゲーかと言いたくなるような状態異常が実在するとは思ってもみなかったのだ。

「しかし、万能薬で解除できねえとはなあ……」

「調べた感じ、半分呪いやったっぽくてなあ。呪いの要素が強い状態異常は、万能薬の管轄外やねんわ」

「ああ、なるほど。そういうことか」

 宏の説明を聞き、澪が万能薬で元に戻らなかった理由を悟る達也。万能薬は、あくまで薬でしかないということなのだろう。

「いろいろ理屈は分かったけど、それでもよりにもよって宏と今の春菜の次に状態異常耐性が強い澪が食らった、っていうのがどうにも釈然としないのよね」

「わざとじゃない」

「さすがにもう、そこは疑ってないわよ。でも、神衣には状態異常耐性向上がついてるはずよね?」

「ついとるで?」

「それで食らうとか、出来すぎじゃないかしら」

「呪いは、死にかけとるやつがかけるとものすごい強なりおるからなあ……」

 真琴の疑問に、宏がありそうな理由を告げる。こと、呪いに限って言えば、人間が百パーセント完全に防げるようにするのは不可能である。たとえ神衣をまとっていようと、相手の執念やら事前準備やらによっては、抵抗もできずにあっさり呪われてしまう。

 その上、淫堕公主はその名に恥じず、人間をその気にさせる技は豊富に持ち合わせている。澪を捕まえた瞬間もその手の手管を最大限に駆使して一瞬でスイッチを入れ、呪いを受け入れやすい状態にしてしまったのだ。

 それらの積み重ねにより、ここまでのあれこれでやや疲労が蓄積していた澪の気が一瞬それ、ほんのわずかのところで呪いに抵抗しきれなかったのだ。

「まあ、状態異常なんざ今後出てくるとしてもここで食らうんを超えんやろうし、食らったんもかなり特殊な状況やから、そこまで過度に警戒せんでもええと思うで」

「だといいんだけど、ね。正直私、あの気まずい空気は二度と味わいたくないよ……」

「そうよね。目のやり場には困るし、なんだかこっちまで変な気分になってくるし……」

「正直、春姉や真琴姉に襲い掛かるの耐えるだけでも、かなりきつかった……」

 恐らく次からは大丈夫だろう、という宏の言葉に、顔を赤く染めながらそうあってほしいと同意する春菜と真琴。澪もいろいろ思い出してか、無表情のままリンゴのように真っ赤な顔でコクコクとうなずきながら、とんでもないことを口にする。

 実際、状態異常を食らっていた時の澪は、油断すると自分だけでなく他人の体のあちらこちらに手が伸びそうになるのを必死に我慢し、ちょっと動くだけで全身に走る刺激に耐えるという、無駄に精神力の高さを誇示するような真似を強いられていた。

 おそらくここが煉獄最下層ではなく、近くに誰もいない、もしくは春菜か真琴だけであった場合、性的な意味でタガが外れていた可能性は否定できない。

 ここで宏と達也が省かれているのは、どちらも行為に及べる相手ではないからだ。仮に宏に襲い掛かったとして、さすがにまだ性的な行為に突入できるほど女性恐怖症が矯正しきれておらず、現状ではビビりながら宏が返り討ちにするかガチでおびえられて澪がへこむ未来しか存在していない。また、達也に関しては他の女性ならともかく、澪に限っては催淫状態でも達也相手にはそんな気にならない。

 図らずも男性陣の安全だけは確保されていたのだが、喜ばしい事なのかどうかは置いておく。

 余談ながら催淫状態の澪は、上気した頬に潤んだ瞳、やたら熱く悩ましい吐息、汗で乱れた髪、なのに表情自体は無表情と、春菜以上に色気やエロスを感じさせない常日頃の姿と同一人物とは思えないほど色気ダダ漏れで、春菜と真琴の言葉ではないが周囲もかなり精神力を問われるような状態になっていたことを記しておく。

「とりあえず、ちょっと疲れがたまってる感じだから、今日はゆっくり休もうよ」

「その方がいいな。澪のあれだって、普段なら絶対食らわない類のものだったわけだし」

「だったら、いっそ城に戻る?」

「戻ったほうがいいとは思うけど、ダンジョンから出ちゃうと、この続きからできるかどうかが分からないのがネックなんだよね」

「せやなあ。さすがにもういっぺん同じことするんはちょっとなあ……」

 春菜の不安に対する宏のコメントに、誰一人反論の言葉が思いつかずに沈黙する。

「……安全さえ確保できるんだったら、ここでコテージでもいいんじゃねえか?」

「達兄に一票」

「ここをもう一度ってのは、かかる時間的にもパスしたいわね」

「ほな、もうちょいこの城から離れて、適当な場所で野営しよか」

 結局、もう一度最初から煉獄を攻略させられるリスクを恐れ、スタート地点に近い場所に多重に結界を張って野営をすることに決めた一行。

「落ち着いたところで、そろそろご飯の準備だけど……」

「こういう時のストレス解消は、焼き肉に限るわよ」

「そうだな。せっかくだから、手持ちの肉類全種類、一番いい部位を食い散らかすとかどうだ?」

「それ、いいね。私もなんとなく、今日はお肉の気分だったし」

「ん、今日はうっぷん晴らしに、いつもよりたくさん食べたい」

 よほどストレスをため込んでいたらしく、この日の夕食はベヒモスやガルバレンジアの高級部位を食べつくさんばかりにがっつり食い散らかしたのであった。







「あれ? 春菜さん?」

「宏君?」

 おそらく夜更けだと思われる時間帯。なんとなく目が覚めた宏がコテージの外に出ると、なぜか春菜がぼんやりと空を見ていた。

「どないしたんよ、こんなところで」

「なんとなく、眠れなくて」

 心配そうに問いかける宏に対し、どことなく気落ちした様子で春菜が答える。その様子に、本格的に心配が募る宏。

 日本ではほとんど接点がなかったとはいえ一応はクラスメイトで、こちらに飛ばされてからは共に行動する時間が一番長い相手だ。普段この手の気持ちをうまくコントロールしているのに、どことなくとはいえ気落ちしているのが分かる態度を見せられれば、当然心配にもなる。

「何ぞ、落ちこんどるみたいやけど、本気でどないしたんよ」

「……今回、みんなに凄く迷惑かけちゃってるなあ、って……」

「迷惑? ……ああ、権能のことか」

 春菜が落ち込んでいる理由を察し、宏が思わずため息をつく。

 確かに迷惑といえば迷惑だが、今回のことは言ってしまえば、単に物欲センサーが仕事をしているだけだ。単に、というには少々規模が派手なのは事実だが、正直春菜の体質がなくても、こういうことはよくある。

 迷惑、などと言い出せば、思いつきでいい加減なことをやっては周囲を振り回しまくっている宏を越えるほどではない。

「これぐらいのことで落ち込まれたら、僕の立場あらへんやん」

「……そうかな?」

「せやで。考えても見いや。ダールの地底とかフォーレの武闘大会とか、あとリヴァイアサンの件もあったか? ぱっと思いつくだけでも、僕が好き勝手やらかしてまわり振り回しまくったん、三つもあるんやで?」

「……それは、私たちも欲望に負けたりブレーキかけられる反論を提示できなかったりで、宏君一人を攻撃できる事例でもないんだけど……」

「せやけど、勝手して好き放題やっとんのは事実やし、影響やら迷惑やらの規模は比較にならんで」

 反省も後悔もする気あらへんけどな、とこっそりつぶやいた宏の言葉を聴きつけ、思わず小さく噴出す春菜。その魅力的な笑顔に、少しは気持ちが上向いたかとひそかに胸をなでおろす宏。

 普通なら、恋愛的な意味でドキッとしたり惚れ直したりするような、大変魅力的な春菜の笑顔だが、そこはそれ。見ていたのは宏だ。

 このぐらいの笑顔は今まで散々見てきており、今更大きく感情を揺さぶられるようなことはない。

 それ以前に、この程度のことで春菜に恋心を抱いたり、自身が実は彼女に恋をしているのでは? などと考えるようであれば、春菜はここまで苦労していない。

「とりあえず、や。今までまったく意識してけえへんかったもんを、昨日今日でいきなりコントロールとか、出来るわけあらへん」

「だけど、このままって訳にも行かないよね?」

「そら、あんまり放置する訳にもいかんやろうけどな。早めになんとかするっちゅうて、春菜さん個人の努力だけでどうにかしようっちゅうんが間違いやで、多分」

「えっ?」

「自転車とか思い出してみ? 乗れるようになるまで、補助輪つけたり誰かが支えたりとかしとるやろ?」

「……私、自転車乗るのにそういうこと、した経験ないけど……」

「……これやから、天才型の人間は……」

 例に出したネタが不発したことに、思わず頭を抱える宏。

 実際のところ、春菜は練習すれば子供でも出来る類の体を動かす事柄は、大抵の事が見本さえ見れば特に苦労せずに、一回のトライで平均以上の水準で出来てしまっていた。そうでないことでも、ちゃんと練習すれば三ヶ月もしないうちにアマチュアとして十分な領域に足を踏み入れてきたため、誰かの補助を受けて、という経験が皆無なのだ。

「まあ、春菜さん自身はともかく、世間一般では慣れるまで補助具使うたり、誰かに補助してもらったりっちゅうんは珍しくもなんともあらへんねんから、今回のことでもそっち方面でアプローチしたらええだけや」

「そっち方面? たとえば?」

「神様って、神具っちゅうんやっけ? 固有の道具もっとるんめずらしないやん。春菜さんも、そういうん作ればええねん」

「作る、って言われても……」

「心配せんでも、僕が作るわ、そんぐらい。っちゅうか、春菜さんと澪にはまだ武器の神器作ってへんねんし、その流れで作るだけや」

「……ありがとう」

「道具とか装備は僕の領分や。礼を言われるようなこっちゃあらへんで」

「……それでも、ありがとう」

 妙に男前なことを言う宏に、喜びに頬を染めながら、飛び切りの笑顔で心の底から感謝の言葉を告げる春菜。

 実はこのとき、澪の色香にあてられて余計なことを考えていたりとか、神衣からのテレパス的なあれこれに関して色々あったりとか、色々迷惑をかけている割に下世話なほうに気持ちやら思考やらが流れ気味だったことについて内心で余計へこんでいるのだが、それを差し引いても空を見ていたときよりは気持ちが浮上したのも確かだ。

「まあ、やるにしても、明日ボスをしばき倒してからの話やけどな」

「……うん、そうだね」

「まあ、そういうわけやから、あんまり深く悩まんとき」

「……うん」

「僕らは寝んでも大丈夫やけど、明日無事に終わらすためにはちゃんと寝たほうがええで」

「……うん、分かってるよ。今日はありがとう、お休み」

「ほい、おやすみ」

 悩みが晴れたことを見て取った宏が、今度こそちゃんと寝るべし、と春菜をコテージへ追いやる。そんな、見ようによってはものすごく健全に青春している二人を見ていたのは、殺虫ランプに誘われる虫のごとく結界に吸い寄せられては焼き尽くされて消滅するアークデーモン達だけであった。
ボス戦まで行けなんだ……。
そのボス戦、ギミックのせいで変に長くなったので、分けたの正解は正解だったのですが……。
まあ、次はちゃんとものづくりします、はい。
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