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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第19話

「パパ~!!」

「ひぃ!?」

 春菜から連絡を受け、食堂に転移してきた宏に向かって、幼女が突撃する。突撃してきた幼女に宏が妙な反応を示したのは、もはやお約束の範囲であろう。

「ヒロがパパって事はやっぱり……」

「のう、ハルナよ。いかに愛情が高じて欲求不満だというても、ヒロシの寝込みを襲ってまで子作りするのは感心せんぞ?」

「いや確かに子供が欲しいぐらいには宏君の事愛してるけど、だからこそそんな女性恐怖症こじらせそうな真似は絶対にできないよ……」

 真顔でそんな事を言ってくる達也とアンジェリカに、思わず本気の言葉で本音を漏らしてしまう春菜。そもそもの話、たとえ寝込みを襲うようなやり方だったとして、宏相手に本懐を遂げた後で平常通りでいられるほど、春菜は自分の自制心という奴を信用していない。

「それよりも、宏君の顔色悪いから、せめてもうちょっとちゃんと服着てからにしようね」

 本気で失礼な事を言ってくる達也とアンジェリカを取り合えず放置し、真っ先にすべき事を事務的に進めていく事にする春菜。

 半裸の幼女にしがみつかれているという、世間体の悪い状況。そんな状況に置かれた宏がどうなるのか、考えるまでもない。なので、これが誰の子かとかそういう話は後回しでいいのだ。

「ベースボディの製作者がマスターである以上、マスターが父親であるというのも間違いではないとは思いますが……」

「って事はやっぱり、この子がいなくなったベースボディなのか?」

「はい。間違いなく、私と同時に作られた、管理者のベースボディです」

 どうにもとっちらかった状況をまとめるために、ローリエが事実関係を断定する。そこに、ベースボディが見つかったと聞いて出先から戻ってきた真琴と澪が、室内の状況と春菜に服を着せてもらって喜んでいるベースボディを見て何か言おうとする。

「いつかやるんじゃないかとは思ったんだけど……」

「春姉、夜這いは……」

「そのネタはさっきさんざんやったし、話が進まなくなるからそういうのは無しで」

「ちっ」

 余計な事を言う前に春菜に釘を刺され、割と本気で残念そうにする真琴と澪。からかうネタが不発だった事よりむしろ、一番美味しいタイミングを完全に逃した事の方を悔しがっているあたり、気安い仲だとはいえ中々いい性格をしている。

「あの、話を戻してよろしいでしょうか?」

 いつものようにクールな態度を崩さず、漫才を始めそうになった春菜達を制して話を進めようとするローリエ。今の個性を得てから半年にも満たない少女の無言の主張に、話を脱線させようとしていた真琴と澪の目が微妙に泳いでいたのはここだけの話である。

「それで、更にややこしくなる話がございまして」

「ややこしくなる話?」

「はい。あの子の身体は間違いなくマスターが作ったものですので、マスターが父親で私にとって妹か弟になるのは正しいといえば正しいのですが……」

「妹か弟になる、って言う表現がものすごく気になるけどそこはちょっと後回しにして、それのどこがややこしくなる話なの?」

「私のボディもそうなのですが、身体を形成するという観点で言えば、母親に当たる人物が複数存在してしまいまして……」

「複数? 具体的には?」

 ローリエの彼女らしくない妙に歯切れの悪い説明に、嫌な予感が膨れ上がる春菜。微妙に動揺がにじんだ目で周囲の人間を見ると、この場に居る人間全員が似たような表情をしているのが分かる。

「まず、この城で作ったという事は、必ずなにがしかの形で森羅結晶のエネルギーを使っています。その森羅結晶は巫女の皆様が作られたものですが、そのエネルギーには参加された巫女の皆様の中でも群を抜いて強い能力を持つエアリス様と、それにほぼ匹敵するだけの能力を持つアルチェム様の性質が強くにじみ出ています」

「つまり、母親としてはエルちゃんとアルチェムさんがそれに相当する、と?」

「それに加えて、作った時に近くに居た人物の影響も強く出ます。ですので、私のボディに関して強いて母親が誰かと言うならば、エアリス様とアルチェム様、後はどなたかというのは分かりませんが側にいた方の影響が出ています。身体の中に混ざりあっている波動の感じから言いますと、恐らく二人ほどおられたのではないかと」

「なるほど。因みに、ローリエちゃんの体作った時に一緒に居たのは、私と澪ちゃんなんだ。でも、ローリエちゃんはその四人の誰ともそんなに似てないよね。魂魄結晶を使ったから?」

「そうなります。ですので、私に関して言いますと、母親が誰、というのは実際にはほとんど影響していません」

 ローリエの説明を聞き、色々納得したように頷く春菜達。自分の事だからか、ローリエが説明をしている間、幼女は実に大人しくしている。

「……とりあえず、何がややこしいのか、分かった気がするよ……」

 ローリエの説明を吟味するため、幼女の外見を再度観察し直した春菜が、何かを悟ったように微妙に遠い目をする。

「恐らく、ハルナ様が察した通りかと思います」

「というか、ぱっと見た感じ、表に出てる特徴って完全に私のものばかりだよね。何でだろう?」

「その事についてですが、あのベースボディにかけられていた毛布に、これが付いていました」

 春菜の疑問に答えるために、ローリエが一本の髪の毛を見せる。色合いや長さ、艶の出方などどこからどう見ても春菜のものとしか思えないそれを見て、何もかもを理解してしまう一同。

「要するに、私の遺伝子情報を取り込んだからこうなった、と」

「恐らくは。多分魂が完成し、ボディを形成するきっかけとなったのがハルナ様が女神へと神化した事だ、というのも、ハルナ様の特徴が一番強く表に出ている理由でしょう。エアリス様とアルチェム様の特徴も出ているのは、丁度その時、エアリス様とアルチェム様は皆様に力を送るためにこの城で大きな儀式を行っていたからだと思われます」

「うん。多分そうじゃないかなとは思ったんだ。アルチェムさんの特徴が耳の形と目の色だけなのは、主導してたのがエルちゃんだったからなのかな?」

「断定はしかねますが、恐らくは。肉体が育てば他にも特徴が現れるかもしれませんが」

 そういいながら、春菜と幼女の胸元に視線を送るローリエ。ローリエの言いたい事を察し、思わず苦笑する春菜。名前が挙がっている三人、誰の特徴が体格体型に強く出たとしても、恐らく最終的には実に立派な山が完成するだろうが、そこにアルチェムの要素が現れれば、色々すごい事にはなる。

「で、さっき妹か弟になる、ってすごい微妙な表現してたけど、それはどう言う事?」

「私と違って、その子はまだ性別が固まっていません。色々流動的ですので、本人の意思次第ではどちらにもなります。現在女性体なのも、単にその方が性別を変化させるのに便利だからでしょう」

「……そういうものなの?」

「うん! そういうものなの!」

 何とも言い難い説明をするローリエに、春菜が疑わしそうに突っ込みを入れる。その突っ込みに対し、当の幼女自身が口を挟んでくる。

「その気になれば、スイッチ一つでどっちの性別にも変化できる、とかもOKだよ?」

「えっ? 何その妙な設定……」

「因みにお勧めは、お湯をかぶると男になってお水をかぶると女になるとか、興奮すると女の子で冷静な時は男の子とか、男って言うと男の子になって女って言うと女の子になるとか、そのあたり」

「どう考えても事故とか大惨事とか多発するパターンだよね、どれも……」

 幼女自身が上げた事例に、ジト目になりながら実に冷静に突っ込みを叩き込む春菜。その内容に思わず澪が気まずそうに眼をそらし、真琴が頭を抱えながら澪を睨みつける。

「あと、どっちがいいって決められないなら、両方ついてるのも両方ついてないのもできるよ?」

「もう、普通に女の子になっててよ……」

 更にアレな事を言い出す幼女に、いい加減疲れたという感じでため息交じりに春菜が性別を決める。なぜ女の子なのかは単純で、ずっと幼女の姿で話をしている彼女を見ていたためである。

「パパはそれでいいの?」

「正直、男がもう少し増えて欲しいとは思うんやけど、今の話聞いとったらそれはそれで不安やでな……」

 幼女の今までの台詞や行動を踏まえ、宏が考えを告げる。性格要素に澪の影響がにじみ出ている彼女の場合、男になるとそれはそれで色々厄介な事になりそうだ。

 更に言うと、性別を切り替えられる仕様や無性別、両性具有などは完全にアウトである。アルチェムの要素が入っているならエロトラブル体質である可能性が否定できず、そこに澪的な性格をプラスすると、正直大惨事の予感しかしない。

 結局、総合的に考えると一番あたりさわりがなさそうなのが、このまま女の子として大人しく成長してもらう事。宏はそう判断するしかなかったのだ。

「っちゅう訳やから、大人しくそのまま育っとってや」

「ちぇっ、残念」

 宏の決定に、微妙に不服そうにしながら素直に従う幼女。その素直さに、思わず不審なものを感じてしまう真琴。

「やけに素直ね?」

「だだこねたり勝手に性別変えたりして、パパ達に嫌われたくないもん」

「ああ、そういう事……」

 ある意味子供らしい打算のある理由に、微妙にホッとしてしまう真琴。さすがにまだ、澪ほど手遅れではないようだ。

「そういやさ、春菜。この子名前は?」

「見て分かる通りの理由で、まだそこまで話が進んでないの」

「なるほどね。あんた、名前とかあるの?」

「吾輩は幼女である! 名前はまだない!」

 真琴に名前を聞かれ、ドヤ顔でやたら元気よく宣言する幼女。その宣言に、さもありなん、という顔をする一同。

 そもそも、魂魄結晶を使ったローリエですら、最初は自分の名前を持っていなかったのだ。完全にゼロから自我や魂が自然発生したこの幼女が、自分の名前など持っている方がおかしい。

「とりあえず、私達だけで名前決めるのもどうかと思うから、エルちゃんとアルチェムさんも呼ぼう」

「そうだな。恐らくあの二人も母親扱いになるだろうから、名前を決める段階から関わっておいた方がいいだろうしな」

「分かりました。お二人をお呼びしてきます」

 名前を決めるに当たり、今回は関係者全員を集めた方がいい、という春菜の主張に達也が同意、他に異論もないようなのでローリエがすぐにエアリスとアルチェムを呼びに行く。

「その娘の名前を決めるのであれば、我はそろそろ戻る事にするが……」

「ここまで関わったんやから、他人っちゅうのはあらへんで」

「やはりそうなるか……」

 面倒くさそうな気配を感じ取り、逃げを打とうとしたアンジェリカを引きとめる宏。一部始終を見ており、しかも背景事情も全部聞いているのだ。今更無関係というのは無理だ。

「ねえ、真琴姉」

「ん? 何?」

「仮にあの子が両方だったりどっちもついてなかったり、性別がころころ変わる仕様に落ちついたりしてた場合の疑問。もし春姉とかに子供できた時、その子たちがあの子呼ぶ時お兄ちゃんとお姉ちゃん、どっちで呼ぶのが正しい?」

「……また、難しい事聞いてくるわね……」

「お兄ちゃんでお姉ちゃんでもあるから、おねにいちゃん?」

「その呼び方、ものすごく危険な気がするのは気のせいかしら?」

 宏とアンジェリカがじゃれ合っている間に、澪と真琴が重要ではあるが割とどうでもいい話題でローテンションに盛り上がるのであった。







「皆様、お待たせしました」

「えっと、状況がよく分かってないんですけど、女の子の名前を決めるんですよね?」

 そのまま、真琴と澪が議論していたネタで全員が話し合っていると、エアリスとアルチェムが入ってくる。その後ろには、ティーセットを乗せたカートを押すローリエが。

「あ~、ママとママだ~」

 入ってきたエアリスとアルチェムを見て、春菜の膝の上に居座っていた幼女が、声を上げる。明らかに自分達の事だと分かるその呼びかけに、エアリスとアルチェムが戸惑いの表情を浮かべ、説明を求めるように一同に視線を向ける。

「ちょっと色々とややこしい流れがあるんだけど、かいつまんで説明すると、この子はローリエちゃんと同じ時期に素体だけ作ってあったベースボディで、私とエルちゃんとアルチェムさんの影響を受けてこの姿になったらしいんだ」

「……なぜ私達の影響を受けたのかが理解も納得もできていませんが、私やアルチェムさんをママと呼んだ理由は納得しました。母親扱いされてもいまいちピンとは来ていませんけど……」

「まあ、いきなり見ず知らずの子供にママとか呼ばれても戸惑うよね、実際。特にエルちゃんは、どう頑張ってもこんな大きな子供が居るような歳じゃないし」

「私の歳でそのぐらいの年齢の実子がいるというのがヒューマン種に絶対不可能かはともかく、少なくとも私に関して言えば間違いなく不可能です」

「だよね」

 やけに力強く断言するエアリスに、春菜が同意するように頷く。そこそこ長期間一緒に暮らしていた関係上、春菜達はエアリスの身体について大体の事を把握している。少なくとも、ウルスの工房で一緒に暮らしていた頃には、エアリスはまだ月のものが訪れる体になっていなかった。

 エアリスが子供を産める体になったのは、実のところ結構最近の事。体格や体型の発育の良さとは裏腹に、そのあたりは割と普通だったらしい。

 もっとも、そのあたりを力強く断言するのは、間違いなく宏の視線があるからだが。

「まあ、そのあたりは置いといて、や。この通り、自分らの事も母親扱いしとるから、うちらだけで名前決めるんもどうかと思って呼んだんやけど」

「事情は分かりましたけど、いきなり名前と言われても……」

 甘えるようにしがみついて頭をぐりぐり押し付けてくる幼女を撫でながら、アルチェムが困ったように言う。唐突に自分の子供が湧いて出てくるとか、さすがに初めての経験過ぎてどうしようもない。

 そもそもの話、名付けが必要なものが唐突に湧いてきた揚句、すぐに名前を決めろと迫られるなんて事は、アルチェムでなくても普通そうは経験しないものだ。いきなり言われても頭が回らないのも当然であろう。

 このあたりの事情は何もアルチェムだけではなく、宏も春菜もエアリスも、名前と言われても候補すらすぐには出て来ないようだ。

「……とりあえず、これだけハルナ様によく似ているのですから、やはり基本的にはハルナ様にちなんだ名前がいいと思います」

「そうだな。って事は、季節に関係する文字を入れた方がいいか。今は冬だから、冬、雪、氷あたりか?」

「達兄、さすがに子供の名前に氷ってどうかと思う」

「俺も、名字ならともかく、名前にはどうかと思った」

 しばらく沈黙が続いた後、現状を打破すべくエアリスがそう提案する。エアリスの意見にあわせ、思いつくままに冬に関する文字を口にし、澪から突っ込まれる達也。

「あと、雪も外した方がいいんじゃない? 確か、春菜の妹って、深雪って名前だったわよね?」

「うん。冬生まれだから、お母さんの雪菜から雪の文字をもらったんだ。私は春生まれで、菜の文字をもらったの」

 真琴に水を向けられ、自分達の命名法則について説明する春菜。とはいえ、厳密にこだわりがある訳でも掟がある訳でもなく、単に親や祖父母の名前を一文字貰うのって一族っぽくていいのでは、程度の理由である。結局、言いだしっぺでありある意味大本の雪菜が季節にちなんだ名前であったために、なんとなく産まれた季節、もしくはそれにちなんだ名前をつけるようになっただけだ。

 余談ながら、仮に子だくさんで名前に詰まったら、今度は春菜の父である藤堂スバルに因んで、天体に関わる名前をつける予定だったとの事。結局産まれたのは女の子二人だけで、現在これ以上増える気配もないので、天体まで手を出す事はなかったのだが。

「その法則で行くんだったら、安直に冬菜って事になるわね」

「無理に法則にあてはめなくてもいいと思う。というか、普通に冬華とかでいいんじゃないかな? もしくは雪穂とか」

「とうか、に、ゆきほ、ね。どんな字?」

「とうかだったら、冬に華やかの方の華が、この子の場合それっぽい気がする。雪穂はもう普通に雪に稲穂の穂」

「その二つだったら、冬華の方がいいんじゃない? 多分だけど、最終的に名前にぴったりの容姿になりそうだし」

 春菜が自分の家の命名法則に従って提案した名前のうち、冬華という名前を支持する真琴。他の日本人メンバーも、字面とそこから連想されるイメージを思い浮かべて、小さく頷く。

 実際のところ、よくしゃべる元気な澪、という感じの今の性格だと、そのまま育つと高嶺の花的な印象があるその名前からはちょっとずれる気がしないでもない。だが、なんとなく大人しそうな印象がある雪穂という名前よりは似合っているのは間違いない。

「でも、正直これだけだとダメだと思う」

「別にいいと思うけど、どうして?」

「エルちゃんもアルチェムさんも、まったく縁もゆかりもない名前だから」

 どうにもそこにこだわる春菜。そのこだわりに、なんとなく苦笑するエアリスとアルチェム。どうせいくつもつけたところで、最終的には冬華としか呼ばなくなるのは目に見えているし、かといって言葉の系統も名前の意味もかけ離れている春菜とエアリスやアルチェムでは、共通点を探し出して名づけるのも難しい。

 そもそもの話、似たようなやり方で名前をつけているアルチェムはまだしも、エアリスをはじめとしたファーレーン王家は占いと神託の組み合わせで名前をつける。それゆえに、実は名前に込められた意味、というのは特にない。あくまで、その名前であれば国にとっても当人にとってもいい人生を送れる可能性が高い、というものでしかない。

 神託を下すのが多忙で制約も多いアルフェミナである都合上、王族の名付け程度では必ずしも神託が得られる訳ではなく、神託が無かった場合の名前に関しては、占い師の腕がものを言う。結果として、アヴィンのように大成功のケースと、カタリナのように国を滅ぼしかねないほど駄目になるケースとが混在してくるのだ。

 カタリナに関しては別に名前だけのせいではないが、やり方に博打の要素が多分に入っているファーレーン王家式の命名法。その特徴故に、さすがに今回は聞かれても口にする気はないエアリスである。

「ハルナ様の配慮はありがたいのですが、正直な話、それはあまり意味がないかと思います」

「どうして?」

「恐らく、この子に関しては最終的に、皆トウカさんと呼ぶ事になるかと思うのです。そうなると、もう一つ名前をつけても、ほとんど呼ばれる事はないのではないか、と」

「うん、そうかもしれない。でも、意味がないって訳じゃないよ」

「そうですか?」

「そうだよ。名前倒れって言葉もあるけど、実際は結構名前の影響って大きいんだよ? それに、この子の場合、なんとなく魂とかそういう部分がちょっと無防備な感じだから、名前をいくつもつけた上で真名も分かりづらく偽装しておかないと、ちょっと怖い感じがするし」

 春菜の説明に、巫女組とアンジェリカが渋い顔をする。春菜の指摘にあわせて確認したところ、その言葉が事実だとはっきり分かってしまったからだ。

「だから、何か考えてほしいんだ」

「そう、ですね……」

 春菜の主張を受け入れ、必死になって名前を考えるエアリス。だが、前述の通り、ファーレーン王家は基本的に、自分で人や生き物の名前をつける事はない。なので、いざ名前を、と言われると全然思い付かないのである。

「あ、そうだ、エルさま」

「はい?」

「私にゆかりのある名前にエル様の音を混ぜる、とかどうでしょう?」

「私は全然思い付かないので、そうしていただけると大変ありがたいのですが、具体的にはどう言う感じですか?」

「私の名前って、曾祖母のアルルーシアっていう人の名前と、母のリリチェムという名前とを組み合わせたものなんです。ですので、アルルーシアおばあちゃんの名前をまた借りて、エアルーシアっていうのはどうかな、って」

 アルチェムの提案に少し考え込み、小さく微笑んで一つ頷くエアリス。どうやら、異論はないらしい。

「となると、総合すると、東冬華エアルーシア、もしくは東エアルーシア冬華になる、って事であってるか?」

「そうなるね。とりあえず、うちの母方の家系はミドルネームが後ろに来るから、冬華エアルーシアの方になるのかな?」

「あと、澪に絡む名前はいいのか?」

「そこは私も気になってた。澪ちゃんから意見が無かったから、どうしようか迷ってたところなんだ」

 達也の指摘に、春菜が頷く。明らかに澪も要素としてかかわっているというのに、その当の澪がまったく主張して来ない。さらに幼女自身も澪に対してママだとかその手の発言をしておらず、名前が長くなりすぎるのもどうかという事もあって、春菜としても決めかねていたのだ。

「冬で華って言うと雪の事ってこじつけができて、水がらみの名前って言い張れなくもないからボクとしては問題ない」

 そんな達也と春菜の懸念事項に対し、澪が無理やりな解釈を口にする。

「なあ、澪。お前本当にそれでいいのか?」

「ん。要素的にも距離感的にもそんなものだと思う」

 達也の確認に、特にこだわりもなく肯定して見せる澪。幼女の方も、澪に関しては母と呼ぶにはややつながりが薄く、だが親戚というほどは離れていないといった感じのようで、完全に血縁的な意味では他人扱いしている達也や真琴、アンジェリカなどに比べると態度が曖昧な感じである。

 今回の場合、身体を作る上で影響を与えた存在を母と呼んでいるため、澪も一応母親の範囲には入る。だが、彼女の身体に関しては他の三人の影響が強すぎ、肉体的には澪の要素はあってないようなもの。更に、唯一色濃く出ている性格的な要素も、まだ魂や自我が不安定な今だから目立っているが、成長過程で完全に消えてしまう可能性も低いとは言い難い。

 それが分かっているが故に、澪の方も母親認定されるほどはっきりとした要素は必要ないと思っているのだ。

 もっと言うならば、なんだかんだで自分が色々手遅れである事は良く分かっているため、名前なんて言う性質に強く影響を与えるものに自分の要素を入れて、この子まで手遅れになるとさすがに申し訳ないという意識もある。

 なので、澪としては残念で手遅れな姉、ぐらいの立場で、名前の中にこじつけ程度の隠し要素として混ざっているぐらいがちょうどいいのだ。

「まあ、澪がそれでいいんだったら、あたしとか肉体形成面では完全に無関係な人間はこれ以上何も言わないけど」

「ん。というか、ボクの要素まで無理に組み込んで、手遅れになったらダメだと思う」

「……自覚があるんだったら、ちょっとは反省して真人間になる努力しなさいよ……」

「真琴姉が腐女子から完全に足を洗ったら努力する」

 澪からのカウンターに、思わず言葉に詰まる真琴。一応未成年や興味のない人間にはちゃんと配慮してはいるものの、自分の趣味に絡む行いの一部が、あまり褒められたものではない自覚はあるのだ。

 腐女子であること自体は一切恥じるつもりはないが、男色の気が一切ない友人知人を勝手に掛け算して妄想するのは、いくら表に出していなかろうとまず間違いなく否定されてしかるべき行いである。

 その自覚があるが故に、手遅れな澪に対する説教にそう反撃されると、自分でも説得力に欠ける気がしてどうしても反論しづらいのだ。

「まあ、あいつらの会話は置いておこう」

「あ、うん。そうだね」

 深く突っ込むと底無しの腐海に足を突っ込みそうな予感がして、とりあえず真琴と澪を放置することにする達也と春菜。触らぬ神にたたりなし、である。

「聞いてたと思うけど、あなたの名前は東冬華エアルーシア。東が名字で冬華とエアルーシアが名前ね」

「うん! わたしは冬華エアルーシア!」

 春菜に名を告げられ、元気よく宣言したところで、電池が切れたようにかくんと眠りに落ちる。

「えっ? えっ?」

「……恐らく、名前が決まったことで情報処理が必要になり、睡眠という形で色々アップデートしているのでしょう」

「子供というのは日々の暮らしで学習した事を整理するために、体力の限界以外でもよく眠るものだからな。ライムを見ていれば分かるだろう?」

 自分の膝に座ったまま完全に寝入ってしまっている冬華に対して戸惑う春菜に、ローリエとアンジェリカがそんな情報をくれる。

「恐らく夕食までには起きてくるでしょうし、寝かせておけばいいかと」

「そうだね。ベッド用意してくれると助かるかな」

「かしこまりました」

 さすがに胸を枕に膝の上で眠られると、いろんな意味で気を使ってしょうがない。そんな春菜の要望に応え、ローリエがすぐに幼児用のベッドを用意してくれる。

 神の城のカスタム機能で用意したベッドなので性能としてはそこそこ程度でしかないが、それでもこの世界にあるベッドの大半よりは寝心地がいいのはここだけの話である。

 こうして幼女のママ騒動は、当人がすっかり寝入ってしまったことでようやく終息したのであった。







 三十分後。

「それにしても……」

 淹れ直してもらったお茶を手にすっかり熟睡している冬華に視線を向け、春菜が小さくため息をつく。冬華の面倒をどういう風に見るのか、誰が主にしつけを担当するのか、などの実務的な話し合いを終え、いろんな意味で落ち着いた事で何やらくすぶっていたものが抑えきれなくなったようだ。

「……あくまでも当事者が全員子供を望んでる場合に限るけど、やっぱりちゃんと妊娠して子供作るのって、親子になる上で結構大事だよね……」

「……どうしたのよ、唐突に?」

「いや、ね。どうしても自分の子供だってピンとこないし、名前一つとっても候補すらすぐには出て来なかったし」

「言わんとする事は分かるんだけどさ。それだけじゃ、ちゃんと妊娠出産を経由する事が親子になる上で大事だって結論に至る理由にはなってないわよ?」

「だってさ。ちゃんと自分のお腹痛めて産んだ子供だったら、妊娠してる間に父親になる人とか周囲の人と名前どうしようかとか、楽しみにしながら一緒に悩んで相談して決める時間があるよね。それに、だんだんお腹が大きくなってくるのも、自分が親になるんだって心構えを持つ準備期間になると思うし」

 春菜の言葉に、その場にいる全員が思わず沈黙してしまう。そんな空気に構わず、春菜が思うところを続ける。

「冬華の名前については一応母親だったらって思って頑張ってつけたけど、それでもまだ私、この子の母親だとは思えてないんだよね……」

「……それについては私も同じですわ、ハルナ様」

「……どっちかって言うと、妹みたいな感覚ですよね、実際」

「っちゅうか、僕も当事者やから言い訳くさなるけど、いきなりポッと出てきた子供すぐに自分の子や、思える方がおかしいんちゃう? 思春期すぎて自我が完全に確立するまで一緒に暮らしたこと無かったら、実の親子でもすぐには家族としては振舞えん、っちゅう話聞いたことあるし」

「そうなんだけど、逆に、血縁なくても引き取るって決めた瞬間からちゃんと親として振舞ってる人もいる訳だし、今回は養子として引き取るとかじゃなくて、完全に誕生のプロセスに私達が関わってるし、って考えると無責任でなってない話だな、って思っちゃって……」

 実子であろうが無かろうが、親子としての関係は構築できる。それは事実ではあるが、現実に自分の身に降りかかってみると、それほど簡単な事でもないのだ。

「私の場合、物凄く身近にまったく血縁関係がなくても普通の親子より立派に親子やってる実例が結構あるから、血のつながりがなきゃ親子になれないなんていう気はないけど、ね。やっぱりそれって、ある程度以上人生経験も社会人経験も積んでる人だからできる事なんだな、って実感しちゃった感じ」

「まあ、嫁がいる俺ですら実の子供はまだいないし、お前らに至っては肉体的にはまだ未成年だしなあ……」

「しかも相手はライムと変わらないぐらい育ってるしねえ……」

「うん。だから、私みたいな人生経験が浅くて社会人経験もない小娘だと、妊娠出産ってプロセスなしで親になるのは難しいなあ、って……」

 春菜の、申し訳なさそうな、かつ情けなさそうなコメントに、どうにも頷くしかない一同。冬華が現れてからの一連の騒動で、彼らの持つある種当たり前の欠点が浮き彫りになった形である。

 現在この食堂に居るメンバーで、赤子からの子育てに多少なりとも経験があるのは、長命種であるアンジェリカとアルチェムだけ。その二人にしたところで、村で生まれた子供の面倒を見ていただけなので、実際に四六時中付きそって育児をしていた訳ではない。

 達也も何かと澪の面倒は見ていたが、赤子時代に関してはほとんど接点はなかった。真琴に至っては、日常的に付き合いのある友人や親戚に今まで赤子や幼児がいなかったので、こちらに来るまでは小さい子供との接点など中学高校の頃の近所の悪ガキぐらいしかいなかった。

 アンジェリカとアルチェムのおかげで乳幼児の肉体的な面での注意点はある程度分かるとはいえ、親として必要な心構えや親としての子供との接し方など、そのあたりのノウハウは完全に欠落している。

「どう頑張ったところで、必要な経験なんぞすぐには得られんのだから、普段通りに自然体で接して、困った事があればレラにでも教えてもらえばよかろうに」

「レラさんにいろいろ教えてもらうのはいいけど、ママって言って懐いてくれる相手にそれってちょっと情けなくない?」

「あのな、ハルナよ。我の何千年かの人生経験から言わせてもらえば、自分の腹を痛めて産んだ子に対してすら、親としての自覚や責任をもてん者なぞ珍しくもなかったのだ。そもそも子を孕むために必要な行為すら一度も経験しておらん未熟な生娘が、いきなり現れた子供に母親として接しようなどという事自体傲慢であろう?」

「あ~、そういう考え方もあるか……」

「うむ。我とて生娘ゆえ直接一から十まで赤子の面倒をみた経験がある訳ではないが、単に孕んで産み落としただけで親になれるほど、親というものは簡単な存在ではない事ぐらいは分かっておる。産まれてきた子に心を砕き、色々な失敗や試行錯誤を繰り返していくうちに、お互いに親であり子であるという絶対の意識と信頼感が作られていくのが普通よ」

 春菜達の重苦しい考え方を、アンジェリカがあっさり鼻で笑って否定する。養子を取った時点で最初から親としてあった人間もいる、と春菜は言うが、それとてお互いに親子であろうと試行錯誤をしていくうちに、確固とした親子関係を築きあげたに違いないとアンジェリカは見ている。

 親子だろうが兄弟だろうが友人だろうが恋人だろうが、一方通行では成立しない。最低限お互いにそう認識していなければ、その関係は破綻しているのである。

 ニューハーフが基本的に女性であるために何倍も努力しているように、血縁関係がない親子が親子であろうとすれば、実の親子以上に親子や家族であるための努力が必要なのだ。その結果、実際の女性よりニューハーフの方が女性らしくなっている実例が多数あるように、上手く親子関係を構築できた養父と養子が実の親子より素晴らしい家族になるケースも、何一つ不思議な話ではない。

 春菜の言い分や悩みは、ある面ではそのあたりの努力を見ていない人間の甘えた戯言だとも言える。

「エルもアルチェムも、すぐに戻る訳ではないのであろう? なれば、いずれ母親になった時の予行演習とでも考えて、親になろうという意識でハルナと交代しながら面倒を見ればよかろう。幸いにして、向こうがお前達の事を母親と認識して慕ってくれておるのだから、そう時間をかけずとも自分が親だと思えるようになるだろうよ」

 割と深刻で哲学的な方向に進んでいた春菜達の悩みを、アンジェリカがあっさり一蹴してのける。いかに人生のほとんどを隠れ里に引きこもって過ごしていた箱入りで世間知らずの生娘といえど、やはり数千年の人生経験は伊達ではないようだ。

「正直な話、我としてはそんな時間をかけて試行錯誤しながら経験を積む、以外の答えが存在せん事より、もっと他に深刻な問題があるのではないか、と思うのだが、ローリエはどう思っておる?」

「そうですね。実は結構切羽詰まった問題が一つございまして」

「ふむ、いい機会だ。言うてみよ」

「はい。問題というのが、ハルナ様が蘇生の反動で寝込んでおられた際大量に吐く羽目になった、バケツ百杯を超える血の混じった、というより吐血が主成分となっている吐しゃ物の処分についてなのですが……」

「……それは、確かに深刻な問題よの」

「とりあえず、亜空間倉庫に隔離してしまってありますが、ものがものだけに下手に処理できず、かといってそろそろ洒落で済ませられそうにない影響が発生する兆候が出てきていまして……」

 ローリエが口にした問題に、宏と春菜の顔が引きつる。デリカシーやら何やらが大きく関わる問題なので後回しにしていたが、どうやらそろそろ先送りも限界らしい。

 しかも、ローリエは言及しなかったが、バケツの中には腕や足などが破裂した際に飛び散った肉片なども入っている。どれもこれも迂闊には処分できないものばかりなのだ。

「はっきり申し上げます。既にバケツは完全に変質しており、どうにもならない状態になっています」

「血反吐であっても神の血肉には相違ないからのう……」

「そういう訳ですのでマスター、可能な限り迅速に処分をお願いします」

「迅速に、っちゅうてもなあ……」

 逃げることも先送りにすることもできず、かといって迂闊に手も出せない類の問題に、宏が青い顔をしながら頭を抱える。

「……身も蓋もない話、してもええ?」

「……うん」

「……正直な話するとな、感情的なもんとかデリカシーとかそういうんを完全に度外視するんやったら、素材として加工してまうんが一番後腐れなくて楽なんよ……」

 頭を抱えたままの宏がそう告げた瞬間の、その場に居た人間の表情の変化は見ものであった。

 感情的な反発と理性での納得、そして頭の片隅にある諦めのような感情。身内の吐しゃ物という反応が難しいものが素材になる事に対する複数の意味での嫌悪感。それらが入り混じった複雑な表情は、そうそう見る機会などないだろう。

「一応念のために言うとくとな、別にゲロの後始末するんが嫌とか、そういうこっちゃないねん。そういう事言うとったらトイレ掃除もできんし、散々ゲロ吐いて人に後始末押し付けとんのに、自分がその番になったら汚いから嫌やとかそういう恥知らずな事言いたないし、そもそも素材の中には世間的に言うて大差ないぐらい汚いもんもあるし」

「いや、別にそこに関しては気にしちゃいねえが……」

「てか、素材として扱うんだったら、汚い云々は単に普通に掃除して処理するよりがっつり触ってそうだから、そっち方面を避けるために言ってるとは思ってないわよ?」

 実際のところ、今更宏が汚物的な意味での汚れ仕事を嫌がるとは誰も思っていないため、ピントのずれたいい訳に多少表情を緩めて苦笑する一同。実際、素材としての加工も含めて、汚物の処理を一番しているのは宏である。

「で、師匠。女神の血肉だから素材として優れてるのは分かるんだけど、後腐れが無いっていうのは?」

「そらもう、少々水で薄めたり微生物使って処理したりした程度やと、どうにもならんぐらい環境に影響が出るからにきまっとるやん。ジズ解体した時の血とか思いだしてみ?」

「……ああ、なるほど……」

 宏に具体例を出され、はっきり分かるぐらい渋い顔で納得と同意の言葉を漏らす澪。ジズの解体の際、どうしても回収しきれず周囲に飛び散った血のおかげで、いまだにウルス近郊の一部地域では生態系がおかしくなっている。

 あの後でエアリス達が総出で浄化作業を行っているため、瘴気とかそちらの方面での問題はないが、やたら調理や加工の難易度が高いものが取れたり、そもそも刈り取り自体ができなかったりと色々問題は出ている。

「はっきり言うとな、僕も正直気は進まんのよ。せやけど、この城の今の浄化システムやと、普通にトイレするぐらいやったらともかく、血反吐とかなると処理能力が足らんでなあ……」

「師匠、今後の事もあるし、アップグレードとかはできない?」

「素材が足らん。春菜さんの血はそっちにも使えるんやけど、それに使うには何ぼ何でも量が多すぎるし、他に必要な素材は全然足らんしな」

「なるほど」

 例によって例の如く、素材不足に泣く羽目になる宏達。たとえ創造神となったといったところで、所詮新米で己の能力をまともに扱えていない宏は、素材がなければただ頑丈なだけのヘタレである。

「まあ、そういうわけやから、一番安全なんは素材として加工してまう事やねんけど、な。身内の身体の一部とか排泄物とか素材にするんは、何っちゅうかこういろんな意味で手ぇ出したらあかん領域に手ぇ出しとる感じしてむっちゃ嫌やから、本人の治療に必要なワクチン作るんに使う、とかのパターンやない限り本気でやりたないねんわ」

「宏がちゃんとそういう価値観持ってて、あたし本気で安心したわ……」

「素材キチやっとる自覚はあるけど、そこまであかんところには行きついてへんつもりやで」

 宏の反論に、微妙に視線をそらす真琴。今までが今までだけに、もしかしたらという意識があったのは否定できない。

「ただ、そうなると結局どう処理するのか、って問題に戻ってくるのよね」

「せやから、頭抱えとんねん。自分のんやったら何も考えんとさっさと素材として処理して、あんまり嫌悪感とか出ぇへんもんに加工してまうんやけどなあ……」

「そういえば宏君、素材として処理した場合って、具体的にどんなものが作れるの?」

 あまり嫌悪感が出ないもの、という言葉に興味を引かれたか、当事者である春菜が妙に前向きな質問をしてくる。その態度に若干引きながらも、正直に答えるために後腐れがなさそうなアイテムを頭の中でピックアップしていく宏。

「……せやな。一番問題が少なそうなんは、使い捨ての単発増幅アイテムの類やな。エンハンスマジックとかあの系統と同じタイプの、一発だけ派手に増幅する種類のアイテムや」

「なるほど。他には?」

「後はまあ、仮にも神の血とか体液の類やねんから、精製の仕方次第では権能に応じた効果がある消耗品、もしくはエンチャントができるで。春菜さんやと多分、一定時間相手の時間を止める、とかその類やな」

「ああ、確かに。宏君の血だと、今まで作ったものの効果を増強、とかそんな感じっぽいよね」

「多分そんなところやな。他にも色々あるけど、肥料とかはジズあたりのレベルでもあれやねんからこれ以上作っても、っちゅう感じやし、加工するしか処理方法ないっちゅうたら素直に増幅系作ってまうつもりや」

 宏の言葉に、何やら引っかかるものを感じる春菜。ずっと宏を見つめてきた春菜だからこそ見抜けた、小さな違和感。

 恐らく宏は、何かもっと効果的な用途を隠している。そう確信した春菜は、念のために確認をしておくことにする。

「ねえ、宏君。本当に消耗品しかないの?」

「いやいやいや。消耗品以外の使い道なんか、物凄い抵抗あるやん」

「そんなの、ものによるんじゃないかな、って思うんだ」

「いやまあ、そらそうやろうけど……」

「とりあえず聞いてから判断するから、一番効果的なものだけでいいから作れるものは教えてよ」

 やけに押してくる春菜にたじろぎながら、しぶしぶという感じで一番効果的なものを口にする。

「……あれの処理でつくるとしたら、いっちゃん強力なんは染料やな。添加物ぶちこんでついでに臭い処理したるだけで簡単になる上に、内包しとるあれこれを無駄なく機能転嫁できるから、染料としては最高品質で最高性能のもんができるんよ」

「……なるほどね。確かに、心理的な抵抗はあるよね、それ」

「せやろ?」

 宏の説明を聞いて、いろんな意味で心底納得する春菜。宏が言いたがらなかった訳も、最初から選択肢から排除する訳も良く分かる。いくら性能がよかろうが、いくら品質が最高で見事な発色をしていようが、吐しゃ物から作られたと知っている染料を使った服を着るというのはかなり抵抗がある。

 だが、皮をなめす時の膠など、知らないだけで衣類の素材に動物の排せつ物などを使っているケースはいくらでもある。確かに自分の吐しゃ物を使った服など気分的によろしくないが、特にこの世界の場合は気にし始めるとキリが無くなる。

 そんな風に、ところどころ男前な春菜がまたしても男前ぶりを発揮して、普通なら避けるであろう判断を推し進める。自分の吐しゃ物の処理だからか、やけに遠慮がない。

「……最終的にどう処理するかはともかく、一応サンプルとして作ってもらっていいかな?」

「……正気か?」

「うん。よくよく考えたら、膠とか染料とかって結構動物の排せつ物使ってるから、今更かなって」

「……さすがにそれとこれを同じ扱いすんのは乱暴やと思うけどなあ……」

「いいからいいから。それに気分的なものは大事だけど、気分に流されて最善を尽くさなかった結果、前回みたいな事になるのは避けたいし」

「……まあ、そこまで言うんやったら……」

 結局春菜に押し切られる形で、片手間で作れる範囲の染料を夕食までにサンプルとして完成させる宏。色見本としてその染料で染め上げられた布を見た春菜達の判断は、と言うと……。

「物凄くいい色ばかりだし、安全のためにも絶対に作っておくべきだと思うんだけど、どうかな?」

「……どうせ何らかの素材として処理しなきゃなんないんだったら、春菜がいいんだったらあたし達は出どころを考えない事にするけど……」

「じゃあ、決まりかな。そういう訳だから宏君、お願い」

「……春菜さんが言うんやったら作るけど、後で苦情は受け付けへんで」

 聖天八極砲をキャンセルする魔法抵抗と魔法防御力に加えアミュオン鋼製のフルプレートを超える物理防御力を発揮し、色合いその他の美的センスの問題もクリアした結果、関係者全員に量産の決意と原材料に対する割り切りを促す事になるのであった。
やるつもりのなかったおっさんほいほいをつい衝動的にやってしまった……。

それはそれとして、子育てとか親子関係とかについてのものすごくまじめな話からシームレスに吐しゃ物の処理について話が切り替わるのはかいててどうかと思ったわけですがいかがでしょう?
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