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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

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第17話

「反撃の準備も整ったし、とうとう目にもの見せたるときが来たで」

「本当に、大丈夫かなあ……」

 打ち合わせも兼ねた簡単な昼食を終え、宏が実にいい笑顔で楽しそうに宣言する。その様子に、一抹の不安を抱かずにはいられない春菜。

 宏達は、ついに反撃に打って出ようとしていた。

「オクトガルも準備はええか?」

「いつでもいいの~」

「準備OK~」

「ほな、スタートはこのポイントからや。東海岸目指して頑張ってや」

「「「「「「「「「「「りょうか~い」」」」」」」」」」」」

 宏に再度作戦を説明され、無数のオクトガルが同時に敬礼し、そのまま転移で外に出ていく。

「なんか、簡単に迎撃されて上手くいかないんじゃないかな、って気がするんだけど……」

 何度作戦内容を吟味しても、そこの部分が引っ掛かってしょうがない春菜。なんだかんだ言っても恐らくオクトガルは大丈夫だろうが、オクトガルのために用意した「攻撃手段」が不発になるのではないか、という懸念がどうしてもぬぐえない。

「なんだ。春菜はこの期に及んでまだそこを心配してるのか?」

「落とすものが落とすものだけにね。なんというか、近接信管と高密度弾幕で簡単に対策取られちゃった旧日本軍の特攻みたいな事になりそうな、そんな気がどうしてもね」

「それに関してはちゃんと実験したから大丈夫やで。それに、オクトガルには矢が届かん高さから投下するように、ちゃんと言うてあるからな」

 春菜の懸念を和らげるように、ちゃんと実験も検討もしている事を教える宏。達也の方は、もう始まってしまっているのだから心配するだけ無駄だ、と割り切っている。

「ちゃんと実験した、って言っても、ねえ……」

 ついに始まったオクトガルの手による絨毯爆撃をモニターで確認しながら、春菜はどうしても不信感をぬぐえない決定的な理由を口にする。

「ポメは、どこまで行ってもポメだと思うんだよね、私」

 春菜の言葉に、思わず苦笑する一同。

 そう、宏の立てた反撃計画とは、オクトガルに大量のポメを絨毯爆撃のように大量投下させる、と言うものであった。

「何にしても始まってもうた以上、うちらは結果待ちや」

 モニターの中で行われている無慈悲な絨毯爆撃を見ながら、妙に力強く言い切る宏であった。







 その時ウォルディス軍は、混乱の極みに達していた。

「「「「「「「「「「「「遺体遺棄~」」」」」」」」」」」」

 空を覆い尽くす謎生物の群れが、能天気な声を上げながら次々と投下してくる何か。それが破裂すると、一瞬にして至近距離に居たモンスター兵の生命力が一割前後削られるのである。

 それだけではない。

「「「「「「「「「「「摩訶般若波羅蜜多心経」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「ハレルヤ、ハレルヤ」」」」」」」」」」」

 投げ落とされる厳つい顔をした何かがぶつくさ唱えている言葉。それがまた、聞いているだけでウォルディス軍の動きを妙に鈍らせるのである。

 動きを鈍らせる効果は大したものではない。普通の戦闘であれば、それが原因で後れをとる、というほどの影響も出ない。

 ただ、投下される数が数だけに、ワンテンポ防御が遅れると、それだけで致命傷となりうる。

 その結果、謎生物が絨毯爆撃した後には、まるで消しゴムで消したかのように綺麗にウォルディスのモンスター兵だけが消えていた。

「空戦部隊に伝達! あの謎生物どもをどうにかしろ!!」

「できると思うのか!?」

 最前線の様子を見て撤退を始めた師団長の命令に、即座に空戦部隊のトップからそう答えが返ってくる。

 何しろ、現在空を覆い尽くしている謎生物の数は、下手をすれば大発生して飛蝗と呼ばれる状態に変異した蝗(正確にはトノサマバッタの一種)を超える。その余りの数に恐れをなし、猛禽類はおろか野生の飛行型モンスターすら絨毯爆撃の範囲から泡を食って逃げだしているぐらいだ。

 そこまでの大群になってしまうと、何をしたところで焼け石に水だ。下手をすると、飛び上がる前に大量の爆撃を受けて消滅しかねない。ようやく十分な数が揃い、これから連合軍の後方を襲撃しようとしていた空戦部隊では、迎撃どころか全滅を避ける事ができるかどうかもあやしいほどの戦力差である。

 そうこう話しているうちに、いつの間にか撤退中の師団長の頭上を謎生物が多い尽くす。どうやら追い付かれてしまったらしい。

「くそ! ただでやられてたまるか!」

 自身の頭上に次々と降り注ぐ謎の爆発物。それを迎撃するためのブレスを吐き出す師団長。謎生物までこそ届かないものの、結構な範囲を焼き払う事に成功する。

 だが、その効果も一瞬の事。次々に投下される爆発物は瞬く間にブレスによって空いた穴を埋め尽くし、さほど密度を変えることなく地上に降り注ぐ。

「「「「「「「「「「「是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「アーメン、アーメン」」」」」」」」」」」

「折角ここまで進化できたのに、こんなところでこんなやられ方をしてたまるか!!」

 音声多重でやたらと力の抜ける言葉をつぶやき続ける、変に聖職者っぽい爆発物。そのふざけた姿を見ながら吠える師団長。だが、その気合もむなしく、新たな言葉を発する余裕もなく数秒の間に浄化属性の爆発を数百発食らい、跡形もなく消滅してしまう。

 もっとも、一瞬で消滅させられたのは師団長だけではない。せめてもの悪足掻きと襲撃をかけようとした空戦部隊は、謎生物が八本の足で次々と無駄に鋭いコントロールで投げつけてくる爆発物を大量に浴び、攻撃を仕掛ける前に全滅している。

 結局、ウォルディス軍の前線部隊は、奮闘どころかまともな抵抗もできぬまま壊滅し、ウォルディス本土に爆撃を許してしまうのであった。







「ほら、心配あらへんやろ」

「うわあ……」

 絨毯爆撃の結果を見てドヤ顔で胸を張って見せる宏に対し、思わずひきつった顔で絶句する春菜。言葉で説明された時にも大概ひどいと思ったが、実際に映像で見るとひどいなんてものではない。

 ソーマとアムリタで強化し、更に神の食材をふんだんに使った料理を食べさせる事でオクトガルを大増殖させた時には、正直そこまでやるか、と思ったものである。

 だが、映像を見てしまうと、やり過ぎだと思う反面、相手の心をへし折るにはここまでやる必要があるのかもしれないと素直に思ってしまう自分もいる。

 いろんな意味で、春菜の内心は複雑であった。

「それにしても、予想外に効いてるな」

「低級アンデッドが一撃だったから効くだろうって事は疑ってなかったけど、ここまでとは思わなかったわね」

「ん、数の暴力は偉大」

 次々に壊滅していくウォルディスの部隊と、どんどん浄化されていく土地。それを見て達也と真琴、澪も呆れた様子をにじませながら次々にコメントする。

 彼らがそんな事を言っている間にも、オクトガル空爆隊はその数を増やしながら順調に進んで行き、ついにウォルディス領内でもっとも国境に近い都市を通過する。

 その際に空爆を受けた住民のほとんどが、爆風を受けた瞬間に人間の姿を保てず異形に変化し、そのまま崩れ去ってしまう。事前にある程度予想はしていたが、やはり少なくとも国境付近の村や町は、ほとんどの住民がモンスターに変質してしまっていたようである。

 しかも恐ろしい事に、聖職者ポメおよび僧形ポメと名付けられた今回のポメ、爆発しても普通の生き物や建物などには一切影響を与えない代わりに、結界だろうが物理的な壁だろうが、ありとあらゆる遮蔽や障壁をすりぬける。

 つまり、浄化でダメージを受けるほど瘴気をため込んだ生き物は、空爆を受けた時点で一体残らず根こそぎやられてしまう可能性が高いのだ。

「あたし達が心配するようなこっちゃないけど、終わった後ウォルディスってどれぐらい人口残ってるのかしらねえ」

「ボクは、作物的な意味でも怪しいと思う」

 繁華街の住民が一瞬でほぼ全て消滅した街を見て呟いた真琴の言葉に、爆撃を受けて作物がきれいさっぱり消滅した畑を指しながら澪が応じる。

「そのあたりは、でかい都市の上通過する頃にはある程度は分かるだろうよ」

 一体上限は何体なんだ、と小一時間ほど問い詰めたくなるほど数を増やし、ウォルディス全土を蹂躙せんと爆撃を続けるオクトガル達を見ながら、妙に静かな表情で達也が言う。

 既に国境周辺の村や町は全て空爆で蹂躙され、跡地を見ればまともだったところと汚染され切っていたところがはっきり分かる状態になっている。

 このままオクトガル達が順調に進めば、恐らく土地の浄化自体は大方完了するだろう。それも、神殿ほど清浄ではなく、かといって普通の街や村よりは浄化されているという、ある種理想的な浄化度合いで。今回の絨毯爆撃は、それだけの効果を発揮していた。

「そろそろ、物凄いでかい都市の上通るみたいやで」

「交易都市ヤンキンですね。ウォルディスでも十指に入る大都市です」

「っちゅう事は、何ぞ反応があるかもしれん、っちゅう事か」

 空爆開始から十数分。集落も農地もない場所は加速し、そうでないところは念入りに爆撃し、とメリハリのある移動で予想外に早く移動していたオクトガル達が、ついにウォルディス領内で初めての大都市に到着する。その都市についてローリエの説明を聞いた宏の言葉に、全員が反応する。その直後

「GRYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 ヤンキンの中央、領主の館が建っているあたりから輪郭が曖昧な巨人が出現する。気の弱いものなら下手をすればその姿を見るだけで正気を手放し、声を聞いた瞬間卒倒するか最悪命を落としかねない、そんな異形の巨人だ。

 なのだが……

「遺体遺棄~」

 数体のオクトガルが転移能力を駆使した急降下爆撃(?)で、自身より数倍は大きな僧形ポメと聖職者ポメを叩きつけ離脱、全部で三十ほどの爆撃を食らわせてあっさり消滅させてしまう。

 オクトガルがたたきつけたポメは、ファーレーンでバルドに致命的なダメージを与えた特大ポメ、そのサイズを上回るだけの大きさを持つ突然変異の僧形ポメと聖職者ポメだ。サイズに比例、ではなくサイズが大きくなると指数関数的に威力が上がるポメ系統の爆発、それも浄化に特化した品種の爆発を何十個も食らってはたまらない。

 タワーゴーレムよりはるかに戦闘能力があったはずの、侵入者を苦しめながら殲滅する事しか考えていない邪神教団のガーディアンは、非常に情けない形であっさりと消滅させられてしまった。

「……あのポメ、相当効くんやなあ」

「……こう、もっと早くにやっときゃよかった、って感じだよな……」

「あの品種が完成したん、うちらがやられる直前やったしなあ……」

 恐ろしいまでの効果に、思わず遠い目をしながらそんなことを言い合う宏と達也。そもそもこのポメに関しては、宏は神の城の温泉にアドネとオルテム村で採取したポメを放り込む以外のことは何もしていない。後は適当に放置しておいたら突然変異を起こして、気がつけばあれになっていたのだ。

 発生過程に明らかに神の城が絡んでいる以上、もっと早い段階で、と言うのはおそらく難しかっただろう。土地の準備や根回しなどを考えると、どんなに早くてもファルダニアから戻った後に着工するのが限界である。

 それ以前に、そもそもあれだけの規模の空爆だ。普通に栽培(と言っていいのかどうかは微妙なところだが)して弾薬の数を揃えることなどできる訳もなく、今回は春菜の力でポメの生育速度を加速して対応している。

 春菜の女神としての力を借りているのだから、当然春菜が女神になる前にはどうやっても実行できない。

 女神の力を結構好き勝手に利用しまくっている春菜だが、これでも一応はちゃんと世界に対して気を配って自主ルールを決め、それに従って使うようにはしていたりする。具体的には、ここまで好き勝手するのは神の城の内部だけに限定し、使う力も練習とか能力の把握のためとか言い訳ができる範囲にとどめ、城の敷地外で使う時は緊急事態かダンジョンなどの異界化した空間内のみにする、といったところだ。

 練習とか能力の把握とかの言い訳ができる範囲でこれなのだから、人と神とを隔てる壁は果てしなく分厚い。

 なお、余談ながら、空爆部隊にポメを供給するために、ポメ用温泉には数百匹のオクトガルが常駐している。八本の足を最大限に伸ばし、ワイパーのように動かしながら一定以上のサイズになったポメを片っ端から回収、オクトガル共有システムによりリアルタイムで空爆部隊に送っている。

 その数は現在、毎秒数兆個。調子に乗って一秒間に十個以上投下しているオクトガルがほとんどで、空爆部隊の数が増えるに従い消費量がうなぎ登りに増えた結果である。それにあわせて春菜が生育速度を加速しているので、基本的に足りなくなったり余ったりはしない。

 ウォルディスの広さを考えるに、恐らく近いうちに毎秒の投下数は兆どころか京の単位でも足りなくなるであろう。必要なポメの数が毎秒何兆個だの何京個だの、反物質粒子コンデンサまで使ってクッキーを生産し続ける某ブラウザゲームの生産量を彷彿とさせる数字である。その数字を聞いた澪が、思わずppsポメパーセコンドなんて単位をでっち上げたくなったのも仕方がない事であろう。

 それだけのポメを生産する空間については、気にしては負けだ。どうせ神の城の空間は宏の意思によっていくらでも拡大縮小できるし、回収役のオクトガルだって増えるなり拡大するなりでどうとでもなるのだから。

「そろそろ首都か。連中が素直に首都におるかどうかは分からへんけど、何も反応なしっちゅう事は多分あらへん。上手い事あいつらが釣れたら……」

 その後も順調に進み、空爆開始から約三十分後。ついに首都が見えてきたところで、宏が気を引き締めるようにボスに言及する。

 余談ながら、初代ウォルディスの頃から国が復活するたびに何度も遷都した結果、現在のウォルディスの首都は第二の都市ヤンキンに意外と近い。ワンボックスの速度なら、半日かからないぐらいの距離だ。

 そのヤンキンから首都までの間はやけに不毛な土地が多く、人口密度は極端に低い。村や町は国境から首都までの街道を維持する必要最低限しかなく、ほとんどは単なる荒れ地である。

 さすがに首都が近くなってくるにつれ空爆に対する妨害も激しくなってきはしたが、謎生物由来の便利機能と聖職者系ポメの効果により、何事もなく撃退されていたりする。

 特に傑作だったのが、高高度から襲撃をかけ、数体のオクトガルにあっさり捕獲されて大量のポメ爆撃を食らった挙句、ウォルディス国外の適当な山の中に生きたまま遺体遺棄されて、そのまま現地のモンスターに食われた大型の鳥系モンスターだろう。

 やはり、オクトガルに有効な攻撃手段を持たせてはいけないようだ。

「サクッとやっちまわねえとな」

「そうそう。苦しめようとか目にもの見せてやる、とか考えていたぶるような真似すんのは、あの手の相手の場合余計なパワーアップにつながるものね」

「ん。むしろあのタイプの場合、一度は仕留めたはずの相手に、歯牙にもかけてないって感じで完全に無力化された上でやられる方が屈辱的」

 目にもの見せてやる、と意気込んでいた宏達の方針は、どうやらそこに固まったようだ。いたぶって目にものを見せるのではなく、ちょっと手間のかかる雑魚でも仕留める感覚でサクッと終わらせる事を選ぶあたり、微妙に性格が滲み出た話である。

「……何ぞ、首都に騎馬の集団がわらわら戻ってきとんなあ」

「物凄くえらそうなのが混ざってるし、別方向から来ててなんか競争してる感じだから、第一王子と第三王子の軍ってところかしらね」

「あっ、ポメの爆撃に飲み込まれた。……馬も含めて綺麗に消えちゃったね」

 珍しくほぼ人間に見える存在だけで形成されていた二つの軍。彼らに対しても容赦なく爆撃を続けたオクトガル。その結果、逃げることもブロックすることもできぬままあっという間に聖属性ポメの雨に飲み込まれ消滅していた。

「マスター。現在地より北に十五キロ、五大国連合軍精鋭部隊の駐留所付近に転移反応があります」

「狙い通りやな。澪!」

「ん!」

 宏に言われ、弓を構える澪。澪の照準の先にゲートを開き、外部と同調させるローリエ。転移反応が消え何かが現れたその瞬間、澪の弓から三本の矢が同時に放たれる。

 放たれた矢は神々しい光を纏いながら、あり得ない軌道を描いて現れた何かを正確に貫いた。

 澪の新技、セイクリッドアロー。聖属性が乗る弓の技としては二番目ぐらいに強力なスキルで、最大の特徴は技量さえ伴えば数発同時に放つ事ができる速射性とコストパフォーマンスだ。

 体感時間数カ月のダンジョン合宿、その成果の一つである。

「ヒット」

「よっしゃ。ほんなら向こう切り離して、とっととあいつらしばき倒すで!!」

 宏の言葉と同時にローリエがパネルを操作、現地を異界化させて通常空間と切り離す。

「マスター、準備完了です」

「おう。ほな行ってくるわ」

「ご武運を」

 アムリタとソーマを立てつづけに飲み、囮として何かを敵の目の前に転移させた後、ローリエの言葉に軽く手を上げて返事をし、宏達はボスへのリベンジマッチに臨むのであった。






 時は少し遡る。

「名のある将だとお見受けするけど、この状況でこんなところでくすぶっていていいのかしら?」

 オクトガルによる大規模空爆が開始された、丁度その頃。マルクトの首都・アルファトの下町にある安っぽい酒場で、オルディアは一人の飲んだくれに声をかけていた。

「ふん、どこの誰だかは知らんが、知ったような口をきかんでくれぬか?」

 安酒をぐっとあおりながら、よどんだ瞳で不機嫌そうに飲んだくれが言う。

 飲んだくれの名はタオ・ヨルジャ。完全に目論見が崩れ、当てにしていた連中すべてから協力を拒まれ、かつての名将は完全にやさぐれていた。

 特に彼を追い詰めたのが、リーファを亡命させた功績として金だけは十分すぎるほど渡された、という事であろう。その金額は、リーファをウォルディスから連れ出す際にかけたコストや背負ったリスクを考えても大儲けと言い切れる金額ではあったが、かつての地位や権限を手にするにはまったく足りぬ中途半端なものであった。

 金額を考えるに、明らかに手切れ金と口止め料が入っている。それを証明するように、もっとも当てにしていた伝手であるマルクト宰相の懐刀、レーゼット・ヨールからはっきりと縁切りを宣言されてしまった。タオ・ヨルジャが宏達との接触に失敗した翌日の事である。

 それでも納得できるかと奮起し、これまで長い時間をかけて築いてきた人脈に片っ端から当たってみたものの、生活の援助や仕事の紹介ぐらいがせいぜいで、リーファとの接触に協力してくれる人間は一人もいなかった。中にはレーゼット・ヨール同様、ゴミを見るような眼で多少の手切れ金を押し付けて追っ払おうとする者までいて、タオ・ヨルジャのプライドは日を追うごとに削られていく。

 それならばと最近こちらに逃げ伸びてきたリーファ王女派の残党と接触したものの、資金提供をするからと全面協力を求めても誰一人首を縦に振らぬ。それどころか、最大の功労者であるはずのタオ・ヨルジャを奸臣扱いである。

 ここまで袖にされ続ければ、いかにあきらめが悪かろうと心が折れてくるものだ。そのあきらめの悪さも悪い方に作用してしまい、今ではどこへ行っても立派な鼻つまみ者扱いだ。もっとも、止めを刺したのはもっと別の要因ではあるが。

 そんなこんなで、マルクトから手切れ金を渡されてからの二カ月ほどで、タオ・ヨルジャはすっかりダメ人間の飲んだくれへとクラスチェンジしていたのである。

「確かに、私はあなたに何があったかなんてまったく知らないわ。せいぜい、信じていた人間に裏切られて立場を全て失った、と今の様子から推測しているぐらいね」

「だとしたら?」

「見返してやろう、とは思わないの?」

「できるなら、とうにやっておるよ」

 オルディアの言葉を、即座に否定するタオ・ヨルジャ。今の立場に追い込まれて、自分一人では何もできないという事を改めて思い知ったのだ。

 確かに、タオ・ヨルジャは歴戦の戦士であり、大軍の指揮もこなす優秀な将軍でもある。だが、歴戦の戦士などといってもユリウスやドーガのように一人で戦況を左右するほどではなく、いかに優秀であっても信頼して一軍を任せてくれる上司と命令に従ってくれる部下がいない将軍などただの人にすぎない。

 余計な野心を持ち、国を腐らせるリスクをもたらす事を承知の上で抱え込むには、タオ・ヨルジャの実力は物足りないのである。

「それに、某ごときがどうあがこうが、もはや状況は変わらん。放っておいても、憎きウォルディスは年越しを待たずに勝手に滅ぶ」

「その根拠は?」

「根拠? そんなもの、あの空飛ぶ城を見れば、考えるまでもないことではないか?」

 オルディアに根拠を問われ、やけを起こしたように酒をあおりつつも、妙に楽しそうに言うタオ・ヨルジャ。残念ながら、あれを見てなお野心を維持できるほど、タオ・ヨルジャの心は強くなかったのだ。

「貴様からは某と同じ腐ったにおいがするが、余計な事はせん方が幸せだと忠告しておこう。神が本気になれば、我々なんぞゴミ屑同然だからな」

「だったらせめて、身近な連中にだけでも仕返ししたらどう?」

「これ以上、みじめになりたくないのでな。何のために立ち上がったのかすら忘れ、利用しようとした子供の情けで生かされ、その事にすら気付かずに悪足掻きをした老いぼれにも、意地と恥の感覚は残っておるからな」

「そう、残念ね」

 神の城を見たことですっかり毒気を抜かれ、己の所業を振り返って情けなさを思い知ってしまっていたタオ・ヨルジャ。堕ちるところまで堕ちて恨み言をわめき散らしていた時に見た神の城は、それだけ彼の心を揺さぶったのだ。

 もっとも、神の城を見たことで己の所業を反省し、心を入れ替えた人間はタオ・ヨルジャだけではない。神の城がアルファト上空を通過するほんの数分。ただそれだけの時間でアルファト全体での犯罪発生率が急激に下がり、逆に汚職などの自首件数が急増していた。

 なお、ステルスモードであるはずの神の城がなぜ見えていたのかだが、新たに前線に送り込まれる兵の士気をあおるため、マルクト王に頼まれてその間だけ解除してあったのだ。神の城を使った士気高揚の効果は抜群だったが、それとは別に予想外の成果が発生したため、現在マルクト王宮は非常に忙しい事になっている。

「とんだ見込み違いだったけど、まあいいわ。まったく芽がない訳でもなさそうだし、少しぐらい……」

 世間話を装いながら、少しでもマルクトや五大国家に打撃を与えられるネタは無いかと探りを入れること数十分。完全にオルディアに興味をなくしたように安酒を飲み始めたタオ・ヨルジャを見て、小さく肩をすくめながら何やら仕掛けを施そうとするオルディア。その瞬間、突如ウォルディス方面から供給されてくる瘴気が、急激に減り始める。

「な、何?」

 あまりに急激な変化に、思わずオルディアの口から戸惑いの言葉が漏れて出る。その様子を見るともなしに見ていたタオ・ヨルジャは、我関せずの態度を崩さず安っぽい干し肉をつまみに安酒を飲みつづけている。

『オクトゥム、ザーバルド。何が起こったか分かる?』

『アランウェンの眷族どもが、大群となって何かを投下しながらウォルディス東海岸方面へ向かって移動中。そろそろ首都に到着する、といったところか。聖気の減少効果や直撃を受けた雑兵のやられ方を見る限り、恐らく投下しているのは連中が聖水と呼んでいる類のものだろう』

『数、多い。駆逐、不可能』

『色々阻止するための手は打ったが、残念ながらどれも大した効果は上げられなかった。一番の問題は、たった今、そちらへつながる補給ラインを破壊された事か。現在迂回しながら新たなラインを構成中だ』

『そう。でも、聖水の類ならば、どう頑張ったところでウォルディス全土にばらまけるほどの数は用意できないはず。今このタイミングで攻勢に出た以上、何らかの形で大量生産、なんて言葉も馬鹿らしくなるぐらいの生産能力を確保しているはず。その生産拠点を叩いて……』

 ザーバルドとオクトゥムの報告を聞き、とっさに対処方法を考えたところでオルディアの表情が渋くなる。

 この状況で大量生産の拠点を持っている、となると、神の城の内部しかあり得ない。そもそも、ウォルディス全土を爆撃できるほどの物量を地上で生産しているのであれば、オルディアの情報網に一切引っかからないはずがない。どんなに上手に隠したところで、それだけの物量となるとどうしてもいろいろ不自然な点が出てくるのだ。

 なのに、この期に及んでまったくその気配がないとなると、単純な消去法で神の城以外に可能な場所が存在しなくなる。更に言うならばそもそもの話として、神の城という最高の生産拠点があるのだから、わざわざ地上の各国に生産を振る理由が無い。

 もっとも、今回の場合問題なのは、神の城内部には、オルディアの能力でも干渉できない事である。入るだけなら誰でも入れるルーフェウス大図書館の禁書庫と違い、宏の神の城は彼の許可がなければどうやっても出入りできない。それはもはや物理法則などと同列のシステムなので、オルディアでは抜け道を探すことすらできずに従うしかないのだ。

『生産拠点を直接叩くのは、恐らく私達には不可能ね。状況から推測した感じ、多分例の城の中にあるようだし』

『確かに、あの城の内部には手が出せん。だが、ならばどうする?』

『計画を実行するしかないわね。正直、準備不足もいい所だから今から実行するのは気が進まないけど、四の五の言ってられる状況でもないし』

『分かった』

 ザーバルドの問いかけに覚悟を決めてそう答え、集合場所の座標を教えて転移を開始する。こういう時オクトゥムは、基本的に黙ってオルディアの決定に従う。それが、邪神から産まれた時から変わらぬ、彼らの役割分担である。

「……邪魔したわね」

「何があったかは知らんが、まあせいぜい悪足掻きすればよかろうさ」

 結局、時間切れでこれといった処置を施せなかったタオ・ヨルジャ相手に軽く挨拶をし、さっさと目的地に転移するオルディア。それを見送ったタオ・ヨルジャは、何もかもに興味を失ったように、酔っぱらうためだけに安酒をあおる作業に戻る。

「さて、ウォルディスが首尾よく滅んだら、我が祖国ミンハオの墓守でもしに行くかな……」

 恐らく現ウォルディスの関係者であろう女の、焦りの見える行動。それを見てウォルディス滅亡を確信したタオ・ヨルジャは、なんとなく残りの人生をどう過ごすかを決める。

 当初の予定とは裏腹に、恐らく誰にとっても一番穏便な形に落ちつきそうなタオ・ヨルジャの人生。はからずも一人の男の心と人生をたて直すきっかけを与えてしまった事に気がつかぬまま、オルディアは最後の戦いに挑むため、宏達の仕掛けた罠に飛び込んで行くのであった。







「がっ!?」

 転移すると同時に強烈な一撃を受け、踏ん張りきれずに地面にたたきつけられるオルディア。先制攻撃を食らう可能性は想定していたものの、想定外の威力に耐えきれなかったのだ。

 どうやらそれはオクトゥムやザーバルドも同じらしく、慌てるほどではないが無視もできない程度のダメージを受けた上で、完全に動きを止められていた。

「っ! 今の攻撃、どこから……!?」

 想定外とはいえ、ダメージ自体は微々たるもの。自然回復で即座に完治、とまではいかないが、既にほぼ回復している。

 問題なのは、不意打ちを受けた上にどこから飛んできたのかが分からない事。諜報特化のオルディアが察知できないとなると、目視できる距離からの狙撃ではない。だが、それだけの射程で今ほどの威力となると、三発も同時に撃てるような攻撃は存在していない。

 この数千年で初めて遭遇する状況。冷静さこそ失っていないものの、オルディアは咄嗟には対処方法を思いつけなかった。

 この時、策敵と思考にオルディアが割いた時間は恐らく二秒には満たなかっただろう。そのわずかな時間が命運を分けた事を、オルディア達はこの直後に起こった出来事で嫌でも思い知ることになる。

「不意打ちの次は異界化か……。完全にはめられたわね……」

 同盟軍精鋭部隊の駐屯地が視界から消え、だだっ広い荒野に変化したのを確認したオルディアが自嘲気味につぶやく。このやり口、細かい違いはあるが完全に自分達が行った策の焼き直しである。

 無論、この後の展開はまったく違うものになるだろう。だが、向こうは逃げられるがこちらは逃げられない、という点では、前回の宏達の立場と完全に同じである。

 自作のものか自身より干渉力が弱い空間でない限り、異界化した空間やダンジョンに転移で出入りする事は出来ない。一部例外はあるものの、このシステムはオルディア達にも適用される。今回はいくつかある例外のどれにもあてはまらないので、前回宏達をはめた時とは違い、オルディア達がこの空間から出るには作り主だと思われる宏か春菜、もしくはその両方を仕留めるしか方法がない。

 もはや、完全に決着をつけるしかない。最初からその覚悟を決めてはいたが、その最後となりうる戦いが相手のペースで進んでいる事には、嫌な予感しかしない。

 その嫌な予感は、早くも現実となった。

「転移反応確認! 攻撃を仕掛ける!」

「待ちなさい、ザーバルド!!」

 オルディアの制止もむなしく、ザーバルドから達也と真琴を屠ったのと同じ攻撃が放たれる。素直に一直線に飛ぶしか能がなく、飛んでいく速度も反射神経さえよければ十分回避可能な攻撃ではあるが、その分破壊力は申し分なく、コストも威力から考えれば驚くほど安い。当てるために工夫が必要な攻撃だが、それゆえにこういうタイミングで使うにはもってこいである。

 転移直後の、どうやっても避けられない無防備な瞬間を狙った一撃。オルディア達ですら攻撃を食らうしかなかった、転移系のスキル・能力が持つ致命的な欠陥。攻撃を仕掛けるには、ある種理想的なタイミング。そこを狙って放たれたザーバルドの一撃は、五つの転移反応のうち後方の四つを見事にとらえていた。

 現れた何かを完全に飲み込み、圧倒的な威力で消滅させようとするザーバルドの破壊光線。次の瞬間、恐ろしい威力の衝撃がオルディア達を襲った。

「ぐっ!? 何だこれは!?」

『……かなり痛かった。この痛みは産まれて初めて……』

「……完全にひっかけられたみたいやな……」

 衝撃が来る瞬間、転移してきたものの正体をバッチリ見てしまったオルディアが、悪足掻きの一環として吉村の姿になりながらザーバルドとオクトゥムにそう告げる。

 宏達より先に転移してきたのは、僧兵のようないかつい顔を持つ手足のついたカブのような植物であった。そのサイズは大体直径九十センチほど。お化け蕪などと呼ばれる類の大きさである。

 もうお分かりであろう。宏達が囮として転移させたのは、最大サイズの聖職者ポメだったのだ。

 それだけのサイズともなると、重量が人間と大差なくなってくる。故に、探知能力では闇の主にすら劣るザーバルドの場合、正体を見抜けず完全に騙されてしまったのだ。

 しかも、今回のポメは今まで破裂してきた中では最大の大きさを誇る。それが四つ、いや、ザーバルドの攻撃の余波で五つ全部破裂したのだ。いかにオルディア達といえど、無傷で済むなどあり得ない。結果として、今度こそ無視できぬほどのダメージを受けてしまっていた。

 何よりこの罠が悪質な点は、恐らくオルディアの制止が間にあっていても、ポメの性質的に結局は戦闘中の余波や衝撃が原因で破裂して、オルディア達が同じだけのダメージを受ける事であろう。

「か弱い女一人にビビってせっこい事しおってからに」

 転移してきた宏達に対し、吉村の姿で悪態をついて見せるオルディア。多少なりとも動揺してくれれば儲けもの、ぐらいの感覚で試して見たのだが、残念ながら予想通り、宏に動揺した様子は見られない。

 もっとも、現在の宏は神鎧オストソルのおかげで、どんな表情をしているかまったくわからない。ただ威風堂々と巨大なポールアックスを構えて佇んでいるだけである。

 念のために反応を見ること数秒。その間に宏達が起こした行動は、いつでも仕掛けられるように武器を構えた事と、狼の意匠が施された盾のようなものを大量に展開した事のみ。積極的に攻勢に出てくる様子は無い。

「……つれないわね。リベンジなんだから、もうちょっと何か反応を見せてくれても罰は当たらないと思うのだけど?」

 やるだけ無駄と悟ったオルディアが、リソースの無駄遣いを避けるために変身を解除する。変身そのものは特に何かを消費する訳ではないが、本来の姿でなければできない事やコストが増える事が多数あるのだ。

 そんな軽口にも、一切反応を見せない宏達。余裕のなさからくる態度、という感じではないが、かといって油断している訳でもない。そんな宏達の様子に、大量の冷や汗が溢れだす事を自覚するオルディア。

 はっきり言って、プレッシャーが半端ではない。そうでなくても、宏や春菜を相手に正面から喧嘩を売っても勝負にならないというのに、宏が身につけている装備がまた、恐ろしい威圧感を放っているのだ。

 あれに殴りかかったら、殴った自分が重傷を負う。あの斧を振り下ろされたら、恐らくひとたまりもなく粉砕される。それが分かるだけに迂闊に手を出せず、だが、宏達がいつ動くかも分からない。合体シークエンスに入ってしまえばその間は恐らく向こうも手出しは出来なかろうが、それとて確実とは言えない。

 せめて向こうから攻撃を仕掛けてくれれば色々とやりようもあるが、その気配もない。

 ポメの爆発でタイミングを外されたとはいえ、オルディアはさっさと合体に入っていなかった事を後悔していた。

『オクトゥム、ザーバルド。何とか合体する隙を作るわよ』

『だったら、こちらで一撃入れてみよう。オクトゥムは念のため隠れていろ』

『わかった』

 最低限、合体しなければどうにもならない。その事を理解して一か八かの賭けに出るオルディア達。必要なのは、合体シークエンスが始まるまでの一瞬。その一瞬をしのげば、合体完了までの数秒は無傷でしのげる。

 その後は、自分達が暴走しようが関係ない。元より負け戦が確定しているのだから、考えるべき事は一矢報いる事のみ。

 不退転の覚悟で、即座に出せる最大威力の攻撃を放つザーバルド。単純な破壊力だけなら、恐らく天地開闢砲の最低出力に迫りうる攻撃。本来なら、攻撃そのものは無傷で防げても、余波で巻き上げられたがれきや破片などを完全に防ぐのは不可能であろう大技。何より重要なのは、物理攻撃故にレジストされる心配がないことだろう。

 普通なら十分に牽制以上の仕事をこなせるはずのこの攻撃は、神鎧オストソルに向かって放つには致命的な欠点を抱えていた。

「これやったら、最初から仕掛けてもよかったか」

 ザーバルドが放つ物理属性の破壊光線。よけたところで着弾時の余波で致命的な被害を受けるであろうそれに対し、そんな一言とともに何かの技のモーションを行いながら真正面から突っ込んで行く宏。

 宏に攻撃が当たろうとしたその瞬間、破壊光線は百八十度進路を変え、ザーバルドを飲み込もうとしていた。

 オストソルが持つ、神器としての特殊能力。その中でも最も象徴的なものが、この反射能力だ。反射できるのは飛び道具限定で、術者を中心に全周囲に爆発や暴風、落雷などを発生させるタイプの範囲攻撃は反射できず、爆風による破片や瓦礫は反射できても爆風そのものは反射できない、など細かい制約はあるが、逆に言えばほぼすべての飛び道具が跳ね返せる反則級の能力である。

 ザーバルドが放った攻撃は、着弾時に大爆発を起こすタイプの、演出的にはビームやレーザーと同じような光線が飛んでいく技だ。残念ながら、オストソルの反射機能が最も得意としているタイプの攻撃である。

「ちっ!!」

 反射されるという予想外の結果に、慌てて地中に潜んでいたオクトゥムの体内に逃げ込むザーバルド。その直後に着弾、ではなく、宏の技が発動する。

「トマホークレインや!!」

 ハンマー投げの要領で、空高く神斧レグルスを放り投げる宏。投げられたポールアックスは空中で分裂し、大量の斧となって雨のように降り注ぐ。投げたと同時に宏の手にレグルスが戻ってきている所がポイントである。

 その大量のポールアックスが地面に落ちるタイミングに合わせて、春菜が破壊光線の速度制御を解除する。一呼吸置いて発生する大爆発。

「どっちもカス当たりやな」

「まあ、本命じゃないからしょうがないよ」

 降り注いだ大量のポールアックスに阻まれ、密閉された爆発を観察した宏と春菜が、結果を断言する。別段直撃を受けたところでソーマとアムリタの効能で無効化できるとはいえ、防げる攻撃でダメージを受けるのも馬鹿らしい。そう考えて一応対処したのだが、効果は微妙だった。

「やっぱ、しょっぱなから大技に走ったら良かったか?」

「相手がカウンター技を持ってないとも用意してないとも限らないから、すぐに仕掛けなかったのは間違いじゃなかったと思うよ。基本的にこっちの手札の大半は割れてるし、カウンター技は状態異常に頼らずに行動不能に持ちこむ技も結構あるしね」

 宏と春菜の会話を聞いていたオルディアが、合体シークエンスに入りながら小さく舌打ちする。春菜の時間操作も含め、ほとんどの攻撃に対して一回だけは確実にカウンターを決める技をどうにか構築したのだが、警戒されてしまうと空振りになる可能性が高い。 

 やはり、最初から合体しておくべきだったと後悔しつつも、オルディアは裏で着実に合体作業を進めていた。

「なんにしても、何ぞ裏でごちょごちょやっとるから、まだ油断はできん」

「神酒の効果も、残り時間がどれぐらいあるか分からねえしな」

 宏の言葉にあわせて、達也が注意すべき要素を補足する。装備こそ更新しているものの、宏と春菜以外が相手の攻撃を食らえばひとたまりもない、という問題は完全には解決していない。装備更新の効果はあくまで、最大火力の攻撃を食らわない限りは回復が間に合うかも、程度のものだ。それに、春菜もオルディア達の攻撃で肉体が消滅しても簡単に復活できるというだけで、宏のように無効化できている訳ではない。

 元々短期決戦の前提でソーマとアムリタを両方同時に飲んできたが、その持続時間が過ぎれば再使用可能となるまでの三分前後は死亡するリスクが発生する。スケープドールをはじめとした死亡対策の効果は復活しているが、それも最大で三回まで。それほど当てにできるものでもない。

 そのあたりの警戒心を察知してか、周囲に浮かぶ狼の意匠が入った盾ことセンチネルガードが、護衛対象である春菜達、それも特に死亡リスクが高い達也と真琴、澪の三人をがっちり守るように動いている。

 ソーマとアムリタの持続時間は、基本五分。念のために春菜がタイム・ドミネイションを使い、強化系の魔法やアイテムの持続時間を倍に延長しているが、それでも十分とは言い難い。

 できる事なら、もっと持続時間を延ばすか再使用可能までの時間を短縮したいところだが、新米女神である春菜の力では、エクストラスキル級のアイテムやスキルに対して干渉するのはこれが限界である。

(なるほど。何か強力な効果がある消耗品を使っているけど、制限時間がそれほど長くないようね。もしかしたら、もう少し挑発して粘ればよかったのかしら?)

(そうなったら、カウンター潰しの攻撃が飛んでくるか、あの女神が何か妙な手を思いつくかするだろうよ。特に神化したての神は権能の定義があいまいな分、何を起こすか分からん)

(余計な事、考えない。初志、貫徹)

 新たに出てきた情報に妙な色気を出したオルディアを、合体の途中で意識がつながったザーバルドとオクトゥムが窘める。

 その言葉に意識を切り替え、合体に集中するオルディア。もはや何をしたところで止められないところまで合体作業は進んでいるが、それがすなわち合体成功に直結している訳ではない。

 何しろ、強い魂と自我を持つ三者の融合合体だ。自我があるだけでも合体の最中に強い反発が発生するのに、よりにもよってオルディア達はある意味単独で完成している存在である。その反発の大きさは空前にして絶後で、一歩間違えればそのまま全員揃って消滅しかねない。

 一応オルディアの自我を主体として残し、それを核にザーバルドとオクトゥムの人格や思考をサブのシステムとして統合することで事前に合意はしていたが、それでも己が自我を保とうとするのは本能に根ざした行動だ。自分が消えることに納得していたところで、抵抗をやめる事は出来ない。

 オルディアは執念で今にも反発しあって消えそうになる自我を保ち、ザーバルドとオクトゥムは気合と根性で反発しないように手放そうとする。その三者の気合と根性と執念が実を結び、暴走一歩手前の状態ではあるが魂の統合を成し遂げた。

(このまま何もせずに暴走してたまるものですか!!)

 声にならない叫び声を上げながら、一気に合体作業を最後まで推し進めるオルディア。空間が歪み、捻じれ、暴れまわる。

「なんか来おるで!」

 宏が警告の声を上げる。それとほぼ同時に、空間がひび割れ暴風が吹き荒れ、足元から錐状の突起が多数飛び出してくる。

 春菜が対応する前にそれら全てをセンチネルガードが防ぎ、その間に達也達が大技の準備を終わらせる。

 空間の割れ目から現れたのは、あちらこちらが名状しがたい形状になっている、吐き気がするほどの邪悪さを備えた巨大な甲冑姿の女性であった。

「性根のようでとる姿やな、また」

 神斧レグルスを構え直し、若干震えが混じった声でうんざりしたようにぼやく宏。その言葉を聞いたのか、吉村をはじめとした宏のトラウマとなっている女の姿を大量に生み出す合体オルディア。他にも、禁書庫内部にある異世界の情報体との接続点で仕入れた数々のデータをもとに、他のメンバーの軽いトラウマも再現して見せる。

 実はこの時点で既に、合体オルディアはほとんど制御を失っており、その行動に意味があるかどうかなど考えてもいなかった。

 結果として、宏達の神経を逆なでする事には成功したものの、冷静さを失わせるところまでは行かなかった。

「舐めた真似してくれとるけど、今更こんなんで逆上する思っとんねんやったら、頭悪いにもほどがあんで」

 憮然とした表情でそんな事を言いながら、とりあえずこれ以上うっとうしい事をさせないように一撃入れようと斧を振りかぶる宏。そこに澪が待ったをかける。

「師匠、ボクが先にやる」

「ええけど、何で?」

「妙なカウンター技を持ってないとも限らない。まだ神酒の効果が残ってる間に、仮に行動不能になってもほとんど問題ない人間が確認しておいた方がいい」

「……正直、あんまり気が進まんのやけど……」

「ボク、大威力の新技とか持ってないから、これぐらいしないと役に立てない」

「そんなん、気にする必要あらへんで」

「師匠。ボクに、あれを克服するチャンスを頂戴」

 どんな建前にも首を縦に振ってくれそうにない宏に対し、正直に本音を告げる澪。その言葉と表情に、宏が諦めたように頷く。

「春菜さん、フォロー頼むわ」

「分かってるよ」

 震える腕で弓を構える澪を見ながら、いざという時の為に備える宏と春菜。その間に完全に暴走状態に入った合体オルディアは無秩序に暴れまわり、センチネルガードによってその無駄の多い攻撃を全て防ぎきられていた。

 センチネルガードの守りを突破できず、苛立ったようにエネルギーをため始める合体オルディア。澪はそのタイミングを見切ってインフィニティミラージュを発動、そのまま巨竜落としを放つ。

 大量に降り注ぐ巨竜落としに反応し、何やら衝撃波のようなものを放つ合体オルディア。ほぼ同時に着弾した最初の数発の軌跡を捻じ曲げ、更に攻撃を行った澪に対して直接干渉する。

 さすがにエクストラスキルともなると反射などは出来ないようで、軌跡こそ変えられたが、技が澪自身に牙をむく事は無かった。だが、それとは別口で行われた何かの干渉により、その場にぐったりと膝をつく。

「澪!?」

「大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ」

「……精神体の頭と心臓の部分を揺らされたみたいだね。知らずにやられてたら多分、私とか宏君でも技を不発するぐらいには集中が乱されると思う」

「アムリタやろうがソーマやろうが、精神側から干渉された時の生理的な反応までは防げんからな。しかも食らったん観察した感じ、魔法とかとはまたちゃうやり方で抵抗せなあかんっぽいわ。下手に合体する前にしかけとったら、えらい目見るとこやったかもな」

 春菜と宏の解説を聞き、表情を引き締める真琴。恐らく一度見れば宏も春菜も対応できるだろうが、真琴には無理だ。更に厄介な事に、真琴は技の性質上、どうしても接近戦を挑まねばならない。

「とりあえず真琴さん、確認するからちょっと仕掛けんの待って」

「分かったわ」

 宏の言葉に従い、技の準備を維持したままGOサインを待つ真琴。真琴が待っている間に、先ほども使った神斧レグルス専用のエクストラスキル・トマホークレインを叩き込んでみる宏。

 トマホークレインの最大の長所は、攻撃型のエクストラスキルとしてはあり得ない、五秒という短いクールタイムにある。しかも、斧が落ちるタイミングをある程度任意で調整できるため、こういうカウンター技の仕様を確認するのには非常に便利なのだ。

 そのトマホークレインを二度発動し、おおよその性質を掴む宏。三度目を発動させると同時に、春菜と真琴、達也に指示を出す。

「春菜さん、最初の三本が着弾したらあいつの時間止めたって。真琴さん、春菜さんが時間止めたらすぐに足元の名状しがたい感じの部位をできるだけ全部ぶった切って。それが終わったら兄貴が全力のエナジーライアットや」

「分かったよ。……タイム・ドミネイション!」

 宏の言葉が終わるとほぼ同時に最初の一本が着弾、春菜の返事にあわせて二本目が当たり、そこから春菜がタイミングを取りやすいように三本目を当てる。

 その三本目にあわせて、指示通り全力でタイム・ドミネイションを使う春菜。当然のごとく抵抗などできなかった合体オルディアは、使おうとしていた大技を振るう前に完全に動きを止められてしまう。

 時間経過による回復などを許さないために、体感時間を停止させるなどという温い事ではなく、完全に時間経過そのものを止めてしまっている。普通なら、時間経過が止まると攻撃を受けてもダメージなど発生しないのが、そこはそれ。女神という理不尽を体現する存在になっているだけあって、外部からの干渉で起こる変化はそのまま発生するようにきっちり制御されている。

 つまり、この時点で合体オルディアは、一方的に殴られる事しかできなくなったのだ。

「こいつを極めたら、神だって斬れるわよ? 奥義、疾風斬・神威(しっぷうざん・かむい)!!」

 お膳立てが整ったのを確認し、イグニッションソウルを維持したまま最強の疾風斬を放つ真琴。できるだけ、という宏の要望に答え、因果すらも斬り裂く一瞬の連続攻撃で、名状しがたい形状をしたすべての部位を塵となるまで斬り捨てる。

「恐らく、これが人類最強の破壊力だろうな。行け、エナジーライアット!!」

 ソーマの回復分も全て投入し、ひたすら圧縮しまくった魔力を純粋な破壊力に変換して解き放つ達也。溜めの間にアムリタが効果を発揮していた影響か、それとも魔力以外のものであったなら原子崩壊を起こしかねないほど圧縮した成果か、金剛不壊発動中の宏にすら多少はダメージが出るかもしれないほどの威力となったエナジーライアットが、合体オルディアを飲み込む。

 普通であるなら、ここまでやられれば跡形もなく消滅するものである。だが、さすがに邪神から直接産まれた三幹部の融合体だからか、それともオルディアの執念のたまものか、八割方崩壊した状態でありながらも、合体オルディアはまだ立っていた。

 もっとも、彼女はもう、完全に死に体である。最後の力で反撃しようにも、春菜がタイム・ドミネイションを解除しなければ動くこともできない。タイム・ドミネイションを振り払おうにも、真琴と達也の攻撃に耐えて消滅を免れるだけでも精いっぱい。

 せめて順序が逆であれば、たとえタイム・ドミネイションで時間を止められていたとしても、オクトゥムの特性を発揮してダメージをある程度帳消しにできた。実際、カウンター技の存在を暴くために澪が叩き込んだ大量の巨竜落としのダメージも、宏が検証のために放ったトマホークレインのダメージも、既に合体オルディアからは消えている。

 だが、疾風斬の特殊効果ゆえか、ほとんど無限とも言える再生力を発揮できるはずのオクトゥムの特性が、まったく発揮されること無くずたずたにされてしまったのだ。

 ただオクトゥムの特性が発揮できないだけなら、まだいい。オクトゥムの特性を宿したパーツを破壊された事で、どうにかこのダンジョン化した空間の外から瘴気の供給を受けていた補給ラインが完全に断たれてしまった。

 カウンター技を警戒され特性を見切られた時点で、合体オルディアは完全に詰んでいたのである。

「止めは、ヒロの仕事だな」

「そうね。あたし達はすっからかんだし、春菜にはあれを削りきれる技ってないでしょ?」

「それ以前に、あのクラス相手だとまだ、タイム・ドミネイションを維持しながら大技使うの、安定しないんだ」

「そもそも、師匠のリベンジがまだ」

 完全に時間を止められ、特殊能力を潰され、エネルギーとなる瘴気の不足で徐々に崩壊していく合体オルディア。それに対して止めを刺すように、全員が宏に対して促す。

「せやな。ほな、神器限定技があれに対してどんだけ効果あるか、いっちょ検証と行くか」

 達也達に促され、慎重に位置を調整しながら、レグルスに対して大量のエネルギーを注ぎ込む。そのまま普通に攻撃する時のように、大きく振り上げて振り下ろす。

「ジオカタストロフや!!」

 宏の掛け声に合わせ、斧全体が急激に巨大化する。合体オルディアに攻撃が当たったのは、斧刃が神の城すら余裕で両断しかねないほどの大きさになった時であった。

 恐らく、回避するだけなら問題なく回避できたであろう。だが、たとえ回避などしたところで、まったく意味がなかったであろう。

 それだけの圧倒的な質量と運動エネルギーに加え、更に神器専用技特有の特殊なエネルギーにより、周辺一帯にカタストロフの名にふさわしいだけの破壊が撒き散らされる。恐らく放ったのが宏でなく、センチネルガードによりがっつり防御を固めていなければ、余波で自分達も全滅しているであろう。

 そこには、創造神が新たな世界をつくるために、古き世界を一度更地にするための作業に通じる何かがあった。

 当然、動きを完全に封じられているオルディアが、それを防ぐことなどできはしない。そもそも、たとえカウンター技がどうであれ、最初からこれを放たれていれば抵抗の余地なく消滅するしかなかった。宏達が過剰に警戒しておらず、更に勝てると分かった段階で達也達のリベンジとトラウマ脱却まで目的に加えていなければ、もっと早くに勝負がついていたのである。

 死亡が確定した時点で、オルディアの残り香が最後の意地で宏のトラウマをえぐり直すが、レグルスを元のサイズに戻す宏の姿には、特に影響は見られない。

「ビビって仲間死なす恐怖に比べたら、クソアマごときに見せられたフラッシュバックなんぞ、何ぼのもんでもあらへんわ」

 完全に消失する直前の、ほんのかすかなオルディアの残り香に向けて、吐き捨てるように言い放つ宏。完全に消え失せたところで、ようやく震えを素直に表に出す。

「宏君、大丈夫……?」

「こればっかりは、本能に直結しとる反応やからなあ……」

 宏の返事に、この場に居る全員が渋い顔をする。仲間に対してこそ一気に改善したものの、それもトラウマを別のトラウマで上書きしただけで、結局宏の女性恐怖症は治った訳ではないのである。

「まあ、こっから先は、向こう帰った後にカウンセリングでも受けながら気長に治すわ」

「そうだね。焦ってこじらせるぐらいなら、その方が絶対いいよ」

 宏の言葉に、真剣な顔で春菜が同意する。できれば、今回のトラウマももうちょっと穏便な形に落ちついてくれるといいのだが、とは本人には言いづらい春菜達の本音だ。

「師匠、春姉、お腹減った。とりあえず戻ろう」

「せやな。地味に今の戦闘、物凄いカロリー食うた感じやし」

「そうだね。さっきはあり合わせを軽くしか食べてないし、久しぶりにちゃんとした厨房で作ったご飯食べようね」

 澪の一言で、あっという間に日常に戻る一同。こうして、オルディア達を圧倒的なやり方でたたきのめす事により、刻み込まれたトラウマを、一部を除き日常生活に支障が出ないところまで克服した一同であった。
多分、ほとんどの方は予想してただろうな、と思うわけです。
おそらく予想してないとしても、投下するポメの数の単位ぐらいのはず。
ただ、マスコットキャラを組み合わせると絨毯爆撃になる作品ってどうなんだろう……
+注意+
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